アパラオ・ポディル(Appa Rao Podile)(インド)

2018年1月31日掲載。

ワンポイント: ハイデラバード大学(University of Hyderabad)・学長で、専門は植物病理学。2016年4月(56歳)、「Wire」新聞のヴァスデヴァン・ムンクス(Vasudevan Mukunth)記者が、2007年と2014年のポディル・学長の3論文(2報が総説、1報が原著論文)に盗用があると新聞で指摘した。盗用率は不明だが、低いようだ。ポディル学長は学長を辞任しなかった。損害額の総額(推定)は9千万円。「2016年ネカト世界ランキング」にランクした「「iThenticate」誌の2016年のトップ「盗用」スキャンダル:2017年2月27日」の第5位である。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

アパラオ・ポディル(Appa Rao Podile、写真出典http://naasindia.org/detail.php?id=349)は、インドのハイデラバード大学(University of Hyderabad)・学長で、専門は植物病理学である。

2016年1月(55歳)、ハイデラバード大学の学生が大学の身分差別のために自死した。この自死に対して、ポディル学長の対応がまずかった。学生たちは学長の辞任を要求した。

2016年4月(56歳)、この状況下で、「Wire」新聞のヴァスデヴァン・ムンクス(Vasudevan Mukunth)記者が、2007年と2014年のポディル・学長の3論文(2報が総説、1報が原著論文)に盗用があると新聞で指摘した。盗用率は不明だが、低いようだ。

ある意味、「叩けばほこりが出る」ので、あちこち叩いたら盗用が見つかった、という印象である。とはいえ、盗用は盗用である。

ハイデラバード大学は調査委員会を設けなかったし、ポディル学長は学長を辞任しなかった。ペナルティは科されていない。

それどころか、盗用が指摘された翌年の2017年(57歳)、インド科学界から学術的な貢献に対し、 ポディル学長に2つの栄誉が与えられた。インド科学界、おかしいぜよ。

ポディル事件は、「2016年ネカト世界ランキング」にランクした「「iThenticate」誌の2016年のトップ「盗用」スキャンダル:2017年2月27日」の第5位である。

なお、ハイデラバード大学は、「4icu.org」の大学ランキング(信頼度は?)でインド第82位の大学である(Top Universities in India | 2017 Indian University Ranking(保存済))。

ハイデラバード大学(University of Hyderabad)。写真出典https://thewire.in/tag/university-of-hyderabad/

  • 国:インド
  • 成長国:インド
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:インドのセダー・パテル大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1960年3月3日
  • 現在の年齢:64 歳
  • 分野:植物病理学
  • 最初の不正論文発表:2007年(47歳)
  • 発覚年:2016年(56歳)
  • 発覚時地位:ハイデラバード大学・学長
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は「Wire」新聞のヴァスデヴァン・ムンクス(Vasudevan Mukunth)記者で、詳細な盗用分析を新聞記事にした
  • ステップ2(メディア): 「Wire」新聞と他のメディア
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ハイデラバード大学は調査委員会を設けていない
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:実名報道だが大学のウェブ公表なし(△)。大学以外が詳細をウェブ公表(⦿)
  • 不正:盗用
  • 不正論文数:3報。撤回論文はなし
  • 盗用ページ率:不明。少ないと推察される
  • 盗用文字率:不明。少ないと推察される
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 損害額:総額(推定)は9千万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。③院生の損害が1人1000万円だが、院生は不明なので、損害額をゼロ円とした。④外部研究費の額は不明だが、データねつ造・改ざんでないので、研究成果の損害はない。損害額をゼロ円とした。⑤調査経費(大学と新聞社)が5千万円。⑥裁判経費なし。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。撤回論文はないので、損害額をゼロ円とした。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし

●2.【経歴と経過】

主な出典:①National Academy of Agricultural Sciences、②(1) Appa Rao Podile | LinkedIn

  • 1960年3月3日:インドで生まれる
  • 1975-80年(15-20歳):インドのヒンドゥ大学(Hindu College, Guntur)で学士号取得:理学
  • 1983年(23歳):インドのナガージュナ大学(Nagarjuna University)で修士号取得:理学
  • 1983-87年(23-27歳):インドのセダー・パテル大学(Sardar Patel University)で研究博士号(PhD)を取得:理学
  • 1989年(29歳):インドのハイデラバード大学(University of Hyderabad)・講師(Lecture)、後に準教授(Reader):植物学
  • 2004年(44歳):同大学・教授
  • 2015年(55歳):同大学・学長
  • 2016年(56歳):盗用が発覚

●3.【動画】

【動画1】
ネカト事件の動画は見つからなかった。

2016年1月の学生の自死事件で学長が2016年3月、学生に訴えた。なかなか、いい動画です。学長が自分の大学の学生に伝えるのに、ユーチューブにアップするというのは日本では見ませんね。

「ハイデラバード大学のアパラオ・ポディル学長が学生に訴える(Appeal by Prof. Appa Rao Podile, Vice-Chancellor, University of Hyderabad) – YouTube」(英語)3分27秒。
University of Hyderabadが2016/03/28 に公開

●4.【日本語の解説】

学生の自死事件の騒動の渦中に盗用が発覚した。自死事件と盗用事件は、内容としては全く関係ないが、ネカトが発覚した状況を理解できる。

★2017年3月20日、馬内里美(東北文化学園大学) :「モディ政権下の高等教育機関へのヒンドゥー・ナショナリズム的介入 : 雑誌Frontline の記事から」、総合政策論集: 東北文化学園大学総合政策学部紀要、16(1),161-177 (2017-03-20) , 第16巻第1号 10

・・・(中略)・・・

アパラオ・ポディルが「副学長」とあるが、「vice-chancellor」の直訳でしょう。「vice-chancellor」は実質上は学長なので、白楽は、学長と訳している。インドやオーストラリアなど英国系の大学は知事などが形式的な学長になる。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

【4.日本語の解説】で見たように、学生の自死事件があった。自死事件と盗用事件は、内容としては全く関係ないが自死事件の騒動の渦中に盗用が発覚した。ネカト事件の背景に別の事件が横たわっていることは珍しくない。

学生の自死事件を軽く説明してから、盗用事件に入ろう。

★学生の自死

2016年1月(55歳)、ハイデラバード大学(University of Hyderabad)の学生・ロヒス・ヴェミュラ(Rohith Vemula)が大学の身分差別のために自死した。この自死を招いた学内政策及び、学生の抗議に警察官を導入するなど、ハイデラバード大学のアパラオ・ポディル・学長(Appa Rao Podile)の政策・対応がまずかった。学生たちは学長の辞任を要求した。

世界保健機関(WHO)の指針「自殺予防 メディア関係者のための手引き」に「写真や遺書を公開しない」とあるので、ロヒス・ヴェミュラの顔写真にモザイクをかけた。

https://www.indiatoday.in/india/story/government-orders-judicial-probe-into-rohith-vemula-suicide-305102-2016-01-22

★盗用の発覚

ポディル学長は辞任はしなかったが、「長い休暇」(つまり、1月24日から3月22日までの2か月の休職)を取り、海外に滞在し、2016年3月(56歳)に帰国した。

帰国した時、学生たちは再び抗議を再開した。

ヴァスデヴァン・ムンクス(Vasudevan Mukunth)http://www.wissenschaftskommunikation.de/author/vasudevanmukunth/

2016年4月(56歳)、この状況下で、「Wire」新聞のヴァスデヴァン・ムンクス(Vasudevan Mukunth)記者が、2007年と2014年のポディル学長の3論文に盗用があると新聞で指摘した。

文章の逐語盗用だが、盗用量は、比較的小規模である。

ポディル学長は酷似文章があることを認めたが、盗用ではなく、間違いだと主張した。「データ盗用なら論文を撤回するが、データ盗用ではなく、酷似文章です。今後は盗用検出ソフトを使い、酷似文章を発表することは2度とありません」と約束(弁明?)した。

盗用が指摘された3論文は2014年の論文が2報で2007年の論文が1報である。

2018年1月30日現在(57歳)、ポディル学長は学長に在職している。何のペナルティも科されていない。

それどころか、以下の栄誉が与えられた。

盗用が指摘された翌年の2017年1月(56歳)、インド科学大会(Indian Science Congress Association)はポディル学長に「ミレニアムプラーク栄誉(Millennium Plaques Honour)」を与えた。

2017年10月(57歳)、インド科学アカデミー (INSA: Indian National Science Academy) はポディル学長を「インド科学アカデミー・フェロー(most prestigious fellowship of the academy)」 に選んだ。
→ 2017年10月27日記事:Professor Appa Rao Podile gets INSA fellowship

【盗用分析】

盗用部分は以下の「Wire」記事に示されている。
→ 2016年4月5日のヴァスデヴァン・ムンクス(Vasudevan Mukunth)記者の「Wire」記事:Hyderabad University VC Admits to Plagiarism – The Wire

3論文の内、2014年の2論文は総説である。各論文ごとに、盗用文章を黄色で具体的に示す。

★「2014年のProceedings of the Indian National Science Academy」論文

1. 盗用文章: “As our understanding of the complex environment of the rhizosphere, the mechanisms of action of PGPR, and the practical aspects of inoculant formulation and delivery increases, we can expect to see new PGPR products becoming available. The success of these products will depend on our ability to manage the rhizosphere to enhance survival and competitiveness of these beneficial microorganisms. Rhizosphere management will require consideration of soil and crop cultural practices as well as inoculant formulation and delivery.”

被盗用論文: Bacteria in Agrobiology: Plant Probiotics, ed. Dinesh K. Maheshwari, pp. 179, Sec. 9.9.

2. 盗用文章: “The rhizosphere contains a higher proportion of AHL producing
bacteria as compared to bulk soil, suggesting that they play a role in colonization [70]. This suggests that plants could be using root-exuded compounds in the rhizosphere to take advantage of this bacterial communication system and influence colonizing communities [7, 39, 71].

被盗用論文:The Role of Root Exudates in Rhizosphere Interactions with Plants and Other Organisms, Bais et al., Annual. Rev. Plant Biol. 2006. 57:233–66.

3. 盗用文章: “Enormous competitive advantage is conferred on bacteria by the QS, improving their chances to survive as they can explore niches that are more complex.”

被盗用論文:Plant-Bacteria Interactions: Strategies and Techniques to Promote Plant Growth, ed. Ahmed et al., pp. 3, Sec. 1.1.1.

4. 盗用文章: “On detection of the signal molecule at a given concentration, transcription of certain genes regulated by this mechanism is induced or repressed in the bacteria.”

被盗用論文: Plant-Bacteria Interactions: Strategies and Techniques to Promote Plant Growth, ed. Ahmed et al., pp. 3, Sec. 1.1.1.

5. 盗用文章: “There are many microbial processes regulated by QS which include DNA transferase by conjugation, siderophore production, bioluminescence, biofilm formation, and the ability of some bacteria to move, also called ‘swarming’.”

被盗用論文: Ecology, Genetic Diversity and Screening Strategies of Plant Growth Promoting Rhizobacteria (PGPR), Handbook of Plant Science 03/2008; DOI: 10.1002/ 9783527621989.ch1.

6. 盗用文章: “The environmental factors include climate, weather conditions, soil characteristics or the composition or activity of the indigenous microbial flora of the soil.”

被盗用論文: Screening of free-living rhizospheric bacteria for their multiple plant growth promoting activities, Ahmad et al., Microbiological Research, Volume 163, Issue 2, 15, March 2008, pp. 173–181.

★「2014年のProc. Natl. Acad. Sci., India」論文

盗用文章“Plants have a remarkable capacity to recognize pathogens through strategies involving both conserved and variable pathogen molecules often referred as elicitors, and pathogens manipulate the defense response through secretion of virulence effector molecules.”

被盗用論文Plant immunity: towards an integrated view of plant–pathogen interactions, Nature Reviews Genetics 11, August 2010, 539-548

★「2007年のIndian J. Microbiol」論文

盗用文章: “In addition to providing carbon for intracellular metabolism, GDH plays a key regulatory and bioenergetic role in these bacteria. The protons generated in the oxidation contribute directly to the trans-membrane proton motive force (PMF), which results in the uptake of exogenous amino acids and other compounds.”

被盗用論文: Microbial Diversity: Current Perspectives and Potential Applications, Satyanarayana, T. & Johri, B.N., I.K. International Publishing House (2005), pp. 381

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2018年1月30日現在、パブメド(PubMed)で、アパラオ・ポディル(Appa Rao Podile)の論文を「Appa Rao Podile [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2017年の16年間の38論文がヒットした。

「Podile AR[Author]」で検索すると、1994~2017年の24年間の52論文がヒットした。

2018年1月30日現在、「Podile AR[Author] AND retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

盗用と指摘された3論文の内、2論文はパブメドの登録されていない学術誌の総説である。従って、パブメドの論文撤回リストではヒットしない。パブメドの登録されていない学術誌ということは、一般的に、質の悪い学術誌と言える。

1論文は、パブメドの登録されている学術誌の原著論文だが、撤回されていない。訂正もされていない。

★パブピア(PubPeer)

2018年1月30日現在、「パブピア(PubPeer)」はアパラオ・ポディル(Appa Rao Podile)の論文にコメントしていない:PubPeer – Search publications and join the conversation.

赤い服がポディル学長(Appa Rao Podile)http://www.india.com/news/india/hyderabad-university-vice-chancellor-appa-rao-podile-accused-of-plagiarism-1086122/

●7.【白楽の感想】

《1》江戸の仇をネカトで討つ

パブメド検索で52論文を出版した教授が、学長になる2年前の2014年に、さほど重要でもない2つの総説で盗用をした。その7年前の原著論文でも盗用したが、3行ほどの文章だけである。

2016年1月(55歳)、ハイデラバード大学が身分差別をしたために学生(男性)が自死した。この自死を招いたポディル学長の政策と対応がまずかった。学生たちは学長の辞任を要求した。

2016年4月(56歳)、学内が騒然としてた時、ポディル学長の3論文(2報が総説、1報が原著論文)に盗用があると新聞が指摘した。

盗用事件の前に、身分差別による学生の自死事件が大騒動になっていた。

「Wire」新聞のヴァスデヴァン・ムンクス(Vasudevan Mukunth)記者が、ポディル学長の問題点を洗い出して、学長を辞任させようとして盗用を見つけた。ある意味、「叩けばほこりが出る」ので、あちこち叩いたら盗用が見つかった。

とはいえ、もちろん、盗用は盗用である。

しかし、学長を辞任に追い込むための便法としてネカト事件を利用しようとした印象がある。

このように別件の事件が背景に潜むネカト事件はかなり多いと思う。ただし、ネカト事件を調べても、背景がわからないことが多い。「かなり多いと思う」のを数値で示すのは難しいが、多分、1~3割だろう。ネカト事件の1~3割は他の金銭・権力・人間関係の摩擦や事件で、相手をおとしめようとネカト事件を持ち出したと思われる。以下は例。
→ 航空・機械工学:サンドラ・トロイアン(Sandra Troian)(米)
→ 盗学:法学:エンリケ・ペーニャ・ニエト(Enrique Pena Nieto)(メキシコ)

《2》盗用の程度とペナルティ

もちろん、盗用は盗用である。

しかし、どの部分をどのくらい盗用したら、どのような処分をするのが適切かという国際基準がない。

分野によって、基準は違ってよい。しかし、国際的に統一すべきである。

生命科学系の原著論文なら、新しい研究結果を示せば、文章はそこそこ盗用でもいいと、白楽は思う(少数意見です)。

総説なら、もともと他の原著論文のまとめと自分の考えの表明なので、他論文の文章を流用する場合、引用は必須でしょう。

ただ、ポディル学長の場合、ペナルティではなく。その後、インド科学界から2回も栄誉が与えられている。

例え盗用がわずかだとしても、盗用は盗用である。盗用研究者に、その後、科学界が栄誉を与えるのは、たとえ研究業績が優れていたとしても、いかがなものかと思う。

これでは、盗用を奨励しているようなものだ。

マズイことをした人に栄誉を与えたり昇進させたら、正義がかすみ、人心が荒廃する。

安倍政権は、佐川宣寿を理財局長から国税庁長官に栄転させたが、国民の信頼を失い、人心を荒廃させている。

(写真は本文と関係ありません)。ニューデリー:ホーリー祭。2008年。白楽撮影。

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●8.【主要情報源】

① 2016年4月5日のヴァスデヴァン・ムンクス(Vasudevan Mukunth)記者の「Wire」記事:Hyderabad University VC Admits to Plagiarism – The Wire、(保存版
② 2016年4月5日のアドリア・ボーズ(Adrija Bose)記者の「HuffPost」記事:Embattled Hyderabad VC Appa Rao Podile Is In News Again, For Plagiarism、(保存版)
③ 2016年4月6日の「India.com」記事:Hyderabad University vice chancellor Appa Rao Podile accused of plagiarism – India.com、(保存版
④ 2017年10月24日の「GAPLOGS」記事:Appa Rao Podile made fellow of science academy that published his problem paper – some questions – GAPLOGS、(保存版
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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