2021年7月15日掲載
「白楽の研究者倫理」の2015年9-12月記事の「白楽の感想」部分を集めた。
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- 心理学:シリル・バート(Cyril Burt)(英) 2015年12月25日
●【事件の深堀】
★長谷川真理子
シリル・バートの研究結果「知能が遺伝的にかなり決まっている」ことが、気にくわない教育学者は多い。
シリル・バートを排斥する手段として、研究ネカトを声高に指摘し、研究結果を消滅・無視する方向に動いた面があるだろう。遺伝学者の長谷川真理子がそのあたりを巧みに描いている。総合研究大学院大学の長谷川真理子の2011年の「遺伝学と社会 遺伝から見た人間観の変遷」(総合研究大学院大学機関リポジトリ)を引用する。
●【白楽の感想】
《1》ぼんやり
約50年前の研究ネカト(無罪?)事件だが、古すぎて、状況がつかみにくい。
《2》遺伝的に決まっている
生命科学者からみれば、「知能が遺伝的にかなり決まっている」のは当然でしょう。
議論するのがバカバカしいほど当然だ。
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- 数学:モハンマド・ノウリ(Mohamad Nouri)(米) 2015年12月22日
●【事件の深堀】
★背景・疑念
単純な盗用事件には思えない。盗用された学生・研究者の誰一人も大学に訴えていない。問題視したのは、大学側の弁護士・ジェームス・ホーン(James Horne)1人だけである。
実は、1999年、大学は公民権訴訟でノウリ教授に敗訴し、$16,135を支払っていた。ノウリ教授はその仕返しだと訴えている。
2001年(2003年?)、ノウリ教授は公民権問題で、大学に対して2回目の訴訟を起こしていた。
大学側の弁護士・ジェームス・ホーンは、ノウリ教授との訴訟の準備をしているときに、ノウリ教授の盗用を見つけたと述べている。(白楽の感想:ノウリ教授を追い出すためにアラ探しをしたのだろう)
ノウリ教授を盗用としたペンシルベニア州立大学の委員会は、匿名で投票し、ノウリ教授が研究ネカトの「盗用」をしたと判定し、解雇を決めた。審議も短く、不審点が多い。
通常、盗用の証拠は盗用された文書と盗用した文書を並列すれば、専門知識とは無関係に盗用が明白である。ところが、ペンシルベニア州立大学はこの証拠を提示・公表していない。
ノウリ教授は盗用を否定している。盗用とした証拠文書は、自分が渡したものではなく、大学側が改ざんしたものだろうと主張している。つまり、ノウリ教授にも証拠文書を示していない。
ノウリ教授は、大学側の盗用との判定に以下のように反論している。
(1)他の教授の研究をワシントンDCの研究会で発表したのが盗用にあたると大学は述べている。しかし、ノウリ教授は、「それは、ワシントンDCの研究会ではないし、利用したのは研究成果のごく一部で、そもそも発表の時に引用しています」と述べている。これでは、どう考えても盗用にあたらない。
(2)学部生2人の卒業論文を一字一句、彼の著書に盗用したと大学は述べている。しかし、ノウリ教授は、「学生の文章を決して印刷、発表、配布しておりません(published, presented or circulated)」と述べている。学部生から盗用の訴えはない。むしろ、学部生から慕われている様子を新聞が報道している。
大学とノウリ教授のどちらが正しいのか、白楽には知る由もないが、どうやら、異常なことが起こっている印象だ。
★裁判(2015年)
裁判記録に以下のことが記述されている。
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1995年、ノウリ教授は機会均等雇用委員会(Equal Employment Opportunity Commission)とペンシルベニア人間関係委員会(Pennsylvania Human Relations Commission)の協力を得て、差別されていると大学に不満を表明していた。
1997年、ノウリ教授は、差別に対し大学を裁判所に訴え、勝訴した。
2001年(2003年?)、ノウリ教授は、イラン出身でイスラム教徒だから昇給を認めてもらえない。これは、年齢、国、宗教のために昇給を認めてもらえない差別だと、2回目の裁判をペンシルベニア州連邦地方裁判所(U.S. Middle District)に訴えた。
Discrimination suit filed by terminated professor dismissed against Penn State | Centre Daily Times
ノウリ教授は、実は、1975-1991年に16報の論文を出版し、1991年にテニュアを得て正教授になったが、1991年以降は論文を1報しか出版していなかった。
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2015年7月2日、裁判所の陪審員は大学側が正当だと結論し、マシュー・ブラン(Matthew W. Brann)裁判長はノウリ教授の訴えを棄却した。
●【白楽の感想】
《1》冤罪?
【事件の深堀】でも述べたが、この事件は冤罪ではないのか?
それにしても、ノウリ教授がまともとは思えないことも事実だ。
1975-1991年に16報の論文を出版し、1991年にテニュア(終身在職権)を得て正教授になったが、1991年以降は論文を1報しか出版していない。これは、どういうことだ。
2004年に盗用とされたのだから、1991-2004年の14年間に論文発表が1報である。数学は論文が多くはないが、それでも、これは少なすぎだろう。テニュア(終身在職権)を与えても、人種と宗教に関係なく、大学は首にしたくなるだろう。
数学は、1人で紙と鉛筆があれば研究できるのだろうか? とすると、外部研究費も設備もポスドクも不要で、テニュア(終身在職権)をとれば、セッセトと研究しなくなるかもしれない。
とはいえ、それでも、盗用は冤罪の気がする。
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- ジェイコブ・ハンナ(Jacob Hanna)(イスラエル) 2015年12月19日
《1》根っからのズルのようだ
データがねつ造・改ざんでなければ、かなりズボラである。しかし、単にズボラな性格なら、研究成果は出ないし論文も書けない。
500回以上引用された論文が6報というから、頭脳明晰で、研究の狙いが素晴らしく、論文の書き方が上手い。さらに、人に好かれる人柄なのだろう。
となれば、明晰な頭脳を使って、普通の研究者や論文審査員には見破れないように、ねつ造・改ざんをしたのだろう。
それにしても、撤回論文は「2004年のJ Clin Invest.論文」(ハンナが第1著者)で24歳の大学院生の時に一流誌に出版している。
その前年の「2003年のBlood論文」にも疑念が指摘されている。その論文は、ハンナが第1著者の最初の論文である。
ハンナの最初に出版した論文は22歳の「2002年のJ Clin Invest.」だから、その論文では第1著者ではないが、超優秀だったのだろう。
しかし、研究キャリアのほぼ最初から「ずるい」やり方を身に着けたようだ。指導教授のオファー・マンデルボイム(Ofer Mandelboim)に大きな問題があったと思われる。
《2》大事件?
パブピアは、2003~2015年の21論文のデータに疑念を指摘している。不正疑惑論文を発表している期間が13年間と長いので、指摘された論文数も多い。クロとなると、抱えている研究室員も多く、大スキャンダルになりそうだ。
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- スレシュ・ラダクリシュナン(Suresh Radhakrishnan) (米) 2015年12月16日
《1》本人が「The Scientist」誌で説明
事件が公表された約2か月後(2010年7月14日)、ラダクリシュナン自身が、「The Scientist」誌で状況を説明している点は興味深い(【主要情報源】③)。
執筆する本人も興味深いが、執筆させる「The Scientist」誌もなかなかエライ。そして、そこに読者からのたくさんのコメントが付いている。そのコメントのいくつかにラダクリシュナン自身が、返事を書いている。
このシステムは、新しい動きとして興味深い。
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- ギデオン・ゴールドシュタイン(Gideon Goldstein)(カナダ) 2015年12月13日
《1》不明点だらけ
ギデオン・ゴールドシュタインは不明点が多い。撤回論文が26論文もある比較的大きな事件だが、企業研究所の研究員で、NIHから研究助成金を獲得していない。それで、データねつ造・改ざんが発覚しても、研究公正局は調査に入っていない。後半に所属したカナダ・マギル大学でもデータねつ造・改ざんをしたが、NIHから研究助成金を獲得していない(推定)。マギル大学は調査したのかどうか不明である。
2015年12月現在、ウェブで検索する限り、ゴールドシュタイン論文のデータねつ造・改ざん事件は1つも新聞記事になっていない。
ただ、「論文撤回監視(Retraction Watch)」では、撤回論文が26報もあり、撤回論文ランキング第13位なので(研究者の事件ランキング)、わかる範囲で記事にした。
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- エヴァン・ドライヤー(Evan B. Dreyer)(米) 2015年12月10日
《1》状況がつかみにくい
事件の状況がつかみにくく、事件から改善策を学びにくい。
研究費を獲得するためとされているが、どうして、データねつ造・改ざんをしたのか? 良くわからない。
研究体制、チーム、ボス、受けた教育、家庭の事情など、良くわからない。
締め出し処分(debarment)が10年間ととても厳しいが、その理由も良くわからない。研究ネカトは長期にわたっていない。撤回論文がないので、ねつ造・改ざんデータは論文として出版されていないと思われる。そうなると、眼科治療で多数の患者を失明させたということもない。どうして、厳しい処分が下ったのか?
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- 「博士号はく奪」:アイシャ・バット(Aisha Q. Butt)(アイルランド) 2015年12月7日
《1》バットはシロでミギン講師がクロ?
アイシャ・バット(Aisha Qasim Butt)は、名前がアラブ系で(ミドルネームのカーシム、Qasim)、顔だちもそうなので、パキスタンなど中東の出身だろう。国籍も中東で、大学まで、中東かもしれない。
白楽はアイルランドでの中東系への偏見の強さを知らないが、かなり、あるだろう。
バットが大学院時代に過ごしたアイルランド・ナショナル大学メイヌース校の指導教員・シニード・ミギン(Sinead Miggin)は、バットが共著者に入っていない「2007年のPNAS論文」を訂正した。バットが共著者に入っていない他の5論文にも疑惑が指摘されている。こうなると、ミギン自身がデータねつ造・改ざんをした公算が高い。
さらに、ミギンの博士論文指導教員と思われるテレサ・キンセラ(B Theresa Kinsella)の9論文にデータに疑念が指摘されている。つまり、キンセラが研究ネカトし、その研究スタイルをミギンが受け継ぎ、さらに、バットが受け継いだと思われる(バットが本当にデータ改ざんしたのなら)。
バットは、ミギン研究室を去ってからミギンが共著者に入っていない論文を2014年に1報、2015年に3報の計4報出版している。これら4報の論文の1報も、パブピアではデータ疑念が指摘されていない(2015年11月23日現在)。
一般に、研究ネカトをする研究者は、研究ネカトが発覚するまで不正を続けることが多い。途中で止める理由がないし、徐々に上手になり、不正にマヒし大胆になるからである。だから、バットがクロなら、ミギン研究室を去ってからの4論文でも研究ネカトをする公算が高い。ところが、それら4報の論文には研究ネカトがないようだ。
一方、ミギン(写真出典)の論文には、パブピアで7報もデータ疑念が指摘されている。
アイルランド・ナショナル大学メイヌース校の調査委員会は、ミギンをシロと判定したが、状況から推察して、ミギンがクロで、バットをスケープゴートにしたのではないだろうか?
調査委員会の調査報告書は、少なくとも、公表された部分では、調査内容が具体的に記述されていない。調査委員名も記載されていない。調査内容を意図的に秘匿しているという印象を受ける。
《2》博士号はく奪:時効?
博士論文が研究ネカトなら、博士号はく奪は妥当だ。
このケースとして、今回のアイシャ・バット以外に、法学のアンジェラ・エイドリアン(Angela Adrian)(英)、日本では小保方晴子が博士号をはく奪された。
そして、ドイツやロシアでは数十年前に取得した博士号の博士論文が盗用だったことで、現職閣僚を含めたたくさんの政治家が辞任に追い込まれている。例えば、ドイツ教育相のアネッテ・シャヴァン(Annette Schavan)がそうだ。 → 1‐2‐4‐3.盗用告発:独 ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)
第一の問題点。博士号はく奪に時効がない。これは良いだろうか?
ドイツやロシアでは、社会的な地位を確立している人が、約30年前に提出した博士論文の盗用で博士号がはく奪されている。例えば、アネッテ・シャヴァン教育相は教育相を辞任している。
社会的影響が不当に大きいと感じる。
博士号のはく奪は、博士論文の不備の場合、博士論文審査終了から10年以内とするなど、時効を設けてはどうだろうか。
また、大学院が院生に研究ネカトをチャンと指導しなかったために生じた事件と思えるので、院生の指導教授にも何らかのペナルティ(訓告または厳重注意など履歴書記載義務はない程度でも可)を科すのはどうだろう。この場合、指導教授へのペナルティも時効を10年とする。
《2》博士号:管理
博士号は、誰が管理しているのだろうか?
国は、博士号を統一的に管理し、研究ネカトをしたら、博士号をはく奪する仕組みを作るべきだろう。医道審議会が、医師免許をはく奪するのと同じように、国が管理し、研究者としてふさわしくない場合、博士号をはく奪すべきだろう。
仕組みを以下のように変えたらどうだろう。
大学は博士号資格を授与し、国の(仮称)研究道審議会(医道審議会に似せた名称の組織)に連絡すると、研究道審議会が日本の博士号を管理し、各人に博士号を授与する。
研究ネカトを犯した博士には、研究道審議会が博士号を取り消す。
また、研究道審議会は今まで各大学院がバラバラな基準で授与していた博士号の質的低下を防ぐため、博士号授与の日本の統一的基準を設け、各大学院の基準をチェクする。
現在、日本の多くの大学院の生命科学系では、博士論文授与基準は「英文学術誌の査読付き研究論文の第一著者が1報」である。しかし、この基準に統一されていないし、もっと、いい加減に授与している大学院が多いだろう。
さらには、日本の博士号なのに、「英文論文」を要件にしているのは、過渡的措置としては仕方なかったが、国の恥である。日本語の論文で博士号を取得させるべきだろう。
博士号の管理方式の一例をあげたが、国として何らかの措置をすべき時代になっていると思う。
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《1》情報が少ない
この事件の情報が少ない。一般に、1990年代と2000年前半は研究ネカトの情報が少ない。
理由は事件への関心が低かったからだろう。
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《1》全体把握に良い
総説なので、浅く広く研究ネカトをカバーしている。そういう視点では、全体像がつかみやすいという利点がある。そういう意味では引用する論文に適している。
ただ、細胞生物学が本務の教授が、研究ネカトに興味を持ち、それなりに調べている程度の典型的な総説である。
批判的にみると、特別に新しい視点や切り口があるわけではないので、研究ネカトの専門家には毒にも薬にもならない。情報も若干古い。
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- 文化学:レイチェル・ドレザル(Rachel Dolezal)(米) 2015年11月25日
《1》大騒ぎするほど悪いか?
データねつ造・改ざんとは異なり、今回の人種詐称で、大学の非常勤として教育していた内容に問題が生じわけではない。研究論文を発表していない。もし類似の発表があっても、研究結果にねつ造・改ざんがあったことが非難されたわけではない。知的所有権の侵害もない。不当に研究費を得てもいない。非常勤講師のポストは、他の人の可能性を奪ったかもしれないが、履歴書に黒人と書いたわけではないし、雇用条件に黒人と人種を資格としていたわけではない。
つまり、学術界の信頼を裏切る行為は全くなかった。
ただ、世間の信頼を裏切ったということなのだろう。
日本で例えると、姿やメイクでアイヌ系に似せて、アイヌ系の血が混じった子孫だと他人に思わせ、北海道大学で非常勤講師としてアイヌ民俗学の講義をした。さらに、北海道アイヌ協会のような組織の幹部になるというレベルだろう。
それが、悪いかといわれると、いいとは思えないが、大騒ぎするほど悪いこととは思えない。
《2》事件の深堀
この事件は裏がある。
レイチェル・ドレザルは、
全米で多発している黒人に対する白人警察官らの過剰な暴力行為を批判する活動では最前線に立ち、米北西部のアフリカ系社会の中心的な存在だった。(黒人装い続けた白人女性が団体支部長を辞任「何のため?」 白人警官追及の急先鋒 – 産経ニュース)
ドレザルの白人警察官の批判が強力だったので、ドレザルを排除したい巨大な官憲勢力がいたに違いない。
人種詐称に近い言動をとらえ、家族に白人だと言わせ、スキャンダルとして大騒ぎすることで、ドレザルを失脚させたのだろう。
人種詐称と騒いだ同じ2015年に絵画の盗用も騒いでいる。つまり、ドレザルの攻撃材料をさぐり、灰色(シロ?)をクロと騒いだのだ。イヤ、クロではないシロだと騒いだのだ(肌の色)。絵画は不発に終わったが、人種詐称での攻撃は成功したわけだ。
《3》人種詐称
人種詐称は経歴詐称レベルの罪なのだろうか?
人種がわかりにくいので、人種を人間の外見と置き換えよう。
美容整形で芸能界のスターになる人が多いので、これは罪ではないですね。
では、美容整形とメイクで知的な顔(あるいは、美女・イケメン)になりそれで研究職を得、学術界で昇進した。本人は周囲をだますつもりはなかった。周囲が勝手に判断した。これは「いけないこと」だろうか?
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- 物質工学:クレイグ・グライムス(Craig Grimes)(米) 2015年11月22日
《1》研究費の不正
研究費のうち約10万ドル(約1,000万円)もグライムスが私的に使用したと糾弾されている。私的使用は、旅行とか本の購入で、よくもまあ、こんなに使いましたね。
それにしても、会計事務体制はどうなっているのだろう。一般的に、多額の研究費を私的に使用できない仕組みになっているハズだ。
研究者の事件としては、金がらみの事件は多い。本ブログでは研究ネカトを中心に扱っているが、金がらみの事件には経理書類のねつ造・改ざんがある。ただ、それは、研究内容のねつ造・改ざんではないので、研究の信頼が低下するわけではないし、発表論文を読んだ人が困る状況に陥ることはない。
なお、米国メディアの本事件の扱いでは、基本的に研究費の重複受領を問題視し、私的使用をさほど問題視していない。米国ではこれが通常なのだろうか? 日本では、全く逆である。私的使用を異常なほど悪くとらえている。
《2》もったいない
複数の省庁から研究助成を受けるということは、クレイグ・グライムスの研究課題は学際的でかつ魅力的だったのだろう。告発される前の研究活動から推察して、グライムスは研究者としてとても優秀な印象を受ける。その才能と実績を、こんな形でダメにしてしまうのは米国の社会も学術界も「もったいない」。
重複助成は助成機関の方でチェックできる体制が必要だろう。同一研究者が関与する研究課題をクロスチェックするのは、複数の省庁をまたいでも、コンピュータが発達した現在では大変な作業とは思えない。
また、コンピュータ以前に、プログラム・ディレクターが重複助成を発見し阻止できたハズではないのか? これは期待過剰だろうか? 白楽が、NIHのプログラム・ディレクター室で過ごした時、プログラム・ディレクターは、自分の分野の論文を読み、学会に出かけ、全米のその分野の研究者とプログラムのほぼすべてを掌握していた。だから、重複助成はチェックできたと思う。
それにしても、複数の研究課題を同時平行で実施する場合、研究内容が「同じ」「類似」「重複なし」をどう判断するのだろうか? ある意味、同じ研究者の複数の研究課題は、全部、重複しているとも言えそうだ。
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- ハスコ・パラディース(Hasko Paradies)(ドイツ) 2015年11月19日
《1》人生、生活がまるで見えてこない
約32年前の事件だが、アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳)の書籍『科学の罠』に記載されていたので、ある程度、事情がわかった。
しかし、パラディースの顔写真は見つからない。パラディースの人となり、人生、生活がまるで見えてこない。研究ネカトは、研究ネカト行為を研究者の人生や生活と切り離して理解することができない。犯した研究者の人生や生活と表裏一体でしか理解できない。研究ネカトだけ切り離しては、事件の裏に潜む事情が見えてこない。そして、人間という生き物は、裏の事情が重要なのだ。
《2》論文撤回
本記事でデータねつ造と認定された論文は撤回されていない。1980年代は、まだ研究ネカトへの調査と処分、不正論文の扱いの基準が確立されていなかった。
《3》追及者
ウェイン・ヘンドリクソンは、パラディースの研究ネカトをしっかり調べ、追及の手を緩めなかった。約32年前の出来事だが、研究者の事件の発覚の陰に、多くの場合、このような善意の個人の鋭い追及がある。現在の事件でも同じで、新聞記者、研究者、大学院生など善意の個人の鋭い追及がある。
つまり、誰かが追及してくれて発覚する。裏を返すと、誰かが追及してくれないと発覚しない。研究公正局や大学・研究機関の研究倫理事務局が自発的に最初から追求することはない。それらの組織は誰かが追求し、研究ネカトだとハッキリさせてから、ようやく重い腰を上げるだけである(上げない場合もある)。そう考えると、研究ネカト摘発の社会システムとしてはかなりマズイのだが・・・。最初に追求してくれる集団が必須なのだが・・・。
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- フレッド・ザイン(Fred Zain)(米) 2015年11月16日
《1》法科学鑑定のねつ造・改ざん
法科学鑑定のねつ造・改ざんは米国では何件も事件になっている。一方、日本の法科学鑑定のねつ造・改ざん事件は2012年12月17日の1件のみしか報道されていない。
2012年12月17日「科捜研職員を書類送検 和歌山県警、鑑定データ捏造容疑:日本経済新聞」を修正引用する。
和歌山県警科学捜査研究所(和歌山市)の男性主任研究員(50)による鑑定データ捏造(ねつぞう)問題で、和歌山県警は[2012年12月]17日、証拠隠滅、有印公文書偽造・同行使の疑いで、研究員を書類送検した。
県警は17日、停職3カ月の懲戒処分にし、研究員は同日、依願退職した。
研究員は2010年5月~12年1月、交通事故や無理心中など6つの事件の捜査で、繊維や塗膜片の鑑定結果を上司に報告する際、一部に過去の鑑定データを流用し所長決裁を受けた疑いが持たれている。
県警は過去の事件についても、さかのぼって捜査。研究員が関わった約8千の事件を調べ、うち19事件にデータ流用の疑いがあったが、いずれも時効が成立していた。
しかし、実際はもっと多発しているのではないだろうか?
日本は、科学捜査の鑑定結果の真偽の担保にどんな対策がとられているのであろうか?
白楽は、絶対的信頼や強い威信・権威のある個人・組織が研究ネカトをすると考えている。その場合の社会の被害と影響は甚大である。社会システムの根幹を揺るがす事態にも発展する。
「絶対的信頼」「強い威信・権威」の個人・組織をチェックするシステムが絶対に必要である。日本にどんなシステムがあるのだろうか? それとも、まったくないのだろうか?
《2》法科学鑑定のねつ造・改ざん
ザイン事件は、約30年前の事件だが、この事件を教訓に、米国では、法科学システムのしっかりとした改善が図られなかったのだろうか?
米国では、法科学鑑定のねつ造・改ざん事件がたくさん起こった。その中でも今回のフレッド・ザイン(Fred Zain)事件は、大事件だった。しかし、この事件から米国社会はしっかり学んだようには思えない。その後も事件が多発している。
「アニー・ドゥーカン(Annie Dookhan)(米)」は、最近(2012年)の大事件である。
以下の事件も起こっている。これらは、いずれ、記事として解説する予定だ。
- ジェームス・ボールディング(James Bolding)(米)
- デヴィッド・コフォード(David Kofoed)(米)
- リチャード・カレリー(Richard Callery)(米)
以下のたくさんの事件も起こっている(こちらは、記事にしない予定)。
Joyce Gilchrist
Dee Wallace
Garry Veeder
Elizabeth Mansour
Anne Marie Gordon
Charles Smith
James E. Price,
Deborah Madden
上記を含めたリスト → http://www.corpus-delicti.com/forensic_fraud.html
《3》DNA鑑定で冤罪を晴らす
米国では、無実の人を330人も有罪にしてきた歴史がある。DNA鑑定で、投獄されていた人を無実だと証明し、その無実の人を救済する組織「イノセンス・プロジェクト」がある(イノセンス・プロジェクト – Wikipedia)。「イノセンス・プロジェクト」のサイト → The Cases — The Innocence Project。
1992年ニューヨークで弁護士のバリー・シックとピーター・ニューフェルドがイノセンス・プロジェクトを発足させた。このプロジェクトはアメリカとオーストラリアの40以上の法科大学と市民団体から構成する巨大プロジェクトに成長している。(DNA型鑑定 – Wikipedia)
日本でも同様な組織の設立を準備しているようだ。 →
日本版イノセンス・プロジェクト準備室 – 立命館大学・法心理・司法臨床センター
2015年7月7日、NHK「NewsWeb」が取り上げた。
2015年11月14日、朝日新聞グローブが取り上げた。 → 朝日新聞グローブ (GLOBE)|The Author―著者の窓辺 バリー・シェック
見た目は似ていてもDNAは異なる。写真出典
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- ホンメ・ヘリンガ(Homme W. Hellinga)(米) 2015年11月13日
《1》教授、院生、大学の役割
ヘリンガ教授とマリー・ドワイヤー院生の抗争は、ヘリンガ教授に分が悪い。それは、ヘリンガ教授の性格がもともと傲慢だからでもあるが、そういう感情論は別にして、 それぞれの役割と責任をどう果たしたのか、冷静に、明確にしてほしいと感じた。
今回のような研究ネカトでしばしば感じるのは、教授、院生(あるいは、テクニシャン)、大学・研究機関の3者の各役割と責任が曖昧だということだ。
ウィスコンシン大学のペリー・フライ教授(Perry Frey)は、教授の役目は、データとその解釈にどんな問題があるのかを院生が見つけられるようにガイドする。そして、何が落とし穴かを示す、と説いている。至極まともな教授論だが、しかし、これが米国の共通認識とは思えない。
院生(あるいは、テクニシャン)が研究ネカトをすると、自分の研究室で注意も教育もしないで、即、大学に不正だと訴えている印象がある。だから、米国では、院生(あるいは、テクニシャン)の研究ネカト事件が多い。
《2》誰が犯人か?
冷静に考えて、「サイエンスの2014年論文」が追試できない理由は、データねつ造・改ざんしか考えられない(大きな間違いはねつ造・改ざんの範疇)。すると、ヘリンガ教授かマリー・ドワイヤー院生のどちらかが犯人である。
マリー・ドワイヤー院生が、実はクロということはないのだろうか?
あるいは、ヘリンガ教授がクロなのだろうか? 大学は、ヘリンガ教授をシロと判定したが、調査も人間の行為だ。調査が間違い(不正?)ではないのか?
いずれにせよ、研究ネカトでは、大学・公的機関の調査報告書は、公表を義務とすべきでしょう。
《3》欧米科学メディアが秀逸
「Nature」のエリカ・ヘイデンの記事には感動した。息遣いを感じるほど肉薄した取材は素晴らしい。写真も適切で、論旨、主張も素晴らしい。
ウェブ情報だけで、2004年論文での疑惑、つまり、10年以上前の研究ネカト疑惑について理解できる米国の科学メディアには本当に頭が下がる。
他の「研究者の事件」でも、同じような豊かな資料・分析に遭遇することが欧米の科学メディアでは何度もある。読み物としても素晴らしい。こういう記事を通して院生・研究者は研究者のあり方や研究規範を学ぶ。
しかし、日本の「研究者の事件」の新聞記事は貧相で、科学メディアはすたれている。何とかならないだろうか? 一方、小保方事件を芸能スキャンダルのように仕立てあげ、低次元で狂ったように報道する。これでは、まともな研究倫理観、そして、科学のあり方を考えるための知識・思想は育ちにくいだろう。もっと冷静な調査や議論が必要だ。
2004年10月 ファインマン賞の受賞者たち。ホンメ・ヘリンガ(Homme W. Hellinga)は左から2人目。写真出典
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- スティーヴン・ブレウニング(Stephen Breuning)(米) 2015年11月10日
《1》事件の状況がつかみにくい
ブレウニングの個人生活、職場の上司・同僚の意見、助教授になるまでの経緯、がほとんどないので、事件の状況がつかみにくい。それらに特殊な状況がないとすれば、よくわからないが、大学側の研究規範教育の欠如、あるいは/さらに、ブレウニングの考え方・性格が原因で、研究ネカトをしたと思える。
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- スコット・ウェーバー(Scott Weber)(米) 2015年11月7日
《1》盗用5論文は全部単著
研究ネカト事件としては平凡な事件である。撤回論文は5報だが、5報全部単著である。現代では単著論文は要注意かもしれない。
《2》研究ネカト前科者は大学教員不適格者
1995年の盗用が発覚し、懲戒解雇(?)など、つらい思いをしたのに、スコット・ウェーバー(Scott Weber)は、その後、何度も盗用をしてしまう。発覚しても研究界から追放されなかったので、甘く見たのだろうか?
日本では研究ネカト前科者を大学教員から排除する思想がないので、大学は自分の大学教員に研究ネカト前科者がいるのを承知し、許容している。従って、研究ネカト前科者の大学教員が日本には多数いる。しかし、米国では研究ネカト前科者は大学教員不適格者なので、基本的に、いない。
日本も、研究ネカト前科者は大学教員不適格者とすべきでしょう。
研究ネカト前科者を前科者と知らずに(ですよね)、教員に採用したピッツバーグ大学も困ったものです。
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- アンナ・アヒマストス(Anna Ahimastos)(豪) 2015年11月4日
《1》対処が速すぎる?
2015年6月にデータの不一致が見つかり、ベーカーIDI心臓糖尿病研究所が内部調査をはじめた。翌7月に、アヒマストスがデータねつ造を告白し、研究所を辞任。そして、不正論文を撤回した。
発見から解決まで1~2か月で終わるとは、研究ネカト事件では珍しいほど進行が速い。進行が速いのは良いことのように思える。
一方、重要な事実を隠ぺいするために、当事者に辞職させ、鎮火させたのではないかとの疑念も生じる。
アヒマストスの15論文の全部に上司のブラウニン・キングウェル(Bronwyn Kingwell)が共著者になっている。大学院時代の指導教官でもある。
ところが、キングウェルはこの事件で責任が問われていない。ヘンである。
アヒマストスが辞職して事件は終結というのもヘンだが、早すぎる終結の意味は、 自分の身に火の粉が降りかからないようにキングウェルが画策したようにも思える。
《2》なぜ?
データねつ造をなぜするか?
一般的な答えは、「トクだから」だが、今回の事件では、アヒマストスが、どうトクなのか状況がよくわからない。
もう1つの一般的な答えは、データねつ造が「発覚しない」確証があることだ。今回の事件では、2013年2月のJAMA論文が2015年6月にデータ不一致が発覚した。論文発表後、2年4か月後だから、通常の発覚期間である。
同僚がどのようにデータ不一致を発見したのかの記載がないが、同じグループの研究員なら元データを見ることができるのだろう。となると、「発覚しない」確証は最初からないように思える。
「トクだから」「発覚しない」の両方がシッカリ確保できていないのに、アヒマストスは研究ネカトをしたようだ。それで、内部調査が始まり、アッサリ自白してしまったということになっている。
●上司のブラウニン・キングウェル(Bronwyn Kingwell)との確執があったのだろうか?
●研究所内の政治抗争が渦巻いたのだろうか?
●使用した薬剤ラミプリル(ramipril)はファイザー社の製品である。製薬会社とのドラブルがあったのだろうか?
事件の背面に何かあるように思える。
アンナ・アヒマストス(Anna Ahimastos)。写真出典 Picture: David Geraghty Source: The Australian
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- 犯罪「研究費」:ドナルド・クーパー(Donald Cooper)(米) 2015年11月1日
《1》綱渡り
クーパー事件は、有能な研究者が綱渡りし、綱から落ちたという印象である。38歳で、コロラド大学ボルダー校の準教授で経歴も申し分なく、美しい奥さんと可愛い子供がいる。順風漫歩である。
そして、少しトクしようと、軽いワルをした。それが、大学の経理に見つかり、綱から落ちた。
2万~10万ドル(約200~1,000万円)の窃盗罪とのことだが、年収以下の額である(多分)。生活に困っていたとは思えない。
と、解釈したのだが、ギャンブル、異性、クスリなどが事件の背後にあるのかもしれない。
《2》研究者の給与外の金儲け
研究者は給与外の金儲けでは何が許されているのか? 研究者を国立大学教授等の(準)国家公務員と考えよう。仕事で研究しそれには対価として国から給与が支払われている。給与以外の収入があるのはおかしい? おかしいくない?
例えば、仕事で行なったのに、以下の別収入がある。
- 賞金:ノーベル賞だとスウェーデン通貨で1000万クローネ。つまり、約1億5000万円。複数受賞が多いので、3分の1として5000万円。
- 特許:ノーベル賞・生理学医学賞を受賞した大村智の特許収入250億円だそうだ。
- 執筆料・印税:多くて数億円?
- 講演料:多くて年間数百万円
仕事で行なった研究活動には給与が支払われているのに、別収入があるのは、他の業種ではどうなんでしょう? 業績の高いサラリーマンに社長賞の金一封が支給されることがある。でも、5~10万円程度ですよね。
勿論、大学教授が仕事以外で不動産収入、株、趣味などで収入を得るのは、1億円でも10億円でも問題ないでしょう。どんな職種の人でもそれはあるので。
一方、大学教授が自分の研究成果を生かして会社を設立し、高額な収入を得る。この場合、問題でしょうか? 米国では問題なし。日本では、ベンチャー企業を起業するよう政府が大学教授に求めている。
今回のクーパー事件は、大学教授が会社を設立したケースに近いですね。この場合、売買代金が適正なら不正経理に相当しなかったのか? 親子間の取引だから不正経理なのか? ダミー会社が問題なのか? クーパーは、それらを総合して糾弾されている。
研究者の金がらみの問題ははっきりしません。
白楽が大学院生の時、教授が、ドイツのノーベル賞受賞者に講演を依頼した。講演後、空港まで見送りした時、謝礼とは別に高価な真珠ネックレス(数十万円相当?)を渡したら、箱をすて、中身だけシャツのポケットにしまって通関した。申告しないんだと、教授は驚いていた。
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《1》適切なアドバイス
研究公正局や大学・研究機関で活動し、全米の研究ネカトに関する法律を代表する弁護士が、研究ネカトで被告発者になった時の微妙な8つの「思い違い」を解説している。研究者にとって、実にありがたい内容だ。こういう情報はなかなか入手できない。
米国に留学する研究者、米国で研究している日系研究者は、本記事のポイントを肝に銘じておいた方がよい。
一方、日本では、研究者向けのこういうアドバイスは見当たらない。必要だと思うけど。
また、カラン・シュタインが述べていることは米国事情であって、日本でどの程度適用されるのか、知りたいところである。
とはいえ、そもそも、日本で研究ネカト担当の弁護士はいるのだろうか? 日本では研究ネカト訴訟が少なく、弁護士は研究ネカト訴訟だけでは食べていけないだろう。しかし、担当する弁護士はそれなりにいるはずだ。
小保方晴子の代理人を務めた三木秀夫・弁護士はどうだろう。事務所は幅広い案件を扱っているが、船場吉兆の食品偽装問題でも活躍した。ねつ造・改ざんの専門家と考えていいのかもしれない。
理研・改革委員だった竹岡八重子(光和総合法律事務所)・弁護士はどうだろう。プロフィールでは、取扱分野が、「知的財産権、企業法務、不動産法務」とある。著作リストを見ると、研究ネカトの専門家ではないようだが、理研は、そんな人を法律分野担当の改革委員に選出した。
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- 経済学:ハーリド・ザマン(Khalid Zaman)(パキスタン) 2015年10月26日
《1》パキスタン
パキスタンの生命科学研究の学術レベルは世界ではほぼ無視されるほど無力である。しかし、パキスタンにも大学はあり、優秀な研究者はいるに違いない。ただ、パキスタンの経済学が世界のどの程度なのか、白楽には想像がつかない。
そして、パキスタンの研究倫理観がどの程度なのかも白楽には想像がつかない。
イスラム圏の文化は戒律が厳しい印象がある。だから、研究倫理観は、欧米先進国より高いのかもしれない。しかし、女子学生へのセクハラがユーチューブにアップされている。ハーリド・ザマン(Khalid Zaman)だけでなく、コムサット情報技術工科大学の教員の多くがセクハラしていると訴えている。真偽はわからないが、研究倫理観は、欧米先進国よりかなり低いのかもしれない。
《2》査読偽装
査読偽装という新手の不正研究では2012年に発覚した「ヒュンイン・ムン(Hyung-In Moon)(韓国)」が有名である。
この手口は新しいので、これからも、まだ発覚するかもしれない。
査読偽装をする研究者が悪いのは当然だがしかし、ある意味、査読偽装は学術雑誌編集部の手落ちだと思う。「hotmail」などのアドレスの研究者に査読を依頼するのはおかしい。少し考えればわかりそうなものだ。大学・研究機関のメールアドレスを基本とするのが当然でしょう。
そういえば、ヒラリー・クリントンも公的アドレスではなく私的アドレスを使用して問題視されたが、政治家の場合、公的・私的どちらのメールアドレスでも盗視される可能性は(かなり)あるでしょうね。
【追記】
2015年10月29日
「撤回監視(Retraction Watch)」の2015年10月28日の記事によると、生命科学の学術雑誌が、大学・研究所以外のメールアドレスを査読者には認めないとした。
Biology journal bans plagiarizers, reviewers with non-institutional email addresses – Retraction Watch at Retraction Watch
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- 化学:ジョセフ・コート(Joseph Cort)(米) 2015年10月23日
《1》今昔物語
ハーバードとイェール卒の超エリート医師が、思想的理由で米国を追われ、22年間もチェコスロバキアに逃亡していた。2015年の現代の日本の若者には、現在の米国とは異質な印象を受けるが、かつての米国は「自由の国」でも「人権擁護の国」でもなかったのだ。
米国で「赤狩り」活動、つまりマッカーシズム旋風が吹き荒れていた時代があったのだ。
マッカーシズムは、第二次世界大戦後の冷戦初期、1948年頃より1950年代前半にかけて行われたアメリカにおける共産党員、および共産党シンパと見られる人々の排除の動きを指す(出典:赤狩り – Wikipedia)。
ジョセフ・コート(Joseph Cort)はそういう不運な時代の米国で青春時代を過ごしたのである。ハーバード卒でイェール卒の医師なのだから、超優秀だったのだろう。しかし、22年もチェコスロバキアにくすぶっていて、鈍したのだろう。折角米国に帰国したのに、ねつ造・改ざんに走ってしまったのだ。
そして、現代の日本の若者にはチェコスロバキアという国もなじみがないかもしれない。チェコスロバキアという国は1992年までヨーロッパに実在していた。1993年に現在のチェコとスロバキアの2つの国に分離したのである。
そういう古い時代の古い研究ネカト事件だが、研究者がより良い研究を目指して研究費を獲得しようと、もがいた末、事件を起こしてしまった。悲しい。
しかし、告発される気配もなく、調査される気配もないのに、自発的にデータねつ造・改ざんを自白した研究者は珍しい。今まで100件以上の事件を調べたが、このような研究者は唯一ではないだろうか。55歳のジョセフ・コートは、研究ネカト者ではあるものの、ある面、誠実でまっとうな善悪観をもっていたともいええる。
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- ファウジ・ラゼム(Fawzi Razem)(カナダ) 2015年10月20日
●【事件の深堀】
★匿名・実名報道
2011年9月、「Postmedia News」記者のマーガレット・マンロ(Margaret Munro)が、情報公開法に基づき、カナダ自然科学・工学研究機構(NSERC)に情報公開を求め、それまで匿名だった研究ネカト者がファウジ・ラゼム(Fawzi Razem)だと国民大衆に伝えられた。
研究ネカト者を匿名・実名で報道することの是非は? 何がポイントなのか? 研究ネカト事件を報道すべきかどうかの議論はとばしてしまうが、「報道すべき」という立場で進めよう。
白楽は、報道するとなると、実名・所属・行為内容を詳細に報道することが望ましいと考えている。公益と思うからである。
一方、個人情報を保護する(隠す)思想・文化・法律がある。個人情報を保護する理由を「個人情報の保護に関する法律」の基本理念で見ると、以下のようである。
第三条(基本理念):個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、その適正な取扱いが図られなければならない。(出典:個人情報の保護に関する法律)
つまり、「個人の人格尊重」とある。
しかし、どの程度の公表がどの程度の人格尊重をそこなうのかとてもわかりずらい。また、公益とのバランスで、悪いことをした場合、どの程度の悪さなら名前を公表されても仕方ないのかわかりにくい。
しかし、簡単な例でいえば、殺人犯は実名報道されている。殺人行為の抑止、再犯の抑止という公益につながるからだ。
国会議員もほぼ全行為が実名報道されるが、この報道方針を問題視する人は少ないだろう。
それでは、研究者の研究ネカトは、どうか? どうすべきか? ということだ。
米国・研究公正局は、研究ネカトの調査の結果、クロなら名前・研究機関の実名を公表している。シロなら、公表しない。
以下は、2015年9月14日のローラ・エガートン(Laura Eggertson)の「CMAJ 2015. DOI:10.1503/cmaj.109-5146」記事から要点を引用した。
カナダでは、研究ネカトに対応する政府系組織として、2011年12月に「責任研究遂行委員会 (PRCR :Panel on Responsible Conduct of Research)」が発足した。責任研究遂行委員会(PRCR)は調査しないが、研究ネカト者に研究費助成をしないことを決める権限がある。
発足以来、研究ネカトがクロでも、名前・研究機関の実名を公表してこなかった。統計値だけが公表された。例えば、2014/15 会計年度では、研究ネカト嫌疑が89件あり、42件が終了した。42件のうち14件がクロで28件はシロだった。45件は継続中だった、という統計値である。
しかし、多額の公的資金が使用される研究で研究ネカトがあった時、国民大衆に名前・研究機関の実名を公表しない理由を思いつけない」と「論文撤回監視(Retraction Watch)」のオランスキー(Ivan Oransky)は述べている。
オランスキーは、研究ネカトの国際的データベースを作り、そこに実名で登録することで、研究ネカトをした研究者を国際的に認知できる。というか、それ以外、認知する方法がない。実名で公表することで、本記事で取り上げたファウジ・ラゼム(Fawzi A. Razem)のようなこっそり大学教員に就職するというケースを防げる、とも述べている。
それで、カナダの責任研究遂行委員会(PRCR)は、米国・研究公正局と同じように、調査の結果、クロなら名前・研究機関の実名を公表する方向に動くのかもしれない。
●【白楽の感想】
《1》名前を変える
名前を変えて研究活動したことが非難された。しかし、ファウジ・ラゼム(Fawzi A. Razem)をファウジ・アルラゼム(Fawzi AlrazemまたはAl-Razem)とするのは、名前を変えたことになるのか? パレスチナの習慣・文化では、同一の扱いではないのか? 米国人の名前のロバート(Robert)=ボブ(Bob)の方がよほど変化が大きい(ボブは略称ですが)。
また、結婚して改姓した時に、研究者は旧姓を使うか、新しい姓を使うか、規則があるわけではない。結果として、研究キャリアの途中で、別姓を使うケースは、特に女性では多い。
ここでの非難は、単なる改名というより、過去の汚点を隠す意図での改名が問題なのだ。
これらを含め研究者を特定する方策が必要かもしれない。指紋登録をする? あるいは、世界で研究者マイナンバー制にして、世界で1人1つの番号をもらう。博士号授与とともに、各授与機関は研究者番号を割り振る。そして、研究者は世界のどこにいても、生涯、その番号を使う? なんか変?
《2》日本では研究ネカト大学教員がたくさんいる
米国で研究ネカト事件を犯した研究者が、日本の大学の教員になっている。一部の大学が日本でも処分をしたが、大半の大学は無処分である。無処分どころが、昇進を認め学部長になったり、他大学に栄転している人もいる。
研究ネカト者を抱える日本の大学は、「米国で研究ネカト事件を犯した研究者」であることを承知しているハズだ。というのは、ほとんどの公益通報者はその大学に連絡するからである。白楽のところにも、「大学に通報したのに、大学がアクションしない、白楽先生からもプレッシャーかけてください」というメールがしばしばくる。
「大学がアクションしない」日本の状態をどう考えたらいいか?
本記事で解説したファウジ・ラゼム(Fawzi Razem)のように、日本の大学は、海外メディアに叩かれ、学長が辞任という騒動になるのだろうか?
もっとも、日本で「研究ネカト事件を犯した研究者」は、実名で報道されても、日本の大学教員として在籍しているケースはかなりある。懲戒処分が休職であって免職でなければ、休職期間が過ぎれば、復職できる。匿名報道なら、転職もしやすい。
問題ないのだろうか?
白楽は、否定的である。研究ネカトは研究の信頼を大きく損なう行為である。どのような言い訳をしようが、「研究ネカト事件を犯した研究者」が、大学教員で居続けることは、そういう大学組織の信頼を損ない続けている。少なくとも世間はそう思うだろう。
もちろん、研究ネカト者も前向きに幸せに生きる権利がある。事件を犯しても罪を償えば、人生をリセットできるシステムは必要だ。
しかし、学術界には「研究ネカト事件を犯した研究者」がいてはならないと思う。別の業界で生きてほしい。
《3》日本の匿名化に異議あり!
2006年の文部科学省の「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」では「研究ネカト事件を犯した研究者」の氏名・所属の公表は義務だった。
調査機関は、不正行為が行われたとの認定があった場合は、速やかに調査結果を公表する。公表する内容には、少なくとも不正行為に関与した者の氏名・所属、不正行為の内容、調査機関が公表時までに行った措置の内容に加え、調査委員の氏名・所属、調査の方法・手順等が含まれるものとする。(4 告発等に係る事案の調査:文部科学省、(7)調査結果の公表)
しかし、改訂された2014年の文部科学省ガイドラインでは、「公表する調査結果の内容(項目等)は、調査機関の定めるところによる」とし、大学・研究機関の内部規程に任せ、具体的な指示をしない方向に変えた。それで、現実は、被認定者の氏名公表がケースバイケースになった。実名報告の義務はなくなった(「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」:文部科学省)。
そして、2015年、文部科学省は、研究ネカト者の一覧表を作ったが、ここで、氏名・所属の公表をしないことにしている(文部科学省の予算の配分又は措置により行われる研究活動において特定不正行為が認定された事案(一覧):文部科学省)。
折角のサイトなのに、大きく後退した姿勢である。
多額の公的資金が使用されている研究で研究ネカトがあったとされた時、国民大衆に名前・研究機関の実名を公表しない理由を思いつけない」と「論文撤回監視(Retraction Watch)」のオランスキー(Ivan Oransky)は述べている。
実名報告は大きな抑止策である。顔写真も大きな抑止策である。どうして改悪するのだろう。
話は少し変わるが、2011年、米国・オバマ政権が医療問題の情報を非公開にした(The NPDB – Public Use Data File)。これを、ジャーナリズム協会が抗議した。米国政府も批判されたくないので、何かと秘密にしたがる。同じ穴の・・・。
- 記事:AHCJ, other journalism organizations protest removal of data from public website | Association of Health Care Journalists
- 抗議の手紙:http://healthjournalism.org/uploads/NPDB_HRSA.pdf
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- ジョン・ロング(John Long)(米) 2015年10月17日
●【事件の深堀】
★「自分が悪く、研究システムは良い」
ジョン・ロングは、米国・下院の調査監視小委員会で「自分が悪く、研究システムは良い」と、以下の発言している。
私の研究ネカトは、同僚が私の不誠実を追及したことで発覚した。研究結を批判的に検討しかつ誠実に研究するという科学者にとって必要な客観性という資質が、私には欠けていた。それが問題であって、研究システムに欠陥があったとは思えない。むしろ研究システムが正常に働いたので、私の研究ネカトが発覚した。
これは、つまり、研究ネカトしてしまった本人が、「自分は悪くない。研究システムが悪い」と言えば、反感を買い、反省が足りないとみなされる。だから、自分は研究ネカトしてしまったことを深く反省しています、ということをアピールするために発言した、ということでしょう。
しかし、そういう深読みをしない人もいて、単純に「研究システムが正常に働いた」と思う人もいる。そういう人は「研究者個人が悪く、研究システムは良い」としてしまう。コマッタもんだ。
★1人の人間の中に善悪気質が混在している
難波紘二 〔2001/03/26-15:23〕の「捏造問題論争の部屋 過去ログ」には、以下の記述もある。
事件後、ロングは研究者をやめ、中西部の町で病理開業医(米国では病理医が開業できる)になった。彼のその後を、私も注目していたが、数年前に、ある病理標本を誤診し、患者の追求をおそれ、「誤診」がなかったように見せかけるために、標本をすり替えたことが判明し、医師免許証を剥奪された。彼は最初、研究者資格を失い、ついで卒業後三十年近く経って、医師資格を失ったわけである。このことから見ると、「ハーバード卒のエリート」が不正を行ったのではなく、がハーバードの医学部に入れた、という点が問題になるだろうと思われる。
イヤイヤ、ハーバード大学に入学できることと「不正を行う性格」は無関係でしょう。どの大学も、大学入学時の選考で「不正を行う性格」があるかどうかを判定していないし、そもそも判定できない。知識の多少と善行悪行は、ほぼ、関係ない。
人間は善人と悪人の2者がいるのではなく、1人の人間の中に善悪気質が混在しているとみるべきです。状況に応じて、善もでれば悪もでるということです。また、同じ行為でも、状況や数が異なれば善にも悪にもなります。「一人を殺せば犯罪者だが、百万人を殺せば英雄だ」(チャールズ・チャップリン)。
そして、残念というか当然というか、むしろ、エリートは悪い方にも知識・スキルを賢く使える。それで、大悪はエリートが犯す。凡人には小悪しか犯せない。
●【白楽の感想】
《1》古い事件
約36年前の研究ネカト事件のためだと思うが、情報が集めにくい。また、悪いことに、年数が経つにつれ、固定観念が出来上がってしまっている。少ない情報しか集められないが、その情報が似たり寄ったりで、白楽が、フレッシュな気持ちで無垢に事実と向き合いにくかった。
事件の背景や人間臭さが見えてこない。
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- 会計学:ジェームス・ハントン(James H. Hunton)(米) 2015年10月14日
《1》根っからの研究ネカト者
研究博士号(PhD)取得を取得した2年後の論文が改ざんで論文撤回された。「論文撤回監視(Retraction Watch)」では、撤回論文32.5報で撤回論文数の世界ランキング第10位である。つまり、研究キャリアのほぼ全期間、データをねつ造・改ざんしていたことになり、ハントンは、根っからの研究ネカト者である。
今までみてきたように、このような研究ネカト者は何人もいた(る)。大学・大学院で「研究とは何か?」や「論文の書き方」を習得するときに、研究ネカトするスタイルを身につけてしまったと思える。そして、その後の研究キャリアの過程で、このスタイルを修正する必要にせまられなかったのだろう。
この場合、大学院の指導教員にも責任があると思う。
最初の論文で発見し糾弾できていれば、その後の31.5報の撤回論文は発表されなかったハズだ。可能な限り、早期発見が必要である。そういう体制や文化が重要だろう。
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- ゾルタン・ルーカス(Zoltan Lucas)(米) 2015年10月11日
●【事件の深堀】
★1970年代の事件
ルーカス事件は1970年に発覚し、1970年代の10年間に3つの調査委員会が設けられた。
この時代、研究公正局は設立されていなかった。データねつ造・改ざんを適正に処理する方策は確立されていなかった。科学者は正義の人とみなされていた。データねつ造・改ざんは、とても特殊で、特別に悪い科学者人が行なう行為とされていた。だから、調査委員会は最初からルーカスをシロとする姿勢であった。
米国で研究ネカトが議論されたのは1980年代で、研究公正局(の全身)が設置されたのは1989年である。
再び、『科学の罠』から味のある文章を以下に引用しよう。
上記の引用文章のように、『科学の罠』の著者・アレクサンダー・コーンは次の記述もした。
研究ネカトの調査で得られる答えを、「どろどろして、曖昧で車輪のきしむような音のようなものが真実の答え」とスタンフォード大学広報部次長に答えさせている。これは、現代でも同じだと思われる。
日本のマスメディアとインターネットの書き込みは、シロクロだけの表層的結論で事態を決着させる傾向が強い。そして、クロとされた研究者を扇情的に袋叩きにする風潮が強い。そして、それを抑止できる組織・メカニズムがない。これでは、研究ネカトの本質がおおわれ、改善されない。
2つ目の論点として、コーンは、すべての研究機関は研究ネカトを迅速に調査するシステム(白楽は、早期発見システムを含むと理解した)を構築すべきだと述べている。この部分は、現代では、欧米先進国はかなり発達したと思われる。
ただ、日本を含めアジアは旧態依然としていて、ひどく遅れている。撤回論文数の多い研究ネカト者は日本を筆頭にアジアに多いことがそのことを証明している(研究者の事件ランキング)。撤回論文数が多いということは、研究ネカトの初期に摘発できていない証拠である。
3つ目の論点として、コーンは、若い研究者が研究ネカトを犯した場合、共著者であった指導者・上司は同じ罪を負うべきだとも述べている。
この部分は、45年前から一向に変化はない。現在に至るまで、研究成果のおいしい部分は、若い研究者と指導者・上司は分かち合うが、研究ネカトの嫌疑がかかれば、罪は若い研究者だけが負い、共著者である指導者・上司に罪・責任を科さないシステムが続いている。
●【白楽の感想】
《1》古くて新しい問題
研究ネカトは古くて新しい問題である。約45年前の事件なのに、発生状況、関係者の対応、そして、調査委員会の対応も現代とほとんど同じである。
「現代とほとんど同じ」ということは、残念ながら、進歩していないということでもある。大きな進歩を導入したいものだ。
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- 化学:ピーター・チェン(Peter Chen)(スイス) 2015年10月8日
《1》マル秘の調査報告書
この事件を扱ったメディアの見出しは、「データねつ造で研究長が降格」などとあり、ピーター・チェン副学長(研究・企業連携担当)が主対象である。ピーター・チェン副学長がねつ造したかのような印象を受ける。それで、本記事でも、ピーター・チェンの事件として書いた。
しかし、データねつ造の実行者はチェン研究室の院生である。
この事件に関する「マル秘(Confidential)」の調査報告書がネットで閲覧可能である(【主要情報源】②)。そして、そこでは、データねつ造の実行者を、院生のトーマス・ギルバート(Thomas Gilbert)と判定していた。
だから、スイス連邦工科大学チューリヒ校は、「マル秘(Confidential)」調査報告書を実質的に公開しているのだと理解した。そうすれば、ピーター・チェン副学長がねつ造したのではないと伝え続けることができるからだ。世の中には、いろいろなカラクリがあるというものだ。
とは言え、研究ネカト事件の調査報告書は、どの大学・研究機関もすべて公表してもらいたい。現代社会では「透明性」は健全さを維持する大きな手段である。
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- スパチェー・ロロワカーン(Supachai Lorlowhakarn)(タイ) 2015年10月5日
《1》権力の乱用
ロロワカーンの場合、政府は早く長官職を解任すべきだった。
しかし、欧米先進国にも同じ体質はあるだろうが、後進的な国々やアジアでは、政府高官が権力を乱用して保身を図る体質が強い。これは、現代では極めて悪質な社会文化である。
対抗するには、現代社会のいろいろな仕組みが機能する必要がある。例えば、3権分立の確保であり、違法行為の取り締まりであり、「ペンは剣より強し」、「社会の木鐸」のメディアの強化だろう。また、国際社会の監視・圧力とともに、各所に透明性が確保される必要もある。
記事には記載されていないが、政府高官の権力乱用には、ロロワカーンの親族、財閥、贈収賄、王家との関係、チュラーロンコーン大学の学閥・朋友関係などが絡んでいるのかもしれない。そうなると、仲間の権益を守る強固なパイプができてしまう。それで、ロロワカーンを解雇できないのかもしれない。
タイを批判的に書いたが、ただ、日本に長年住んでいて、日本のシステムに空気や水のように慣れてしまっているのだが、白楽には、日本にも同じ体質があることを時々感じる。
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●【レイプ文化:レイプ事件の国別比較】
インドのレイプ文化に触れたついでに、世界のレイプ事件を概観しておこう。
一般に、「インドのレイプ事件はひどい」、と報道されている。レイプ事件がセンセーショナルに報道される。その報道例を、このブログがまとめている。 → 【インド】惨劇に歯止めを:レイプ事件多発のありえない状況… – NAVER まとめ
しかし、統計値(2011年)では、異なる局面が見える。
レイプ事件数はドイツに比べ、確かにインドの方が多い。しかし、10万人当たりのレイプ事件割合でみると、インドの2.0に比べドイツは9.1と、ドイツの方が約5倍の高頻度である。もっとも、米国はレイプ事件数が世界で最も高く、頻度も26.7と、とても高い(Is India the Rape Capital of the World? | MORE Magazine、UNODC Statistics Online – Rape)。
1位 米国・・・83,425レイプ事件。人口約3億人。26.7件/10万人
3位 インド・・・24,206レイプ事件。人口約12億人。2.0件/10万人
?位 ドイツ・・・7,539レイプ事件。人口約8,000万人。9.1件/10万人
米国が人口比でみたレイプ事件割合の世界最高と誤解してはいけません。世界各国で比べよう(国連の2012年統計)。
なんと、1位スウェーデン、7位米国、15位日本だった。そしてこの表で、インドは18位以内に入っていない。2010年のデータを調べると、インドは46位だった(Countries Compared by Crime > Rape rate. International Statistics at NationMaster.com)
以上が社会全体のレイプ事件である。
しかし、学術界や大学に限るとさらに別の面が見えてくる。
「「セクハラ」:クラウディオ・ソアレス(Claudio Soares)(カナダ)」で書いたように、米国の大学でのレイプ事件は極めて高頻度である。
米国では、女子学生の5人に1人がキャンパスでレイプされている。ハーバード大学では4人に1人だそうだ(At Harvard And Brown: 1 In 4 Coeds Say They Were Victimized By Sexual Misconduct | WGBH News)。信じられない数字である。
規律の厳しい軍でも女性兵士の3人に1人が米軍内でレイプされている。アゼンとしてしまう。
日本の数字は知らないが(統計値はない?)、日本の女子学生の5人に1人がキャンパスでレイプされているとは、とても思えない。
米国には、女子大学がもっとたくさん必要ではないでしょうか?
●【他の研究者の失言】
研究者の失言集を探したが見つからなかった。以下は、白楽が知っている数例である。網羅的ではない。どなたかが、網羅的に調べてくれると、研究者の失言の特徴がつかめるのだが・・・・・・。
以下の4例では、2例が男女差別発言、2例が人種差別発言である。
★ティモシー・ハント(英国、ノーベル賞):2015年
「女性が研究室にいると、三つのことが起きる。(周囲の男性が)女性に恋をする、女性が恋をする、女性を批判すると泣かれる」と発言。これがツイッターを通じて世界中に広がり、批判が起きた。英BBCの取材に「軽い気持ちだった」などと謝罪して釈明したが、さらなる批判を招いた。(2015年6月13日、編集委員・高橋真理子:「女性が研究室にいると…」 ノーベル受賞者発言が炎上:朝日新聞デジタル)
しかし、この発言、そんなに批判されるようなことだろうか? 男女を置き換えても、軽い冗談で通用すると思う。
★ジェームズ・ワトソン(米国、ノーベル賞):2007年
ジェームズ・ワトソンは、DNA2重らせんの発見者。
以下は、2007年10月20日の新聞記事による:米ノーベル賞科学者が人種差別発言、所属研究所から職務停止処分 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
ワトソン博士は、同紙とのインタビューで「アフリカの先行きは暗い」と述べ、その理由を「すべての社会政策は、われわれの知性が等しいとの事実を基礎としている。しかし、さまざまな研究結果はそれを必ずしも肯定していない」と発言した。
ワトソン博士が勤めるコールドスプリングハーバー研究所(Cold Spring Harbor Laboratory)の評議委員会は18日に声明で、「14日のサンデー・タイムズ紙に掲載されたワトソン博士の発言に異議を唱える」とし、同博士の職務停止処分を決定した。博士は同研究所でナンバー2の地位にあった。
★ローレンス・サマーズ(米国、ハーバード大学学長):2005年
ハーバード大学学長を務めていたが、2005年に女性が統計的にみて数学と科学の最高レベルでの研究に適していないとした発言が引き起こした論争によって、学長を辞任した(ローレンス・サマーズ – Wikipedia)。
★ウィリアム・ショックレー(米国、ノーベル賞):1970年代
ショックレーは、知的レベルの低い者ほど生殖率が高い現状は種族の退化をもたらすとし、知的レベルの低下は文明の衰退をもたらすとした。ショックレーは自分が正しいと証明されたならば、科学界は遺伝・知能・人口統計の傾向などを真剣に研究し、政策転換を促すべきだと主張した。
ショックレーは白人にも黒人にも同様の問題が起きているとしたが、特に黒人の方が状況が悪いとした。ショックレーは1970年の国勢調査の結果から、白人の単純労働者は平均で3.7人の子をもうけるが、白人の熟練労働者では平均で2.3人の子をもうけ、黒人ではその値がそれぞれ5.4人と1.9人になるとした(ウィリアム・ショックレー – Wikipedia)
●【事件の深堀】
★「本音と建前は日本的」の誤解
本音と建前は、日本人特有の思考形態のように概説されている(例:本音と建前 – Wikipedia)。
しかし、白楽の経験でも、今回の記事でも、欧米社会にも本音と建前は、はっきりある。むしろ、欧米社会人の方が建前をわきまえて、科学者と限らず、政治家、一般人は、問題となる本音失言をしない。日本人は甘えがあるのか、故意犯的な本音失言をしがちである。
●【白楽の感想】
《1》ネット情報の真偽
電子メールのやり取りがネットにアップされたとき、ねつ造・改ざんと疑う人がどれほどいるだろうか?
白楽は研究ネカトの専門家である。長年、研究者の事件を調べてきて、世の中には100%近く信用できる人・事象はないと思っている。なんでも疑う心境になっている。
それでも、ベック=ジッキンガー事件を調べ始めた初期は、インド人がネットにアップした電子メールを本物と思いこんでいた。イヤー、まだまだ、白楽も未熟だ。
では、ネット情報の真偽はどのようにチェックできるのだろうか?
どうやら、事実確認はほとんど不可能なようだ。
シュキング学長は、ウェブサイト「クオーラ(Quora)」に掲載された電子メールは原文を改ざんしたものと信じ、ベック=ジッキンガー教授を擁護する側に回った。
シュキング学長は、ベック=ジッキンガー教授がインド人・院生とやり取りした電子メールの実際を確認したと述べている。しかし、まさかとは思うが、このことは虚偽ではないのでしょうね?
ベック=ジッキンガー教授が書いた原文は示されていない。やり取りを知っているのは、正確にはベック=ジッキンガーとインド人・院生の2人しかいない。シュキング学長は、原文を確認したことになっている。
しかし、こういう情報の真偽をどのようにチェックできるのだろうか?
世の中のすべての事象は100%ということはなく、あいまいな部分を含んで、人間社会は、約束事で進行するということだろう。
《2》研究者の暴言・失言
研究者の暴言・失言は、研究内容と関係する場合としない場合の2種類がある。
ショックレー(半導体)、サマーズ(経済学)、ハント(発生生物学)は、彼らの発言失言が研究内容とは関係しない。だから、いい加減な内容と切り捨ててもいい。
しかし、ワトソンの場合、遺伝学者のワトソンが遺伝のことについて発言するのは、研究と関係している。切り捨てていいとは思えない。
ただ、優生学思想が世間ではタブー視されている。優生学に加担することを述べてはいけないという社会文化(建前)がある。
しかし、原則(本音)を言えば、タブーは人間社会として、特に科学研究にとって、挑戦すべき問題ではないのか?
なお、研究と関係している暴言は、多くの場合、「ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)(仏)」の「遺伝子組換え生物」反対論のように、「錯誤」と分類されることが多い。この場合、政治的排除は基本的権利である「学問の自由」に抵触するので、社会的制裁はマイルドになる。
《3》優生学思想
優生学思想をもった科学者はたくさんいた(いる)(Category:優生学者 – Wikipedia)。
生物学的にみれば、人間、そしてその集団の人種には優劣がある。
国際的な陸上競技会などでは黒人選手が多く、黒人は身体的能力が高いのだろうと感じる。人間の背丈は個人個人異なるが、明らかに人種によっても異なる。人間の知能も個人個人異なるが、生物学的にみて、人種による優劣が・・・・・・。人間社会では、これを言ってはいけない。白楽も、ここでは、建前を何とか守る。
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《1》論文撤回方針
本論文の調査で、科学ジャーナルの65%は論文撤回規定をもっていて、編集部は著者の了解がなくても論文を撤回できることがわかった。
オイ、ちょっと待て。
すべてのジャーナルは全部、つまり、100%、論文撤回規定をもっていると思っていたゾ。論文撤回に関して編集部が一致した方針がなくて論文を出版するジャーナルが結構あったのだ。その事実(過去・現状)に、白楽はとても驚いた。
「編集部は著者の了解がなくても論文を撤回できる」って、こんなこと当たり前だのクラッカーではないのか?
《2》用語の定義
本論文では、「論文撤回(retraction)」、「論文訂正(correction)」、「懸念表明(expression of concern)」を定義していない。
【0.本論文に記載されていない知識】の「★エルゼビアのポリシー」で述べたように、不正論文へのエルゼビアの対処には、以下の4種類がある。
- 「Withdrawal(論文の取り下げ)」
- 「Article Replacement(論文の差し替え)」
- 「Article Retraction(論文の撤回)」
- 「Article Removal(論文の削除)」
学術出版規範委員会の論文撤回ガイドラインでは、以下の3点なので、本論文は、これに従ったのだろう。
- 「論文撤回(retraction)」
- 「論文訂正(correction)」
- 「懸念表明(expression of concern)」
つまり、以下だ。
- 「論文撤回(retraction)」=エルゼビアの「Withdrawal(論文の取り下げ)」「Article Retraction(論文の撤回)」「Article Removal(論文の削除)」
- 「論文訂正(correction)」=エルゼビアの「Article Replacement(論文の差し替え)」
- 「懸念表明(expression of concern)」=エルゼビアに対応項目なし
論文で定義してほしかったですね。
《3》編集員も大変だ
科学ジャーナルの編集員は大変だなあ、という印象が強い。
編集委員になった大学教授は編集行為に対しては無給である。普通に出版していれば、ほめてはもらえるだろうが、その程度だ。しかし、失敗すれば、失敗の責任はとらされる。
そして、編集に対するスキル・知識・経験を得る方法がほとんどない。日本人の場合、特にそうだろう。
白楽自身は論文投稿後、驚愕の日本人編集者に何度か出くわした。投稿論文を受け取りましたと返事が来ない(1か月後に問いわせたら受け取っているとの返事)。受け取っておいて1年以上審査しない(審査結果がなかなか来ないので問い合わせたら、審査していないとのことだった。別のジャーナルに出した)。審査員から直接問い合わせがきた。などなど。現在なら訴訟かも。
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●【防ぐ方法】
《1》大学院・研究初期
大学院・研究初期で、研究のあり方を習得するときに、研究規範を習得させるべきだった。
リヒテンターラーの場合、オットー・バイスハイム経営大学(WHU-Otto Beisheim School of Management)で研究博士号(PhD)を取得した。指導者はホルゲル・エルンスト教授(Holger Ernst)である。
エルンスト教授がしっかり研究規範教育をすべき立場の人だ。
しかしナント、エルンスト教授自身も、リヒテンターラーが共著者ではない以下の論文を撤回したのだ(2013年2月25日の「論文撤回監視(Retraction Watch)」。WITHDRAWN: How to create commercial value from patents: The role of patent management)。
- How to create commercial value from patents: The role of patent management
Research Policy Available online 21 May 2012
Holger Ernst、James G. Conley、 Nils Omland
こうなると、エルンスト教授の研究公正規範はマズイということだ。指導教授がこうだったから、弟子のリヒテンターラーが研究ネカトしたのかもしれない。
●【白楽の感想】
《1》根っからの研究ネカト者
31~32歳の若さで学科長・教授に就任した。そして、16論文も撤回した。
ということは、リヒテンターラーは、根っからの不正者である。不正して学位を得、教授資格(Habilitation)を得、破格の昇進をしている。大学院時代の指導教授であるエルンスト教授が、そのように育成してしまったのかもしれない。
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- 建築学:スザンナ・ディッキンソン(Susannah Dickinson)(米) 2015年9月23日
●【事件の深堀】
★ 学生が指導教授を告発
【主要情報源②】による
メール・インタビューで、盗用事件専門の弁護士のロナルド・スタッドラー(Ronald Standler、写真出典)は、「大学院生が指導教官を盗用で訴えるのは稀です。指導教官から好意的な推薦書がもらえないからです」と答えた。
ジョンソン事件については言及しなかったが、スタッドラーは、全国の大学院生がこの問題に直面していると、以下のように述べた。
「大学院時代を生き延びて専門家になった人との非公式な会話で、彼らの経験では、教授の盗用は公式に報告されているよりずっと頻繁に起こっている」
スタッドラーは、学生・院生の文章を教授が盗用する行為は、高等教育界での1つの問題だと指摘した。
日本では、指導教官の推薦書は重要視されないこともあり、院生が指導教官を訴えることはそれほど稀ではない。しかし、教授の盗用は一般に思われているより頻繁に起こっている点に関して、白楽は同意見だ。
●【防ぐ方法】
《1》実業界から大学教員
ディッキンソン助教授が盗用して提出したのは以下の「2010年の申請書」である。2009年にアリゾナ大学の助教授に就任しているので、就任してすぐに盗用したのだ。
- 2010年 Association Architecture Visiting Teachers’ Programme in London。英国・ロンドンでの訪問教授申請書。
企業から大学に移籍した大学教員は、論文の書き方の十分な訓練を受けていない。研究ネカトの十分な訓練も受けておらず、何が研究ネカトかを理解していない人が比較的多い。日本でも同様である。企業から大学に移籍した大学教員には、論文の書き方の訓練をし、研究ネカト教育をすることが必須である。
●【白楽の感想】
《1》処分が激甘
大学は盗用と判定したのに、ディッキンソン助教授の処分が大甘である。その理由はなんだろう?
- 盗用が、査読付き学術論文ではないこと、政府からの研究助成金とは無関係だったことで、盗用論文の悪影響は大きくなかった。それで、処分が甘くなった?
- 大学は新規採用教員への研究ネカト研修をしていなかった。ディッキンソン助教授はそこを指摘し、それを大学側が手落ちとし、妥協した?
- ディッキンソン助教授は大学上層部に影響する力がある? まさかと思うが、学長と愛人関係? 大型寄付者? 夫が影響者?
《2》大学が規則を破ってる
アリゾナ大学はディッキンソン助教授の盗用を認定したのに、ほぼ無処分にした。学術界とアリゾナ大学の学生・院生はこの不当性を忘れないだろう。
【主要情報源①】に次の記載がある。
アリゾナ大学の盗作防止ウェブサイトに、「他人の文章をそのまま使用するとき、引用符で囲み、さらに引用文献を示すこと」がされないと、盗作であると記述されている。
また、アリゾナ大学の学業公正規範(Code of Academic Integrity)には、次の規則が明記されている。
教職員は、学術公正を養育し、学生が学術論文を投稿するときに学術公正の方針を学生に伝える。通常の科目・プログラムで学術公正の通常の規範、特定の科目・プログラムで特別の規範(共同作業授業の規範、実験室規範、臨床割り当てなど)を学生に伝える。教職員はこの学業公正規範に違反しないよう、妥当なすべての努力をする。
米国のブログ「論文撤回監視(Retraction Watch)」は、ディッキンソン助教授は自分の所属大学の規則を守っていないし、大学も規則を守っていないと、暗に、非難している(【主要情報源①】)。
《3》師弟は対等?
研究室の院生が書いた修士論文の文章を、教員が引用符で囲まずに、引用もしないで、他で使用した。とはいえ、引用符で囲んで引用すればよいレベルの流用量ではない。
ただ、研究室の成果は研究室のものという文化もある。建築学では知らないが、生命科学ではそうだ。
研究室の学生・院生・ポスドク・教員は、同じボートに乗っているようなもので、誰が漕いだから船が進んだと教室員の個々の評価はしにくい。教員は船の舵を握り、教室員はオールを握る。強い共同作業(“highly collaborative”) で研究を進める。
この場合、教員が書いた文章を、研究室の学生が学外に出ない卒業論文・修士論文・博士論文で使用しても、盗用と公表して非難はしないだろう。白楽の場合、学生・院生にサンプルとして示した白楽の文章がそのまま卒業論文・修士論文に使われたことはある。
コマッタモンダとは感じたが、指導の一環だと考え、白楽は盗用とは考えなかった。というのは、学内の文章であることが理由の1つでもあるが、一部の学生・院生は、具体的なサンプルを示して論文の書き方を指導しないと、把握できないようだった。
また、文章なら盗用の議論になるが、研究のアイデアは教員が学生・院生に示さなければ、学生・院生が独自に考えるのはほぼ無理である。研究のアイデアはほぼ全部「盗用」される。というか、強い共同作業で進める研究室は、研究室員は教員のアイデアを実験で展開することが期待されている。
なお、「強い共同作業」組織なら、学生・院生の文章を教員が使うという逆の場合、どう考えるか?
「強い共同作業」組織ではあるが、師弟は対等ではない。学生・院生の文章を教員が引用しないで使うのは、明白な盗用である。
《4》全国指導者賞を受賞
ディッキンソン助教授は、2014年(49歳?)、学生・院生の指導が優れているという、全米建築学大学教育学会の全国指導者賞(national teaching award)を受賞したのだ(2014 Award Winners)。
皮肉なことに、その直前の2013年に盗用が発覚している。
賞の選考はいい加減だ。選考は厳密な審査ではないことが多いし、選考委員はいい加減な選考過程でも選考結果について非難されない。2015年9月22日現在、受賞は撤回されていない。
一般に、倫理委員が倫理違反をし(例:松本和子)、セクハラ委員がセクハラをする、というケースも散見する。
選考した人に選考の責任と重要性を認識してもらうために、選考から数年以内の不祥事には選考委員にもペナルティを科すべきだろう。
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●【事件の深堀】
★昇進前後で、苦し紛れ?
アサは、不正発覚直前は、カナダ医学界の重鎮である。その重鎮が研究ネカトをする理由はないと思えるが、最古の撤回論文は13年前の2002年に出版された論文だ。
2002年頃の状況はどうだったのだろう。アサは、トロント大学の教授に1998年に就任し、「大学健康ネットワーク(UHN)」の部長に2000年に就任している。エザットの昇進年は不明だが、このような昇進前後で、苦し紛れに、研究ネカトを開始したのだろうか?
「大学健康ネットワーク(UHN)」の調査報告書では、アサとエザットがデータねつ造・改ざんをしたと結論した。
一方、法廷文書を参考にした新聞記事(【主要情報源】④)は、中国人名の研究室員が画像を改変したと記載している。どっちが正しいのだろうか?
アサとエザットは、自分では積極的にねつ造・改ざんしていないが、昇進前後の多忙な時期のため、研究室員(ポスドク?)が研究ネカトをしたのを見落としたのだろうか? あるいは、2003年ごろだと研究ネカトの関心が低く、それを甘く見たのだろうか?
●【白楽の感想】
《1》夫婦の事件
夫妻で共著の場合、夫と妻の生活上の関係が共同研究の立ち位置も支配するだろう。例えば、夫が研究ネカトをしたとき、夫が生活上で支配的なら、妻は研究ネカトを糾弾しにくいだろう。
逆も同様だ。
アサとエザットの場合、社会的にはアサの方が有名で偉かった。すると、エザットは妻・アサが研究ネカトしても、糾弾しにくかっただろう。
夫婦ともに研究者で、共著の論文が多数ある場合、片方の研究ネカトを別の片方が防止する力はないのだろうか? 悪事の場合、悪いことをするパートナーに引き込まれることが多いのか、パートナーを矯正する方が多いのだろうか? もし、前者だと、夫婦研究者の場合、何らかの注意が必要だろう。
ドイツのフリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)とマリオン・ブラッハ(Marion Brach)の例がある。前者(夫)はシロとされ、後者(内縁の妻)がクロとされた。しかし、白楽の印象では、前者のシロは政治的配慮の結果で、2人ともクロだと思われる。片方が片方の抑止力にはならなかった。
シルビア・ブルフォーネ=パウス(Silvia Bulfone-Paus)(ドイツ)は夫との共著論文もそれなりにあるが、全面的な共同研究者ではなかったためか、シルビアはクロで、夫はシロになった。
2015年、北海道大学・農学研究院の有賀早苗教授(57歳)と薬学研究院の有賀寛芳特任教授(64歳)は、研究費不正で(研究ネカトではない)、ともに停職10カ月の懲戒処分を受けている。新聞記事では、夫妻で「共謀」したとある。
《2》乳癌研究
カナダで乳癌研究者のスキャンダルとなると、1990年に発覚した「ロジャー・ポアソン(Roger Poisson)(カナダ)」事件が大きい。カナダには乳癌研究のスキャンダルが起こる素地があるのだろうか?
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- デイヴィッド・ラッチマン(David Latchman)(英) 2015年9月17日
《1》学長絡みの研究ネカト
日本でも、東北大学や琉球大学が学長がらみの研究ネカトが指摘され、大きく紛糾している。大学の調査委員会は当該大学が設置するから、学長に有利なことが頻発する。
学長の調査委員会は、日本なら文部科学省が別途の委員会を設置し調査すべきだろう。
《2》クロをシロ
2002年と2005年の論文を2015年に撤回するということは、撤回までの長い間、ラッチマン研究室では、画像を使いまわすねつ造が常態化していたと思われる。
ラッチマン自身は研究ネカトをしていないと判定された。しかし、「パブピア(PubPeer)」に示された画像は明らかにねつ造である。ということは、共著者の誰かがねつ造したということだ。データを出した人をラッチマンは知っているハズだから、誰が、ねつ造者かを知っているハズだ。それでも、その人物をあいまいにしておくのは、学長としていかがなものでしょう。
ラッチマンは英国の著名大学の学長で高等教育界の偉い人である。ねつ造者を知っているハズの学長がその人物を明示しないということは、ヒョッとして、ラッチマン自身がクロで、調査委員会は、クロをシロだと発表したのだろうか。調査委員も調査報告書も公表されていない。裏で、高等教育界の政治抗争・権力闘争が熾烈に行なわれていたのだろうか。
研究ネカト調査では、ねつ造・改ざん・誤魔かし・脅し・供応はつきものだろう。しかし、ラッチマンの場合、発表論文のデータという証拠があるので、「ねつ造・改ざんはありませんでした」では、研究者には通用しない。クロをシロに無理やり上塗りすると、社会システムが歪み、ラッチマン関係者の精神が蝕まれる。
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- 政治学:マイケル・ラクーア(Michael LaCour)(米) 2015年9月14日
《1》院生の指導者はダレ?
マイケル・ラクーアは米国・UCLAの大学院生である。その院生がどうして、自分の指導教授と共著ではなく、コロンビア大学・政治学・教授のドナルド・グリーン(Donald P. Green、写真出典)と共著なのだろう?
政治学という学問分野では院生はあたかも独立した研究者のように研究するということか?
マイケル・ラクーアの履歴書には、主任研究者(Principal Investigator)として、1件1万ドルから16万ドル(約100万円から1,600万円)までの研究費を7件も獲得している(ラクーアがねつ造だと認めた2件は除いた)。
- The Jay & Rose Phillips Family Foundation, 2014 – Principal Investigator. $160,000
- Grove Foundation, 2014. Principal Investigator. $25,000
- Rockefeller Family Fund, 2013. Principal Investigator. $80,000
- Andrew and Corey Morris-Singer Foundation, 2013. Principal Investigator. $58,000
- Leigh Hough Jomini; 2013. Principal Investigator. $43,000
- Ernest Lieblich Foundation, 2013. Principal Investigator. $15,000
- Stoli Group USA, 2013. Principal Investigator. $10,000
主任研究者(Principal Investigator)としてこれほど研究費を獲得していれば、院生というより立派に独立した研究者だ。
生命科学系の院生としてはありえない。
ラクーアは例外的な院生なのか、それとも、政治学の院生としては普通なのか? いずれにせよ、この場合、ラクーアの大学院・指導教授はどういう立場・役目なのだろうか?
そして、この場合、論文の書き方や研究規範に関する知識・スキルは誰から学ぶのか?
《2》共著者が生データをチェックしない?
ラクーアの大学院・指導教授の立場・役目はつかめないが、「2014年のサイエンス論文」は、UCLA大学院生のラクーアとコロンビア大学・政治学・教授のドナルド・グリーン(Donald P. Green)の共著である。
となれば、論文の生データをチェックできるのはグリーン教授しかいない。グリーン教授は、他校の院生であれ、相手が院生なのだから、論文の書き方を直接指導する立場という考え方もある。また、他校の院生なら指導する義務も権利もないという考え方もある。
共著論文が、研究ネカト論文とわかってから、グリーン教授は「上位研究者が若い研究者の生データを見ようとするのはとてもデリケートで難しい(“It’s a very delicate situation when a senior scientist makes a move to look at a junior scientist’s data set.”)」と述べている(2015年5月25日のニューヨークタイムズ紙記事:Doubts About Study of Gay Canvassers Rattle the Field – The New York Times)。
そんなバカな。「他校の院生を指導する義務」があってもなくても、共著者が生データをチェックしなければ、誰がするというのだ。共著者は、疑念に感じたすべてのことを検討する義務(と権利)がある。
JAMA誌の前代理編集長でイリノイ大学の国立専門・研究倫理センター所長(National Center for Professional and Research Ethics)のシーケー・ガンセイラス教授(C. K. Gunsalus、写真出典)は、「無礼と思って共著者のデータをチェックしないなら、アナタは科学研究をしていない」と述べている(“If you think it’s rude to ask to look at your co-authors’ data, you’re not doing science”: Guest post – Retraction Watch at Retraction Watch)。
白楽は、シーケー・ガンセイラス教授に激しく賛成する。
なお、この事件を受けて、サイエンス誌は「研究グループの上位研究者は、グループが得た研究結果の生データをチェックすることが必要です(The senior author from each group is required to have examined the raw data their group has produced.)」と加えたそうだ。
《3》心理学分野の研究ネカトの多発
心理学分野の研究ネカト者は多い。どうしてなんだろう? それもオランダと米国に多い。どうしてなんだろう? 姓のABC順。
- シリル・バート(Cyril Burt)(英)
- イェンス・フェルスター(Jens Förster)(オランダ)
- マーク・ハウザー(Marc Hauser)(米)
- マイケル・ラクーア(Michael LaCour)(米)
- カレン・ルッジェロ(Karen Ruggiero)(米)
- ローレンス・サンナ(Lawrence Sanna)(米)
- ダーク・スミースタース(Dirk Smeesters)(オランダ)
- ディーデリク・スターペル(Diederik Stapel)(オランダ)
さらに、再現性も低い。 → 2015年8月28日、発信地:マイアミ/米国:心理学の研究結果、6割以上が再現不可能:AFPBB News
《4》日本のメディアの科学記事の足腰
「2014年のサイエンス論文」は研究ネカト論文事件になってしまったが、論文が出版されたときは2014年の最も注目を浴びた政治学論文だと評判だった。同時に、米国の主要な新聞メディアであるThe New York Times、The Washington Post、The Wall Street Journal、The Economist、The Los Angeles Times、This American Life が論文内容を紹介した。つまり米国のメディアは大々的に取り上げた。
この影響だと思われるが、日本語で解説するブログ記事が生まれたり、翻訳文も作られた。しかし、論文が出版されたとき、日本の主力メディアは記事にしていない。どうして記事にしなかったのだろう? 記者が自力では米国の取材できない? 米国在住の特派員に取材してもらう? イヤイヤ、その必要はないでしょう。
ここで示したように、「日本語」のプレスリリースが日本の主力メディアに配布されていた。ということは、The New York Times、The Washington Post、The Wall Street Journal、The Economist、The Los Angeles Times、This American Life が記事にしても、自社では記事にしなくて良いと判断したということだ。
イヤイヤ、自力で積極的に「記事にしなくて良いと判断」する実力は持っていないだろう。むしろ、米国の主力メディアが記事にするかどうかを知るアンテナがないということが問題だ。
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- デイヴィッド・アンダーソン(David Anderson)(米) 2015年9月11日
【事件の深堀】
★研究ネカトの傾向
撤回された5論文(2011‐2014年)の不正箇所は、どれも同じような線グラフである。しかし、同じような図でも問題なしとされている図もある。ヤヤコシイ。
アンダーソンは、2011‐2014年の4年間、同じタイプのデータ改ざん/ねつ造をしてきたと思われる。1人の研究者は同じタイプのデータ改ざん/ねつ造をする傾向が強いと言ってよい。
あるいは、調査委員は、改ざんを1か所見つけると同じタイプのデータを中心に分析する。それで、同じタイプのデータ改ざん/ねつ造を多く指摘する傾向もある。この場合、他のタイプのデータ改ざん/ねつ造を見落とす傾向もある。
★アウ教授がオレゴン大学を去る理由
オレゴン大学でアンダーソンの指導教授だったエドワード・アウ教授(Edward Awh)は2015年7月にシカゴ大学に移籍する、と2014年12月に発表があった(The Chicago Maroon ? Two expert neuroscientists to join UChicago faculty in July from University of Oregon)。
移籍の理由は記述されていないが、可能性を探ってみよう。
- 1つは、アンダーソンの研究ネカトにアウ教授が何らかの関与をしていた可能性である。オレゴン大学を辞めることで、大学がアウ教授をそれ以上追及しないという示談交渉がまとまった。
→ これは考えにくい。研究公正局が調査に介入しているので、アウ教授とオレゴン大学とだけで示談できないだろう。 - もう1つは、院生の不始末なので指導教授に指導責任がある。アンダーソンの研究ネカトにアウ教授が何も関与していなかったが、指導責任があるという理由で、オレゴン大学はアウ教授に何らかのペナルティ(数年間、院生指導ができないなど)を、科そうとしたのではないだろうか? アウ教授は、それで、シカゴ大学に逃げた。
- もう1つは、オレゴン大学の調査委員会、大学上層部、大学の同僚が、調査の過程や調査期間中、アウ教授にかなり侮辱的な言動をした。それに憤慨して、シカゴ大学に移籍した。
- アンダーソンの事件と無関係。たまたま、シカゴ大学に移籍する時期がぶつかった。 → コレはないでしょう。
もっとも可能性が高いのは「3」だと思う。
しかし、シカゴ大学も危険な綱渡りをしたもんだ。移籍を公表した2014年12月時点では、アウ教授のシロは確定していていなかったと思われる。もし、2015年8月に研究公正局がアウ教授をクロと判定したらどうしたんだろう?
●【白楽の感想】
《1》動機と状況
データ改ざん・ねつ造の動機や状況は語られていない。米国では院生・ポスドク・テクニシャンが研究ネカトをするケースは多い。もっと、状況を報告してくれないと防止策を立てられないと思うのだが・・・。事件は貴重な教訓例なのですが・・・。
デイヴィッド・アンダーソン(David Anderson) 写真出典
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- レイチェル・ラプレーガー(Rachael Rapraeger)(米) 2015年9月8日
【事件の深堀】
★日本の検診でのねつ造・改ざん事件
日本にも、検診でのねつ造・改ざん事件はある。
兵庫県予防医学協会によると、2009/07/02に明石市職員の健康診断をした際、担当者が、肝機能を調べる尿検査用の試薬を忘れた。しかし、血液検査から類推して判定し、午前中に受診した96人について、正常との結果を本人に通知していた。
兵庫県予防医学協会がさらに調べたところ、2009/07/02午後の検査でも同様の捏造が判明。午後から検査に立ち会った臨床検査科長(50)が、担当者から虚偽記載の報告を受けながら、そのまま続けるよう指示した。臨床検査科長は「部下をかばおうと思った」と事実を認めている。(財)兵庫県予防医学協会:検査せずに「正常」捏造|Sclaps KOBE
上記の記事の臨床検査科長(50)は、「部下をかばおうと思った」ではなく、「自分をかばおうと思った」のでしょう。検査された人の健康より保身が優先する臨床検査科長は担当者と共犯である。厳罰に処してほしい。2009/07/02の96人だけではないだろう。上記記事には、逮捕したとか懲戒解雇などの処分が記されていない。
マサカ、オトガメなしだったのだろうか? そうだとすると、日本は・・・・・・、アリエナイ。
★日本の検診データの異常
白楽は、東京都文京区に住んでいる。文京区では毎年無料の健康診断を実施している。しかし、この健康診断を受けると、多くの場合(数回だが)、どこかを「要検査」という結果が通知される。
「要検査」となった項目を、有料で検査するようにと指示される。例えば、妻は、無料健康診断で胃がんの「要検査」と出て、有料で胃カメラを飲む羽目になった。検査すると、異常なしと出た。こういうことが続いた。
一方、有料の検査を受けたとき、数回しかないが、今まで全部、「異常なし」と判定されている。
偶然だろうか?
白楽は、日本の健康診断では、データが改ざんが恒常的に行なわれていると感じている。チェックする仕組みが日本にあるのだろうか?
★マンモグラフィ検診は無意味
研究ネカトと少し異なるが、マンモグラフィ検診は無意味という話もある。そうなると、検診結果のねつ造・改ざんの問題というより、マンモグラフィ検診システム全体が医療詐欺となる。
「ほたかのブログ」の「マンモグラフィは過剰診断を増やすだけ」から引用する。
2015年7月6日号のJAMA Internal Medicine(JAMA Network | JAMA Internal Medicine | Breast Cancer Screening, Incidence, and Mortality Across US Counties) に、マンモグラフィの過剰診断問題について新しい論文が出たようです。
マンモグラフィの実施率が10%増加すると、乳がんの診断数が全体で16%増加し、2 cm以下の小さな腫瘍の診断数は25%増加した。しかし、乳がんで死亡する女性の数には有意な低減は認められなかった。
乳癌の過剰診断は、日本でも隠しようのない大きな問題になっています。今年の乳がん学会では、「過剰診断」をテーマにした演題も多数あり、過剰診断の宝庫ともいえるDCISはセッションも組まれています。(・・・中略・・・ )。専門医の間では、過剰診断のことは常識なのに、都合の悪い事実を隠して検診のメリットのみを誇大広告で宣伝する日本は何をやっているのでしょう?(マンモグラフィは過剰診断を増やすだけ(最新論文))
マンモグラフィ以外にも、検診自体が無意味という検診項目はたくさんあるように思える。この場合、有効とした原典にデータねつ造・改ざんがあったということなのだろう。
●【防ぐ方法】
《1》教育不足、監視不足
医療データのねつ造・改ざんは文字通り患者には致命的である。
医療の現場に「データのねつ造・改ざん」がある、という前提で教育・監視システムを組んでほしい。
米国では、テクニシャンを対象とした研究ネカト禁止教育が不足していると思われる。日本でも十分教育していないだろう。
また、米国では、テクニシャンの研究ネカト監視体制が不十分なのだろう。日本でも十分ではないだろう。
日本は、医療技師(臨床検査技師、放射線技師、看護師など)に研究ネカトを教育(必修)し、研究ネカトを監視するシステムを設けるべきだろう。
●【白楽の感想】
《1》「体面を繕う」ためのねつ造・改ざん
ラプレーガー技師の場合、データ改ざんは、仕事をそれなりにこなしていますという体面を繕う意図で行なわれたと思われる。「体面を繕う」という姿勢は基本的には人間善行の根本である。
不正をすれば、バレたときは「体面を失う」ので、「体面を繕う」ためにデータを改ざんするのは、論理的には矛盾がある。
しかし、仕事がこなせないとき、「体面を繕う」ために誤魔化したのである。本来の善行は、「仕事量が多くて上手くこなせません」と伝えて、仕事量を軽減してもらうことだが、そうせずに、データを改ざんしている。
白楽にもイヤな記憶がある。卒論生(学部4年生)には無理と思える修士・博士向けの研究テーマなのに、見栄で、その研究テーマを要求した4年生がいた。1対1の研究検討会では、明らかに研究テーマが過重で研究をこなせない。何も進まない。それで、研究テーマを少し削減しようと提案した。すると、学生は激しく怒ったのである。
学生は、「テーマが過重すぎてできません」と言えないし認めない。テーマを示した教授がそう判断しても、受け付けない。
ラプレーガー技師の場合、データ改ざんで、利得になることはほとんどない上、いずれバレる。それなのに、選択肢の悪い方を選んだ。人間行動の非理性的な一面である。
そう考えると、研究ネカト解決策として理性的な対策だけを提示しても、事件は防げない。研究ネカトを一網打尽的に防止する方法はなく、あの手この手で、多様で幅広い対策を進めるしかないだろう。
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- ビン・カン(Bin Kang)(米) 2015年9月5日
《1》査読者に座布団2枚
投稿論文の査読で不正と見抜いた査読者は素晴らしい。論文出版前に発見したこと、カンの研究経歴の初期に発見したことで、放置すれば、その後に続くと予想された研究ネカトの発生と被害を防げた。
《2》指導教授にペナルティを
投稿原稿の査読者が不正に気付くなら、どうして、ボスの免疫癌教授のシャオホン・スン(Xiao-Hong Sun、写真出典)は気が付かなかったのだろう? この場合、何らかのペナルティが必要ではないのか?
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- クレイグ・ジェルバンド(Craig H. Gelband)(米) 2015年9月2日
《1》どうして?
得られる情報からだけでは、ジェルバンドの研究ネカトの動機がわからない。最初の撤回論文は1995年のネバダ大学だが、32歳の時である。最初に研究スタイルを習得するときに研究ネカトをしてもいいのだと思い込んで研究習慣病になっていたのだろう。
2001年(38歳)に発覚だから、この間、7年間、研究ネカトをしてきたに違いない。研究ネカトというズルをしたから、NIHからの研究費をたくさん獲得できた。賞も受賞し、とても有望な中堅研究者と評価された。発覚が遅れ、撤回論文数が5報と多くなった。
研究公正局は、悪質度が高いと判断したのだろう、通常3年間の申請不可年数をジェルバンドには10年間とした。
そもそも最初の論文は1989年にマイアミ大学所属である。この時、26歳だから、大学院生だったハズだ。最終著者はブレーメン(Cornelis van Breemen、右の写真出典)である。ブレーメンにも責任がある?
1991年(28歳)にブレーメンの研究室を離れ、ネバダ大学のジョセフ・ヒューム研究室(Joseph R. Hume、左の写真出典)に移籍した(ポスドクになった?)。そこで、1995年にヒュームと共著で出版した論文が研究ネカトなのである。
ということは、ヒューム研究室で研究ネカトを身につけたのだろうか? ヒュームにも責任がある?
《2》事件後
2002年4月29日(39歳)、騒動のさなか、ジェルバンドはフロリダ大学を自発的に辞職した。
ただ、事件5年後の2007年(44歳)のジェルバンドの写真が見つかった。幸福そうだ(出典)。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。