2024年7月15日掲載
ワンポイント:2024年5月7日(53歳)、コルチャドは裏工作してサラマンカ大学の学長に選出された。彼の学術的名声は、非常に多い被引用数によるものだった。しかし、これは、自分の論文の引用を部下に長年強要、多数の学会抄録で多量の自己引用など、極端な引用操作の結果だった。論文工場(?)もあるかも。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。
【追記】
・2024年10月16日記事:75論文が撤回:Juan Manuel Corchado: La editorial Springer Nature retira 75 estudios del rector de Salamanca y sus colaboradores por prácticas fraudulentas | Ciencia | EL PAÍS
・2024年9月23日記事:Report for Spanish Ethics Committee confirms ‘systematic manipulation’ of Salamanca University rector’s resume | Science | EL PAÍS English
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
フアン・コルチャド(Juan Corchado、Juan Manuel Corchado、Juan M. Corchado Rodríguez、ORCID iD:0000-0002-2829-1829、写真出典)は、スペインのサラマンカ大学(Universidad de Salamanca)・教授で、2か月前の2024年5月7日(53歳)、学長に選任された。専門は人工知能学(コンピュータ学)である。
学長選も含め、コルチャドは「ズルイこと、汚いこと、ウソ」をいろいろしている。ここでは、詐欺的な学術不正(異常な引用操作:Citation manipulation)を中心に扱う。
2022年3月(50歳)、米国の「撤回監視(Retraction Watch)」のダルミート・チャウラ記者(Dalmeet Singh Chawla)が、コルチャドの大量の引用操作を最初に記事にした。
2年たった。
2024年3月7日(52歳)、サラマンカ大学のリカルド・リベロ学長(Ricardo Rivero)が突然、学長を辞任した。その後、すぐに、コルチャドは学長に立候補した。
これを機に、スペインの「エル・パイス(EL PAÍS)」新聞のマヌエル・アンセデ(Manuel Ansede)記者が、コルチャドの悪行を記事に掲載し始めた。
悪行の1つは、学長辞任はコルチャドが学長になるために仕組まれたものと指摘し、裏工作があったと記事にした。
また、別の悪行として、異常な引用操作を指摘した。
しかし、結局、2024年5月7日(53歳)、コルチャドは学長に選出され、2024年5月31日(53歳)、学長に就任した。
引用操作は詐欺的な学術不正だと思えるが、スペインも世界のどの国も、研究不正だと規則で定めてはいない。
今回の白楽記事では、異常な引用操作の問題を認識してもらえるように、コルチャドの引用操作を具体的に示した。
2024年6月11日、スペイン研究規範委員会(Spanish Research Ethics Committee)は調査結果をまとめ、「サラマンカ大学に対し、コルチャドの悪質な慣行(つまり引用操作)に対して調査し制裁を科すよう促した」。
2024年7月14日現在、しかし、その後、事態は変化していない。コルチャドは学長を続け、何ら処罰を受けていない。
サラマンカ大学(Universidad de Salamanca)。白楽が訪問時に撮影。サラマンカ大学は1218年設立の世界で最古の大学の1つだが、現代的な建物群の明るいキャンパスだった。
サラマンカ大学(Universidad de Salamanca)のバル(食堂)でいただいたランチの小皿料理。訪れた時間がスペインのランチ時間ではなかったようで、メニューが貧弱でした。白楽が訪問時に撮影。
- 国:スペイン
- 成長国:スペイン
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:①サラマンカ大学、②英国の西スコットランド大学
- 男女:男性
- 生年月日:1971年5月15日
- 現在の年齢:53歳
- 分野:人工知能学(コンピュータ学)
- 不正論文発表:xxxx~2023年(xx~51歳)のxx年間(長年)
- ネカト行為時の地位:サラマンカ大学・教授
- 発覚年:2022年(50歳)
- 発覚時地位:サラマンカ大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は「撤回監視(Retraction Watch)」のダルミート・チャウラ記者(Dalmeet Singh Chawla)。「エル・パイス(EL PAÍS)」新聞のマヌエル・アンセデ(Manuel Ansede)記者も追及者として重要
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「EL PAÍS」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①スペイン研究規範委員会(Spanish Research Ethics Committee)
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:調査していない(✖)
- 不正:引用操作(論文工場?)
- 不正論文数:xx報。撤回論文は0報
- 時期:研究キャリアの中期(?)から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 対処問題:?
- 特徴:学長に就任した有力教授の長年の詐欺的な引用操作
- 日本人の弟子・友人:松井謙二 (マツイ ケンジ) (大阪工業大学・教授):2019年の共著論文
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:Juan Manuel Corchado (0000-0002-2829-1829) – ORCID
- 生年月日:1971年5月15日。スペインのサラマンカで生まれた
- 1995年6月29日(24歳):英国の西スコットランド大学(University of the West of Scotland)で学士号取得:人工知能学
- 1995年7月1日~1998年9月10日(24~27歳):スペインのサラマンカ大学(Universidad de Salamanca)で研究博士号(PhD)を取得:コンピュータ学
- 1997年6月1日~2000年11月23日(26~29歳):英国の西スコットランド大学(University of the West of Scotland)で研究博士号(PhD)を取得:人工知能学
- 1998年10月1日~2000年6月23日(27~29歳):スペインのビーゴ大学(University of Vigo)・準教授
- 2000年6月24日~2010年11月18日(29~39歳):スペインのサラマンカ大学(Universidad de Salamanca)・準教授
- 2010年11月18日(39歳):同大学・正教授
- 2022年3月(50歳):「撤回監視(Retraction Watch)」で引用操作が指摘された
- 2024年3月上旬(52歳):同大学・学長に立候補
- 2024年3月15日(52歳)、コルチャドの不正を「エル・パイス」新聞のアンセデ記者が追及し始めた
- 2024年5月7日(53歳):同大学・学長に選出
- 2024年5月31日(53歳):同大学・学長に就任
- 2024年7月14日(53歳):従来職を維持
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
フアン・マヌエル・コルチャド(Juan Manuel Corchado)が学長選挙に投票した後、記者に発言している動画:「Juan Manuel Corchado. Elecciones al Rectorado 2024 – YouTube」(スペイン語)6分8秒。
Universidad de Salamanca(チャンネル登録者数 2万3千人) が2024/05/07に公開
【動画2】
スピーチ(記者会見?)動画:「Juan Manuel Corchado, rector electo de la Universidad de Salamanca. – YouTube」(スペイン語)6分8秒。
Universidad de Salamanca(チャンネル登録者数 2万3千人) が2024/05/08に公開
●4.【日本語の解説】
★2020年5月号:翻訳:三枝小夜子(Nature ダイジェスト):被引用回数の多い研究者が強制引用を理由に編集委員を解任
この記事はフアン・コルチャド(Juan Corchado)とは関係がない研究者の事件だが、詐欺的な引用操作がコルチャド事件と酷似しているので参考になるだろう。
生物物理学者Kuo-Chen Chouが、自身の立場を利用して、査読過程で彼の論文数十編を引用に追加するよう、論文著者に繰り返し示唆していたことが調査によって明らかになった。
世界で最も被引用回数の多い研究者の1人である米国在住の生物物理学者が、自分の論文の被引用回数を増やすために再三にわたり査読プロセスを悪用していたことが発覚し、ある科学雑誌では編集委員を解任され、別の科学雑誌では査読者の任を解かれたことが明らかになった。
原文
Highly cited researcher banned from journal board for citation abuse
Nature (2020-02-06) | DOI: 10.1038/d41586-020-00335-7
Richard Van Noorden
続きは、原典(有料)をお読みください。
★2024年6月20日:著者不記載(Nipponese):フアン・マヌエル・コルチャド:科学団体がサラマンカ大学学長の新たな選挙を求める:コルチャドの評判は「深刻な疑問」
翻訳ソフトで機械的に翻訳したようで、日本語は少し変。
53年前にサラマンカで生まれたコルチャドは、コンピュータサイエンスと人工知能の教授であり、 最も引用されている250人の研究者の一人 彼の分野では世界一だ。しかし、この名声は、彼自身を引用することから来ている。 何千回も存在しない科学者のプロフィールから何千もの引用を受け取り、その労働者に命令する 彼らは彼を20回も引用した 「COSCEは、サラマンカ大学の学長にフアン・マヌエル・コルチャドが選出されたことに驚きをもって見守ってきた」と、サラマンカ大学学長のジョゼフ・マヌエル・コルチャド氏が議長を務める同組織の声明は始まる。
続きは、原典をお読みください。
★2024年6月2日:ヘイムダル:サラマンカ大学新学長、引用操作スキャンダルが発覚
サラマンカ大学の新学長であるフアン・マヌエル・コルチャード教授が、自身の科学的地位を偽り高めるために学術引用を操作していたことが暴露された。
内部メッセージから、コルチャドが共同研究者に自分の研究を頻繁に引用するよう強要し、Google Scholarのようなプラットフォームで上位にランキングされるように仕向けたことが明らかになった。
出版社は彼の著作を調査または撤回し、スペインの研究倫理委員会は彼の行動を精査しており、このような非倫理的行為を防ぐために学術評価における改革の必要性を強調している。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★研究人生
1218年設立にされたサラマンカ大学(Universidad de Salamanca)は、世界最古の大学の1つで、現在の年間予算は約2億9000万ユーロ(約350億円)である。
フアン・マヌエル・コルチャド(Juan Manuel Corchado、写真出典)はそのサラマンカ大学の有力な教授である。
コルチャドは、200人以上のメンバーを擁する「 BISITE研究グループ | University of Salamanca」(Bioinformatics, Intelligent Systems and Educational Technology)を率いていて、その中には弟のエミリオ(Emilio)もいる。
エミリオはしばしば論文の共著者になっている。このグループは、年間数百万ドル(数億円)の資金を受け取っている。
最近、コルチャドは、アラブ首長国連邦に「世界中のデジタル経済、トークン化、デジタル通貨をモデル化する」という大規模なBISITEプロジェクトを提案した。このプロジェクトは今後2年間で200万ユーロ(約2億4千万円)の資金を受け取る予定だ。
★悪事の全体像
コルチャドはサラマンカ大学の有力な教授だが、2024年に、学長に選出され、就任した。
ただ、この学長選も含め、コルチャドは「ズルイこと、汚いこと、ウソ」をいろいろしている。
白楽ブログはネカト・クログレイを中心に扱うので、今回の白楽記事はコルチャドの不正全般ではなく、詐欺的な学術不正(異常な引用操作:Citation manipulation)を中心に扱う。
2024年4月26日、マヌエル・アンセデ(Manuel Ansede)記者は、コルチャドの「7つのウソ」を指摘した。 → Juan Manuel Corchado: The seven lies of the AI expert who cited himself thousands of times on scientific papers | Science | EL PAÍS English
「詐欺的な学術不正」そのものではない例を1つだけ挙げる。
2022年3月、米国の科学ジャーナリスト、ダルミート・チャウラ(Dalmeet Singh Chawla)が、「撤回監視(Retraction Watch)」でコルチャドの詐欺的な学術業績を指摘した。その時、チャウラ記者のインタビュー要請にコルチャドは何も答えなかった。
その理由として、チャウラ記者は当時、ジャーナリストだと名乗っていなかったため、コルチャドは、質問に答えなかったと説明した。
これはウソで、2022年2月10日、チャウラがコルチャドに最初のメッセージを送った時、「私の名前はダルミート・チャウラです。イギリスの科学ジャーナリストです」と伝えていた。
そのことを指摘すると、コルチャドは、いろいろな人から大量のメールを受け取っているので、チャウラ記者のメッセージに気がつかなかったと言い訳をした。
これもウソで、コルチャドからの返事がないので、チャウラ記者は5日後の2022年2月15日に再度メールしている。それに対して、コルチャドは、腕を骨折したばかりですぐに返事はできないが、質問にはできるだけ早く答えると返事をした。つまり、チャウラ記者に返事をしているので、メッセージに気がつかなかったわけはない。
5週間後の2022年3月21日、その2日後の23日、にチャウラ記者はコルチャドに返事を求めたが、コルチャドは返事をしなかった。
要するに、チャウラ記者の質問が自分にとって都合が悪かったので、返事をしなかった。それを、コルチャドは、「チャウラ記者は当時、ジャーナリストだと名乗っていなかった、メッセージに気がつかなかった」とウソをついた。
また、2019年、エルゼビア社は、修士論文を盗用したという理由で、コルチャドの論文を撤回している。ただ、この盗用事件の状況を白楽はつかめていない。
それで、コルチャドの「ズルイこと、汚いこと、ウソ」のうち、今回の白楽記事では、以下、引用操作に絞って話を進める。
★引用操作(Citation manipulation)
現代では、研究者の優秀さを数値で評価する面が強い。論文の中身で評価するのではなく、論文出版数や被引用数で評価する。そして、「被引用数」=「科学的影響力」と把握されているのである。
引用操作は、この評価法を悪用し、自分の論文を高頻度で被引用されるように工作する行為である。
被引用数が高くなると、世界で最も影響力のある論文を発表した研究者として評価される。
コルチャドは、Google Scholarの検索エンジンが論文の引用を追跡し、被引用数を集計することを知っていた。
コルチャドは人工知能の研究で大した成果を上げていないのに、メチャクチャ大量に自分の論文が引用されるような引用操作をした。
それで、世界のコンピュータ科学・電子工学の分野の2021年ランキングで、34,310回の被引用数と98のH-indexで、コルチャドはスペインで第4位、世界で第247位という輝かしい評価を受けた(以下の図)。 → El trabajo en equipo sigue dando sus frutos – Juan M. Corchado
また、別の年、約45,000回も論文被引用され、スペイン人科学者123,000人以上の研究者のうち、コルチャドは、157位にランクされた。
コルチャドは、人為的に被引用数を高める手段として、以下の3つを実行した。
① 部下や共同研究者に、論文発表の際、自分の論文を20報含めるよう、何年もの間、要求した。
② 自分が出版した論文に自分の論文を多数引用した(自己引用)。
③ 実在しない架空人物の論文で、コルチャドの論文を多量に引用した。架空人物の論文は、コルチャドが書いて出版したか、または、論文工場に依頼した。
②の例として、インドのチェンナイの研究会の2ページの要旨で、以下に示すように、コルチャドは自分の論文を200回引用した(出典)。
③の例として、引用操作をカモフラージュするために、アルトゥーロ・ペレス・プリード(Arturo Pérez Pulido)という架空人物を著者にしたデタラメ論文をResearchGateリポジトリに掲載し、この人物にコルチャドの論文を何千回も引用させた。
プリード以外にも、フアン・ロドリゲス(Juan Rodríguez)やマーカス・レス(Marcus Ress)などの架空人物を著者にした論文を掲載し、コルチャドの論文を多数引用させた。
これら、架空人物の論文は、コルチャドが自分で書いて出版したか、または、論文工場に依頼した、と思われている。
コルチャドの被引用数が多いのは、上記の手法を併用し、長年にわたって週に1報以上論文を発表したことでスコーパス(Scopus)に約750本の論文を掲載し、約12,000件の被引用があったことによる。
Google Scholarでは、2,100の論文と45,000の引用があり、かなりの数の自己引用が含まれている。
次々章に、エル・パイス紙のアンセデ記者による不正追求を示すが、アンセデ記者がコルチャドに電話インタビューを依頼した2024年3月13日、コルチャドの論文を何千回も引用した架空人物の論文は削除された。
このことを問われたコルチャドは、サイバーセキュリティの知識を使ってこれら他人が作った偽の論文ファイルを削除したと述べた。
しかし、実際は、コルチャド自身がこの論文ファイルを作っていた、と思われている。
そして、引用操作の調査が始まったと知り、即、本人が論文ファイルを削除した、らしい。
なお、引用操作は現在、スペインでも、米国・研究公正局でも、日本の文部科学省でも研究不正に該当していない。
つまり、規則上の研究不正に該当しないけど、学術詐欺の1つで、非常に優秀な研究業績を挙げたように数値で見せかける工作である。研究者はしてはいけないクログレイなのだが、規則の制定が追い付いていない。
2021/11/12動画:Unethical Research Citation Practices – Part 1
★発覚の経緯:チャウラ記者の記事
2022年3月(50歳)、米国のダルミート・チャウラ記者(Dalmeet Singh Chawla)が、「撤回監視(Retraction Watch)」でコルチャドの詐欺的な学術業績(大量の引用操作)を記事にした。
チャウラ記者がコルチャドの引用操作を自分で見つけたとは思えない。しかし、誰が、チャウラ記者に情報提供したのか、記載はない。
コルチャドはスペイン145番目に高い H-indexを持っている。約39,000件の被引用数の多くは、大量に自己引用したから、と指摘した。
例えば、「2021年のベトナムでの研究会」の抄録では、合計322本の参考文献のうち、44本がコルチャドの論文を引用していた。 → 元論文が削除されたが、保存版はココ → IoT and Blockchain for Smart Cities
このケースでは、参考文献の14%が自分の論文なので、自己引用数が多いけれど、異常というほどではない。ただ、参考文献数の多さは異常である。
コルチャドの学術業績には、似た例がいくつも見つかっている。以下2例だけしめす。
- 2019年10月の抄録:Deeptech for Industrial Predictive Maintenance
- 2021年7月の抄録:Artificial Intelligence, social changes and impact on the world of education
どれも、コルチャドの単著、本文短く、多数の引用文献、多数の自己引用がある。そして、指摘されると、抄録はウェブ上から削除される。
指摘されると削除するので、コルチャドは引用数を意図的に増やす引用操作を行ない、それをコルチャド自身が不正と認識している、と思われる。
スペインのグラナダ大学(University of Granada)の情報科学のアルベルト・マルティン教授(Alberto Martín Molina、Alberto Martín-Martín、写真出典)は、スペインでの研究評価は、被引用数が考慮されていない。研究評価は、依然として学術誌のインパクトファクターなので、コルチャドがなぜGoogle Scholarの指標を水増し、引用操作したのかよくわからない、と述べた。
マルティン教授は、コルチャドの論文(抄録)を全部調べたわけではないが、調べた論文(抄録)の引用数は約39,000件で、その約8,400件、つまり22%弱が自己引用だった、そうだ。
なお、スペインのアルトゥーロ・ペレス・プリード(Arturo Pérez Pulido)は、現在までに4,000回弱もコルチャドの論文を引用している。
後に、プリードという人物は実在しないことが判明した。
白楽の想像だが、コルチャドの論文を多数引用させるために、コルチャドは架空人物であるプリードを設定したと思われる。
また、コルチャドはほとんど同じ内容の論文を複数の論文として発表し、業績を水増ししている。例えば、以下の3論文は、タイトルもほぼ同じで、内容もほぼ同じだ。これは、論文工場(?)の可能性がある。
- Florentino Fdez-Riverola, Juan M. Corchado: FSfRT: Forecasting System for Red Tides. Appl. Intell. 21(3): 251-264 (2004)
- Florentino Fdez-Riverola, Juan M. Corchado: FSFRT: Forecasting System for Red Tides. A Hybrid Autonomous AI Model. Appl. Artif. Intell. 17(10): 955-982 (2003)
- Florentino Fernández Riverola, Juan M. Corchado: Forecasting red tides using an hybrid neuro-symbolic system. AI Commun. 16(4): 221-233 (2003)
★アンセデ記者の追求
2023年4月21日(51歳)、スペインの「エル・パイス(EL PAÍS)」新聞のマヌエル・アンセデ記者(Manuel Ansede)は、コルチャドの引用操作を匿名者から知らされた。
約1年が経過した。
2024年3月7日(52歳)、サラマンカ大学のリカルド・リベロ学長(Ricardo Rivero)は、2年先の2025年末まで在任期間があったが、「個人的な理由」で突然辞任した。
アンセデ記者は、何か異常なことが起こっていると感じた。
学長選挙はほぼ2年先だったにもかかわらず、コルチャドは、リベロ学長の辞任発表前からすでに選挙運動をしていた。例えば、辞任発表の約1週間前(2024年2月27日)、「将来の学長候補」を説明する会議にコルチャドは教員を招集していた。
リベロ学長が辞任するとすぐに、コルチャドは学長に立候補すると発表した。最終的に立候補した人はコルチャド1人だった。リベロ学長の辞任とコルチャドの立候補は仕組まれた動きだと思われる。
2024年3月8日(52歳)、この騒動を受けて、匿名者は、再度、アンセデ記者にコルチャドの学術不正の調査をするよう連絡した。
それで、アンセデ記者はコルチャドの引用操作の調査を始めた。そしてあちこちを取材し始めた。
すると、4日後の、2024年3月12日(52歳)、コルチャドは引用操作を隠蔽すべく、それまでウェブ上に掲載していた抄録(論文)を大量に削除し始めた。
2024年3月15日(52歳)、コルチャドの不正を「エル・パイス」新聞の最初に記事として、アンセデ記者が掲載した。 → 2024年3月15日 記事:Juan Manuel Corchado: El aspirante a rector que escribió cuatro párrafos y se citó a sí mismo 100 veces | Ciencia | EL PAÍS
コルチャドは反発して、自分が学長になるのを阻止するための「政治的意図」による攻撃だと、自分のウェブサイトで主張した。
その後、アンセデ記者がコルチャドの不正行為を新聞紙上で糾弾し続けている。
その記事の中で、サラマンカ大学の教授たちの抗議の発言を紹介している。
サラマンカ大学のホセ・マリア・ディアス・ミンゲス遺伝学教授(José María Díaz Mínguez、写真出典)は、抗議のしるしとして学長選挙での白紙投票を求めた。
「これは目に余る学歴詐称です。自己引用、大量出版、同僚に論文を出版させ、その論文に自分の論文を宣伝させる、などなど。これらはすべて、非常に優れた科学者であると人々に思わせようとした人為的な操作です。コルチャドが学術的に発見した研究成果の質ではなく、操作された数字のせいです。この男は、何も発見・発明しないで、莫大な富と地位を手に入れようとしています」と警告した。
サラマンカ大学のハビエル・マテオス電子工学教授(Javier Mateos、写真右出典)は、コルチャドの「ペテン」と「不正行為」を公に批判している。「トリックがなければ、彼は最も引用されることはなかっただろう」と社交メディアで指摘している。
サラマンカ大学のスサーナ・ペレス・サントス応用物理学教授(Susana Pérez Santos、写真左出典)は、学長選に立候補すると表明した唯一の対立候補だった。
2024年3月19日、学長選挙の実施は緊急すぎる抗議し、十分な準備期間の設定を要求した。しかし、コルチャドが暗躍したためか、サントス教授の要求は失敗に終わり、選挙戦を辞退した。
教員に宛てた書簡の中で、サントス教授は前学長の突然の辞任の「不透明さ」と明らかな「コルチャドの事前の計画」を非難した。
★スペイン研究倫理委員会
上記の状況を重く見たスペインの科学・イノベーション・大学省は、スペイン研究規範委員会(Spanish Research Ethics Committee)に、コルチャドの調査を依頼した。
2024年6月11日、スペイン研究規範委員会(Spanish Research Ethics Committee)は調査結果をまとめ、「サラマンカ大学に対し、コルチャドの悪質な慣行(つまり引用操作)に対して調査し制裁を科すよう促した」。
以下は2024年6月11日、スペイン研究規範委員会の文書の冒頭部分(出典:同)。全文(6ページ)は → https://www.ciencia.gob.es/InfoGeneralPortal/documento/b5fcf7ef-48b0-48d6-b730-a5e3cd111489
しかし、サラマンカ大学に「コルチャドの調査を依頼」しても、その大学の最高責任者はコルチャド学長なので、多分、動かないでしょう。
2024年7月14日現在、事態は進展していない。
●【引用操作の具体例】
引用操作の具体例を既に上記に記載したが、さらに2例、以下に示す。
★「2021年5月のIntelligent Buildings in City and County Councils」論文
「2021年5月のIntelligent Buildings in City and County Councils」論文の書誌情報を以下に示す。2024年7月14日現在、撤回されていない。
- Smart Buildings
Juan M. Corchado
Intelligent Buildings in City and County Councils 20/5/2021
わずか半ページ以下の文章に19ページの引用文献を並べている。そのうち、100論文以上はコルチャドの論文を自己引用している。しかも、その大多数は論文内容と無関係の論文である。フアン・コルチャド(Juan Corchado)のCorchadoを黄色にした。
★「2020年のIA 2020」論文
「2020年のIA 2020」の書誌情報を以下に示す。2024年7月14日現在、撤回されていない。
- Covid-19
Juan M. Corchado
IA 2020 (Abstract-pre-print)
わずか半ページの文章に11ページの引用文献を並べている。205論文の引用文献のうち、約100論文はコルチャドの論文を自己引用している。しかも、その大多数は論文内容と無関係の論文である。
以下の図の出典 → 2024年3月20日のマヌエル・アンセデ(Manuel Ansede)記者の「EL PAÍS」記事:The aspiring university rector who wrote a four-paragraph paper and cited himself 100 times | Science | EL PAÍS English
上の参考文献の部分を以下に拡大した。
1ページ目
2ページ目(4,5,6がありませんね)
3ページ目(27~76がありませんね)
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
データベースに直接リンクしているので、記事閲覧時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。
★スコーパス(Scopus)
2024年7月14日現在、スコーパス(Scopus)で、フアン・コルチャド(Juan Corchado、Juan Manuel Corchado、Juan M. Corchado Rodríguez)の論文を「ORCID iD:0000-0002-2829-1829」で検索した。756論文、12,298被引用数がヒットした(論文数は1か月前から減少していた。削除しているようです)。
★撤回監視データベース
2024年7月14日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでフアン・コルチャド(Juan Corchado、Juan Manuel Corchado)を「Juan Manuel Corchado」で検索すると、0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2024年7月14日現在、「パブピア(PubPeer)」では、フアン・コルチャド(Juan Corchado、Juan Manuel Corchado)の論文のコメントを「Juan Manuel Corchado」で検索すると、1論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》尊敬できないリーダー
コルチャド事件は、メチャクチャに大量の引用操作をしたことで、世界のコンピュータ科学・電子工学の分野で高い評価を受けているフアン・マヌエル・コルチャド(Juan Manuel Corchado)の事件である。
たまたま、サラマンカ大学・学長選があり、コルチャドは学長に選任された。それで、問題が浮き彫りになった。
コルチャドが学長に選任されたのは、被引用数の多さで学問的評価が高かっただけではなく、大学運営能力や政治的な活動の評価が大きいと思われるが、長年にわたる詐欺的な被引用数の多さで昇進してきた面も大きいだろう。
本文にも書いたが、引用操作は現在、スペインでも、米国・研究公正局でも、日本の文部科学省でも研究不正に該当していない。
つまり、規則上の研究不正に該当しないけど、科学詐欺の1つで、非常に優秀な研究業績を挙げたように数値で見せかける工作である。
規則上どうであれ、大学運営能力や政治力がどうであれ、このような詐欺的人物が学長に選出されるスペインのデタラメ文化、サラマンカ大学の教授陣の不甲斐なさが、白楽はかなり問題だと思った。
もちろん、事態を憂慮したサラマンカ大学の教授たちはいた。スペイン研究規範委員会(Spanish Research Ethics Committee)も問題視している。
それでも、学長に選出され・就任したのは、大多数がコルチャドを支援したからである。
2024年5月7日、唯一の候補者だった学長選挙に勝利したフアン・コルチャド(Juan Corchado)、支援者たちの祝福を受けた(写真出典)。
リーダーは尊敬できる人物であって欲しいと思う白楽だが、その価値観はサラマンカ大学では少数派なのだろうか?
スペインのサラマンカ大学をとやかく言う前に、日本の事を考えよう。
日本の社会と学術界に、不正にまみれているのに保身にたけ自己欲の強いリーダーを散見するが、日本はこの人たちを引きずりおろせない。コ、コ、コマッタ。
《2》規則が追い付いていない
研究者はコルチャドのような引用操作(Citation manipulation)をしてはいけないのだが、規則制定が追い付いていない。
日本も、引用操作を含め、新しい研究不正行為に対応できるように規則を改訂すべきである。つまり、研究者、評価者、国民をダマす研究絡みの行為を学術欺詐とし、包括的に禁止する規則を制定すべきだ。
例えば、①自己引用は被引用数にカウントしない。②引用カルテルを詐欺罪とする。③架空人物の論文作成者・出版社を詐欺罪とする。
ウ~ン、②③は定義が難しい。同じ分野の仲間は研究テーマが同じなので昔から互いに引用する。それは、ある意味、引用カルテルだが、まともな引用カルテルとコルチャドのような不正な引用カルテルをどう見分けるのか? 難しい。また、著者が架空か実在か、どう見分けるのか? これも難しい。
それなら、別の方策も考えよう。
引用操作を禁止しないで、被引用数を単に無効化する方策はどうだろう。
被引用数で研究評価をしない制度にする。
つまり、高被引用者になっても、何も得るものがなければ、わざわざ引用操作をしなくなる。
といっても、コレ、徹底するのは難しいだろう。クラリベイト社は高被引用者のリストを作るビジネスを既に展開している。
白楽より賢い人はたくさんいるので、誰か、優れた規則を作って下さい。
ここまで書いて、待てよ、出版規範員会(COPE)はどういう指針を示しているのか、示していないのか、気になった。
ググってみると、出版規範員会(COPE)は指針を公表していました。さすが、です。 → Citation manipulation | COPE: Committee on Publication Ethics。 → 2019年7月に既にまとめていた:CITATION MANIPULATION
引用操作は新しい学術詐欺ではなく、1955年、ユージン・ガーフィールド(Eugene Garfield)が引用操作を警告していたそうだ。
70年経っても防止する制度を作れていない(作っていない)というわけだ。
《3》日本:引用操作
スペインの研究所の日本人研究員が引用操作に加担していた。
→ アイ・コヤナギ(Ai Koyanagi、小柳 愛)(スペイン) | 白楽の研究者倫理
高被引用者になると、サウジアラビアの大学からおいしい話を打診される。 → 2024年6月11日記事:世界大学ランキングを不適切操作? 日本人研究者が明かした裏契約 | 毎日新聞
で、外国在住ではなく、日本在住の日本人・外国人で、現在、引用操作している人、どのくらいいるのだろうか?
クラリベイト社が高被引用者をリストしているが、この中に引用操作している人が何人いるのだろうか?
- 2022年版:日本のHighly Cited Researchers 2022 (2022年11月15日発表)
- 2023年版:Highly Cited Researchers – Clarivate(2023年11月15日発表)
誰か、調べて公表して下さい。
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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●9.【主要情報源】
① 〇2022年3月25日のダルミート・チャウラ(Dalmeet Singh Chawla)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:How critics say a computer scientist in Spain artificially boosted his Google Scholar metrics – Retraction Watch
② ◎2024年3月20日のマヌエル・アンセデ(Manuel Ansede)記者の「EL PAÍS」記事:The aspiring university rector who wrote a four-paragraph paper and cited himself 100 times | Science | EL PAÍS English
③ 2024年5月27日のマヌエル・アンセデ(Manuel Ansede)記者の「EL PAÍS」記事:Juan Manuel Corchado gana las elecciones a rector de la Universidad de Salamanca con la mitad del profesorado en contra | Ciencia | EL PAÍS
④ 2024年5月28日のベケル・セギン(Bécquer Seguín)記者の「ctxt」記事:El imperio de la cita | ctxt.es
⑤ ◎2024年5月31日のマヌエル・アンセデ(Manuel Ansede)記者の「EL PAÍS English」記事:Internal messages show how the new head of one of the world’s oldest universities organized a citation cartel | Science | EL PAÍS English
⑥ 2024年6月12日のマヌエル・アンセデ(Manuel Ansede)記者の「EL PAÍS」記事:El comité de ética pide a la Universidad de Salamanca que actúe ante “la presunta gravedad” de las prácticas de su rector | Ciencia | EL PAÍS
⑦ 2024年6月17日の記者名不記載の「EUROtoday」記事:Juan Manuel Corchado: The State Investigation Agency suspends the rector of the University of Salamanca | Science | EUROtoday – EUROtoday
⑧ 2024年6月24日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者とアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「EL PAÍS English」記事:Juan Manuel Corchado: Scientific fraud: The case of the Spanish university rector should prompt change to ranking system | Science | EL PAÍS English
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