7-102 ネカト告発のいろいろ

2022年5月29日掲載 

白楽の意図:ネカトの告発は容易ではない。告発は損で、圧倒的にバカバカしい。それでも、不正を告発する誠実な人がいる。ただ、告発に間違いもあれば、異様な告発者もいる。エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)の「2021年8月のツイッター」記事を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.白楽の経験と印象とエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)の2021年8月記事
9.白楽の感想
10.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文」ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。

研究者レベルの人で、元情報を引用するなら、自分で元情報を読んでください。

●1.【日本語の予備解説】

★研究不正を見つけたら

研究不正を見つけたら、院生・研究者はどうすべきか? 日本に限って考えてみよう。

  1. 研究不正を通報する「義務」があるか? さらに言うと、通報しなかったことで罰則を科されるか?
  2. 通報すると「利得」あるいは「損害」があるか?

白楽が調べた限り、答えは以下の通りである。

  1. 研究不正を通報する「義務」はない。日本の政府・大学・研究機関は通報の義務を明示していない。通報を推奨もしていない。どちらかというと、通報しにくくしている。
  2. 「利得」はない。「損害」はある。

というわけで、研究不正「行為」が通報される割合はかなり低い。多分、100回に1回程度、つまり、1%程度である(推定)。

★白楽の経験と印象

白楽は研究不正の告発に関する相談をそこそこ(2桁数)受けている。

ブログのどこかに書いたが、研究不正を告発する人には2つのタイプがある。

  1. タイプⅠはネカトハンターである。いわば外部告発者である。 → 1‐5‐1 ネカトハンターとネカトウオッチャー | 白楽の研究者倫理
  2. タイプⅡはネカト被災者やネカト遭遇者である。いわば内部告発者である。

外国のネカト事件では、大雑把に言って、タイプⅠとタイプⅡがほぼ半々である。

しかし、日本にはネカトハンターがとても少ないので(現在は世界変動展望1人)、比率としてはタイプⅡが圧倒的に多い。

本記事では、タイプⅡ(ネカト遭遇者)について議論を進める。つまり、たまたま、研究室内や自分の周辺でネカトを目撃・遭遇した人が、そのネカトを見つけてどうするか? である。

この場合、以下の点で告発を躊躇する。

1. 面倒くさい → 告発しない
2. 勘違いかもしれない → しばらく様子を見る
3. 「ネカト」ではなくて「間違い」かもしれない → しばらく様子を見る
4. 告発すると自分が報復される → 告発しない
5. ネカトが事実でも・事実でなくても、被告発者は大きな損害を与えるので可哀そう → 告発しない

そして、正義感と誠実さが「躊躇」に勝った時だけ、人は告発する。

その時、以下の点の知識・配慮・決断が必要になる。

  1. どこに告発するか。窓口
  2. どのように告発するか。手続き。
  3. 匿名で告発するか実名で告発するか。
  4. 証拠は揃っているか

このような思案の前後最中で、白楽に相談してくると思われる。

つまり、告発準備の初期、あるいは実行途中で、白楽などの専門家の意見を聞く。あるいは、告発後、思うように進まないので、白楽などの専門家に相談する。

●2.【エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)の2021年8月記事】

ネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik、写真出典)のツイッター記事である。

  • 論文名:
    日本語訳:
  • 著者:Elisabeth Bik
  • 著者の紹介:エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)は有名なので紹介は省略
  • 掲載誌・巻・ページ:Elisabeth Bik (@MicrobiomDigest) August 26, 2021.
  • 発行年月日:2021年8月26日
  • 指定引用方法:
  • DOI:
  • ウェブ:https://twitter.com/MicrobiomDigest/status/1430867195014402048、保存版 https://archive.ph/FANXo

以下、ビックの文章と白楽の文章が混然一体となってしまった。少なくとも日本の事情の部分は白楽の知識・意見である。その他は・・・・。

★レックス・ブーテ(Lex M. Bouter)の講演

2021年8月25-27日、オランダで「研究公正の夏期講習会(サマーセミナー)」が開催された。 → -Summer Seminar on Research Integrity (2021)

主催はランダ研究公正ネットワーク(Netherlands Research Integrity Network (NRIN))で、アブラハム・カイパー・センター(Abraham Kuyper Center (AKC))が会場を提供した。

以下はその時のレックス・ブーテ(Lex M. Bouter)の講演動画。1時間17分15秒。英語

なお、レックス・ブーテ(Lex M. Bouter)とは:

ブーテ教授は、1982年にユトレヒト大学で修士号(生物医学)を取得後、ティルバーグおよびユトレヒトの教員養成大学で教職に従事しました。その後、マーストリヒト大学の博士課程(疫学)に入学し、1992年に疫学の教授に就任しました。(出典:「小さな研究不正は、あきれるほどの規模で蔓延しています」 | エディテージ・インサイト

ブーテ教授は、講演で、「利益相反に対処し内部告発者になる方法」を話した。それで、ビックがツイッターで告発者について述べたのである。

★レックス・ブーテ(Lex M. Bouter)の「2017年5月のAccountability in Research」論文

上記講演は文章になっていない。

ビックは、ブーテ教授の関連論文である以下の「2017年5月のAccountability in Research」論文を示した。

レックス・ブーテ(Lex M. Bouter)の「2017年5月のAccountability in Research」論文は閲覧有料なので、白楽は、要旨(無料)だけ読んだ。
 → Both Whistleblowers and the Scientists They Accuse Are Vulnerable and Deserve Protection: Accountability in Research: Vol 24, No 6

内部告発者は、ネカト調査で重要な役割を果たすが、多くの場合、深刻な損害を受ける。誤って告発された研究者も深刻な損害を受ける。

告発者も被発者も両方とも脆弱なので、十分な注意と保護が必要である。

告発する際は、注意深く慎重に進めなければならない。

告発する場合、匿名での通報は勧められない。但し、申し立てが具体的で、深刻で、もっともらしい場合は無視されない。

ネカト告発では、可能な限り透明性を保つことが重要である。時には、告発内容が間違っている場合もある。

また、悪意の告発もある。この場合、言動が不注意で、それなりの特徴があるので検出できる。

大学・研究機関は、告発者を保護する一方、相反するようだが、告発内容の間違い・虚偽を見つけなければならない。この適切なバランスをとるのは難しいが、その厳しいジレンマに直面している。

★推定無罪

「オランダ研究公正行動規範(Netherlands Code of Conduct for Research Integrity )」では、ネカトと告発されても、ネカト行為が証明されるまで被告発者は無罪とされる(推定無罪presumed innocent)。 → Netherlands Code of Conduct for Research Integrity 2018.pdf

「欧州研究公正行動規範(European Code of Conduct for Research Integrity)」でも、ネカト行為が証明されるまで被告発者は無罪とされる(“Anyone accused of research misconduct is presumed innocent until proven otherwise”) → All European Academies (2017) ‘The European Code of Conduct for Research Integrity’. ISBN:978-3-00-055767-5(出典:Fairness

白楽の感想:米国や日本ではどうなんだろう?

米国では、研究公正局・大学がネカトと結論を出す前に、研究費配分が保留されたネカト事件があった気がする。ただ、大学の結論は早くても半年はかかるだろうし、研究公正局の結論は数年かかる。

「ネカト行為があったとの証明」は、調査を担当した大学がすると思うが、ネカト調査委員会の報告時点なのか、大学学長の決定時点なのか、どの時点なのだろう? 

日本の文科省ガイドラインには推定無罪の記載はない(と思う)。

記載がないが、ネカト事件が新聞報道される場合とされない場合、新聞報道されても実名報道と匿名報道の場合、「ネカト行為があったとの証明」される前、日本では被告発者はどのように扱われるのか? 規則があるのだろうか? 規則とは別に、実際はどうなのだろうか?

★匿名での告発

ブーテ教授は、「告発する場合、匿名での通報は勧められない」としているが、その後、多くの審議を経て、状況が変わってきた。

研究公正行動規範は、申立てに説得力があり、内容をチェックできる場合、匿名でも、告発を考慮するようにと変更されてきた。

★告発者の損害

告発すると告発した人に損害がある。

ビックは以下のように書いているが、出典はわからない。下図の左下に「Pakhuis de Zwijger」(日本語で「サイレントの倉庫」という名の文化施設)とあるので、「Pakhuis de Zwijger」かもしれないと思って探したが見つからなかった。

告発者の4分の3は汚名を着せられていると感じる。

告発者の3分の2は少なくとも1回は不愉快なことを経験している。

  • 52%は精神的健康を損なった
  • 43%は告発を取り下げるよう圧力をかけられた
  • 28%は身体的健康を損なった
  • 25%は職・研究支援を失った

というわけなので、ネカト行為があると思っても、多くの人は見て見ぬふりをする、報告や告発をしないのは当然のことである。

ビックの示した上図の笛をよく見ると(以下)、吹き口にトゲがたくさんついている。つまり、「告発すると告発した人に損害がある」のだ。

★告発者の4タイプ

告発は常に正義で正しいかというとそうでもない。

告発はいろいろある。誠実な告発から、異常な告発、間違った告発、悪意の告発、完全に混乱した告発まで、ビックはたくさんのメールを受け取っている。

そして、ビックは、一人一人の告発メールをチェックするのに長時間かかる、と述べている。

ビックは告発者を4つのタイプに分けている。

1. 誠実タイプ:ネカトを誠実に懸念し、事実に基づいて通報してくる
2. 怒りタイプ:報復のため
3. マキャベリズムタイプ:自分勝手。目的のために手段を選ばない
4. 狂気タイプ:
 ・偏執狂的、妄想、ストーキングのようにしつこい、侮辱的
 ・長文で混乱した文章。太字の多用、!!!の多用

●9.【白楽の感想】

《1》サマーセミナー 

2021年8月25-27日、オランダで「研究公正の夏期講習会(サマーセミナー)」が開催された。3日間も、研究者主体の研究公正セミナーを開催する(できる)なんて、うらやましい。

日本で、研究者主体の研究公正セミナーを3日間も開催できるだろうか?

多分、独立した単独セミナーでは半日も無理で、大きな学会年会での多数あるシンポジウム・分科会の1つとしてしか成立しないだろう。というのは、講演者がいない、イヤイヤ、講演者は頼めば来るので、なんとかなるが、聴衆がいない。

研究者主体のセミナーとは異質だが、文科省やAMEDのお上主催だと、カネと権力で参加者動員をかけるので、形の上ではなんとかなっている。

《2》告発

ネカトの告発は容易ではない。告発は損で、圧倒的にバカバカしい。

それでも、研究公正の向上・維持に告発はとても重要である。

世界的にもそうだが、日本は告発する人を育成・保護・奨励する意識・システムが大きく欠けている。

「研究不正大国」ニッポンなのだから、不正を告発する誠実な人を育成・保護・奨励する意識・システムを早急に構築すべきである。

《3》相談もいろいろ 

白楽はネカトの告発者、そして、被告発者の両方から相談されている。

ただ、頂いたメールを初期の頃は素直に信用したが、現在は、幾分、慎重である。

単に暴言を吐くメール、また、脅迫メールを何回か受けとった。匿名・実名の両方だが、この場合、無視することにしている。

また、怒りのメールもかなり多い。ネカト者に強い怒りを抱いているメールである。また、大学・研究機関のネカト対応が理不尽だと強い怒りを抱いているメールも受けとった。

「怒りはエネルギー」なので、白楽は「怒り」は尊重・歓迎する。ただ、「怒り」のために常軌を逸した報復や妄想と思えるケースがそこそこある。

難しいのは、「白楽の行動を試す」相談メールや相談と見せかけた作り話・虚偽の相談メールである。「ねつ造・改ざん」の研究・解説をしている白楽が、ネカト行為に協力したり、虚偽メールにダマされては面目ない。

上記のような異様な相談を除き、白楽は、2段階で対応している。1段目は、真摯に対応する。

「ビックは、一人一人の告発メールをチェックするのに長時間かかる」と述べているが、白楽も「長時間かかる」。でも、真摯に対応する。

なお、ネカト論文名を示してくれないと、相談内容が作り話なのか、本当なのか、白楽にはわからない。しかし、ネカト論文名を示せば、相談者の特定につながる。それを恐れてだと思うが、論文名を示さない相談者がそこそこいる。その場合、仕方ないので一般的な返事になる。

そして、問題が深刻な場合、白楽は本気で対応する。例えば、 → 5C 名古屋大学・博士論文の盗用疑惑事件:① 驚愕の判定 | 白楽の研究者倫理

この場合、個々の事例を学ぶことで、問題点を示し、日本全体の研究公正の向上・維持に役立てたい。それで、相談者の許可が得られる限り、全情報をウェブ上に公開している。

2段目に入る時、相談内容が信用できることを確認したい。それで、「内容が信用できるという」情報を提供してくださいとお願いしたら、メールが途絶えたことが少数だがあった。

これらの場合、相談者が白楽を信用しなかったのか、白楽を「おちょくろう」としたのかわからない。白楽は、2段目に入れない(入らなかった)。

人生いろいろ、相談もいろいろ、です。

https://twitter.com/nature/status/1466133609253904387

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●10.【コメント】

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