2020年5月30日掲載
ワンポイント:生データは地震で失われ、提出できないと弁解したデータねつ造事件。コンセプシオン大学のヌアルアート教授の研究室の「2013年のJ Neurochem」論文がデータねつ造で2015年(51歳?)に撤回された。大学はネカト調査をしていないので、ネカト者は不明。誰も処分されていない。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
フランシスコ・ヌアルアート(Francisco Nualart、ORCID iD:?、写真出典)は、チリのコンセプシオン大学 (Universidad de Concepción)・理学部生物学科(Departamento de Biología Celular, Facultad de Ciencias Biológicas)・教授で医師ではない。専門は神経生物学である。
このヌアルアート事件の特徴は、ネカトを疑われた時、生データは地震(2010年)で失われてしまい、提出できないと弁解した点である。
問題の「2013年のJ Neurochem」論文は2015年5月27日(51歳?)に撤回された。
なお、このデータねつ造に対し、コンセプシオン大学 (Universidad de Concepción)はネカト調査をしていない。それで、ネカト者は第一著者のフェデリコ・ロドリゲス(Federico S. Rodríguez)なのか、責任著者のフランシスコ・ヌアルアート教授(Francisco Nualart)なのか、それとも別人なのか、不明である。本記事では、責任著者のフランシスコ・ヌアルアート教授(Francisco Nualart)をネカト者として記載した。
ネカト事件を調べると、生データを提出できない理由として首をかしげる理由を言う疑惑者がそこそこいる。首をかしげる理由の代表格はパソコンのクラッシュである。今回のヌアルアート事件は地震被災である。
コンセプシオン大学 (Universidad de Concepción)。写真出典
- 国:チリ
- 成長国:チリ
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:チリのコンセプシオン大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1964年1月1日生まれとする。1986年にコンセプシオン大学で学士号を取得した時を22歳とした
- 現在の年齢:60 歳?
- 分野:神経科学
- 最初の不正論文発表:2013年(49歳?)
- 不正論文発表:2013年(49歳?)
- 発覚年:2015年(51歳?)
- 発覚時地位:コンセプシオン大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
- 大学の透明性:調査していない(✖)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:2報。1報撤回
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
出典:PDI – Resultado de Búsqueda
- 生年月日:不明。仮に1964年1月1日生まれとする。1986年にコンセプシオン大学で学士号を取得した時を22歳とした
- 1986年(22歳?):チリのコンセプシオン大学 (Universidad de Concepción)で学士号取得:生物学
- 1989年(25歳?):同大学で修士号取得:組織学
- 1995年(31歳?):同大学で研究博士号(PhD)を取得
- 1993年1月〜1995年1月(29〜31歳?):チリのフロンティア大学 (Universidad de La Frontera)・助教授
- 1995年1月〜2003年1月(31〜39歳?):チリのコンセプシオン大学 (Universidad de Concepción)・準教授
- 1997年1月〜1998年1月(33〜34歳?):米国のスローン・ケタリング記念がんセンター(Memorial Sloan-Kettering Cancer Center)でポスドク
- 2004年1月(40歳?):チリのコンセプシオン大学・教授
- 2010年1月(46歳?):チリ地震 (2010年) – Wikipedia
- 2013年(49歳?):後で問題視される「2013年のJ Neurochem」論文を発表
- 2015年5月27日(51歳?):「2013年のJ Neurochem」論文が撤回
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
アメリカ地質調査所(USGS)の地震と津波の被害の解説動画:「2010年2月27日、チリのマグニチュード8.8の地震(The Magnitude 8.8 Earthquake of 2/27/2010 in Chile )- YouTube」(英語)6分55秒。
XploringEarthが2010/08/27に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2013年(49歳?)、フランシスコ・ヌアルアート(Francisco Nualart)は、以下の「2013年のJ Neurochem」論文を発表した。
- Superoxide-dependent uptake of vitamin C in human glioma cells.
Rodríguez FS, Salazar KA, Jara NA, García-Robles MA, Pérez F, Ferrada LE, Martínez F, Nualart FJ.
J Neurochem. 2013 Dec;127(6):793-804. doi: 10.1111/jnc.12365. Epub 2013 Aug 19. Retraction in: J Neurochem. 2015 Jun;133(6):935.
ネカト発覚の経緯は不明だが、この「2013年のJ Neurochem」論文は2015年5月27日に撤回された。
→ 2015年5月27日の撤回公告:Retraction – 2015 – Journal of Neurochemistry – Wiley Online Library
撤回公告によると、上記の論文の図2(b)がイケマセン。
図2(b)は以下の図である。出典は論文(Retracted: Superoxide‐dependent uptake of vitamin C in human glioma cells – Rodríguez – 2013 – Journal of Neurochemistry – Wiley Online Library)。
イケマセンと言われても、図を見ているだけでは、どこがどう加工されたのか分からない。
撤回公告によると、上記の論文の図2(b)のウエスタンブロット画像は切り貼り再利用(ねつ造)された図だとある。以下は、同じ部分の再利用を同じ色で示してある。
データねつ造を問われ、次のように弁解した。
著者は、2010年のチリ地震で大量のデータを失った。後で、実験を繰り返す必要があるかを決めるために一時的にデジタル画像を張り付けた。2013年、一時的にデジタル画像を張り付けたままの画像を、そのまま投稿してしまった。
確かに2010年2月27日、チリにマグニチュード8.8の巨大な地震が発生した。当時、世界で5番目に大きい地震で525人が死亡し、津波が発生した:チリ地震 (2010年) – Wikipedia。
ヌアルアートの所属する生物学科と同じキャンパスの化学科棟が燃えている写真が示すように(以下、出典:Reconstrucción)、コンセプシオン大学・理学部はチリ地震で大きなダメージを受けたのは事実である。
ネカトを疑われた時、生データはチリ地震(2010年)で失われてしまい、提出できないと弁解した。この弁解に白楽はアングリです。データが失われていれば、論文にならないので、そもそも投稿できない(しない)。
それに、問題の画像は少し手の込んだ切り貼り加工をしている。意図的なデータねつ造は明白である。「実験を繰り返す必要があるかを決めるために一時的にデジタル画像を張り付けた」予備的データを、間違えて、そのまま投稿したという弁解は通用しない。
勿論、どんな弁解でも、ねつ造データは許されません。2015年5月27日に論文は撤回されたが、撤回は当然です。
なお、このネカトに対し、コンセプシオン大学はネカト調査をしていない。それで、ネカト者は第一著者のフェデリコ・ロドリゲス(Federico S. Rodríguez)なのか、責任著者のフランシスコ・ヌアルアート教授(Francisco Nualart)なのか、それとも別人なのか、不明である。
★「2014年のPLoS ONE」論文
「2013年のJ Neurochem」論文は撤回されたが、ヌアルアート教授の「2014年のPLoS ONE」論文(以下)も「パブピア(PubPeer)」で問題視された。2020年5月29日現在、撤回されていない。
- Dynamic localization of glucokinase and its regulatory protein in hypothalamic tanycytes.
Salgado M, Tarifeño-Saldivia E, Ordenes P, Millán C, Yañez MJ, Llanos P, Villagra M, Elizondo-Vega R, Martínez F, Nualart F, Uribe E, de Los Angeles García-Robles M.
PLoS One. 2014 Apr 16;9(4):e94035. doi: 10.1371/journal.pone.0094035. eCollection 2014.
図3Bと図3Dのウエスタンブロット画像のレーン3が同じバンドの再利用だと指摘されている。
以下のパブピアの図の出典:
https://pubpeer.com/publications/F6A2C7CBC6F39D2D1604BCEBBA4B84#1
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2020年5月29日現在、パブメド(PubMed)で、フランシスコ・ヌアルアート(Francisco Nualart)の論文を「Francisco Nualart [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2019年の18年間の80論文がヒットした。
「Nualart F[Author]」で検索すると、1990~2019年の30年間の103論文がヒットした。
2020年5月29日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、本記事で問題視した「2013年のJ Neurochem」論文、1論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2020年5月29日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでフランシスコ・ヌアルアート(Francisco Nualart)を「Nualart, Francisco J」で検索すると、本記事で問題視した「2013年のJ Neurochem」論文、1論文がヒットし、1論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2020年5月29日現在、「パブピア(PubPeer)」では、フランシスコ・ヌアルアート(Francisco Nualart)の論文のコメントを「Francisco Nualart」で検索すると、本記事で問題視した「2013年のJ Neurochem」論文、また、「2014年のPLoS ONE」論文の2論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》首をかしげる理由
通常、ほぼ全てのデータねつ造・改ざん事件の被疑者は証拠隠滅を図る。
証拠隠滅で生データを隠滅する。しかし、被疑者は、証拠隠滅しましたとは口が裂けても言えない。苦し紛れの理由を言う。理由の代表格はパソコンのクラッシュである。日本のネカト事件を含めこの理由がそこそこ多い。
パソコンが盗難にあったと弁解した事件もあった。
→ ウウナ・ロンステット(Oona M. Lönnstedt)(スウェーデン)改訂
今回のヌアルアート事件は地震被災のせいにしたが、他にもユニークな理由はいくつかある。おいおい記事にしよう。 → 2017年10月26日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:“My dog ate the data:” Eight excuses journal editors hear – Retraction Watch
《2》証拠隠滅させない手段
今回のヌアルアート事件は地震被災のせいにしたが、基本的に、生データを失ったのは事故であって、自分も被害者という立場である。
一方、生データを失ったのは事故ではないという事件もある。意図的に廃棄してしまった事件である。イエイエ、日本政府絡みの不都合な真実隠し事件ではありません。スウェーデンの研究者の事件です。
→ クリストファー・ギルバーグ(Christopher Gillberg)(スウェーデン)
どちらにしろ、ネカト疑惑の調査に入る時、被疑者に証拠隠滅させない手段が必要である。米国はパソコンなどを差し押さえる権限が法的に付与されている。日本にはありません。日本はネカト天国と言われているが、証拠隠滅天国でもあります。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】
① 2015年6月25日のシャノン・パラス(Shannon Palus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Lost your data? Blame an earthquake – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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