7-51 学術界のイジメと防止行動

2020年4月16日掲載 

白楽の意図:イーシーアール・ライフ(ecrLife)の若手研究者がアカハラ被害の経験を語り、アカハラ問題の解決に取り組もうとしている。ナフィサ・ジャダブジ(Nafisa M Jadavji)らの「2019年11月のecrLife」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びる)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
4.論文内容
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してありる。

●1.【論文概要】

白楽注:本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

論文に概要がないので、省略。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

  • 論文名:”My PhD broke me”—bullying in academia and a call to action
    日本語訳:「私の博士号は私を壊した」—学術界でのイジメと行動への呼びかけ
  • 著者:Nafisa M. Jadavji, Emily Furlong, Pawel Grzechnik, Małgorzata Anna Gazda, Sarah Hainer, Juniper Kiss, Renuka Kudva, Samantha Seah, Huanan Shi
  • 掲載誌・巻・ページ:ecrLife
  • ecrLifeとは?:ecrLife (イーシーアール・ライフと読む?)は、人生・アイデア・経験を共有しようという生命科学系の若手研究者の会(ecr:early career researchers)で、2018年にスティーブン・バージェス博士(Dr. Steven Burgess)が設立した。生命科学の査読問題、科学出版、研究助成問題の記事を出版している。
  • 発行年月日: 2019年11月5日
  • 引用方法:
  • DOI:
  • ウェブ:https://www.ecrlife.org/bullying-in-academia-tales-from-victims-and-a-call-to-action/
  • PDF:

★著者

  • 第1著者:ナフィサ・ジャダブジ(Nafisa M Jadavji)
  • 紹介: Nafisa M Jadavji, Ph.D.
  • 写真:Nafisa M Jadavji, Ph.D.
  • ORCID iD:
  • 履歴:(3) Nafisa Jadavji, PhD | LinkedIn
  • 国:米国
  • 生年月日:米国。現在の年齢:40 歳?
  • 学歴:カナダのレスブリッジ大学(University of Lethbridge)で2006年に学士号(神経科学)、カナダのマギル大学(McGill University)で2012年に研究博士号(PhD)取得(神経科学)
  • 分野: 神経科学
  • 論文出版時の所属・地位:米国・アリゾナ州 グレンデールのミッドウエスタン大学・助教授、カールトン大学・研究教授(Assistant Professor at Midwestern University and Research Professor at Carleton University)

米国・アリゾナ州 グレンデールのミッドウエスタン大学(Glendale Campus – Midwestern University)。出典

●3.【日本語の予備解説】

省略。

●4.【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

本記事では、「アカハラ」と「イジメ」の用語を併用した。

ーーー論文の本文は以下から開始

《1》序論 

職場でのイジメは 、虐待的、脅迫的、屈辱的、脅迫的な行動の繰り返しであり、世界的に増加している。学術界では一般の職場よりも多くのイジメが横行している。例えば、英国では、すべての職業のイジメ被害率は、全国平均が10〜20%なのに、学術界では42%という大学もある。

人はなぜイジメるのか?

カナダのブロック大学(Brock University)の研究者によると、意識的かどうかに関係なく、内在的な動機と欲望でイジメる(What is bullying? A theoretical redefinition – ScienceDirect)。

イジメには多くのタイプがある。長期間の批判、不正確な非難、排除と追放、人前での屈辱、噂の拡散、人々が失敗するよう仕掛ける、仕事への過剰な負荷、など悪意のある虐待である。

イジメは偶発的または反射的な攻撃とは異なる。なぜなら、イジメは目的指向的だからだ。つまり、力の不均衡を利用して特定の人を傷つける行為だからだ。

学術界では誰もがイジメられる危険にさらされているが、あるグループは他のグループよりもイジメられやすいことがわかっている(Matti Meriläinen, 2016)。たとえば、研修生(院生、ポスドクなど)、少数民族グループ、非常勤教員、期限付き研究員、テニュアなし教員などの初期キャリア研究者(ECR:early career researchers)は、イジメられるリスクが高い。就業年数が長い人は、イジメられないと報告されている。つまり、研究グループの中の新人がイジメられるリスクが高い(SpringerLink)。

出典:この論文

《2》パワーの差がイジメの原因 

パワー差が職場でのイジメの主な要因だが、学術界の中の特定のグループはパワー差が大きいのでイジメに対して脆弱である(Lyndall Schumann, et al. 2013)。

例えば、男性の大規模な研究グループの主任研究員(教授や部長)などは、例外はあるものの、女性やその他のマイノリティよりもイジメ行動を犯すことが多い。 他の研究では、論文出版・研究資金の獲得などのプレッシャー、研究リーダーシップと人材管理トレーニングの欠如も、イジメの一因だと報じている(Matti Meriläinen, 2016)。

場合によっては、主任研究員(PI:principal investigators) が院生・ポスドク、同僚、または管理者からイジメられることもある(SpringerLink)。

《3》イジメ被害者の経験談 

イジメにはさまざまなタイプがあり、すべてのキャリア段階で発生する。以下に4人のイジメ被害者の経験を示す。4人共、生命科学である。

【A氏:女性・留学生・大学院生】

私は博士院生の時に妊娠しましたが、指導教員に問題ないと言われました。 しかし、私の妊娠期間中、自分のプロジェクトから外されました。 説明を求めたところ、妊娠していても研究は待ってくれないし、産前産後休業は法律で認められている。 私は子供が生まれた後、わずか3週間で仕事に戻りましたが、合法的には1年間の休職が許可されていました。

研究したいと思っていましたが、他の人のプロジェクトの一部分が与えられただけで、自分のプロジェクトの研究をすることは許可されませんでした。 文句を言わずに働きましたが、私の精神は徐々に病んでいきました。 すべてが悪化したのは、当時幼児だった息子が腕を骨折した時です。 私は息子の入院のために一週間休む必要がありました。指導教員は私をオフィスに呼んで、「あなたは役に立たない研究者で、研究に向いていない」、と私を解雇しました。

解雇が違法であることは知っていましたが、博士号を取得するために、指導教員と戦いたくありませんでした。

私は一週間後に指導教員と会いました。指導教員は妊娠期間中に払ったお金の埋め合わせのために、無給でなら研究してよいと言いました。 次の6か月間、私は言われた通り、無給で働きました。

そして、夫と私の親友のサポートで、博士号を取得し、研究室を去ることができました。 現在、母国で常勤の大学教員を務めています。

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【B氏:男性・大学院生】

ラボで研究を始めた後に、ボスは、研究費の再申請が必要で、採否は私の研究結果に依存していると言いました。 ボスは新しい研究方法を導入したので、私は大変でした。なんとか他の研究室の助けを借りて研究方法をセットアップできましたが、3か月かかりました。ところが、セットアップしてみると、その方法は私たちのプロジェクトには不適切であることがわかりました。

ボスはこれに不満で、期待通りの結果が得られない、と私を非難し始めました。「君にはできない。君との契約を延長するかどうか思案中だと」と何度も言いました。 私は数か月間、解雇されるかもしれない不安の中で過ごしました。

私はこのラボを辞めて別のラボに移籍することを考えました。移籍されるのはボスにとって都合が悪いらしく、ボスは、別のプロジェクトを提案してきました。新しいプロジェクトは問題なく機能しましたが、 状況は改善せず、契約を終了するとボスに脅迫され続けました。

私はこの状態に3年半耐えて博士号を取得することを決心しましたが、その後、ボスは、私が博士号を取得するのを妨害すると脅しました。 私はボスに至る所でガスライティングされました。

私が能力不足なら、なぜ私にポジションを提供したのでしょう?  

私は博士号取得後に研究分野を変えました。今はとても幸せです。
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【C氏:女性・研究員】

新しい研究室で、研究員(research associate)に採用されてから3週間がたった頃、研究助成金申請書を執筆するように依頼されました。 研究グループの研究目標は私の理解を超えていた上、 研究グループの今までの研究成果についてほとんど知りませんでした。

そして、主任研究員(PI:principal investigators)は研究助成金・申請計画の全体像を持っていませんでした。 その全体計画も私に任されました。 さらに、彼は助成金を書く際に必要な情報をほとんど提供してくれませんでした(たとえば、彼の期待、以前に行なった研究内容などの情報)。 研究助成金申請書の執筆は、私を圧倒するような体験でした。

助成金申請書の草案を書き上げ、ボスに送ったとき、ボスと重要メンバーの非公開の会議に呼ばれました。その会議で、彼らは私の助成金申請書がロクでもないと非難したのです。「あなたはグループ内で最も高給取りなので、素晴らしい研究計画書を書くと期待しました。ところが、ロクでもない草案を送ってきました。それで、重要な役をグループの他の誰かに与えます」と宣言されました。

その後、数か月間、 One Driveにファイルをアップロードするなどの簡単な作業が与えられました。そして、ほとんどの作業は、十分なガイダンスなしだったので、私は優れた作業をできませんでした。また、作業をこなすのに苦労しました。

私は16年間研究をしてきましたが、このポジションほど退屈なポジションはありませんでした。

数か月後、私はさらにいくつかのプロジェクトを行なうように求められましたが、してみると、私の仕事は良くないと再び言われました。 研究グループの文化は、情け容赦なく、また、閉鎖的でした。

結局、この研究室から移籍する決意をし、一生懸命、職を探し、別の職を得て、研究室を去ることができました。 辞表を送ったとき、支払い費用を安くするため、離職予定日より早く離職させられるのではないかと恐れました。

私は辞めてから約1か月が経ちます。今は、とても気持ちがいいです。この夏、私は新しい大学でテニュアトラックのポジションを始めます。
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【D氏:男性・留学生・ポスドク】

私はポスドクの研究者として働いています。私が話し、ランチを食べ、コーヒーブレイクしていい人を、上司は指定してくるのです。 私は最近、同じ部門の別のポスドクと共同研究を始めましたが、もちろん、その共同研究は、上司に相談し、彼の承認を得た後でした。

私たちは数か月間、共同研究プロジェクトをしました。 興味深い結果が出たので、上司に連絡したところ、有望そうに見えたにもかかわらず、上司は突然、その共同研究を中止する必要があると言いました。 彼は、そもそも私が共同研究することにショックを受けたこと、そして私が彼の知らないところでコソコソ研究しているのは好きではない、と言いました。

上司はまた、彼を除外して共同研究したと非難しました。

私は上司から求められたことに従いますが、それが正しいことかどうかはわかりません。 彼が私に給料を支払っているので、私には選択の余地がありません。

《4》どうすべきか? 

イジメの影響はさまざまです。不安、睡眠障害、慢性疲労、怒り、抑うつ、アイデンティティーの不安定化、攻撃性、自尊心の低下、自信の喪失、その他の健康上の問題など、イジメ被害者の長期的な健康への影響が報告されている。 イジメはまた、否定的な労働環境、欠勤、就業率の低下、離職率の上昇、パフォーマンスの低下など、被害者が働く施設に影響を与えている(Evidence for a mental health crisis in graduate education )。

イジメとの認識は、イジメに取り組むための最初のステップにすぎません。

多くの大学・研究所は、人事部またはオンブズマンにイジメを報告する規則を制定しイジメ問題に取り組むトップダウン方式である。

そして、幾つかの大学・研究所は、イジメに対処するための特定の規則がない。イジメの被害者は相談する手段を知らされていない。

一方、研究助成機関もイジメ問題に対処している。たとえば、2018年、イジメがあったとされたロンドンの癌研究所(Institute of Cancer Research、ICR)のナズニーン・ラーマン教授は、生物医学慈善団体のウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)から採択された450万ドル(約4億5千万円)の研究費を取り消された。
 → 「アカハラ」:ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman)(英)

大学・研究所や研究助成機関がイジメ対策を始めたことに加えて、被害者の声に確実に耳を傾け、イジメ行為の防止を確実にするために、政府がいじめ防止法を制定すべきです。

制度的措置とは別に、傍観者効果(bystander effect)の克服など、ボトムアップのアプローチもすべきです。

傍観者効果(ぼうかんしゃこうか,英:bystander effect)とは、社会心理学の用語であり、集団心理の一つ。ある事件に対して、自分以外に傍観者がいる時に率先して行動を起こさない心理である。傍観者が多いほど、その効果は高い。(出典:傍観者効果 – Wikipedia

1960年代以降の研究は、傍観者効果を克服することが、学術界のイジメを緩和する効果的な方法である可能性を示してきた(Bystander intervention in emergencies)。

内部告発者の調査によると、71%の人は、不正行為を直接通報するコストが、得られる褒美・報酬よりも高いため、不正行為を直接通報しない。 当局の人に直接会って通報すると、コストが高くなる可能性があると人々は感じている。 したがって、匿名の通報チャネルが必要である(Whistleblowing Intentions of Lower-Level Employees: The Effect of Reporting Channel, Bystanders, and Wrongdoer Power Status )。

イジメは、学術界の根深い問題で、大学・研究所でのパワー差がイジメを支えている。 イジメとの闘いは複数のレベルでの挑戦的なタスクである。

2020年、私たちイーライフ(eLife)大使は、イジメ問題に光を当て、その根本原因を調査する。そして、最終的にはイジメ防止の一連の普遍的な対策を策定する作業に乗り出し、イジメ被害者を救済する。

●5.【関連情報】

なし

●6.【白楽の感想】

《1》アカハラ「する側の論理」と「される側の論理」 

イーシーアール・ライフ(ecrLife、ロゴ出典も)の活動、つまり生命科学の若手研究者のこのような活動(バイオ政治学)は、なかなか、いいと思う。

アカハラの問題は、「アカハラする側の論理」と「アカハラされる側の論理」が大きく乖離している。

そして、ほぼすべてのアカハラ規則は、いわゆる偉い人(教授、管理職、委員、著名研究者など)が「アカハラする側の論理」で分析し、判断し、制定している。

「される側の論理」の被害例を示しても、分析し、判断し、制定するのは「する側の論理」である。

「する側の論理」と「される側の論理」のギャップは現行システムでは埋めようがない。

イーシーアール・ライフ(ecrLife)の活動は、ココを何とかしようとしている。

《2》通報者の保護・利益 

上記を否定する人も多いだろう。

ではどうして、いまだに「通報者の保護」「通報者の利益」が不十分なのか? いわゆる偉い人(教授、管理職、委員、著名研究者など)が通報されたくないからだ。

長年、通報者(告発者)の保護が重要だと指摘されている。白楽を含め、一部の人は、通報に利益がなければ誰も通報しないと指摘する。

それでも、現在も、「71%の人は、不正行為を直接通報するコストが、得られる褒美・報酬よりも高いため、不正行為を直接通報しない」のである。「通報者の保護」「通報者の利益」が不十分だから、不正を見ても人々は通報しない。当然である。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●8.【コメント】

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