2021年5月1日掲載
ワンポイント:グレックはマルタのマルタ大学 (Università di Malta)・準教授・医師で、テレビドラマのスタートレックの大ファンである。2020年12月8日(55歳)、英国のオックスフォード大学(University of Oxford)の学部生であるハンプトン・ガディ(Hampton Gaddy)が、グレックの113報の論文に問題があると学術誌に通報した。例えば19報の論文はスタートレックの話で学術研究とは無関係だった。それで、多数の論文が撤回され、2021年4月30日(56歳)現在、撤回論文ランキングの世界第25位(リストで26番目、27撤回論文)の多数論文撤回者になった。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。この事件は、2021年ネカト世界ランキングの「1」の「1」に挙げられた。
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スタートレックについて学術誌で語ったのはまずいのかもしれませんが、ジャーナル側もアクセプトしています。論文を投稿した後から「この雑誌は媒体として不適切である」という理由で撤回に追い込まれるのはかなりまずいきがします。採録決定したのはこの雑誌のエディターであるはずなので、「この雑誌は、スタートレックについて語ってもよい媒体である」という結論ならまだしも撤回というのは奇妙に思えます。この著者もアクセプトしてくれるからこの雑誌に出し続けたのであって…。(その他の論文についてはともかく)
ネカトが無い点では悪質度は低いけど、多数論文撤回は学術界に大迷惑。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ビクター・グレック(Victor Grech、ORCID iD:?、写真出典)は、マルタのマルタ大学 (Università di Malta)・準教授・医師で、専門は小児科学である。
2020年12月8日(55歳)、英国のオックスフォード大学(University of Oxford)の学部生であるハンプトン・ガディ(Hampton Gaddy)が、グレックの113報の論文に問題があると指摘した。
例えば、学術研究とは関係ない論文(スタートレックの話)を19報も掲載していると学術誌に通報した。また、48報の論文に別の問題があるとも指摘した。
2021年3月31日(56歳)、学術誌「Early Human Development (EHD)」はグレックの論文を一度に24論文撤回した。それ以前の3撤回論文と合わせ、計27撤回論文となり、撤回論文ランキングの世界第25位(リストで26番目)になった。
2021年4月30日(56歳)現在、グレックは、撤回論文ランキングの世界第25位(リストで26番目、27撤回論文)にランクされている多数論文撤回者である。
→ 2021年4月30日更新:「撤回論文数」世界ランキング | 白楽の研究者倫理 、(2021年4月30日保存版) → 2021年4月30日保存版のThe Retraction Watch Leaderboard – Retraction Watch
マルタ大学 (Università di Malta)。写真出典
- 国:マルタ
- 成長国:マルタ
- 医師免許(MD)取得:マルタ大学
- 研究博士号(PhD)取得:英国のロンドン小児病院
- 男女:男性
- 生年月日:1965年。仮に1965年1月1日生まれとする
- 現在の年齢:59 歳
- 分野:小児科学
- 不正論文発表:2020年(55歳)
- 発覚年:2020年(55歳)
- 発覚時地位:マルタ大学・準教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は英国のオックスフォード大学(University of Oxford)の学部生であるハンプトン・ガディ(Hampton Gaddy)で、学術誌に公益通報
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②マルタ大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:調査中(ー)
- 不正:論文内容が不適切
- 不適切論文数:63論文が懸念表明、27論文が撤回
- 時期:研究キャリアの後期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
出典:Victor Grech – The Conversation、保存版
- 生年月日:1965年。仮に1965年1月1日生まれとする
- 1988年(23歳):マルタ大学医学部(University of Malta Medical School)を卒業し、医師免許(MD)を取得
- 19xx年(xx歳):英国のロンドン小児病院(Hospital for Sick Children at Great Ormond Street in London)・勤務
- 1998年(33歳):英国のロンドン小児病院(Hospital for Sick Children at Great Ormond Street in London)で研究博士号(PhD)を取得:博士論文タイトルは「Congenital Heart Disease in Malta」
- xxxx年(xx歳):マルタ大学医学部(University of Malta Medical School)・準教授
- 2011年(46歳):マルタ大学(University of Malta)・英文学科で2番目の研究博士号(PhD)を取得:博士論文タイトルは「Infertility in Science Fiction」
- 2020年12月8日(55歳):論文の不適切さが発覚
- 2021年3月31日(56歳):論文撤回され、撤回論文ランキングの世界第25位(リストで26番目、27撤回論文)
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
インタビュー動画:「Lea Hogg interviews Professor Victor Grech – YouTube」(英語)15分13秒。
Lea Hoggが2019/11/25に公開
【動画2】
「ビクター・グレック」と紹介。
2020年3月25日のインタビュー動画:「Covid Paper Victor Grech 25 Mar 2020」(英語)11分39秒。
CME30.EUが公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★医師で画家
ビクター・グレック(Victor Grech)は妻、2人の子供、3人のシャム猫と一緒にイタリアのシチリア島の南にあるマルタのペンブロークに住んでいる。
マルタ大学 (Università di Malta)・準教授・医師で、専門は小児科学だが、マルタや海の風景を描く画家でもある。作品のいくつかはウェブサイトに掲載されている。以下に1点貼り付けた(出典は同サイト)。
そして、グレックが問題なのは、米国のSFテレビドラマ「スタートレック – Wikipedia」(日本語では「宇宙大作戦」)に惚れ込んでいることだった。
イヤイヤ、惚れ込んでいるだけなら問題はなかったのだが・・・。
★発覚の経緯
2020年12月8日(55歳)、英国のオックスフォード大学(University of Oxford)の学部生であるハンプトン・ガディ(Hampton Gaddy、写真出典)は、学術誌「Early Human Development (EHD)」に出版したグレックの113報の論文に問題があると学術誌「Early Human Development (EHD)」に告発した。113報の論文の内、57報はグレックの単著である。
なお、学術誌「 Early Human Development (EHD)」はエルゼビア社が発行する査読付きのまともな学術誌で、2019年のインパクトファクターは1.969だった。
英国のホーマートン大学病院(Homerton University Hospital)のエリア・マールーフ (Elia Maalouf、写真出典) が編集長を務めている。
以下はガディの告発メールの冒頭部分(出典:同)で、CCがたくさんある。ガディの賢さを証明している。全文は4頁 → https://github.com/hggaddy/public/blob/master/EHD/A%20letter%20of%20concern%208%20Dec%202020.pdf
問題の1つは、論文の内容が学術研究ではないということだ。ガディは次のように指摘している。
これら113報の論文のうち19報は、TVシリーズのスタートレックのさまざまな側面に焦点を当てています。 彼は一般的に、スタートレックの医学に関連する点について議論していますが、その内容は、スタートレックの医師、医療行為、医療技術などについてです。そして、これらの論文の多くは、紛らわしいことに、学術誌が「善行論文」と評価しています。
以下に上記に当てはまる論文を1報紹介しよう。
【論文①】
- Nurses in Star Trek: The fictional role of the nurse in Star Trek
Mariella Scerri & Victor Grech
Early Human Development, Volume 145, June 2020, 105015
Available online 20 March 2020.
この論文は「善行論文」と評価されている論文である。要約は以下の通り。
世界中の看護師は、自律的であるが医療専門職を補完する専門職としての看護の確立に努めてきました。 ルネッサンスまでさかのぼる文学は、看護師の役割を蔑称的に描いています。 現代の概念では、看護師は医師と同等に働いているのに、英雄的な医師の脇役という地位です。 この論文では、スタートレックのエンタープライズに搭乗している2人の看護師であり、卓越した役割を担っているクリスティン・チャペル(Christine Chapel)とアリシア・オガワ(Alyssia Ogawa)について議論します。 さまざまな複数のエピソードで、彼らの役割は医師に対して従順です。 看護師の概念は類似しており、現代社会の実際の生活と類似しています。つまり、医師に従順という役割です。
というように、小児医学上の発見・発明・症例報告のどれにも該当しない。
グレックの論文で、問題が指摘されたのはスタートレックを記述した論文だけではない。
新型コロナ(COVID-19)について24報の論文も発表していて、多くは問題ないのだが、問題のある論文もあると、ガディは指摘した。以下にその問題論文の書誌情報を示す。
【論文②】
- Unknown unknowns – COVID-19 and potential global mortality
Victor Grech
Early Human Development, Volume 144, May 2020, 105026
Received 23 March 2020, Accepted 23 March 2020, Available online 31 March 2020.
この論文の内容は省略するが、データねつ造・改ざんがあったわけではない。盗用も見つかっていない。ただ、内容がズサンで、事実と異なる記述がある。
★論文撤回
2021年3月31日(56歳)、学術誌「Early Human Development (EHD)」はグレックの論文を一度に24論文撤回した。それ以前の3撤回論文と合わせ、計27撤回論文となり、撤回論文ランキングの世界第25位(リストで26番目)になった。
→ 2021年4月30日更新:「撤回論文数」世界ランキング | 白楽の研究者倫理 、(2021年4月30日保存版) → 2021年4月30日保存版のThe Retraction Watch Leaderboard – Retraction Watch
グレックは多数論文撤回者になった。
2021年4月30日(56歳)現在、撤回論文ランキングの世界第25位のままである。リストで26番目、27撤回論文。
なお、グレックの撤回論文にデータねつ造・改ざん、盗用があったとは指摘されていない。学術的な研究成果を記載していないことが撤回理由である。
結局、ガディが示唆しているように、グレックは自分が好きな服を着てもかまわないのと同じで、自分の好きなテレビドラマの感想や意見を個人のブログやウェブサイトで述べるのは自由である。しかし、学術誌でそれをするのは不適切だということだ。
●【不適切さの具体例】
上記したので省略。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2021年4月30日現在、パブメド(PubMed)で、ビクター・グレック(Victor Grech)の論文を「Victor Grech [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2021年の20年間の233論文がヒットした。
「Grech V」で検索すると、1997~2021年の24年間の337論文がヒットした。
2021年4月30日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、1論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2021年4月30日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでビクター・グレック(Victor Grech)を「Victor Grech」で検索すると、0論文が訂正、 63論文が懸念表明、27論文が撤回されていた。
2020年に出版された27論文が2020~20121年に撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2021年4月30日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ビクター・グレック(Victor Grech)の論文のコメントを「Victor Grech」で検索すると、3論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》論文撤回の理由
白楽ブログはネカトとクログレイを中心に扱い、性不正・アカハラもそれなりに扱っている。
今回、ビクター・グレック(Victor Grech)の論文が27報撤回されて、論文撤回論文ランキングの世界第25位(リストで26番目)になったので、記事にしたが、グレックの論文の撤回理由は、ネカトやクログレイではなかった。
論文の内容が学術研究上の発見や症例報告ではなく、テレビドラマ・スタートレックの解説のような文章だった。つまり、学術誌「Early Human Development (EHD)」に掲載すべき内容ではなかったということだ。
もちろん、学術論文でないものを学術論文として投稿するグレックは明らかにオカシイ。
しかし、査読者は何を査読したのか? 編集長は無能なのか? と叱責したくなるレベルの内容の論文を掲載した。
お蔭(?)で、27報撤回され、論文撤回論文ランキングの世界第25位(リストで26番目)になった。
グレックの不適切な論文はもっとあるので、今後、ランキング上位に昇進(?)していくだろう。
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スタートレックについて学術誌で語ったのはまずいのかもしれませんが、ジャーナル側もアクセプトしています。論文を投稿した後から「この雑誌は媒体として不適切である」という理由で撤回に追い込まれるのはかなりまずいきがします。採録決定したのはこの雑誌のエディターであるはずなので、「この雑誌は、スタートレックについて語ってもよい媒体である」という結論ならまだしも撤回というのは奇妙に思えます。この著者もアクセプトしてくれるからこの雑誌に出し続けたのであって…。(その他の論文についてはともかく)
ネカトが無い点では悪質度は低いけど、多数論文撤回は学術界に大迷惑。
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●9.【主要情報源】
① 2020年12月10日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Elsevier looking into “very serious concerns” after student calls out journal for fleet of Star Trek articles, other issues – Retraction Watch
② 2021年3月31日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Beam us up! Elsevier pulls 26 Covid-19 papers by researcher with a penchant for Star Trek – Retraction Watch
③ ビクター・グレック(Victor Grech)のウェブサイト:MALTA IMPRESSIONS
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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