7-72 大学が守るプライバシーは誰のため?

2021年6月19日掲載 

白楽の意図:日本の大学(とメディア)はセクハラ加害者・被害者の名前を秘匿する。一方、米国を始め世界の大学(とメディア)は加害者名を公表、被害者名は本人の許可を得てだが、かなり公表している。日本は世界の中で極めて異質で、ニュースの基本である5W1Hから大きく逸脱している。今回、2016年のケンタッキー大学のジェームズ・ハーウッド(James Harwood)による性的暴行事件で、大学は事件記録を強く隠蔽した。このことにたいして、誰を守るためのプライバシーなのかと問うたエイミー・ベンセネヘイヴァー(Amye Bensenhaver)の「2020年11月のState Journal」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

白楽注:本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

論文に概要がないので、省略。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

  • 第1著者:エイミー・ベンセネヘイヴァー(Amye Bensenhaver)
  • 紹介:About Us – Kentucky Open Government Coalition
  • 写真:出典は論文と同じ
  • ORCID iD:
  • 履歴:25年間、ケンタッキー州・司法長官補佐を務め、2016年9月に引退した。ケンタッキー州オープンガバメント連合(Kentucky Open Government Coalition)の共同創設者
  • 国:米国
  • 生年月日:米国。現在の年齢:66 歳?
  • 学歴:1980年にケンタッキー州ダンビルのセンターカレッジ(Centre College)を卒業し、1984年にケンタッキー大学法科大学院(University of Kentucky College of Law)を卒業した弁護士
  • 分野:法律の実務
  • 論文出版時の所属・地位:ケンタッキー州・元司法長官補佐(former assistant attorney general of Kentucky.)

ケンタッキー・カーネル社が入手したケンタッキー大学の調査報告書。写真出典

●3.【予備知識】

2016年、ケンタッキー大学のジェームズ・ハーウッド準教授(James Harwood、写真出典)による性的暴行事件があった。 → 「性的暴行」:ジェームズ・ハーウッド(James Harwood)(米)

この時、ケンタッキー大学は被害院生のプライバシーを守るという表向きの理由で事件記録を強く隠蔽した。

裏向きの理由は、身内であるハーウッド準教授をかばうためと思われる(白楽の推察)。

本論文は、ベンセネヘイヴァーが、ケンタッキー大学の情報隠蔽に対して、大学は誰を守るために情報を隠蔽したのか、と論じている。

それで、ハーウッド事件を理解してから本記事を読んだ方が、理解は深まると思う。もちろん、読まなくても、それなりにはわかります。 → 「性的暴行」:ジェームズ・ハーウッド(James Harwood)(米)

●4.【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

ーーー論文の本文は以下から開始

ケンタッキー・カーネル新聞の編集長(Kentucky Kernel)兼レポーターのウィリアム・ライト(William Wright、写真出典)は、ジェームズ・ハーウッド準教授(James Harwood)の性不正行為の情報開示をケンタッキー大学(University of Kentucky)に求めた。

注:ライトは2015~2016年春の編集長。その後はマージョリー・カーク(Marjorie Kirk)が編集長。

ケンタッキー大学は、ライト編集長の要求を即座に拒否し、「本学の機関公平機会均等室(Office of Institutional Equity and Equal Opportunity)が行なった調査内容を開示できません」と回答した。

ライト編集長は、この情報開示の拒否は違法だとケンタッキー州に訴えた。

Governor Andy Beshear – Official Photo

2016年8月、ケンタッキー州のアンディ・ベシア司法長官(Andy Beshear、写真出典。3年後の2019年12月からケンタッキー州知事)は、要求された調査記録を適切に開示するようケンタッキー大学に命じた。

ベシア司法長官は、大学教員の性不正事件では、加害教員の個人情報保護よりも、公衆のアクセス権の方が重要だと考えたのである。これは、私(エイミー・ベンセネヘイヴァー)が司法長官室を去る前に作成した最後の書類の1つである。

その決定に至る長年の議論はあるが、2016年、司法長官が最終的な決定をしたのである。

問題は何だったのか?

一言で言えば、「プライバシー」か「国民の知る権利」のどちらを優先すべきか? だった。

つまり、さまざまな州法および連邦法に基づくプライバシーの利益は、公立大学(ケンタッキー大学は州立大学)の公務員(今回は準教授)が犯した院生への性的暴行の実態を知りたいという、国民の権利に優先するかどうかだった。

2016年の時点では、被害者の人数を含め、ジェームズ・ハーウッド準教授(James Harwood)が犯した性不正行為のほぼすべての内容は不明だった。

そして、論文執筆時の2020年11月現在もほぼ不明なままである。

ケンタッキー州最高裁判所の裁判官でさえ、学部生・院生の何人がハーウッド準教授の性不正行為の被害者で、その内の何人が大学に対して被害の申立てをしたのかという基本事項を含め、実態・事実をつかめていない。

学生新聞「ケンタッキー・カーネル」紙に開示されたわずかな記録から明らかになったことは、ハーウッド準教授がテニュアを維持し、辞職後もケンタッキー大学から給与と福利厚生を得ていたことだ。

つまり、ケンタッキー大学は、機密協定のもとに、ハーウッド準教授を優遇し、非常に寛大な条件で辞任することを許可していたのである。

そして、このような取引が大学では普通に行なわれている。

つまり、大学は本来すべき訴訟を回避し、不正教員が評判を損なうことなく静かに辞職できるようにしている。

そして、そのことにより、問題教員は、おそらく別の大学の教員になって「再犯」することになる。

しかし、今回、ケンタッキー大学のハーウッド準教授の処分が大甘だったことに被害者の女性院生が強く憤慨した。それで、ケンタッキー・カーネル社が大学の性不正調査について関心を抱いたのである。

2020年10月23日、最高裁判所での口頭弁論で、被害者である女性院生のプライバシーを盾に、ケンタッキー大学は記録開示をしないことを強く主張した。

ケンタッキー大学は憲法で保護されたプライバシー権と法的に保護された学生の「教育記録」について焦点を絞って強調し、長々と説明したので、審理時間の大半がその問題に費やされた。

若い学生が被害者の場合、将来のことを考慮し、ある程度、個人を特定できないようにすることは重要である。

また、大学は調査において、事件とは無関係な加害者個人のプライバシーを尊重することも、状況に応じて必要だろう。

そして、最高裁判所はケンタッキー大学の主張に沿った判定をしたのである。

でも、間違えないように。

ケンタッキー大学の主張を認め、情報を開示しなくて良いとすれば、被害学生のプライバシーを保護するという表向きの理由の裏で、大学は情報不開示を悪用するようになる。多くの大学が自大学の不祥事を隠蔽する道を開いてしまうことになる。

そう、ケンタッキー大学が守ろうとしたのは、実際は誰の「プライバシー」だったのか?

●5.【関連情報】

① 2020年10月26日の「NKyTribune」記事:Amye Bensenhaver: In UK vs. Kernel, just ask: Whose privacy is being protected? | NKyTribune

●6.【白楽の感想】

《1》日本は情報隠蔽国 

白楽ブログはネカトが主対象だが、米国の動向に合わせ、ある時期から、研究者の性不正事件も扱っている。「プライバシーと公益」の問題はネカトや性不正事件で重要なテーマである。

ネカト事件では、日本はかなりの割合でネカト者名を秘匿している。秘密主義は、韓国も若干似ているが、世界の先進国の中では、日本(と韓国)は極めて異質である。ニュースの基本である5W1Hからしっかり逸脱していて、日本は強い情報隠蔽国だと思う。

性不正事件では、日本の大学は性不正事件の加害者・被害者の名前をほぼ全部秘匿している。これも、日本ほどひどくはないが、韓国が若干秘匿している。日本(と韓国)は世界の中で極めて異質である。情報統制の強い中国やロシアと比較しても、唖然とするほど日本は情報統制が強い。

世界の先進国(主に米国を想定して話を進める)は、性不正事件の加害者を実名報道する。被害者は本人の許可があれば報道する。

加害者を実名報道しなければ、次に同じ加害者による性不正の再犯事件を防ぎにくい。日本の大学はこのような加害者名を隠蔽秘匿し、加害教員を温存し、次の性不正事件を促進しているかのように受け取れる。

ニュースの基本である5W1Hから日本はしっかり逸脱している。

とはいえ、米国でも、所属教員がネカト事件や性不正事件を起こすと、ほとんどの大学は教員を守る側につく。それは、ある意味当然で、自分たちの仲間を守る、しいては自分を守る言動をする。

この背景には、調査経費・裁判経費など、大学が経費を安く抑えたいという状況も背景にある(つまり、安い方を選ぶ)。

白楽は十分把握していないが、ケンタッキー大学のハーウッド準教授の事件では、「大学は懲戒聴聞会を開くなどの長いプロセスを経て解雇することの代わりに、ハーウッド準教授が自発的に辞任する」という条件で、4か月間の給料を余計に払い、調査報告書の開示をしない示談をした。 → 「性的暴行」:ジェームズ・ハーウッド(James Harwood)(米)

性的暴行事件の調査の最中に発覚・告発されたハーウッド・準教授のデータねつ造疑惑では、本調査をしないことにした。クロとの結論になっても、処分は解雇なので、調査にかけるカネが無駄になるという判断だ。

その結果、、ケンタッキー大学は被害院生、在籍生、一般市民を犠牲にしてハーウッド準教授を擁護し、過剰に守った結果になった。当然ながら、被害院生は怒り心頭である。

事実を解釈すると、大学は、「カネと公正を秤にかけりゃ、恥ずかしながらも、カネが先」、となる。いやな渡世だなぁ~(勝新太郎)

《2》プライバシーと公益 

性不正事件で加害者・被害者の氏名公表をどう考えるか?

「プライバシーと公益」の観点から氏名公表を3段階で考えた。

結論から言えば、「2.加害者を公表・被害者は非公表」が最適と思われる。なお、被害者名の公表は被害者が了承するなら、した方がいい。

比較は以下である。

  1. 強い隠蔽
    加害者・被害者の氏名非公表
    加害者の氏名がメディア報道されなくても、密室関係者(10~20人)は被害者の氏名を知ることができる。具体的には、加害者、被害者(と相談した友人や親)、大学・上層部、大学の調査員である。
    欠点:①不適切な調査の過程・内容・結論が改訂・改善されない。②大学・上層部などが情報を握ることで、加害教員をコントロールするなど権力の道具にする。
    公益:ない?
  2. 加害者を公表・被害者は非公表
    「1」の密室関係者(10~20人)以外に次の人たちが被害者の氏名を知る。
    加害者の氏名がメディア報道されれば、被害者の氏名を知ることができる人たちは、具体的には、加害者・被害者の研究室員の関係者で、友人、親、同級生、同じ学科の教員、同じ研究分野の他大学の研究者である。
    欠点:被害者の氏名が特定される可能性は「1」よりは高くなる。
    公益:①加害者の氏名がメディアで報道されれば、学生・教職員・同分野の研究者は自分が被害者にならないよう対処しやすい。②大勢の人が、その大学・学科への学部・大学院受験、教員応募、共同研究、寄付などを考慮できる。③他の大学・研究機関はその加害教員の採用を控えるなどの考慮ができる。④研究助成機関は研究助成で助成を控えるなどの考慮ができる。⑤賞授与機関は賞の選考で考慮できる。⑥ 事件がより鮮明に見え、発生状況が把握しやすくなり、事件の防止策を立てやすくなる
  3. 加害者・被害者の両者を公表
    ここでは、被害者の公表は被害者の了承の下での公表とする。
    欠点:被害者を異常なほど誹謗中傷する可能性がでてくる。何らかの対処が必要である。
    公益:①「2の①~⑥」が満たされる。②「1の⑥」に書いたが、さらに、事件が鮮明に見え、発生状況が把握しやすくなり、事件の防止策を立てやすくなる。

なお、日本の大学は「1」である。つまり、セクハラ加害者・被害者の両方の名前を秘匿する。一方、米国を始め世界の大学は「2」または「3」である。つまり、加害者名を公表、被害者名も多くは公表している。

《3》逆利用 

ジェームズ・ハーウッド事件では、被害院生のプライバシーが争点になり、ケンタッキー大学の非開示が法的に認められた。

トーマス・クラーク裁判長(Thomas Clark)の説明は、被害者や目撃者の名前をクロ塗しても、性的暴行やアカハラの詳細を開示すると、被害院生が誰であったかが特定され、「学生プライバシー連邦法(federal privacy laws for students)」に違反するというのが理由だった。 → Federal Student Privacy Laws – FERPA & COPPA

クラーク裁判長の判断はマズイ、と白楽は感じた。

被害院生が特定される可能性が理由で情報開示を拒否できるなら、調査報告書の随所に被害院生の特定に結び付く記述をすると、調査報告書の開示を拒否できることになる。

大学側は、調査報告書の開示を阻止するために、この方法を意図的に使うかもしれない。

これはマズイ。

トーマス・クラーク裁判長は思慮が浅すぎる。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●8.【コメント】

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