●白楽の卓見・浅見27【研究不正者の再犯率と事件後の論文数の低下】

2025年9月20日掲載

①研究不正者は研究不正事件で処罰を受けても、研究不正を再犯するか? また、②研究不正者が事件後に研究を続けた場合、出版論文数は激減するか? 日本の研究不正事件からこの2つの疑問に対する答えを探った。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.白楽の問題意識
2.研究不正者の再犯率
3.研究不正者の論文生産性
8.白楽の感想
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●1.白楽の問題意識

本ブログでは、大学・研究所などすべての研究機関を「大学」で代用した。

★白楽の問題意識

規則として文章化されていないが、米国の研究公正局は研究不正者を学術界から排除する処罰を科している。それで、実際、研究不正と認定された研究者の多くは研究業を辞めている。

この例に倣って、日本も研究不正者を学術界から排除すべきだと、長年、白楽は主張してきた。

つまり、専門性の高い特定の職業では過去に起こした不祥事が仕事に大きく差し支える(欠格事由)。研究不正は教育研究職にとって極めて重要な不正行為なので、教育研究職の欠格事由に該当すると、白楽は考えている。→ ●白楽の卓見・浅見26【研究不正者の実名を公表? 隠蔽?】 | 白楽の研究者倫理

しかし、日本は研究不正をした研究者が研究界・高等教育界に留まること(含・解職や停職後の復帰)を許容している。

本記事では、研究不正者を研究界から排除するのか・留まるのを許容するのかを、再犯率と論文生産性の視点から考えてみた。

●2.研究不正者の再犯率

★再犯率が高いか・低いか

研究不正疑惑を一般社会の犯罪や事故と比べると、「意図的」な不正ならに詐欺罪、意図的ではない「間違い」(研究不正ではない)なら交通事故と対比できるだろう。

2021年版犯罪白書によれば、2020年に詐欺罪で検挙された人の58.1%は再犯だった。 → 日本刑事政策研究会:刑事政策関係刊行物

交通事故の再犯率のデータは見つからなかったが、複数回事故を起こした人は事故を起こしやすいとのことだ。つまり「間違い」(研究不正ではない)をする人は繰り返し間違える。 → 安全運転に必要な技能等に関する調査研究(Ⅲ)

つまり、上記のデータを基にすると、研究不正「行為」の再犯率は高いだろう。

さて、日本は、米国の生物医学系に比べ、研究不正者(ネカト者)の処分はとても甘い。

米国の生物医学系(研究公正局扱い)ではネカト者を実名報道し、ネカト者を学術界から排除する処罰が基本である。

ところが、日本は、日本学術振興会と一部の大学を除くと、ネカト者を匿名発表し、処罰も停職処分だったりなので、ネカト者は何食わぬ顔で同じ大学に復職できる。あるいは、不正事情を知らない別の大学に移籍(栄転?)できる。

その結果、停職などの処分を受けたネカト者がその後、再びネカト「行為」(事件ではない)をする可能性は高いと危惧した。

もし、ネカト者のネカト「行為」再犯率が本当に高ければ、ネカト者を学術界から排除すべき大きな理由になるだろう。

それで、白楽は日本のデータを集める計画を立てた。

まず、推論から入る。

予想:ネカト「行為」再犯率は高いと予想しながら言うのも変だけど、ネカト者が再びネカト「事件」を起こす頻度は低い。

2つの理由がある。

  1. ネカト事件で糾弾されたネカト者は、大きく反省し、その後、ネカト「行為」をしないから「事件」にならない。
  2. ネカト事件で糾弾されたネカト者は、その後、ネカト上手になり、事件化されないようにネカト「行為」をするから「事件」にならない。

「1」と仮定すると、研究者はネカト行為を強く指摘され、ネカト「事件」となって糾弾されたことで、大きく反省し、その後、ネカト「行為」をしない。

つまり、ネカト「行為」の再犯率が低い模範的な研究者になる。

もしそうなら、ネカト者が学術界に留まるのを許容する(甘い処分をする)日本方式は「アリ」かもしれない。

他方、「2」と仮定すると、「事件」でみた再犯率は低いが、「行為」でみた再犯率は高い。学術界は巧妙な不正「行為」に汚染・破壊されているのに、気が付かず、ますます汚染・破壊される。

手負いの虎ではないが、甘すぎる処分だと、ネカト者は処分を恐れなくなり、繰り返し研究不正をする。

もしそうなら、ネカト者が学術界に留まるのを許容する(甘い処分をする)日本方式は「ナシ」だ。

★調査の枠組み

日本では、学部4年+大学院5年(医学系は6年+4年)で博士号を取得し、その後、数年~数十年の給料と研究費で研究者を育成している。

研究不正が「事件」になった時点で、ネカト者1人に対し、仮に、国民の税金を平均2億円投資していたとしよう(2億円は大雑把な数値だが、実際はもっと多いだろう)。

研究者が研究不正で研究界から排除されれば、日本国民にとって貴重な人材と2億円/人の損失である。

研究能力の高さは貴重なので、研究不正「行為」を二度としないなら、研究職を奪うことはない、と考えたとしよう。

その場合、ネカト者が、その後、研究不正「行為」を二度としないためには、どのような処分が適切か? を検討したい。

ただ、次の点をクリアできるという前提である。

  • ネカト「事件」を起こした研究者は、研究者として従来と同じ質・量の研究成果を出せる。
  • ネカト「事件」を起こした研究者は、同僚に嫌われて共同研究者がいない、研究費を獲得できない、など研究業務に支障が生じることはない。
  • ネカト「事件」を起こした大学教員は、学生・院生に対して教育が成り立つ。学生・院生が指導を仰ぎに来る。ネカト者を育てる(朱に交われば赤くなる)ことはない。など教育業務に支障が生じることはない。

但し、次のマイナス点は残る。

  • ネカト「事件」を起こした生物医学系の研究者・大学教員は、米国の生物医学系では排除対象なので、国際的な活動(少なくとも米国との共同研究など)で支障がでる。
  • 日本の学術界のネカト処分の甘さが国際的に非難され、日本の国際的評価が落ちる。

こうやって、調査の枠組み・骨子を計画したのだけど、白楽は馬鹿だった。

致命的なミスは、研究不正(疑惑)「行為」数のデータを得ることは現在不可能である。

「行為」数を知ることはできないが、「事件」数はほぼ正確にカウントできる。

で、「事件」数でカウントするとしよう。

しかし、今度は、日本の研究不正「事件」の不正者の多くは匿名報道だった。

だから、白楽は、その研究者を特定できない。こうなると、過去に「事件」を起こした研究不正者が再び「事件」を起こしたかどうか、白楽にはわからない。

早い話、「行為」数は根本的にデータを集められない。その上、「事件」で見ても、再犯「事件」かどうかは日本の匿名報道が壁でカウントできない。

なお、次節では実名報道された研究不正者を、なんとか、5人見つけた。その5人に限れば、再犯「事件」を起こしていない。

でも、これで、研究不正「事件」の再犯率はゼロ%です、と結論して・・・、いいわけない。ましてや、「行為」の再犯率は言及できない。

結論:日本の研究不正者の研究不正「行為」の再犯率、及び「事件」の再犯率はわからない。

●3.研究不正者の論文生産性

研究不正者の再犯率が高くても低くても、とにかく、その後、研究成果をたくさんあげれば、いいじゃないか、という実利的な考えもある。

「黒い猫でも白い猫でも鼠を捕るのが良い猫だ」(鄧小平)という考えだ。

研究不正者のその後の研究成果を調べてみよう。

★研究方法

研究不正が発覚し、研究不正「事件」として大学や新聞が公表する。

その後、その研究不正者(ネカト者)が、同じ大学に復職、あるいは別の大学に移籍して研究を続けた場合、ネカト者の研究・教育活動は、①低下する、②変わらない、③上昇する、のどれだろうか?

「③上昇する」とは予想していないが、理論的にはあるので、3択になる。

さて、研究・教育活動をどのように測定するか?

生物医学系の研究者を対象にPubMedでの論文数で測定することにした。

研究室の院生・ポスドク数などの室員数、指導院生の修士号・博士号取得者数、獲得研究費額、なども研究・教育活動の指標だが、総合的に考えて、出版論文数はこれらと重複するし、1つの指標になると考えた。

対象者を以下の条件で選定した。

  • 分野:生物医学系・・・端的に言えば医学部・医学系研究所だけ。歯学部、獣医学部、薬学部、農学部、理学部などは除いた
  • 2001年以降~2017年以前の研究不正事件・・・あまり古くない事件で、事件後少なくとも8年間の経過を見たいので
  • 研究不正事件の発覚時、57歳以下の研究者・・・定年を65歳とし、事件後少なくとも8年間研究職だった人の経過を見たいので
  • 同じグループの事件では主犯格の1人・・・監督責任者は対象外だが処分され騒がれた人は入れる
  • 男女と職位は問わないが院生・ポスドクは除く

★論文生産性対象者とデータ

この条件で探すと、前節で述べた「日本の研究不正「事件」では不正者の多くは匿名報道だった」壁にぶつかった。つまり、匿名者の論文数を測定できない。

研究不正「事件」の不正者としてメディアに姓名が公表された研究者の論文数しか測定できない。

結局、条件に合う研究者は4人しか見つからなかった。それで、「2017年以前」としていたが、2022年の事件を1人加えた。

各不正者の「事件」の 3年前からの論文数をPubMedで調べた。

以下、研究不正「事件」の古い → 新しい順にならべた。
縦軸は出版論文数で、横軸は西暦年。

事例1

事例2

事例3

事例4

事例5

★結論

5つの図をザっと見比べての結論だが、研究不正者の論文生産性は「②変わらない」だった。

研究不正「事件」の翌年は若干、論文数が減るが、顕著な減りではないし、事例2では増えていた。

研究不正「事件」の事例が5件しか集まらなかったので、結論の信頼度は高くない。

★考察

研究不正「事件」を起こした研究不正者の論文生産性は研究不正「事件」騒動の後、ほとんど「②変わらない」。

ということは、研究不正「事件」を起こしても、その後の研究・教育活動はほとんど影響を受けていない。

白楽は、研究不正者を学術界から排除すべきだと、長年、主張してきたが、次のように真逆の主張をすべきかもしれない。

  • ネカト者を学術界から排除する必要はない。ネカト事件を実名報道しても、解雇せず、停職などの処分後に復職させる。

ただ、方針変更して良いかどうかは単純ではない。

と言うのは、研究不正者の論文生産性が「②変わらない」理由である。

日本は研究不正をした研究者が研究界・高等教育界に留まる(含・解職や停職後の復帰)ことを許容している。

つまり、研究界・高等教育界が研究不正「事件」がまるでなかったかのように研究不正者に対応している面がある。

具体的に書くと(と言っても推測も含めてだが)、研究不正者を批判・非難しない、研究不正者に研究費を普通に配分する、研究不正者の研究室に普通に院生・ポスドクがいく、研究不正者は普通に昇進していく、などの面である。

要するに、研究不正者を許容しているということは、研究不正そのものを許容しているのである。

だから、研究不正者の論文生産性が「②変わらない」のだ。

その結果、大局的にみると、依然として「日本は研究不正大国」のままなのである。

●8.【白楽の感想】

《1》見直し

研究不正者の再犯率と論文生産性は研究倫理の現役研究者が、数千万円の研究費を使ってもっと大規模に、正確に、調査すべきテーマだと思う。

しかし、このような研究をする(できる)研究者は日本にとても少ない(いない?)。

誰もそういう研究をしないので、今回、白楽が予備的レベルで行なった。

ちゃんと調査したほうがイイ。

ただ、研究・教育活動を論文生産性(つまり論文数)で測定するのが妥当かと言われれば、問題「アリ」だ。研究・教育は「量」ではなく「質」だからだ。

《2》被引用数

日本の話ではないが、研究者の論文被引用数は研究不正で告発された後、大きくは減少しない。研究不正ではなく、性不正で告発されると、引用数は大きく減少した。 → 2025年3月5日: Citations drop after scientists accused of sexual, but not scientific, misconduct | Science | AAAS

被引用数は論文生産性と薄い関係で、研究活動の1つの指標としては重複する部分もある。

今回、研究不正者の被引用数も調べるべきだったかな?

話を変えると、研究不正者ではなく、日本の性不正者を調べるのも興味深い。ただ、これまた日本の性不正者は匿名報道が中心なので、再犯率、論文生産性、そして被引用数は十分には調べられないだろう。

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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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