「レイプ」:人類学:ゲイリー・アートン(Gary Urton)(米)

2021年10月19日掲載 

ワンポイント:アートンはハーバード大学(Harvard University)の教授で人類学科長である。複数の女性院生をレイプやセクハラした。また、被害者を擁護する人類学科のテイドン準教授(女性)をアカハラした。2020年6月(72歳)、人類学科の25人の教職員と400人近くの学生がアートンの辞任を要求したことを受け、2020年7月(72歳)、ハーバードを退職した。この時、多くの論争と反対にもかかわらず、名誉教授の称号が与えられた。しかし、翌2021年6月(72歳)、内部調査の後、名誉教授は剥奪された。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

ゲイリー・アートン(Gary Urton、写真出典)は、ハーバード大学・文理学部・人類学科(Department of Anthropology, Faculty of Arts and Sciences, Harvard University)の教授で人類学科長だった。専門は人類学(インカ帝国)で、この分野では著名な学者だった。

著書が数冊ある。日本語に翻訳された著書に『インカの神話』(2002年)(佐々木千恵 (翻訳))がある(本の表紙出典はアマゾン)。

2016年(68歳)、元学生がセクハラ被害を受けたとハーバード大学に告発した。

事件が表面化すると、複数の元学生が性不正の被害を申し立てた。中には、レイプされたと申し立てた女性学生も出てきた。

2020年6月(72歳)、25人の教職員と400人近くの学生がアートンの辞任を求める手紙に署名し、アートンに渡した。

2020年7月(72歳)、結局、アートンはハーバード大学を退職した。この時、多くの論争と反対にもかかわらず、ハーバード大学は名誉教授の称号をアートンに与えた。

しかし、ハーバード大学は内部調査の後、1年後の2021年6月(72歳)、名誉教授を剥奪した。

ハーバード大学は名誉教授の剥奪だけで、それ以上の強い処罰をアートンに科していない。

ハーバード大学(Harvard University)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 研究博士号(PhD)取得:イリノイ大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1948年7月7日
  • 現在の年齢:75歳
  • 分野:人類学
  • セクハラ行為:2011年以前-2016年(63-68歳)の少なくとも5年間
  • 最初に訴えられた:2016年(68歳)
  • 社会に公表年:2020年(72歳)
  • 社会に公表時地位:ハーバード大学・教授、学科長
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は被害者の女性(匿名)で大学に公益通報
  • ステップ2(メディア):「Harvard Crimson」、「Science」など多数のメディア
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ハーバード大学・文理学部・調査委員会
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学・処分のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:隠匿の意図あり(Ⅹ)
  • 不正:レイプ、セクハラ、アカハラ
  • 被害者数:4人以上の女性。公開講座受講生、院生、準教授
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後は退職(▽)、と言っても72歳です
  • 処分:名誉教授の剥奪。ハーバード大学コミュニティとの関わり禁止
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典: Curriculum Vitae

  • 1948年7月7日:米国・ニューメキシコ州で生まれた
  • 1964–1966年(16–18歳):イースタンニューメキシコ大学(Eastern New Mexico University)で学士号取得
  • 1966–1969年(18–21歳):ニューメキシコ大学(University of New Mexico)で学士号取得
  • 1969–1971年(21–23歳):イリノイ大学(University of Illinois)で修士号(MA)を取得:人類学
  • 1971–1979年(23–31歳):同大学で研究博士号(PhD)を取得:人類学
  • 1978–2002年(30–54歳):コルゲート大学(Colgate University)・社会学/人類学科・教員
  • 2002年(54歳):ハーバード大学・人類学科(Department of Economics Harvard University)・教授
  • 2011年(63歳):女性学生をレイプ
  • 2012 – 2019年(64–71歳):同大学・人類学科長
  • 2016年(68歳):セクハラが発覚
  • 2020年7月(72歳):ハーバードを退職。名誉教授の称号が授与された
  • 2021年6月(72歳):名誉教授の称号が剥奪された

●3.【動画】

【動画1】
セクハラ事件の動画ではない。研究内容のインタビュー動画:「ゲイリーアートン教授、インカ帝国 – YouTube」(英語、日本語字幕付き)28分43秒。
Kameel Nasrが2018/09/28に公開

●4.【日本語の解説】

事件の記事はない。

★2017.04.23:Daniel Stone/訳=米井香織(ナショナルジオグラフィック日本版サイト):インカに「文字」?解読の有力な手掛かり発見か

出典 → ココ、(保存版) 

米ハーバード大学の人類学者ゲイリー・アートン氏は「歴史的にとても興味深い発見ですが、年代を特定することが非常に重要です」と述べる。「今回の発見をそのまま過去に当てはめることができるかどうかは、やはり大きな謎です」

アートン氏とペルーの考古学者アレハンドロ・チュー氏は数年前、キープの工房あるいはインカ帝国の記録保管庫だったと思われる場所で、キープの山を発見している。

将来的には、キープの模様をコンピューターで解読できるようになるかもしれないと、アートン氏は話す。アートン氏をはじめとするハーバード大学のチームは「キープ・データベース(Khipu Database)」を構築し、500を超えるキープの画像や説明、比較を記録している。(参考記事:「21世紀中に解明されそうな古代ミステリー7つ」)

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★ゲイリー・アートン(Gary Urton)の人生

ゲイリー・アートン(Gary Urton、写真出典)は世界的に著名で、米国のトップクラスの人類学者である。

アートンはジュリア・マイヤーソン(Julia Meyerson)と結婚しているが、子供の情報は得られなかった。妻・ジュリア・マイヤーソンは夫・アートンと同じインカ帝国を対象にしている人類学者である。

妻・ジュリアは、インカの行政および軍事目的で建てられた建造物の「タンプ(Tambo、ケチュア語で「旅館」の意味)」の本を1990年に出版している。 → 本の表紙出典:‘Tambo Life in an Andean Village By Julia Meyerson

レイプ・セクハラ事件を起こした時、アートンは結婚していた。

★レイプ・セクハラ事件概略

2016年(68歳)、元学生はアートンからの性不正被害をハーバード大学に申立てた。

学生は、アートンが推薦状と引き換えに「歓迎されないセックスを強いた」と主張した。

ところが、アートンは、その主張は「真実ではない、不正確である。または誤解を招く」と反論した。

ハーバード大学の人類学科ではセクハラと性差別が学科の一般的な文化習慣となっていたという話しだ。

その文化習慣の中、アートンに対する性不正の申し立てが表面化した。

性不正が表面化し、さらに多くの学生・元学生が性不正の被害を申し立てた。

例えば、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UC-San Diego)のジェイド・ダルポイム・ゲデス教授(Jade d’Alpoim Guedes)は、ハーバード大学の院生のときに、アートンから不適切なセックスの誘いを受けたと述べた。

また、アートンはサンノゼデモロ(San Jose de Moro)にある彼の野外学校で参加者にセクハラしたとされた。

2020年6月(72歳)、25人の教職員と400人近くの学生がアートンの辞任を求める手紙に署名し、アートン学科長に送付した。

アートン学科長のリーダーシップの下で、人類学科は性差別、性不正、性的違法行為を容認する環境を促進する老人クラブに成り下がっているという、手紙に署名したのだ。

以下はアートン学科長への手紙。冒頭部分(出典:同)。全文(2ページ)は → https://www.thecrimson.com/article/2020/6/5/urton-more-allegations-anthropology-faculty-demand-resignation/ 記事内の囲みサイト

2020年7月(72歳)、アートンはハーバード大学を退職した。この時、多くの論争と反対があったが、ハーバード大学はアートンに名誉教授の称号を授与した。

2021年6月(72歳)、しかし、ハーバード紛争解決局(Harvard Office for Dispute Resolution)は、調査の結果、アートンが権力を乱用して、院生に対して歓迎されない性的行為を行なったと結論し、アートンの名誉教授の称号を剥奪した。また、以後、ハーバード大学コミュニティとの関わりを禁止した。

現在の人類学科長は、セクハラと性差別が人類学科の「長年の問題」であることを認め、それらに対処するための委員会を結成した。

【性不正の具体例】

★ジェイド・ダルポイム・ゲデス(Jade d’Alpoim Guedes)(25歳?):アートン(64歳)

カリフォルニア大学サンディエゴ校(UC-San Diego)のジェイド・ダルポイム・ゲデス教授(Jade d’Alpoim Guedes、当時の写真ではない。写真出典)は、ハーバード大学の院生のときの2012年7月21日、アートンにセックスを誘われたと主張した(もっと親密になりません? ”I wonder if you would be interested in something more intimate?”  ホテルの部屋で・・・ “what if I got a hotel room and “)。

アートン教授・学科長が院生のゲデスに送ったメールを、ゲデス教授がツイッターで公開した。以下に英語のママ示す。 → 出典:Twitter

証拠を示しているので、今回は「規則違反の証拠はなかった」と言わないでくださいと、ハーバード大学に注文を付けている。

★キャリー・ブレジン(Carrie Brezine)(20代?):アートン(60代?)

キャリー・ブレジン(Carrie Brezine、当時の写真ではない。写真出典)は、ハーバード大学の院生のとき、指導教授のアートンとセックスをした。その事で彼女は、感情的にそして研究者人生でもダメージを受けた、と述べている。

現在は、ミシガン大学(University of Michigan)のデータ分析官になっている。

★キンバリー・テイドン(Kimberly Theidon)(中年?):アートン(65歳)

キンバリー・テイドン(Kimberly Theidon、写真出典)は、ハーバード大学・準教授の時、性差別と性不正の被害を受けた女性学生を擁護していた。その2013年当時、学科長だったアートンから報復として、テニュア取得を拒否された。

2015年、テニュア拒否は不当だと裁判に訴えた。結局、2020年1月、ボストンの第1巡回区控訴裁判所でテイドンは敗訴した。
 → 2020年1月31日のテイドン準教授の声明:Statement: Update on My Title IX Lawsuit | kimberly theidon
 → 2020年1月31日の裁判記録:①:Theidon v. Harvard University – CourtListener.com、②:USCOURTS-mad-1_15-cv-10809-5.pdf

ただ、この裁判で、2016年に追加した宣誓供述書では、アートンによる別の性的暴行の被害があったことを述べている。

2011年、アートンはハーバード大学公開講座(Harvard Extension School)としてサンノゼデモロ(San Jose de Moro)で野外学校を開講した。この時、受講した女性学生がアートンとセックスをしたと述べている。

その女性学生は、性不正の被害をテイドン準教授に相談した。テイドン準教授がその女性学生を擁護してくれた。そのことで、アートンがテイドン準教授に報復したのは確かだと思うと述べている。

テイドンは現在、タフツ大学(Tufts University)・準教授の医療人類学者である。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

省略

●7.【白楽の感想】

《1》人間性

ゲイリー・アートン(Gary Urton)のレイプ、セクハラ、アカハラ事件を調べていて、気分が悪くなった。

レイプ、セクハラ、アカハラ行為を糾弾されても、アートンには反省の色がない。結果として、相手を傷つけて申しわけないという、誠実さがない。このような人は学者としての業績以前に、人間としてどうかと思う。

東京・池袋の暴走事故を起こし2人を死亡させた元・工業技術院長の飯塚幸三(90歳)と似た感覚にとらわれた。 → 2021年6月29日の「平野太鳳」記者の記事:【暴走事故はなぜ繰り返されるのか?】《池袋暴走》なぜ“上級国民”は無罪主張するのか?「車の異常で暴走した」 | 文春オンライン

なお、飯塚幸三はその後、「遺族や被害者に申し訳ない」「判決を受け入れ、罪をつぐないたい」と禁錮5年の実刑判決を受け入れるそうだ。なんか、ホッとした。 → 2021年9月15日の「新屋絵理」記者の記事:池袋暴走、飯塚幸三被告が控訴見送りの意向 禁錮5年の実刑確定へ:朝日新聞デジタル

基本は、人間的に問題がある人を地位の高い職に採用・昇進させてしまう現在の人事システムがオカシイ。

アートンの場合、採用・昇進させてしまう入口で規制できなかったので著名なハーバード大学・教授・学科長になった。それなら、出口で規制する。つまり、もっと厳罰に処すべきだ。

日本の刑法第百七十七条 強制性交等罪

十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛(こう)門性交又は口腔(くう)性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する

上記の日本の強制性交等罪に照らし合わせると、ハーバード大学・教授が院生にセックスを求めるのは、「暴行又は脅迫を用いて」の「脅迫」に近いと思う。

それを、「名誉教授の剥奪。ハーバード大学コミュニティとの関わり禁止」という軽微すぎる処分では、褒美をあげないだけで、罰していない。マイナスの処罰を科さないと、いつまでもハーバード大学・教授の性不正は続くでしょう。

《2》文化習慣

ゲイリー・アートン(Gary Urton)は、ハーバード大学・文理学部・人類学科(Department of Anthropology, Faculty of Arts and Sciences, Harvard University)の教授で人類学科長だった。

そして、同じく人類学科長・教授だったテオドル・ベスター(Theodore C. Bestor)とジョン・コマロフ(John L. Comaroff)も性不正事件を起こしている。この2件は白楽ブログの記事にしていないので詳細はお伝えしていないが・・・。

ハーバード大学・人類学科は異常である。

ハーバード大学の人類学科は、教授のレイプ・セクハラ行為を許容する文化習慣が長年あったそうだ。これは、根本的にマズイ。なお、人類学科だけでなく、ハーバード大学全体に同様の性不正を許容する文化習慣が長年ある、という指摘もある。

まあ―、ひるがえって、日本はもっとマズイ状態だという気もする。

日本はネカトに関心をもつ人は少ないが、性不正に関心をもつ研究者はもっとずっと少ない。性不正対策も米国に20~30年遅れるということか。

《3》大学の隠蔽 

ハーバード大学の性不正事件に焦点を当てて数件の事件を調べ記事にした。

米国の各大学での性不正事件の対処法を比較できるほど調べていない。

だから印象程度だが、ハーバード大学は教授の学生・同僚への性不正行為に対して処分が甘い。事件を公表せず隠蔽している。

ホルヘ・ドミンゲス(Jorge I. Domínguez)もハーバード大学・文理学部・公共政策学科・教授で、性不正事件は大騒動になったが、処分は名誉教授の称号のはく奪だけである。 → 「セクハラ」:公共政策学:ホルヘ・ドミンゲス(Jorge I. Domínguez)(米) | 白楽の研究者倫理

今回のゲイリー・アートン(Gary Urton)は被害者が顕名で名乗り出たが、先日のローランド・フライヤー(Roland Fryer)事件では、セクハラ被害者が匿名である。その上、セクハラ行為の内容がほとんどわからない。ハーバード大学がとった対処もよくわからない。 → 「セクハラ」:経済学:ローランド・フライヤー(Roland Fryer)(米)2021年10月1日

今回もフライヤー教授事件もハーバード大学の著名教授の事件なので、たくさんのメディアがニュース記事を掲載した。それでも、事件が見えてこない。

事件から教訓を学ぶのは難しい。

ゲイリー・アートン(Gary Urton)。出典:https://www.science.org/news/2020/07/harvard-anthropology-professor-retires-amid-accusations-sexual-harassment。Gary Urton and Inka (Inca) Khipu photographed at the Harvard Peabody museum for Discover magazine.

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●8.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Gary Urton – Wikipedia
② 2020年5月29日のジェームズ・ビカレス(James S. Bikales)記者の「Harvard Crimson」記事:Protected by Decades-Old Power Structures, Three Renowned Harvard Anthropologists Face Allegations of Sexual Harassment | News | The Harvard Crimson
③ 2020年6月5日のジェームズ・ビカレス(James S. Bikales)記者の「Harvard Crimson」記事:Anthropology Faculty Call for Urton’s Resignation as More Former Students Accuse Him of Sexual Misconduct | News | The Harvard Crimson
④ 2020年6月5日のアン・ギボンズ(Ann Gibbons)記者の「Science」記事:Prominent Harvard archaeologist put on leave amid allegations of sexual harassment | Science | AAAS
⑤ 2020年7月14日のアン・ギボンズ(Ann Gibbons)記者の「Science」記事:Harvard anthropology professor retires amid accusations of sexual harassment | Science | AAAS
⑥ 2020年9月14日のジェームズ・ビカレス(James S. Bikales)記者の「Harvard Crimson」記事:Accused of Sexual Harassment, Anthropology Prof. Gary Urton Files Retaliation Complaint Against Accuser | News | The Harvard Crimson

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