スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold)(米)

2018年9月10日掲載

ワンポイント:17年前の2001年10月15日、研究公正局は、チューレン大学(Tulane University)・助教授のアーノルド(33歳?)の研究費申請書にねつ造データがあったと発表した。「1996年のScience」論文(ネカト論文)のデータを基に研究費申請書が書かれていたからである。5年間の締め出し処分が科された。国民の損害額(推定)は3億100万円。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold、男性、顔写真見つからなかった)は、米国のチューレン大学医療センター(Tulane University Medical Center)・生物環境研究センター(Center for Bioenvironmental Research)・助教授だった。医師ではない。専門は環境生物学(環境ホルモン)である。

1996年6月(28歳?)、スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold)は「1996年のScience」論文を発表し、農薬とPCBの組み合わせは個々の化学物質単独よりも内分泌攪乱活性が1000倍も強力だと主張した。

ところが、このデータは全くデタラメ(ねつ造)だった。

1999年7月(31歳?)、チューレン大学・調査委員会は、スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold)のネカト調査を終え、クロと判定し、研究公正局に伝えた。

2001年10月15日(33歳?)、研究公正局は、アーノルドの研究費申請書にねつ造データがあったと発表した。「1996年のScience」論文(ネカト論文)のデータを基にした研究費申請書だったからである。2001年9月20日から5年間の締め出し処分を科した。

研究公正局のクロ発表は、論文発表(1996年)から5年、論文撤回(1997年)から4年、大学調査終了(1999年)から2年もかかった。調査が遅すぎでないかい。

チューレン大学医療センター(Tulane University Medical Center)。出典https://medicine.tulane.edu/departments/physiology/contact-us

  • 国:米国
  • 成長国:米国?
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:ロチェスター大学医歯科大学院?
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1968年1月1日生まれとする。1994年に最初に論文発表した時を26歳とした。
  • 現在の年齢:56 歳?
  • 分野:環境生物学
  • 最初の不正:1996年(28歳?)
  • 発覚年:1997年(29歳?)
  • 発覚時地位:チューレン大学・助教授
  • ステップ1(発覚): 同じ分野の研究者が結果を再現できないと告発。
  • ステップ2(メディア):
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①チューレン大学・調査委員会。②研究公正局
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:研究公正局でクロ判定(〇)
  • 不正:研究費申請書にねつ造データを記載
  • 不正数:1件の研究費申請書。論文1報撤回
  • 時期:研究キャリアの初期
  • 職:事件後に発覚時の地位をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分: NIHから5年間の締め出し処分
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は3億100万円。内訳 ↓

  • ①研究者になるまで5千万円。
  • ②大学・研究機関が研究者にかけた経費(給与・学内研究費・施設費など)は年間4500万円。3年間で損害額は1億3500万円。
  • ③外部研究費。NIHからの研究費を受給していなかった。損害額は0円。
  • ④調査経費。第一次追及の調査費用は100万円。大学・研究機関の調査費用は1件1,200万円、研究公正局など公的機関は1件200万円。学術出版局は1件の学術誌あたり100万円。小計で1600万円
  • ⑤裁判経費は2千万円。裁判ないので損害額は0円。
  • ⑥論文撤回は1報当たり1,000万円、共著者がいなければ100万円。著者がいる撤回論文が1報なので損害額は1,000万円。
  • ⑦アカハラ・セクハラではない。損害額は0円。
  • ⑧研究者の時間の無駄と意欲削減+国民の学術界への不信感の増大は1億円。
  • ⑨健康被害:不明で損害額を0円とした。

●2.【経歴と経過】

ほとんど不明。

  • 生年月日:不明。仮に1968年1月1日生まれとする。1994年に最初に論文発表した時を26歳とした
  • 19xx年(xx歳):xxxx大学で学士号取得
  • 19xx年(xx歳):ロチェスター大学医歯科大学院(University of Rochester School of Medicine and Dentistry)で研究博士号(PhD)を取得(推定)
  • 1996年(28歳?)?:チューレン大学(Tulane University)・助教授
  • 1996年(28歳?):後で問題になる「1996年のScience」論文を発表
  • 1997年(29歳?):ネカトが発覚した
  • 1999年(31歳?)?:チューレン大学(Tulane University)を辞職
  • 2001年10月15日(33歳?):研究公正局がネカトでクロと発表。締め出し期間は5年間

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★NIH研究費

スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold)は、事件当時、NIHからグランを受給していなかった。申請したばかりだった。

1996年頃(推定)、ネカト論文とされた「1996年のScience」論文(以下)のデータを基に、NIH・国立糖尿病・消化器・腎疾病研究所 (NIDDK; National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases)に研究課題「エストロゲンレセプター上の2つのエストロゲン結合部位(Two Estrogen Binding Sites on the Estrogen Receptor)」(研究費番号「1 R29 DK52420-01」)で研究費を申請した。

「1996年のScience」論文は1997年7月に撤回された。

申請金額は不明だが、NIH研究費申請書のネカト疑惑で研究公正局が調査に入った。

★ネカトの経緯

https://www.amazon.co.jp/Our-Stolen-Future-Threatening-Intelligence/dp/0452274141

1996年、シーア・コルボーン(Theo Colborn)らが著書『奪われし未来』(Our Stolen Future)を出版し、「環境ホルモン」が一躍世界の注目を集めた。日本でも大騒動だった。

環境中の化学物質や農薬など、特にポリ塩化ビフェニル(PCBs)が、人体の内分泌系を撹乱し、癌から不妊症、注意欠陥障害などの病気になると指摘した。

「環境エストロゲン」または「内分泌攪乱物質」と呼ばれる化学物質は、一般に安全と認められる低暴露レベルであっても正常なホルモン作用に異常をもたらすとした。

このように「環境ホルモン」は当初、メディアの熱狂的な関心を集めた。しかし、科学的な証拠は乏しく、科学者からの批判を浴び、主張するような危険性への懸念は急速に低下した。

https://www.akikawabokuen.com/environmental-hormones-humu/

キャロル・ブラウナー環境保護庁(EPA)長官(当時)(Carol Browner)。 By The White House (Obama administration) [Public domain], via Wikimedia Commons
その最中の1996年6月、スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold)は「1996年のScience」論文を発表し、農薬とPCBの組み合わせは個々の化学物質単独の効果よりも内分泌攪乱物質としての作用が1000倍も強力だと主張したのである。

「エストロゲン性化学物質の組み合わせが、乳癌、前立腺癌、先天性欠損およびその他の重大な健康上のリスクを増加させる最強の証拠」だと環境保護庁(EPA)のキャロル・ブラウナー長官(当時)(Carol Browner)が述べるほどショッキングな論文だった。

環境保護庁(EPA)の農薬主任・リン・ゴールドマン(Lynn Goldman)は、「私はアーノルドの論文に驚きました。データは非常にきれいで、結論はとても説得力がありました」と述べている。

リン・ゴールドマン(Lynn Goldman)

1996年7月、クリントン大統領から法案が提出され、内分泌攪乱化学物質の可能性がある数千種類の化学物質のスクリーニングが環境保護庁(EPA)に課せられた。

環境保護庁(EPA)の内分泌攪乱物質スクリーニングプログラム(Endocrine Disrupter Screening Program)は2001年当時、わずか年間約1000万ドル(約10億円)の予算だった。 しかし、1つの化学物質のテストにかかる費用は数百万ドル(数億円)、業界や消費者への全体のコストは数十億ドル(数千億円)に増大すると予測された。

ところが、アーノルドの「1996年のScience」論文は、出版後わずか6か月頃に闇の部分が明かるみに出始めた。世界各地の研究者が、アーノルドの結果を再現できないと報告し始めたのである。

1997年7月25日(29歳?)、アーノルドの「1996年のScience」論文は、撤回された。

アーノルドは、「我々は報告した結果を再現できなかった」と撤回理由を述べている。後に、「私は論文で発表した自分のデータがどうして得られたのか、その理由はわかりません」と付け加えた。

今、私たちは理由を知っている。 アーノルドはデータをねつ造したのである。

★研究公正局

1999年7月(31歳?)?、チューレン大学・調査委員会は、スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold)の調査を終え、デタラメなデータをでっち上げたと判定し、研究公正局に伝えた。

2001年10月15日(33歳?)、研究公正局は、アーノルドの研究費申請書にねつ造データがあったと発表した。「1996年のScience」論文(ネカト論文)のデータを基にした研究費申請書だったからである。2001年9月20日から5年間の締め出し処分を科した。

研究公正局は、「1996年のScience」論文(以下)でアーノルドは意図的なねつ造・改ざんを行なったとも発表した。

繰り返しになるが、アーノルドは、上記の論文で、エストロゲン活性が弱い殺虫剤やヒドロキシル化ポリ塩化ビフェニル(PCBs)などの環境化学物質は単独で作用する時は弱いが、同時に使用すると1000倍の環境ホルモン効果になると結論した。 そして、環境保護庁(EPA)の化学物質基準ガイドラインを見直す必要があると提言した。

ところが、初期のネカト調査で、論文の表3の実験データの提出をアーノルドに求めたところ、結局、アーノルドから実験データが提出されなかった。さらに調べると、実験データそのものがもともと存在しないことが判明した。そして、さらに調査を進めると、「1996年のScience」論文のすべての生データがないことがわかった。

つまり、全データをねつ造したのである。

★環境ホルモンは否定的

なお、環境ホルモンは2018年9月9日現在、否定的である。

1999年8月、全米科学アカデミーの国立研究評議会(環境活動家コミュニティの科学者代表者を含むパネル)の専門委員会は、環境中の化学物質がヒトや野生生物のホルモンプロセスを破壊しているという証拠はないと報告した。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2018年9月9日現在、パブメド(PubMed)で、スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold)の論文を「Steven F. Arnold [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2004年の1論文と2012年の1論文の計2論文がヒットした。

「Arnold SF[Author]」で検索すると、1994~1999年の12論文と2004~2017年の8論文の40論文がヒットした。2004~2017年の8論文は、本記事で問題にしている研究者の論文ではない論文と思われる。

アーノルドは1995年に5報(全部第一著者)、1996年に11報(4報が第一著者)、1997年の11報(3報が第一著者)と、短期間に多量に出版している。これらの論文がまともな論文なら、アーノルドは超優秀な研究者である。

2018年9月9日現在、「Arnold SF[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、本記事で問題視した「1996年のScience」論文、1論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

省略

●7.【白楽の感想】

《1》環境ホルモン

スティーヴン・アーノルド(Steven F. Arnold)の事件は約20年前の事件なのに、環境ホルモンという脚光を集めた分野のネカトだったためか、情報がソコソコ残っていた。

それにしても、全データが架空・ねつ造というのもスゴイ。

アーノルドは1995年に5報(全部第一著者)、1996年に11報(4報が第一著者)、1997年の11報(3報が第一著者)と、短期間に多量に出版している。これらもデータねつ造論文ではないだろうか? チャンと調査していない印象だ。

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●8.【主要情報源】

① 2001年10月15日、研究公正局の報告:NIH Guide: FINDINGS OF SCIENTIFIC MISCONDUCT
② 2001年11月9日のスティーブン・ミロイ(Steven Milloy)記者の「Fox News」記事:EPA Program Based on False Information | Fox News
③ 2010年3月1日の「Corporate Corruption of Science」記事: Corporate Corruption of Science – Steven F Arnold
④ 1996年11月15日:「Inside EPAのリスク・ポリシー・レポート」:https://www.industrydocumentslibrary.ucsf.edu/tobacco/docs/#id=grgh0102
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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