7-120 研究データ共有のハウツウ・ガイド

2023年3月19日掲載 

白楽の意図:米国は研究データの共有に動いている。データ共有の問題点と具体的な対処法を解説したジョスリン・カイザー(Jocelyn Kaiser)とジェフリー・ブレイナード(Jeffrey Brainard)の共著の「2023年1月のScience」論文を読んだので、紹介しよう。とても良い論文である。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
3.カイザーらの「2023年1月のScience」論文
9.白楽の感想
10.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

★2023年3月8日:7-119 米国・会計検査院:「もっと厳密・透明に研究しろ!」| 白楽の研究者倫理

白楽の意図:米国・会計検査院は、連邦政府の3大研究助成機関である①NIH、②科学庁(NSF)、③航空宇宙局(NASA)が科学研究の信頼性(reliability)を高め・維持するための報告書「2022年7月のGAO-22-104411」(73ページ)を発表した。今回、報告書を解説したジョーダン・スミス(Jordan Smith)の「2022年8月のMeriTalk」論文を解説し、その後、報告書の一部を解説する。

★2023年2月xx日:丸山隆一(JST研究開発戦略センター):研究データ共有(オープンデータ)の動向

出典 → ココ、(保存版) 

以下は13頁目

NIHのデータ管理・共有ポリシー(2023年1月から)

米国NIHはFAのデータポリシーの中で徹底したものを準備しており、影響が注目される。
・パンデミック下の2020年10月29日付けで公表され、2年かけて準備。

NIHのファンドする研究をパブリックに利用可能にするというNIHの長年のコミットメントに沿って、データ共有を研究プロセスの根本的要素として位置づける。データ共有が当たり前であるような研究カルチャーへのシフトを目指す。

続きは、原典をお読みください。

★2023年1月25日:笹原英司/Eiji Sasahara(デロイト):米国NIHが新たなデータ管理・共有ポリシーを施行

出典 → ココ、(保存版) 

第172号 2023.1.25公開

このポリシーは、科学における信頼性と透明性を高めるために、研究データの利用可能性と再利用性を最大化する一方、研究データの管理・共有の規範を構築することを目的としており、NIHの研究資金を受けて、科学データを利用した研究を行うプロジェクト(米国外を含む)に適用されます。NIHは、2020年10月29日に同ポリシーの最終版を公表していました。

NIHは、科学データについて、以下のように定義しています。

  • 科学データ=データが学術出版物をサポートするために利用されたかに関わらず、研究成果を検証し再現するために十分な品質があると、科学コミュニティに共通して受け入れられたデータ
  • 科学データには、研究成果を検証し、再現するために必要なすべてのデータが含まれる
  • 科学データには、実験ノート、予備分析、完了済症例報告書、科学論文の草案、将来の研究計画、ピアレビュー、同僚とのコミュニケーション、実験用検体のような対象物は含まれない

続きは、原典をお読みください。

●2.【未読「2022年10月のNature」論文】

以下の「2022年10月のNature」論文は閲覧有料なので読んでいない。

★書誌情報と著者情報

  • 論文名:Taking the pain out of data sharing. Despite agreeing to make raw data available, some authors fail to comply. The right strategies and platforms can ease the task.
    日本語訳:データ共有の煩わしさを解消。生データの利用に同意しているにもかかわらず、一部の著者は準拠していない適切な戦略とプラットフォームでこれを容易にできる
  • 著者:Matthew Hutson
  • 掲載誌・年(巻)・ページ:Nature. 2022 (7930):220-221
  • 発行年月日:2022年10月3日
  • ウェブ:https://www.nature.com/articles/d41586-022-03133-5

●3.【カイザーらの「2023年1月のScience」論文】

★書誌情報と著者情報

  • 論文名:Ready, set, share:
    As funders roll out new requirements for making data freely available, researchers weigh costs and benefits
    日本語訳:位置について、用意、共有!
    研究助成機関がデータの自由利用という新しい要求を導入するので、研究者はコストと利益をてんびんにかける
  • 著者:Jocelyn Kaiser, Jeffrey Brainard
  • 掲載誌・年・巻(号)・ページ:Science. 2023, 379(6630):322-325
  • 発行年月日:2023年1月25日
  • 指定引用方法:
  • DOI: 10.1126/science.adg8142. Epub 2023 Jan 26.
  • ウェブ:https://www.science.org/content/article/ready-set-share-researchers-brace-new-data-sharing-rules
  • 著者の紹介:第1著者:ジョスリン・カイザー(Jocelyn Kaiser、写真出典は同論文)は、1988年に米国のプリンストン大学(Princeton University)で学士号(化学工学)、19xx年に米国のインディアナ大学(Indiana University)で修士号(ジャーナリズム学)、を取得した。論文出版時の所属・地位は、1995年からサイエンス誌のスタッフ記者(staff writer for Science magazine)。出典:Jocelyn Kaiser | Smithsonian Magazine
  • 第2著者:ジェフリー・ブレイナード(Jeffrey Brainard)。写真:出典。学歴:米国・マサチューセッツ州のウィリアムズ大学(Williams College)で学士号(哲学)、ボストン大学(Boston University)で修士号(科学ジャーナリズム)を取得。論文出版時の所属・地位:「Science」社・副ニュース編集者(Science as an associate news editor in 2017)

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

ーーー論文の本文は以下から開始

★NIHの新しい規則

2023年1月25日以降、NIHへの研究費申請で、研究データ共有の新規則が適用される。 → Data Management & Sharing Policy Overview | Data Sharing

マイアミ大学・ミラー医科大学院(University of Miami Miller School of Medicine)のアレハンドロ・カイセド生理学・教授(Alejandro Caicedo、写真出典)は、糖尿病患者の膵臓細胞がインスリン産生を停止するメカニズムを研究しているが、NIHの新規則に強いストレスを感じている。

というのは、自分の研究アイデアだけでなく、公開リポジトリで研究データを共有する計画も記載することが新たに要求されているからだ。

彼の研究室にとって、これは大変な作業である。

神経科学やゲノミクスとは異なり、糖尿病の研究では、グルコース刺激に反応する膵島細胞のビデオなど、研究室のデータを保存・共有する共通のプラットフォームや標準方法がない。

膨大な量の生データ(画像ファイル)は現在、キャンパス内のデータベースに保存されている。

患者のプライバシーを保護するために、このデータベースのセキュリティは保護されていて、部外者がアクセスできるようには設計されていない。

しかし、データを共有するということは、これら膨大な量の生データ(画像ファイル)を別の場所にアップロードしなければならない、とゆうことだ。

カイセド教授は、データが自由に共有されれば「科学は非常に強力になる」と思っているので、データ共有という NIHの新しい方針には賛成している。

しかし、カイセド教授は準備に苦慮している。彼の研究分野全体が準備ができていない。

そして、この新しい任務が彼のポスドクや大学院生に課す負担についても心配している。

現在、カイセド教授のラボは8人体制で稼働しているが、研究費はNIHから600,000ドル(約6千万円)の助成金を得ているだけである。

この受給額では、更に別途、データ・マネージャーを雇える余裕はない。となると、この新しい任務をポスドクや大学院生にしてもらうしかない。

多くの研究者が同じ問題に苦しむだろう。

データ共有を求める米国の新しい規則は、生物医学研究だけでなく、2025年までには、連邦政府の研究費を受け取るすべての分野が対象になる。

欧州連合と中国の一部の研究助成機関も、データ共有を要件にし始めた。

米国の新たな動きは、データ共有の世界的な動きを先導している。

賛成者は、科学の進歩と信頼性を加速できると考えている。

確かに、一部の科学者は、若干調整するだけで新規則に対応できる。タンパク質結晶学や天文学などの分野では既にデータ共有が一般になっているからだ。

しかし、他の分野ではデータ共有はほとんど進んでいなかった。新規則は重荷である。

データ共有を約束しても、実際にはデータ共有をしない研究者も多くいるだろう。 → 2022年5月29日の論文:Many researchers were not compliant with their published data sharing statement: a mixed-methods study – Journal of Clinical Epidemiology

2015~2020年に出版された7,750報の医学論文のわずか9%しかデータ共有を約束していなかった。しかも、実際にデータを共有したのはわずか3%だった。とメルボルン大学のダニエル ハミルトン(Daniel G. Hamilton)は指摘している。 → 2022 年 9 月に開催された「査読と科学出版に関する国際会議(International Congress on Peer Review and Scientific Publication)」:Frequency of Data and Code Sharing in Medical Research: An Individual Participant Data Meta-analysis of Metaresearch Studies

「2020年のPLoS One」論文(以下)によると、 21,000報 の論文のうち、データ・リポジトリへのリンクを示したのは 21% 未満だった。

データ共有のサポートに関して、学術誌も研究助成機関も全面的に協力・推進してきたというわけではなく、今まで、さほど協力的ではなかった。

シドニー大学の臨床研究者であるエイダン・タン(Aidan Tan、写真出典)は、2022 年 9 月に開催された「査読と科学出版に関する国際会議(International Congress on Peer Review and Scientific Publication)」で、世界中の 110 の大規模な健康研究助成機関(公的、企業、慈善活動などによる)のうち、助成対象者にデータ共有を推奨または要求しているのは約半分にすぎないと発表した。

「健康研究は、データ共有の倫理的な義務が最も高い分野です。人々は臨床試験に志願することで、医学研究を進歩させ、最終的には人類の健康を改善する。そのために自らの生命を危険にさらしています。それなのに、データ共有を推奨または要求しているのは約半分にすぎない」、とエイダン・タン は批判している。

過去 10 年間、科学の多くの分野で、データ共有を支持する研究者は増えてきた。

しかし、コストと複雑さを考えると、多くの研究者はNIH の新規則と要求に不安を感じている。

発生生物学者でアリゾナ大学(University of Arizona)のパーカー・アンティン研究担当副学長(Parker Antin、写真出典)は、「そこにたどり着くまでの道のりは非常に複雑です。トータルリターンがコストを正当化するかどうか、私にはよくわかりません。しかし、それを試みる以外に私には進む道がありません」

「Science」誌は、この論文で、研究者が研究データ共有の世界に飛び込むときの案内をしてみようと、以下に記述した。

★科学データを共有する理由

賛成派は、データ共有は、科学の進歩を早め、科学研究を改善すると主張している。

たとえば、心理学、がん研究で、研究を再現する(reproduce)ためには、基礎となる生データへアクセスできる方がずっと簡単だ。

論文データに異常な点が見つかった時、生データにアクセスができれば、その異常は「誠実な間違い(honest mistake)」によるものなのか、それとも「ねつ造・改ざん」によるものなのかを判定するのにも役立つ。

たとえば、2020 年に、「抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンを投与された COVID-19 患者は死亡リスクが高かった」と主張する論文が出版され、注目を集めた。

しかし、サージスフィア社(Surgisphere) は主張の根拠となる生データを提示しなかったため、論文は撤回された。 → サパン・デサイー(Sapan Desai)(米) | 白楽の研究者倫理

また、データ共有は、別の研究者が同じデータ収集をするという無駄を省ける。

カリフォルニア大学デービス校 (University of California , Davis) の発生生物学者であるクリスタル・ロジャース助教授(Crystal Rogers、写真出典) は、特に小規模な研究室では、データ共有によって研究時間と費用を節約できると述べている。

「もしかしたら、この政策は私のような小規模な研究者の活躍の場にもなるかもしれません。研究機会の民主化です」と指摘した。

研究政策立案者は、科学のすべての分野にわたって、いつ、どのようにデータを共有すべきか、具体的な情報を提供してきた。

既存のデータは、研究者が仮説を立て、臨床試験を設計し、教えるのに役立つ。

また、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経科学者であるマリアン・マートン教授(Maryann Martone、写真出典)は、小規模なデータセットのプールをメタ分析すると、興味深い新発見になると、述べている。

彼女は、脊髄損傷の治療に関して 1990 年代に実施された一連の動物研究の生データを収集した研究を例に挙げた。

個々の研究結果に一貫性がなく、公表されなかった。しかし、2021 年に 1,125 匹の動物から収集したデータをメタ分析したところ、有意な相関関係が得られた。脊椎手術中に血圧レベルが特定の範囲内にあった動物は、より良好な結果を示したのだ。

この発見は、臨床研究でも維持されていた。 → Topological network analysis of patient similarity for precision management of acute blood pressure in spinal cord injury | eLife

「これらの小さなデータ セットを組み合わせることができれば、金が見つかります」とマートン教授は述べた。

研究データを共有する研究者にとって実質的なメリットの 1 つは、論文引用数が増えることだ。 50,000 件以上の論文を対象とした 2020 年の調査で、データへのリンクを示した論文は、そうでない論文よりも平均で 25% 多く引用されていた。 → The citation advantage of linking publications to research data | PLOS ONE

しかし、多くの研究助成機関が助成金受領者にデータ共有を期待しているにもかかわらず、データ共有の見返りは少ない。

データ共有しても、研究職の栄転、在職期間の延長、昇進の審査でほとんど考慮されないのが現実である。

それで、法令遵守違反が蔓延している。

アメリカ大学協会(Association of American Universities)と公立・ランドグラント大学協会(Association of Public and Land-grant Universities)の2021年の共同報告書(Guide to Accelerate Public Access to Research Data)は、データ共有した研究者へ報酬を与える規則を開発するよう大学・研究所に奨励している。 

ところで、別の問題もある。

データ共有すると他の研究者に出し抜かれるのではないかという心配がある。この心配を克服するのは難しい。

スローン・ケタリング記念がんセンター(Memorial Sloan-Kettering Cancer Center)のジャン・グリム内科医(Jan Grimm、写真出典)は「誰かがそのデータを手に入れて、マイナーな学術誌に自分のデータとして発表しないようにするにはどうすればよいのですか?」と心配している。

データ共有の賛成者は、他の科学者のデータを利用する場合、利用した著者に「データ著者」として名前を付けるよう要求することで、そのような行動を思いとどまらせるよう出版社に求めている。

データ検索ツール「データシア(DataSeer)」の創設者の ティム・バインズ(Tim Vines、写真出典)は、科学者はデータ共有を査読のような「有用な負担」と見なすようになるかもしれないと、次のように述べた。

「査読は非常に煩わしいものだが、多くの人は、査読されることで原稿が改善されると述べています。それで、研究者は査読を受け入れています。データ共有もそのレベルに引き上げる必要があります」

ーーーー以下の3つの章、白楽は省略

★データ共有規則の変遷

 変遷の図だけ右に示す。

★どうすれば遵守できるか?

★共有が困難な機密データはどうなるのか?

ーーーー以上の3つの章、白楽は省略

★規則の施行

生物医学分野ではデータの生産と使用は異なる。

それで、NIH はデータ共有に関する要件を詳細に指定しないで、柔軟性を持たせることにした。

特に、共有しなければならないデータ量を指定していない。

分裂細胞のビデオ全体や、腫瘍に浸潤する分子マーカー (ギガバイトのデータ) を共有する必要があるのか?

それとも、論文に示した静止画像だけを共有すればいいのか?

ウィスコンシン医科大学( Medical College of Wisconsin)の循環器疾患研究者であるカート・シグムント教授 (Curt Sigmund 、左写真出典)は、「私たちの多くは、未加工のデータから完全に処理したデータまでの、どのレベルのデータの共有を NIH が期待しているか、十分には理解していません」と述べた。

NIH ・科学政策局(NIH’s Office of Science Policy)の リリック・ジョーゲンソン局長代行(Lyric Jorgenson、写真出典)は、論文の結果を再現するのに必要な「粒度」は各分野で異なり、その「粒度」を見定める必要があるから、要件を詳細に指定していないとのことだ。

実際の作業は、NIH プログラム ・マネージャーが、助成金申請書が提出されたときにデータ共有の記載をチェックし、助成後は進捗レポートでデータ共有をチェックする。

 なお、NIH の規則に違反した場合、NIHは研究助成金を打ち切ることができる。

ジョーゲンソン局長代行は、「 データ共有の政策目標は、段階的に達成されると思います。データ共有に参加する気を無くすほど最初から高い基準を設定したくありませんでした。ただ、データ共有しない人は、新たな助成金を受け取ることができなくなる可能性はあります」。

高等教育研究のコンサルティング「イタカ S+R(Ithaka S+R)」NPOのプロジェクト・マネージャーであるディラン・リューディガー(Dylan Ruediger、写真出典)は、科学庁(NSF)が資金提供したプロジェクトを管理し、農学、核画像、極地科学などの分野の学際的な研究者チームを集めて、データ共有の障壁を調査した。

そして、不完全または不十分なデータ共有を避けるために、研究助成機関と大学・研究所は、研究者をむちで脅すだけでなく、技術サポートやトレーニングという形でアメを提供する必要があると、指摘している。

「研究者がデータを寄託することと、研究者が共有データを利用できるシステムは同じではありません。むしろ、それは大きく異なります」と加えた。

★データをどこに、どのように保存するのか?

以下の図に示すように、現在、61%の研究者は主に自分のパソコンにデータを保存している。しかし、これは「”Bad” practices」なのだ。 → Data sharing, management, use, and reuse: Practices and perceptions of scientists worldwide | PLOS ONE

データを共有するということは、外部からアクセス可能なウェブサイト(リポジトリ)にデータを移動することである。

大きく分けて3種類のウェブサイト(リポジトリ)がある。

  1. 研究者の所属大学・研究機関リポジトリ
  2. 分野毎のリポジトリ:脳画像データの「OpenNeuro」、免疫学データの「NIHの ImmPort」など
  3. 一般的なリポジトリ:「figshare」「Zenodo」など

但し、現在の多くのリポジトリは、データの保管、検索、取得を容易にするための改善が必要である。

ノースカロライナ農業技術州立大学(North Carolina A&T State University)の図書館サービス学部長であるヴィッキー・コールマン(Vicki Coleman、写真出典) は、次のように述べています。

「この新しい動向に対処するために、多くの大学は情報科学の専門家やデータを専門に扱う図書館員など、支援スタッフを強化しています。図書館は従来の人員配置を変更し、レファレンス・デスクからデータを専門う部署に人を増やしています」。

データ専門家は、一般的に使用される情報管理ツールを特定の研究分野のニーズに適合させる賢い方法を知っている。

たとえば、現在多くの大学では、教職員向けにデータ共有を容易にできるウェブ・アプリのジュピターノートブック(Jupyter Notebook)の利用法をトレーニングしている。

[白楽は「ジュピターノートブック(Jupyter Notebook)」を知らなかった。 → 2020年12月24日記事: 【初心者向け】Jupyter Notebookの使い方!インスト…|Udemy メディア

★費用はいくらで、誰が払うのか?

自分の研究チーム以外の人がデータを使用するので、共有データにするためにデータをクリーニングし、共有化の作業をする必要がある。このコストを見積もるのが難しい。

マウントサイナイ医科大学(Icahn School of Medicine at Mount Sinai)のウイルス学者である フロリアン・クラマー教授(Florian Krammer、写真出典)は、 研究費の少なくとも 10%が共有データの経費になると予測している。

すべての研究室がデータ・ マネージャーを雇う必要はないが、もし雇うなら、データ ・マネージャーの雇用に年間 10 万ドル(約1000万円)がかかる。

NIH 助成金申請の時、研究者は経費として、データ ・マネージャー雇用のコスト、共有データを用意するスタッフの作業経費、リポジトリ料金、を追加できる。

しかし、NIH は助成金の経費に厳格な金額制限を設けている。

それに、データ共有のための新たな予算がNIHに配分されるわけではないので、NIH 助成金全体でみれば、データ共有コストを勘案した分、研究に使える予算は減る。

主要な研究大学を代表する組織の「政府関係評議会(Council on Governmental Relations)」のデイヴィッド・ケネディ副会長(David Kennedy)は、「データ共有と管理コストで、科学研究そのものを実施する研究費は減る」と述べている。

大学は、図書館員やリポジトリ購読など、データ共有をサポートするキャンパス全体のサービスに料金を払う。大学は、これらの間接経費を、研究助成金のオーバーヘッドとして請求できる。しかし、その額には上限がある。

オーバーヘッドとして得た額では足りない分、大学は長い間、大学独自の自前の財源を利用してきた。

もし、連邦政府が、データ共有の経費を支給しないでデータ共有を義務化すると、大学独自の財源が逼迫するかもしれないと、大学は心配している。

「政府関係評議会(Council on Governmental Relations)」の初期分析では、データ共有のコストは1校の大学あたり、年間 100 万ドル(約1億円)を超えると予測した。

デイヴィッド・ケネディ副会長は、これは、小規模な大学には大きな負担になると指摘している。

NIH ・科学政策局の リリック・ジョーゲンソン局長代行は「この点、私たちも大きな懸念事項だと考えています」と、問題を認めている。しかし、「資金調達構造の不公平さをさらに悪化させたくありません」と、静観する様子だ。

解決すべきもう 1 つの課題はデータ・ リポジトリである。

現状で最大のリポジトリでさえ十分ではなく、依然として持続可能なビジネス モデルを模索している状態だ。 →  2019年10月2日記事:The Research Data Sharing Business Landscape – The Scholarly Kitchen

分野固有のリポジトリは、研究助成が終了すると研究費は支給されないが、通常、その分野の別の研究プロジェクトは採択されるので、それら個々の研究プロジェクトへの助成金で運営できる。

なお、NIH と連邦政府・科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy, OSTP)の現在の規則では、データ共有期間を制定していない。つまり、リポジトリにいつまでデータを保存すべきか決まっていない。

リリック・ジョーゲンソン局長代行は、これに関しては、現在、政府機関が情報収集中だと述べている。

★広範なデータ共有は、努力する価値があるのか?

懐疑論者は、データ共有の利点はまだ証明されていないと言う。

フロリアン・クラマー教授は、研究助成機関は、新しい要求が意図した効果を生み出しているかどうか、データを収集・分析する必要があると指摘している。

「2 年後、5 年後、どのタイプのデータが再利用され、どのタイプのデータは再利用されなかったかを調べるなどして、データ共有の評価が必要です」。

データ共有に賛成する人はこの方式に同意し、結果がデータ共有の利益を裏付けると考えている。

「このレベルのデータ共有が発見エンジンをどう駆動できるか、実際のデモンストレーションが必要です。現在はまだ、私たちはそこに至っていないと思います。それでも、全員が車に飛び乗り、エンジンを始動しているのです」と 、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UC San Francisco) のアイダ・シム教授( Ida Sim、写真出典) は状況を説明した。

●9.【白楽の感想】

《1》研究の効率化 

研究データを共有すれば、研究の効率化が進む。

ポール・グラショウ(Paul Glasziou)らが、研究費の85%は「無駄に浪費」されていると報じたが、無駄な研究(費)も激減するだろう。 → 7-107 巨額な研究ロス | 白楽の研究者倫理

《2》研究システム 

研究データを共有すれば、データねつ造・改ざんは大きく減らせる。

白楽は、ネカトを減らすには、「①研究ネカトをほぼ100%発見する」「②不正者を厳罰に処分する」の2セットで対応すべきだと主張してきた。

例えば:『情報の科学と技術』66巻、 2016年3月号「研究倫理」特集に「海外の新事例から学ぶ「ねつ造・改ざん・盗用」の動向と防止策」→http://doi.org/10.18919/jkg.66.3_109

現在の研究システムを「研究データの共有」というシステムに変えれば、共同研究者の間でデータをチェックできる。論文発表後には第三者が生データをチェックできる。それで、データをねつ造・改ざんすればすぐに気がつく。

つまり、「①研究ネカトをほぼ100%発見する」のに近ずく。

しかし、「研究データの共有」は壮大な変化である。

米国でも大規模な社会実験で「おっかなびっくり」のように見える。

一方、長年、政策に無関心漬けの日本の生命科学界、生命科学研究者は対応できるのだろうか?

日本は鎖国していない。日本在住なのに研究論文を英語で発表する。日本の大学・研究所に在職したまま国際共同研究もする。

従って、日本は別、というわけにはいかない。米国と同じ歩調で進むしかない。

白楽は現役ではないので、日本の生命科学界の内部事情を知るすべがない。

科学技術振興機構などの研究助成機関は「研究データの共有」動向を把握しているようだが、しかし、生化学会などの研究者集団が「研究データの共有」に動いているようには、表面的には見えない。

しかし、学術界が対応しないと、日本は、ますます研究「小国」になっていく。

《3》データ盗用 

本文で、「誰かがそのデータを手に入れて、マイナーな学術誌に自分のデータとして発表しないようにするにはどうすればよいのですか?」とジャン・グリム内科医(Jan Grimm)が心配している、点を書いた。

どうやら、その防御策がほぼない。

となると、《2》で「研究データの共有をすれば、データねつ造・改ざんは大きく減らせる」と書いたが、意図的にデータを盗む「データ盗用」は大きく増えるだろう。

もっとまともな防御策はないのかい?

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少する。科学技術は衰退し、国・社会を動かす人間の質が劣化してしまった。回帰するには、科学技術と教育を基幹にし、堅実・健全で成熟した人間社会を再構築すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●10.【コメント】

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