2022年7月15日掲載
ワンポイント:ビルバウマーはテュービンゲン大学(University of Tübingen)の有名な教授で、チャウダリーは部下の研究員でインド出身である。ビルバウマーが71歳、チャウダリーが33歳(?)に発表した「2017年1月のPLoS Biol.」論文が大きな脚光を浴びた。しかし、2019年、同じテュービンゲン大学のポスドクのマーティン・スピュラー(Martin Spüler)がデータを統計的に分析し、結果を再現できないとした。2019年、テュービンゲン大学、その後、ドイツ研究振興協会(DFG)は独立にネカト調査をし、2人をクロと判定した。締め出し期間をビルバウマーに5年間、チャウダリーに3年間科した。「2017年1月のPLoS Biol.」論文は撤回された。国民の損害額(推定)は20億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer、ORCID iD:?、写真出典)は、チェコスロバキアに生まれ、オーストリアのウィーン大学(Universität Wien)で研究博士号(PhD)を取得し、ドイツのテュービンゲン大学(University of Tübingen)・教授になった。医師免許はない。専門は神経科学(ブレイン・コンピュータ・インタフェース(Brain-computer Interface : BCI))である。
ウージワル・チャウダリー(Ujwal Chaudhary、ORCID iD:?、写真出典)は、インドの大学、米国の大学院を経て、ドイツのテュービンゲン大学(University of Tübingen)・ビルバウマー研究室のグループ長になった。医師免許はない。専門は神経科学(ブレイン・コンピューター・インターフェース)である。
ビルバウマーが71歳の時、チャウダリーが33歳(?)の時に発表した「2017年1月のPLoS Biol.」論文が大きな脚光を浴びた。
しかし、この論文が問題視された。
2019年、論文発表の2年後、同じテュービンゲン大学のポスドクのマーティン・スピュラー(Martin Spüler)がデータを統計的に分析し、結果を再現できないと、論文で指摘した。
2019年、テュービンゲン大学、その後、ドイツ研究振興協会(DFG)は独立にネカト調査をし、2人をクロと判定した。締め出し期間をビルバウマーに5年間、チャウダリーに3年間科した。
「2017年1月のPLoS Biol.」論文は撤回された。
テュービンゲン大学(University of Tübingen)。写真出典
- 国:ドイツ
- 成長国:オーストリア(ビルバウマー)、インド(チャウダリー)
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:オーストリアのウィーン大学(ビルバウマー)、米国のフロリダ国際大学(チャウダリー)
- 男女:男性
- 分野:神経科学
- 不正論文発表:2017年
- 発覚年:2019年
- 発覚時地位:テュービンゲン大学・元教授(ビルバウマー)、同・元研究員(チャウダリー)
- ステップ1(発覚):第一次追及者はテュービンゲン大学・情報学のポスドクだったマーティン・スピュラー(Martin Spüler)で、論文で指摘
- ステップ2(メディア):「Nature」、「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①テュービンゲン大学・調査委員会。②ドイツ研究振興協会(DFG)・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。プレスリリースはある:Press Releases | University of Tübingen
- 大学の透明性:匿名発表(Ⅹ)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:3論文撤回
- 時期:
- 職:2人共、事件後、研究職を続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:ドイツ研究振興協会(DFG)から 5年間の締め出し(ビルバウマー)、3年間の締め出し(チャウダリー)
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は20億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
★ニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer)
- 1945年5月11日:チェコスロバキアのオタウに生まれた
- 14歳で犯罪者
- 23歳の時、政治活動で大学から退学処分
- 1963~1974年(18~29歳):オーストリアのウィーン大学(Universität Wien)で研究博士号(PhD)を取得:心理学と神経生理学
- 1975~2013年(30~68歳):ドイツのテュービンゲン大学(University of Tübingen)・教授
- 2013~2015年(68~70歳):2年間、同大学・上級教授: Universität Tübingen
- 2016~2019年末(70~74歳):スイスの「バイオ・ニューロエンジニアリング・ウィス・センター(Wyss Center for Bio and Neuroengineering)」・研究員
- 2017年1月(71歳):後で問題となる「2017年1月のPLoS Biol.」論文を発表
- 2019年4月8日(73歳):マーティン・スピュラー(Martin Spüler)に論文の問題点を指摘された
- 2019年6月6日(74歳):テュービンゲン大学がネカトと結論した
- 2019年9月19日(74歳):ドイツ研究振興協会(DFG)がネカトと結論した
- 2022年3月22日(76歳):「2022年3月のNat Commun.」論文で再起
受賞歴: ウィキペディア・ドイツ語版:Niels Birbaumer – Wikipedia の日本語版を修正し貼り付けた。
- 1993年:科学文学アカデミーの正会員[39]
- 1995年:ゴットフリートウィルヘルムライプニッツ賞
- 2000年:ヴィルヘルム・ヴント-ドイツ心理学会のメダル
- 2001年:アルバートアインシュタイン世界科学賞
- 2003年:ドイツ自然科学アカデミーレオポルディーナの会員[40]
- 2009年:米国科学振興協会のフェロー
- 2010年:ベルリン-ブランデンブルク科学アカデミーのヘルムホルツメダル[41]
- 2010年:フリードリッヒシラー大学イエナ校から名誉博士号を取得
- 2012年:ザルツブルク大学とマドリッドコンプルテンセ大学から名誉博士号を取得
- 2012年: FürstDonnersmarckFoundationの研究賞で名誉賞を受賞[42]
- 2013年:欧州心理学者協会連盟のアリストテレス賞
- 2014年:EvaLuiseKöhlerResearchAwardfor Rare Diseases
- 2015年:あなたの脳があなたが思っている以上に知っている今年の科学の本。JörgZittlauと一緒に、脳研究からの最新の発見
- 2018年:ウィーン大学からの名誉博士号[43]
★ウージワル・チャウダリー(Ujwal Chaudhary)
主な出典:Ujwal Chaudhary | LinkedIn
- 生年月日:不明。仮に1984年1月1日生まれとする。2002年に大学に入学した時を18歳とした
- 2002年6月~2006年6月(18~22歳?):インドのサタヤバマ大学(Sathyabama University)で学士号取得:化学
- 2008年8月~2013年7月(24~29歳?):米国のフロリダ国際大学(Florida International University)で研究博士号(PhD)を取得:生物医工学
- 2014年1月~2021年12月(30~37歳?):ドイツのテュービンゲン大学(University of Tübingen)・ポスドク、後にグループ長
- 2017年1月(33歳?):後で問題となる「2017年1月のPLoS Biol.」論文を発表
- 2019年4月8日(35歳?):マーティン・スピュラー(Martin Spüler)に論文の問題点を指摘された
- 2019年6月6日(35歳?):テュービンゲン大学がネカトと結論した
- 2019年9月19日(35歳?):ドイツ研究振興協会(DFG)がネカトと結論した
- 2022年1月(38歳?):ドイツでALS Voice社(ALS Voice)を設立、社長
- 2022年3月22日(38歳?):「2022年3月のNat Commun.」論文で再起
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
動画:「心を読む機械で、全身不随状態の患者が「生きたい」と意思表明 – YouTube」(ドイツ語)30秒。
MITテクノロジーレビュー(チャンネル登録者数 13人)が2017/02/01 に公開
【動画2】
研究紹介動画:「niels birbaumer assessing quality of life – YouTube」(英語)4分11秒。
gocognitive(チャンネル登録者数 6130人)が2011/05/12 に公開
●4.【日本語の解説】
事件の解説も少しあるが、研究成果に関する日本語の解説がたくさんある。
★2022年3月23日:著者名不記載:niponnese:「脳インプラントは完全に麻痺した患者がコミュニケーションすることを可能にします」
Chaudhary博士とBirbaumer博士は、完全に閉じ込められた患者に対して2017年と2019年に2つの同様の実験を行い、コミュニケーションが取れたと報告しました。 ドイツ研究振興協会による調査の結果、研究者は患者の検査をビデオで部分的にしか記録しておらず、分析の詳細を適切に示しておらず、虚偽の陳述を行ったと結論付けた後、両方の研究は撤回されました。 ドイツ研究振興協会は、ビルバウマー博士が科学的不正行為を犯したことを発見し、提案の提出と財団の査読者としての役割を果たすことの5年間の禁止を含む、最も厳しい制裁のいくつかを課しました。
当局は、Chaudhary博士も科学的不正行為を犯し、3年間同じ制裁を課したことを発見しました。 彼とバーバウマー博士の両方が彼らの2つの論文を撤回するように頼まれました、そして彼らは断りました。
続きは、原典をお読みください。
★2017年2月2日:著者名不記載:AFP:「閉じ込め症候群のまひ患者、新技術で意思疎通「今は幸せ」」
【2月2日 AFP】運動ニューロン変性疾患が原因で体が完全にまひした患者と意思疎通を図る方法を国際研究チームが発見した。研究論文がこのほど発表された。研究チームによると、患者らはみな「今は幸せ」であることを伝えたという。
1月31日付のオンライン科学誌プロス・バイオロジー(PLoS Biology)に発表された研究論文は、完全な「閉じ込め」症候群の患者4人に基づくものだ。閉じ込め症候群では、運動に関与する神経系の一部を破壊する筋萎縮性側索硬化症(ALS)が原因で、患者は体を全く動かせない状態となる。
・・・中略・・・
ニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer)教授は「完全な閉じ込め状態の患者4人に生活の質(クオリティー・オブ・ライフ、QOL)について尋ねた際の肯定的な返答には当初、驚かされた」と話す。そして、「4人はみな、呼吸ができなくなった時点で、生命維持のための人工呼吸器の装着を選んでいる。そういった意味では、彼らは既に生きることを選択している」と続けた。
★2018年5月20日:浜野研三:人文論究(関西学院大学人文学会):「参加民主主義のすすめ:逆転型全体主義から自由と平等を守る」
事件の解説ではない。
出典 → ココ
ニールス・バーバウマー(Niels Birbaumer)は,は依存症の治癒が極めて困難なのは,たとえ医療によって症状が亡くなるまで治癒が進んでも,もともとの症状を生み出した環境が変化していないのにもかかわらずその環境に戻らざるを得ない事に原因を求めている。様々な医療技術により治癒に向かっても,もともとの症状を生んだ原因がなお存在するような環境の中に戻ってゆけば,再発が起こることは容易に想像できる。したがって,根本的問題は,医学的なものではなく,社会的問題であると語っている。病について考察する場合にも社会学的想像力を駆使することが重要な役割を果たし得るのである(7)
続きは、原典をお読みください。
★2022年5月28日:池田知広 (毎日新聞):「拡張する脳:脳波を読み取り文字入力 ALS患者に治験 阪大が計画」
事件の解説ではない。
出典 → ココ
全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病「筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)」(ALS)の患者の頭部に、小型の脳波計を埋め込んで文字入力につなげる治験を、大阪大の研究チームが計画している。ALS患者は症状が進行すると、意識は鮮明なのに周囲とコミュニケーションが取れなくなることがあり、こうした患者が自分の意思を伝える手段になると期待される。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★発覚の経緯
2014年、テュービンゲン大学のニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer)とウージワル・チャウダリー(Ujwal Chaudhary)は、筋萎縮性側索硬化症(ALS:amyotrophic lateral sclerosis)で麻痺した4人の患者を対象に意思表示できる方法を研究していた。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、手足やのど、舌など全身の筋肉が萎縮することで力が入らなくなり、全身の自由がきかなくなってしまう難病です。出典:筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因は?食べ物・ストレス・遺伝の影響などを解説
患者は徐々に筋肉を制御する能力を失い、最終段階では、患者は完全に麻痺し、周囲の人々とコミュニケーションをとることができなくなる「完全閉じ込め状態(Completely Locked-In Status)」になる。この状態の患者と再び通信できるようにする技術を開発しようとしていた。この目的のため、脳活動は、赤外分光法と脳波記録法(EEG)を使って測定した。
以下に示す「2017年1月のPLoS Biol.」論文で、電極の付いた帽子を頭皮に置くことで、「はい」または「いいえ」の質問に答えられるようになったと報告した。
- Brain-Computer Interface-Based Communication in the Completely Locked-In State.
Chaudhary U, Xia B, Silvoni S, Cohen LG, Birbaumer N.
PLoS Biol. 2017 Jan 31;15(1):e1002593. doi: 10.1371/journal.pbio.1002593. eCollection 2017 Jan.
4人の被験者(画像出典は「2017年1月のPLoS Biol.」論文)は生活の質が高くなると報告したので、この論文は大きな関心を呼んだ。
★告発
2019年4月8日、しかし、同じテュービンゲン大学・情報学のポスドクだったマーティン・スピュラー(Martin Spüler)はビルバウマーの「2017年1月のPLoS Biol.」論文のデータを統計的に再分析し、結果は元の論文で報告された結果とは大幅に異なり、「2017年1月のPLoS Biol.」論文の結果を再現できないと、論文に発表した。
→ Questioning the evidence for BCI-based communication in the complete locked-in state
ビルバウマーは、スピュラー論文への反論を直ぐに、「2019年4月のPLoS Biol.」論文として発表した(以下)。
- Response to: “Questioning the evidence for BCI-based communication in the complete locked-in state”.
Chaudhary U, Pathak S, Birbaumer N.
PLoS Biol. 2019 Apr 8;17(4):e3000063. doi: 10.1371/journal.pbio.3000063. eCollection 2019 Apr.
この反論はとても不評である。
内容は紛らわしく、反論点が不明確で、非常に弱い反論だと、ネカトハンターのニューロスケプティック(Neuroskeptic)は批判している。
★ネカト調査
テュービンゲン大学(University of Tübingen)はネカト調査を始めた。
2019年6月6日、テュービンゲン大学(University of Tübingen)は2人にデータねつ造・改ざんがあったと発表した。 → Press Releases | University of Tübingen
テュービンゲン大学のネカト調査報告を受け、ビルバウマーに多額の研究助成をしていたドイツ研究振興協会(DFG)もネカト調査に乗り出した。
2019年9月19日、ドイツ研究振興協会(DFG)は、独立した専門家のネカト調査を依頼した。その結果、スピュラー論文の主張を確認し、ビルバウマーとチャウダリーの2人にデータねつ造・改ざんがあったと発表した。 →
DFG – Deutsche Forschungsgemeinschaft – Wissenschaftliches Fehlverhalten: DFG beschließt Maßnahmen gegen Hirnforscher Niels Birbaumer und
ドイツ研究振興協会(DFG)は、5年間の締め出し期間をビルバウマーに科し、チャウダリーに3年間を科した。「2017年1月のPLoS Biol.」論文と「2019年4月のPLoS Biol.」論文の2つの論文を撤回するよう要請した。論文に記載の研究に費やした助成金の返還も求める方向だ。
★2022年3月:再起
上記の2年5か月後の2022年3月、チャウダリーとビルバウマーらは、以下の「2022年3月のNat Commun.」論文で、研究成果の正しさを主張している。
- Spelling interface using intracortical signals in a completely locked-in patient enabled via auditory neurofeedback training.
Chaudhary U, Vlachos I, Zimmermann JB, Espinosa A, Tonin A, Jaramillo-Gonzalez A, Khalili-Ardali M, Topka H, Lehmberg J, Friehs GM, Woodtli A, Donoghue JP, Birbaumer N.
Nat Commun. 2022 Mar 22;13(1):1236. doi: 10.1038/s41467-022-28859-8.
日本語解説:神経科学:完全閉じ込め状態にある患者のための意思伝達装置 | Nature Communications | Nature Portfolio
「2022年3月のNat Commun.」論文では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の34歳の男性患者を対象に意思伝達ができたと述べている。
少し詳しく書くと、「完全閉じ込め状態(Completely Locked-In Status)」の患者の補助運動野と一次運動野に2つの64微小電極アレイを移植した。患者は聴覚フィードバックに基づいて神経発火率を調整し、一度に1文字ずつ文字を選択し、自分の要望と経験を伝える単語とフレーズを示した。
この論文は、「完全閉じ込め状態(Completely Locked-In Status)」でも脳ベースの意欲的なコミュニケーションが可能という証拠を示している。
ネイチャーコミュニケーションズで発表されたこの研究は、完全に閉じ込められた状態の患者が外界と長々とコミュニケーションを取っている最初の例を示していると、研究のリーダーでテュービンゲン大学の元神経科学者であるニールス・ビルバウマーは述べた。
・・・中略・・・
「これは確かな研究だと思います」と、ドイツのフライブルク大学のブレイン・コンピューター・インターフェース研究者であるナタリー・ムラチャッツ・カースティングは述べています。 彼女は研究に関与しておらず、以前に撤回された論文を知っていました。
(出典: 2022年3月23日:脳インプラントは完全に麻痺した患者がコミュニケーションすることを可能にします – Nipponese)
2022年7月14日現在、この論文は精査された(ている)と思うが、否定的な結果は報道されていない。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
★「2017年1月のPLoS Biol.」論文
「2017年1月のPLoS Biol.」論文の書誌情報を以下に示す。2019年12月16日に撤回された。
- Brain-Computer Interface-Based Communication in the Completely Locked-In State.
Chaudhary U, Xia B, Silvoni S, Cohen LG, Birbaumer N.
PLoS Biol. 2017 Jan 31;15(1):e1002593. doi: 10.1371/journal.pbio.1002593. eCollection 2017 Jan.
テュービンゲン大学(University of Tübingen)の調査結果は以下の4 点を指摘した。 → 2019年6月6日:Press Releases | University of Tübingen
- 都合の悪いデータを採択しないデータ改ざんがあった。
- 論文に示されている脳波記録(EEG)の元データがない。
- 個々の患者でブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)の使用日数と論文の日数が異なった。患者1人あたり6~17日の間で変動していた。論文では1人の患者は、12日間の結果が示されていたが、元データは8日間のデータだった。別の患者では、論文では14日間の結果が示されていたが、元データは12日間のデータだった。
- 重要なソフトウェアを開示していないので、使用方法を評価できず、コンピューターを利用したデータの評価が正しいかどうかを判断できない。しかし、委員会は、データが破損していたと理解した。
ネカトハンターのニューロスケプティック(Neuroskeptic)はテュービンゲン大学の調査結果を以下のように批判している。
- 報告書は「ねつ造・改ざん」と書いておらず、「論文の基礎となるデータの一部が欠落している」と書いている。この曖昧表現はなんなんでしょう。
- 詳細を知らなければ、これが深刻な不正ではなく、単にズサンだったと受け取られてしまう。
- 論文の「データの一部が欠落している」ことと論文の信頼性は別問題で、データがすべて存在し、データは正しくても、統計処理がおかしいので、論文の結果は信頼できない。実際、ビルバウマーの元同僚が、2015年11月に、「統計的に正しい分析ではデータから有意な結果を見つけることができなかった」とビルバウマーに伝えていた。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
ニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer)がボスなのでビルバウマーを中心に記述する。
★パブメド(PubMed)
2022年7月14日現在、パブメド(PubMed)で、ニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer)の論文を「Niels Birbaumer [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、1991年に1報、1997年に1報、2002~2022年の21年間の332論文の計334論文がヒットした。
ウージワル・チャウダリー(Ujwal Chaudhary)と共著の論文は「Niels Birbaumer [Author] AND Chaudhary」で検索すると、2015~2022年の8年間の19論文がヒットした。
2022年7月14日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、2論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2022年7月14日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer)を「Niels Birbaumer」で検索すると、懸念表明や訂正はあるが、結局、本記事で問題にした「2017年1月のPLoS Biol.」論文と「2019年4月のPLoS Biol.」論文を含め 3論文が撤回されていた。
ウージワル・チャウダリー(Ujwal Chaudhary)にはビルバウマーとの共著論文以外の撤回論文は無かった。
★パブピア(PubPeer)
2022年7月14日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer)の論文のコメントを「Niels Birbaumer」で検索すると、8論文にコメントがあった。重複があるので、正確には7論文になる。
●7.【白楽の感想】
《1》悲しい事件
難病の患者を救う論文でデータねつ造・改ざんがあったと知るのは、とても悲しい。
ニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer)、ウージワル・チャウダリー(Ujwal Chaudhary)の研究は、患者に非常に多くの希望を与えていた。それこそ、患者にとって生きる望みだった。
しかし、研究費・地位・名声を得る欲望が患者よりも優先した。
患者という弱者を食い物にしていて、データねつ造・改ざんした。大きな憤りを感じる。
では、この事件をどう防げるのだろう? 厳罰化? 刑事事件化?
一方、ビルバウマーは先端技術の最難関箇所で模索している印象もある。
研究は人間の行為なので、間違いはあるし、欲望の道具でもある。若干の行き過ぎもあるだろう。重箱のスミをつつくと科学の進歩は委縮する? 少数の犠牲は仕方ない? 進歩優先?
白楽は、ブレイン・コンピュータ・インタフェース(Brain-computer Interface : BCI)研究の現状を把握していない。それで、ビルバウマーの研究姿勢の是非について判断できない。
《2》インド人
後で問題となる「2017年1月のPLoS Biol.」論文を発表したのはビルバウマーが71歳の時で、チャウダリーは33歳(?)の時である。しかも、チャウダリーはインド人で大学卒業までインドで育っている。
偏見と憶測なので、ココだけの話にして欲しいが、この事件は、チャウダリーがビルバウマーの名声を利用してネカトをしたと、白楽は思ってしまう。
こういう人種差別的な発言は公式には許されないので、テュービンゲン大学もドイツ研究振興協会(DFG)も、そのような発言をしていない。しかし、読者もご承知の通り、研究倫理問題を起こすインド人の例はゴマンとある。
チャウダリーは若くて野心的である。アブナイ。
《3》他の論文
ビルバウマーとチャウダリーの他の論文も、「2017年1月のPLoS Biol.」論文と同じ問題を抱えていると思う。
十分に精査する必要があると思うが、されていない。
ニールス・ビルバウマー(Niels Birbaumer)、https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Niels_Bierbaumer_P1100443_.Jpg
Ribax, CC BY 4.0 , via Wikimedia Commons
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●9.【主要情報源】
① ウィキペディア・ドイツ語版:Niels Birbaumer – Wikipedia
② 2019年7月2日のニューロスケプティック(Neuroskeptic)記者の「Discover Magazine」記事:The Fall of Niels Birbaumer | Discover Magazine
③ 2019年9月21日のアリソン・アボット(Alison Abbott)記者の「Nature」記事:Prominent German neuroscientist committed misconduct in ‘brain-reading’ research
④ 2019年9月24日のアリソン・アボット(Alison Abbott)記者の「Scientific American」記事:Prominent German Neuroscientist Committed Misconduct in “Brain Reading” Research – Scientific American
⑤ 2022年3月22日のメガナ・ケシャヴァン(Meghana Keshavan)記者の「STAT」記事:With ‘brain-reading’ research, a once-tarnished scientist seeks redemption
⑥ 2022年4月8日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ:Schneider Shorts 8.04.2022 – Flying Claptrap – For Better Science
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
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