2016年12月8日掲載。
ワンポイント:ヨーテボリ大学の教授が突然亡くなり、残された研究室員が不採択論文原稿を完成させる過程で、データねつ造・改ざんが見つかり、2014年、元院生のカロリンスカ医科大学の研究グループ・リーダー(30代男性)がクロと結論された。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】
ポンタス・ボーストラム(Pontus Boström、写真出典)は、スウェーデンのカロリンスカ医科大学(Karolinska Institute)・研究グループ・リーダーで医師だった。専門は糖尿病の分子細胞生物学だった。
2012年(32歳?)、ヨーテボリ大学(University of Gothenburg)での博士論文の指導教授(スヴェン=オロフ・オロフセン教授)が突然亡くなった。残された研究グループが、不採択だった論文原稿を完成させようと、実験し直し、データを精査したところ、当時院生だったボーストラムのデータねつ造・改ざんが見つかった。
2014年3月4日(34歳?)、ヨーテボリ大学・学長は調査の結果、ポンタス・ボーストラムに意図的なデータ改ざんがあったと結論した。
ヨーテボリ大学(University of Gothenburg)。写真出典
- 国:スウェーデン
- 成長国:スウェーデン
- 医師免許(MD)取得:スウェーデンのヨーテボリ大学
- 研究博士号(PhD)取得:スウェーデンのヨーテボリ大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。2007年の研究博士号(PhD)取得時を27歳と仮定した
- 現在の年齢:44 歳?
- 分野:糖尿病の分子細胞生物学
- 最初の不正論文発表:2007年(27歳?)
- 発覚年:2012年(32歳?)
- 発覚時地位:カロリンスカ医科大学・グループ・リーダー
- ステップ1(発覚):第一次追及者はヨーテボリ大学の故・オロフセン教授研究室員(グループ)。ヨーテボリ大学に公益通報
- ステップ2(メディア): 「パブピア(PubPeer)」、オニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「For Better Science」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ヨーテボリ大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり。調査委員名も公表
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:5報(パブピアのコメント論文数)。現在、撤回論文なし
- 時期:研究キャリアの初期から
- 研究費:総額は2百万ユーロ(約2億4千万円。1ユーロ=120円換算)。主な内訳 → ①欧州研究会議(ERC)から採択総額1,999,433ユーロ(約2億4千万円)(2013-01-01~2017-12-31)。2015年12月31日に停止されたが、666,858ユーロ(約8千万円)は使用してしまった。ERC Funded Projects | ERC: European Research Council(保存版)
- 結末:辞職(解雇?)。研究費支給が途中で停止
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。2007年の研究博士号(PhD)取得時を27歳と仮定した
- 2007年12月(27歳?):スウェーデンのヨーテボリ大学(University of Gothenburg)・医学研究所のスヴェン=オロフ・オロフセン教授(Sven-Olof Olofsson)研究室で研究博士号(PhD)を取得した
- 2009年(29歳?):ヨーテボリ大学で医師免許(MD)を取得した
- 2009-2011年(29-31歳?):米国・ハーバード大学のブルース・シュピーゲルマン教授(Bruce Spiegelman)の研究室で2年間、ポスドク
- 2011年12月28日(31歳?):大学院の指導教授・スヴェン=オロフ・オロフセン教授(Sven-Olof Olofsson)が、突然亡くなった。享年64歳
- 2012年春(32歳?):米国からスウェーデンに帰国し、カロリンスカ医科大学(Karolinska Institute)・グループ・リーダー
- 2012年8月16日(32歳?):ヨーテボリ大学はオロフセン研究室の論文不正はポンタス・ボーストラムが主犯とする告発を受ける
- 2014年3月4日(34歳?):ヨーテボリ大学・学長は調査の結果、ポンタス・ボーストラムに意図的なデータ改ざんがあったと結論した
- 2015年12月31日(35歳?):ボーストラムはカロリンスカ医科大学を辞職(解雇?)
●5.【不正発覚の経緯と内容】
以下の文章はレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider、マンガ出典)の記事(【主要情報源】⑤)を中心に、取捨選択記述した。
★概略
2012年、スウェーデンのヨーテボリ大学(University of Gothenburg)・医学研究所のスヴェン=オロフ・オロフセン教授(Sven-Olof Olofsson、写真出典)が、突然亡くなった。64歳だった。
残された研究グループ員は、不採択だった論文原稿を完成させようと計画し行動した。
ところが、実験し直し、データを精査する過程で、当時院生だったポンタス・ボーストラム(Pontus Boström)のデータねつ造・改ざんを見つけた。
ポンタス・ボーストラムは、その時、スウェーデンのカロリンスカ医科大学(Karolinska Institute)の研究グループ・リーダーで医師だった。専門は糖尿病の分子細胞生物学だった。
2014年3月4日(34歳?)、ヨーテボリ大学・学長は調査の結果、ポンタス・ボーストラムに意図的なデータ改ざんがあったと結論した。
★「2010年のDiabetes」論文
最初に問題視された論文と指摘点を示しておこう。以下の論文著者の最後著者はオロフセン教授である。
他の下線部の3人はこの事件で報告書や意見を述べている。意見を述べている研究者は全くの第三者ではなく、大きな利害関係者で、ポンタス・ボーストラムの論文の共著者になっていることを示しておく。
- The SNARE protein SNAP23 and the SNARE-interacting protein Munc18c in human skeletal muscle are implicated in insulin resistance/type 2 diabetes.
Boström P, Andersson L, Vind B, Håversen L, Rutberg M, Wickström Y, Larsson E, Jansson PA, Svensson MK, Brånemark R, Ling C, Beck-Nielsen H, Borén J, Højlund K, Olofsson SO.
Diabetes. 2010 Aug;59(8):1870-8. doi: 10.2337/db09-1503.
PMID:20460426
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/EB43977B2B194922946AA24CE2E701#fb53540
★「2007年のNat Cell Biol.」論文
- SNARE proteins mediate fusion between cytosolic lipid droplets and are implicated in insulin sensitivity.
Boström P, Andersson L, Rutberg M, Perman J, Lidberg U, Johansson BR, Fernandez-Rodriguez J, Ericson J, Nilsson T, Borén J, Olofsson SO.
Nat Cell Biol. 2007 Nov;9(11):1286-93.
PMID:17922004
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/E6F7B35778A27FF3AE66EDCAEECD2A#fb53539
★ヨン・ボリアム教授のヨーテボリ大学・学長にあてた報告書
スウェーデンのヨーテボリ大学(University of Gothenburg)の医学部と大学病院に相当するサルグレンスカ・アカデミー(The Sahlgrenska Academy)のヨン・ボリアム教授(Jan Borén、写真出典) が、学長にあてた報告書がある(原文)。
ヨン・ボリアム教授は上記の2不正論文の共著者で最後から2番目・3番目である。ついこの間まで、オロフセン研究室を実質仕切っていた番頭と思われる。
以下、報告書の要点を引用する。
2011年12月28日、スウェーデンのヨーテボリ大学(University of Gothenburg)・医学研究所のスヴェン=オロフ・オロフセン教授(Sven-Olof Olofsson、写真出典)が、突然亡くなった。64歳だった。
突然のことで、彼の研究グループを主導する人がいなかった。それまで研究グループミーティングと研究プロジェクトに関与していた研究者が、残された研究グループ員をサポートしようと動き出した。このことは妥当な動きだった。というのは、生前のオロフセン教授は彼らと頻繁に研究プロジェクトを議論していたからだ。
残務処理グループは、今まで数年間取り組んでいた研究プロジェクト「シンタキシン‐5とシンタキシン‐5の脂肪酸誘因インシュリン抵抗性における役割」を完成することにした。
まず、学術誌「Diabetes」に投稿し、2011年7月19日に不採択となった論文原稿を完成し、別の学術誌に投稿することを計画した。論文タイトルは「Decreased syntaxin‐5 in skeletal muscle in type 2 diabetes impairs insulin action on AKT by inhibiting its sorting to the plasma membrane」である。
残務処理グループは、デンマークのオーフス大学(Aarhus University)のカート・ホイロン教授(Kurt Højlund、写真出典)の協力を得て、検討を始めた。カート・ホイロン教授も「2010年のDiabetes」論文の最後から2番目の共著者である。ヨン・ボリアム教授と一緒に、ついこの間まで、オロフセン研究室を実質仕切っていた番頭と思われる。
ところが、残務処理グループは、学術誌「Diabetes」に投稿し不採択になった原稿に記載していた実験結果を得られなかった。種々の対照実験をデザインし、実験したのだが、どこがマズかったのだろうか?
理由は、原則的に3つである。
1. 対照実験のデザインか実施が間違っていた
2. オリジナル・データの解釈が不正確だった
3. オリジナル・データそのものが不正確だった
残務処理グループは、これら3つの可能性を徹底的に検討し、最初の2つの可能性を除いた。残った可能性は3番目だけだった。
それで、オリジナル・データそのものを慎重に調査して欲しいと、オロフセン教授亡き後の残務処理グループをまとめていた研究員のリンダ・アンデルソン(Linda Andersson、写真出典)に依頼した。
リンダ・アンデルソンもまた、上記の2報の不正論文の共著者である。著者在順では、ポンタス・ボーストラムが第一著者で、リンダ・アンデルソンは第二著者である。ポンタス・ボーストラムに次いで、実験に深く関与していたと思われる。
2012年4月24日、リンダ・アンデルソンは、オリジナル・データを調査したら、オリジナル・データの数値と不採択原稿の数値が異なることに気が付いた。それで、別のファイルも調査した。すると、別のアイルにも同じ不一致が見られた。これらを、4月26日、残務処理グループに報告した。
オリジナル・データは、ポンタス・ボーストラム(Pontus Boström)が算出したものだった。
ポンタス・ボーストラムは研究グループの一員だった時はヨーテボリ大学の博士院生で、2007年12月21日の博士論文審査会をパスしていた。その後、2009年まで、研究と臨床トレーニングを並行して行ない、2009年に米国に研究留学していた。
2009-2011年、ポンタス・ボーストラムは、ハーバード大学のブルース・シュピーゲルマン教授(Bruce Spiegelman、写真出典)の研究室で2年間、ポスドクを務めた。
2012年春、ポンタス・ボーストラムは米国から帰国し、スウェーデンのカロリンスカ医科大学(Karolinska Institute)で研究室を主宰し、グループ・リーダーになった。
残務処理グループは、従って ポンタス・ボーストラムに以下の事実の説明を求めた。
- オリジナル・データの数値と論文原稿データの数値が異なるのは、どうしてでしょうか?
- qPCRファイルのウェスタン・ブロットのゲルが行方不明ですが、どうしてでしょうか?
- 変更された数値では、最も高い数値の数字だけが異なりますが、どうしてでしょうか?
上記の問い合わせに、ポンタス・ボーストラムから納得できる回答が得られなかった。
2012年8月16日、残務処理グループは、ヨーテボリ大学の研究ネカト疑惑取り扱い規則に従い、パム・フレッドマン学長(Pam Fredman、写真出典)とハンス・カールステン医学研究所長(Hans Carlsten)に状況を報告した。
2012年8月30日、パム・フレッドマン学長から依頼された大学の法律家クリスチーナ・ウルグレン(Kristina Ullgren)は、残務処理グループに事件概要の提出を依頼した。
残務処理グループは、スヴェン=オロフ・オロフセン教授の研究室から出版された他の論文ついても、オリジナル・データの数値と論文原稿データの数値の違いがあるかチェックしたが、他の論文には見つからなかった。
ーーーここまでが、ヨン・ボリアム教授の報告書
レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)は、上記の手紙を書いたヨン・ボリアム教授に事件調査の背景を質問した。以下がヨン・ボリアム教授の回答である。
このような問題は難しいけれども、透明性を保って状況を処理し、研究ネカトを隠そうとしないことがクリティカルだと思います。私達は誤りから学ばなければなりません。このことは、私の院生時代の師である故・スヴェン=オロフ・オロフセン教授から学びました。オロフセン教授は、常々、科学公正と正直さは研究遂行では重要だと述べていました。調査により、オロフセン教授の研究ネカト疑惑が完全に晴れたことをうれしく思います。
★ユゴ・モエンス教授の調査報告書
ユゴ・モエンス(Ugo Moens、写真出典)はノルウェーのトロムソ大学(University of Tromsø)・教授(医学生物学)で、ヨーテボリ大学からの依頼でポンタス・ボーストラムの研究ネカトの調査に協力した。
2013年7月18日付のユゴ・モエンス教授の調査報告書(英語)を以下に貼り付ける。
11-rapport-fran-ugo-moens-18-juli-2013
モエンス教授は、顕著な差が出るように、ボーストラムがデータの数値を操作したことを見つけた。実験した2つのグループの数値は実際同じだった(100%対98.3%)のに、ボーストラムは顕著な差が出るように改ざんした(100%対74.5%)。 ボーストラムは改ざんした数値を論文原稿に使い、2つの学術誌に投稿したのである。
★ヨーテボリ大学・学長のネカト発表
2014年2月28日、ヨーテボリ大学・調査委員会は、1年半かかった調査の結果をまとめ、学長に報告した(スウェーデン語・英語の両方記述)。0 A. Utlåtande till Rektor 28 februari 2014
2014年3月4日、ヨーテボリ大学・学長は調査の結果を公表し、ポンタス・ボーストラムに意図的なデータ改ざんがあったと結論した(スウェーデン語)。
調査報告書の要点は以下の通りだ。
オリジナル・データが改ざんされ論文原稿のデータに使用された。
申し立て者が問題にした研究プロジェクトに数人の研究者が関与していたが、データ改ざんはポンタス・ボーストラムのファイルで見つかった。他の研究者のファイルにデータ改ざんは見つからなかった。
研究ネカト委員会は、ポンタス・ボーストラムが意図的なデータねつ造、改ざん(または基本データの秘匿)、改ざんデータと知りつつ意図的に発表(またはその準備)をしたことで、ポンタス・ボーストラムが研究ネカトをしたと判断した。
ポンタス・ボーストラムは、データねつ造を認め、2011年の2つの学会要旨「Andersson et al, Atherosclerosis 2011」「Højlund et al, Diabetologia 2011」を撤回した。
ところが、2014年11月19日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事では、彼を批判した人を、「昔の因縁」で、「ひどく偏向した調査」を行ない、そこには「学内抗争」があった、などと攻撃している。
確かに、ポンタス・ボーストラムがネカト者と判断した残務処理グループとその協力者のヨン・ボリアム教授、カート・ホイロン教授、リンダ・アンデルソン研究員は、故オロフセン教授の研究室院で、論文共著者になっている。だから、昔の研究室仲間の全員がグルになって、ポンタス・ボーストラム1人をスケープゴートしたようにも思える。
しかし、スケープゴート説は簡単に否定される。というのは、ヨーテボリ大学の研究室員がどのように談合しようが、その力が及ばないハーバード大学のポスドク時代の論文にもポンタス・ボーストラムの研究ネカトが指摘されたのだ。以下に示すそう。
★「2012年のNature」論文
ボーストラムのヨーテボリ大学での研究ネカトだけを記事にしたが、実は、ボーストラムが2年間ポスドクで在籍したハーバード大学のブルース・シュピーゲルマン教授(Bruce Spiegelman)の研究室から、2012年1月、ボーストラムは、Nature論文を発表した。その「2012年のNature」論文にもネカトが見つかってきたのだ。
論文は、肥満を解消する奇跡のホルモン「irisin(アイリシン,イリシン)」の発見で、画期的である。
- A PGC1-α-dependent myokine that drives brown-fat-like development of white fat and thermogenesis.
Boström P, Wu J, Jedrychowski MP, Korde A, Ye L, Lo JC, Rasbach KA, Boström EA, Choi JH, Long JZ, Kajimura S, Zingaretti MC, Vind BF, Tu H, Cinti S, Højlund K, Gygi SP, Spiegelman BM.
Nature. 2012 Jan 11;481(7382):463-8. doi: 10.1038/nature10777.
PMID:22237023
ボーストラムが第一著者で、シュピーゲルマン教授が最後著者である。前出のカート・ホイロン教授(Kurt Højlund)も著者に入っている。ポンタス・ボーストラムと同姓のエリザべス・ボーストラム(Elisabeth Almer Boström)も著者に入っている。本題からズレるが、米国で結婚した女性でしょう。
2012年9月12日、ボーストラムとシュピーゲルマン教授は「irisin(アイリシン,イリシン)」の特許を取得した。エンバー治療社(Ember Therapeutics Inc.)とラインセス契約もした。2014年から臨床試験に入る計画になっていた(実際は以下の指摘で頓挫)。
2013年10月、ところが、デューク大学病院(Duke University Medical Center)のハロルド・エリックソン(Erickson HP)が「2013年のAdipocyte」論文で「2012年のNature」論文がおかしいと指摘した。
- Irisin and FNDC5 in retrospect: An exercise hormone or a transmembrane receptor?
Erickson HP.
Adipocyte. 2013 Oct 1;2(4):289-93. doi: 10.4161/adip.26082.
PMID:24052909
2013年12月、パブピアも、「2012年のNature」論文のネカトを指摘し始めた。
画像の重複使用の指摘を引用しよう
出典:Peer 8:( June 30th, 2016 8:40am UTC )
https://pubpeer.com/publications/D58CD92ADD3D6301612B0C587147F0#fb53566
ハーバード大学のブルース・シュピーゲルマン教授はこの分野の権威である。その権威に媚びたのだろうか、「2012年のNature」論文は再現性があるという追従論文がいくつか出版された。
2015年8月には日本の試薬会社フナコシが定量キットの販売をしている(運動ホルモンIrisin(アイリシン,イリシン)の定量キット | Irisin EIA / ELISA Kit | ホルモンアッセイキット | ELISA/EIAキット | フナコシ)(保存版)
★「2010年のCell」論文
しかし、ボーストラムが第一著者で、シュピーゲルマン教授が最後著者の「2010年のCell」論文にも画像の重複使用が指摘された。
- C/EBPβ controls exercise-induced cardiac growth and protects against pathological cardiac remodeling.
Boström P, Mann N, Wu J, Quintero PA, Plovie ER, Panáková D, Gupta RK, Xiao C, MacRae CA, Rosenzweig A, Spiegelman BM.
Cell. 2010 Dec 23;143(7):1072-83. doi: 10.1016/j.cell.2010.11.036.
PMID:21183071
画像の重複使用の指摘。
出典:Peer 1: ( June 29th, 2016 1:31pm UTC )
https://pubpeer.com/publications/3E563421174552E5A83E3FD4F40004#fb53544
●【事件後の人生】
2015年秋、ヨーテボリ大学のスヴェン=オロフ・オロフセン教授の後始末のための残務処理グループは解散した。
2015年12月31日、ボーストラムはカロリンスカ医科大学(Karolinska Institute)を辞職した(解雇された?)。その後、海外の大学で研究しているとの情報があったので、所属先を探したが、2016年11月12日現在、所属不明である。学術界から放逐されたと思える。
ボーストラムはハーバード大学のブルース・シュピーゲルマン教授(Bruce Spiegelman)の過去の研究室員にリストされているが(写真出典)、2016年12月7日現在の研究室員にはリストされていない。
2015年12月31日、欧州研究会議(ERC)は、ボーストラムへのグラント(採択期間2013-01-01~2017-12-31)を停止した。採択総額1,999,433ユーロ(約2億4千万円)の内、666,858ユーロ(約8千万円)は使用されていた。
欧州研究会議(ERC)は、666,858ユーロ(約8千万円)の返還を要求しないのですかね?
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2016年12月7日現在、パブメド(PubMed)で、ポンタス・ボーストラム(Pontus Boström)の論文を「Pontus Boström [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2005~2016年の12年間の31論文がヒットした。
2016年12月7日現在、パブメドの論文リストでは撤回論文はない。
データ・ネカトが明白な例として示した「2010年のDiabetes」論文と「2007年のNat Cell Biol.」論文も撤回されていない。
「パブピア(PubPeer)」ではポンタス・ボーストラム(Pontus Boström)の5論文にコメントされている:PubPeer – Results for Pontus Boström
●7.【白楽の感想】
《1》研究公正の指導の効果
ボーストラムの博士論文の指導教授はスヴェン=オロフ・オロフセン教授である
同じようにオロフセン教授の指導を受け、現在は、サルグレンスカ・アカデミー教授になっているヨン・ボリアムは、オロフセン教授のことを次のように評している(本文の記載を再掲)。
このような問題は難しいけれども、透明性を保って状況を処理し、研究ネカトを隠そうとしないことがクリティカルだと思います。私達は誤りから学ばなければなりません。このことは、私の院生時代の師である故・スヴェン=オロフ・オロフセン教授から学びました。オロフセン教授は、常々、科学公正と正直さは研究遂行では重要だと述べていました。調査により、オロフセン教授の研究ネカト疑惑が完全に晴れたことをうれしく思います。
ヨン・ボリアム教授の言葉を信じれば、故・オロフセン教授は研究公正の指導も身をもって示していた。しかし、弟子のボーストラムはネカトをした。
研究室で院生に研究公正の指導をしてもネカトを防げない。このようなケースはどれだけあるのだろうか? もっと定量的に、研究室での指導効果はどれだけあるのだろう?
教員の研究公正指導は無力なのだろうか?
ボーストラムは、いつ、どこで、研究ネカトする価値観を身につけたのか? どこを修正すれば、身につけた研究ネカトする価値観を変えられるのだろうか?
《2》早期発見
「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。
ボーストラムの場合、たまたま博士論文の指導教授(スヴェン=オロフ・オロフセン教授)が死亡したのが発端だ。残務処理グループが、不採択だった論文原稿を完成させようと、実験し直し、データを精査したから、当時院生だったボーストラムのネカトにたどり着いた。
当時、ボーストラムはNatureやCellに論文を出版し、この分野の権威であるハーバード大学のブルース・シュピーゲルマン教授のポスドクから戻ってきたばかりである。
ところが、2016年12月7日現在、そのNatureやCellの論文にもネカトが見つかっている。
もし、不採択だった論文原稿を2012年に精査しなければ、ボーストラムはスウェーデンの超優秀な若き研究者として、取り返しのつかないほど大きなネカトを積み重ねたに違いない。
ネカト・ブロガーのシュナイダーが指摘しているが、スウェーデンは研究ネカトにひどく甘い。対応が愚鈍である。ノーベル賞委員会を抱える国でもあることだし、研究ネカトにもっと敏感で厳格であってほしい。
と、批判したが、白楽の住む日本は、スウェーデンよりも研究ネカトに甘い。ネカト者が学術界から排除されない。
《3》レオニッド・シュナイダーはスバラシイ!
レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider、マンガ出典)はドイツの研究ネカト・ブロガーだが、彼の記載はわかりやすい。事件の全貌をつかみやすい。また、自力でも関係者に問い合わせ、関係者の証言も書き、調査報告書など客観的な資料を収集・公開している。
シュナイダーを非難する人もいるが、ネカト・ブロガーは、事実を冷静に書いたとしても、基本的に非難・攻撃される。
研究ネカト者から、その知人・友人から、ネカト処理の間違いを指摘された大学・機関・調査委員、助成機関から、嫌われ、非難・攻撃される。
御用学者にならないで政策・施策をお粗末と指摘するから、官僚や行政官からも、嫌われ、無視され、非難・攻撃される。
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●8.【主要情報源】
① 2016年7月7日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「For Better Science」記事:Pontus Boström: cheater carousel in Sweden – For Better Science(保存版)
② 2014年11月19日のamarcus41の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:“Conscious fabrication” leads to retraction of diabetes study – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 「パブピア(PubPeer)」ではポンタス・ボーストラム(Pontus Boström)の5論文にコメントがある:PubPeer – Results for Pontus Boström
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。