7-150 学術不正の主役は今やネカトではない

2024年6月20日掲載 

白楽の意図:現在の論文撤回の原因は、ねつ造・改ざん・盗用(いわゆる、研究不正、ネカト)よりも、査読偽装(Fake Peer-review)の方が多い。論文工場、人工知能不正も急増し、ここ10年、学術不正の内容は大きく変化している。2000~2023年の24年間の31,003報の撤回論文を分析したマングイ・リー(Menghui Li)とゼシ・シェン(Zhesi Shen、沈哲思)の「2024年2月のInnovation」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.リーとシェンの「2024年2月のInnovation」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

★2024年4月10日:一田和樹(明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員):学術研究の不正行為 25,710件をマッピングしたら、電気・コンピュータサイエンスで次は臨床・ライフサイエンスだったという論文|一田和樹のメモ帳

出典 → ココ、(保存版) 

全体ではAMRの率は低く1万件に6.8の割合だった。しかし、研究分野による偏りが大きく、電気・コンピュータサイエンスで(Electrical Engineering, Electronics, and Computer Science 、EE & Comp Sci)はもっとも割合が高く物理学(Physics.)の10倍の17.4となっている。臨床・ライフサイエンス(Clinical and Life Sciences 、Clin & Life Sci)はもっともAMRが多く、AMR率は8.9だった。

続きは、原典をお読みください。

●2.【リーとシェンの「2024年2月のInnovation」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Science map of academic misconduct
    日本語訳:学術不正の科学マップ
  • 著者:Menghui Li, Zhesi Shen
  • 掲載誌・巻・ページ:Innovation
  • 発行年月日:2024年2月18日
  • ウェブサイト:https://www.cell.com/the-innovation/fulltext/S2666-6758(24)00031-6
  • 第一著者の紹介:マングイ・リー(Menghui Li、写真出典)。中国科学院・国立科学図書館(National Science Library, Chinese Academy of Sciences)・教授
  • 最後著者の紹介:ゼシ・シェン(Zhesi Shen、沈哲思、写真出典)。中国科学院・国立科学図書館・研究員。北京師範大学・学部(2008~2012年) 、同大学院 (2012~2017年)

●【論文内容】

★はじめに

近年、撤回論文数は急増している。

従来、研究不正というと、生物医学や生命科学の分野に焦点が当てられ、他の分野を含めた広範な分野での研究不正にはほとんど注意が払われてこなかった。

本研究では、2000~2023年の24年間に撤回された31,003報の論文のうち、25,710報の学術不正による撤回論文(AMR、academic misconduct retraction)の内容を分析した。

撤回論文と撤回公告は、SCI、SSCI、ESCI データベースに索引付けされた学術誌から収集した。

撤回論文を、InCites データベースで利用できる論文の分類システム「Citation Topics」で、10種の分野(discipline、macro-topics)と326種のトピック(meso-topics)に分類した。

10種の分野(discipline、macro-topics)を以下に示す。

1. Clinical & Life Sciences:臨床・生命科学
2. Chemistry:化学
3. Agriculture, Environment & Ecology:農業、環境、生態学
4. Electrical Engineering, Electronics & Computer Science:電気工学、電子工学、コンピュータ
5. Physics:物理学
6. Social Sciences:社会科学
7. Engineering & Materials Science:工学・材料科学
8. Earth Sciences:地球科学
9. Mathematics:数学
10. Arts & Humanities:芸術と人文科学

326種のトピック(meso-topics)の一覧は、リストを省略した。

分析の結果、学術不正の規模と理由は分野(discipline)やトピック(meso-topics)によって大きく異なることがわかった。

★研究分野による不正の頻度

学術不正撤回率(AMR rate)は、論文1万報あたり、学術不正によって撤回(AMR、academic misconduct retraction)された論文数、と定義した。

学術不正撤回率(AMR rate)は、研究分野全体の平均は6.8だが、研究分野によって1.7~17.4に分布していた(以下の図)。最後の数値が学術不正撤回率(AMR rate)です。[図が見にくくてゴメン、白楽]

学術不正撤回が1番多い分野は、電気工学、電子工学、コンピュータ (EE & Comp Sci)の分野で、4,673報が学術不正で撤回され、学術不正撤回率は17.4だった。

2番目に多いのが、臨床・生命科学(Clin & Life Sci) の分野で、学術不正論文数が12,565報と最も多く、学術不正撤回率は8.9だった。

3番目以下は図の通りで、説明は省略する。

トピックで分類すると、326種のトピックのうち324種に少なくとも1報の学術不正が見つかった。

「学術不正による撤回論文(AMR)」数は、トピックの種類により、1報から2,105報まで大きく異なった。

多いトピックは以下の通り。

1. マイクロ長鎖非コード RNA (mlncRNA)は 2,105 報
2. 電気通信(Telecommunications)は 940 報
3. 分子細胞生物学(Mol & Cell Bio) は 678 報
4. コンピュータ・ビジョンとグラフィックス (Comp Vis & Graph) は 633 報
5. 免疫学(Immunology)は 447 報
6. 人工知能と機械学習 (AI & ML)は434報
7. セキュリティシステム(Security Systems)は427 報

★撤回理由

撤回論文数の82.6%は学術不正が理由で撤回されたが、その内容は近年、大きく変化している。

10年ほど前の学術不正では、主にねつ造・改ざん・盗用・複製など、個人が行なう不正(いわゆる、研究不正、ネカト)だった。ここでは、これらの不正を伝統的不正(Traditional reasons)と呼ぼう。

近年出現し、すでに蔓延している学術不正は、査読偽装(Fake Peer-review)、論文工場(Paper Mill)、人工知能不正(AIGC:artificial intelligence-generated content)である。

学術不正が理由で撤回された理由を細分化すると、伝統的不正(Traditional reasons)は41.6%しか占めていない。すでに、査読偽装(Fake Peer-review)はそれを超えて45.6%(12,250報)になっていた。

そして、論文工場(8.5%、2,275報)、人工知能不正(4.4%、1,170報)が撤回理由に登場してきた。なお、1報の論文撤回に複数の理由が挙げられることもある。

驚いたことに、撤回理由はトピックによって大きく異なっていた(以下の図)。

以下、撤回理由を図の色と合わせた。

マイクロ長鎖非コード RNA (mlncRNA)の場合、主な撤回理由は論文工場(Paper Mill)が48.7%を占め、2番目が、伝統的不正(Traditional reasons)で38.9%だった。

これとは大きく異なるのが、電気通信(Telecommunications)、セキュリティシステム(Security Systems)、コンピュータ・ビジョンとグラフィックス (Comp Vis & Graph) 、人工知能と機械学習 (AI & ML) の4トピックで、そこでは、査読偽装(Fake Peer-review)が最大の理由で、2番目が、人工知能不正(AIGC)だった。これら4トピックでは、従来の理由である伝統的不正(Traditional reasons)は学術不正全体のごく一部(8.7%以下)にすぎなかった。

教育と教育研究(Edu & Educ Res)のトピックも査読偽装(Fake Peer-review)が最大の理由だったが、2番目の理由は、伝統的不正(Traditional reasons)だった。

対照的に、ファイトケミカル(Phytochemicals、植物化学物質)、麻酔学(Anesthesiology)、分子細胞生物学(Mol & Cell Bio) 、免疫学(Immunology)のトピックでは、従来の理由である伝統的不正(Traditional reasons)が主要だった。

つまり、生命科学分野では、依然として、ねつ造・改ざん・盗用・複製などのいわゆる研究不正(ネカト)である伝統的不正(Traditional reasons)が主要な撤回理由だった。ただ、マイクロ長鎖非コード RNA (mlncRNA)だけ、論文工場(Paper Mill)が多かった。

一方、工学や人文科学では査読偽装(Fake Peer-review)が最大の理由だった。人工知能不正(AIGC)もそこそこ多い。そして、伝統的不正(Traditional reasons)はかなり少なかった。

●7.【白楽の感想】

《1》激変の時代 

長年、生命科学分野の研究不正(ネカト)事件が報道されることが多かった。それに、白楽は生命科学分野の人間なので、生命科学を主体に学術不正を見てきた。

しかし、本論文は、ここ10年ほどで、学術不正の内容が激変してきたことを示している。

つまり、工学や人文科学での論文の撤回理由は査読偽装(Fake Peer-review)が最大だった。

論文工場(Paper Mill)、人工知能不正(AIGC)も激増している。

査読偽装(Fake Peer-review)、論文工場(Paper Mill)、人工知能不正(AIGC)の調査分析、そして、それらへの対処・防止策を講じないと、学術論文界は不正まみれになってしまう。というか、既になっている。

日本の研究者の皆さんは、そして、日本の文部科学省や学術団体は、ここ10年のこのような変化を把握しているだろうか? 研究公正後進国の日本なので、白楽はかなり心配している。

日本は対策の準備・実施をしたほうがイイと思うけど。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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