2018年12月25日掲載
白楽の意図:ダニエル・ローパーズ(Daniel Ropers)は、世界最大級の学術出版社である英国のシュプリンガー・ネイチャー社の社長に、45歳で就任した。就任1年数か月後のスピーチが2018年11月に文章になった。学術出版の現状と未来について何を語っているのか? 捕食学術誌をどう考えているのか? 何も触れていないのか?
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。
●1.【論文概要】
ダニエル・ローパーズ(Daniel Ropers)は、2017年6月27日、理工医学の学術誌の中心的出版社の1つであるシュプリンガー・ネイチャー社の社長に45歳で就任した。その1年後の2018年11月、シュプリンガー・ネイチャー社・社長として、業界の年次総会でスピーチをした。その短縮版文章である。文章そのものに概要は記載されていない。
.@SpringerNature office in #London on an unusually sunny day @Palgrave_ @nresearchnews @nature #SpringerNatureWorld pic.twitter.com/pID6wOx20w
— Springer Nature (@SpringerNature) August 3, 2016
●2.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:The quest for more value – challenges of the scientific ecosystem in the absence of coordination: A Long Read
日本語訳:より高い価値を目指して。協調なしの科学的エコシステムの挑戦:長い話 - 著者:Daniel Ropers
- 掲載誌・巻・ページ:Springer Nature
- 発行年月日:2018年11月2日
- DOI:
- ウェブ:https://www.springernature.com/gp/advancing-discovery/blog/blogposts/the-quest-for-more-value/16246530
- PDF:
★著者
- 単著:ダニエル・ローパーズ(Daniel Ropers)
https://nl.wikipedia.org/wiki/Daniel_Ropers - 写真:https://www.springernature.com/gp/advancing-discovery/blog/blogposts/the-quest-for-more-value/16246530
- 履歴:https://www.bloomberg.com/research/stocks/private/person.asp?personId=58973431&privcapId=553298619
- 国:英国
- 生年月日:ドイツのフライブルクで1972年3月25日生まれ
- 学歴:オランダのユトレヒト大学で2年間医学を専攻、その後、エラスムス大学で経営学の学位を取得した。
- 分野:学術出版
- 論文出版時の地位・所属:シュプリンガー・ネイチャー社・社長:CEO of Springer Nature.
【動画1】
インタビュー動画:「シュプリンガー・ネイチャー社のダニエル・ローパーズ社長(Ceo Daniel Ropers Springer Nature) – YouTube」(オランダ語)23分36秒。
BNR Nieuwsradioが2018/06/22 に公開
●3.【論文内容】
●【0.予備情報】
★シュプリンガー・ネイチャー社(Springer Nature)
→ Springer Nature – Wikipedia
2015年、シュプリンガー・サイエンス+ビジネスメディアとマクミラン・サイエンス・アンド・エデュケーションの大半が合併し、「シュプリンガー・ネイチャー(Springer Nature)」となった。エルゼビア社(Elsevier)と世界1・2を争う学術出版社である。特にネイチャー誌は信頼が厚く、学術誌として超一流である。
表1:7-23.世界の理工医学(STM)学術出版の全体像| 研究倫理(ネカト、研究規範) 2018年12月16日掲載
「シュプリンガー・ネイチャー(Springer Nature)」は、3,000誌以上の学術誌を発行し、700万報以上の論文を出版してきた。なお、競合するエルゼビア社(Elsevier)は、学術誌発行は2,500誌だが、論文は1,300万報出版している。
→ Journals | Products | Springer Nature
ホルツブリンク・パブリッシング・グループ(Holtzbrinck Publishing Group、マクミラン・サイエンス・アンド・エデュケーションのオーナー)が株式の53%、BCパートナーズ(BC Partners、シュプリンガーを所有するファンドの顧問)が株式の47%を保有している。
2017年、50か国以上に13,000人の従業員がいて、売上高は16億ユーロ(約1920億円)だった。
オープンアクセス出版のメガ学術誌(メガジャーナル)では、「シュプリンガー・ネイチャー(Springer Nature)」の発行する「Scientific Reports」誌が、2017年、「プロス・ワン(PLOS ONE)」誌を抜いて世界第一位になった。
図23:7-23.世界の理工医学(STM)学術出版の全体像| 研究倫理(ネカト、研究規範) 2018年12月16日掲載
★日本語記事
2017年04月13日:科学技術情報プラットフォーム:PLOS ONE、首位の座をScientific Reportに譲る(記事紹介) |
Scholarly Kitchenが報じるところによると、シュプリンガー・ネイチャー社のScientific Reportsの出版論文数が PLOS ONEを超え、PLOS ONEはもはや世界最大のジャーナルではなくなった。
2017年第一四半期における出版論文数はScientific Reportsが6,214本に対しPLOS ONEは5,541本であった。PLOS ONEの論文数は2013年をピークに減少を続けていた(小欄記事)。PLOS ONEに新たに着任した編集長Joerg Heber氏によると、このような論文数の減少は、50%程度に下がった受理率によるという。
Scientific ReportsとPLOS ONEは著しく類似しているが、インパクトファクターの点ではScientific Reportsがはるかに高い(5.228 vs 3.057)。また、出版の遅れがScientific Reportsは短く、データ利用に関する方針においてもPLOS ONEより緩い。
ビジネスの観点から言うと、PLOSの収益は論文掲載料(APC)に完全に依存しており、著者の出版先の選択態度の変化には非常に脆弱である。商業出版社に市場を譲ることになると、PLOSの将来展望を損なうことになる。この状態が続けば、出版業界において今まで進歩を先導してきたPLOSが大胆な実験を提供することは難しくなるかもしれない。
[ニュースソース]
Scientific Reports Overtakes PLOS ONE As Largest Megajournal - Scholarly Kitchen 2017/4/6
★ダニエル・ローパーズ(Daniel Ropers)
ダニエル・ローパーズ(Daniel Ropers)は、オランダのエラスムス大学で経営学の学位を取得したあと、1997年にマッキンゼー・アンド・カンパニー(McKinsey & Company)でコンサルタント業をした。1999年3月、書籍・CDの大型オンラインショップ「bol.com」を創業した。
2017年6月27日、理工医学の学術誌の中心的出版社の1つであるシュプリンガー・ネイチャー社の社長に45歳で就任した。
→ 2017年6月27日記事:Derk Haank, Chief Executive Officer to retire and to be succeeded by Daniel Ropers | Group | Springer Nature
写真出典
●【1.本文】
2018年11月、私はシュプリンガー・ネイチャー社・社長として、業界の年次総会に初めて出席しました。 私はこの1年間、新しい役割を割り振られたすべての人々がやることをやってきました。
2017年、私にとって新しい業界である学術出版界は、200年の歴史があります。編集、著者管理、出版前、出版制作、広範な研究界への情報伝達でとても効率よく、デジタル化をさらに進めることで、大きなチャンスが得られるでしょう。
また、多数の出版社と複数の利害関係者とともに重要な問題の解決策を検討し、科学的プロセスを改善するアイディアが満載の世界規模の科学コミュニティに加わったと思いました。
上記のいくつかの点で、私の思いは正しかったと思います。出版社、科学者、政策立案者、資金提供者、大学・研究所の上層部、図書館員は、科学の重要性を信じ、また科学を伝える必要性を共通して考えていました。
しかし、同時に、上記のいくつかの点で私の思いは間違っていました。非常に重要な出版プロセスのいくつかは、私が予想していたほど大きくは変わっていませんでした。デジタル処理ビジネス界から移籍してきた私にとって、これは驚くべきことでした。
そして、協力と調整の程度も私が予想していたよりもかなり低く、多くが未開拓のままでした。
少数の敵対的な声が、出版社の発展を制限していることも心配でした。
そこで、研究システムに多くの基本的な改善が必要だと考え、その改善をリードしようと考えました。改善点は以下のようです。
- 研究者がデータ、プロトコル、方法を公開し、他者のデータセットにアクセスするのを助ける。 これは研究者が既存の情報を利用して科学的進歩に役立てるという基本レベルの変更です。
- 査読の質を改善し、原稿投稿から出版までの時間を大幅に短縮するようプロセスを改善する。
- 著者、研究者、編集委員、査読者に対する評判・お礼・数値の改善を促進する。
- ネガティブな研究結果および再現性を研究した論文を出版する。
- 違法な論文閲覧者と戦うのではなく、利用法を簡単にする。法的権利を持つすべてのユーザーが研究推進に必要な情報を容易に検索・発見・利用できる手法とユーザー・フレンドリーなインターフェイスを作成する必要がある。
私たちがすでに研究界に提供していることがたくさんあります。そして、研究界は価値を創造する必要があります。それなら、なぜ学術出版社は研究界を敵と見なすのでしょうか?
過去1年間、私は多くの人から4つの問題があると聞きました。
1.価格が高く、私たちは儲けすぎている。
学術誌や論文の価格が安いか・高いかは、私たちの貢献がどう評価されているかによります。研究コミュニティの利益のために新製品、サービス、ツールを開発するためには、膨大な経費がかかり、投資は決定的に重要です。
研究者が利用できる知的コンテンツの量が増え、論文引用数が増え、利用が急増するとともに、重要なデジタルコンテンツの配信、共有ツールを開発することで、出版社が学術の発展に中心的な価値をもたらしてきたのです。
2.非営利の領域で私たちは営利を目的とした企業になっている。
知的コンテンツのライセンス供与、研究の質の保証、論文出版と配布に、世界の研究費のわずか1%しか費やしていません。残りの99%は、人件費を除くと、研究室設備、オフィス設備、消耗品(試薬、実験生物、文房具など)、旅費、ソフト使用許諾料など、他の企業に費やされている。
上記の1と2は、どちらの指摘も正しいわけではありませんが、このような指摘をする研究者の感情を認め、真剣に受け止めなければなりません。私たちが学術出版にどのような価値があるのかを理解し、研究界により多くを提供すると約束したことを実行することで、研究界からの信頼を回復する必要があることは明らかです。
3.研究者は出版社に依存し過ぎていると感じているが、研究者はそれを好まない。依存に否定的な感情がある。
研究者は、何年もの年月・エネルギーと多額の研究費を投資した研究プロセスの最後の段階で、論文を投稿します。その時、査読が不透明で、しかも採否が出版社側にあるという不均衡な権力に遭遇し、研究者は感情的な不満を抱いています。
学術誌の編集長と編集委員が査読者を決め、匿名の査読者が、編集委員と共に、投稿された原稿を出版するか却下するかを決めています。 実際上、投稿者とは独立した研究者たちが投稿論文の研究内容を判断する必要があると思われる。しかし、このプロセスは論文投稿者に対して不透明です。編集長と編集委員の判定を信頼するしかありません。なお、査読をオープンにすべきかどうかについて、学術出版界のコンセンサスがない現状では、匿名の査読者が査読する現在のシステムを継続することになります。
とはいえ、透明性を高めるため、できる限りのことをしなければなりません。デジタル・ビジネスから学ぶことがたくさんあると思います。まず、論文の受理または却下の方針、各学術誌の編集の具体的なネライ、代替案、原稿受け取りから出版までの日数などの各ステップをより透明にすることができます。
そして、最も重要なのは、査読の時間を短縮し、著者、査読者、編集者の時間をあまり使わないよう、プロセスをより早く、より良くするステップがたくさんあるということです。
これは編集長と編集委員に採否を依存しているという依存関係の問題を解決するものではありませんが、関係するすべての人の利益のために、プロセスをより良く、より公平に、より速くすることで、さらなる信頼を得られると思います。例えば、シュプリンガー・ネイチャー社だけでも、1つの論文原稿につき、その処理時間を1時間短縮できれば、100万時間を研究界に返すことになります。
4.研究者は彼らが望む変更を、学術出版社がしてくれないと思っている。
学術出版はどのように変化すべきか? 整合性はありません。問題は、研究界は、自律的な意思決定者のゆるいネットワークと設計されているように思われることです。 しかし、研究界と学術出版界は巨大な協力関係にあり、その価値の創造が世界に及ぼす効果は、経済学者が「ネットワーク価値の効果(network value effects)」や「ネットワーク経済(network economics)」と呼ぶものによって推進されています。
ネットワーク価値モデル(network value models)では、個人の価値はネットワークの規模が大きくなると、大きくなります。 誰かが優れた電子メールシステムを発明したとしましょう。多くの人に連絡したところ、連絡者の半分はそれを導入するのに非常に熱心でしたが、残りの半分はそうではありませんでした。 古いシステムに固執する半分の人によって、新しい電子メールシステムを稼働させる価値が大きく損なわれるということが容易に分かると思います。
・・・中略・・・
最後に、シュプリンガー・ネイチャー社は、改革の長い伝統があります。 私たちは、既に世界最大のオープンアクセス出版社です。 私たちは、すべてのカタログをデジタル化することで書籍の将来に投資し、業界のイニシアチブであるクロスレフ(CrossRef:説明は下記)と、シェアエディット(SharedIt:説明は下記)を通じてコンテンツの合法的な共有を可能にした最初の出版社です。
私は、コミュニティ全体が利益を上げ、将来の持続可能な変化ためにネットワークの価値に真剣に取り組むことを誓います。新しいやり方を導入することを恐れていません。
★「Crossref」の日本語記事
2016年10月:レタープレス株式会社| 学術関連情報ページ:Crossref(クロスレフ)|
Crossref(クロスレフ)とは、2000年に非営利団体である出版社国際リンク協会 (PILA:Publishers International Linking Association, Inc) がオンライン上の学術雑誌同士を継続的、持続的にリンクできるような仕組みを提供するために誕生した組織です。
現在では、Crossrefによる学術情報引用リンクネットワークは約7,700万の論文と、その他の学術情報(本の章、データ、学位論文、技術報告書)などをカバーしています。
DOI付与
DOIとはインターネット上の様々なドキュメントに恒久的に付与することができる識別子(Digital Object Identifier)であり、Crossrefは世界に10あるDOIの登録機関(RA)の1つです。
★「SharedIt」の日本語記事
2016年10月17日:シュプリンガー・ネイチャー社のサイト:SharedItの本格的導入
シュプリンガー・ネイチャーは、SharedItと名付けた無料のコンテンツ・シェアリング・イニシアチブを、自身の所有する全ポートフォリオに加え、1,000を超える共同所有ジャーナルおよびパートナー所有ジャーナルを対象として導入いたしました。この本格的導入によってSharedItの対象となるジャーナルは2,300を超え、著者と定期購読者は、学術原著論文の無料閲読版リンクをソーシャルメディアのプラットフォームやレポジトリ、ウェブサイト、学術協力ネットワーク、Eメールなどどこにでも貼り付けることができるようになります。この導入は、試験的サービスの成功とNatureおよびNature関連誌の学術論文を対象としたイニシアチブの実施を受けてのものであり、2014年12月の立ち上げ以降、このイニシアチブによって研究論文の閲覧回数は220万件増加しました。
●4.【関連情報】
省略。
●5.【白楽の感想】
《1》学術誌の戦国時代
ローパーズ「Nature」社長は、結局、あからさまな言葉では、捕食学術誌のことに言及しなかった。将来はオープンアクセス学術誌のさらなる発展を見越して、いくつかの重要な改革をしようとしている。
捕食学術誌を含めオープンアクセス学術誌の急速な拡大を承知している。従来の伝統的な真正学術誌は徐々に衰退していくのか?
ある意味イエス、ある意味ノーだろう。
紙媒体に印刷し冊子にとじ、世界中の大学図書館に売る従来の伝統的な真正学術誌のビジネスモデルは既に衰退している。いずれ消滅するだろう。
シュプリンガー・ネイチャー(Springer Nature)社は、既に、オープンアクセス出版に動き出していて、同社発行の学術誌「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)」が、2017年、「プロス・ワン(PLOS ONE)」誌を抜いて世界第一位になった。
この路線の延長に将来があるとすれば、シュプリンガー・ネイチャー(Springer Nature)社は、数年後には、世界の真正オープンアクセス論文を独占する印象だ。
しかし、真正学術誌はどう頑張っても、本質的に、捕食学術誌の経費より高くなる。質を確保するにはそれなりのコストは必須だからだ。そして、捕食学術誌はコストを削って質の低い論文を出版するので、価格的には捕食学術誌は強い。
そして、最も肝心な点だが、捕食学術誌の需要は真正学術誌の需要よりはるかに高い。質の高い論文を書けない研究者は書ける研究者よりも、はるかに多い。
超一流学術誌の論文採択率が10%未満とすれば、9割の研究者は、それ以外の学術誌に出版するしかない。さらには、超一流学術誌に出版どころか、投稿すらしない研究者は、投稿する研究者より圧倒的に多数だ。その研究界のマジョリティの研究者たちは、自分の論文を出版してくれる学術誌が必要なのである。
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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