2017年3月7日掲載。
ワンポイント:2014年(51歳?)、カナダの著名な乳がん生物学者(女性)で、ブリティッシュコロンビア大学・準教授の2005-2012年の12論文に、16個のねつ造・改ざんが見つかった。大学は調査結果を公表しなかった。大学を辞職し、自分の会社の社長になった。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
サンドラ・ダン(Sandra E. Dunn、写真出典)は、カナダのブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia in Vancouver)・医学部・準教授で、専門は乳がん生物学だった。医師ではない。約80報の論文を出版し、70人の学生を育て、2つの国際特許を持つ著名ながん研究者である。
2013年(50歳?)、データのねつ造・改ざん疑惑が発生し、サンドラ・ダンは論文の再現実験をしたが、再現できなかった。
2014年(51歳?)、ブリティッシュコロンビア大学は調査の結果、サンドラ・ダンの2005-2012年の12論文に16個のねつ造・改ざんを見つけたが、調査結果を公表しなかった。
ブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia in Vancouver)。写真出典
ブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia in Vancouver)・医学部。写真出典
- 国:カナダ
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:ノースカロライナ州立大学
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1963年1月1日生まれとする。1981年の大学入学時を18歳とした
- 現在の年齢:61 歳?
- 分野:乳がん生物学
- 最初の不正論文発表:2005年(42歳?)
- 発覚年:2013年(50歳?)
- 発覚時地位:ブリティッシュコロンビア大学・準教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)の大学への公益通報
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ブリティッシュコロンビア大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:12報。2017年2月17日現在、1報も撤回されていない
- 時期:研究キャリアの中期から
- 研究費:少なくとも110万カナダ・ドル(約1億1千万円)。主な内訳 → ①2009-2015年には少なくとも110万カナダ・ドル(約1億1千万円)の政府研究助成金
- 結末:辞職
写真出典
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1963年1月1日生まれとする。1981年の大学入学時を18歳とした
- 1981年 – 1985年(18-22歳?):米国・ノースカロライナ州のハイラム大学(Hiram College)を卒業
- 1985年 – 1990年(22-27歳?):分析化学者として企業や政府で働く
- 1990年 – 1992年(27-29歳?):米国のノースカロライナ州立大学(North Carolina State University)で修士号(Master’s degree)を取得した
- 1992年 – 1995年(29-32歳?):米国のノースカロライナ州立大学(North Carolina State University)で研究博士号(PhD)を取得した。専攻:毒性学とバイオテクノロジー。ジョン・カレン教授(John Cullen)
- 1995年 – 2000年(32-37歳?):NIHポスドク。カール・バラット研究室(J. Carl Barratt)
- 2001年9月 (37歳?):カナダのブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia)・医学部・準教授
- 2012年1月 – 現在(49歳-):フェニックス分子デザイン社設立・社長(Phoenix Molecular Designs)
- 2013年(50歳?):データのねつ造・改ざん疑惑が発生し、サンドラ・ダンは論文の再現実験をしたが、再現できなかった
- 2014年(51歳?):ブリティッシュコロンビア大学は調査の結果、サンドラ・ダンの2005-2012年の12論文に16個のねつ造・改ざんを見つけたが、調査結果を公表しなかった。
- 2015年1月(52歳?):ブリティッシュコロンビア大学・準教授を辞職
●4.【日本語の解説】
ネカト事件の解説はなかった。サンドラ・ダンの研究論文の紹介があった。
★2015年4月16日:浦岡胃腸クリニック「“IGF-1”を抑えてガンの進行を止められるか?」
出典 → “IGF-1”を抑えてガンの進行を止められるか? (保存版)
全米環境医学研究所のサンドラ・ダン氏は、医学専門誌「Cancer Research」に、膀胱癌のネズミに与える餌を20%カットしたところ、血液中のIGF-1が24%低下し、同時にガンの進行も止まったと報告しました。
さらに、IGF-1の濃度を元へ戻してみると、ガン細胞が再び増え始めたため、ガンの進行にはIGF-1が深く関わっていると結論しました。
ダン氏は遺伝子操作によって癌抑制遺伝子p53が欠損しているネズミを作成し、発癌物質を与えて、膀胱癌をつくることに成功。この膀胱癌ネズミを対象に、IGF-1の血中濃度を低く抑える経口薬の研究開発に取り組んでいるそうです。
もし成功すれば、ガンの進行を止める藥ができるという期待が高まっています。
★記事日不明:著者不明「癌の成長を促すホルモン」
出典 → ダイエットでガン予防 (保存版)
NIEHSの研究者サンドラ・ダンによれば、IGF-1は、ヒト成長ホルモンの1種で、人間の体の長い骨の部分の成長を促すという。
つまり、成長期に身長を伸ばすためには欠かせないホルモンだということになる。
今回の研究は、膀胱癌だけを対象にしているが、そこから得られたデータは、すべての癌にも当てはまるはずだ、とNIEHSの科学者たちは語っている。
医学専門誌『癌研究(Cancer Research)』に発表した論文で、ダンは次のように報告している。
膀胱癌にかかったネズミに与えるえさのカロリーを20%低くしたところ、IGF-1の血中濃度は24%も低下した。さらに驚くべきことに、その過程で癌の進行そのものもストップしてしまったのだ。
だが、これだけでは、IGF-1と癌の進行に直接の因果関係があるかどうかはわからない。
そこで、科学者たちは、今度は「ダイエット」をさせていたネズミで、IGF-1の濃度を前と同じレベルにまで戻してみた。
すると、癌細胞がまた増え始めたので、今度こそIGF-1が癌の進行と直接関係しているという動かぬ証拠が得られたというわけだ。
つまり、膀胱癌にかかったネズミの体内で、腫瘍の成長に歯止めがきかなくなったり、癌細胞が転移したりするのは、IGF-1の作用にほかならないことが確認されたのである。
人間の癌細胞には、p53という癌抑制遺伝子が欠けているケースが多い。
そこで、ダンは遺伝子操作によって、この遺伝子を生まれつき欠いたネズミをつくった。
そして、発癌物質をこのネズミに与えて、人間の膀胱癌にきわめてよく似た膀胱癌を誘発させたのである。
これなら、人体実験をしなくとも、人間の癌のメカニズムにかなり食い込むことができる、とダンは考えたわけだ。
問題は、こうして得られた知識をどのように応用するかだ。ダン自身は、IGF-1の血中濃度を低く抑えるような経口薬を開発すれば、ぼうこう癌だけでなく、あらゆる種類の癌の成長を阻むことができると考えている。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
以下の記述は、主に、「Science」記事を参考にした。
→ 2016年12月14日のアナ・コムネニック(Ana Komnenic)の「Science」記事:In Canada, case spurs concern over misconduct secrecy(保存版)
★カナダの秘密主義
2013年初頭、カナダのブリティッシュコロンビア大学のある研究室は、出版した論文にネカト疑惑が発生し、論文の再現実験をしたが、再現できなかった。
2014年、ブリティッシュコロンビア大学は調査の結果、その研究室の論文に29個の異常なデータを見つけた。内、16個はデータねつ造・改ざんを含む悪質なものだった。
その研究室は、2005 - 2012年に12論文を発表し、政府や民間のグラントを10件以上受給していた。
ブリティッシュコロンビア大学は調査結果を公表しなかったばかりか、ネカト研究者の名前も公表しなかった。この隠ぺい体質に、事件を知る研究者は大いに落胆した。
そうこうしているうちにネカト研究者は大学を辞めてしまった。
カナダでは、大学と研究助成機関はネカト者の名前を公表する義務はない。
ブリティッシュコロンビア大学は、明白な公共利益がない限り個人情報を開示することを禁じるブリティッシュコロンビア州の個人情報保護法に縛られている。
大学は、それをいい口実に、情報を開示しない。オタワ大学(University of Ottawa)のアマー・アタラン法律・生物学教授(Amir Attaran、写真同)は、「個人情報保護を盾に所属教員の不正を隠蔽している」と指摘している。
カナダのシステムは、ネカト調査の透明性が欠けている。秘密主義のために、ネカト論文は周知されず、撤回されない。その研究者がネカトしたことを知らされないので、相変わらず、研究助成や寄付され続ける。
★ネカトが周知されない弊害
前項で問題視されたネカト者は、今さら言わなくてもわかると思うが、サンドラ・ダン(Sandra Dunn)である。
サンドラ・ダンは約15年間もブリティッシュコロンビア大学で研究室を主宰し、2009-2015年には少なくとも110万カナダ・ドル(約1億1千万円)の政府研究助成金を得て、カナダ乳がん研究プロジェクトを運営した。
2015年(52歳?)、ブリティッシュコロンビア大学がネカト調査を終えた時、サンドラ・ダンはブリティッシュコロンビア大学を辞め、2012年に自分が設立したフェニックス分子デザイン社(Phoenix Molecular Designs)の社長に移籍した。
フェニックス分子デザイン社は、がんの医薬品開発をしているが、癌で亡くなった遺族や支援者から寄付金を集めて研究をしている。
寄付者の大半は、サンドラ・ダンのネカト行為を知らない。ブリティッシュコロンビア大学はサンドラ・ダンを支援する15団体に、「必要だから」、ブリティッシュコロンビア大学に連絡してくださいと伝えている。
撤回監視がそのうちの10団体に連絡したところ、サンドラ・ダンのネカト行為を知っていたのは1団体だけだった。
バンクーバーの団体・「Michael Cuccione Foundation」は、何年にも渡ってフェニックス分子デザイン社を支援してきたが、「ブリティッシュコロンビア大学はサンドラ・ダンのネカト行為を知らせてくれなかった」と答えたし、他の1団体は、「そんなこと知りたくなかった」と答えた。
モントリオール大学のポール・エベール(Paul Hébert、写真同)は次のように述べている。
大学は、個人情報保護と透明性の必要性という微妙なバランスに直面しています。ネカト行為は“極めて破壊的です”。ネカトの嫌疑がかけられるのは、研究者にとってとても危険です。
とても危険ではあるが、カナダの現行のネカト監視システムは改善すべきでしょう。現状では、透明性がほとんどありません。そして、大学のネカト調査にポリシーが全くないのです。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
2014年(51歳?)、ブリティッシュコロンビア大学は調査の結果、サンドラ・ダンの2005-2012年の12論文に16個のねつ造・改ざんを見つけたが、調査結果を公表しなかった。
つまり、どの論文の何がどのようにねつ造・改ざんされたのか、公式発表がない。
仕方がないので、パブピアで探った。「2008年のCancer Res.」論文と「2010年のCancer Res.」論文を以下に詳しく見よう。
★「2008年のCancer Res.」論文
「2008年のCancer Res.」論文の書誌情報を以下に示す。2017年2月17日現在、撤回されていない。
- Targeting YB-1 in HER-2 overexpressing breast cancer cells induces apoptosis via the mTOR/STAT3 pathway and suppresses tumor growth in mice.
Lee C, Dhillon J, Wang MY, Gao Y, Hu K, Park E, Astanehe A, Hung MC, Eirew P, Eaves CJ, Dunn SE.
Cancer Res. 2008 Nov 1;68(21):8661-6. doi: 10.1158/0008-5472.CAN-08-1082.
PMID:18974106
どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。
2016年12月14日に、図2の電気泳動バンドがおかしいと、指摘された「Peer 1: ( December 14th, 2016 4:58pm UTC )」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/08C4E058D5230D96CF2C60BE69F439#fb113153
2016年12月19日に、図1の電気泳動バンドもおかしいと、指摘された「Peer 1: ( December 19th, 2016 9:29am UTC )」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/08C4E058D5230D96CF2C60BE69F439#fb113492
示されたねつ造・改ざんは、同じバンドを別の試料に使ったことだ。これは、明白なねつ造である。ただ、小さなねつ造に見える。逆にとらえると、巧妙である。
★「2010年のCancer Res.」論文
「2010年のCancer Res.」論文の書誌情報を以下に示す。2017年2月17日現在、撤回されていない。
- Y-box binding protein-1 induces the expression of CD44 and CD49f leading to enhanced self-renewal, mammosphere growth, and drug resistance.
To K, Fotovati A, Reipas KM, Law JH, Hu K, Wang J, Astanehe A, Davies AH, Lee L, Stratford AL, Raouf A, Johnson P, Berquin IM, Royer HD, Eaves CJ, Dunn SE.
Cancer Res. 2010 Apr 1;70(7):2840-51. doi: 10.1158/0008-5472.CAN-09-3155.
PMID:20332234
どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。
2016年12月14日に、図3Bの電気泳動バンドがおかしいと、指摘された「Peer 1: ( December 14th, 2016 4:58pm UTC )」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/E7D90875A178E97406862834D0B7ED#fb113160
同じバンドが並んでいてねつ造・改ざんは単純にわかる。これはマズい。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2017年3月6日現在、パブメド(PubMed)で、サンドラ・ダン(Sandra E. Dunn)の論文を「Sandra E. Dunn [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2016年の14年間の52論文がヒットした。
「カナダのDunn SE」、つまり、「(Dunn SE [Author]) AND canada[Affiliation]」で検索した。この検索方法だと、1996~2016年の21年間の70論文がヒットした。こちらの方が妥当な印象だ。
2017年3月6日現在、パブメドの論文リストでは撤回論文はゼロだった。
2017年3月6日現在、「パブピア(PubPeer)」ではサンドラ・ダン(Sandra E. Dunn)の6論文にコメントされている:PubPeer – Results for Sandra E. Dunn
●7.【白楽の感想】
《1》報道刑と透明性
ネカト疑惑を公表するかどうかは、報道刑と透明性の板挟みになる。
どの段階であろうとも、報道されれば、問題視された研究者の研究キャリアは大きく傷つき、研究に支障がでる。それでもって、調査の結果、シロと判定されても、誰も損害をカバーしてくれない。
一方、早期の報道で、その後の犠牲者を防止できる。調査の透明性が高くなる。知らないで研究室を選ぶ院生、共同研究、研究助成をしてしまう犠牲者を防げる。
今回のサンドラ・ダン事件では、ブリティッシュコロンビア大学は調査の結果、サンドラ・ダンの2005-2012年の12論文に16個のねつ造・改ざんを見つけた。しかし、調査結果を公表しなかった。サンドラ・ダンの名前も公表しなかった。
この場合、クロなのだから、明らかにマズイ。大学の秘匿行為を糾弾し、担当者を処分すべきレベルだ。
ただ、疑惑から決定までのどの段階で発表(報道)するのか? 一般的に、その判断が難しい時もある。
2017年1月19日の記事(【主要情報源】④)では、サンドラ・ダンは次のように批判している。
ブリティッシュコロンビア大学は、予備調査の未熟な段階で間違った結論を下しています。幾つかの実験が再現できないと暗示され、論文に意味ありげな間違い(ねつ造・改ざん)があると結論したのです。
ブリティッシュコロンビア大学の調査の結論は、間違っていたのだろうか?
なお、ブリティッシュコロンビア大学は、ネカト者はサンドラ・ダンですと、いまだに、発表していない。していないが、今となっては、既知となってしまった。
https://web.archive.org/web/20161009025751/http://phoenixmd.ca/
http://vancouversun.com/news/local-news/scientist-criticized-by-ubc-probe-condemns-investigation-process
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●8.【主要情報源】
① 2016年12月14日のアナ・コムネニック(Ana Komnenic)の「Science」記事:In Canada, case spurs concern over misconduct secrecy(保存版)
② 2016年12月14日のアナ・コムネニック(Ana Komnenic)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Prominent cancer researcher committed nearly 30 acts of misconduct – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2016年12月16日のランディ・ショア(Randy Shore)とダン・フマノ(Dan Fumano)の「Vancouver Sun」記事:Scientist criticized by UBC probe condemns investigation process | Vancouver Sun(保存版)
④ 2017年1月19日のフィリップ・ラファエル(Philip Raphael)の「Richmond News」記事:Richmond breast cancer researcher defends her work(保存版)
⑤ 「パブピア(PubPeer)」ではサンドラ・ダン(Sandra E. Dunn)の6論文にコメントされている:PubPeer – Results for Sandra E. Dunn
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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