「ズサン」:ディディエ・ラウル(Didier Raoult)(フランス)

2021年1月10日掲載 

ワンポイント:マルセイユ大学・地中海疾病研究センター(l’Institut hospitalo-universitaire Méditerranée Infection à Marseille)・所長のラウル教授は、2020年3月20日(68歳)、コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療にヒドロキシクロロキンが有効だという「Int J Antimicrob Agents」論文を発表した。大規模なコロナ禍の中、治療薬の発見で、英雄のような扱いを受けた。しかし、出版数日後から、論文に多数の疑念が示され、学術界からの信頼を失い、ヒドロキシクロロキンの治療は中止・禁止された。出版3週間後の2020年4月11日(68歳)、懸念表明が付いたが、2021年1月9日(68歳)現在、論文は撤回されていない。マルセイユ大学は調査していないので、ラウルは処分されていない。この事件は、2020年ネカト世界ランキングの「1A」の「2」、「4B」の「1」、「4D」の「3」に挙げられた。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。

【追記】
・2021年6月2日記事:ビックがさらにネカトを指摘:Concerns about Marseille’s IHUMI/AMU papers – Part 1 – Science Integrity Digest
・2021年4月27日記事:ラウル論文共著者のエリック・シャブリエール教授(Eric Chabriere)がエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)をイジメている:French professor free to harass hydroxychloroquine critics online | Times Higher Education (THE) → 2021年5月31日掲載:7-71 ネカトハンター・ビックを脅迫 | 白楽の研究者倫理

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ディディエ・ラウル(ディディエ・ラウール、Didier Raoult、ORCID iD:?、写真出典)は、フランスのマルセイユ大学・地中海疾病研究センター(l’Institut hospitalo-universitaire Méditerranée Infection à Marseille)・所長・教授・医師で、専門は感染症学である。

2020年3月(68歳)、コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療に抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンが有効だという「Int J Antimicrob Agents」論文を発表した。

論文発表の翌日、米国のトランプ大統領がツイッターで「ありがとう」と御礼を述べたことで、治療薬・ヒドロキシクロロキンは大きな反響を呼んだ。

しかし、論文掲載の数日後から、ネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)をはじめ多くの研究者が論文に深刻な問題があると指摘した。

2020年4月11日(68歳)、論文出版の3週間後、論文に懸念表明が付いた

そして、ヒドロキシクロロキンの治療によると思われる死亡者がでた。

さらに、2020年5月22日(68歳)、「Lancet」論文が、COVID-19患者に抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンを投与しても治療効果はなく有害である、と結論した。

それで、ラウルの治療薬ヒドロキシクロロキンの有効性は急速に信用を失った。なお、2020年5月22日の「Lancet」論文の著者はサパン・デサイー(Sapan Desai)らだが、この論文自身、出版13日後の20 20年6月5日に、データねつ造ということで撤回された。

デサイーの「Lancet」論文は撤回されたが、しかし、世界はヒドロキシクロロキンの使用を禁止する方向に舵を切った。

2020年5月27日(68歳)、世界保健機関(WHO)はコロナウイルス感染症(COVID-19)の治療にヒドロキシクロロキンを使用することを「一時的に」中断すると発表した。

2020年5月27日(68歳)、フランス政府はコロナウイルス感染症(COVID-19)の治療にヒドロキシクロロキンを使用することを禁止した。

2020年7月(68歳)、ラウルは医師倫理規範違反でフランスのブーシュ・デュ・ローヌ県医師会評議会に提訴された

2021年1月9日(68歳)現在、ラウルのヒドロキシクロロキン論文(「Int J Antimicrob Agents」論文)は撤回されていないが、7年前の「2013年12月のPLoS Pathog」論文が2020年10月に撤回されていた。

また、ラウル研究室で数年前から訴えられていた性不正・アカハラへのラウルの対処が悪かったことも批判され、現在、ラウルの言動・主張は信用を失っている。

この事件は、2020年ネカト世界ランキングの「1A」の「2」、「4B」の「1」、「4D」の「3」に挙げられた。

国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。

マルセイユ大学・地中海疾病研究センター(IHU – Méditerranée Infection: l’Institut hospitalo-universitaire Méditerranée Infection à Marseille)。写真出典

  • 国:フランス
  • 成長国:フランス
  • 医師免許(MD)取得:エクス=マルセイユ大学
  • 研究博士号(PhD)取得:なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:1952年3月13日
  • 現在の年齢:69 歳
  • 分野:感染症学
  • 最初の不正論文発表:2013年(61歳)
  • 問題論文発表:2020年(68歳)
  • 問題発覚年:2020年(68歳)
  • 発覚時地位:マルセイユ大学・地中海疾病研究センター・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)など多数。ブログや「パブピア(PubPeer)」で指摘
  • ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」など多数
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):① マルセイユ大学は調査していない
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。大学は調査していない
  • 大学の透明性:調査していない(✖)
  • 問題:ズサン
  • 不正論文数:3報。1論文が訂正、1論文が懸念表明、1論文が撤回
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 1952年3月13日:フランス領西アフリカ(現・セネガル)で軍医の父と看護師の母のもとに生まれる
  • 1961年(9歳):フランスに戻り、マルセイユに定住
  • 1972年(20歳):エクス=マルセイユ大学(Université d’Aix-Marseille)・医学部入学
  • 2008年(56歳):感染症・熱帯病研究所(Unité de Recherche sur les Maladies Infectieuses et Tropicales Emergentes)・部長
  • 2010年(58歳):フランスの科学大賞(Grand prix de l’Inserm)受賞
  • 2017年(65歳):マルセイユ大学・地中海疾病研究センター(IHU – Méditerranée Infection: l’Institut hospitalo-universitaire Méditerranée Infection à Marseille)の創設に尽力し、所長
  • 2020年3月(68歳):後で問題となる「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文を発表
  • 2020年3月(68歳):上記論文は発表後すぐに複数の点で問題視された
  • 2020年7月(68歳):医師倫理規範違反で医師会評議会に提訴された

【受賞】:出典 → Didier Raoult – Wikipedia

• 1995 : Knight of the National Order of Merit (France)
• 2000 : Knight of the Legion of Honour (France)
• 2002 : European Society for Clinical Microbiology and Infectious Diseases Excellence Award (France)
• 2003 : Jean Valade Prize (Fondation pour la recherche médicale, France)
• 2005 : Medical grand round (Chicago, USA)
• 2008 : Sackler International Prize (Tel Aviv University)
• 2009 : Eloi Collery Prize (Académie Nationale de Médecine)
• 2010 : Grand prix de l’Inserm (France)
• 2011 : Officier of the Legion of Honour (France)
• 2015 : Grand Prix scientifique de la Fondation Louis D. (Institut de France)
• 2015 : Commander of the National Order of Merit (France)

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。ディディエ・ラウルの動画はたくさん(10個以上)ある。彼の論文が批判された後も、ラウルがコロナウイルス(COVID-19)の感染防止の専門家としてフランスの動画メディアに頻繁に出演している。

【動画1】
「ディディエ・ラウル」と紹介。
ラウルの研究室でインタビュー:「ディディエ・ラウル“呼吸器ウイルスの伝染と戦う方法がわからない”(Didier Raoult “On ne sait pas lutter contre la contagion d’un virus respiratoire” | Archive INA) – YouTube」(フランス語)3分35秒。
INA Actuが2020/03/25に公開

【動画2】
ラウルとのインタビュー:「恐れるのをやめましょう!(Arrêtons d’avoir peur !) – YouTube」(フランス語)29分41秒。
IHU Méditerranée-Infectionが2020/11/18に公開

●4.【日本語の解説】

★2020年3月25日:東亜日報:金潤鍾:「医療スタッフは交通費無料」 英雄のように迎える欧州

出典(含・写真) → ココ、(保存版) 

「彼は大学教授というより『ロックスター』のようだ」

フランスのメディア「フィガロ」は最近、フランスの感染症専門家のディディエ・ラウール教授(Didier Raoult)をこのように説明した。マルセイユにある地中海疾病研究センター(IHU)所長のラウール氏は17日、新型コロナウイルスに感染した患者30人余りにマラリアの治療薬であるクロロキンを臨床テストした結果をインターネットに公開した。1日500ミリグラムを投じたところ7割の患者でウイルスが消えた。長い髪にひげを伸ばした容貌や治療法が論議を呼び、ラウル教授は一躍話題の人になった。

★2020年5月26日:BBCニュース:著者不記載:「WHO、抗マラリア薬の臨床試験を中断 安全性を懸念」

出典 → ココ、(保存版) 

世界保健機関(WHO)は(2020年5月)25日、新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)治療への効果を確かめるため各国で進められている、抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」の臨床試験について、安全性への懸念を理由に「一時的に」中断したと発表した。

★2020年5月27日:AFP:著者不記載:「仏、コロナ治療にヒドロキシクロロキンの使用中止 健康リスク懸念」

出典  → ココ、(保存版) 

【5月27日 AFP】(更新)フランス政府は(2020年5月)27日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療に抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」を使用することを禁止する新たな規制を導入した。同薬剤は、米国のドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領がコロナ予防として先に服用を公表した薬剤だが、有害となる恐れもあるとして論争が起きている。

仏国内の2つの諮問機関と世界保健機関(WHO)は今週、複数の研究により同薬剤に危険性があることが示されたと発表。

新型コロナウイルスの流行対策が急がれる中、一部の医師らは関節リウマチなどの治療に使われるヒドロキシクロロキンを、その使用効果を証明する研究が十分に行われていないにもかかわらず、患者に処方し始めていた。

仏南部マルセイユ(Marseille)にある地中海感染症大学病院研究所(IHU-Mediterranee Infection)のディディエ・ラウルト(Didier Raoult)医師もその一人。トランプ大統領はラウルト氏の意見に注目し、COVID-19の予防策として同薬剤を服用していると先週発表して、自身の政権内にも衝撃を与えた。

・・・中略・・・

英医学誌ランセット(The Lancet)は先週、ヒドロキシクロロキンと、同じく抗マラリア薬のクロロキンについて、COVID-19患者への投与で死亡率が高まる恐れがあるとする包括的な研究論文を発表。ラウルト氏は、この研究結果を受け入れない姿勢を示している。

★2020年6月8日:SWI swissinfo.ch:ケイティ・ロミー(Katy Romy)、日本語訳者不記載:「スイス病院の抗マラリア薬処方は「賭け」」

出典 → ココ、(保存版) 

フランスの感染症学者ディディエ・ラウール氏が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への万能薬として喧伝していたクロロキンは、失望的な試験結果が発表され支持を失った。この薬を使っていたスイスの病院は診療を見直したが、誤りはなかったと主張する。

スイスには、ラウール氏のようなクロロキン擁護者はいない。物議を醸したエキセントリックなフランス人教授によってクロロキンは一躍有名になり、COVID-19の奇跡の治療薬として売り出された。トランプ米大統領が予防薬として毎日服用していると主張したこと(その後服用をやめる考えを明らかにした)も、感情的な議論を煽った。

著名医学誌「ランセット」に大々的な研究結果が発表されたのは5月22日。これによって神話が崩れた。論文はクロロキンもその派生物であるヒドロキシクロロキンも、「COVID-19患者への利益」をもたらさないとの結論に至った。むしろこれらの分子は、死亡率や不整脈のリスクを高める可能性があるとした。この論文に対しては多くの科学者が方法論上の問題点を指摘しているが、世界保健機関(WHO)は同月25日、クロロキンやヒドロキシクロロキンを使った臨床試験の一時停止を発表した。

★2020年9月12日:OVNI| オヴニー・パリの新聞:著者不記載:「医師会、ラウルト博士審査へ」

出典 → ココ、(保存版) 

Covid-19の治療薬としてヒドロキシクロロキンを用いたマルセイユ大学病院研究所長ディディエ・ラウルト博士が、医師会への提訴の対象になったと仏紙が報じた。訴えたのは感染症専門の医師・薬剤師・研究者を会員とする「フランス語による感染症協会」(SPILF)。科学的に証明されたデータなしにCovid-19の治療法実施、虚偽情報の伝播、非合法に近い臨床検査実施など9つの医師倫理規範違反を理由にブーシュ・デュ・ローヌ県医師会評議会に7月に提訴した。そこで調停が成立しなければ同評議会の懲罰委員会にかけられる。

★2020年10月1日:朝日新聞デジタル:著者不記載:「コロナ予防に抗マラリア薬の効果確認できず=論文」

出典 → ココ、(保存版) 

[30日 ロイター] - トランプ米大統領が新型コロナウイルス感染予防薬として効果があるとしていた抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」について、感染予防の効果がなかったとする論文が30日、医学誌JAMAに掲載された。 

・・・中略・・・

ペンシルベニア大学の研究者は、医療従事者の感染予防を目的としたヒドロキシクロロキンの定期投与は推奨できないことが示されたとしている。

★2020年12月2日:永末アコ:「独裁への曲がり角? コロナ下で強権化するフランス」

出典 → ココ(削除されたらしい。2021年1月9日現在、リンク切れ)、(保存版) 

新型コロナが騒がれ始めて間もなく、マルセイユの著名な伝染病専門家で生物学者、ウイルスの研究で2010年にフランスの科学大賞も受けているディディエ・ラウル氏が、新型コロナに効くと言われ、既に存在している抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンを推奨したにも関わらず、政治家たちが治療薬として決して認めない有名な話を思い出すからだ。彼以外の多くの医師、専門家も効果を認め、効かない人がいたとしても副作用のリスクは少ないと言うのに、だ。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

このラウル事件は、2020年ネカト世界ランキングの「1A」の「2」、「4B」の「1」、「4D」の「3」に挙げられた。

★問題の論文

2020年3月16日(68歳)、ディディエ・ラウル(Didier Raoult)は「2020年3月のmedRxiv」論文を発表した。学術誌「medRxiv」はプレプリント論文誌なので論文は査読されていない。

論文は、フランス南東部の24人の患者を対象とした臨床試験で、抗マラリア剤のヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine)と抗生物質のアジスロマイシン(azithromycin)がコロナウイルス感染症(COVID-19)患者の治療に有効だった、という画期的な大発見だった。

2020年3月16日(68歳)、ラウルは上記「medRxiv」論文を発表した日、記者会見のオンラインビデオでも、ヒドロキシクロロキンとアジスロマイシンの有効性を説明した。

【動画】
記者会見:「コロナウイルス:診断と治療! クロロキンの最初の結果(Coronavirus : diagnostiquons et traitons ! Premiers résultats pour la chloroquine) – YouTube」(フランス語)18分25秒。
IHU Méditerranée-Infectionが2020/03/16に公開

上記「medRxiv」論文を発表した3月16日、ラウルは同じ論文を学術誌「Int J Antimicrob Agents」に投稿した。この学術誌は査読がある学術誌である。

投稿から24時間以内に査読が終わり、原稿は受理された。驚異的な査読の速さである。

2020年3月20日(68歳)、投稿の4日後、原稿は「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文として電子版が出版された。これは査読論文である。

論文の内容を少し細かくみてみよう。

マルセイユなどフランス南部の病院に入院したコロナウイルス感染症(COVID-19)患者の内、臨床試験に応じてくれた42人を被験者として臨床試験を行なった。

16人に普通の治療、26人に抗マラリア剤のヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine、写真出典:2020年 ロイター/George Frey)の治療をした。26人の患者の内、6人は抗生物質のアジスロマイシン(azithromycin)の治療も加えた。

6日間の治療の結果、普通に治療した16人全員、ヒドロキシクロロキン治療20人の半数の14人、ヒドロキシクロロキン治療+アジスロマイシン治療の0人が、PCR陽性だった(以下の図の出典:原著図をエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)が赤字で加筆)。

コロナウイルス感染症(COVID-19)患者を対象に薬物を投与し、抗マラリア剤のヒドロキシクロロキン(hydroxychloroquine)と抗生物質のアジスロマイシン(azithromycin)に治療効果があったという結果は、コロナウイルス(COVID-19)の大流行の最中、素晴らしい科学的発見の大ニュースだった。

それで、大きな注目を集め、たくさんのメディアが報道した。

2020年3月21日(68歳)、「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文発表の翌日、米国のトランプ大統領がツイッターで「ありがとう」と御礼を述べたことが、この論文の成果を特に大きく広めた。

★疑念が多発:ビックの指摘

しかし、「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文が2020年3月20日に発表された数日後から、多くの疑念が多数表明された。

以下は、ネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik、写真出典)の批判を中心に記述した。

ビックは論文掲載の4日後、「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文の問題点を複数指摘した。 → 2020年3月24日のエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)の「Science Integrity Digest」記事:Thoughts on the Gautret et al. paper about Hydroxychloroquine and Azithromycin treatment of COVID-19 infections – Science Integrity Digest

【倫理委員会未承認】

この研究では、マラリア治療薬のヒドロキシクロロキンをコロナウイルス感染患者に投与したが、別の病気を治療するための薬で患者を治療する臨床研究は、臨床試験を実施する前に倫理委員会と薬物安全委員会の承認が必要である。

治療は、2020年3月5日にフランス国立医薬品安全庁(French National Agency for Drug Safety)、そして、2020年3月6日にフランス倫理委員会(French Ethic Committee)が承認した。そして、患者の医薬品を投与し、14日目まで観察し、3月16日に論文を投稿した。

で、問題です。承認された3月6日、論文投稿の3月16日までの間、10日(11日)間しかない。この10日間で、どうやって、患者に14日間、医薬品を投与できたのでしょうか?

ラウルは、倫理的承認が得られる前に研究を開始したと思われる。

【交絡因子(confounding factor)】

理想的な臨床試験では、対照グループと処置グループは患者の年齢・性別・病気の程度などを同じにし、違うのは投与する薬がプラセボ(偽薬)か本物かの違いだけである。投薬以外の違いのことを専門用語で交絡因子(こうらくいんしconfounding factor)と呼ぶ。

ラウルの臨床試験では、この交絡因子が多い。

患者のデータは数か所の病院での治療結果を集計したようだが、どの患者がどの病院で治療を受けたのかを示していない。ヒドロキシクロロキンで治療した患者はすべてマルセイユの病院にいたが、対照群の患者はマルセイユまたは他の病院にいた患者である。

病院が異なれば、病院のレベル、治療内容、患者のケア、スタッフの技量、消毒実態などが異なる。ヒドロキシクロロキンの効果ではなく、これらの違いが患者の病状の回復に影響している可能性がある。この交絡因子の反映を考慮する必要があるのに考慮していない。

年齢に関しても交絡因子がある。対照群の患者の平均年齢は37歳で、ヒドロキシクロロキン治療群の患者の平均年齢は53歳だった。それまでの知見で、コロナウイルス(COVID-19)は若い人の症状は軽い。従って、対照群の患者は治療を受けた患者群よりも、もともと、危険性が低い。このような交絡因子は、結果を意図的にゆがめることになる。

また、対照患者番号6と8-16の10人は、他の患者とは別の検査測定がされていた。以下のデータ(出典:ビック)の赤丸をした部分だが、0日目(D0)のPCR値はCT値(PCRが陽性になるまでのサイクル数、数が少ないほどウイルスの存在が多い)ではなく、「POS / ND」と書かれ、別の検査がされたと思われる。

他にもビックの指摘した疑念点があるが、興味のある方は原典をお読みください。

★疑念が多発:他の指摘

エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)以外にも、多くの人がラウルのヒドロキシクロロキン有効を報告した「2020年3月のmedRxiv」論文と「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文を批判した。

「パブピア(PubPeer)」では、「2020年3月のmedRxiv」論文にたいして、2020年3月21日、デイヴィッド・ノリス(David C. Norris)が最初にコメントしたが、その後、67件のコメントが付いている。PubPeer – Hydroxychloroquine and azithromycin as a treatment of COVID-…

「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文にたいして、2020年3月23日に最初にコメントが付き、その後、14件のコメントが付いている。PubPeer – Hydroxychloroquine and azithromycin as a treatment of COVID-…

★ヒドロキシクロロキンの治療の禁止

2020年3月30日(68歳)、ヒドロキシクロロキンの治療で3人死亡したとの報告を受け、フランスの医薬品安全機関(ANSM)は、特に心不整脈や心臓発作の患者に対して、ヒドロキシクロロキンは致命的な副作用があるとの警告を発した。

当局は、監視を強化している間、処方箋があっても、ヒドロキシクロロキンを病院外で使用、また臨床試験で使用することを禁止した。一方、ラウルは、ヒドロキシクロロキンは80年間安全に使用されてきた薬だと反論した。

2020年4月3日(68歳)、国際抗菌薬化学療法学会(International Society of Antimicrobial Chemotherapy (ISAC) が学会の公式声明を発表した。 → Statement on IJAA paper | International Society of Antimicrobial Chemotherapy

学会がこのような声明を発表することは珍しいが、「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文に関して、以下のような声明を発表した。

国際抗菌薬化学療法学会(ISAC)は、「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文に関する懸念を表明します。この学術誌「Int J Antimicrob Agents」のジャン=マルク・ロラン編集長(Jean-Marc Rolain)は原稿の査読に関与していませんでした。査読の全責任は、副編集長に委任されていました。ISAC理事会は、この論文は学会の論文出版規範を満たしておりません。論文の信頼性が欠けていることを国際抗菌薬化学療法学会・理事会として表明いたします。

2020年4月11日(68歳)、「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文に懸念表明が付いた。

2020年5月22日(68歳)、さらに、サパン・デサイー(Sapan Desai)らの「Lancet」論文が、COVID-19患者に抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンを投与しても治療効果はなく有害である、と結論した。

それで、ラウルの治療薬ヒドロキシクロロキンの有効性は急速に信用を失った。

なお、2020年5月22日(68歳)のデサイーの「Lancet」論文は、出版13日後の20 20年6月5日に、データねつ造ということで撤回されている。著者のサパン・デサイー(Sapan Desai)が、ねつ造データを提供したことのだ。 → サパン・デサイー(Sapan Desai)(米) | 白楽の研究者倫理

2020年5月27日(68歳)、しかし、「Lancet」論文を受け、世界保健機関(WHO)はコロナウイルス感染症(COVID-19)の治療にヒドロキシクロロキンを使用することを「一時的に」中断すると発表した。

2020年5月27日(68歳)、フランス政府はコロナウイルス感染症(COVID-19)の治療にヒドロキシクロロキンを使用することを禁止した。

2020年6月5日(68歳)、英国のオックスフォード大学(University of Oxford)のピーター・ホービー教授(Peter Horby、写真出典)は緊急感染症の専門家で、ヒドロキシクロロキンのランダム化試験の統括をした医師である。

合計1542人の患者にヒドロキシクロロキンを投与し、通常の治療を行なった3132人の患者と比較した。その結果を「RECOVERY Trial – Wikipedia」に発表しているが、コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療にヒドロキシクロロキンが無効だと報告した。 → 2020年6月5日記事:No clinical benefit from use of hydroxychloroquine in hospitalised patients with COVID-19 — RECOVERY Trial

2020年6月15日(68歳)、米国の食品医薬品局(FDA)はヒドロキシクロロキンとクロロキンの緊急使用許可を取り消した。

★ラウルの処罰

2021年1月9日(68歳)現在、ラウルの「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文にねつ造データは見つかっていない。結果の改ざんと断定するのも微妙である。それで、ネカトで処分という状況ではない。

しかし、ラウルのズサンな研究結果により、医療界は振り回され、ジェットコースターのような急転が起こる大騒動になった。

2020年7月(68歳)、ラウルは医師倫理規範違反でフランスのブーシュ・デュ・ローヌ県医師会評議会に提訴された。

2021年1月9日(68歳)現在、ラウルの論文は撤回されていないが、別の論文である「2013年12月のPLoS Pathog.」論文が2020年10月に撤回された。

また、ラウル研究室で数年前から訴えられていた性不正・アカハラへのラウルの対処の酷かったこともあり、ラウルの人間としての信頼が失われている。それで、ヒドロキシクロロキンが有効だというラウルの主張も信用されていない。

【ズサンの具体例】

上記したので省略。

【性不正・アカハラ事件】

ディディエ・ラウル(Didier Raoult)がコロナウイルス感染症(COVID-19)のヒドロキシクロロキン治療で有名になったことで、他の事件も取り上げられた。

2017年、ラウルの地中海疾病研究センターで性不正事件があった。

2人の女性が明白な被害者で、少なくとも6人の犠牲者がいた。

ラウル研究室の研究員EGは、Aさん(女性)に、「性的な意味のある発言、性的な冗談、性的な発言」を7年間もしていた。EGは彼の研究室の女性職員に、何度も、Aさん(女性)の発言のように、「4時です。私のパイプ(フェラチオの隠語?)の時間です」と発言していた。さらに、彼は「ジョーク」のつもりだったろうが、Aさん(女性)にペニスを見せたこともあった。

ラウル教授はこれらのセクハラ行為の報告を受け、「ラブストーリーがうまくいかなかった」と取り合わなかった。

上記はAさん(女性)1人の被害状況を書いたが、実際には少なくとも6人の犠牲者がいた事件である。

加害者の研究員EGは最終的に解雇されたが、上司のラウル教授は事件をうまく処理できず、改善とはまったく逆の言動をしていたのである。つまり、ラウル教授は加害者ではなく犠牲者を解雇しようとし、2年間も事件を表沙汰にしなかった。
 → 2017年11月23日の記事:Communiqué de Presse sur l’UMR URMITE – 13 novembre 2017 – Marseille
 → 2017年11月24日の記事:Agresseur et harceleur sexuel présumé, un chercheur de l’IHU révoqué de la fonction publique | Marsactu

ラウル研究室の女性留学生が性不正の被害者にもなっていた。しかし指導教授であるラウル教授は、留学生の被害を防ごうとせず、逆に、もし告発したら博士号を取れないと女性留学生を脅したのである。

性不正・アカハラ行為へのこのようなラウルの対応は何年も常態化していた。

何人かの院生・元院生は、ラウル教授に無制限の研究時間を要求された、夜間または週末の研究を要求されたなどと、毒性の強い研究室のやり方に強いストレスがあったと、証言している。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2021年1月9日現在、パブメド( PubMed )で、ディディエ・ラウル(Didier Raoult)の論文を「Didier Raoult [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、1995年の1報と合わせ、2002~2021年の20年間の1930論文がヒットした。ものすごい多作である。

「Fioranelli M」で検索すると、1979~2021年の33年間の3055論文がヒットした。

2021年1月9日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、1論文が撤回されていた。

「2013年12月のPLoS Pathog.」論文が2020年10月に撤回されていた。本記事で問題にした「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文は撤回されていない。

★撤回監視データベース

2021年1月9日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでディディエ・ラウル(Didier Raoult)を「Didier Raoult」で検索すると、 1論文が訂正、1論文が懸念表明、1論文が撤回されていた。

本記事で問題にした「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文は2020年4月11日に懸念表明された。

★パブピア(PubPeer)

2021年1月9日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ディディエ・ラウル(Didier Raoult)の論文のコメントを「”Didier Raoult”」で検索すると、本記事で問題にした「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文を含め41論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》ねつ造・改ざん 

本記事では、ディディエ・ラウル(Didier Raoult、写真出典)の論文を「ズサン」としたが、データ「ねつ造」の存否は十分検証されていない。「ねつ造」があったかもしれない。

また、データの「選択」も十分検証されていないので、「選択」をしている可能性はある。これは「改ざん」に相当する。

データの「選択」しなかったとしても、結果を自分たちに都合よく解釈していると思われる。これは「改ざん」に相当する可能性が高い。

《2》緊急事態 

コロナウイルス(COVID-19)に関しては、日本も世界も大騒ぎである。エイズの時もそうだが、過剰反応が過剰である(過剰の過剰だ!)。このような騒ぎではいつものことだが、狂気が横行する。

この狂気の中で、コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療にヒドロキシクロロキンが有効だというディディエ・ラウル(Didier Raoult)の治療法が大歓迎を受けた。

米国の大統領が称賛し、フランスでラウルは神のような扱いを受け、英雄視された。

しかし、研究はズサンだった。査読もズサンだった。

その上、サパン・デサイー(Sapan Desai)らの「2020年5月のLancet」論文が、COVID-19患者に抗マラリア薬ヒドロキシクロロキンを投与しても治療効果はなく有害である、と結論した。

それで、一気にヒドロキシクロロキン人気が落ちたのだが、皮肉なことに、否定した「2020年5月のLancet」論文はねつ造データに基づいた結果だと判明し、直ぐに撤回された。 → サパン・デサイー(Sapan Desai)(米) | 白楽の研究者倫理

緊急事態のために、狂気が横行していた(いる)のだ。

このドサクサで、患者がウン十万人死に、膨大な研究費が無駄になり、悪い奴がトクをしている(と思う)。

《3》タメゴロー 

2021年1月9日現在、日本はコロナ狂気の中にある。

白楽ブログは海外のネカト・クログレイを中心に扱い、日本の事例は参考にしか例示しない。だから、日本のことを論じるのは若干、場違いであるが、少しだけ・・・。

日本にネカトハンターがいない。

しかし、容易に想像つくことだが、「ネカト大国」日本には、ディディエ・ラウル(Didier Raoult)やサパン・デサイー(Sapan Desai)らに負けないデタラメさやズサンなコロナ研究論文や研究者のコロナ発言があるに違いない。

「ネカト大国」の名に恥じない「アッと驚くタメゴロー」レベル(ギャグが古くてゴメン)のコロナ論文を発表した日本人研究者がいると思うのだが、どうだろう?

それとも、「ネカト大国」にドップリ浸かっているので、日本の研究者は、ラウルやデサイー相当の日本人研究者のコロナ論文には驚かない。それで特に告発もしない。そのレベルのデタラメ論文は日本で挙げたらきりがない状態なのだ、ということ?

どなたか、日本人研究者のコロナ論文をチェックしてください。

《4》出口 

厚生労働省のサイトでは、2021年1月2日現在、日本のコロナウイルス感染者は23万8,012人で、死亡者は3,514人である。 → 新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和3年1月2日版)

一方、コロナはインフルエンザの一種とのことだが、「インフルエンザ – Wikipedia」によると、以下の通りだ。

季節性インフルエンザは全ての年齢層に対して感染し、世界中で繰り返し流行している。
全世界では毎年300万人から500万人が重症化し、呼吸器系の症状により29万人から65万人の死者を出している。

2年前の冬(2019年2月1日)、日本のインフルエンザ推計患者数は、現在の日本のコロナウイルス感染者の約10倍の222万人もいた。 → 2019年2月1日の朝日新聞デジタル:インフル過去最多、推計222万人 A型2種同時に流行

今回のコロナウイルス騒動が始まってからおおむね1年間になるが、日本の数値を見ると、従来のインフルエンザ患者数よりも少ない。

コロナのワクチンができても、患者はゼロにはならない。ワクチンがあっても毎年インフルエンザが流行しているように、コロナの患者はそれなりにいるだろう。

日本も世界も一体、どういう状況になったら、コロナウイルス(COVID-19)の終息宣言をするのだろう。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Didier Raoult – WikipediaCOVID-19 pandemic in France – WikipediaMisinformation related to the COVID-19 pandemic – WikipediaHydroxychloroquine – Wikipedia
② 2020年3月24日のエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)記者の「Science Integrity Digest」記事:Thoughts on the Gautret et al. paper about Hydroxychloroquine and Azithromycin treatment of COVID-19 infections – Science Integrity Digest
③ 2020年3月26日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ記事:Chloroquine genius Didier Raoult to save the world from COVID-19 – For Better Science
④ 2020年4月6日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Hydroxychloroquine-COVID-19 study did not meet publishing society’s “expected standard” – Retraction Watch
⑤ 2020年4月12日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Elsevier investigating hydroxychloroquine-COVID-19 paper – Retraction Watch
⑥ 2020年5月21日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:French hydroxychloroquine-COVID-19 study withdrawn – Retraction Watch
⑦ 2020年7月19日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:French hydroxychloroquine study has “major methodological shortcomings” and is “fully irresponsible,” says review, but is not being retracted – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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