チンシー・チェン、陳慶士(Ching-Shih Chen)(米)

2018年5月25日掲載。

ワンポイント:台湾で修士号を取得後、米国に渡り、米国のオハイオ州立大学(Ohio State University)・教授になった。2014年8月(58歳?)、オハイオ州立大学・教授に在任のまま、台湾の生化学研究所(Institute of Biological Chemistry)・所長に就任した。2016年(60歳?)、匿名の通報を受け、オハイオ州立大学はチェンのネカト調査を始めた。2018年3月(62歳?)、オハイオ州立大学はチェンが2006-2014年の8論文中の14個の図でネカトを犯していたと発表した。この決定を受け、チェンは、オハイオ州立大学と台湾の生化学研究所を辞任した。現在、研究公正局が調査中。チェン事件は、大学が自主的に調査報告書を公表した少ない例の1つ。損害額の総額(推定)は16億1600万円。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

チンシー・チェン、陳慶士(Ching-Shih Chen、写真出典)は、台湾で修士号を取得後、米国に渡り、米国のオハイオ州立大学(Ohio State University)・教授になった。2014年8月(58歳?)、オハイオ州立大学・教授に在任のまま、台湾の生化学研究所(Institute of Biological Chemistry)・所長に就任した。医師ではない。ネカトが発覚し、米国と台湾でメディアが大騒ぎした。専門は医化学(医薬品開発)だった。

2016年初頭(60歳?)、オハイオ州立大学は、チェンの6論文にネカト疑惑があると匿名の通報を受け、調査を始めた。

2017年9月(61歳?)、オハイオ州立大学は2006-2014年の8論文中の14個の図でチェンがねつ造・改ざんしたとする調査報告書をまとめた。チェンは、オハイオ州立大学と台湾の生化学研究所を辞任した。

2018年3月30日(62歳?)、オハイオ州立大学は上記のネカト調査報告書を公表した。研究公正局が現在調査中。

オハイオ州立大学(Ohio State University)・医科大学院と病院。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:台湾
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:ウィスコンシン大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1956年1月1日生まれとする。1978年に国立台湾大学で学士号を取得した時を22歳とした
  • 現在の年齢:62 歳?
  • 分野:医化学
  • 最初の不正論文発表:2006年(50歳?)
  • 発覚年:2016年(60歳?)
  • 発覚時地位:オハイオ州立大学・教授、および、台湾の生化学研究所(Institute of Biological Chemistry)・所長
  • ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は不明。オハイオ州立大学へ公益通報
  • ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②オハイオ州立大学・調査委員会。③研究公正局
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり
  • 大学の透明性:所属機関の事件への透明性。実名報道で調査報告書(委員名付き)がウェブ閲覧可(◎)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:8報。2018年5月22日現在は撤回論文はないが、いずれ8報撤回されるだろう
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 損害額:総額(推定)は16億1600万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円が33年間=6億6千万円。③院生の損害が1人1000万円だが、院生数は不明で、額は②に含めた。④外部研究費として米国政府の研究費約8億円を受領。⑤調査経費(大学と研究公正局と学術誌出版局)が5千万円。⑥裁判経費なし。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。8報撤回と仮定して、1600万円。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)。オハイオ州立大学・教授を辞職。台湾の生化学研究所・所長を辞職
  • 処分:研究公正局から締め出し処分を受けるだろう
  • 日本人の弟子・友人: 不明

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1956年1月1日生まれとする。1978年に国立台湾大学で学士号を取得した時を22歳とした
  • 1978年(22歳?):台湾の国立台湾大学(National Taiwan University)で学士号取得:農芸化学
  • 1980年(24歳?):同大学で修士号取得:生化学
  • 1985年(29歳?):米国のウィスコンシン大学(University of Wisconsin)で研究博士号(PhD)を取得:薬生化学
  • 1987 – 1991年(31 – 35歳?):米国のロード・アイランド大学(University of Rhode Island)・助教授
  • 1991 – 1995年(35 – 39歳?):同大学・準教授
  • 1995 – 1998年(39 – 42歳?):米国のケンタッキー大学(University of Kentucky)・準教授
  • 1998 – 2001年(42 – 45歳?):同大学・教授
  • 2001 – 2017年9月(45 – 61歳?):米国のオハイオ州立大学(Ohio State University)・教授
  • 2014年8月 – 2017年8月(58 – 61歳?):台湾の生化学研究所(Institute of Biological Chemistry)・所長
  • 2016年3月1日(60歳?):オハイオ州立大学は匿名の通報を受け、ネカト予備調査を始めた
  • 2017年2月15日(61歳?):オハイオ州立大学は、ネカト本調査を始めた
  • 2017年8月(61歳?):台湾の生化学研究所・所長を辞職
  • 2017年9月12日(61歳?):オハイオ州立大学がネカト調査報告書をまとめた
  • 2017年9月(61歳?):米国のオハイオ州立大学・教授を辞職
  • 2018年2月 – 2021年1月(62 – 65歳?):台湾の中国医薬大学(China Medical University)・殊勲教授(Distinguished Professor)
  • 2018年3月30日(62歳?):オハイオ州立大学はネカト調査報告書を公表しネカトと発表
  • 2018年5月24日(62歳?)現在:研究公正局は調査中

●3.【動画】

【動画1】
ニュース動画:「陳慶士の論文改ざんの公開で学界はショック(涉論文造假震驚學界 陳慶士公開信致歉-民視新聞)」(中国語)1分08秒。
民視綜合頻道が2018/03/31 に公開

【動画2】
ニュース動画:「台湾学界のスキャンダル! 論文ネカト、陳は中国科学アカデミーを辞任(台灣學界大醜聞!爆論文造假,陳慶士請辭中研院)」(中国語)1分37秒。
Wall St TV華爾街電視が2018/03/31 に公開

【動画3】
ニュース動画:「論文ネカト:前・生化学研究所所長・陳慶士(論文造假 前中研院生化所長陳慶士准辭)」(中国語)2分18秒。
台視新聞TTV NEWSが2018/04/01 に公開

【動画4】
2018年3月30日、WBNS-10TVのニュース動画:「オハイオ州立大学・教授は、がん研究におけるデータ改ざんを認め辞任(Ohio State professor resigns after admitting to falsifying data in cancer research)」(英語)1分58秒。
以下のサイトで動画画面をクリック
Ohio State professor resigns after admitting to falsifying data in cancer research | WBNS-10TV Columbus, Ohio | Columbus News, Weather & Sports

●4.【日本語の解説】

★2010年5月6日:海外がん医療情報リファレンス、舛田理恵 訳、 千種葉月(薬学)監修:エネルギー供給を阻害し、癌細胞を死滅させる新薬/オハイオ州立大学

出典 → ココ、(保存版

癌細胞は成長が非常に早いため、血液供給を上回ることがあり、、酸素不足に陥ってしまう。そこで癌細胞は、酸素が少なくてすみ、糖類をより多く必要とする方法でエネルギーを産生する。オハイオ州立大学総合がんセンター、Arthur G. James Cancer Hospital and Richard J. Solove Research Instituteの研究者らは、糖類の供給を絶ち、細胞を自滅させる治験薬を開発した。

OSU-CG12と呼ばれる薬剤は、エネルギー制限模倣薬と呼ばれる新しい種類の抗癌剤の一例である。最近Journal of Biological Chemistry誌に掲載された論文に述べられている。

「エネルギー制限は、癌の治療のための強力で新しい方法となる可能性がある。なぜかと言うと、多くの癌種が用いている生きぬくためのメカニズムを標的としているからである」と医化学、内科学および泌尿器科学の教授である、治験責任医師のChing-Shih Chen氏は述べる。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★オハイオ州立大学の発表

2018年3月30日、オハイオ州立大学は、ネカト調査の結果、チンシー・チェン教授(Ching-Shih Chen)が2006-2014年の8論文中の14個の図でねつ造・改ざんしていたと発表した。
→ Professor resigns after research misconduct investigation | The Ohio State University(保存版)

チェン教授の研究には米国政府の研究費8万ドル(約8億円)が投入され、臨床試験も始まっていた。

なお、大学がネカト調査結果を自発的にウェブで発表することは珍しい。大学はチェン事件の調査を終え、現在、研究公正局が調査中であるとも公表している。これも珍しい。研究公正局が特定の研究者の調査をしていることは、普通は、内密である。

2018年3月30日、オハイオ州立大学は、2017年9月12日付けのネカト調査報告書(75ページ+7ページ)も公表した(以下)。公表はいいことだと思うが、調査報告書作成後すぐに公表しないで半年以上も遅らせたのは、せっかく公表したのに、マイナス評価になってしまう。

以下の文書をクリックすると、PDFファイル(812 KB、82ページ)が別窓で開く。
★不正発覚の経緯

オハイオ州立大学の上記のネカト調査結果と他の情報を加味すると、不正発覚の経緯は次のようだ。

2016年初頭(60歳?)、オハイオ州立大学は、匿名者からチェンの6論文にネカト疑惑があるとの通報を受けた。この通報を受け、2016年3月1日、予備調査を始めた。

2017年2月15日(61歳?)、予備調査の結果、本調査に入ることになり、オハイオ州立大学は、調査委員会を立ち上げた。

調査の過程で、どの程度かわからないが、チェンは、「研究室員のノートブックはなく、研究室員が実施した実験の毎日の記録はありません。研究室員には毎週、進捗報告をしてもらっていました」と述べている。

つまり、チェンは、「オハイオ州立大学の標準的な研究管理方法に従っていませんでした。つまり、オハイオ州立大学が要求する実験実施日の毎日の記録を付け、残すことをしてませんでした。その点、大変申しわけありません」と陳謝している。

2017年9月(61歳?)、チェンは、意図的なデータ改ざんを認め、オハイオ州立大学を辞職した。

★臨床試験

チェンは、多数の医薬品の特許を取得していた。
→ チンシー・チェン(Ching-Shih Chen)の特許:Ching-Shih Chen Inventions, Patents and Patent Applications – Justia Patents Search

その1つAR-42は、チェンのネカトが発覚する前から臨床試験が始まっていた。

ヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase:HDAC)は遺伝子の発現を調節する酵素だが、小分子・AR-42はその活性を阻害することで抗がん作用があるとした(例:以下の「2010年のBlood」論文)。

2008年、ニュージャージー州に本拠を置くアルノ製薬社(Arno Therapeutics Inc.)は、チェンが開発した抗がん薬の試験を独占的に実施し、市場に投入した。

2016年11月、オハイオ州立大学の承認を得て、AR-42の臨床試験(フェーズⅠ)を開始した。
→ HDAC Inhibitor AR-42 and Pomalidomide in Treating Patients With Relapsed Multiple Myeloma – Full Text View – ClinicalTrials.gov

実は、この抗がん薬のデータをチェンは改ざんしていたのである。

2017年7月、臨床試験を停止した。

臨床試験だから、どんな様式であれ、医薬品をヒトに投与したのである。その医薬品データが改ざんされていたとなると、健康被害が起こりえる。被害があれば裁判で賠償金訴訟が起こる。

それで、オハイオ州立大学は、治験審査委員会(Institutional Review Board)の審査に加え、外部コンサルタントを雇い、チェンのデータ改ざんがアルノ製薬社の抗がん薬の特許及び患者の健康が損なわれていないことを検証した(2017年9月12日付けのネカト調査報告書に記載されている)。

【ねつ造・改ざんの具体例】

「パブピア(PubPeer)」はチンシー・チェン(Ching-Shih Chen)の24論文にコメントしている。

チェンが最後著者になっている論文を選び、ねつ造・改ざんの具体例をパブピアで探った。

★「2003年のJ Biol Chem.」論文

「2003年のJ Biol Chem.」論文の書誌情報を以下に示す。2018年5月22日現在、撤回されていない。

2018年3月31日に、図5Bと図6Aの電気泳動バンドがおかしいと、Achillea Wilsonianaが指摘した。

以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/39BB09A77F643520A935FEEF3F980A

 

★「2013年のPLoS One」論文

2016年初頭(60歳?)、ネカト疑惑があると匿名者に通報された6論文の1つである。

「2013年のPLoS One」論文の書誌情報を以下に示す。2018年5月22日現在、撤回されていない。

2018年4月7日に、図3Aの電気泳動バンドがおかしいと、Parodia Subterraneaが指摘した。

以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/70BADE8B323C52BB0E0EBC331B0AA1

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2018年5月22日現在、パブメド(PubMed)で、チンシー・チェン(Ching-Shih Chen)の論文を「Ching-Shih Chen [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2018年の17年間の175論文がヒットした。

「Chen CS[Author]」で検索すると、1950~2018年の69年間の1767論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者の論文ではない論文が多いと思われる

2018年5月22日現在、「Chen CS[Author] AND retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2018年5月22日現在、「パブピア(PubPeer)」はチンシー・チェン(Ching-Shih Chen)の24論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.

●7.【白楽の感想】

《1》米国でネカトし帰国

チンシー・チェン、陳慶士(Ching-Shih Chen)は、米国でネカトし台湾に帰国した。

米国でネカトを犯したチェンを台湾のメディアはたくさん報道している。

グーグルで「陳慶士 論文造假」と検索すると、台湾のニュース記事が数十もヒットする。
→ 陳慶士 論文造假 – Google 検索

最初の5記事を以下に画像として貼り付けた。

一方、米国でネカトを犯し日本に帰国した日本人研究者を日本のマスメディアはほぼ全く報道しない。

例えば2105年に研究公正局がクロと判定した藤田亮介(Ryousuke Fujita)の事件の報道はゼロだった。
→ リョウスケ・フジタ、藤田亮介(Ryousuke Fujita)(米)

チェンは米国の大学教授で台湾の生化学研究所・所長だった。一方、藤田亮介は米国のポスドクで日本での職はなかった。そういう地位の違いはあるにしても、ネカトという事実を報道することは地位とは別だろう。日本のマスメディアが報道しないのは、一体、なんなんだろう?

日本の記者は台湾の記者に比べ、ネカトに鈍感ということか? 外国に無知ということか? 単に無能ということか?

なんでなんだろう?

小保方晴子のネカト事件は異常に報道した。ネカト事件に無関心というわけではない。

イヤイヤ、小保方晴子のネカト事件は芸能ニュースだった。一方、藤田亮介のネカト事件は芸能ニュースじゃない。そういうことなのか? つまり、日本の記者はネカト問題を報道する気がないからか?

なんなんでしょう?

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●8.【主要情報源】

① 2018年3月30日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Ohio State just released a 75-page report finding misconduct by a cancer researcher. What can we learn? – Retraction Watch
② 2018年3月30日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「Science」記事:Cancer researcher at The Ohio State University resigns following multiple misconduct findings | Science | AAAS
③ 2018年4月1日のチャオ・リエン(Chao Li-yen)記者とエリザベス・スー(Elizabeth Hsu)記者の「FOCUS TAIWAN」記事:Disgraced cancer researcher worried about tainting Taiwan’s image | Tech | FOCUS TAIWAN – CNA ENGLISH NEWS、(保存版)
④ 2018年4月1日のルネ・サーモンセン(Renée Salmonsen)記者の「Taiwan News」記事:Former Taiwan Academia Sinica professor resigns at OSU for falsifying data | Taiwan News、(保存版)
⑤ 2018年4月1日のLin Chia-nan, Rachel Lin and Jennifer Huang記者の「Taipei Times」記事:Academic quits over falsified research – Taipei Times、(保存版)
⑥ チンシー・チェン(Ching-Shih Chen)の特許:Ching-Shih Chen Inventions, Patents and Patent Applications – Justia Patents Search
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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