7-104 殺害脅迫、幽霊研究者、別人なりすまし:研究不正の不思議な世界

2022年6月7日掲載

白楽の意図:オーストラリアのアリ・ナザリ(Ali Nazari)事件を縦糸に、ネカトハンターのアルテミシア・ストリクタ(Artemisia Stricta)を横糸に、社会から見て異常な学術界のネカト魔界を解説したエリーゼ・ワージントン(Elise Worthington)の「2022年1月のABC News」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ワージントンの「2022年1月のABC News」論文
9.白楽の感想
10.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文」ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。

研究者レベルの人で、元情報を引用するなら、自分で元情報を読んでください。

●1.【日本語の予備解説】

本論文は、アリ・ナザリ(Ali Nazari)の事件と関係している。

以下の出典 → 材料工学:アリ・ナザリ(Ali Nazari)(イラン、豪) | 白楽の研究者倫理

2019年12月8日掲載 

ワンポイント:撤回論文ランキングで世界第20位(21番目)に登場したので記事にした。ナザリはイランのイスラーム・アーザード大学サーヴェ校(Islamic Azad University Saveh Branch)で研究博士号(PhD)を取得し、2013年8月(30歳?)、オーストラリアのスウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)・ポスドクになった。オーストラリア研究評議会(ARC:Australian Research Council)から2017-2019年の3年間で総額110万ドル(約1億1千万円)の助成金を獲得した。ところが、2019年初め(36歳?)、アルテミシア・ストリクタ(artemisia stricta、仮名)の内部告発でネカトが発覚した。ネカトは、結果の改ざん、盗用、重複出版、代筆などさまざまである。結局、2010-2012年の30論文が撤回された。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。

【追記】
・2021年2月2日、撤回論文数が61報で、世界第5位:Researcher to overtake Diederik Stapel on the Retraction Watch Leaderboard, with 61 – Retraction Watch

●2.【ワージントンの「2022年1月のABC News」論文】

★書誌情報と著者情報

  • 論文名:Death threats, ghost researchers and sock puppets: Inside the weird, wild world of dodgy academic research
    日本語訳:殺害の脅迫、幽霊研究者、ソックパペット:危険な学術研究の奇妙でワイルドな世界の内部
  • 著者:Elise Worthington
  • 著者の紹介:エリーゼ・ワージントン(Elise Worthington、写真出典)は、2012年にオーストラリアのクイーンズランド大学(University of Queensland)で学士号(ジャーナリズム学)を取得した。論文出版時の所属・地位は、2012年以降、オーストラリアのABC局(オーストラリア放送協会:Australian Broadcasting Corporation)の記者
  • 掲載誌・巻・ページ:ABC News
  • 発行年月日:2022年1月31日
  • 指定引用方法:
  • DOI:
  • ウェブ:https://www.abc.net.au/news/2022-01-31/on-the-trail-of-dodgy-academic-research/100788052保存版

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

ーーー論文の本文は以下から開始

★キーポイント

  • オーストラリアのスウィンバーン工科大学の元・ポスドクだったアリ・ナザリ(Ali Nazari)の論文は86報が撤回された
  • オーストラリアのニューカッスル大学のエフサン・モフセニ(Ehsan Mohseni)も、いくつかの論文が撤回された
  • 他の多くの国とは異なり、オーストラリアには研究公正局がない
    ――――

★殺害脅迫メール

2021年7月のある土曜日の朝、アルテミシア・ストリクタ(Artemisia Stricta)は、オーストラリアのニューサウスウェールズ州警察の巡査から1通のメールを受け取った。

白楽註:ストリクタは有名なネカトハンターで仮名。在住国・性別・素性は明かされていない]

そのメールは、ストリクタとその家族を殺害するという脅迫メールだった。

脅迫メールは、間違って、別人に送られたのを巡査が、捜査のために送付してきたのだ。

メールは別人に送られたが、殺害予告メールなので、ストリクタは、「私は自分の身の安全を心配している。ネカトハンティングをやめるよう、家族から懇願された」とABC記者に語った。

ストリクタは、数年前、オーストラリアのスウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)・ポスドクだったイラン出身のアリ・ナザリ(Ali Nazari)の研究論文を調べるのに数百時間を費やした。

そして、衝撃的な事実を見つけた。

アリ・ナザリの論文には改ざん、盗用、重複出版、代筆などさまざまな不正が満載だったのだ。 → 材料工学:アリ・ナザリ(Ali Nazari)(イラン、豪) | 白楽の研究者倫理

アリ・ナザリは結局、撤回論文数が86報に至り、殿堂入りした。2022年現在、アリ・ナザリは「撤回論文数」世界ランキング第5位である。 → 「撤回論文数」世界ランキング | 白楽の研究者倫理

「この事件は、不正行為の規模と自明性において独特だった」とストリクタは述べた。

アリ・ナザリは2019年にスウィンバーン工科大学を去ったが、その2年前、彼の研究が卓越だということで優秀研究学長賞を受賞し、約100万ドル(約1億円)の助成金も授与されていた。

[白楽のお節介:一部の読者は、ネカト論文なのに「研究が卓越!」と驚くかもしれないが、ネカト論文だからこそ「卓越な研究」になるのだよ。ネカト論文だからこそ、「優秀な研究者」として大出世した研究者はたくさんいる。ノーベル賞を受賞した研究者もいる。]

2017年、当時のスウィンバーン工科大学・学長のリンダ・クリストジャンソン(Linda Kristjanson)(右)から優秀研究学長賞を受け取るアリ・ナザリ(Ali Nazari)(左)。 (提供:スウィンバーン大学、ファイル写真)(出典本論文)

★幽霊研究者、別人なりすまし(ソックパペット)

2019年、ネカトハンターのアルテミシア・ストリクタは、学術論文を定期的にチェックしていた時、アリ・ナザリの論文の異常さに気がついた。それで、本格的に調べ始めた。

調べていくうちに、ねつ造データ、盗用が見つかった。

そして奇妙なことだが、アリ・ナザリの論文を共著、査読、引用するために作られた架空の研究者集団があると確信するに至った。

アリ・ナザリの共著者のうち5人は実在していない架空の幽霊研究者だったのだ。

アリ・ナザリの論文を何度も引用している別の著者も架空の人物で、実態はアリ・ナザリ自身がこの別人になりすまし(ソックパペット)ていた。

幽霊研究者の1人は「シャディ・リアヒ(Shadi Riahi)」という名前が付けられ、所属はイスラーム・アーザード大学(Islamic Azad University)と論文に記載されていた。

シャディ・リアヒは100報以上の論文を出版していて、すべて、アリ・ナザリと共著だった。

ABC記者が、イスラーム・アーザード大学に問い合わせると、通訳を通じて、「その名前の人物は当大学に在籍していたことはありません」との回答を受け取った。

アリ・ナザリとのシャディ・リアヒの共著論文51報は、盗用、データ複製、著者ねつ造のために撤回された。 →下記図の出典:Retraction Watch Database(リンクしてないかも。ココにアクセスし「Author(s):」に「Riahi, Shadi」を入れ、下段の「Search」をクリックする)

「シャディ・リアヒという架空人物を設定し、共著者にした目的は、ナザリの論文を信用させるためだったようです。ナザリは若く経験の浅い研究者だったので、彼が単著で約70報もの論文を発表すれば、疑わしく見られたでしょう」とストリクタは解説した。

研究不正を何年も研究してきた「撤回監視(Retraction Watch)」のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)は「不正をする人はすべてを偽造します」と指摘した。

「著者は、論文のウソが他人にバレないことを望んでいます。極端な場合、著者全員が架空の人物の論文を出版し、その論文で、自分の研究論文を引用した事件もありました」

アリ・ナザリは、シャディ・リアヒと共著の論文に、スウィンバーン工科大学の実在の学生を共著者にするという「まぶし」を加えた巧妙な方法も使った。

ABC紙記者がその学生(現在は元・学生)に問い合わせた。

元・学生は、シャディ・リアヒという名前の人物とは一度も話したことも、コミュニケーションをとったこともない、と答えた。アリ・ナザリの研究不正の事を知って、「本当に驚いた」と答えた。

そして、「アリ・ナザリはいいヤツで、本当におもしろいヤツだった。私は彼がいなくて寂しい」と元・学生は言った。ただ、「ここ6年間は話していないけど」と付け加えた。

アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)。写真(Elizabeth Solaka)。出典:本論文、

★別のオーストラリアの研究者:エフサン・モフセニ(Ehsan Mohseni)

オーストラリアの大学には、論文撤回された他の研究者もいる。

ニューカッスル大学(University of Newcastle)のエフサン・モフセニ(Ehsan Mohseni)は、データねつ造で2020~2021年に7報の論文が撤回された。 → 下記図の出典: Retraction Watch Database(リンクしてないかも。ココにアクセスし「Author(s):」に「Mohseni, Ehsan 」を入れ、下段の「Search」をクリックする)

モフセニは、アリ・ナザリとは別の不正グループの一員だが、同じようなデータねつ造、盗用、自己盗用をしていたので、つながりはあったと、ストリクタは説明した。

2011年にアリ・ナザリとシャディ・リアヒが発表した論文と、2019年にモフセニらが発表した論文のコンクリートのX線グラフは、以下の盗用比較図に示すように同じ画像だった(盗用比較図の出典は本論文)。

ABC紙記者がモフセニに事情を問い合わせたが、回答はなかった。

ただ、論文の別の共著者が返事をしてきた。

「何が起こったのか、なぜ画像がそれほど似ていたのか、私たちは本当にわかりませんでした。最初は、実験上何か間違えたのかもしれないと思いました。編集者は私たちに何が起こったのかを説明するよう求めてきました。それで、実験上何か間違えたという説明をしたのですが、編集者は納得しませんでした」。

「でも、ネカトと告発されなければ、このデータ異常は発覚しなかったし、論文は撤回されなかったでしょう」。

「なぜモフセニがこんなことをしたのかわかりません。多分、モフセニとアリ・ナザリの間の問題なのでしょうけど、これはやり過ぎだと思います」、とABC記者に語った。

ニューカッスル大学のブライアン・ケリー研究革新担当副学長(Brian Kelly)は、「モフセニはもはやニューカッスル大学に在籍していません。問題の学術論文は、モフセニが別の大学で行なった研究成果を出版した論文です」と述べた。

★ネカトの社会的損害

ネカトハンターのアルテミシア・ストリクタは、ネカトハンティングする彼(女)の動機は公益だと述べている。

「大学は研究公正を維持向上することになっていますが、その大学がその機能を果たしていません。それで、私たち国民がネカト被害をこうむることになるのです」。

「国民が科学を信用しなくなれば、予防接種反対運動や気候変動懐疑論などが活発化します」。

「一方、科学を信用している人々は、私的および公的に重要な決定をする時、誤った情報に基づいた研究結果を信用することになります。ネカト行為の長期的な影響は人類社会に壊滅的な結果をもたらす可能性があります」。

歴史的には、英国の医師であるアンドリュー・ウェイクフィールド (Andrew Wakefield)の「予防接種すると自閉症になる」という誤った1998年の論文を、学術誌「ランセット」が2010年に正式に撤回するまで12年かかった。 → アンドリュー・ウェイクフィールド (Andrew Wakefield)(英)改訂 | 白楽の研究者倫理

アンドリュー・ウェイクフィールド (Andrew Wakefield)。(ロイター:Luke MacGregor、ファイル写真)(出典本論文)

ウェイクフィールドが1998年のねつ造論文で経済的利益を得ようとしたことは、英国『サンデー・タイムズ』紙のブライアン・ディーア記者が追求・解明し、2004年と2009年に暴露した。

しかし、被害はすでに発生していた。

英国の予防接種率は2000年代初頭に80%の低さになっていた。80%という値は高いようだが、深刻な感染症を防げない数値である。

そして、2022年の現在でも、ウェイクフィールドの「予防接種すると自閉症になる」という誤った予防接種反対の思想の影響は大きく、ウェイクフィールドはいまだにワクチン懐疑論者の英雄である。

コロナウイルスのパンデミックの状況下で、疑わしいネカト論文が多数出版され、そして、撤回された。

これらネカト論文は、ワクチン接種を躊躇するよう助長し、コロナの治療を切望している不安な大衆にイベルメクチンのような疑わしい治療薬の投与を勧めた。

建築分野でのネカト論文も現実世界に危険な結果をもたらす可能性があると、アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)は警鐘を鳴らす。

2021年6月24日、米国のフロリダで12階建てのコンドミニアム「チャンプレイン・タワーズ・サウス」が壊滅的に崩壊した。 → サーフサイド・コンドミニアム崩落事故 – Wikipedia

ニューヨーク市では5年ごとに、実際にコンクリートを検査する義務がある。それは工学者や材料科学者が何年にもわたって研究し論文発表してきた科学的知見に基づいている。

論文の科学的知見が間違っていれば、建物が崩壊したり、橋が崩壊したり、何かひどいことが起こる。

ネカト論文は、単に学術界だけに影響があるわけではない。現実世界に危険な結果をもたらす、とアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)は指摘した。

さらに、もう1つの代償を社会は払わなくてはならない。

それは、公的資金の浪費である。

オーストラリア研究評議会(ARC:Australian Research Council)は、2017年、アリ・ナザリに652,000ドル(約6520万円)の研究費を支給し、引き続き442,000ドル(約4420万円)の資金を提供した。

ABC紙記者がオーストラリア研究評議会(ARC)に問い合わせると、「この事件はオーストラリア研究評議会( ARC)と大学の間の問題なので、関連情報を提供できません」と回答してきた。

[白楽の感想:オイオイオ~イ、オーストラリア国民のカネを使っているのだから、国民への説明責任があるでしょう]

2018年5月、スウィンバーン工科大学はアリ・ナザリのネカト調査を始めたが、2019年10月にアリ・ナザリの30報の論文撤回が公表されるまで、アリ・ナザリを雇用していた。

スウィンバーン工科大学は雇用期間中にオーストラリア研究会議(ARC)から支給された研究費はオーストラリア研究会議(ARC)に返還したと回答した。

[白楽の疑問:ホント? 全額返還? 一部返還?]

広報担当者は「スウィンバーン工科大学はネカト行為の告発を真剣に受け止め、ネカトを調査します」と付けくわえたが、・・・。[白楽の疑問:ホント?]

★オーストラリアには研究不正の監視組織がない

オーストラリアの研究者がデータ改ざんで刑事責任を問われた唯一の事件は、クイーンズランド大学で起こったネカト事件である。 → キャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)、ブルース・マードック(Bruce Murdoch)(豪) | 白楽の研究者倫理

ブルース・マードック(Bruce Murdoch)とキャロライン・バーウッド(Caroline Barwood)は、4報の論文を撤回し、クイーンズランド州の犯罪・汚職委員会(CCC、Crime and Corruption Commission)が捜査にはいり、刑事事件となり、裁判になった。

州の犯罪・汚職委員会(CCC)による調査の結果を受け、裁判所は禁固刑を言い渡した。

マードックとバーウッドは、ネカト研究の裏で国の助成金から経済的に私的な利益を得ていたことが判明したため、州の犯罪・汚職委員会(CCC)が調査する権限を持った。

マードックとバーウッドは、学術誌「 European Journal of Neurology」に掲載したパーキンソン病に関する論文は、大学の調査で「一次データは見つからず、論文に記載した研究を実施したという証拠が見つからなかった」。それで、論文は撤回された。

最近、別の事件も起こった。

2021年11月、クイーンズランド医学研究所(QIMRバーグホーファー医学研究所、QIMR Berghofer Medical Research Institute)・教授で、著名な癌研究者・マーク・スミス(Mark Smyth)は、彼の研究公正に重大な違反があったことが判明した。 → マーク・スミス(Mark Smyth)(豪) | 白楽の研究者倫理

クイーンズランド医学研究所は州の犯罪・汚職委員会(CCC)に通報した。

2022年6月6日現在、犯罪・汚職委員会(CCC)はまだマーク・スミス事件の捜査を終えていない。

癌研究者のマーク・スミス(Mark Smyth)は2021年、クイーンズランド医学研究所(QIMRバーグホーファー医学研究所、QIMR Berghofer Medical Research Institute)を辞任した。(写真出典本論文)

オーストラリアではネカト事件が刑事事件として有罪と判決された例はマードック/バーウッド事件以外にはない。

しかし、アリ・ナザリ事件の告発者・アルテミシア・ストリクタは、ネカト事件では外部機関による調査が必要だと主張している。

研究公正の専門家でウォルター&エリザ・ホール研究所(The Walter and Eliza Hall Institute)のデイヴィッド・ボー教授(David Vaux)も、オーストラリアにはネカト告発に対処するための独立機関が必要だと主張している。 → 7-100 オーストラリアに研究公正局を作れ | 白楽の研究者倫理

ボー教授は次のように述べた。

「誰かがニセのデータで多額の公的資金をもらうなら、それは金銭的な詐欺だと私は思います。詐欺なら刑事事件でしょう」。

「オーストラリア研究評議会(ARC)の助成金を受け取った後、彼らが実際に研究をしていないことが判明した場合、または彼らの研究費申請が偽の研究に基づいていた場合、それらは詐欺です。この場合、論理的に考えて、その詐欺を調査できるのは、オーストラリアでは誰ですか?」

「連邦政府が毎年約110億ドル(約1兆1千億円)を研究開発に費やしているにもかかわらず、違法行為の申し立てを調査するための連邦政府の組織がありません」。

「オーストラリアは、研究公正局を持たない国の1つです。ご存知のとおり、欧州の20か国には研究公正局があります。米国、カナダ、日本、中国も持っています」。

「オーストラリアにはスポーツ公正のための国家組織はありますが、研究公正のための国家組織がありません」。

デイヴィッド・ボー教授(David Vaux)。(ABCニュース:ジェレミーストーリーカーター、ファイル写真)出典本論文

★ネカトは雑草のように広がる

数千報の撤回論文を数年にわたって見てきたアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)は次にように指摘した。

「悪い科学、それは間違いなく増殖します」

「悪い科学は雑草のようなものです。悪は良を駆逐する。これは大きな問題です」。

「ナザリのネカト調査をしたネカトハンターは、ネカト事件の裏にはネカト者だけの問題ではない面があります。そして、撤回すべき論文はさらに何百報もあるのに撤回されていません」。

「ナザリの詐欺は卑劣でした。損害は大きい、大きいですが、「とても」大きくはありません。裏の問題は、大学・出版社・学術誌が共謀して、ネカト告発・処罰を妨害していることです」とアルテミシア・ストリクタは指摘した。

「非常に簡単に言えば、ネカト行為が明白であるという証拠が圧倒的な場合でも、大学・出版社・学術誌は論文撤回を望んでいません」

殺害脅迫メールを受け取ったアルテミシア・ストリクタは、「研究不正を告発し続ける」と、脅迫されてもネカトハンティングを止めないと宣言した。

●9.【白楽の感想】

《1》日本のメディア 

オーストラリアの「ABC」は、オーストラリア放送協会(Australian Broadcasting Corporation)でオーストラリア連邦の公共放送局だから、日本のNHKのようなものだ。

白楽がオーストラリアに滞在した時、現地で、「ABC」のテレビ番組をかなり見た覚えがある。

その「ABC」が、研究不正の記事を詳細に解説した。オーストラリアに在住していないと思われるネカトハンターのアルテミシア・ストリクタ(Artemisia Stricta)に取材した。米国のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)にもスカイプで取材した。研究不正の問題点も指摘した。

この記事はオーストラリアの国民向けの記事である。

研究不正大国の日本の公共放送局NHKは(NHKでなくてもいいけど)、このようなレベルの記事を書けるだろうか? 書いて日本国民に伝える能力・気力・意志があるのだろうか? 白楽は、やや、絶望的である。

日本の主要メディアでは、そもそも研究不正に無頓着である。毎日新聞の鳥井真平記者くらいしか記事として取りあげない。

どうなっているのだろう、日本のメディア?

たまたま目についた2017年1月31日の日刊工業新聞記事を以下に示す。

「STAP」問題から3年。研究不正、防止へ着々
STAP細胞に関する論文が発表されたのは2014年1月30日の英科学誌ネイチャー。それから3年が経過し、改訂された文部科学省の研究不正行為への対応に関する指針を受け、大学や研究機関では不正防止に向けた取り組みを着実に進めている。(出典:2017年1月31日(小寺貴之、斉藤陽一、冨井哲雄、大阪・小林広幸):「STAP」問題から3年。研究不正、防止へ着々|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社保存版

不正防止に向けた取り組みを着実に進めている」と紹介した記事から5年経つ。着実に進んだ5年後の現実はどうなっていますか?

5年後の日本の現実は、いまだに研究不正大国である。何も改善されていない。イヤ、悪化したかもしれない。

それなのに、こんな提灯記事を掲載するもんだから、国民は、日本の研究不正が防止されてきたと信じてしまう。メディアが国民をだましているのだ。

オーストラリアの「ABC」記事のようにどうして問題点を指摘しない(できない)のだ。

なお、報道自由度の2022年度世界国別ランキングでは世界180か国中、日本は71位だった。→ 2022年3月5日:RSF’s 2022 World Press Freedom Index | RSF

そりゃ北朝鮮や中国より上位だけど、71位って、かなり低い評価である。おまけに、2021年に67位だったのが、4つ下がって2022年に71位になった。他国との比較では、悪化していると判定されたわけだ。

《2》学術界は魔界 

ネカトを見つけても、研究者が通報する割合はとても低く、100回に1回、つまり、約1%である(推定)。

  • 物をを盗んでいるのを見たり、詐欺の被害にあえば、ほとんどの人は警察に通報する
  • 論文を盗んだ、データねつ造・改ざんをした、のを見ても、ほとんどの研究者は通報しない

学術界ってヘンである。

デイヴィッド・ボー教授(David Vaux)が指摘するように、ウソをついてカネをもらえば、一般社会では詐欺罪で刑事事件になる。ところが、ウソのデータで学術研究費をもらっても学術界では詐欺罪にならず、刑事事件にならない

学術界ってヘンである。

国から数千万円の助成金を受け取っても研究をしていなかったり、ウソのデータで研究費を申請したり、という疑いが強い人の不正を、論理的に考えて、調査できる人・組織は、その研究者と利益相反のない人・組織である。

例えば、特別捜査チームとか警察とかだ。

調査できる人・組織は、間違っても、不正研究者の親兄弟ではないし、不正研究者を雇っている大学でもない。そのような人・組織はグル・共犯だったり、そうでなくても、不当にかばうからね。ところが、現実は、不正研究者を雇っている人・組織が調査している。

学術界ってヘンである。

どうしてなんだろう?

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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2022年6月7日 12:29 PM

2022年現在、日本の研究公正はむしろ悪化している様に思います。
と言うのも、不正防止対策が「研究倫理教育」に偏重している事が原因だと考えます。

「研究倫理教育」の目指す「成果」は研究不正事例の減少である事は疑いようがありませんが、それでも不正を犯す研究者は日本に限らず一定数はいます。
そこで研究機関側としては手っ取り早く「成果」をあげるために、お粗末な身内の予備調査(それも匿名)でもって不正の告発を揉み消してしまうのではないか、と私は考えております。

研究倫理教育も必要だとは思いますが、本来それは学部生時代に教育されるべきものであって博士号取得後に教育されるべきレベルのものではないとも思います。
教育のほか、1)スウェーデン・デンマーク等の様に全国の不正調査を扱う第三者機関の設立、2)不正の公表自体によって研究機関の評価を下げるのではなく、お粗末な調査で揉み消しを行った場合に研究機関の評価を下げる様に文科省が制度設計する、の2点が必要だと思います。

日本の研究公正システムほど、海外の対策事例に学んでいないのは不思議な事ですね。
これは文系・理系どちらにも共通する研究分野になりそうです。