ワンポイント:2008年に研究公正局から4年間の締め出し処分を受けたが、研究者として生き残った?
●【概略】
カーク・スパーバー(Kirk E. Sperber、写真出典)は、メキシコの大学で医師免許を取得後、米国で米国の医師免許を取得し、米国のマウントサイナイ大学医科大学院(Mount Sinai School of Medicine)の準教授・医師になった。専門は免疫学だった。
2005年頃(50歳?)、データ改ざんが発覚した。マウントサイナイ大学医科大学院は調査委員会を設け、調査の結果、スパーバーの論文にデータ改ざんがあったと結論し、研究公正局に報告した。
2008年10月8日(53歳?)、研究公正局は、改ざんと判定し、2008年9月12日から4年間の締め出し処分を科した、と発表した
2008年10月頃?(53歳?)、スパーバーは、マウントサイナイ大学医科大学院からニューヨーク医科大学・準教授に移籍し、締め出し処分期間中の2009年に2報、2010年に1報 2011年に1報、計4報の論文を発表した。
しかし、その後、2016年3月12日現在に至るまでの5年間、論文発表はなく、準教授ではあるが、研究活動していないと思われる。研究公正局から締め出し処分を受け、研究者として生き残れるのは珍しいが、スパーバーも無理だったようだ。
米国のマウントサイナイ大学医科大学院(Mount Sinai School of Medicine)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:メキシコ
- 研究博士号(PhD)取得:なし?
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1955年1月1日とする
- 現在の年齢:69歳?
- 分野:免疫学
- 最初の不正論文発表:1998年(43歳?)
- 発覚年:2005年?(50歳?)
- 発覚時地位:マウントサイナイ大学医科大学院・準教授・医師
- 発覚:不明
- 調査:①マウントサイナイ大学医科大学院・調査委員会。②研究公正局。~2008年10月8日
- 不正:改ざん
- 不正論文数:3報。3報撤回、2報訂正
- 時期:研究キャリアの中期から
- 結末:別の大学に転職
●【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1955年1月1日とする
- 1980年(25歳?):メキシコのグアダラハラ自治大学(Universidad Autu00F3noma de Guadalajara)・医学部を卒業。メキシコの医師免許取得(?)
- 1982年(27歳?):米国のニュージャージー医科歯科大学(University of Medicine and Dentistry of New Jersey)を卒業。米国の医師免許取得
- 19xx年(xx歳?):米国の聖マイケル病院(Saint Michaels Medical Center)の研修医、内科
- 19xx年?(xx歳?):米国のマウントサイナイ大学医科大学院(Mount Sinai School of Medicine)の研究員、 アレルギー・免疫学
- 19xx年(xx歳?):米国のマウントサイナイ大学医科大学院(Mount Sinai School of Medicine)の準教授
- 2005年頃(50歳?):データ改ざんが発覚
- 2008年10月8日(53歳?):研究公正局が改ざんと発表
- 2008年10月頃(53歳?):ニューヨーク医科大学・臨床準教授に移籍
- 2016年3月12日現在(61歳?):ニューヨーク医科大学・臨床準教授で、研究活動していない
●【不正発覚の経緯】
発覚の経緯を含め、事件の状況は不明である。
どうしてデータ改ざんをしたのか? どう発覚したのか? 研究機関はどんな対応をしたのか?
全くわかりません。
●【不正の内容】
2008年10月8日(53歳?)、研究公正局は、スパーバーの以下の3つの論文にデータ改ざんがあったとした。
「1998年のJ Immunol.」
「2001年のJ Immunol.」
「2003年のJ Immunol.」
また、NIH研究費申請書「R01 AI45343-04A2」 と「P01 AI44236-05」にも、ねつ造・改ざんがあったとした。
以下、「2003年のJ Immunol.」論文に絞って、どういうデータが改ざんされたのか具体的に見ていこう。
最初に結論をいうと、論文中のほぼ全部の図に複製・流用があった。フローサイトメトリー、ウェスタンブロット、顕微鏡像の図である。
通常、研究ネカト者は、特定のデータ・図だけを不正操作し、他は、不正操作しない。スパーバーはほぼ全部、不正操作していた。
★「2003年のJ Immunol.」論文
以下の「2003年のJ Immunol.」論文の図1A, 2, 4A, 4B, 7がフローサイトメトリー・FACS(fluorescence activated cell sorting)のデータで、それらをコピー・流用した。図3, 5A, 5B, 5C, 6C, 9がウェスタンブロットやアガロースゲルのデータで、それらをコピー・流用した。図10 と11が共焦点レーザー顕微鏡像で、それらをコピー・流用した。
論文の全図がコピー・流用まみれなのである。
- Induction of apoptosis by HIV-1-infected monocytic cells.
Sperber K, Beuria P, Singha N, Gelman I, Cortes P, Chen H, Kraus T.
J Immunol. 2003 Feb 1;170(3):1566-78.
「2003年のJ Immunol.」論文の該当の図1Aとその下に図2を以下に示す(図1Bは無視して下さい)。フローサイトメトリー・FACS(fluorescence activated cell sorting)の流用である図1A, 2, 4A, 4B, 7の代表として示します。
白楽には、図1Aを見ているだけで、どれも似ているので、どの部分をどこに流用したのかわからない。
以下が図2です。図を見ているだけでは、どれも似ているので、どの部分をどこに流用したのかわからない。
以下が図3です。ウェスタンブロットやアガロースゲルのデータ流用の図3, 5A, 5B, 5C, 6C, 9の代表としてみてください。
以下が図10です。共焦点レーザー顕微鏡像のデータ流用は図10 と11です。図を見ているだけでは、どれも似ているので、どの部分をどこに流用したのかわからない。
●【論文数と撤回論文】
2016年3月12日現在、パブメド(PubMed)で、カーク・スパーバー(Kirk E. Sperber)の論文を「Kirk E. Sperber [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2006年の1論文がヒットしただけだった。ミドルネームを取った「Kirk Sperber [Author]」で検索すると、2002~2011年の10年間の23論文がヒットした。
Sperber K [Author] で検索すると、1969~2014年の46年間の90論文がヒットした。 この90論文には、同姓同名の別人の論文も入っている(数えていない)
2016年3月12日現在、3論文(「1998年のJ Immunol.」、「2001年のJ Immunol.」、「2003年のJ Immunol.」)が2005年と2006年に撤回されていた。
3撤回論文ともここで問題視した論文である。
- Induction of apoptosis by HIV-1-infected monocytic cells.
Sperber K, Beuria P, Singha N, Gelman I, Cortes P, Chen H, Kraus T.
J Immunol. 2003 Feb 1;170(3):1566-78.
Retraction in: Sperber K, Beuria P, Cortes P, Chen H, Singha N, Gelman I, Kraus T. J Immunol. 2005 Dec 15;175(12):8438. - Regulation of class II expression in monocytic cells after HIV-1 infection.
Rakoff-Nahoum S, Chen H, Kraus T, George I, Oei E, Tyorkin M, Salik E, Beuria P, Sperber K.
J Immunol. 2001 Aug 15;167(4):2331-42.
Retraction in: Rakoff-Nahoum S, Chen H, Kraus T, George I, Oei E, Tyorkin M, Salik E, Beuria P, Sperber K. J Immunol. 2006 Nov 1;177(9):6561. - Chronically HIV-1-infected monocytic cells induce apoptosis in cocultured T cells.
Chen H, Yip YK, George I, Tyorkin M, Salik E, Sperber K.
J Immunol. 1998 Oct 15;161(8):4257-67. Erratum in: J Immunol. 2005 Dec 15;175(12):8443-4.
Retraction in: Chen H, George I, Tyorkin M, Salik E, Sperber K. J Immunol. 2006 Nov 1;177(9):6560.
2016年3月12日現在、2論文(「1997年のJ Immunol.」、「2005年のJ Immunol.」)が、2005年に訂正されていた。
- Cdc2/cyclin B1 interacts with and modulates inositol 1,4,5-trisphosphate receptor (type 1) functions.
Malathi K, Li X, Krizanova O, Ondrias K, Sperber K, Ablamunits V, Jayaraman T.
J Immunol. 2005 Nov 1;175(9):6205-10.
Erratum in: J Immunol. 2005 Dec 15;175(12):8440. - Impaired class II expression and antigen uptake in monocytic cells after HIV-1 infection.
Polyak S, Chen H, Hirsch D, George I, Hershberg R, Sperber K.
J Immunol. 1997 Sep 1;159(5):2177-88. Erratum in: J Immunol. 2005 Dec 15;175(12):8444.
J Immunol. 2005 Nov 1;175(9):6205-10.
Erratum in: J Immunol. 2005 Dec 15;175(12):8440.
●【研究者としての生き残り?】
スパーバーは、2008年9月12日から4年間の締め出し処分を研究公正局から受けた。
ということは、2012年9月11日までNIHに研究費を申請できなかったということである。この場合、通常、研究界から追放されたことと同等である。
しかし、論文検索すると、締め出し処分期間中の2009年に2報、2010年に1報 2011年に1報、計4報、ニューヨーク医科大学(New York Medical College)の所属で、論文を発表している。
- Hydroxychloroquine in systemic lupus erythematosus and rheumatoid arthritis and its safety in pregnancy.
Abarientos C, Sperber K, Shapiro DL, Aronow WS, Chao CP, Ash JY.
Expert Opin Drug Saf. 2011 Sep;10(5):705-14. doi: 10.1517/14740338.2011.566555. Epub 2011 Mar 22. Review. - Gout and hyperuricemia.
Chilappa CS, Aronow WS, Shapiro D, Sperber K, Patel U, Ash JY.
Compr Ther. 2010;36:3-13. Review. - An unusual presentation of eosinophilic esophagitis.
Spiegel A, Wolf DC, Sperber K, Gimenez C.
Gastrointest Endosc. 2009 Aug;70(2):382-3; discussion 383. doi: 10.1016/j.gie.2009.03.039. Epub 2009 Jun 25. No abstract - Systematic review of hydroxychloroquine use in pregnant patients with autoimmune diseases.
Sperber K, Hom C, Chao CP, Shapiro D, Ash J.
Pediatr Rheumatol Online J. 2009 May 13;7:9. doi: 10.1186/1546-0096-7-9.
4報のうち、3報はジュリア・アシュ(Julia Yegudin Ash、写真出典)が最後著者である。
ジュリア・アシュは、ニューヨーク医科大学の準教授(Associate Professor of Clinical Medicine)・医師である
(New York Medical College(保存版))。
研究公正局からクロと判定され、締め出し処分を受けた人で、研究者を続けられた人は少数である。米国は研究ネカト者を研究界から排除する方針だから、基本的に研究者を続けることができない。
スパーバーは、どうして、研究者を続けられたのだろうか?
1つは、締め出し処分後、マウントサイナイ大学医科大学院・準教授からニューヨーク医科大学・準教授に移籍できたことだ。
この移籍が不思議だ。
通常、研究ネカトでクロと判定された人を大学は教員に採用しない。どうして、ニューヨーク医科大学は採用したのだろう?
ニューヨーク医科大学の職位をよく見ると、スパーバーは、準教授とはいえ、準教授の前に「Clinical」が付いている臨床準教授(Clinical Associate Professor of Medicine)だった(New York Medical College(保存版))。
臨床準教授は、治療が業務で、研究はしなくてよいという職位である(Academic ranks in the United States – Wikipedia, the free encyclopedia)。
だから、「研究はしなくてよい」のだが、禁止されているわけではない。そして、実際に研究し、研究論文を出版した。研究界から排除されていない(と受け取れた)。
しかし、ニューヨーク医科大学・臨床準教授の職を得ても、NIHの研究費を貰えないから自分の研究はできない。
だから、アシュ準教授の研究費でアシュ準教授の研究を手伝う形で論文の著者の1人になったのだろう。論文出版を重ね、喪が明けたら(締め出し処分期間が終わったら)、研究費を申請し、研究者として生き残れる可能性があったのか、なかったのか、白楽には判断がつきかねる。
しかし、「2011年のExpert Opin Drug Saf.」論文を出版後、2016年3月12日現在までの5年間、論文が出ていない。
結局、2016年3月12日現在、研究者として生き残れなかったのだ。喪が明けた2012年9月は57歳である。この年になると、本人が研究再開を望んでも(望んだかどうか、白楽は知らないが)、周囲(NIHや大学)が投資しないだろう。
ニューヨーク医科大学(New York Medical College)。写真出典
●【白楽の感想】
《1》詳細は不明
この事件の詳細は不明です。
どうしてねつ造をしたのか? どう発覚したのか? 研究機関はどんな改善策を施したのか? 事例分析で、研究ネカト対策システムの改善につながる点、学べる点は何か?
全くわかりません。
今まで、ブログでは、比較的、情報が得られる事件を解説しているが、実は、この事件のように、詳細が不明な事件は多い。事件が報道された時点では、もっと情報があったと思われるが、時とともに失われる。適時に収集・分析し記録を残さないと霧散してしまう。
《2》研究者として生き残る
スパーバーは、4年間の締め出し処分を受けた。通常の締め出し処分は3年間だから、研究公正局は研究ネカトが悪質と判断したことになる。
研究公正局から締め出し処分を受けたのに、それも悪質と判断されたのに、スパーバーは、締め出し処分中に研究論文を発表していた。それで、研究者として生き残れたのではないか、と白楽は思い、記事にした。
どうして、生き残れたか知りたかったが、結局、研究者として生き残れなかったようだ。
米国では、研究ネカトをした研究者を排除するシステムが強固なようだ。 一方、日本は・・・、まーいいか、今回は、日本のことは。
●【主要情報源】
① 2008年10月8日、研究公正局のクロ判定の報告:Federal Register | Findings of Scientific Misconduct(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。