2020年9月12日掲載
ワンポイント:2015年3月(46歳?)、ゲノム制御センターのコスマ教授の3論文(1998~2001年出版)に画像の重複使用があると匿名者がパブピアで指摘した。カタルーニャ大学(Universitat Politecnica de Catalunya)のホセ・ロドリゲス・サンチェス(Jose M. Rodriguez Sanchez)が解像度の低い画像データを分析し、画像の重複使用を否定した。さらに、2016年7月(47歳?)、解像度の高い画像データも見つかり、解析の結果、シロと判定した。コスマの処分はない。2論文が訂正、2論文が懸念表明、0論文が撤回。ただ、2報の訂正論文では、コスマ自身が「バンド画像の重複使用」を認めていた。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
マリア・ピア・コスマ(Maria Cosma、Maria P. Cosma、Maria Pia Cosma、ORCID iD:?、写真出典)は、スペイン・バルセロナのゲノム制御センター(Centre for Genomic Regulation:CRG)・教授で、医師ではない。専門は細胞生物学である。
2018年、コスマは中国の千人計画(Thousand Talents Program – Wikipedia)のメンバーになった(Maria Pia Cosma – 中科院广州生物医药与健康研究院)。
2015年3月16日(46歳?)、コスマの「2001年のMolecular Cell」論文に画像の重複があると、匿名者がパブピアで指摘したのがネカト疑惑の最初である。
パブピアはすぐに、「1998年のMol Cell Biol.」論文と「1999年のCell」論文にも画像の重複使用があるとも指摘した。
そして、スペインのカタルーニャ大学(Universitat Politecnica de Catalunya)でコンピューター科学の上級エンジニアを務めるホセ・ロドリゲス・サンチェス(Jose M. Rodriguez Sanchez)が調査し、「バンド画像の重複使用」を否定した。
多くの研究倫理学者がサンチェスの調査を問題視したが、ゲノム制御センターは再調査せず、コスマを処分しなかった。
2016年7月28日(47歳?)、最初に問題視された「2001年のMolecular Cell」論文の「Molecular Cell」誌が調査し、オーストリアの分子病理学研究所(Institute of Molecular Pathology:IMP)に解像度の高い画像データが保存されているのを見つけ、解析の結果、シロと判定した。
話は決着がついた。ネカトは「無罪」である。
しかし、訂正された2論文の訂正の中身を念のため、白楽が調べると、ナント、コスマ自身が「バンド画像の重複使用」を認めていたのである。
ゲノム制御センター(Centre for Genomic Regulation:CRG)。こんなビーチに研究所があるなんて、犯罪的です。目の前でビキニのお嬢さんが日光浴していて、研究できる? 写真出典
- 国:スペイン
- 成長国:イタリア
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:イタリアの「フェデリコⅡ」ナポリ大学
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1969年1月1日生まれとする。1993年に修士号を取得した時を24歳とした
- 現在の年齢:55 歳?
- 分野:細胞生物学
- 最初の不正疑惑論文発表:1998年(29歳?)
- 不正疑惑論文発表:1998-2007年(29-38歳?)の10年間
- 発覚年:2015年(46歳?)
- 発覚時地位:ゲノム制御センター・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は「パブピア(PubPeer)」
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②ゲノム制御センター・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:所属機関の事件への透明性:実名報道で調査報告書(委員名付き)がウェブ閲覧可(◎)、実名報道で機関もウェブ公表(含・研究公正局でクロ判定)(〇)[機関以外が詳細をウェブ公表(⦿)]、実名報道だが機関のウェブ公表なし(△)、匿名発表・隠匿(Ⅹ)、調査していない、発表なし・メディア取材に非協力・隠蔽(✖)。調査中・不明・該当せず(ー)。
- 不正:なし
- 不正論文数:2論文が訂正、2論文が懸念表明、0論文が撤回
- 時期:研究キャリアの初期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:Tomoyuki Tanaka(?)は「1999年のCell」論文の共著者、Shoma Nakagawa(現在の研究室員)は「2019年」論文の共著者
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:Cosma Lab | crg
- 生年月日:不明。仮に1969年1月1日生まれとする。1993年に修士号取得した時を24歳とした
- 1993年(24歳?):イタリアの「フェデリコⅡ」ナポリ大学(“Federico II” University of Naples)で修士号取得:化学・薬学
- 1997-2000年(28-31歳?):オーストリアの分子病理学研究所(Institute of Molecular Pathology:IMP)、マリーキュリーフェロー。ボスは後にオックスフォード大学に移籍するキム・ナスミス(Kim Nasmyth)
- 2000年(31歳?):イタリアの「フェデリコⅡ」ナポリ大学で研究博士号(PhD)を取得:細胞遺伝学・分子遺伝学
- 2000年(31歳?):イタリアのテレトン遺伝医学研究所(Telethon Institute of Genetics and Medicine:TIGEM)・ポスドク
- 2003年(34歳?):同・グループリーダー
- 2005年(36歳?):マリーキュリー優秀賞(Marie Curie Excellence Award)受賞
- 2010年(41歳?):スペイン・バルセロナのゲノム制御センター(Centre for Genomic Regulation:CRG)・教授
- 2015年3月(46歳?):ネカト疑惑発生
- 2016年7月(47歳?):不正なしと結論
- 2018年(49歳?):中国の千人計画(Thousand Talents Program – Wikipedia)のメンバー(Maria Pia Cosma – 中科院广州生物医药与健康研究院)。
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
研究講演動画:「ENG – Cellular reprogramming: a real tool of regenerative medicine? – 2011 – YouTube」(英語)15分00秒。
CRGchannelが2012/07/04に公開
【動画2】
「マリア・ピア」と呼ばれている。
研究講演動画。2016年11月15日に公開(スペイン語)1時間8分56秒。
以下をクリック。
Maria Pia Cosma. Can humans regenerate their organs? | Videos | CCCB
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★問題論文は約15年前
ネカト疑惑の3論文は、マリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma、写真出典)が1998年、1999年、2001年に出版した論文だった。丁度その頃、コスマはイタリアの「フェデリコⅡ」ナポリ大学(“Federico II” University of Naples)で研究博士号(PhD)を取得した。つまり、問題視された論文はコスマが博士号を取得する前後の論文だった。当然、博士論文も問題視されていいい状況である。
ネカト疑惑は、それから約15年後の2015年に勃発した。
コスマはその時46歳(?)で、この分野の著名な研究者になっていた。マリーキュリー優秀賞(Marie Curie Excellence Award)など、いくつもの科学賞も受賞していた。
だから、コスマの周囲にはコスマの味方をする有力な研究者・関係者・支援者がかなりいた。
そして、ネカト疑惑を指摘しても、「いまさら」とか、「昔のデータなので生データはない」など、言い訳がたくさんある状況だった。
なお、2018年、コスマは中国の千人計画(Thousand Talents Program – Wikipedia)のメンバーになった(Maria Pia Cosma – 中科院广州生物医药与健康研究院)。
★ネカト発覚
ネカト発覚の最初から進めよう。
2015年3月16日(46歳?)、匿名者がパブピアで、マリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma)の「2001年のMolecular Cell」論文に画像の重複があると指摘した。
これがネカト疑惑の最初である。この論文は、コスマがオーストリアの分子病理学研究所(IMP)で得た研究成果の論文である。
- Cdk1 triggers association of RNA polymerase to cell cycle promoters only after recruitment of the mediator by SBF.
Cosma MP, Panizza S, Nasmyth K.
Mol Cell. 2001 Jun;7(6):1213-20. doi: 10.1016/s1097-2765(01)00266-0.
その最初のネカト疑惑画像である図4を以下に張り付けた。(出典:https://pubpeer.com/publications/43D229CE50CAC900509F635F611EBA#1)
図4はウェスターンブロットのバンドである。バンドなのでどれも形状が似ているが、色枠のバンドは全く同じ画像の重複使用ではないかと指摘された。確かによく似ている。しかし、全く同じ画像の重複使用だと断定するのは難しそうだ。特に小さな画像だと見分けがつかない。
では、拡大した別の図である図1ではどうだろう(出典:https://pubpeer.com/publications/43D229CE50CAC900509F635F611EBA#11)
う~ん、これは、同じバンドの重複使用でしょう。と多くの人は思ったに違いない。
そして、パブピアはすぐに、「1998年のMol Cell Biol.」論文と「1999年のCell」論文にも画像の重複使用があると指摘した。前者はイタリアの「フェデリコⅡ」ナポリ大学、後者はオーストリアの分子病理学研究所(IMP)での研究成果である。
- Mutations in the extracellular domain cause RET loss of function by a dominant negative mechanism.
Cosma MP, Cardone M, Carlomagno F, Colantuoni V.
Mol Cell Biol. 1998 Jun;18(6):3321-9. doi: 10.1128/mcb.18.6.3321. - Ordered recruitment of transcription and chromatin remodeling factors to a cell cycle- and developmentally regulated promoter.
Cosma MP, Tanaka T, Nasmyth K.
Cell. 1999 Apr 30;97(3):299-311. doi: 10.1016/s0092-8674(00)80740-0.
3報の論文は全部、コスマが第一著者だった。
★ネカト紛争
上に画像を示したが、多くの人は「同じバンドの重複使用」だと思った。
マリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma)は、ネカト疑惑の指摘を受け、生データを探したが、現在残っている唯一のデータはPDFファイルの解像度の低い画像しかない、と述べた。
そして、ナント、「論文の結論は他の研究者が再現できると確認し、多くの論文で使用されているので、問題ない」と余計な一言を付け加えた。この一言は後で、研究倫理学者から非難されている。
マサチューセッ大学医科大学院(University of Massachusetts Medical School)のクレイグ・ピーターソン教授(Craig L Peterson、写真出典)は、「バンド画像の重複使用を指摘する理由はわかるが、自分達の研究はコスマの論文結果を支持しています。同じ遺伝的背景(つまり、ash1変異体)で正確な再現実験をしていませんが、コスマの研究結果が物議を醸すとは思いません」と発言した。この「結果オーライ」発言も後で、研究倫理学者から非難されている。
コスマの大学院指導教授で、コスマの問題視された3論文のうちの2論文の最後著者だったキム・ナスミス教授(Kim Nasmyth、写真出典)は、オーストリアの分子病理学研究所(Institute of Molecular Pathology:IMP)から、英国のオックスフォード大学(University of Oxford)に移籍していた。
ナスミス教授は、「どうして酷似のバンド画像になったのか、さっぱりわかりません。誰かが不正行為の明確な証拠を持って私を訪ねてくるなら、私は喜んで対応します。しかし、申し立てはコスマに対する個人的な復讐でしょう」と述べた。
そして、ゲノム制御センター(Centre for Genomic Regulation:CRG)は、スペインのカタルーニャ大学(Universitat Politecnica de Catalunya)でコンピューター科学の上級エンジニアを務めるホセ・ロドリゲス・サンチェス(Jose M. Rodriguez Sanchez)にバンド画像の調査を依頼した。その結果、サンチェスはバンド画像の重複使用を否定した。
しかし、サンチェスの調査は多くの研究倫理学者から非難されている。
例えば、オーストラリアのデイヴィッド・ボー教授(David L. Vaux、写真:出典)は、「サンチェスの分析に異議を唱えません。しかし、彼には元画像が提供されず、彼は、質の悪い公開画像しか分析していないので、彼の結論には同意できません」と述べている。
★「Cell Press」編集部が調査し、シロ
2016年7月28日、最初に問題視された「2001年のMolecular Cell」論文の「Molecular Cell」誌が調査結果を発表し、シロと判定した。
→ 2016年7月28日:「Molecular Cell」誌:「Molecular Cell」誌の調査
問題論文を出版した「Cell Press」編集部が「1999年のCell」論文と「2001年のMolecular Cell」論文の2論文の重複画像に関する疑惑に対応した。
というのは、コスマが論文を出版した時に所属していたオーストリアの分子病理学研究所(Institute of Molecular Pathology:IMP)が、解像度の高い画像データを保存していた。分子病理学研究所はその画像データをコスマに渡した。
コスマはそれらのコピーを学術誌の「Cell Press」編集部に持っていった。それで、コスマと学術誌・編集者は論文で使用されたデータを特定するなどの検討作業をはじめた。実験ノートには、元の画像、代替の露出、論文のほとんどの図の複製データが含まれていた。
学術誌・編集者は調査・分析の結果、「不適切なデータ処理または画像の複製だとする証拠は見つからなかった。そして、利用可能な元データは、論文の結果をサポートしていた」と発表した。
結論として、「現時点で入手可能な情報に基づいて、「同じバンドの重複使用」はない。また、これ以上の措置はしない」と付け加えた。
●【ねつ造・改ざん疑惑の具体例】
少しだけど、「同じバンドの重複使用」の具体例を既に示したし、「Cell Press」編集部が調査し、調査の結果、ねつ造・改ざん疑惑はシロになったので、ねつ造・改ざん疑惑の具体例は省略する。
ただ、2020年9月11日現在、コスマの2論文が訂正、2論文が懸念表明されている。どんな訂正なのか以下に見ていこう。
★「2005年のEMBO Rep」論文
以下の「2005年のEMBO Rep」論文が2016年12月に訂正された。
- Sulphatase activities are regulated by the interaction of sulphatase-modifying factor 1 with SUMF2.
Zito E, Fraldi A, Pepe S, Annunziata I, Kobinger G, Di Natale P, Ballabio A, Cosma MP.
EMBO Rep. 2005 Jul;6(7):655-60. doi: 10.1038/sj.embor.7400454.
訂正内容は、ナント、「同じバンドの重複使用」だった:Corrigendum。
コスマが学術誌に伝えた内容の一部を示すと、以下のようだ。
補足図4Aと4Bのバンドは、異なるゲルのバンドを切り取り、白い背景の紙に貼り付けた。そして、4A上部パネルのレーン2、6、7、4Bの下部パネルのレーン2の4バンドは多分複製である。また、4A下部パネルのレーン5と6も多分複製である。
以下の図の出典は原著論文。
早い話、「1999年のCell」論文と「2001年のMolecular Cell」論文で「同じバンドの重複使用」を否定したのに、今度の「2005年のEMBO Rep」論文では、認めている。ナ~ンだ。前のも「同じバンドの重複使用」だったんじゃないの、と思ってしまう。
そして、補足図4Aと4Bはなくても、論文の結論は変わらないし、支持できるので、補足図4Aと4Bを削除するという訂正をしたのである。
編集者もこのコスマの説明を認めていて、訂正で一件落着にした。
★「2007年のEMBO J」論文
以下の「2007年のEMBO J」論文も2016年12月に訂正された。
- Sulfatase modifying factor 1 trafficking through the cells: from endoplasmic reticulum to the endoplasmic reticulum.
Zito E, Buono M, Pepe S, Settembre C, Annunziata I, Surace EM, Dierks T, Monti M, Cozzolino M, Pucci P, Ballabio A, Cosma MP.
EMBO J. 2007 May 16;26(10):2443-53. doi: 10.1038/sj.emboj.7601695. Epub 2007 Apr 19.
訂正内容は、読者の御推察の通り、こちらも、バンドの加工をしているようだ: Corrigendum 。
図1D、図4C、図4D、図6B、補足図SI2Aの5つの図が問題図だった。全部挙げてもナンなので、以下に図4C、図6Bを示す。そして、前期同様、論文の結論は変わらないし、支持できるので、いくつかの図を削除するという訂正をしたのである。こちらも、「訂正」で一件落着にした。なんか、納得できませんね。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2020年9月11日現在、パブメド( PubMed )で、マリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma)の論文を「Maria Cosma [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2020年の19年間の55論文がヒットした。
「Cosma MP [Author]」で検索すると、1994~2020年の27年間の66論文がヒットした。
2020年9月11日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2020年9月11日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでマリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma)を「Cosma, Maria Pia」で検索すると、1999~2007年の 2論文が訂正、2論文が懸念表明、0論文が撤回されていた(2016年に)。
★パブピア(PubPeer)
2020年9月11日現在、「パブピア(PubPeer)」では、マリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma)の論文のコメントを「Maria Cosma」で検索すると、11論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》クロなのにシロ
コスマ事件は、学術誌が最終的にマリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma、写真出典)をシロと判定したので、表題に「無罪」を加えた。しかし、米国の基準、そして、白楽の基準では「ねつ造」という印象を受けた。
初期に指摘された「1999年のCell」論文と「2001年のMolecular Cell」論文では、「同じバンドの重複使用」を否定した。学術誌もそれを認めた。
それなのに、後で指摘された「2005年のEMBO Rep」論文や「2007年のEMBO J」論文では、コスマ本人が「同じバンドの重複使用」を認めている。
明かにダブルスタンダードで、ヘンである。
ところが、学術誌は「結果オーライ」思想で、問題画像を削除する「訂正」で済ませてしまった。
「研究公正」はとても軽い。「既成体制」と「研究公正」が天秤にかけられ、「研究公正」はアッサリ負けた。コスマを守る「既成体制」は強かった。
《2》「若気の至り」
ネカト疑惑が持ち上がった時、マリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma)はスペインの有力な研究者になっていた。
約15年前の論文のデータねつ造・改ざん疑惑で、結果は、シロと判定された。約10年前の論文では「訂正」で済ませられた。
だが、ここでは、コスマのこれらの論文はクロだったとしよう。そして、その後、コスマはデータねつ造・改ざんをしなかったとしよう。
一般論として、10代・20代の「若気の至り」で、同級生をレイプした。麻薬を吸った。コールガールとチョメチョメした。暴走族だった。人を殺めてしまった。マー、いろいろあったが、とにかく、その後、足を洗って、そういう「ワル」とはおさらばした。そして、40代・50代・60代で政治家として偉くなった。神父として偉くなった。大企業の社長になった。皇室の顔の1つになった。教授として有力な研究者になった。
この場合、社会はどうすべきなのか?
研究者が「若気の至り」でネカトをし、それが40代・50代・60代に発覚した場合、学術界はどうすべきなのか? 論文は不良品なので撤回(あるいは訂正)するにしても、ネカト者をどうすべきなのか?
白楽が思うに、時効を導入する、というのはどうでしょう(ネカトの項目によって年数は異なる。ペナルティは時効前と別種)。そして、現職の職務に大きな障害が生じないように懲戒解雇はしない。ただ、ネカトで損となるように、ペナルティは、巨額の罰金・財産没収はどうか? となると、大学・研究機関が科せられるペナルティを越えている。ネカト罪を制定という立法が必要だ。
《3》生データ
今回は15年前の論文のデータねつ造・改ざんだが、マリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma)は当時、イタリアの大学の院生だった。論文の1報はイタリアの「フェデリコⅡ」ナポリ大学、2報は大学院留学したオーストリアの分子病理学研究所(IMP)での研究成果だった。
そして、ネカト疑惑が持ち上がった時、コスマはスペインの研究者で、15年前の生データは残っていないと述べた。
イタリア、オーストリア、そして、スペインと移動し、15年前のデータである。生データを誰がいつまでどう保存すべきなのか?
結局、今回は、オーストリアの分子病理学研究所(Institute of Molecular Pathology:IMP)が、解像度の高い画像データを保存していた。
しかし、一般論として、この状況だと、生データがなくても不思議はない。欧州では昔の生データを誰がどれだけ保存すべきか知らないが、今回は規則違反ではないだろう。日本だと保存期間は通常5年である。
白楽の場合、研究室を主宰して以降、研究室の学部生・院生にしっかりした装丁の実験ノートを配布した。実験記録は全部そのノートに記載させた。学部生・院生が研究室を出る時、学部生・院生にノートを残させた。学部生・院生には実験スキルは持たせたい。それで、研究室で行なった実験法を詳細に記載したテクニカルシートを持たせた。
そのような方法で、研究室は学部生・院生の生データを全部保存していた。定年退官で研究室を閉鎖した時、かつての学部生・院生に実験ノートを全部返却した。でも、こういうやり方は一般ではないかもしれない。
現在は、電子データなので、50年ほどの研究人生全期間の生データ(といっても電子データだが)を、保持できるハズだ。
白楽は、2006年6月8日、オーストリアの分子病理学研究所(Institute of Molecular Pathology:IMP)を訪問した。IMBA GMIと書いてあるが、分子病理学研究所の入口。白楽撮影。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】
① 2015年6月4日のフレデリク・ジョエルビング(Frederik Joelving)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Cell Press investigating possible image manipulation in influential yeast genetics paper – Retraction Watch
② 2016年7月29日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ:With Voinnet and Cosma cover-up, Cell now admits to have no editorial integrity whatsoever – For Better Science
③ 2016年8月8日のダルミート・チャウラ(Dalmeet Singh Chawla)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Cell Press dismisses fraud allegations in high-profile genetics papers – Retraction Watch
④ 2016年12月13日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ:Two EMBO corrections for the martyred saint Maria Pia Cosma – For Better Science
⑤ マリア・ピア・コスマ(Maria Pia Cosma)のウェブサイト:PiaCosmaLAB – Center for Genomic Regulation CRG and ICREA Research Professor
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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