7-180 大学は研究不正・セクハラした教授を守っている

2025年8月20日掲載 

白楽の意図:大多数の日本人(除・白楽ブログの常連読者)は驚くかもしれないが、セクハラ、研究不正、重大な不正行為をした悪徳不正教授を、大学が守っている。なぜか? 大学は、社会的責任や正義よりも目先の評判と収益を優先するからだ。大学は、悪徳不正教授を守り(特に有名で多額の研究費を得る教授を)、不正対処の過程と結果を隠蔽し、被害者・告発者を無力化している。大学は強い外圧を受けないとこれを改めない。透明性はこの問題改革の第一歩である。説明責任と正義を優先するように大学を変えるべきだと指摘したファルク・アルパイ(Faruk Alpay)の「2025年5月のPreprints.org」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.アルパイの「2025年5月のPreprints.org」論文
7.白楽の感想
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●2.【アルパイの「2025年5月のPreprints.org」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Institutional Protection in Academia: Documented Misconduct and Systemic Failures (2015–2025)
    日本語訳:学術界における大学の保護:記録された不正行為とシステム上の欠陥(2015~2025年)
  • 著者:Faruk Alpay
  • 掲載誌・巻・ページ:Preprints.org
  • 発行年月日:2025年5月12日
  • ウェブサイト:https://www.preprints.org/manuscript/202505.0806/v1
  • 著者の紹介:ファルク・アルパイ(Faruk Alpay、写真の出典)。
  • 学歴:トルコのバフチェシェヒル大学(Bahçeşehir University)の学生(院生?):https://orcid.org/0009-0009-2207-6528
  • 分野:工学
  • 論文出版時の所属・地位:トルコのバフチェシェヒル大学(Bahçeşehir University)の学生(院生?)

●【論文内容】

この論文の著者(ファルク・アルパイ)の身分は学生(院生?)、所属がトルコの大学、2025年に61論文も発表していて論文をAIで書いている印象もある。

そういう点では怪しげな論文だが、タイトルは興味深く、試し読みした時、内容は適切だったので、全部、読んでみた。結果として、内容はとても秀逸である。

本論文は大学を主人公にその判断や行動を書いているが、無機質の大学が判断し行動するのではなく、人間が判断し行動する。その人間は多くの場合、副学長レベルの教授(1人)である。それで、そのことを時々示すことにした。

「学生」の意味は学部生ではなく院生だと思う。

ーーー論文の本文は以下から開始

★1. はじめに

大学(副学長レベルの教授)は、倫理基準を遵守し、学生を守り研究公正を維持し、不正行為が発生した場合は説明責任を果たす責任を負っている。

しかし、2015~2025年の11年間に起こった米国、英国、ドイツ、フランスなど世界各地の著名な研究者の事件では、性不正を犯した教授や研究不正を犯した教授が解雇されず、軽い処分で済まされ、所属大学にひっそりと留任していたことが多かった。

つまり、大学は重大な不正行為を犯した教授を厳しく罰せず、逆に、保護していた。

この「大学による保護」は、学術ガバナンス上の深刻な問題(大学の欠陥)を浮き彫りにしている。

すなわち、①不正調査が遅く不十分、②違反の重大さに見合わない処罰、③著名な研究者や研究費獲得額の多い研究者の解任に消極的、などである。

これは、「学術界の不処罰文化(culture of impunity in academia)」と一体である。

大学(副学長レベルの教授)は、世間の評判、寄付者の意向、助成金収入、そして潜在的な法的責任への懸念から、スター研究者や著名教授が不正行為をした時、利益相反に直面する。

本論文は、内部調査または外部調査で重大な不正行為を犯したことが明白なのに、大学に雇用され続けた悪徳不正教授を調査した。

(a)「性不正・アカハラ」および(b)「研究不正行為」に関して、複数の国の事例を比較し、大学の対応パターンを解析した。

また、これらの対応が被害者、キャンパスコミュニティ、そして学術の健全性に及ぼす影響についても検討した。

研究の目的は、これらの事例を厳密に記録し、システム上の欠陥がどのように、そしてなぜ発生したかを分析し、政策の改善に役立つ知識基盤を提供することである。

★2. 方法論

本研究は、2015~2025年の11年間、大学教授または上級研究員が不正行為を犯したと正式に立証されたにもかかわらず、当該者が所属大学に留任していた事例を収集し、分析した。

米国、英国、ドイツ、フランスの事例に焦点を当てたが、関連する場合には他国の事例も参考にした。

主要な情報源は、調査報道記事、公文書請求で入手した大学の調査報告書、関連訴訟の文書、不正行為に関する学術文献などである。

事例は「性不正・アカハラ」または「研究不正行為」に分類した。

「性不正・アカハラ」事例は、学生または教職員に対するセクハラ、性的暴行、その他の対人関係での権力の濫用である。

「研究不正行為」事案は、捏造、改ざん、盗用、または学術研究における倫理違反である。

各事案について、申し立ての経緯、調査結果、大学による懲戒処分(またはその欠如)、そして個人の雇用状況について調べた。

すべての事実は、ニュース報道、訴訟記録、公式声明などの情報源を本文中に引用した。

信頼性を確保するため、自費出版または査読なしの情報源(個人のブログ記事や非公式のオンラインコメントなど)の引用は避けた。

複数の事案を集約することで、不正者に大学(副学長レベルの教授)がどのように対処したかについて分析し、共通項を抽出し、「4.大学による保護のパターン」の節に記載した。

★3. 事例研究

不正行為を「性不正・アカハラ」または「研究不正行為」に分類した。

明らかに不正行為があったにもかかわらず職位を維持(または復職)した事例を選んだ。

複数の国の事例が示すように、大学(副学長レベルの教授)による保護は特定の国に限定されず、国境を越えた現象である。

3.1. 「性不正・アカハラ」事例

本論文で指摘する「性不正・アカハラ」の実態を代表するものとして下記4例を選んだ。

白楽注:4例のうち3例は既に白楽が記事にした。4例目はまだ記事にしていなかった。事件の内容は白楽記事を参照されたい。

  1. 「セクハラ」:哲学:アヴィタル・ロネル(Avital Ronell)(米) | 白楽の研究者倫理
  2. 「性的暴行、セクハラ」:人類学:ジョン・コマロフ(John Comaroff)(米) | 白楽の研究者倫理
  3. 「セクハラ」:経済学:ローランド・フライヤー(Roland Fryer)(米) | 白楽の研究者倫理
  4. ピーター・トンプソン(Peter Thompson、写真出典):英国のオックスフォード大学・準教授(歴史学)(2022年記事では61歳、男性)のセクハラ事件 → 2022年記事:Debate Over Professor Sanctioned For Sexual Harassment – The Oxford Blue

【甘い処分の蔓延】

本論文で指摘する「性不正・アカハラ」の実態を代表するものとして上記4例を選んだ。

調査報告書によると、多くの場合、「性不正・アカハラ」を犯した教授は学術界に留まっている。

米国では、2000年以降、教授と学生間の「性不正・アカハラ」事件が221件特定され、その半数以上は深刻な身体的な性不正(性的暴行、痴漢行為など)で、約半数は、被害者が複数だった。

しかし、教授が解雇されたケースは少なく、多くの場合、軽い制裁か、ひっそりと辞職していた。

そして、時には、悪徳不正教授は他大学・教授に移籍した。

悪徳不正教授のばば抜き(passing the harasser)」、つまり、大学は不正行為のことを新しい雇用主に何も伝えず、新しい雇用先に悪徳不正教授が移籍することを黙認している。悪徳不正教授のばば抜きである。この例は、米国で少なくとも10件あった。 → Exclusive: investigators found plagiarism and data falsification in work from prominent cancer lab

英国のケンブリッジ大学は、2018~2024年、性不正行為の申し立てを6件受理したが、解雇した教授は1人だけだった。他の5人は、正式な警告を受けた後も、教授に留まった 。 → Cambridge staff kept jobs after upheld sexual misconduct complaints | Varsity

これらの統計は、大学がロネル、コマロフ、フライヤー、トンプソンの4人の「性不正・アカハラ」教授を守ったことが、決して特殊な例ではなかったことを示している。

大学(副学長レベルの教授)は「性不正・アカハラ」行為をした教授の処分で、解雇せず、停職、保護観察、または内部懲戒処分を選択することが多い。

3.2. 「研究不正行為」

本論文で指摘する「研究不正行為」の実態を代表するものとして下記4例を選んだ。

白楽注:4例全部、既に白楽が記事にした。事件の内容は白楽記事を参照されたい。

  1. カルロ・クローチェ(Carlo Croce)(米) | 白楽の研究者倫理
  2. デイヴィッド・ラッチマン(David Latchman)(英) | 白楽の研究者倫理
  3. オリヴィエ・ヴォワネ(Olivier Voinnet)(スイス) | 白楽の研究者倫理 → 本論文ではフランスの事件として扱っている
  4. 「間違い」:カール・レンハルト・ルドルフ(Karl Lenhard Rudolph)(ドイツ) | 白楽の研究者倫理

★4. 大学が悪徳不正教授を守るパターン

大学(副学長レベルの教授)は、不正行為をした悪徳不正教授をなぜ保護するのか? どのように保護するのか?

いくつかの共通パターンがあった。

4.1 最小限の制裁と迅速な復職

悪徳不正教授に対する大学の対処での顕著な共通点は、解雇ではなく、短期間の停職や注意など、最も軽い制裁を課すことだ。

「性不正・アカハラ」事件(ロネル、コマロフ、フライヤー、トンプソンなど)では、大学は短期間の休職または一時的な教育活動の禁止を科した。その後、悪徳不正教授は職務に復帰した。

「研究不正」事件(クローチェ、ラッチマン、ヴォワネ、ルドルフ)でも同様に、教授は譴責、タイトル剥奪(loss of title)、または一定期間の職務停止処分を受けたが、解雇・辞職など大学から排除されることはなかった。

この処罰の意味は、彼(女)らが犯した不正行為は、大学と関係を断つほど深刻ではなく、月日が経過すれば問題視されない行為だ、と見なしていることを示している。

名目上、処罰を科しておけば、悪徳不正教授の復帰を可能にできると考えている。

ただ、このような名目上の軽微な懲罰は、被害者の損害や研究公正上の損害に見合ったものではなく、その後の不正行為の抑止に役立たないと批判されている。 → Top geneticist ‘should resign’ over his team’s laboratory fraud | Research | The Guardian

4.2 威信・評判と収益が説明責任と正義よりも優先

著名な研究者の解雇に大学(副学長レベルの教授)が消極的になる理由として最も多く挙げられるのは、大学の威信・評判と収益を守るためという理由である。

著名な教授は、多額の研究助成金を大学にもたらし、学生数を増やし、大学の財政と名声に貢献する。

例えば、オハイオ州立大学のクローチェ教授は、数百万ドル(数億円)もの資金を獲得していた著名な研究者だったので、大学はクローチェ教授を手放したくなく、雇用し続ける強いインセンティブを持っていた。

それで、大学は正義よりも金銭を優先したと批判・非難された。 → Ohio State Researcher Sues New York Times, As Another Paper Comes Under Scrutiny | WOSU Public Media

大学はまた、著名な教授を不正行為で解雇すると、大学の社会的イメージを損ない、かつ、大学の運営体制が弱体化するのではないかと懸念する。

フランスの一流大学に関する報告書では、大学当局は「威信・評判の失墜を恐れ」、「美しいイメージを守る」ために性不正事件をひっそりと処理していると指摘した。 → France’s elite universities face campus sexual assault reckoning | Times Higher Education (THE)

この力学によって、大学は、スキャンダルを公表し、悪行に対して断固たる態度を示すのではなく、悪行を内部に封じ込め、秘密裏に問題を解決しようと試み、不正を隠蔽する。

実際例を挙げよう。

2014年、米国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)は、性不正を犯したガブリエル・ピーターバーグ教授(Gabriel Piterberg、写真出典)を停職処分にすることで、密かに和解した。しかし、その後、学生の抗議活動によって公開の再調査が迫られ、最終的にピーターバーグ教授は辞任に追い込まれた。 → (1) Petition calls for dismissal of professor accused of sexual assault – Daily Bruin、(2) University removes history professor Gabriel Piterberg from employment – Daily Bruin

大学は、威信を優先し、説明責任正義とを犠牲にしていたのだ。

4.3 対処過程と結果を隠蔽する

多くの大学は、教授の不正行為を学内の担当部署や調査委員会で処理し、その対処過程と結果を機密扱いとする。

この不透明さにより、悪徳不正教授個人と大学の両方が外部からの監視・批判から保護され、世論の反発を招かずに悪徳不正教授に軽い処分を科すことが容易になる。

ピーター・トンプソン教授事件(オックスフォード大学)がこれを如実に示している。

秘密委員会(職員雇用審査委員会:Staff Employment Review Panel)はトンプソン教授に「口頭での警告」をしただけで、トンプソン教授は学生と一緒に研究を続けることができた。

また、秘密保持規定により、聴聞会の詳細と結果を告発者に知らせなかった。

同様に、ケンブリッジ大学は、性不正で職員を懲戒処分しても、学生新聞が情報公開法(FOI)で性不正を公表するまで、詳細は外部に公表していなかった。 → Cambridge staff kept jobs after upheld sexual misconduct complaints | Varsity

「研究不正行為」では、大学はひっそりと調査し、完全版の報告書を公表しない。

英国のロンドン大学は当初、デイヴィッド・ラッチマン教授(David Latchman)の2014年と2015年の2回の「研究不正」調査結果を公表することを拒否していたが、情報公開法に基づく要求で仕方なく情報を公開した。 → Research misconduct claim upheld against former head of UCL lab | Science | The Guardian

大学は情報を隠蔽することで、世間からの批判・反発を低減できる。

しかし、この秘密主義は、同時に、学生・教職員・国民の信頼を損なう。また、不正の改善がなされず、正義の実現は望めない。

そして、大学内では誰が悪徳不正教授か知られていても、外部(将来の雇用主、研究助成者、入学希望者)にはわからない状況になる。

4.4 大学は防御的態度

大学は、不正行為事件に対し、防御的な態度で臨み、時には法的手段も取る。

不正行為の告発に対し、大学は直すべき欠陥の有難い指摘と捉えない。対処すべき倫理的問題としても捉えない。大学は攻撃されたと捉え、いろいろな手を使い、防御する。

例えば、コマロフ教授は複数の女性院生に性的暴行、セクハラをしたハーバード大学の教授だが、ハーバード大学の調査官は、性的暴行の被害者である告発者の許可なく告発者の個人的な治療記録にアクセスし、コマロフ教授に開示した。驚くほど不当な行為である。

これは、告発者を攻撃するのに加担する行為である。コマロフ教授が告発者に提訴された際、コマロフ教授に有利な証拠を集め、コマロフ教授を守るためにしたのである。 → Harvard students sue, claiming school ignored professor’s sexual harassment | Harvard University | The Guardian

ハーバード大学は本来、性的暴行の被害者である学生を守る責務がある。それが、被害者を攻撃する行為をしていたのだ。

大学の告発者を威圧するこのような行為は、大学の主な関心が、学生の安全を守ることではなく、法的責任の回避、金銭的責任の回避にあるからだ。

ハーバード大学のコマロフ事件のように学生が訴訟を起こした場合、大学は通常、不正行為を否定する。

たとえそれが被害者である学生に対する敵対的な態度だったとしても、悪徳不正教授の不正行為を法廷で否定する。被害者(所属学生)の主張に異議を唱える。

この防衛的態度は、秘密保持契約(non-disclosure agreements)という手段をとることもある。

ひっそりと解雇された悪徳不正教授は、和解金を受け取る代わりに、退職の理由や状況を話すことを禁じる秘密保持契約に署名する。

この秘密保持契約により、不正行為は公表されず、世間に知られることがなく、隠蔽され、調査結果の公式記録にも残らない。

4.5 有力な学者が示す悪徳不正教授との連帯

注目すべきパターンの5つ目は、不正行為で告発された悪徳不正教授に対して、他の有力な学者が連帯感を示すことだ。

アヴィタル・ロネル教授(Avital Ronell)とジョン・コマロフ教授(John Comaroff)の2人は「性不正・アカハラ」加害者だが、著名な学者が公開書簡で彼(女)らを擁護した。彼(女)らの専門的業績の重要さを強調し、調査に疑問を投げかけた。

学科の同僚や大学上層部が、告発されたスター教授は、学術的に、あるいは指導者としてとても優れた人で、失うわけにはいかないと訴える場合もある。時には、個人的にその人物を信頼し、告発を信じない場合もある。

このような偏見は、意識的か否かにかかわらず、懲戒処分の結果に影響を与える。

著名な学者の擁護により、告発された悪徳不正教授の処分は軽くなる。

この「オールドボーイズクラブ(old boys’ club)」(ロネル教授の場合は「オールドガールズクラブ」)現象は、文化的な問題を反映している。

学術エリートたちは、自分たちの仲間を自分と同一視し、その者を守るために結集し、長年の研究キャリアと学術界への貢献を寛大な処置の根拠とする。

この異常な思考は、同時に、低い地位にある被害者や内部告発者の軽視につながる。

例えば、ロンドン大学が研究不正の監督責任をデイヴィッド・ラッチマン教授に負わせたが、一部の有力な学者はラッチマンの地位と功績を考慮し、軽微な処罰で終わらせるべきだと考えていた。その動きは、外部の批判者であるジョン・ハーディ(John Hardy (geneticist) – Wikipedia)が公に責任を問うまで続いた。 → Top geneticist ‘should resign’ over his team’s laboratory fraud | Research | The Guardian

同様に、ハーバード大学では、数十人の教授がコマロフ教授を無条件に支持すると表明した。その姿勢は、公的な訴訟とメディアでの批判を受け、ようやく、再考された。 → Students Sue Harvard Over Harassment | Harvard Magazine

これらの事例は、学術界の仲間の影響力が不正行為発覚時の初期対応に強い影響を与え、その多くは、悪徳不正教授のキャリアを守ることに有利に働くことを示している。

4.6 被害者と告発者を無力化する

上記「有力な学者の連帯感」がもたらす厄介な文化は、不正行為の被害者や目撃者が感じる学術界への失望感だ。現在の学術界のシステムは自分たちのような無名無名のに不利に働いていると感じてしまうことだ。

「性不正・アカハラ」加害者や「研究不正」者(詐欺師)に対して妥当な処罰を科さないと、被害者や目撃者は、高等教育界・学術界に失望し、不信を抱き、恐ろしいと思う。「正直者がバカを見る」メッセージを心に刻むことになる。

実際、「性不正・アカハラ」の被害学生の多くは、大学に通報しても「無駄」だと思ったり、または、報復を恐れ大学に通報しない、と調査は明らかにしている。 → France’s elite universities face campus sexual assault reckoning | Times Higher Education (THE)

この悲観論を裏付ける事例はゴロゴロある。

コマロフ事件では、通報した学生が報復を受け、その後、加害者であるコマロフ教授が権力を取り戻すのを目の当たりにした。 → Harvard students sue, claiming school ignored professor’s sexual harassment | Harvard University | The Guardian

「研究不正」事件では、データ疑惑を通報する内部告発者(ラッチマン事件やクローチェ事件など)は、多くの場合匿名で通報する。

匿名で通報しても通報者は、キャリアにダメージを受けるリスクを負う一方で、被疑者の教授は地位を維持している。

この結果、学術界は「沈黙の文化(culture of silence)」に支配される。

大学が不正者に厳罰を与えることに消極的だと、暗黙裡に「有力教授・権力者は罰せられない」慣習が学内に浸透する。

そうなると、大学規則に「性不正・アカハラ」「研究不正行為」に対して示した処罰は建前だけとなり、教授の不正行為にブレーキがかからない方向に向かう。

4.7大学は外圧を受けないと改めない

最後で7つ目のパターンは、いくつかの事例が示すように、外部から強い批判を浴びないと、大学はまともな処罰を科したり、説明責任を果たさないことだ。

メディアの批判記事や国民の怒り・抗議により、大学は当初の甘い対処を見直さざるを得なくなる。

例えば、米国のロチェスター大学は当初、フロリアン・ジェイガー教授(Florian Jaeger、写真出典)のセクハラ疑惑をシロと判定した。ところが、学内の教授たちが連邦当局に苦情を申し立て、それが全国ニュースとなり、学長は辞任し、ジェイガー教授は最終的に退職した。 → 「セクハラ」:言語学:フロリアン・ジェイガー(Florian Jaeger)(米) | 白楽の研究者倫理

同様に、「4.2」で述べたように、 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)は性不正を犯したガブリエル・ピーターバーグ教授(Gabriel Piterberg)と秘密取引を行なっていた。メディアがその秘密取引の詳細を暴露し、学生の抗議行動が活発になり、大学は、ようやく、ピーターバーグ教授の解雇に動き、2017年の辞任に至った。 → University removes history professor Gabriel Piterberg from employment – Daily Bruin

これらの事例は、ジャーナリスト、訴訟、資金助成機関、教授・学生、国民から断固たる圧力をかけられるまで、大学は最低限の対応しかしないことを浮き彫りにしている。

要約すると、大学が不正行為をした悪徳不正教授を守るパターンは以下のようである。

大学は、不正行為疑惑のある有力教授に最小限の制裁をする。

これらの有力教授が大学にもたらす価値(名声、資金)は、大学が彼らを引き留めようとする強い動機になっている。

そして、多くの大学は、外部からの監視・批判に直面して初めて、不正行為の対処に真摯に(真摯なふりをして?)取り組む。

この問題は、透明性と優先順位文化(威信・評判・収益よりも正義と説明責任を優先する)を変えないと、解決しない。

★5. 結論

本稿では、米国、英国、ドイツ、フランスなどにおける事例を調査した結果、「性不正・アカハラ」「研究不正行為」に対する大学の対応姿勢の異常さを明らかにした。

大学は、教授の不正行為に直面した際、断固たる倫理基準を適用せずに、当該教授(ひいては自らの評判)を守ることを選択してきた。

その結果、対処が失敗した。

不正行為を行なった教授は依然として権力の座に留まり、論文を発表し続け、大学の信頼を損なっていく。

しかし、変化しつつある兆候も見られる。

世論やメディアの注目が高まるにつれ、大学は「性不正・アカハラ」「研究不正行為」を隠蔽することが難しくなってきている。

「性不正・アカハラ」の被害者や「研究不正行為」の告発者は、依然として困難に直面しながらも、互いに支え合い、学術界・高等教育界を改善するネットワークを構築している。

一部の国では、新たな政策が実施されている。例えば、米国の複数の大学は、「性不正・アカハラ」に関する調査結果の開示を義務付け始めた。また、フランスは「性不正・アカハラ」の被害申立てに対処する窓口の設置を大学に義務付けた。

米国科学アカデミーは2018年に、性不正を研究不正行為と同等の学術倫理違反として扱うよう強く求め、より明確な処罰と独立した監督を推奨した。

同様に、大学は、捏造や盗作があった場合、公表による論文撤回や雇用上の処分につながる、より強力な研究公正の枠組みを徐々に導入しつつある。

しかし、本研究の事例が示すように、規則制定だけでは文化を変えられない。

真の変化が必要である。

大学は、利益相反を回避するために、外部調査機関に一定の調査権限を委譲すべきである。

研究助成機関や学術誌もまた、独自の制裁措置(助成金の打ち切りや不正行為の公表など)を課すことで、大学に行動を促すさらなる説明責任を課すことができる。

さらに、ジョン・ハーディのようなベテラン学者がラッチマン事件で行なったように、学術エリートは「沈黙の掟(code of silence)」を破り、同僚に責任を負わせることも重要である。

透明性は改革への第一歩である(Transparency is a first step toward reform)。

大学が性不正、研究不正、重大な不正行為をした悪徳不正教授を守っていることについてオープンに議論し、制度上の欠陥と文化的問題を指摘・改善すべきである。

●7.【白楽の感想】

《1》秀逸 

タイトルに「(2015~2025年)」とあったので、この11年間の多数の事例(各100例くらい)を集めて分析し、帰納法で結論を得たのかと、タイトルを最初に見た時は思った。

実際は、「性不正・アカハラ」と「研究不正行為」の各4事例を中心にそれ以外の有名な事件を数例加えた程度なので、多数の事例を分析した結果とは言えない。

とはいえ、「性不正・アカハラ」事件と「研究不正」事件での英米欧州の大学の対処姿勢を的確に描いていて秀逸である。

日本の大学も全く同じ対処姿勢だなあ~、と白楽はつくづく思いました。

《2》大学や学術界が問題 

白楽は人生の大半を大学で過ごしてきて、ある時期までは大学をとっても信頼していた。

しかし、自分の役職が上がり、社会問題に対する見識が低い教授(専門分野では優れている)が大学の学部長・学長になる現実を知り、一概に大学を信用しなくなった。

研究不正を扱っていると、大学や学術界が問題だという論文や事例はたくさんある。以下はその一部。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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