ハーバート・ニードルマン(Herbert l. Needleman)(米)

2018年8月26日掲載

ワンポイント:ピッツバーグ大学医科大学院(University of Pittsburgh School of Medicine)・教授・医師だったニードルマンは、1960‐1990年、薬品、化粧品、水道管、ガソリン、絵の具、調理器具、食器など生活のあちこちに使用されている鉛が人体に害となり、子供の脳障害をもたらすと警告した。鉛含有量を低くする規制を制定させ、人類を鉛害から救った医学界の英雄である。ところが、1981年(53歳)、ニードルマンは自己盗用(二重投稿)をしていた。また、1990年(62歳)、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)のクレア・アーナート博士(Claire Ernhart)とバージニア大学の心理学者サンドラ・スカー教授(Sandra Scarr)に、「1979年のNew England Journal of Medicine」論文に改ざんがあると指摘され、科学公正局に告発された。1992年5月(64歳)、「1979年のNew England Journal of Medicine」論文はネカトではないと結論された。約1年前の2017年7月18日に89歳で亡くなったが、光と影の研究人生だった。国民の損害額(推定)は1億1,500万円。

【追記】
・2022年5月19日:「フリント市水道水汚染問題(Flint water crisis – Wikipedia)」に絡む記事:After we tried to correct claims about ‘deadly’ water filters in Flint, we were accused of scientific misconduct—and that was just the beginning – Retraction Watch

ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
ーーーーーーー

●1.【概略】

ハーバート・ニードルマン(Herbert l. Needleman、写真出典)は、米国のピッツバーグ大学医科大学院(University of Pittsburgh School of Medicine)・教授・医師で、専門は小児科だった。約1年前の2017年7月18日に89歳で亡くなった。

ニードルマンは、薬品、化粧品、水道管、ガソリン、絵の具、調理器具、食器など生活のあちこちに使用されている鉛が人体に害となり、子供の脳障害をもたらすと警告した。この発見を学術界の中に留めることなく、これらの製品中の鉛含有量を低く規制するよう、政治的にも活動した。米国議会でも証言し、米国人だけでなく人類を鉛害から救った医学界の英雄である。

1981年(53歳)、ところが、ニードルマンは、研究者として大発見をした丁度その頃、自己盗用(二重投稿)をしていた。

1990年(62歳)、また、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)のクレア・アーナート博士(Claire Ernhart)とバージニア大学の心理学者サンドラ・スカー教授(Sandra Scarr)に、大発見の「1979年のNew England Journal of Medicine」論文に改ざんがあると指摘され、科学公正局に告発された。

1992年5月(64歳)、ピッツバーグ大学医科大学院・調査委員会、そして、科学公正局(研究公正局の前身)はニードルマンのネカト疑惑を無罪とした。

ピッツバーグ大学医科大学院(University of Pittsburgh School of Medicine)。写真: Piotrus [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY-SA 2.5 ], from Wikimedia Commons

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:ペンシルベニア大学
  • 研究博士号(PhD)取得:なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:1927年12月13日
  • 没年月日:2017年7月18日。享年89歳
  • 分野:小児科学
  • 最初の不正論文発表:1981年(53歳)
  • 発覚年:1981年(53歳)?
  • 発覚時地位:ピッツバーグ大学医科大学院・教授
  • ステップ1(発覚):改ざんに関する第一次追及者は、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)のクレア・アーナート博士(Claire Ernhart)とバージニア大学の心理学者サンドラ・スカー教授(Sandra Scarr)で、科学公正局へ公益通報
  • ステップ2(メディア):多数のメディア
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ピッツバーグ大学医科大学院・調査委員会。②NIH(科学公正局:研究公正局の前身)
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:科学公正局がシロ判定[大学以外が詳細をウェブ公表(⦿)]、実名報道だが大学のウェブ公表なし(△)
  • 不正:自己盗用。ねつ造・改ざんは無罪
  • 不正論文数:2報
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)。
  • 処分:なし。科学公正局がネカト無罪と結論
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億1,500万円。内訳 ↓

  • ①研究者になるまで5千万円。研究者を辞めていないので損害額は0円。
  • ②大学・研究機関が研究者にかけた経費(給与・学内研究費・施設費など)は年間4500万円。研究者を辞めていないので損害額は0円。
  • ③外部研究費。外部研究費の額は不明だが損害額はゼロ円。
  • ④調査経費。第一次追及者の調査費用は100万円。大学・研究機関の調査費用は1件1,200万円、研究公正局など公的機関は1件200万円。小計で1,500万円
  • ⑤裁判経費は2千万円。裁判はなかったので損害額は0円。
  • ⑥論文撤回は1報当たり1,000万円、共著者がいなければ100万円。撤回論文は0報なので損害額は0円。
  • ⑦アカハラ・セクハラではない。損害額は0円。
  • ⑧研究者の時間の無駄と意欲削減+国民の学術界への不信感の増大は1億円。
  • ⑨健康被害:損害額を0円。

●2.【経歴と経過】

  • 1927年12月13日:米国で生まれる
  • 1948年(20歳):米国ペンシルベニア州 アレンタウンのミューレンバーグ大学(Muhlenberg College in Allentown)で学士号取得
  • 1952年(24歳):米国のペンシルベニア大学(University of Pennsylvania)で医師免許(MD)取得
  • 19xx年(xx歳):ペンシルベニア病院(Pennsylvania Hospital)で臨床医
  • 1972-1981年(44-53歳)ハーバード大学医科大学院(Harvard University Medical School)・助教授
  • 1981年(53歳):ピッツバーグ大学医科大学院(University of Pittsburgh School of Medicine)・教授
  • 1981年(53歳):自己盗用(二重投稿)
  • 1990年(62歳):改ざんと告発される
  • xxxx年(xx歳):ピッツバーグ大学医科大学院を退職
  • 2017年7月18日(89歳):死亡

●3.【動画】

【動画1】
ジェフリーS.ブランド(Jeffrey S. Bland)がニードルマンの死を悼み、ニードルマンの功績を話した動画:「小児期の鉛の害:ハーバート・ニードルマンへの賛辞(Childhood Lead Exposure: A Tribute to Dr. Herbert Needleman) – YouTube」(英語)15分40秒。
Jeffrey Bland, PhDが2017/06/23 に公開

【動画2】
1991年7月26日(63歳)、議会の公聴会で鉛の害を説明するニードルマン。
動画:「小児期の鉛害のパイオニア研究者・ハーバート・ニードルマン(Pioneer Childhood Lead Hazard Researcher Herbert Needleman, MD 1991) – YouTube」(英語)7分13秒。
markdcatlinが2011/06/28 に公開

●4.【日本語の解説】

★2015年6月18日:吉田鍼灸指圧治療院の2ndブログ:重金属汚染

出典 → ココ

鉛が暴力犯罪を引き起こすということも研究者の間ではよく知られている。

ピッツバーグ大学医学部教授ハーバート・ニードルマン「体内に鉛が入ると、子どもの知能に影響を与え、暴力犯罪につながる可能性が高い」ロイター2005年2月21日

これは脳の前頭葉に悪影響を与えた結果だと言っている。それも問題ないとされる微量な量でも。

★2010年8月9日:大森隆史:『「重金属」体内汚染の真実』、203 ページ、東洋経済新報社

出典 → ココ

●5.【不正発覚の経緯と内容】

【研究上の大きな貢献】

★フリント市水道水汚染問題

ニードルマンの研究の後に生じた大問題を挙げておく。

2014年、アメリカ合衆国・ミシガン州のフリント市で「フリント市水道水汚染問題(Flint water crisis – Wikipedia)」が起こった。下線は白楽。

従来、フリント市はデトロイト水道下水局を通じ、ヒューロン湖の水を水源として取水していたが、同局と財政破綻状態のフリント市の管財人との支払額をめぐる交渉が決裂した結果、給水停止を通告された。やむなくフリント市は、市内を流れるフリント川から取水して、2014年4月から市内へ給水を始めた。しかしフリント川の水質に問題があったため、多くが20世紀初期に敷設された老朽化した水道管が腐食し、水道水が錆で茶色く変色したり、異臭がするなどの苦情が急増した。さらに水道管の鉛が水に溶け出し、地区によっては水道水から基準値の数十倍の鉛が検出されるようになった。

現在、同市では6歳から12歳の児童1万人以上が汚染された水道水を使用しており、血中の鉛濃度が上昇したり、皮膚病の症状が現れるなど市民に健康被害が広がっている。飲料水は全国からの寄付により、ペットボトル詰めのミネラルウォーターが無料配布されているが、水道管の更新などの抜本的対策は、財源不足のためまったく目途が立っていない。現在、行政に対する複数の訴訟が進行中で、知事などの責任追及に発展している。(フリント (ミシガン州) – Wikipedia

http://www.blackbottomarchives.com/allaboutdetroit/2016/1/19/the-flint-water-crisis-is-a-result-of-pure-neglect

補足する。

水道管の鉛が水道水中に浸出し、10万人以上の住民を鉛害にさらられた。

2016年1月、連邦緊急事態が宣言され、フリント市住民は飲酒、調理、清掃、入浴にボトル入りまたはろ過された水のみを使用するよう指示された。

2017年初期、水質は許容レベルに戻った。しかし、すべての鉛パイプが交換されるまで、ボトル入りまたはろ過された水を使用し続けるよう指示されている。すべての鉛パイプが交換されるのは、2020年の予定である。

★ニードルマンの大発見

約1万年の間、人間は鉛を薬品や化粧品に使用し、水道管、調理器具、食器の製造に使用し、さらには、鉛を甘味料として加えることもしてきた。

一方、古代のギリシア時代から、医師は小児および成人の急性鉛中毒の兆候として嘔吐、混乱、発作、発熱、発疹、疲労、異常行動を認めている。

小児科医になったばかりのニードルマンは、フィラデルフィア小児病院(Children’s Hospital of Philadelphia)で、鉛中毒の子供たちの治療にあたっていた。

ある時、3歳の娘が集中治療室(ICU)で昏睡状態になっていた。住環境が悪く、住環境が鉛に汚染されているためだ、とニードルマンは思っていた。

母親に、子供の健康は新しい場所に住めば治ると伝えた。すると母親は、「どこに住めばいいのですか?」と答えた。

その瞬間、ニードルマンは「突然、鉛汚染の問題は病院での診断と治療だけではないことに気付きました。問題は人々の生活そのものにあると直感しました」、と50年後のインタビューで語っている。

ニードルマンは、1960-1990年の画期的な研究により、低レベルの鉛が子供の神経障害を引き起こすことを発見し、ガソリン、ペンキ、玩具、水道管など人が触れる可能性のあるすべてのものの鉛含量に厳しい安全基準を施行させた。

しかし、彼が警鐘を鳴らす前の医学界では、鉛中毒の症状は簡単に治療できる短期的な問題と考えられていた。

その鉛中毒が軽視されていた時代に、ニードルマンは、明白な症状がなくても鉛が身体に蓄積することで慢性的な健康問題を引き起こすという仮説を立てた。彼の同僚医師の多くは、ニードルマンの考えを、馬鹿げた考えだと嘲笑していた。

ニードルマンは長年にわたる鉛の曝露が知能指数(IQ)を低下させると考えた。しかし、それを証明するには、身体に対する長年にわたる鉛の曝露を測定することが必要だった。

当時でも、血液中の鉛濃度は測定できたが、血液中の鉛濃度はその時点での鉛の曝露量しか示していない。もっと長い期間にわたって捕捉する測定法が必要だった。

鉛は骨に沈着するので、生きている人体から骨の一部を取り出し(つまり、生検で)測定することはできる。しかし、この方法は、人体への損傷を伴う侵襲的方法で、しかも高価だった。それで、ニードルマンが必要としているデータ取得には実用的ではなかった。

https://www.abebooks.com/servlet/BookDetailsPL?bi=22914257370&searchurl=sortby%3D17%26an%3Dherbert%2Bneedleman&cm_sp=snippet-_-srp1-_-title4

ニードルマンは、病院での患者の治療よりも鉛中毒の研究に重点を置くことにし、臨床中心だったハーバード大学医科大学院を辞め、ピッツバーグ大学・教授に移籍した。そして、骨の安価な代役として乳歯の鉛濃度を測定するという画期的な方法を思いついた。

フィラデルフィア地区の小規模な研究プロジェクトとボストン地区の大規模な研究プロジェクトで、ニードルマンは、小さな報酬と交換に、6歳と7歳の子供たちの乳歯が抜けたら持って来てもらうことを計画した。これらの歯に沈着した鉛の量を測定するのが、ニードルマンが求めていた長い期間にわたる鉛の人体への暴露を捕捉する測定法だった。

この研究プロジェクトは大成功をおさめ、貧しい下町に住む子供は、豊かな郊外に住む子供の平均で5倍高い鉛が沈着していたことを発見した。

ニードルマンは、著名な「1979年のNew England Journal of Medicine」論文で、鉛への累積量が最も高い児童は、知能指数(IQ)で4ポイント低下いことを発表した。子供が鉛中毒の明白な徴候を示さなかったとしても、その影響が長引いて神経機能に壊滅的なダメージを与えることを示したのである。

このように、ニードルマンは、鉛の害に警鐘を鳴らしたパイオニアで、ある意味、米国・医学界の英雄、イヤ、世界の医学界の英雄である。

【1981年:自己盗用】

★アレクサンダー・コーン『科学の罠』(1990年)

1981年(53歳)、ニードルマンは、鉛害の大発見をした丁度その頃、自己盗用(二重投稿)をしていた。

インターネット上の無料資料ではないが、アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳)の著書『科学の罠』(工作舎、1990年)に以下の記述がある。

自己盗用した論文の書誌情報を以下に示す。

被盗用論文は前出の著名な「1979年のNew England Journal of Medicine」論文で、以下に再掲する。

前者はインターネット上で閲覧できない。後者は、閲覧できるが有料である。白楽は、自己盗用の状況を自分の目では確かめていない。

アレクサンダー・コーンが「2つの図と7つの表が同じ」と指摘している。これはもう明らかに自己盗用であり、二重投稿である。

【1990年:改ざん疑惑】

クレア・アーナート博士(Claire Ernhart)は、長年、ニードルマンの科学的方法論を批判してきた人物である。実は、クレア・アーナート博士(Claire Ernhart)は、鉛業界から数万ドル(数百万円)の研究費をもらっていた。

1983年(55歳)、米国・環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)が大気汚染基準を見直した時、環境保護庁はニードルマンとアーナート博士の研究成果の両方とも採用しなかった。

ニードルマンはこの時、環境保護庁の批判に対して研究費を投入しデータを再分析した。それで、1986年、環境保護庁はニードルマンの結果が正しいことを認め、立場を変え、ニードルマンの結論を採択した。

サンドラ・スカー(Sandra Scarr) https://www.researchgate.net/profile/Sandra_Scarr

1990年(62歳)、ユタ州の選鉱くずが堆積した土地に住宅を建設する時、廃業した鉛工場の所有者に対して、スーパーファンド(Superfund、工業で汚染した土地を清浄する基金)が助成された。ユタ州はニードルマンに鑑定を依頼した。一方、被告の鉛企業(2社)はクレア・アーナート博士(Claire Ernhart)とバージニア大学の心理学者サンドラ・スカー教授(Sandra Scarr)に鑑定を依頼した。

ある日、アーナート博士(この時は、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)・教員)とスカー教授はニードルマンの「1979年のNew England Journal of Medicine」論文の生データにアクセスした。

すると、ニードルマンの最初の分析では、鉛含量と知能指数(IQ)との有意な関係を示すことができていなかった。それで、ニードルマンが重要な数値を捨てていたことに、スカー教授は気が付いた。そして、アーナート博士とスカー教授は科学公正局(US Office of Scientific Integrity、研究公正局の前身)に、60ページの文書でニードルマンのネカト行為を告発した。

つまり、ニードルマンは平均値を選択せずに、最悪の可能性を示すデータと統計モデルを選択したのである(白楽の見解では、この選択は「改ざん」である。厳密にはデータを比較しないと判断できないが・・・)。

ネカト行為の告発に対して、ニードルマンは一貫してネカトを否定した。「鉛業界が私の研究を妨害し、鉛使用に関する規制、法律、訴訟を抑えるために、上手に仕組んだイヤガラセ行為だ」と批判した。事実、ネカトと告発したアーナート博士の裏に鉛業界がいた。そして、鉛業界は反ニードルマンのキャンペーンをしていた。

ニードルマンはフィラデルフィア出身の弁護士を雇い、このネカト告発に対処した。

科学公正局(研究公正局の前身)のネカト調査とはいえ、実際は、ニードルマンが所属するピッツバーグ大学医科大学院・調査委員会が調査したのである。

ニードルマンは、ピッツバーグ大学医科大学院の希望に反して、事件を一般公開して戦った。

1992年5月(64歳)、最終的に、ピッツバーグ大学医科大学院・調査委員会、そして、科学公正局(研究公正局の前身)はネカト無罪と宣告したのである。
→ 1992 年5月30日のアダム・ウィシャート(Adam Wishart)記者の「New Scientist」記事:Lead campaigner cleared of fraud | New Scientist

ネカト無罪の結果に、アーナート博士は鉛業界からカネをもらって、鉛業界に都合の良い言動をしたのではないかと批判された。その批判に対して、「科学において研究公正は非常に重要です。誰もカネで私の意見を買うことはできません」と答えている。

ニードルマンは ネカト無罪の知らせを受け、「私は米国で鉛の毒性を完全に除去するための活動をし続けます。鉛害を防ぐ新しい研究プロジェクトに取り掛かりたい」とさらなる前進を表明した。

なお、鉛企業からの鑑定人を引き受けたスカー教授は、「結局のところ、ニードルマンは偽りの発表をしたことで有罪判決を受け、論文を撤回しなければならなかった」と述べている。ただ、このスカー教授の発言は間違っている。実際は論文撤回ではなく、訂正(corrections)だった。

モンタナ州立大学(Montana State University)・環境心理学のコリーン・ムーア教授(Colleen F. Moore、写真出典)によると、アーナート博士とスカー教授は「わずかに“間違”っていたグラフを見つけただけで、ニードルマンはその間違いの訂正をした」という事件だと解説している。

カーネギーメロン大学(Carnegie Mellon University)の哲学者のクラーク・グリューモア教授(Clark N. Glymour、写真出典)は、「申し立てとその後の調査内容には依然として議論の余地があります。とはいえ、アーナート博士とスカー教授は、鉛業界からツールとして役に立たないとされたが、2人とも誠実であったと思う。ただ、2人は間違っていたのだ」と述べている。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2018年8月25日現在、パブメド(PubMed)で、ハーバート・ニードルマン(Herbert l. Needleman)の論文を「Herbert l. Needleman [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2012年の11年間の18論文がヒットした。

「Needleman HL[Author]」で検索すると、1953~2014年の62年間の167論文がヒットした。

2018年8月25日現在、「Needleman HL[Author] AND retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2018年8月25日現在、「パブピア(PubPeer)」ではハーバート・ニードルマン(Herbert l. Needleman)の論文のコメントはない:PubPeer – Search publications and join the conversation.

●7.【白楽の感想】

《1》「鉛」筆

https://www.amazon.co.jp/Human-Lead-Exposure-Herbert-Needleman/dp/084936034X

子供の頃、鉛筆の芯をなめるとバカになるからなめるなと言われた。この注意の根拠はハーバート・ニードルマン(Herbert l. Needleman)の研究だったと、今頃気が付いた。そういえば、鉛筆も「鉛」筆なんですね。

と納得して、ウィキペディアで確かめると、トンデモない誤解だった。

「鉛筆」という名称や、鉛筆の芯の材料の「黒鉛」の物質名から、「鉛筆には鉛が使われている」と信じている者がいるが、誤りである。鉛筆が使われるようになった初期のころはまだ化学知識が未熟であり、黒鉛は鉛の一種だと考えられていた。シャープペンシルの芯を英語で「lead」(「鉛」の意)、鉛筆のことをドイツ語で「Bleistift」(「鉛、Blei」+「ピン/釘、stift」 =「鉛の筆記具」の意)、はたまた日本語で「鉛筆」と呼ぶのはこの名残である。18世紀末から19世紀初めにかけてようやく黒鉛が炭素からなる物質で鉛を含まないということが解明された。黒鉛は炭素の結晶であり、近代以降の黒鉛鉛筆の芯に重金属は用いられていない。(鉛筆 – Wikipedia

《2》鉛害

鉛筆は誤解だったが、ガソリンと水道管は今でも害になっている。下線は白楽

ガソリンのオクタン価向上及び吸排気バルブと周辺部品の保護にテトラエチル鉛 (C2H5)4Pb が添加されていたが、排気中に鉛が含まれてしまうことから汚染源となって問題視された。現在では鉛を含まない添加剤によるオクタン価向上策が選択されるようになり、日本など先進諸国では法的規制により有鉛ガソリンは使われなくなった。しかし日本自動車工業会[11]によると、およそ50か国で有鉛ガソリンの使用が認められており、今なお有鉛ガソリンの問題は終結していない。また、航空機のレシプロエンジンにも有鉛ガソリン (Avgas) が多用されている。

鉛製水道管については、2005年7月時点の厚生労働省調査で約547万世帯に残っているが、本管から分かれた引き込み管については、水道メーターを除き個人の所有とされていることから交換費用は自己負担となり、交換は進んでいない。(鉛 – Wikipedia)。

ーーーーーー
日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓

ーーーーーー

http://blog.targethealth.com/history-of-lead-poisoning-in-the-world/

●8.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Herbert Needleman – Wikipedia
② 2017年5月31日のキャリー・アーノルド(Carrie Arnold)記者の「PBS」記事:Herb Needleman, The Man Who Warned the World About Lead — NOVA Next | PBS
③ 2017年7月27日のベネディクト・キャリー(Benedict Carey)記者の「New York Times」記事:Dr. Herbert Needleman, Who Saw Lead’s Wider Harm to Children, Dies at 89 – The New York Times
④ 2005年論文、David Rosner & Gerald Markowitz:Standing Up to the Lead Industry:An Interview with Herbert Needleman, Public Health Reports / May–June 2005 / Volume 120 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1497712/pdf/16134577.pdf
⑤ 1994年3月11日のフィリップ・ヒルツ(Philip J. Hilts)記者の「New York Times」記事:Errors Found but No Misconduct in Study on Lead – The New York Times
⑥ 1992年3月15日の「Newsweek」記事:Lead, Lies And Data Tape
⑦ 1992年論文(閲覧有料、未読):Claire B. Ernhart , Sandra Scarr & David F. Geneson :On Being a Whistleblower: The Needleman Case, Ethics & Behavior Volume 3, 1993 – Issue 1, Pages 73-93 | Published online: 08 Jan 2010

★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●コメント

Subscribe
更新通知を受け取る »
guest
0 コメント
Inline Feedbacks
View all comments