2023年2月25日掲載
ワンポイント:ヒュッテルはドイツ地球科学研究センター (GFZ)・所長で、ドイツ政府の科学政治顧問になり、ドイツで大きな権力を持つトップ科学者の1人になった。2020年10月xx日(63歳)、内部通報で金銭不正が発覚。検察庁の汚職担当部署が調査し、裁判でクロと裁定され、罰金刑が科された。並行して、多数の要職を辞任・解任となった。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。
ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
ーーーーーーー
●1.【概略】
ラインハルト・ヒュッテル(Reinhard Hüttl、ORCID iD:?、写真出典)は、ドイツのドイツ地球科学研究センター (GFZ)・所長で、ドイツ政府の科学政治顧問になった。専門は土壌科学である。
毎日新聞の記事に「ラインハルト・ヒュッテル」と記載されていたので、その読み方を使用した。
2020年10月xx日(63歳)、ドイツ地球科学研究センター (GFZ)は、ヒュッテルが金銭不正をしていたと発表した。
2021年1月(64歳)、検察は、捜査官50人以上が、ベルリンとポツダムにあるヒュッテルの自宅と事務所を、詐欺、背信、公務員による利益の不法受諾の疑いで家宅捜索した。
ヒュッテルは、ドイツ地球科学研究センター(GFZ)・所長を解任され、ベルリン・ブランデンブルク科学人文科学アカデミー(BBAW)・副会長を辞任し、他の複数の要職を次々と辞任した(解任された)。
2021年11月18日(64歳)、ポツダム地方裁判所はヒュッテルがドイツ地球科学研究センター(GFZ)の所長在任中に、金銭不正をしたと裁定し、58,800ユーロ(約706万円)の罰金刑を命じた。
本事件は、ネカト・クログレイ・性不正・アカハラ事件ではない。研究「費」の不正使用事件でもない。研究者が地位を利用して行なった金銭不正である。
日本では、研究「費」の不正使用を「研究不正」と分類する人がいる。
文部科学省は、研究「費」の不正使用を「研究不正」とはしていない。しかし、犯罪という扱いではなく、文部科学省が管轄する「研究上の不正行為」という位置づけである。 → 研究機関における公的研究費の管理・監査:文部科学省
しかし、外国(主に欧米先進国)では、研究「費」の不正使用を含め、研究者が地位を利用して行なった金銭不正は犯罪であって、研究不正(research misconduct)ではない。類似行為としても扱っていない。
皆さんご存知のように、米国の研究公正局は、研究「費」の不正使用を含め、研究者が地位を利用して行なった金銭不正を事件として扱かっていない。
上記の理由により、白楽ブログでは研究者が地位を利用して行なった金銭不正を「ネカト・クログレイ」として扱わない。
研究者が地位を利用して行なう金銭不正は、ネカトと同じ程度の頻度で外国でも発生していると思うが、白楽は、「ネカト・クログレイ」事件との対比で、まれに記事にするだけである。
今回は、ドイツ政府の科学政治顧問で、ドイツのトップ科学者の研究職での金銭不正なので、記事にした。
ドイツ地球科学研究センター (GFZ:Deutsches GeoForschungsZentrum、German Research Centre for Geosciences)。写真出典
- 国:ドイツ
- 成長国:ドイツ
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:フライブルク大学
- 男女:男性
- 生年月日:1957年1月1日
- 現在の年齢:67歳
- 分野:土壌科学
- 不正期間:不明。数年間?
- 発覚年:2020年(63歳)
- 発覚時地位:ドイツ地球科学研究センター・所長、ドイツ政府の科学政治顧問
- ステップ1(発覚):第一次追及者は内部の人で詳細不明。ドイツ地球科学研究センターへ公益通報
- ステップ2(メディア):「Science」。追従記事なし
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ドイツ地球科学研究センター。②検察庁。③裁判所
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。検察庁が扱った刑事事件
- 大学の透明性:該当せず(ー)。検察庁が扱った刑事事件
- 不正:犯罪「金銭不正」
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:複数の要職を次々と解任
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 1957年1月1日:ドイツのレーゲンスブルクで生まれた
- 1978年(21歳):アルバート ルートヴィヒ大学(Kanpur)で学士号取得:森林と土壌科学
- 1986年(29歳):フライブルク大学(Christian Medical College & Hospital)で研究博士号(PhD)を取得:土壌科学
- 1992~1995年(35~38歳):森林生態学研究所の所長
- 1993年1月(36歳)~20xx年(xx歳):ブランデンブルク工科大学(BTU)・教授
- 2005年~2008年2月(48~51歳):ドイツ工学アカデミー(acatech – Wikipedia)・副会長
- 2008年10月~2017年2月(51~60歳):同・会長
- 20xx年(xx歳):ドイツ地球科学研究センター (GFZ:Deutsches GeoForschungsZentrum、German Research Centre for Geosciences)・所長
- 20xx年(xx歳):ベルリン・ブランデンブルク科学人文科学アカデミー (BBAW:Berlin- Brandenburg Academy of Sciences and Humanities)・副会長
- 2009年~2012年(52~55歳):生物経済評議会 (BÖR:Bioökonomierat)・議長
- 2020年10月xx日(63歳):金銭不正が発覚
- 2021年1月26日(64歳):ドイツ地球科学研究センター (GFZ:Deutsches GeoForschungsZentrum、German Research Centre for Geosciences)・所長を解任
- 2021年2月1日(64歳):ベルリン・ブランデンブルク科学人文科学アカデミー (BBAW:Berlin- Brandenburg Academy of Sciences and Humanities)・副会長を辞任
- 2021年2月xx日(64歳)~現在:ベルリンにある欧州エネルギー革新社(European Energy Innovation GmbH)の営業部長
- 2021年11月18日(64歳):ポツダム地方裁判所で詐欺を認め罰金刑の有罪
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
講演動画:「Reinhard F. Hüttl: Planet Erde – unser Lebens- und Gestaltungsraum – YouTube」(英語)59分1秒。
Deutsches Museum(チャンネル登録者数 2.58万人)が公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
本記事の内容は「Science」記事に大きく依存している。 → 2021年2月17日のヒネルク・フェルドウィッシュ・ドレントラップ(Hinnerk Feldwisch-Drentrup)記者の「Science」記事:Top German geoscientist fired after police raid, faces allegations of financial crimes | Science | AAAS
★ドイツのトップ科学者
ラインハルト・ヒュッテル(Reinhard Hüttl)は、ドイツ科学界の頂点に上り詰めた土壌科学者である。
ドイツ地球科学研究センター (GFZ:Deutsches GeoForschungsZentrum、German Research Centre for Geosciences) の所長で、1,200 人以上のスタッフと、年9,500万ユーロ(約114億円)のお金を動かしていた。
ヒュッテルはまた、ドイツのドイツ工学アカデミー(acatech – Wikipedia)の副会長、国内で最も権威のある州立アカデミーであるベルリン・ブランデンブルク科学人文科学アカデミー (BBAW:Berlin- Brandenburg Academy of Sciences and Humanities)の副会長など、多数の要職についていた。
生物経済評議会の委員として、ヒュッテルはアンゲラ・メルケル政権の科学顧問だった。福島原発事故の後、原発からの撤退をメルケル首相に助言したのはヒュッテルである。
https://www.welt.de/politik/deutschland/plus225357939/Ermittlung-gegen-Spitzenforscher-Reinhard-Huettl-Erdbeben-in-Potsdam.html
https://www.tagesspiegel.de/wissen/ehemaliger-chef-des-geoforschungszentrums-potsdam-und-berater-der-kanzlerin-bestraft-4294672.html
★発覚
2020年10月xx日(63歳)、ドイツ地球科学研究センター (GFZ)はヒュッテルが金銭不正をしていたと発表した。
不正の発覚は、研究センター内職員からの内部告発だった。
ドイツ地球科学研究センター (GFZ)はヒュッテルの所長職を解任し、施設への立ち入りを禁止した。
ブランデンブルク州検察庁の汚職担当部署が事件を担当し、他の2人の容疑者の捜査も開始した。
★捜査
2021年1月(64歳)、検察は、捜査官50人以上でベルリンとポツダムにあるヒュッテルの自宅と事務所を、詐欺、背信、公務員による利益の不法受諾の疑いで家宅捜索した。
科学分野でこれほど大規模な捜査は珍しい。
2021年1月26日(64歳)、ドイツ地球科学研究センター (GFZ)・理事会は、信頼できる状況ではないとして、ヒュッテルを所長から解任した。
ドイツ地球科学研究センター (GFZ)の予算の大部分をになうドイツ連邦教育研究省 (BMBF)は、ヒュッテルとの契約を打ち切った。
2021年2月17日(64歳)の時点では、検察は、ヒュッテルを起訴するかどうかをまだ決定していなかった(後に起訴した)。ただ、この時点でのヒュッテルの犯罪行為は数件もあり、しかも多様だと思われた。
★「金銭不正」は少なくとも3件
最初に書いておくが、ヒュッテル(写真出典)のような公務員は、副業で有給の仕事をすることはできる。しかし、所属機関からの許可が必要である。
ヒュッテルの副業・金銭不正は多様だったようだ。
なお、「Science」誌が要求しても、ヒュッテルは副業のリストを提供しなかったので、副業全体は公表されていない。[白楽の印象:金銭不正全体も公表されていない気がする]
白楽ブログでは、以下の3件に絞って金銭不正を解説するが、これらの金銭不正のうち、副業についてはドイツ地球科学研究センター (GFZ)の承認を得ていたとヒュッテルは主張している。
一方、ドイツ連邦教育研究省 (BMBF) の広報担当者は、ヒュッテルの副業を承認していなかった、と述べている。
1件目。
ヒュッテルは、私的な旅行と食事の費用をドイツ地球科学研究センター (GFZ)、ドイツ工学アカデミー(acatech)、ブランデンブルク工科大学に請求していた。
ヒュッテルは、書類が押収されていて不正ではないことを現在は証明できないと弁明し、不正を否定している。
2件目。
捜査令状はまた、ヒュッテルが助成金支給の見返りに、ドイツのノビハム・テクノロジーズ社(Novihum Technologies)から株式のオプションとキックバックを違法にもらったと指摘している。白楽は金額を把握できていない。
ヒュッテルは、この疑惑も否定している。
3件目。
中国の国有送電網に関連する2つの組織、グローバル・エネルギー相互接続開発協力機構 (GEIDCO) とグローバル・エネルギー相互接続研究所 (GEIRI) は、どちらも世界規模のスーパーグリッドを求めてロビー活動を行っている。
ヒュッテルが中国に私的観光した旅行費用を、GEIDCOとGEIRIが支払った。
2018年(61歳)には、GEIDCOの責任者であり、国家電力網会社の責任者を長年務めたリョウ・チンヤー(刘振亚、劉振也、Liu Zhenya)がドイツ工学アカデミー(acatech)の会員に選出された。ヒュッテルがリョウ・チンヤーをアカデミー会員に指名したと推察されている。
ヒュッテルは、これらの疑惑も否定している。
なお、米国は科学界から中国の影響を排除しようとしているが、欧州先進国はこの問題をほとんど無視している。 → Chinese ties don’t faze European funders | Science | AAAS
★起訴・裁判
2021年11月xx日(64歳)、ブランデンブルク州検察官は、経費請求に関連する 21件の詐欺でヒュッテルを起訴した。
検察は当初、ヒュッテルが中国の組織から違法な利益を受け取ったという申し立ても調査した。しかし、ヒュッテルはその主張に異議を唱え、検察はこの容疑での起訴はしなかった。
2021年11月18日(64歳)、ポツダム地方裁判所はヒュッテルがドイツ地球科学研究センター (GFZ)の所長に在任中に、金銭不正をしたと認定し、58,800ユーロ(約706万円)の罰金刑を命じた。
ヒュッテルはこの略式処罰に異議を唱えないと述べた。
ヒュッテルは以前、詐欺の申し立てに異議を唱えると主張していたが、法廷では、必要な注意を払わずに費用を請求し、仕事量が多かったために間違いを犯しましたと詐欺を認めている。
略式処罰で罰金刑を受け入れたことで、公開裁判を回避できたから、罰金刑を受け入れたと思われる。とはいえ、罰金刑は法的拘束力を持ち、有罪判決と同等とみなされる。
バーデン・ヴュルテンベルク州警察学校のトーマス・シュレーダー刑事弁護士(Thomas Schröder)は、「略式処罰の罰金刑で十分だった事件はいくつもあります。どうやらヒュッテルは、私的な食事や旅行費用を公費に計上するというやり方で税金を私物化していたようです。このため、彼は高額の罰金を科せられ、詐欺の前科者となりました」と解説した。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
ネカト・クログレイ・性不正・アカハラではないので、省略。
●7.【白楽の感想】
《1》超超上級国民
ラインハルト・ヒュッテル(Reinhard Hüttl)はドイツ政府の科学政治顧問で、ドイツ地球科学研究センター (GFZ)・所長だった。ドイツでは大きな権力を持つトップ科学者の1人である。
その所長の金銭不正で、検察は、捜査官50人以上でベルリンとポツダムにあるヒュッテルの自宅と事務所を、詐欺、背信、公務員による利益の不法受諾の疑いで家宅捜索した。
ヒュッテルはメルケル首相とも通じる「超」上級国民である。これは、さぞかし巨額の金銭不正だと予想して、白楽は事件を読み解き始めた。
しかし、裁判では、私的な食事や旅行費用を公費に計上した21件の詐欺罪で罰金額は58,800ユーロ(約706万円)だった。
予想に反して金額は数桁少ない。数字を間違えたかと思った。
氷山の一角だけで、一罰百戒にしたのか、この金額が全事実なのか、白楽にはわからない。でも、腑に落ちない。
追求すると、「他の多数」の「超」上級国民もクロとなりそうで、捜査を打ち切った、と邪推してしまう。
https://wirautomatisierer.industrie.de/smart-factory/das-kommt-einer-kopernikanischen-wende-in-den-fabrikhallen-gleich/
《2》管轄
ヒュッテル事件は、ネカト・クログレイ・性不正・アカハラ事件ではない。研究「費」の不正使用でもない。研究者が地位を利用して行なった金銭不正である。
白楽ブログでは研究者が地位を利用して行なった金銭不正を「研究不正」としては扱わないが、日本では研究者の研究「費」不正使用を「研究不正」と分類する人がいる。
文部科学省は、研究「費」の不正使用を「研究不正」とはしていない。しかし、犯罪という扱いではなく、文部科学省が管轄する「研究上の不正行為」という位置づけである。 → 研究機関における公的研究費の管理・監査:文部科学省
文部科学省の上記サイトの冒頭に、「文部科学省では、研究費の不正使用等の防止について積極的に取り組んでいます」と、研究「費」の不正使用の防止に熱心である。
しかし、外国(主に欧米先進国)では、研究「費」の不正使用を含め、研究者が地位を利用して行なった金銭不正は犯罪であって、研究不正(research misconduct)ではない。類似行為としても扱っていない。
皆さんご存知のように、米国の研究公正局は、研究「費」の不正使用を含め、研究者が地位を利用して行なった金銭不正を事件として扱わない。
白楽は、犯罪の分類や定義を十分把握していないが、日本のあり方がおかしいと感じている。文部科学省は国際基準に適合した施策に修正すべきである。
研究「費」の不正使用を含め、研究職での金銭不正は詐欺罪など、刑事事件として、検察が捜査すべき犯罪だと思う。
今日の「ひとりごと」
日本学術振興会は「科学研究費助成事業に係る不正使用について」として、研究費の不正使用を「研究公正(Research Integrity)」違犯として扱っている。https://t.co/kihsxZikuv
これはヘンです。
米国では「研究公正(Research Integrity)」で扱わない。再考願いたい。
— 白楽ロックビル (@haklak) February 1, 2023
ーーーーーーー
日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。しかし、もっと大きな視点では、日本は国・社会を動かす人々が劣化している。どうすべきなのか?
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓
ーーーーーー
●9.【主要情報源】
① ウィキペディア・ドイツ語版:Reinhard Hüttl – Wikipedia
② 2021年2月1日のヒネルク・フェルドウィッシュ・ドレントラップ(Hinnerk Feldwisch-Drentrup)記者の「WELT」記事:Ermittlung gegen Spitzenforscher Reinhard Hüttl: Erdbeben in Potsdam – WELT
③ 〇2021年2月17日のヒネルク・フェルドウィッシュ・ドレントラップ(Hinnerk Feldwisch-Drentrup)記者の「Science」記事:Top German geoscientist fired after police raid, faces allegations of financial crimes | Science | AAAS
④ 2021年12月1日のヒネルク・フェルドウィッシュ・ドレントラップ(Hinnerk Feldwisch-Drentrup)記者の「Science」記事:Top German geoscientist fined after facing charges of fraudulent expense claims | Science | AAAS
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
注意:お名前は記載されたまま表示されます。誹謗中傷的なコメントは削除します