「アカハラ」:マーティン・ウィルキンス(Martin Wilkins)(英)

2020年6月14日掲載 

ワンポイント:51歳の教授がアカハラされて自殺した事件。インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London, ICL)・医学部の実験医学部門の責任者だったウィルキンス教授は、ステファン・グリム教授(Stefan Grimm)に研究費をしっかり獲得しないと1年以内に解雇だと警告した。2014年9月25日、それで、51歳のグリム教授は自殺した。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

マーティン・ウィルキンス(Martin Wilkins、写真出典)は、英国のインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London, ICL)・医学部・教授で、インペリアル・カレッジ・ロンドン実験医学部門の責任者だった。専門は臨床薬理学(肺動脈高血圧症)である。

2014年3月(60歳?)、ウィルキンス教授は、ドイツ出身のステファン・グリム教授(Stefan Grimm)に研究費をしっかり獲得しないと1年以内に解雇だと警告した。

2014年9月25日(60歳?)、半年後、51歳のグリム教授は自殺した。

警告はキツカッタかもしれないが、通常の警告にも受け取れる。しかし、警告されたグリム教授は深刻なイジメと受け取り、自殺してしまった。

アカハラする側、される側の意識のギャップ。些細と思われることでも、状況によってはアカハラ被害者が自殺してしまうという繊細な状況、難しさを考える事例としたい。

なお、インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)は、「Times Higher Education」の大学ランキングで世界第10位の超名門大学である。World University Rankings 2020 | Times Higher Education (THE)

インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College of London)医学部。写真出典

  • 国:英国
  • 成長国:
  • 研究博士号(PhD)取得:
  • 男女:男性
  • 生年月日:仮に1954年1月1日生まれとする。写真の見た目
  • 現在の年齢:70 歳?
  • 分野:臨床薬理学
  • アカハラ行為:2014年(60歳?)
  • 最初に訴えられた:
  • 社会に公表年:2014年(60歳?)
  • 社会に公表時地位:インペリアル・カレッジ・ロンドン・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は被害者のステファン・グリム教授(Stefan Grimm)で、遺書メールをインペリアル・カレッジ・ロンドンの多くに人に送付
  • ステップ2(メディア):「Times Higher Education」など
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①西ロンドン検死裁判所
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
  • 大学・処分のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:調査していない(✖)
  • 不正:アカハラ
  • 被害者数:被害者数は1人
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に発覚時の地位を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

ほとんど不明

  • 生年月日:仮に1954年1月1日生まれとする。写真の見た目
  • xxxx年(xx歳):xx大学で学士号取得
  • xxxx年(xx歳):xx大学で研究博士号(PhD)を取得
  • xxxx年(xx歳):英国のインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London, ICL)・医学部・教授
  • 2014年3月(60歳?):ステファン・グリム教授(Stefan Grimm)に研究費をしっかり獲得しないと1年以内に解雇だと警告
  • 2014年9月25日(60歳?):ステファン・グリム教授が自殺

●3.【動画】

【動画1】
動画:「英国大学の経営主義と研究の衰退(Managerialism and the Decline of UK University Research)- YouTube」(英語の字幕)1分24秒。
UK Universities Need To Improveが2014/12/22に公開

●5.【アカハラ発覚の経緯と内容】

★ステファン・グリム教授の自殺

2014年9月25日、インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London, ICL)・医学部・毒物学のステファン・グリム教授(Stefan Grimm、写真出典)が自殺した。51歳の若さだった。

グリム教授を知る2人の学者は、自殺する前の数か月間、業績評価で大学から過度の圧力を受けていることに不満を漏らしていたと述べている。

グリム教授は研究助成金が不採択ならインペリアル・カレッジ・ロンドンでの地位が危険な状態になると言われていた。グリム教授は自殺の数か月前から、インペリアル・カレッジ・ロンドンから十分な支援が受けられないと絶望していた。

★ステファン・グリム教授の生い立ち

ウィキペディアで経歴を調べた(出典:Stefan Grimm – Wikipedia

グリムは1963年生まれのドイツ人で、テュービンゲン大学(University of Tübingen)で博士号を取得した。1995~1998年に米国のハーバード大学のフィリップ・レーダー(Philip Leder)のポスドクをした後、マックスプランク生化学研究所(Max Planck Institute of Biochemistry)のグループリーダーになった。2004年、41歳でロンドンのインペリアル・カレッジ・ロンドンの毒物学の教授に就任した。

グリムは、主にアポトーシス、シグナル伝達経路、および腫瘍形成に焦点を当てて研究していた。20年間に、50報の学術論文、2冊の本を出版し、5つの特許出願を出願した。

こうやって経歴をみると、研究者の超エリートコースを歩いてきたと思われる。

★パブメド(PubMed)で業績チェック

2020年6月13日現在、パブメド( PubMed )で、ステファン・グリム教授(Stefan Grimm)の論文を「Stefan Grimm[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2016年の15年間の36論文がヒットした。インペリアル・カレッジ・ロンドンの教授としては、論文数が若干少ない。

自殺した2014年に9報、前年の2013年に5報、前々年の 2012年に2報の論文を出版している。論文数は十分あったと思う。

「Grimm S[Author]」で検索すると、1964~2020年の57年間の458論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多数含まれていると思われる。

★アカハラ

グリム教授を自殺に追い込んだ人物がマーティン・ウィルキンス(Martin Wilkins、写真出典)で、本記事の主役である。

ウィルキンスはインペリアル・カレッジ・ロンドンの臨床薬理学の教授で、インペリアル・カレッジ・ロンドンの実験医学部門の責任者だった。

ウィルキンスは、勿論、自殺に追い込むほどヒドイ言動をしたと思っていない。激しい言葉を浴びせているわけでもない。若干、強い言葉だったと思うが、管理者として、度を越していないと思う。しかし、その言動を受けたグリム教授が自殺した。加害者の言動と被害者の受け止め方は、2人の関係や2人が置かれた状況に大きく影響を受ける。

2014年10月8日、グリム教授が自殺した事件は、西ロンドン検死裁判所(West London District Coroner’s Court)で調査が開始される予定だったが、延期された。白楽はこの裁判の審理結果を把握していないが、ウィルキンスは無罪だったと思う。

インペリアル・カレッジ・ロンドンはこの件をアカハラとする調査をしなかった(多分)。

【ウィルキンスの電子メール】

インペリアル・カレッジ・ロンドンの臨床薬理学の教授で、実験医学部門の責任者であるマーティン・ウィルキンス(Martin Wilkins)から送信された電子メール(以下に示す)は、グリム教授の「多額の資金提供」のすべてが終了したことと、グリム教授が研究助成金の獲得に失敗したことを指摘している。

公開されたメールは全部ではないし、温厚なものだけだろう、と予測してお読みください。グリム教授(Stefan Grimm)を「ステファン」と、ファーストネームで呼んでいる。

★ウィルキンスの電子メール:2014年3月10日

日付:2014年3月10日

親愛なるステファン

最近、あなたの現在の研究助成金と将来の見通しについて話し合ったこと、の追記としてメールしました。

既に説明したように、これまでに行なった重要な外部資金はすべて終了しました。キャンサー・リサーチUK(Cancer Research UK:CRUK)や欧州委員会などの慈善団体によるさらなる資金援助を求めていることは承知しておりますが、多くの研究助成金を申請したにもかかわらず、審査で不採択になるのではないかと心配しています。研究助成金を求めるあなたの献身的な努力に疑いの余地はありませんが、時間が経つにつれて、活路を見出すのが困難な状況になる危険性があります。言い換えますと、審査委員会は、何度も不採択だった申請者からの申請書だと知ると、単純に不採択にする可能性があります。

インペリアル・カレッジ・ロンドンの教授職の評価基準を達成するためにあなたは苦労していると思います。評価基準には、年間20万ポンド(約2,800万円)の研究費獲得を維持することが含まれています。インペリアル・カレッジ・ロンドンの教授職として期待されるパフォーマンスをあなたが達成しているかどうか、真剣に検討する必要があります。

今後の12か月間に主任研究者(PI)としてプログラム助成金を申請して授与されることを期待しています。これは、教授職の基準を達成するために必要なパフォーマンスです。私はあなたが成功するよう私ができることをしたいと思います。それで、毎月あなたと会い、あなたの進歩と成功について話し合いたいと思います。

これはあなたのパフォーマンスに関する非公式な評価の始まりです。しかし、あなたが基準を満たさない場合、正式な大学の手順に従って、あなたのパフォーマンスを考慮する必要があります(条例D8 )。次のリンクです。 http://www3.imperial.ac.uk/secretariat/collegegovernance/provisions/ordinances/d8

上記についてご不明な点がございましたら、お問い合わせください。

ご多幸を祈る

マーティン

★ウィルキンスの電子メール2:2014年9月18日

この電子メールを受け取った1週間後にグリム教授は自殺した。

日付:2014年9月18日

親愛なるステファン

博士課程の院生について話し合うことが必要です。あなたに1人の候補者がいて、2人目の候補者を集めようとしていることを私は理解しています。あなたは外部からの研究資金を求めていたと思いますが、院生と行なう研究プログラムに懸念があります。おそらく、明日または月曜日に話し合う時間を見つけることができるでしょう。これらの院生たちの世話をどうするか、理解したいのです。

ご多幸を祈る

マーティン

【遺書】

★グリム教授の電子メール:2014年10月21日

グリム教授が自殺してから約1か月後、グリム教授からインペリアル・カレッジ・ロンドンの多くの人にメールが届いた。自動配信にしていたのだ。いわば遺書である。

ステファン・グリムからインペリアル・カレッジ・ロンドンの皆様へ
送信日:2014年10月21日

親愛なる皆様へ、

インペリアル・カレッジ・ロンドンが教授をどのように扱うかに興味がある方に、私の話をします。

2013年5月30日、上司のマーティン・ウィルキンス教授が私のオフィスに来て、どんな研究助成金を獲得しているかと尋ねました。獲得している研究助成金を列挙した後、ウィルキンス教授は、私に、これでは不十分で、1年以内に大学を去る必要があると言われました。

ウィルキンス教授は当時医学部長のギャビン・スクリートン教授(Gavin Screaton)の代理できたことを明らかにし、私はすぐにスクリートン医学部長に呼び出され解任されるだろうと私に言った。それ以上何も言わないでウィルキンス教授は私のオフィスを去った。

教授がなぜそのように扱われるのか? 

研究助成金の申請書作成をすべて止め、スクリートン医学部長に解任される会合を待ちました。ただし、この会合は開催されませんでした。その後、2014年3月に、以下の最終通告メールを受信しました。

毎年200,000ポンド(約2,800万円)の研究収入が必要です。

私はこの200,000ポンド(約2,800万円)が必要ということを、それまでに知らされたことはありません。私と大学との契約の一部であることを思い出せません。特に興味深いのは、200,000ポンド(約2,800万円)とはいえ、もっと小額でもよいという事実があるのですが、私の場合、プログラム助成金でなければ認めないと言われました。ダンマン大学(University of Dammam)から135,000ポンド(約1,890万円)の研究費をもらっていたのですが,これは、対象外だとのことです。

1年以内に自分自身が生存するための研究助成金申請書を提出するのは、“素晴らしい”状況だったと言わざるを得ません。

私の研究室に入りたいと希望する学生がインペリアル・カレッジ・ロンドンの博士課程への正式な入学許可を受け取った後、私は、上記の最終通告メールを受け取りました。

彼は私たちのグループで研究するのを長い間待っていました、そして私は彼と一緒に研究できないと言うことができません。

インペリアル・カレッジ・ロンドンの上層部は私を破壊しました。

現実には、インペリアル・カレッジ・ロンドンの上層部は、同僚を判断するために数値を見ているだけです。目的は、自分のキャリア向上のために、各学科の財政を維持することだけです。彼らは他国の科学者を雇って、海外で行なった研究を提出し、英国の大学のパフォーマンスを評価させています。

あなたの研究成果が研究評価時に提出され、インペリアル・カレッジ・ロンドンにお金をもたらしたとしても、その後、あなたの助成金収入が不十分なら、あなたはイジメのターゲットになります。

ここで重要なのは助成金収入であり、科学的成果ではありません。私の研究室では、今年はこれまでに元のデータを含む4つの論文を出版しました。「Cell Death and Differentiation」、「Oncogene」、「Journal of Cell Science」、そして今週ウィルキンス教授に伝えたように、「EMBO Journal」です。私は本の編集者でもあり、2つの総説を書きました。これはカウントされません。古いことわざに「論文発表せよ、さもなければ滅びよ(publish or perish)」がありますが、ここでは、「論文発表した、そして滅びよ(publish and perish)」です。

この場所に来たことを後悔しましたか?

私はここで私の研究仲間との交流をとても楽しんできました。ただ、彼らの多くと同様に、私はインペリアル・カレッジ・ロンドンの科学研究面での評判を現在の現実と混同するという罠に陥りました。ここはもはや大学ではありません。単なるビジネス組織です。

私の優れた研究仲間と私が、ここ数年間でここで成し遂げた研究成果は他の人の研究よりも劣っていると私が感じていると誰かが信じているとしたら、それは間違いです。私たちは、アポトーシス遺伝子と抗がん遺伝子の概念に関して、インペリアル・カレッジ・ロンドンの他の研究プロジェクトよりもズッと刺激的なもの発見してきました。

私は怠惰でしたか?

私の上司は、私がキャンパス全体で最も多くの研究助成金申請書を提出した1人であるとこっそり言っていました。

私の話をしたインペリアル・カレッジ・ロンドンの同僚は私の話を聞いた後、私をジッと見て、しばらく沈黙し、それから、「そう、彼らは私たちをゴミのように扱いますね」と言いました。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2020年6月13日現在、パブメド( PubMed ))で、マーティン・ウィルキンス(Martin Wilkins)の論文を「Martin Wilkins [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2020年の19年間の111論文がヒットした。

「Wilkins MR[Author]」で検索すると、1982~2020年の39年間の461論文がヒットした。

★撤回監視データベース

省略

★パブピア(PubPeer)

省略

●7.【白楽の感想】

《1》微妙

アカハラする側、される側の意識のギャップは大きい。

些細と思われることでも、状況によってはアカハラ被害者が自殺してしまう。

このアカハラ事件は、その繊細な状況、難しさを考える事例としたい。

《2》成果主義

研究費をしっかり獲得しないと1年以内に解雇だとウィルキンス教授に警告されたことで、グリム教授が悩み、51歳で自殺した。

しかし、公開されたメールとグリム教授の遺書からは、ウィルキンス教授の言動は許容範囲内に思える。

この場合、本当のアカハラ犯は現在の研究システムではないだろうか。成果主義、業績主義、つまり、「論文発表せよ、さもなければ滅びよ(publish or perish)」では、人々は論文数を見る。研究者という人間を見ない。

「成果主義の良し悪し」の議論は置いておく。ウィルキンス教授は成果主義の実行者というだけで、グリム教授は成果主義にイジメられ自殺したというのが真実だろう。

マーティン・ウィルキンス(Martin Wilkins):https://wwwf.imperial.ac.uk/blog/dom-staff/posts/page/6/

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●8.【主要情報源】

① 2014年11月27日のクリス・パー(Chris Parr)記者の「Times Higher Education」記事:Imperial College London to ‘review procedures’ after death of academic | Times Higher Education (THE)
② ◎2014年12月3日のクリス・パー(Chris Parr)記者の「Times Higher Education」記事:Imperial College professor Stefan Grimm ‘was given grant income target’ | Times Higher Education (THE)
③ 2015年4月30日のフィリッパ・スケット(Philippa M Skett)記者の「Felix」記事:Review in response to Grimm’s death completed
④ 2014年6月7日のファニスミス(fanismis)記者の「Fanismissirlis」記事:Briefing on the state of affairs in the UK academy – fanismissirlis
⑤ 「Economics Job Market Rumors」記事:Publish and perish at Imperial College London: the death of Stefan Grimm « Economics Job Market Rumors
Search Results for “Stefan Grimm” – DC’s Improbable Science
Stefan Grimm (1963 – 2014). A memorial to a victim of managerialism – DC’s Improbable Science
Stefan Grimm – Alchetron, The Free Social Encyclopedia
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