「セクハラ」:公共政策学:ホルヘ・ドミンゲス(Jorge I. Domínguez)(米)

2019年6月14日掲載。

ワンポイント:ドミンゲスはハーバード大学・文理学部・公共政策学科(Department of Government Harvard University)のスター教授(男性)で、1979-2015 年(34-70歳)の37年間に18人の女性学生・教員にセクハラ行為を繰り返していた。2018年2月27日、トム・バートレット(Tom Bartlett)記者とネル・グルックマン(Nell Gluckman)記者が「Chronicle of Higher Education」紙でドミンゲス(73歳)のセクハラ行為を詳細に報道し、大問題となった。4か月後の2018年6月(73歳)、ハーバード大学を辞職した。ハーバード大学・文理学部は1年2か月の調査の結果、2019年5月9日、セクハラで有罪と結論し、名誉教授の称号をはく奪した。国民の損害額(推定)は20億円(大雑把)。

【追記】
・2021年2月4日記事:ハーバード大学は被害者のテリー・カール(Terry Karl)に謝罪した:Harvard Apologizes to Terry Karl, Who Endured Senior Scholar’s Harassment

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

ホルヘ・ドミンゲス(Jorge Domínguez、写真出典)は、キューバのハバナで生まれ育ち、15歳の時、家族と共に米国に渡り、ハーバード大学(Harvard University)で研究博士号(PhD)を取得後、ハーバード大学・文理学部・公共政策学科(Department of Government, Faculty of Arts and Sciences, Harvard University)の助教授・準教授・正教授になった。専門は公共政策学(ラテンアメリカ学)で、この分野では著名な学者だった。

1979年(34歳)、ハーバード大学・公共政策学科・助教授から準教授に昇進し、その直後から、女性学生・女性教員へのセクハラ行為をはじめた。

1979年(34歳)、1人の被害者(女性学生)から大学に訴えられたが、ハーバード大学からは何の処分も受けなかった。

1983年(38歳)、別の被害者(女性助教授)からセクハラ行為を大学に訴えられたが、ハーバード大学から解雇されなかった。軽微な処分を受けただけだった。

それから35年が経過した。
その間、ドミンゲスはセクハラ行為を繰り返していた。

2018年2月27日(73歳)、トム・バートレット(Tom Bartlett)記者とネル・グルックマン(Nell Gluckman)記者がドミンゲスのセクハラ行為を「Chronicle of Higher Education」紙に詳細に報道し、大問題となった。ドミンゲスは、1979-2015 年(34-70歳)の37年間に18人の女性院生・教員にセクハラ行為を繰り返していたのである。

2018年6月(73歳)、新聞報道から4か月後、ドミンゲスはハーバード大学を辞職した。

2019年5月9日(74歳)、ハーバード大学・文理学部は1年2か月のセクハラ調査を終了し、ドミンゲスをセクハラで有罪と結論した。名誉教授の称号をはく奪した

2019年6月14日(74歳)現在、ハーバード大学はドミンゲスにまともなペナルティを科していない。正確には、名誉教授の称号をはく奪したが、コレって、ペナルティというようなシロモノではない気がする。メリットを加えないだけだ。ペナルティというのはマイナスにする処分のはずだ。そして、刑事事件にもなっていない。

ハーバード大学・公共政策学科(Department of Government Harvard University)を含む建物(The Center for Government and International Studies houses the Government department, including many of its professors’ offices.)。Photo: Delano R. Franklin。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 研究博士号(PhD)取得:ハーバード大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:キューバのハバナで1945年に生まれた。仮に1945年1月1日生まれとする。
  • 現在の年齢:76 歳
  • 分野:公共政策学
  • セクハラ行為:1979-2015 年(34-70歳)の37年間
  • 最初に訴えられた:1979年(34歳)
  • 社会で大きく公表年:2018年(73歳)
  • 社会で大きく公表時地位:ハーバード大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は被害者の女性・テリー・カール助教授(Terry Karl)で大学に公益通報
  • ステップ2(メディア):「Chronicle of Higher Education」紙のトム・バートレット(Tom Bartlett)記者とネル・グルックマン(Nell Gluckman)記者。その後、多数のその追従メディア
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ハーバード大学・文理学部・調査委員会
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学・処分のウェブ上での公表:あり
    https://www.fas.harvard.edu/news/outcome-title-ix-investig、(保存版
  • 大学の透明性:機関以外が詳細をウェブ公表(⦿)
  • 不正:セクハラ
  • 被害者数:18人以上の女性学生や女性教員
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 職:1983年の事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)。2018年の事件後は退職(Ⅹ)
  • 処分:名誉教授の称号はく奪
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は20億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:キューバのハバナで1945年に生まれた。仮に1945年1月1日生まれとする。
  • 1960年(15歳):家族と共に米国に移住
  • 1967年(22歳):米国のイェール大学(Yale University)で学士号取得
  • 1968年(23歳):米国のハーバード大学(Harvard University)で修士号(MS)を取得
  • 1972年(27歳):米国のハーバード大学(Harvard University)で研究博士号(PhD)を取得
  • 1972年(27歳):ハーバード大学・公共政策学科(Department of Government Harvard University)・助教授
  • 1979年(34歳):同・準教授、その後、正教授
  • 1979年(34歳):被害者(女性学生)からセクハラを訴えられたが、大学から処分を受けなかった
  • 1983年(38歳):被害者(女性助教授)からセクハラを訴えられたが、大学から解雇されず、軽微な処分を受けただけだった
  • 2018年2月27日(73歳):「Chronicle of Higher Education」紙がセクハラを詳細に報道した。社会的に大きな問題になった
  • 2018年3月x日(73歳):ハーバード大学・文理学部は調査開始
  • 2018年3月6日(73歳):大学は管理職を解任(辞任)し、有給停職(paid administrative leave)にした
  • 2018年6月18日(73歳):ハーバード大学を退職(retire)
  • 2019年5月9日(74歳):ハーバード大学・文理学部は調査を終了し、ドミンゲスのセクハラ有罪と結論し、名誉教授の称号をはく奪した

●3.【動画】

【動画1】
セクハラ事件の動画ではない。2014年3月18-19日の講演動画:「JCI Conference – Panel 4: Professor Jorge I. Dominguez – YouTube」(英語)19分51秒。
Jeffrey Cheah Institute on Southeast Asia (JCI) が2014/05/16 に公開

●4.【日本語の解説】

事件の解説ではない。

★2012年x月x日:日本ラテンアメリカ学会:講演会のお知らせ:「キューバの現状と対米関係」(Cuba, and its Relations with the United States)

出典 → ココ、(保存版

ホルヘ・ドミンゲス教授(ハーバード大学副学長・政治学部)
アジア経済研究所では、ハーバード大学副学長で政治学部教授のホルヘ・ドミンゲス(Jorge I. Dominguez)先生をお迎えして、講演会を開催することになりました。ラウル新政権になって4年、昨年から経済改革が始まったキューバの現状と、米国との関係についてお話しいただきます。

  • 期日: 2012年3月12日(月) 17:30~19:00(17時開場)
  • 場所: 日本貿易振興機構(ジェトロ)本部 IBSCホール

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★ホルヘ・ドミンゲス(Jorge Domínguez)の人生

ホルヘ・ドミンゲス(Jorge Domínguez、写真出典)は世界的に著名で、米国のトップクラスの公共政策学者である。

キューバのハバナで生まれ育ち、15歳の時、家族と共に米国に渡り、ハーバード大学(Harvard University)で研究博士号(PhD)を取得後、ハーバード大学・文理学部・公共政策学科(Department of Government Harvard University)の助教授・準教授・正教授になった。

ドミンゲスの結婚・離婚、さらに、子供に関する情報は見つからなかった。それで、セクハラ事件を起こした時、独身だったのか結婚していたのか不明である。

★ホルヘ・ドミンゲス(Jorge Domínguez)のセクハラ事件概略

2018年2月27日(73歳)、トム・バートレット(Tom Bartlett)記者とネル・グルックマン(Nell Gluckman)記者が「Chronicle of Higher Education」紙でドミンゲスのセクハラ行為を詳細に報道し、大問題となった。

新聞報道の数日後、ハーバード大学はドミンゲスの管理職を解任し、有給停職(paid administrative leave)にした。

2018年6月18日(73歳)、新聞報道の4か月後、ドミンゲスはハーバード大学を退職した(retire)。

2018年6月、ハーバード大学はドミンゲスに授与した名誉教授の称号をはく奪した。

実は、2018年(73歳)に「Chronicle of Higher Education」紙でセクハラ行為を詳細に報道される35年前の1983年、ドミンゲスが38歳の時、下位の同僚女性・テリー・カール助教授(Terry Karl)に2年間に渡るセクハラ行為をハーバード大学・文理学部(FAS: Faculty of Arts and Sciences)に訴えられ、管理職から外される処分を受けていた。

しかし、その後もセクハラ行為を止めず、結局、1979-2015 年(34-70歳)の37年間にも渡って女性学生・女性教員にセクハラ行為を繰り返していた。その被害者は少なくとも18人もいた。

18人以外にも、多数の女性学生・女性教員がドミンゲスのセクハラ行為を嫌い、受講を止め、研究プロジェクトを放棄し、あるいはカール助教授のようにドミンゲスを避けるために大学を去ったのである。

以下の図で、セクハラ事件の年次経過が被害女性数と共に示されている。

Photo: Katherine E. Wang https://www.thecrimson.com/article/2018/4/5/fas-title-ix-dominguez-complaint/

【セクハラの具体例】

セクハラの具体例は、以下の記事が主な出典である。
→ 2018年2月27日のトム・バートレット(Tom Bartlett)記者とネル・グルックマン(Nell Gluckman)記者の「Chronicle of Higher Education」記事:She Left Harvard. He Got to Stay. – The Chronicle of Higher Education

★テリー・カール(Terry Karl)(当時33歳):1981年:ドミンゲス(36歳)

1980年、32歳のテリー・カール助教授(Terry Karl). (Courtesy Terry Karl)

1981年の春、テリー・カールはハーバード大学・文理学部・公共政策学科(Department of Government, Faculty of Arts and Sciences, Harvard University)の助教授に就任した。就任するとすぐにドミンゲスと一緒のチームを組みように指示された。

テリー・カール助教授(Terry Karl、1947年11月21日生まれ)は、ホルヘ・ドミンゲス(Jorge Domínguez)に、彼のオフィスで、彼女のオフィスで、会議中のホテルで、何度もキスされそうになった。その回数は数え切れないほど多かった。

カール助教授が初めてドミンゲスの言動を異常と感じたのは、彼がパンツスーツを着ているカール助教授を批判して、スカートを着用すべきだと言った時である、彼のコメントは上級同僚の学者としてはいかにも不適切だった。

【ハグ・キス事件】

1981年、カール助教授はハーバード大学に就任して最初の授業を行なった。彼女の授業評価は素晴らしく良かった。最初の学期はうまくいった。

その夏(1981年)のある日、ドミンゲスが彼女のオフィスにやって来て、カール助教授をハグし(抱き寄せ)、キスしようとした。

彼女はキスを拒絶し、彼を引き離した。カール助教授はドミンゲスにハグされキスされそうになったと何人かの友人に話したが、その事件を大学の管理者には報告しなかった。ドミンゲスを怒らせたくなかったからである。

【奴隷発言事件】

1981年11月5日の夜、次の事件が起こった。当時33歳のカールはハーバード大学・助教授に着任して1年も経っていなかった。当時36歳のホルヘ・ドミンゲスは彼女の上の立場の同僚で教授だった。ドミンゲスはテニュアを持っていたが、カールは持っていなかった。

ハーバード大学はベネズエラのカルデラ元大統領(Rafael Caldera)の歓迎会を開催した。テリー・カール助教授はベネズエラに滞在し、研究していたことがあり、カルデラ元大統領とは懇意だった。歓迎会でカール助教授がカルデラ元大統領に近づいたとき、ドミンゲスは、彼らの近くに来て、スペイン語で、「ご存知のように、カールは私の奴隷です(Conoce a Terry. Ella es mi esclava)」とカール助教授をカルデラ元大統領に紹介した。

カール助教授はどう反応すべきかわからず、固まってしまった。

ドミンゲスは、元大統領という重要人物に対してカール助教授の存在を低め、自分を高めようとしたのは明らかだった。なお、カール助教授は後で、カルデラ元大統領から個人的に、「ドミンゲスから離れているように」と親切な警告を受けたと述べている。

【スカートの下に手を入れた事件】

その夜、カール助教授は車で家まで送ってくれないかとドミンゲスに頼まれた。それまで、ドミンゲスを車で送ることは何度もあったが、奴隷発言をしたばかりなので、この夜は、彼女は怖いと感じた。でも、「ノー」と言うのは難しく、「OK」と返事した。

この時、ドミンゲスはまもなくラテンアメリカ研究学会(Latin American Studies Association)の会長になるところだった。カール助教授はラテンアメリカ学を研究していたが、まだこの分野では無名だった。ところが、ドミンゲスはすでにこの分野で著名で、ラテンアメリカ学の著名な学術誌「American Political Science Review」や「Social Science Quarterly」などの編集委員になっていた。カール助教授は自分の研究キャリア形成にドミンゲスは助力してくれるかもしれないと思っていた。

車の中で、カール助教授はドミンゲスの奴隷発言に気分を害したと伝えた。すると、彼女が気分を害したことに驚いたとドミンゲスは言った。

そして、ドミンゲスはカール助教授に、自分が次期学科長になること、カール助教授の昇進を決定できること、彼女の本をレビューすることになると話しながら、ドミンゲスはカール助教授にキスをした。そして、彼女のスカートの下に手を入れ、彼女の太ももを触った。

カール助教授は凍結した。

カール助教授はそれまで「セクハラ」という言葉さえも聞いたことがなかったが、何が起こりつつあるのかをハッキリ理解した。「私に良い評価点を付ける見返りに性的関係を求めている」と。

カール助教授はドミンゲスの手を力強く押し戻し、運転し、彼を彼の家まで送った。

【カクテルパーティー事件】

翌1982年の春、カール助教授はワシントンDCのラテンアメリカ研究学会(Latin American Studies Association)の年次総会に出席した。ドミンゲスは会長に指名された。

ドミンゲスは、その夜、彼のホテルのスイートルームで会長就任のカクテルパーティーをするので、参加してねとカール助教授に言った。「パーティーに参加して他大学のラテンアメリカ研究者と知己になるべきだ。参加し、挨拶しなさい、コネを作りなさい」、と彼は言った。

その夜、カール助教授はおめかしの服を着て、彼のスイートルームを訪ねた。そして、部屋に入って、とても驚いた。驚いたのなんの、他の客は誰もいなかったのである。

さらに、2人きりのスイートルームで、ドミンゲスは、彼の隣に座るようにカール助教授に強く命じた。しかし、彼女は従わなかった。

彼は、ハグ(抱擁)が必要だと彼女に言った(「ハグ(抱擁)が必要」は彼の常套句)。そして、彼は彼女にキスをし、彼と一夜を共に過ごすことを示唆した。

彼女は再び凍結した。

カール助教授はドミンゲスにキスさせなかった。ドミンゲスから逃れ、急いで、部屋をでた。

後に、彼女は「自分が世間知らずだったことを後悔している」と述べている。振り返ってみればドミンゲスの明らかな策略なのに、それを見抜けなかった自分自身を叱っている。もっと上手く対処できただろうと述べている。

カール助教授はドミンゲスに「もう二度と性的行動をしないように。あなたは同僚であって、あなたと性的な関係を望みません」と抗議した。

【強姦に格好事件】

それ以来、彼女は極力ドミンゲスを避けた。しかし、ハーバード大学の同じ学科の教員として、避け続けられないことはある。

ある日、ドミンゲスは院生のことでカール助教授に話をする必要があると言った。カール助教授はドミンゲスと同じ部屋で話すのは安全とは思えなかったので、彼女はハーバード大学のイベントから戻る時、歩きながら話すことを提案した。

その夕方、彼らがキャンパス内を話しながら歩いていると、ドミンゲスは、カール助教授が学部長に書いた手紙に強い不満があると話し始めた。その手紙で、ドミンゲスのことを「敵対的で奇妙(hostile and peculiar)な人」だとカール助教授は書いたのだ。

そして、その時、丁度、キャンパスの樹木が茂った地域を歩いていて、ドミンゲスは「ここは強姦に格好の場所になるな」とカール助教授に言った。

カール助教授は恐ろしかった。

かろうじて、「強姦に格好の場所などありません」と返した。

ドミンゲスは彼女を脅したのだ。

「この時、私は生理的に彼を恐れていました」と彼女は後で、雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)に提出した書類で、この事件のことを述べている。そして、彼女は二度と彼と二人きりにならないと決心した。

1981年から1983年の2年間、カール助教授学が口頭および書面で「セクハラを止めてください」とドミンゲスに何度抗議しても、それを無視して、ドミンゲスは性的行動をどんどんエスカレートしていったのである。

【大学に申立て】

1983年、結局、カール助教授は ドミンゲスのセクハラ行為をハーバード大学・文理学部に正式に訴えた。

この時点で、ドミンゲスのセクハラ被害者はカール助教授だけではなかった。

話が散漫になるので詳細を省くが、②同じ公共政策学科のシルビア・マックスフィールド院生(Sylvia Maxfield、現在はプロビデンス大学・学部長、写真出典)もセクハラ被害者だった。

③さらに、ドミンゲスは彼のオフィスで、会談中に当時女性学部生(匿名)を抱きしめた。

④また、同じ公共政策学科の若手教員のエセル・クライン(Ethel Klein、その後、コロンビア大学・教授、写真出典)もセクハラ被害者だった。クラインが昇進に失敗した時、ドミンゲスがやってきて、彼女を慰める風を装って、彼女を抱きしめ、勃起したペニスを彼女に押し付けた。エセル・クラインは「とてもムカつき、動揺した」と直後にカール助教授に電話している。

ハーバード大学は、カール助教授のセクハラ申し立てを受理したが、真剣に対処してくれないとカール助教授は感じた。

それでも、ハーバード大学・文理学部は調査の結果、ドミンゲスのセクハラ行為を有罪と結論し、3年間、管理職から外す処分を科した。また、次に何らかの不正行為を犯せば、解雇する可能性があるとドミンゲスに伝えた。

一方、カール助教授は、ドミンゲスを恐れて、ドミンゲスがハーバード大学に残るなら、同じ大学に残ることはできないと決心し、1985年にハーバード大学を去った。

加害者が残り、被害者が去ったのである。

当時、カール助教授へのセクハラ事件は、テリー・カールという名前を含め、事件の内容はほとんど公表されなかった。ただ、ドミンゲスが懲戒処分を受けたという事実だけが「The Harvard Crimson」と「The Boston Globe」の新聞記事になった。

ドミンゲスはその後数回昇進し、国際問題担当副学長(Vice Provost for International Affairs)に任命された。

2018年2月の「Chronicle of Higher Education」記事でセクハラ行為を詳細に報道されるまで、35年間、ドミンゲスはまともな制裁を受けなかった。

また、ドミンゲス自身はテリー・カール助教授と合意した協定に基づき、長い間、コメントを拒否していた。

2018年にセクハラ行為が強く非難されてから、ドミンゲスは35年前の事件について、「全ての関係で、自分は、名誉ある振る舞いをするように努めました。それに、被害者の説明はあいまいで、大学にくだらないこと訴えたようです。起こったことは酸っぱいことだが、おそらく、訴えた被害者が何か誤解したようです」と述べた。

実のところ、カール助教授へのセクハラ行為は、ドミンゲスが述べている「説明はあいまい。被害者は誤解した」こととは真逆だった。カール助教授は当時の事件に関する書簡と法的メモを、長年保存していた。それによると、ドミンゲスの行動は巷の噂よりもずっと厄介でおぞましいものだった。

その書簡と法的メモはまた、ドミンゲスのセクハラ行為にハーバード大学がいい加減に対処したこと、キャンパス内の他の女性に与えた大学の方針、そして当時のセクハラの見方についても明らかにしていて興味深い。

なお、ハーバード大学を去ったテリー・カールは、その後、スタンフォード大学の政治学(ラテンアメリカ学)・教授になり、2019年6月13日現在はその名誉教授である。

★ニエンケ・グロスマン(Nienke Grossman)(当時22歳?):1998年:ドミンゲス(53歳)

Nienke Grossman’s 1999 Harvard College graduation photo. (Courtesy Nienke Grossman)

1998年10月2日、金曜日の午後、ハーバード大学・学部4年生のニエンケ・グロスマン(Nienke Grossman、写真出典)はドミンゲスのオフィスに授業の相談をしに行った。

グロスマンは公共政策学を主専攻にしている学部4年生で、当時22歳(?)だった。ドミンゲスはこの時53歳である。

グロスマンは、以前、キューバでドミンゲスの授業を受けたことがあった。彼女はユダヤ人で、ユダヤの休日のためにハーバード大学での授業を欠席した。それで授業のことを質問しに行ったのだ。

彼女は公共政策学の勉強が大好きで、博士課程への進学を検討していた。それでドミンゲスの大学院セミナーに参加できるかと尋ねた。ドミンゲスは「いいよ」と返事した。

オフィスから秘書が去ると、ドミンゲスはドアを閉め、グロスマンの隣に座った。そして、彼は公共政策学について興味深い挑戦的な質問をした。彼女が正しく答えるたびに、ドミンゲスは彼女の身体を触った。最初は彼女の腕に、次に背中に、そして、ついに、太ももを触った。

グロスマンは、翌日の日記に「私の頭の中で警鐘が鳴り始めました」と書いている。以下は彼女の日記のコピー(黄色い部分がその文章)。

Courtesy of Nienke Grossman. An entry in Nienke Grossman’s diary from October 3, 1998. https://www.chronicle.com/interactives/harvard-harassment

グロスマンはドミンゲスに身体を触られたことを忘れようとした。しかし無理だった。

それで、グロスマンの友人のシェリル・グレイ(Cheryl Gray)に相談し、その顛末を話した。シェリル・グレイは当時、グロスマンからドミンゲスのセクハラ行為の相談を受けたことを覚えていた。

グロスマンはまた、寮顧問と話し合った。寮顧問は「大学教員は自分が指導している学生の身体に触らないよう指示されています。今回のことは、ドミンゲスの名前を書かずに、大学のセクハラ相談室に報告した方がよい」と大学のセクハラ相談室に報告することを勧めた。

しかし、グロスマンの訴えはセクハラ相談室の先には進まなかった。

グロスマンがセクハラ相談室の相談室員に説明すると、相談室員はグロスマンが申立書を書くことができると言った。しかし、その申立書にはグロスマンの名前を書く必要があると述べたのだ。

グロスマンは、ドミンゲスが1980年代にセクハラ事件を起こしていたことを漠然と知っていた。そして、彼女が知る限りでは、その時、大学はまともな対処をせず、ドミンゲスを罰しなかった。

1980年代のセクハラ事件の後も、ハーバード大学はドミンゲスを雇用し続けているのだから、彼女の比較的軽度なセクハラ行為に対して、ハーバード大学がこれから何かてしてくれるとは思えなかった。

それに加えて、相談室員は、グロスマンが申立書に所属学科を記入すれば、彼女が訴えたセクハラ教授を推測することができると言った。この事に、グロスマンは「ショックを受けたのを覚えています」と述べている。グロスマンは、匿名で申立てても、大学は告発者と被告発者を知ってしまう。「うわー、この大学はたくさんの教職員のセクハラ行為を調べて知っているのだ」と思ったそうだ。

結局、グロスマンは申立書を書かないことにした。 代わりに、彼女はドミンゲスの講義と大学院セミナーの受講をやめた。そして、公共政策学の博士課程に進学しないことにした。代わりに、ハーバード大学法科大学院(Harvard Law School)に進み、現在はボルチモア大学(University of Baltimore)の法律学の教授になっている。

その後20年間、シェリル・グレイとの友情は密接に続き、時折、ドミンゲスのセクハラ事件について話している。

シェリル・グレイは、ドミンゲスが彼女の友人にしたセクハラ行為をハーバード大学で他の学部生・院生にもしているのではないか思うと、「セクハラ事件の申立書をグロスマンに書くよう、もっと強く言えばよかった」と苦悩していたと述べている。

ハリウッドの映画界や他の業界での広範な性的虐待の話が「#MeToo」運動となった2017年の秋、グロスマンは、「ホルヘ・ドミンゲス(Jorge I. Domínguez)」と「セクハラ」をグーグルで検索してみた。すると、2006年にスザンナ・チャレン(Suzanna Challen)が同じようなセクハラの被害者になっているFacebookの投稿を見つけた。それで、グロスマンはスザンナ・チャレン(Suzanna Challen)Challenに連絡した。

★スザンナ・チャレン(Suzanna Challen)(当時25歳):2006年:ドミンゲス(61歳)

スザンナ・チャレン(Suzanna Challen、経歴と写真出典)は2004-2011年、ハーバード大学の院生で、指導教授はホルヘ・ドミンゲス(Jorge Domínguez)だった。

スザンナ・チャレンがドミンゲスから受けたセクハラ被害の実態の詳細は省略する。

ただ、以下の2017年10月16日のSNS投稿では、「ドミンゲスが私のお尻をつかんだ」とある。

https://www.dailymail.co.uk/news/article-5463921/Harvard-professor-placed-leave-following-harassment-accusations.html

★ヨシコ・エレーラ(Yoshiko M. Herrera)(当時xx歳):2002年:ドミンゲス(57歳)

ヨシコ・エレーラ(Yoshiko M. Herrera、経歴と写真出典)は、1999-2007年にハーバード大学・公共政策学の助教授だった(その後、ウィスコンシン大学マディソン校・教授)。

ハーバード大学・就任3年後にヨシコ・エレーラもドミンゲスからセクハラ被害を受けた。その詳細は省略する。

★シャルナ・シャーマン(Charna Sherman)(当時21歳):1979年:ドミンゲス(34歳)

この部分の出典 → 2019年5月14日のマーティン・グールド(Martin Gould)記者の「Daily Mail Online」記事:Victims of Harvard professor who is accused of groping nearly 20 women detail alleged harassment | Daily Mail Online

クリーブランドの弁護士・シャルナ・シャーマン(Charna Sherman、写真出典)は、2018年2月27日の「Chronicle of Higher Education」記事を読んだハーバード大学の卒業生の一人だった。

「ドミンゲス教授の名前をみて腰を抜かしました」と61歳のシャーマンは「DailyMail.com」紙の記者に語った。

当時21歳の学部生だったシャーマンはドミンゲスのセクハラ行為を受けていたのである。

1979年、シャルナ・シャーマンは学問上のことでドミンゲスと議論していた、すると、「彼は椅子から立ち上がり、部屋を横切って来て、私の唇にブチューとキスをしました」。

「私はとても驚きました。それは暴力的というよりはむしろぎこちないものでしたが、明らかに不適切で、一線を越えていました」。

「私は精神が混乱し崩壊しました。私は彼を尊敬する師と考え、その関係は私にとってとても重要でした。この出来事のために、将来、彼の近くに行かなくても良いキャリアに進むことにしました。そして、彼の研究分野から自分を切り離すことにしたのです」。

シャルナ・シャーマン(Charna Sherman)は、カール助教授がドミンゲスからセクハラ被害を受け始めた1981年の2年前の1979年に、セクハラ被害をハーバード大学・文理学部に報告していたのである。

★他に10人の被害者

ドミンゲスのセクハラ被害者は上記の8人だけでなく、確認できた女性に限っても、他に10人もいた。

各事件のセクハラ内容は省略するが、ヒドイもんである。

★大学の対応:2018年

2018年2月27日(73歳)、「Chronicle of Higher Education」紙がドミンゲスのセクハラ行為を詳細に報道した。

2018年3月x日(73歳)、ハーバード大学・文理学部は「Chronicle of Higher Education」紙の報道を受けて、ドミンゲスのセクハラ行為の調査を開始した。

2019年5月9日(74歳)、調査開始から1年2か月後、ハーバード大学・文理学部のクロディーヌ・ゲイ学部長(Claudine Gay、写真出典)は調査を終了した。ドミンゲスのセクハラを有罪と結論し、学部内教職員にメールを送付した。また、名誉教授の称号をはく奪したことも伝えた。
→ 2019年5月9日のジョナ・バーガー(Jonah S. Berger)記者とモリー・マカフェティー(Molly C. McCafferty)記者の「Harvard Crimson」記事:Harvard Prof. Dominguez Stripped of Emeritus Status Following Conclusion of Title IX Investigation | News | The Harvard Crimson

処分として、ハーバード大学・文理学部が主催するいかなるイベントに、学内・学外を問わず、ドミンゲスの参加を禁止した。

以下の文書(ゲイ学部長のメール)をクリックすると、ファイル(1ページ)が別窓で開く、(保存版)。

しかし、ハーバード大学・文理学部の処分の軽さにセクハラ被害者たちは大きな不満を抱いている。今後、何らかのアクションがあるかもしれない。

★ドミンゲス:2019年(74歳)

2018年6月にハーバード大学を退職(retire)した後、ドミンゲスはニューハンプシャー州の湖水地方(Lakes Region of New Hampshire)に妻と共に隠れ住んでいる。

新聞記者が自宅を訪問しコメントを求めても、妻が「ノーコメント」と対応し、本人が直接答えることはなかった。

以下の写真は自宅近くをドライブするホルヘ・ドミンゲス(Jorge I. Domínguez)である。

ドライブするホルヘ・ドミンゲス(Jorge I. Domínguez)。https://www.dailymail.co.uk/news/article-7007207/Victims-Harvard-professor-accused-groping-nearly-20-women-alleged-harassment.html

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

省略

●7.【白楽の感想】

《1》規則

https://www.harvardmagazine.com/2018/03/jorge-dominguez-investigation-retirement

ドミンゲス事件で、ドミンゲスは1979-2015 年(34-70歳)の37年間にも渡ってセクハラ行為を繰り返して、新聞記者が特定した被害者だけで18人に及ぶ。

少なくとも18人に大きな不快感を与え、彼女らの学業習得を大きく阻害し、人生を曲げてしまった。

ところが、ハーバード大学はドミンゲスにペナルティを科していない。正確に書くと、名誉教授の称号をはく奪した。しかし、コレって、ペナルティというようなシロモノではない気がする。

そして、刑事事件にもなっていない。

事件を調べると、「セクハラはやり得」という印象だ。

74歳の爺さんにペナルティを科すなら、刑務所や財産没収でしょう。

《2》大学の責任

ドミンゲスのセクハラ事件が公になったのは、2018年2月27日、トム・バートレット(Tom Bartlett)記者とネル・グルックマン(Nell Gluckman)記者が「Chronicle of Higher Education」記事として報道したからだ。ドミンゲスが73歳の時である。

しかし、1979年、ドミンゲスが34歳の時、学部生のシャルナ・シャーマン(Charna Sherman)へのセクハラがハーバード大学・文理学部(FAS: Faculty of Arts and Sciences)に訴えられた。この時、大学は調査も処分もしていないようだ。

さらに、 1983年、ドミンゲスが38歳の時、同僚の女性・テリー・カール助教授(Terry Karl)への2年に渡るセクハラ行為を、ハーバード大学・文理学部に訴えられた。この時は、大学は調査し、ドミンゲスをセクハラで有罪とした。しかし、処分はドミンゲスの解雇でなく、管理職から3年間、外すという軽微なものだった。

つまり、1 979年、さらに 1983年に、ドミンゲスを解雇しておけば、その後の10数人のセクハラ被害者はいなかったことになる。解雇でなくても2度とセクハラ行為をしないレベルの厳罰でも10数人の女性を救えただろう。

しかし、大学の対処が悪かった。

結果として、ハーバード大学はオオカミを飼い、餌食となる女性を提供していたことになる。ドミンゲスは味をしめ、一層巧妙に、何度も何度も女性学生・教員を性的に襲ったのである。万一、発覚しても、受ける処分よりも快楽の方がメリットがあると、自分の経験で学んだのである。

性的犯罪は麻薬と同じで常習性がある(推定)。また性癖、つまり癖(クセ)なので、悪いと知りつつも再犯を重ねる。

この事件では、ハーバード大学の責任は大きいと思う。

そして、ハーバード大学に限らず、一般論として、大学の責任は大きい。

日本のセクハラ事件に対する大学の処分は、米国よりもズッと軽い。大学教員を解雇せず停職処分で復職させる。そしてセクハラ教員を匿名のままである。結果として、セクハラ性癖を持つ教員が平然と学内に闊歩し、女性学生を指導する。宿泊を伴う学外調査もする。

日本の大学はセクハラ性癖を持つ教員を抱え、それを女性学生に隠している。当然、セクハラ事件が再発する。大学に責任があると思うが、日本では、この事を誰も指摘しない。おかしくないか?

《3》隠れた被害者

以下は、「「セクハラ」:インダー・ヴェルマ(Inder Verma)(米) | 研究倫理(ネカト、研究規範)」の修正再掲である。

ホルヘ・ドミンゲス(Jorge I. Domínguez)は、ハーバード大学・公共政策学科(Department of Government Harvard University)で、1979-2015 年(34-70歳)の37年間に女性学生・女性教員にセクハラ行為を繰り返していた。その被害者は少なくとも18人もいた。

この裏に、新聞に書いてない、イヤ、書けない(多分)忌まわしい事実があると思われる。つまり、ドミンゲスの性的欲求に屈した被害女性がかなりいると思えることだ。

セクハラ行為をうまく拒絶できた女性は今回告発できただろうが、拒絶できなかった女性は表に立ちたくないだろう。そういう女性が何十人もいるに違いない。

ドミンゲスが37年間にわたってセクハラをし続けたということは、その間、失敗よりも成功する回数が多かったからに違いない。ある程度成功したからドミンゲスはセクハラをし続けたのだろう。ことごとく失敗すれば、途中でやめたに違いない。

ということで、メディアが公表している事態よりもドミンゲス事件の真相は深刻だと思われる。

《4》メディアの威力

ドミンゲスのセクハラ事件が公の問題になったのは、2018年2月27日、トム・バートレット(Tom Bartlett)記者とネル・グルックマン(Nell Gluckman)記者が「Chronicle of Higher Education」記事として報道したからだ。

大学の調査結果でもない、警察の調査結果でもない。新聞記者が取材を重ね、綿密でダイナミックな記事を書いたのだ。

そして新聞報道のために大学は調査をし、軽微とはいえドミンゲスを処分した。

日本の新聞にこういう機能(パワー)がない。社会の木鐸になっていない。これでいいんだろうか?

一方、週刊誌の文春や新潮がこの機能を果たしている。しかし、週刊誌の記事は芸能スポーツと政治ネタが中心である。学術界のネカト事件をまともに扱わない。

だから、日本では残念だけど、学術界のネカト事件のメディア報道は表面的で、問題の解決にあまり役立たない。

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●8.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Jorge I. Domínguez – Wikipedia
② ホルヘ・ドミンゲス(Jorge Domínguez)セクハラ事件の「Vox.」記事:Jorge Domínguez, former Harvard professor Jorge Dominguez, sexual misconduct allegations
③ 2018年2月27日のトム・バートレット(Tom Bartlett)記者とネル・グルックマン(Nell Gluckman)記者の「Chronicle of Higher Education」記事:She Left Harvard. He Got to Stay. – The Chronicle of Higher Education、(保存版
④ 2019年5月9日のジョーイ・ギャリソン(Joey Garrison)記者の「USA Today」記事:Harvard bans ex-professor Jorge Dominguez over sexual conduct、(保存版)
⑤ 2019年5月14日のマーティン・グールド(Martin Gould)記者の「Daily Mail Online」記事:Victims of Harvard professor who is accused of groping nearly 20 women detail alleged harassment | Daily Mail Online
⑥ 2018年3月5日のアビゲイル・ミラー(Abigail Miller)記者の「Daily Mail Online」記事:Harvard professor placed on leave following harassment accusations | Daily Mail Online
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