7-30.南アの論文報奨金

2019年2月14日掲載

白楽の意図:論文報奨金は運用が悪いのか、本質的に学術界をダメにしているのか? 南アフリカの例を報告したデイヴィッド・ヘディング準教授(David W. Hedding)の「2019年のNature」の論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

南アフリカは、認定学術誌の研究論文1報に対して約7,000米ドル(約70万円)が大学・研究機関に助成金として配分される。論文報奨金プログラムが始まった2005年からの10年間で論文数は2倍以上に増えたが、捕食論文は140倍以上も急増した。論文報奨金は南アフリカの学術の質を低下している。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

南アフリカ大学(University of South Africa in Johannesburg)。By A. BaileyOwn work, CC BY-SA 3.0, Link

●3.【論文内容】

【1.序論】

私(デイヴィッド・ヘディング)の所属する南アフリカ大学が、2018年に論文報奨金の対象となる出版物を発表したとき、同僚は私を祝福してくれた。しかし、その祝福は、私が発表した論文の質が評価されたからではなく、私が報奨金を受け取れることに対してだった。この時、私は、南アフリカの研究システムは何かオカシイと感じた。

捕食学術誌は論文の質に関係なく論文を受理し、論文掲載料を取って、出版する。だから、捕食論文は粗悪論文ばかりだと批判されている。ところが、データベースScopusの捕食論文を分析した2017年のレポートによると、南アフリカの研究者の捕食論文シェアは、米国やブラジルの約5倍、中国の2.5倍だった (データ)。

https://idea-en.cerge-ei.cz/files/IDEA_Study_2_2017_Predatory_journals_in_Scopus/mobile/index.html#p=24

白楽の感想:上記の表の国別順位では、第1位がインドネシア、第2位がナイジェリア、第3位がインド、・・・第8位が南アフリカ、・・・第23位が日本。Scopusの捕食論文数の国の順位では、科学技術で上位に入るのが珍しい国が上位に入っている。

【2.なぜ南アフリカ】

なぜ南アフリカの研究者は粗悪論文ばかりだと批判されている捕食学術誌に多くの論文を投稿するようになったのか?

2005年、南アフリカ・教育省は学術論文の生産性を向上させるために、論文報奨金制度を導入した。2019年年現在、認定学術誌の研究論文1報に対して約7,000米ドル(約70万円)が大学・研究機関に助成金として配分されている。大学・研究機関によるが、この金額の半分までを教員に直接渡すことができる。

南アフリカのある研究者は、2016年に発表した研究論文で、約4万ドル(約400万円)の論文報奨金を得た。これは、教授の年間給与の約60%である。研究者がこのお金を研究目的に使用するという保証はなく、ほとんどは、給料とは別の副収入と見なされている。

Scopusデータベースに毎年リストされている南アフリカの研究者の論文数は、論文報奨金制度導入の10年間で2倍以上に増えた。しかし、捕食論文だけ見ると、同じ期間に140倍以上も論文数が急増した(J. Mouton and A. Valentine S. Afr。J. Sci。113、2017-0010; 2017)。南アフリカの多くの研究者は明らかに、「カネか質か」の選択を余儀なくされ、結果として、「カネ」を選んでいるのである。

J. Mouton and A. Valentine S. Afr。J. Sci。113、2017-0010; 2017 https://www.sajs.co.za/article/view/3995

最も明白な問題は、南アフリカ・高等教育訓練省(DHET: Department of Higher Education and Training)が学術誌を不適切に認定していることだ。

南アフリカ・高等教育訓練省は通常、ISI Web of Knowledgeなどの学術誌データベースから適格な学術誌を抽出し認定するが、一部の学術誌は独立に認定される。

捕食学術誌が急増していること、そして多くの捕食学術誌が信頼のおける学術誌と類似または同じ誌名(の称号)を使用しているので、厳格に認定しても、一部の捕食学術誌は認定リストに入り込む。 多くの研究者、特に若手の研究者は、捕食学術誌でも認定リストに入っていれば、論文報奨金がもらえるので投稿する。

もう一つの問題は、論文報奨金の支払われ方だ。

大学・研究機関は、1つの論文当たり一定の額の論文報奨金を払い、それを共著者の間で分配している。 そのため、共著者が少ない方が1人当たりもらえる額が多いので、研究者は、共同研究をしなくなる。大学・研究機関及び国家をまたがる共同研究での論文はより多く引用される傾向がある(2012年論文:The rise of research networks | Nature)。共同研究をしなくなると、結果として、論文のインパクトや影響度は減ってしまう。

ケープタウン大学(University of Cape Town)の健康科学研究者の800報以上の論文を分析した結果、論文報奨金と引用数の間に負の相関関係が見られている(2016年論文:The research subsidy may penalise high-citation articles)。

私の経験では、論文報奨金は他にも、反生産的な行為をもたらしている。例えば、研究成果をスライスして多くの論文出版をするサラミ出版が増加する。また、受理されやすい質の低い学術誌に出版する、などである。

つまり、論文報奨金は南アフリカの学術の質を低下している。 中国も論文ごとに論文報奨金を払い、質の悪い論文が急増するという同じ経験をしてきた。そして、今、中国の大学・研究機関は その慣行から抜けだそうとしている。

【3.使い方】

私を批判する人は、論文報奨金は大学・研究機関にとって重要な収入源であると言うだろう。

では、その線で考えてみよう。

大学・研究機関は、認定学術誌の論文で交付された論文報奨金の一部を、より優れた研究を促進するための2つの施策に使うと良い。

第一に、大学・研究機関は、院生への奨学金を増やすことで学術コミュニティを後押しすべきだ。

南アフリカの大学教育経費が高すぎて、2015年、全国的な学生抗議活動が引き起こされた。この「#feesmustfall」(説明は下記)の動きは、2018年以降、貧困層および労働者階級の学生は高等教育費を無料するという政府の施策発表につながったが、無料化は学部生に限られている。

白楽が別の文献で「#feesmustfall」の意味を探った。以下。

ジョハネスバーグにあるウィットウォータースラント大学(以下、ウィッツ大学)が発端となった、大学の学費値上げ凍結や高等教育無償化を求めた「Fees Must Fall」である。

南アフリカの大学に通うには、大学や学部にもよるが、年間の学費だけで3万から5万ランド(rand:1ランド=約7円、2016年1月現在)程度かかることが多い。そのほかに登録料や寮生活の場合は寮費などもかかる。これは南アフリカのアフリカ系黒人世帯の平均的な年間世帯消費支出に相当する水準である[Statistics South Africa 2011: 8, 11]。奨学金の枠も限られていることから、低所得世帯出身の学生(その多くが黒人である)が経済的理由から大学入学を諦めたり、入学後にドロップアウトしたりするケースが後をたたない。

2015年10月、翌年度の大学学費の大幅値上げのニュースがもたらされると、即座に反対の声があがり、「Fees Must Fall」というフレーズが生み出された。ウィッツ大学の学生代表評議会が10月14日に抗議集会を企画したのを皮切りに、学費の値上げ凍結、さらには引き下げ・無償化を求めるプロテストが全国の大学へと広がった。学生らが座り込みや大学の出入り口の封鎖を続けたことで、各大学のキャンパスは10月下旬にかけて次々と閉鎖に追い込まれた。(2016年牧野久美子:『アフリカレポート』2016年 No.54、pp.44-49:「Must Fall」運動を振り返る——2015年の南アフリカにおけるプロテストの軌跡—— – ジェトロ・アジア経済研究所

南アフリカは「年間5,000人に博士号を授与」を2030年までに達成する計画だが、これには予算を増やす必要がある。現在の状況はというと、2016年、南アフリカの国立大学は2,797人に博士号(私立大学は少数)を授与した。これからの14年間で、博士号取得者を1.8倍にしなければならない。ところが、現在、多くの修士課程および博士課程の院生は、貧しさのために学業に専念できず、食うためにアルバイトしなければならない。

第二に、論文報奨金の基金は、もっと優れた研究者評価プログラムの開発に使うべきである。優れた研究者評価プログラムが確立すれば、研究者の採用および昇進で審査の質を確保できる。

例としては、南アフリカ国立研究財団(South African National Research Foundation)に「評価研究者への奨励助成金プログラム(Incentive Funding for Rated Researchers Programme)」がある。このプログラムは、科学者の出版物やその他の研究成果を8年間にわたってベンチマークしている。 私(デイヴィッド・ヘディング)はこのプログラムが南アフリカの研究成果の生産性、そしてさらに重要なことだが、研究成果の質を高めるのに大いに役立ったと思っている。しかし、予算上の制約から、2017年に「評価研究者への奨励助成金プログラム」予算が削減されてしまった。論文報奨金制度の予算を廃止して、優れた研究者評価プログラムの開発に使うべきである。

論文報奨金制度の廃止の要求は、短期的にみれば、学界の同胞たちから好意的に思われない。

しかし、南アフリカが革新性を推進したいのであれば、論文報奨金制度をやめなければならない。

なぜなら、

「論文報奨金は研究の質の敵」だから、だ。

●4.【関連情報】

7-26.論文報奨金 | 研究倫理(ネカト、研究規範)

●5.【白楽の感想】

《1》運用か本質的か

南アフリカの論文報奨金は運用の問題ではないのか?

この論文で指摘する、①捕食学術誌の認定に問題があるなら、もっとしっかり認定する。②共著者の間で分配法を再考する。③共同研究を推進する方策にする。・・・などで、解決できないのだろうか?

本質的な問題だと思いにくいが・・・。

ただ、院生が研究と関係がないアルバイトをしなければならないのは、大きな無駄だと思う。日本の院生のアルバイト状況を白楽は把握していないが、もししているなら、無駄だと思う。

ヘディング準教授が主張する研究者評価プログラムの開発、これも、とても大事だと思う。

白楽は、論文報奨金は運用次第だと思うが、南アフリカのような貧しい国では、ヘディング準教授が主張するような別の使い方をした方が国民のために思える。

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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●6.【コメント】

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