心理学:「ズサン」:ケイト・ローレンス(Kate Lawrence)(英)

2019年8月25日掲載

ワンポイント:ローレンスは、セント・メアリーズ大学(St Mary’s University, Twickenham)・上級講師(Senior Lecturer)である。2018年3月20日(43歳?)、「2017年6月のPLoS One」論文が、学術誌・編集部により撤回された。撤回理由は、対照群(コントロール)がないこと、盲検法ではないことなどだが、実は、そのことは論文に書いてあった。結局、査読もズサンだったということで、担当した編集委員のコベントリー大学(Coventry University)のデュアン・メラー・上級講師(Duane Mellor)が、編集委員を辞任した。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。ケイト・ローレンス事件は、「2018年ネカト世界ランキング」の「3」の3番目の事件である。

ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説

5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
ーーーーーーー

●1.【概略】

ケイト・ローレンス(Kate Lawrence、ORCID iD:0000-0002-0284-9804、写真出典)は、英国トゥイッケナムのセント・メアリーズ大学(St Mary’s University, Twickenham)・上級講師(Senior Lecturer)で、専門は心理学(食品心理)である。

2017年(42歳?)、ローレンスは、「2017年6月のPLoS One」論文を発表した。

2018年3月20日年(43歳?)、出版から9か月後、学術誌「PLoS One」の編集部はこの論文を撤回した。

試験参加者を複数のグループに分け、それぞれに異なる食事を与える介入試験(intervention study)は、既に確立された方法である。それなのに、実は、この論文には対照群(コントロール)がなく、盲検法でもなかった。つまり、ズサンな研究計画だった。それを読み取れなかった査読もズサンだったということになる。

しかし、指摘された対照群(コントロール)がないこと、盲検法ではないことは、実は、論文に書いてあった。

著者は撤回に同意しなかった。研究方法は、論文に書いてあるのだから、読者はそのことを承知で論文結果を評価すればよいと主張している。白楽が想うに、この論法は、少数意見としてはありうる気がする。

問題視された「2017年6月のPLoS One」論文はジャンネット・ハイド(Jeannette Hyde)と共著だが、ジャンネット・ハイドは学士号しか持っていない料理研究家である。本記事では第一著者のケイト・ローレンスに問題の責任があると考え、ケイト・ローレンスを中心に記述した。

なお、ジャンネット・ハイド(Jeannette Hyde)は著書『腸の改善レシピ本(The Gut Makeover Recipe Book)』(2016年、邦訳ナシ)などを出版している(本の表紙出典はアマゾン)。

ケイト・ローレンス事件は、「2018年ネカト世界ランキング」の「3」の3番目の事件である。

英国トゥイッケナムのセント・メアリーズ大学(St Mary’s University, Twickenham)。写真出典

  • 国:英国
  • 成長国:英国
  • 研究博士号(PhD)取得:ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン
  • 男女:女性
  • 生年月日:不明。仮に1975年1月1日生まれとする。1997年に大学卒業した時を22歳とした
  • 現在の年齢:46歳?
  • 分野:心理学
  • 最初の不正論文発表:2017年(42歳?)
  • 発覚年:2018年(43歳?)
  • 発覚時地位:セント・メアリーズ大学・上級講師
  • ステップ1(発覚):論文の読者たちからのソーシャルメディアでの批判
  • ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②セント・メアリーズ大学は調査していない
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:該当せず(ー)。調査していない
  • 不正:ズサン
  • ズサン論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)。
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1975年1月1日生まれとする。1997年に大学卒業した時を22歳とした
  • 1997年(22歳?):オックスフォード大学(Oxford University)で学士号取得:心理学
  • 1997年(22歳?):グレート・オーモンド・ストリート病院(Great Ormond Street Hospital and the Institute of Child Health)・勤務
  • 1997年7月 – 2007年7月(22 – 32歳?):ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London)・講師
  • 2003年(26歳?):ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London)で研究博士号(PhD)を取得:心理学
  • 2010年9月 – 2013年1月(35 – 38歳?):ロンドン大学(University of London)・講師
  • 2013年9月(38歳?):トゥイッケナムのセント・メアリーズ大学(St Mary’s University, Twickenham)・上級講師
  • 2017年(42歳?):問題の「2017年6月のPLoS One」論文を出版

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★出版

ケイト・ローレンス(Kate Lawrence、写真出典)はセント・メアリーズ大学(St Mary’s University, Twickenham)・上級講師で研究博士号をもっている。学士号しか持っていないジャンネット・ハイド(Jeannette Hyde)と共著で「2017年6月のPLoS One」論文を発表した。

「腸内微生物集団の回復食は消化力、認知力、肉体的健康、精神的健康を改善する」と題するこの論文は、「4週間であなたの腸に栄養を与え、あなたの健康に革命を起こし、体重を減らす」という内容の論文である。

しかし、論文掲載直後から、論文の読者たちからソーシャルメディアで批判的なコメントが投稿され始めた。

★編集委員は辞任

「2017年6月のPLoS One」論文の編集を担当したコベントリー大学(Coventry University)のデュアン・メラー・上級講師(Duane Mellor)は、論文読者がソーシャルメディアに批判的なコメントを投稿し、「PLoS One」編集部に連絡したときに、この論文の掲載が不適切だったことに気が付いた。

この件を調べると、査読で問題が提起されていたのに、十分に対処していなかったと反省した。

2017年6月16日、以下のツイッターに示すように、メラー・上級講師は、責任をとって編集委員を辞任した。さらに、その1年半後の2018年12月、コベントリー大学も辞職してしまった((1) Duane Mellor | LinkedIn、写真同)。

★論文撤回

2018年3月20日、結局、出版から9か月後、学術誌「PLoS One」の編集長は、この論文を撤回した。
→ 2018年3月20日の撤回告知: Retraction

どうしてか?

論文にデータねつ造・改ざん・盗用はなかった。著者在順でもめていたわけでもなかった。生命倫理違犯や法令違反もなかった。

どうして、撤回されたか?

実は、研究計画がズサンだった。査読もズサンだった。

論文は、ある意味、科学研究とは何かが分かっていないシロモノで、結論は信頼できない論文だったとも言える。そもそも、よく査読が通ったというか、編集委員が出版を認めたな、というオソマツな論文だった。

オソマツ点をいくつか挙げると、以下のようだ。

  •  実験の対照群(コントロール)はなかった。
  •  実験は盲検法でされていなかった。つまり、参加者はどのような食事療法をされるかを知らされていたので、プラセボ効果が起こることが予想される状況だった。
  • 体重や症状は自己申告で、自己申告した体重データを研究者は検証していなかった。
  • 参加者の症状、認知機能、感情的幸福を評価したツールの妥当性および信頼性は実証されていなかった。
  • 以上のことから、研究データは結論を支持しているとは言えない。
  •  さらに、著者らは、研究前または研究中に参加者が薬物療法や栄養補助食品を使用していたかどうかの影響因子を記載していない。
  •  食事のプレバイオティック成分およびプロバイオティック成分は、再現性を可能にするのに詳細に記載していない。一般的な用語で説明されていて、一日に消費される量、および参加者一人あたりに消費される品目の記載がない。
  •  サンプルサイズを裏付けるための検出力計算を記載していない。

ただ、対照群(コントロール)がないこと、盲検法ではないことについては、実は、論文に書いてあった。

つまり、読者、そして査読者もその研究方法を知らされつつ結果を読むことはできていたのである。その点を考慮すれば、論文に矛盾もまちがいもなく、論文の評価は読者に任せればよく、撤回することはないと言える論文かもしれない。

一方、多くの意見は、この論文は科学研究の規準が満たされておらず、査読がまともなら、却下されていたハズだったという指摘である。

★著者は異議を唱えた

当然のことながら、2人の著者はこの撤回に反対した。「撤回監視(Retraction Watch)」の問い合わせに対し、ケイト・ローレンス(Kate Lawrence)は、彼女の大学の上司で学部長のフィリップ・ブース教授(Philip Booth、写真出典)による声明を送付してきた。 ローレンスはブース教授と同じ意見だと述べている。

ブース教授は、次のように述べている。

研究が完成し、査読プロセスを経て論文が公表されました。そのことで、研究結果は実質的な議論につながりました。

この論文の指摘された限界は、論文にはっきりと記載されていて、読者、そしてもちろん編集者や査読者が検証できるようになっていました。これらの点は論争の的ではないと思います。

深刻な問題は学術誌の編集者が科学研究とはどのように行なわれているのかを理解していないことです。

経験科学は決して決定的なものではありません。解決すべき命題によっては研究方法は様々です。

科学は研究成果を論文に発表することで進み、他の研究者はより良い方法、より大きなサンプル、異なる方法論、あるいは異なる状況を使って異なる結果を生み出します。それが科学的議論を引き起こし、その結果として、問題の本質と命題への答えがより明確になります。

この論文、反対の論文、そして、両者の統合を経て命題が解明され、知識が蓄積するプロセスは、約800年前から続いている科学の進歩の過程です。もちろんこの過程は、科学だけでなく他の分野の進歩にも当てはまります。いずれの分野であれ、議論を始める先駆的な研究が必要です。

読者には明らかなように、この研究には限界があります。そしてもちろん、どの学術誌もそのような研究を自由に拒否することができます。学術誌「PLoS One」は論文を掲載した時点で、拒否しないことを選択したわけです。

論文撤回は、隠されていた問題、研究ネカト、あるいは間違いが見つかった場合にのみ適用すべきで、今回のようなケースで撤回すべきではありません。

上記の撤回理由は、研究の限界に伴うデータの不確実性と同じではありません。そもそも、研究の限界は論文自体に記載されていました。学術誌がその査読決定をすぐに変えるのは異常ですし、それは学術誌のすべての編集プロセスに非常に悪い影響を与えます。

このような学術誌に論文投稿することを勧める研究者はいないでしょう。

学術誌は、論文撤回が個々の学者にどのような影響を与えるかを十分に配慮すべきです。査読が不適切だったならば、査読が不適切だったとするだけで、論文の研究倫理的欠陥を指摘する必要はないと思います。論文撤回に伴い、著者は公の屈辱を受けたわけです。

この論文は、多くの議論を引き起こしました。 私が学術誌の編集者なら、そのことに満足し、今後は、議論を呼ぶ科学の発展につながる論文を歓迎します。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2019年8月24日現在、リサーチゲート(Research Gate)で、ケイト・ローレンス(Kate Lawrence)の論文を検索すると、32論文がヒットした:Kate Lawrence | BA, PhD, FHEA | St Mary’s University, Twickenham, Twickenham | Psychology

2019年8月24日、パブメドで、ケイト・ローレンス(Kate Lawrence)の論文を「Kate Lawrence [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2018年の16年間の40論文がヒットした。

「Lawrence K[Author]」で検索すると、1946~2019年の74年間の610論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多いと思われる。

2019年8月24日現在、「Lawrence K[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、以下の2論文が撤回されていた。2つ目の「2005年のJ Cell Sci 」論文は本記事で問題にしている研究者以外の論文と思われる。

  1. Microbiome restoration diet improves digestion, cognition and physical and emotional wellbeing.
    Lawrence K, Hyde J.
    PLoS One. 2017 Jun 14;12(6):e0179017. doi: 10.1371/journal.pone.0179017. eCollection 2017. Retraction in: PLoS One. 2018 Mar 20;13(3):e0194851.
  2. STAT-1 facilitates the ATM activated checkpoint pathway following DNA damage.
    Townsend PA, Cragg MS, Davidson SM, McCormick J, Barry S, Lawrence KM, Knight RA, Hubank M, Chen PL, Latchman DS, Stephanou A.
    J Cell Sci. 2005 Apr 15;118(Pt 8):1629-39. Epub 2005 Mar 22. Retraction in: J Cell Sci. 2015 Mar 1;128(5):1064.

★撤回論文データベース

2019年8月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでケイト・ローレンス(Kate Lawrence)を検索すると、1論文がヒットし、1論文が撤回されていた。上記の「1」論文である。Retraction Watch Databaseの上右「Nature of Notice」の右にチェックを入れ、「Retraction」にすると、撤回論文(数)が表示される。

★パブピア(PubPeer)

2019年8月24日現在、「パブピア(PubPeer)」は、ケイト・ローレンス(Kate Lawrence)の1論文「2003年のNeuropsychology」にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.

●7.【白楽の感想】

《1》ピンとこない?

クリストファー・ワンジェク(Christopher Wanjek)がケイト・ローレンス事件を「フェイクニュース:2018年の5大撤回科学論文」に選んだ理由が、しばらく、ピンとこなかった。

フェイクではないし、「5大」というほど大きな事件でもないしなあ。

登場人物であるケイト・ローレンス(Kate Lawrence)、ジャンネット・ハイド(Jeannette Hyde)、デュアン・メラー(Duane Mellor)、の3人ともそれほど有名人でもない。

しかし、何度も調べ、何度も考えると、学部長のフィリップ・ブース教授(Philip Booth)の声明が少し腑に落ちてきた。研究って、シロ・クロはハッキリしていない場合もある。従来の「研究のあり方」も完全というわけではない。研究方法がおかしいけど、それは論文に書いてある。撤回する必要はなかった。・・・。

まてよ、対照群(コントロール)がないこと、盲検法ではないことが論文に書いてあっても、結論が信用できないので、やっぱり、この論文は撤回が妥当ですかね?

皆さん、どう思います?

《2》ズサン

それなりの研究経験のあるケイト・ローレンス(Kate Lawrence)がなぜ、こんなズサンな論文を発表してしまったのだろうか?

試験参加者を複数のグループに分け、それぞれに異なる食事を与える介入試験(intervention study)は、既に確立された方法である。それなのに、・・・。

最初から希望する答えがあって、共著者のジャンネット・ハイド(Jeannette Hyde)の意向が強く、それに沿った試験をしてしまったのだろうか?

《3》賢い

ネカト疑惑が起こると、通常、被疑者(研究者)は大学から査問を受ける。今回はケイト・ローレンス(Kate Lawrence)が、セント・メアリーズ大学から査問を受ける状況である。

ところが、ローレンスは賢かった。

上司で学部長のフィリップ・ブース教授(Philip Booth)を味方につけてしまった。こうして、悪いのは学術誌であって、ローレンスは被害者、という立ち位置を確保してしまった。

論文執筆では賢くないのに、「ピンチをチャンス」に変えた身のこなしは超賢い。

ーーーーーー
日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい。正直者が得する社会に!
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓

ーーーーーー

共著者のジャンネット・ハイド(Jeannette Hyde)。写真出典

●8.【主要情報源】

① 2018年12月29日のクリストファー・ワンジェク(Christopher Wanjek)の「Livescience」記事:The Real Fake News: Top Scientific Retractions of 2018
② 2018年3月22日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Journal retracts study linking “gut makeover” to weight loss, improved health – Retraction Watch、(保存版)
③ 2017年6月30日の記事:A 70 per cent reduction in troublesome health symptoms in one month with diet – JEANNETTE HYDE NUTRITION、(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●9.【コメント】

注意:お名前は記載されたまま表示されます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメントは承認待ちです。表示されるまでしばらく時間がかかるかもしれません。