2020年10月6日掲載
「白楽の研究者倫理」の2015年1-4月記事の「白楽の感想」部分を集めた。
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- スティーヴン・マシューズ(Stephen Matthews)(カナダ) 2015年4月29日
●【事件の深堀】
★自己盗用(self-plagiarism)は盗用か?
ここでの根本的問題は、「自己盗用(self-plagiarism)は盗用なのか?」ということだ。
日本では、この問題を検討し適切な基準を設けて十分に説明している組織(政府・大学・学会)がない。従って、文部科学省の規則にも言及がない。
白楽の意見を先に述べるが、自己盗用(self-plagiarism)を盗用と区別すべきだと考えている。いくつかの手順を踏んた自己盗用(self-plagiarism)は盗用ではないし研究クログレイでもないと考える。
特に、“総説(review)”の場合は、過去の出版物のまとめなので、データはほぼすべて既出だ。となれば、文章はどう書いても酷似する。再使用文章を引用符で囲うのは文章としては読みにくいし、自己盗用なら不要だろう。文献として引用するだけで問題ない。
原著論文でも、論文の本質的な部分でなければ、文章を再使用しても問題ない。他人の論文でも、文献を引用し、「材料・方法」「文献」をそのまま使用しても良いと考える。「序論」もかなり使用しても良いだろう。自分の文章の再使用(自己盗用)がいけない学術的な理由は思いつかない。
自己盗用が規範違反という理由は、著作権違反ということになるが、これは、出版社の収入が減るという出版社の利権問題であって、研究公正性とは次元が異なる。
自分で書いた文章を一定の範囲内で本人が再使用し、自己盗用しても、研究内容に間違いや誤解が生じることは一切ないので、学術システムが崩壊する危険性はない。
いずれにせよ、学術界は議論し、ルールを決め、研究者や大学院生に周知させるべきである。
米国・研究公正局は、著者本人の過去の学術出版、論文、書籍に使ったアイデア・文章・図表・結果を著者本人が引用しないで自己盗用しても、「盗用」扱いにしていない。著者以外の人が引用しないで発表した時だけを盗用としている(Alan R. Price (2006). “Cases of Plagiarism Handled by the United States Office of Research Integrity 1992-2005”. Ann Arbor, MI: MPublishing, University of Michigan Library 1)。
米国の研究倫理学者のデイビッド・レスニック(David Resnik)は、「自己盗用は不誠実な行為だが、盗みではないと述べている(Resnik, David B. (1998). The Ethics of Science: an introduction, London: Routledge. p.177, notes to chapter six, note 3. Online via Google Books)。
白楽は、自己盗用を「不誠実な行為」とも思わない。新たな文章やデータを無駄に作る方がバカバカしいと思う。何度も言うが、研究論文は、小説などの文芸作品とは異なり、重要なのは発表する研究結果の中身である。文章はそれを適切に伝えるための道具であって、オリジルかどうかはどうでもいい。芸術的な美しさはあっても良いが必須ではない。
米国・カリフォルニア大学のパメラ・サムエルソン(Pamela Samuelson、写真出典)教授は、知的財産を専門とし、盗用や自己盗用に関する法的、倫理的規制の権威である。
彼女は、1994年に、文書(論文など)が自己盗用されても許容される4条件を書いている(Samuelson, Pamela (August 1994). “Self-plagiarism or fair use?“. Communications of the ACM 37 (8): 21?5. doi:10.1145/179606.179731)。
- 新しい文書(論文など)の新しい成果は、先行文書(論文などを土台にしていること。
- 新しい文書(論文など)の新しい証拠や議論のために先行文書(論文など)を再記述しなければならない場合。
- 新たな読者・聴衆は、以前、先行文書(論文など)で研究成果を伝えた読者・聴衆とは大きく異なり、同じ内容の研究成果を伝えても、重複しないこと。新たな読者・聴衆に伝えるためには、同じ内容の文書を別の場(研究ジャーナルなど)で発表をしなければならない場合。
- 最初の文章がとても良く書けていて、次回の文書で、文章を大きく変える意味がない場合。
●【白楽の感想】
《1》 論文撤回で大学院生が被害者
2005年の撤回論文の第一著者のドーソン・オーウェン(Dawn Owen、写真出典)は当時、大学院生だった。第二著者のマーカス・アンドリュー(Marcus Andrews)はポスドクだった。
論文発表後7年経過して論文が撤回された。この場合、彼女の博士号取得要件と何らかの関係が生じただろう。第一著者のドーソン・オーウェン(Dawn Owen)の博士号は取り消されたのだろうか?
調べると、オーウェンは、2005年の第一著者の論文を発表後、2007年に大学院(combined MD/PhD programme)を終了し、医師免許と博士号を取得していた。
2015年4月18日現在、米国・ミシガン大学・助教授(Assistant Professor, Radiation Oncology, University of Michigan)である。博士号が取り消されたのかどうかハッキリわからないが、多分、取り消されていないだろう。実害は受けなかったようだ。
そもそも、トロント大学は、マシューズのこの件を研究ネカト(research misconduct)とみなしていなかった。
2013年「Mats Sundin Fellowship in Developmental Health」授賞式。中央の2人の女性ポスドクが受賞者。スティーヴン・マシューズ(Stephen Matthews)は右から2人目。2013年。写真出典ーーーーーー
- ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)(仏) 2015年4月26日
●【事件の深堀】
★メディア記者と政治家が簡単にだまされる問題
以下、2013年01月21日の松永和紀の記事を中心に修正引用した【主要情報源③】
フランスの首相(ジャン=マルク・エロー、Jean-Marc Ayrault)も「研究が確かなら、欧州全土での禁止措置を要請したい」と発言しました。
しかし、この問題は、欧米でより深刻にとらえられています。それは、発表したセラリーニ氏にマスメディアやフランス政府が当初、やすやすと手玉にとられてしまったからです。
実は、セラリーニ氏は、遺伝子組換えにこれまでもずっと反対して来た研究者で、しかも、「遺伝子組換えが危険」と主張する論文や報告書を何度も発表し、そのたびにEFSAなどに「ずさんな研究」と批判されて来た経緯があります。
メディアの取材力の低さ、エンバーゴ(報道解禁時刻)の悪用、学術誌による掲載審査の甘さ、EUの中でも強硬な遺伝子組換え反対国であるフランス政府の軽率さ等々、さまざまな問題が、今回のセラリーニ氏の騒動で露になりました。
日本でも、民主党の大河原雅子・前参議院議員が、セラリーニの報道を引用し、遺伝子組み換え作物に反対している。この程度の悪さには、コマッタものだ。サイト:http://www.ookawaramasako.com/?p=4106
実験室のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)と除草剤(ラウンドアップ)。写真出典★日本のマスメディアがこのような問題を報道しない・できない問題
以下、2013年01月21日の松永和紀の記事を中心に修正引用した【主要情報源③】
遺伝子組換え作物は日本に大量に輸入されています。ISAAA(国際アグリバイオ事業団)によれば、日本は年間1800万トンの遺伝子組換え作物を輸入し、主に食用油や異性化糖などの原料、飼料として消費しています。日本の米の消費量が年間約860万トン(農水省まとめ)なのですから、遺伝子組換え作物の動向を無視はできないはず。
なのに、今回の問題を社会的な事件として報じたマスメディアは、日本にはなかったのです。
松永和紀は、日本のマスメディアの取材力の低さが原因だと述べている。
実験室のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)。出典:Le prix de la vérité. Gilles-Eric Séralini, dénonciateur des OGM 1/5●【白楽の感想】
《1》 学問が宗教・金儲けの道具・政治になっている
セラリーニは、「遺伝子組換え生物」反対の思想を研究公正性よりも優先し、その思想に都合の良い研究成果を発表し続けている印象が強い。つまり、学界では誤りとされても、研究者本人が真実と信じて自説を提唱し続ける「錯誤」である。これは、いわば、宗教だ。
また、「遺伝子組換え生物」は巨額のカネが絡む。推進派は「遺伝子組換え」企業(例えばモンサント社)とそれを後押しする政治家・国家の利権が絡む。反対派の有機農業団体(CRIIGEN、JMG Foundation、他)とそれを後押しする政治家の利権・国家も絡む。技術力・特許から生じるカネも絡む。
国家間の利益・覇権争いも絡み、巨額のカネが動く。
このような背景を知らない(配慮しない)大衆をあおる活動家がいる。純粋に警鐘を鳴らす活動家は少なく、カネ・地位・名声目的で、大衆をあおり、特定の方向に誘導する活動家が多い。
活動家と共に厄介なのは、黒い欲望を内に秘めて研究成果を捻じ曲げ、発表する科学者である。大衆だけでなく、首相や議員など多くの人がだまされる。まあ、だまされるというより、自分から信奉してしまう。
だから、背景を知らない(配慮しない)で、充分に考えずに、活動家や大衆の動きに呼応してはマズイ。
本来、研究成果の真偽の議論は、論文とそのデータの詳細な分析、および追試が可能かどうかで決着すべきである。
しかし、セラリーニは、ネイチャー誌の質問に、「ヨーロッパがNK603の認可した生データが公表されるまで、自分の生データを公表しない」と述べている。
どうして、「ヨーロッパがNK603の認可した生データ」を公表しないのかわからないが、セラリーニが生データを公表しないのは、白楽は科学者として解せない。必要な生データを公表しなければ、論文は検証できない。多分、追試もできない。そうなると、もう、科学じゃないです。
ジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)。写真出典
《2》 学術界は「錯誤」者を排除すべきだ
人間は何かを深く信じ込む。信じた観念にとらわれて言動し、人生を選択する。そういう生き物である。
多くの人は社会が許容する範囲内で言動する。しかし、科学者は許容範囲を変えるのが使命なので、研究では許容範囲を少し越えてでもいろいろ考え、言動する。いままで学術的に未踏の領域、あるいは、従来は誤りとする学説にもチャレンジする。
学術界では誤りとされても、研究者本人は真実と信じて自説を提唱し続けた学者は多数いる。有名なところでは、物理学の常温核融合、生命科学ではジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste)(仏)の「水の記憶」である。これらは「錯誤」とされている。
科学研究は振り子である。従来の常識がくつがえった例がソコソコある。「錯誤」と思われていた学説が、後に、真実とされ、ノーベル賞を受賞した例もある。
しかし、「遺伝子組換え食品」の是非は、科学研究そのものというより、科学と社会の関係性の問題である。個人の主観・信念・価値観を持ちこむ科学者がとても多い。そうすると、科学研究の信頼を失う。
また、個人の主観・信念・価値観なので科学者が大衆社会と衝突することもある。この場合、両者の科学技術に対するスタンスが大きく関係する。
例えば、先端生殖医学である。自分の子供の遺伝子をより良い遺伝子に改変できる時代になった。科学者は人類社会に良かれと思って技術開発するが、大衆社会はその技術の普及を望んでいない。
科学者は人類社会に良かれと思って、遺伝子組み換え技術で作物・家畜の品種改良を可能にしても、その食品化に関しては、大衆社会は普及を望んでいない(程度、国による)。
科学者個人の信念・価値観が強いと、自分の信念・価値観に合うように科学研究結果を曲解し、悪用する科学研究者が登場する。ただ、科学者本人は、「曲解し、悪用」しているとは思っていない。セラリーニのように、誠実に研究していると主張する。
「科学は客観的」と評されているが、もちろん、科学研究者も人間だから、個人の信念・価値観にとらわれて研究をする。しかし。科学的な検証を甘くして個人の信念・価値観を優先することは科学研究では許されない。
学術界は科学的な検証が甘い「錯誤」者を排除すべきだ。生データを提示しない「錯誤」者を排除すべきだ。外部からの検証を拒否する「錯誤」者を排除すべきだ。
しかし、現実的には、排除の仕組みが機能していない。それで、「錯誤」であろうがなかろうが、著名な大学教授の論文を大衆社会は信じてしまう。これは大きな問題である。
学術界が対処しなければならない。
実験室のジル=エリック・セラリーニ(Gilles-Eric Seralini)と研究室員。写真出典
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- コーリー・トス(Cory Toth)(カナダ) 2015年4月23日
《1》 40代の準教授
トスがどうして研究ネカトをするに至ったのか? 白楽には解読できない。
35歳でカルガリー大学の教員になり、38歳で最初のねつ造・改ざん論文を発表している。38歳は、研究室を主宰し、安定した職を得て2~3年経った。研究室も落ち着いてきた頃で、将来が夢と希望に満ち溢れ、研究人生が充実している時期と思われる。
その状況で、データねつ造・改ざんを初めるだろうか? それとも、他人は思いもよらないが、不安と自信のなさで一杯だったのだろうか? あるいは、以前からの不正の常習者だったのだろうか?
トスが述べているように、いい加減なテクニシャンのいい加減なデータを精査しないで使用したのかもしれない。もちろん、それでも、その弁解は採用されない。精査するのはボスの責任である。精査しない・できないのは研究室主宰者として欠陥である。
《2》 カナダの調査・分析
カナダには米国・研究公正局のような機関がない。そのことに起因しているのだろうが、研究ネカトの調査・分析が甘く、処分も甘い。調査・分析が甘いと再発防止策が的確に策定できない。処分が甘いと再発する。
トス個人の責任とは別に、カナダ(及び世界)の研究体制や教育体制にも問題があると感じる。
さらに言うと、それらを大きく改善するにはどうしたらよいかを、トス事件から学ぶという姿勢が、カナダには余り感じられない。
《3》 後しまつ
カルガリー大学を辞職したあと、トスは大きな病院(バーナビー病院)の神経科医として勤務している。それはそれで結構だが、「今後、科学界で論文を出版しない」と述べたのに、2014年、2015年、研究論文を発表している。この点、どうなんでしょう?
また、一般的にほとんど指摘・記述されないことだが、カルガルー大学でトスの研究室に在籍していた大学院生は、その後、どうなったのだろう? 彼らは直接的な大きな被害者だが、どのような手当てや措置がされたのか、事件に関する記事に記載されない。
この点、いつも不満である。どのような措置が取られたのかが記載されないと、どのような措置が望ましいのかも検討できない。
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- マヤ・サレ(Maya Saleh)(カナダ) 2015年4月20日
《1》 美貌で渡世
サレ(写真出典)はマギル大学で自分の研究室を構えたのが2005年である。翌・2006年の論文で研究ネカト論文を発表している。時系列では、研究室を主宰したのとほぼ同時に不正を開始したことになる。
研究室を主宰したが思うように成果が出ない。そのストレスや焦りが研究ネカトに走らせたのか、それ以前から不正をしていたのか?
美人で受賞も多いことから、偉い人に取り入るのが上手だと推察する。多分、不正志向が強く、美貌を武器に研究界を生きてきた女性だと思われる。
《2》 発展途上国出身者の欧米での研究ネカト?
サレは、遺伝学の修士号を、レバノン、ベイルートにあるベイルート・アメリカン大学(American University of Beirut)で取得している。レバノンで生まれ育ったレバノン人ではないだろうか?
そうなると、中東から欧米に留学し、研究者になってから研究ネカト問題を起こすという典型的な研究ネカト・コースに当てはまる。
《3》 カナダは対処が甘い
カナダの研究ネカトは、研究者数を考慮すれば、米国並みに多いと思われる。しかし、米国に比べ処分が甘い。
サレが行なった図の再発表は、データねつ造であり、論文は訂正ではなく撤回が妥当である。そして、停職~免職処分に相当すると思える。
また、調査の透明性に欠ける。調査報告書をウェブ上で誰もが閲覧できる状況にすべきだ。
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- カトリン・メドラー(Kathrin Maedler)(ドイツ) 2015年3月10日
《1》 疑惑段階では経歴と顔写真が豊富
現在、メドラー(写真出典)は言い訳や図の訂正をしているが、多分、研究ネカトと結論されるだろう。
しかし、調査でクロと判定されるまで、疑惑段階である。
疑惑を否定したいだろう。
自分のウェブサイトの情報を削除すると、調査委員に悪い心証を与えかねない。それで、現状では、自分の経歴と顔写真を含め情報がシッカリ載っている。
下の2つの写真も載っている。若い女性の服装はラフですね。
米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の熊の像前で。右がメドラー(出典)。
米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のラリー・ヒルブロム膵島研究センター(Larry Hillblom Islet Research Center)前で。左がメドラー(出典)。
研究ネカトは、多分、2002年(30歳)の最初の論文から始まっている公算が高い。
《2》 美貌と研究ネカトで名声を得た女性研究者リスト
メドラーは賞もたくさん受賞している。美貌と研究ネカトで名声・地位・研究費を得たと世間から思われる女性研究者の1人である。以下はそのリスト。なお、美人と思うかどうかは、人それぞれです。
美貌と研究ネカト以外の共通点は、研究初期から不正をしていることと、庇護者(地位の高い男性や夫など)がいることだ。
- ミレーナ・ペンコーワ Milena Penkowa (デンマーク)
- カトリン・メドラー(Kathrin Maedler)(ドイツ)
- クリスティン・ルーヴァーズ (Kristin Roovers)(米)
- シルビア・ブルフォーネ=パウス(Silvia Bulfone-Paus)(ドイツ)
- クリスティーン・マルシャル=シスウ(Christine Marchal-Sixou)(仏)
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- ピエロ・アンバーサ(Piero Anversa)(米) 2015年3月7日
《1》 骨肉の争い
序列1位のアンバーサと序列2位のアナローザ・レリ(Annarosa Leri)が長年の仲間で序列3位のジャン・カイジストラ(Jan Kajstura)準教授を犯人だと裁判に訴えた。生理的には家族や血縁ではないが、子弟・仲間なので、骨肉の争いだ。
子弟・仲間として長年一緒に研究してきた間柄でも、ひとたび事件になると、研究者が研究者に牙をむき、裁判にかける時代になってきた。
しかし、公平性と透明性の観点からみると、裁判でシロクロつけるのは、大学・研究機関の調査よりも良いと思う。
日本も研究ネカトや研究クログレイでは、警察が介入し、裁判でシロクロつける方がよいだろう。となると日本に研究公正局の設置を要求するより、警察庁のサイバー犯罪対策班と同じ趣旨で、警察庁に研究者犯罪捜査班を設けるべきだろう。
《2》 定年制
アンバーサの論文が研究ネカトだと調査され始めたのが2012年でアンバーサが74歳である。
アンバーサ研究室の内幕文章と研究室陣容の写真を見ると、74歳になっても実験室を牛耳っているのは、老害だろう。
米国に定年がないが、研究者には定年を設けた方が良い。平均寿命の8掛けはどうだろう。つまり、日本の男性の平均寿命が85歳だから、85x0.8=69歳だ。米国の男性の平均寿命は77.4歳だから、77.4x0.8=62歳だ。ウン? 62歳で定年は若すぎる。
62歳定年は若すぎるから、9掛けの70歳がいいかも。9掛けだと日本の男性は76.5歳定年である。チョッと老害が大きい。
年齢と研究活動の関係を調べ、科学的に決めるべきだろう。
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- ロジャー・ポアソン(Roger Poisson)(カナダ) 2015年3月4日
【防ぐ方法】
《1》医者の特別扱い禁止
著名な医師は、自分が、別格だと思ってしまう。
米国の医学コンサルタントのホッホハウザーは治験審査委員会(IRB)の委員を務めた経験をもとに,臨床医学研究者が不正を犯す根っこに医師特殊観があると指摘している。
外科教授となると、医局の数十人の医師が恭順し、専門分野に関しては世界の権威で、全知全能のようにふるまえる。手術室では患者の生命を掌握する神のような存在である。英語では“God complex”と呼ばれる(“神格化”)。臨床医として有名で高い地位になればなるほど、規則・規範を軽視・無視し、自分に都合のよいように解釈する性向が強くなる。
つまり、臨床医学研究者の「自己中心」、「全知」、「全能」、「処罰されない」という4つの間違った特殊観が形成されると指摘している。
日本では、大学医学部に入学した時点で特別扱いが始まる。チョッとした勉強会に参加すると、ランチやクッキーが用意されている。小物のギフトがある。以後、これらの特別扱いにどっぷりと浸って中年になると、一部の医師は、金・権力・名声などの欲望が先行し、患者を実験動物のように扱う(写真出典)。
《2》規則を遵守させる規則を明確にすることが第一である。
そして、「《1》医者の特別扱い禁止 」と同視点だが、著名な医師・科学者でも特別扱いせずに、規則を遵守させる。
規則違反する著名な医師・科学者には、マスメディアまたは官憲が乗り出す。
●【白楽の感想】
《1》掛札 堅(かけふだ つよし)先生
1995年6月、白楽は米国・NIHの国立がん研究所に5か月滞在した。研究所に到着後、大先輩のNIH・がん研究者・掛札 堅先生(『アメリカNIHの生命科学戦略』の著者)の研究室に表敬訪問した。その時、掛札先生は、「アメリカは、今、カナダの乳がん研究者の事件で大騒ぎだよ」とおっしゃった。日本では、その事件は全く報道されていなかったので、白楽はなんの話しか分からず「ポカン」としてしまった。20年も経った今、その時のことを突然思い出した。それが、このポアソン事件だった。
故・掛札 堅(かけふだ つよし)。(写真。1997年7月白楽撮影、NIHの掛札先生の研究室)。1929年生まれ、1951年東大医学部卒、1960年渡米、City of Hope医学センターを経て、NIHの国立がん研究所(National Cancer Institute:NCI)で研究し、2006年、アメリカで没。掛札先生、いろいろお世話になりました。感謝しています。
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- クリスティン・ルーヴァーズ (Kristin Roovers)(米) 2015年3月1日
●【事件の深堀】
★超優秀で人柄が良い研究者が不正事件を起こす
ルク・ファン・パライス(Luk van Parijs)の記事で「超優秀で人柄が良い研究者が不正事件を起こす」と書いたが、ルーヴァーズも「超優秀で人柄が良い」との評価を得ていた。それに若く美人である。
ペンシルヴァニア大学・副医学部長で主任科学官(Chief Scientific Officer)のグレン・ゴールトン(Glen Gaulton 写真出典)は、ルーヴァーズを「完璧なポスドク」だと絶賛している。
ポスドク時代のボスであるペンシルヴァニア大学・薬学科のモリス・バーンバウム教授(Morris Birnbaum)は、「研究室では信じられないほど評判が良い人柄で、皮肉なことに、研究室では最も優秀だった」と、これもベタボメである。
●【防ぐ方法】
《1》 大学院・研究初期
大学院・研究初期で、研究のあり方を習得するときに、研究規範を習得させるべきだった。
ルーヴァーズの場合、研究博士号(PhD)の指導教員リチャード・アソイアン(Richard K. Assoian)に責任があるように思える。彼が規範をしっかり躾けていれば、「研究上の不正行為」をしない研究人生を過ごしたかもしれない。
●【白楽の感想】
《1》 不正検出法
投稿された原稿や発表論文の細胞像やウェスタンブロット像を、一見しただけで、「怪しい」と思うのはとても難しい。しかし、「怪しい」と思わなければ、精査しない。
どこを、どういう理由で、「怪しい」と思うのだろうか?
像が「きれいすぎる」のが「怪しい」なら、不正する人は、細工する時、少し汚い画像にねつ造するだろう。
さらに、細胞像やウェスタンブロット像を「怪しい」と思っても、それを不正だと断定するのはどうするのだろう?
詰問したとき、本人が「不正しました」と自白してくれれば簡単だが、「私は不正をしていません」と抗弁する研究者に、「恐れ入りやした」と観念させる証拠をどう示せるのだろう? とても難しい。
不正を一網打尽にできる方法ってあるのだろうか?
簡単な方法はないが、何とかしなくてはならない。
白楽の解決策は以下だ。
研究者は、現在、全部の研究過程・結果・解釈・写真・数値・データを電子化し、各研究者が保管している。
そこで提案する。
その保管を大学・研究機関のハードディスクで一括して行なう。研究者は、保管庫にないデータ以外で研究発表してはならない、と決める。さらに、大学・研究機関の特定の人(例えば、研究公正官)はいつでも保管庫のデータを見ることができる。
所属研究者が論文発表する時(した後)、所属研究者の論文データと保管庫データを照合する権限を研究公正官にもたせる。
保管庫データと論文データが異なるとき、研究公正官は研究者本人に問合せ、まともな回答がない時、不正とみなす。
どうです? これで、一網打尽にできるでしょう。
イヤ。一網打尽はできないだろうが、かなりの効果を期待できるに違いない。
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- ドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)(米) 2015年2月26日
《1》成功の誘惑
以下は憶測である。
ハンは、韓国に生まれ育ち、韓国の大学で研究生活を送り、40歳を過ぎてから渡米し米国・研究機関の研究者になった。母国の両親・親戚・友人は、世界的に大活躍していると思っていたに違いない。しかし、50代になっても助教授で、学問の成果はさほどない。自分のボスは年下である。徐々に精神が歪んできた。
ねつ造が発覚した時、「最初は、間違えて血清を混ぜてしまった」と述べているが、これは言い訳だろう。最初から、後先考えずに、華々しい研究人生を夢見て、意図的に混ぜたに違いない。
しかし、コトは甘くはなかった。この手のデータねつ造はどう考えてもバレる。エイズワクチンの開発に成功すれば、ワクチンはモノ(物質)なので、モノがなければ不審に思われる。そしてモノがない。代用品はきかない。バレた。
当面バレないように、意図的に抗血清を混入し続けた。ワクチン開発に成功したと嘘をつき通すため、意図的に混入した抗血清を使い続けた。それで、研究成果をねつ造データで塗り固め、負の連鎖泥沼に陥ったのだろう。
このような研究ネカトをどう防げるか?
マイケル・チョー教授は、上司とは言え、ハンは助教授で独立した研究者だ。実験ノートをもってこさせてデータをチェックするのは難しい。もしもってこさせても、この場合、データは既にねつ造実験のデータなので、実験ノートをチェックしても不正を見つけることができない。
今回の件は他の研究室が追試できなかったことから調査が入った。本人がねつ造を自白しているから、ねつ造が明るみに出ているが、一般的に、追試できない研究結果はヤマほどあり、その大半は研究ネカトではない。単なる「間違い」や「思い違い」である。どう考えても研究ネカトしかないと思えるケースでも、多くの場合、本人は自白しない。そうなると、研究ネカトと断定するのはとても困難である。
とはいえ、15年以上、一緒に研究してきたマイケル・チョー教授にも何らかの責任があるだろう。
《2》生きていけるか?
以下も憶測である。
ハンは、健康に問題がある。研究職への復帰はあり得ない。裁判に巨額のお金を使った。そして、判決は、4年9か月の実刑、罰金720万ドル(約8億6千万円)、刑期終了後の3年間の保護観察が科された。
ハンの国選弁護人・ジョー・ヘロルド(Joe Herrold)は、「ハンは法的には米国永住権を持っているが、刑期を終えたのちは、韓国に強制送還され、2度と米国に入国できないだろう」と述べている。
この状態で、58歳のハンが生きていくのは大変だろう。支えてくれる家族・親族・友人と資産の両方が十分であっても、仕事・夢・生きがいを見つけるのは大変である。
資産が不十分で、しっかり支えてくれる家族・親族・友人がいなければ、白楽なら自殺してしまうだろう。
《3》刑事訴訟
白楽の意見は、日本でも研究ネカトを刑事訴訟すべきだと思う。
多くの事件では、何億円もの公金を無駄に使って、意図的に研究ネカトをしている。研究ネカトで増やした論文を業績とし、本来、他の研究者が採用・昇進したはずの地位・名声を不当に奪っている。研究ネカト行為は、自分の利益のためだけに社会を不幸にさせた、まったく自己本位な行為である。
日本は処分が甘すぎる。
デヴィッド・ライトは「研究費の申請が数年間できないペナルティ」で十分だと主張しているが、これは日本ではまったく機能しない。それは、日本の制度を作った人も十分承知しているはずだ。
デヴィッド・ライトは「刑務所に投獄した時、さらに何が得られるのでしょうか?」と疑問視しているが、日本では、刑罰を与えることが最大の抑止力になる。実名で報道する「報道刑」もかなりの脅威を与える。
研究ネカトは多くの場合、故意犯である。故意犯に対して、刑罰を与えなければ、どうやって研究ネカトを防止できるのだろう。さらに言えば、「目には目を」では足りない。「目には目と耳を」の2倍罰にすべきだ。5千万円の研究費不正なら2倍の1億円を返金してもらう。
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- 匿名ケー・イー(K.E.)(米) 2015年2月23日
【事件の深堀】
★学位取消
論文の内容に不正があれば、つまり、研究ネカトや重大な間違いがあれば、論文は取り消されるか訂正されるべきだ、と白楽は思っている。この処置に時効はない、と白楽は思っている。
そして、論文が卒業論文、修士論文、博士論文でも、該当論文は取り消されるか訂正される。
取り消される場合、該当の学位も同時に取り消される。学位が卒業要件なら、卒業も取り消される。べきだ、と白楽は思っている。この処置に時効はない。
これが正論で、日本も米国も世界も同一の基準で扱べきだ。と白楽は思っている。
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米国教育協議会(The American Council on Education)の相談役・アダ・メロイ(Ada Meloy)によると、米国で学位の取り消しは、毎年、全体で100件以下あり、1つの大学では多くても1ケタ台だそうだ。取消の理由は、研究ネカトと虚偽入学である。研究ネカトの理由で学位が取消された場合、匿名イーのように、訴訟に持ち込まれるケースは米国ではめったにない(白楽の推定)。ドイツでは、しばしばある。
日本では、学位の取り消し件数がどのくらいあるのだろうか? 菊地重秋 (2013年5月)は、「我が国における重大な研究不正の傾向・特徴を探る -研究倫理促進のために-」 で、1999~2013年に研究ネカトが98件起こり、学位取り消しは10件あったと集計している。つまり、ラフに計算すると、毎年、日本全体で約1件、学位が取り消されていた。
日本では、訴訟に持ち込まれたケースはない(と思う)。
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話しは変わるが、東京農工大学・助教の鈴木絵里子(Eriko Suzuki、写真出典)のケースもある。鈴木絵里子は、2005~2007年に米国・UCLAで行なった研究成果を2007年に「Oncogene」誌に論文発表した。その「Oncogene」論文で、2008年、慶應義塾大学(梅澤一夫研究室)の研究博士号(PhD)を取得した。
2014年4月、「Oncogene」論文のデータがねつ造・改ざんではないかと非難された(①PubPeer – Rituximab inhibits the constitutively activated PI3K-Akt pathway in B-NHL cell lines: involvement in chemosensitization to drug-induced apoptosis、②慶應義塾大学およびUCLAの論文の疑惑まとめ: 鈴木 絵里子)。
2014年4月、鈴木絵里子は、「Oncogene」論文のデータを「間違えました」と、論文撤回の手続きをした。と同時に、学位も取り消されるだろうと述べている(Brutal honesty: Author takes to PubPeer to announce retraction – and tells us she’ll lose PhD, professorship – Retraction Watch at Retraction Watch)。
●【匿名性を考える】
どういう場合、匿名扱いなのか、白楽は十分理解できていない。例えば、裁判一般ではどういう法律で、どう決まっているか? 欧米日ではどう異なるのか? メディア報道では?
ここでは、研究者の事件に絞って、匿名性を考えよう。
このサイトでは、2015年2月15日現在、日本を除く世界の研究者の事件を約210件リストしている。それらは匿名イー以外は全部実名である。今回、初めて匿名の事件を解説している。
今まで、事件を犯す研究者はどうして生命科学者が多いのかと漠然に感じていた。その理由の一部が、匿名性を調べて判明した。米国の生命科学者の研究ネカトは米国・研究公正局が調査する。その場合、クロと判定されると実名で発表される。しかし、以下に示すように他分野は匿名がほとんどである。
★米国の研究ネカト
生命科学担当の研究公正局は、調査の結果、クロなら実名、シロなら匿名で発表する。
ところが、工学、自然科学、人文社会学は科学庁(NSF)の研究助成(NSF OIG – FOIA Information)、農学は農務省(USDA)の研究助成(USDA Science Policies | USDA)、軍がらみの新技術開発および研究はアメリカ国防総省の研究助成(ダーパ、DARPA:Defense Advanced Research Projects Agency)が担当している。
それらの研究助成で行なわれた研究に研究ネカトが見つかると、匿名で発表される。
さらに、食品医薬品局(FDA)は匿名どころか事件そのものが公表されずに隠されていた(①JAMA Network | JAMA Internal Medicine | Research Misconduct Identified by the US Food and Drug Administration: Out of Sight, Out of Mind, Out of the Peer-Reviewed Literature、②FDA Let Drugs Approved on Fraudulent Research Stay on the Market – ProPublica)。
実名で発表されれば、新聞記者は取材し、記事にしやすい。それで、世間が周知し、白楽も探知できる。ところが、匿名で発表されれば、新聞記者は取材しにく、記事にしにくい。それで、世間は知らず、白楽も探知しにくい。
事件を犯す研究者に生命科学者が多いのは、こういう匿名・実名システムが大きく影響しているのである。
★英国の研究ネカト
英国・学術出版規範委員会「COPE」 は、1997年以来500件の事件を扱っているが、事件が特定できないように、犯人や研究機関は全部匿名である。主旨は、事件の詳細を述べるというより、さまざまな事態にどのように対処すればよいかというアドバイスのための事例集だからだ。それはそれで良いのかもしれない。(Cases search | Committee on Publication Ethics: COPE)。
★米国の学生は匿名
米国・教育省には「家族の教育上の権利及びプライバシー法」(FERPA)がある。(①Family Educational Rights and Privacy Act (FERPA)、②Family Educational Rights and Privacy Act – Wikipedia, the free encyclopedia)
子供の情報を保護するために部外者がそれらの記録にアクセスすることを制限している。FERPAが対象としているのは、教育機関に保有されるすべての教育上の記録である。多くの教育委員会は生徒の「名前、住所、電話番号、出生日、出生地等」が含まれるディレクトリ情報を保有している。学校関係者が在籍中の生徒のこれらの情報を開示する際には、事前に開示される記録の種類を親に告知し、資料の開示の諾否について親が判断する適切な時間を与えなければならない。(出典:内閣府、2009年10月23日、www8.cao.go.jpshougaisuishintyosah20kokusaipdfall2-1usa-2 の85ページの脚注)
「家族の教育上の権利及びプライバシー法」では、18歳未満の生徒の情報は書面による親の承諾が必要であると定めている。一方、18歳以上の学生の情報は書面による本人の承諾が必要である。
従って、研究ネカトを犯した人が学生・大学院生だった場合、教育省から助成金を受領している大学は、学生・大学院生本人の承諾なしに教育上の記録を外部に提供できない。
なお、「大学教育省から助成金を受領している」大学がどの程度あるのか、チャンと調べていない。
日本では、研究ネカトを犯した大学院生の実名が公表されるが、法的に問題はないのだろう。しかし、「べきだ」論としてはどうあるべきなのか? 「独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律」や「実名報道 – Wikipedia」を参考にしたけど、白楽としては、答えがでない。
スウェーデンでは、事件報道において一般市民は原則匿名で、政治家・上級公務員・警察幹部・大企業経営者・労働組合幹部など社会的に大きな影響力のある「公人」が事件に関与したとされる場合に限って、実名で報道される(匿名 – Wikipedia)。
★匿名の長所
- メディアによる「報道刑」が科されないので、本人への不当な攻撃が少ない。
- 社会の過剰反応がない。
★匿名の短所
- 事件の容疑者・犯人を特定できないので、事件の検証が困難で信憑性が疑われる
- 事件の現実感が乏しい
- 社会的制裁が加えられず、事件報道の予防効果が減る
- 犯人が別の研究機関に移籍しやすく、過去を清算しやすい
- 事件を知らない他省庁・組織への研究費申請ができる
- 再犯率が高いと仮定すると被害者が増える。大学院生・ポスドクが当該犯人と知らずに研究室に入ってしまう
- 事件の統計が取りにくいので、防止策の策定がより困難になる
●【白楽の感想】
《1》 機器が誤動作
匿名イーの事件は、裁判の判決前なので、憶測は控えたいが、機器が誤動作したから自分のデータが改ざんとみなされたなんて、なんという言い草だ。
実験では機器の誤動作の可能性が常にある、としてデータを見るのが常識だ。それは、(注意深い)研究の一部だ。
《2》 指導教員の役割
メラニー・ココニスの事件で述べたが、大学の指導教員が研究室の大学院生の研究ネカトに遭遇した時、そのまま大学に公益通報するはどう考えてもおかしいと感じる。日米文化の差なのか、白楽が特殊なのか?
研究室の大学院生の不始末は、指導教員が、まずは、教育的指導をすべきだ。大学院生の大半の研究ネカトは、基本的に、指導教員の責任ではないのだろうか?
どうしても、大学院生が言うことを聞かないなら、研究室外に問題を持ちだすことはやむを得ない。この場合、初めて、指導教員の責任が免責される。
白楽の場合、研究室の学生・院生がおかしいデータを持ってきたら、そのまま、学会発表や論文発表させたことはない。少しでも疑念があれば、生データをもってこさせ、逐一操作過程を聞き、白楽が納得するまで実験のすべての詳細をきく。その時、学生・院生がヘンに嫌がれば、追求は中断するけど、疑念が残ったまま、学会発表や論文発表させることはない。博士論文も同じだ。卒論・修士論文は徹底できない面もあったが・・・。
大学院生の不始末は、基本的に、指導教員に責任がある。それを、ワザワザ、大学に不正研究だと伝えて、博士号を取り消させるのは、白楽には異常な気がする。
学生運動が華やかだった頃の昔の話。ある研究室の大学院生がデモで警察に捕まった。警察から研究室に連絡があり、研究室の教授がもらい下げに行ったそうだ。
《3》 前例を真似て訴訟?
匿名イーの博士号取消の停止を要請する裁判は以下の例を参考にした印象だ。
スービ・オーア(Suvi Orr、女性)は、6年前の2008年に授与された研究博士号(PhD)が2014年、データ改ざんなどで、テキサス大学(University of Texas-Austin)から取り消された。それを裁判に訴えた。(①UT graduate accused of falsifying data sues to keep her degree | www.mystatesman.com、②Scientist found to have falsified data in thesis sues to keep her PhD – Retraction Watch at Retraction Watch)
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- ディパク・ダス(Dipak K. Das)(米) 2015年2月20日
●【事件の深堀】
★不可解な事件
ダス事件は不可解な点が多い。
本人は、一貫して、ウェスタンブロット像の加工をしていないと述べている。
大学教授になって20年も経ち、発表論文が500報以上もあり、自分の「レスベラトロールの心臓保護作用説」も有名で、3つの研究雑誌の編集担当をしている56歳の教授が、いまさら、データ改ざんをするだろうか?
一方、赤ワインに含まれる抗酸化物質・レスベラトロール(resveratrol)は、米国だけでも年間3000万ドル(約30億円)の市場規模である(国際ニュース:AFPBB News)。食品企業・製薬企業などのカネに絡む陰謀や学内政治がうごめいているだろう。ダスの敵は多いだろう。彼の失脚で金銭的に得した人がいるに違いない。
そういう状況にあることは容易に想像がつく。
おまけに、不可解と指摘するサイトもある(DR. DIPAK K. DAS (1947-2013) | The Dreamheron Chronicles)。
さらに、不都合な真実が隠ぺいされている印象もある。
コネティカット大学・調査委員会は、6万ページの報告書作成し、報告書の要約を一時期インターネット上に公開していたが、大学が削除した。2015年2月13日現在は見つからない。コネティカット大学にとって具合が悪いので削除したのではないかと勘繰りたくなる。
報告書へのダスの反論もインターネットでは見ることができたが、それも削除された。ある人がコピーしたのをココ(Dr Dipak Das response)で見ることができる。
ダスは、研究クログレイの1種である「贈与著者(gift authorship)」などの不正は認めている。しかし、一貫して、ねつ造・改ざんはしていないと主張している。
★人種差別?:インド(+近辺国)
人種差別的偏見からダスの失脚をはかったという説もある。
インド(+近辺国)出身の欧米の研究者が「研究上の不正行為」で悪者とされた事件がソコソコある。人種差別かどうか不明だし、特別多いのかどうかも不明だが、リストしておく。
- ランジート・チャンドラ Chandra, Ranjit
- エリアス・アルサブティ Alsabti, Elias
- ヴィプル・ブリグ Bhrigu, Vipul
- ディパク・ダス Das, Dipak
- アニル・ポティ Potti, Anil
- ヴィジェイ・ソーマン Soman, Vijay
- モナ・ティルチェルヴァン Thiruchelvam, Mona
【白楽の感想】
《1》 研究ネカトは伝染性?
ルク・ファン・パライス(Luk van Parijs)事件で、「研究ネカトは伝染性?」と書いたが、ディパク・ダス(Dipak K. Das)事件でも、2002年の以下の撤回論文の共著者がその後の事件にも関与しているようだ。
- Pharmacological preconditioning with resveratrol: role of nitric oxide.
Hattori R, Otani H, Maulik N, Das DK.
Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2002 Jun;282(6):H1988-95. Retraction in: Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2012 Jun 1;302(11):H2446.
第1著者は日本人のReiji Hattoriで第2著者も日本人のHajime Otaniである。調べると、この2人は、関西医科大学・胸部心臓血管外科の服部玲治(HATTORI Reiji)と大谷肇(OTANI Hajime)であると先に書いた。
そして、ナント、服部玲治は、「2008年に朝日新聞と読売新聞で取り上げられた心臓外科の手術ミス(服部玲治先生執刀)」とあり、真偽のほどは計りかねるが、寺田次郎のブログで「関西医大の隠蔽捏造」の1人に指名されている(関西医大の隠蔽捏造 警察と検察 今村洋二 澤田敏 服部玲治 高林あゆみ 済生会野江病院 徳洲会)。
研究ネカトは伝染する?
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- アリリオ・メレンデス(Alirio Melendez)(シンガポール) 2015年2月17日
●【事件の深堀】
★本人は7論文は「責任ない」と主張
メレンデスは自分はシロだと主張している。2013年10月16日付けで、主張をウェブにアップしている(Statement AJ Melendez 16 Oct 2013 | Prof AJ Melendez)。
シンガポール・ナショナル大学が不正だと報告した論文群の内、少なくとも以下の7報は、私にはなんら責任がないことを強調しておきたい。それらの論文は、他の研究室が行なった論文で、私はアドバイスや試薬の提供をしたが、それ以上のことをしていない。論文は下記の通りである。
- Int. J Biochem Cell Biol 2010 Feb; 42(2):230-40. Jayapal M, Bhattacharjee RN, Melendez AJ, Hande MP.
- World J Biol Chem 2010 Nov 26; 1 (11): 321-6. Lai WQ, Melendez AJ, Leung BP.
- J Immunol 2009 Jul 15;183(2):1413-8. Lai WQ, Irwan AW, Goh HH, Melendez AJ, McInnes IB, Leung BP.
- Blood 2009 Jul 9;114(2):318-27. (NUS repport concern of plagiarism) Dai X, Jayapal M, Tay HK, Reghunathan R, Lin G, Too CT, Lim YT, Chan SH, Kemeny DM, Floto RA, Smith KG, Melendez AJ, MacAry PA.
- J Cell Physiol 2008 Mar; 214(3); 796-809. Newman JP, Banerjee B, Fang W, Poonepalli A, Balakrishnan L, Low GK, Bhattacharjee RN, Akira S, Jayapal M, Melendez AJ, Baskar R, Lee HW, Hande MP.
- Nitric Oxide 2008 Mar; 18(2), 136-45. Peng ZF, Chen MJ, Yap YW, Manikandan J, Melendez AJ, Choy MS, Moore PK, Cheung NS.
- Neuropharmacology 2007, 53, 687-98. Peng ZF, Koh CH, Li QT, Manikandan J, Melendez AJ, Tang SY, Halliwell B, Cheung NS.
★本人は「シロ」と主張
2013年10月24日付けでも、自分はシロだとの主張をウェブにアップしている(paper-by-paper review | Prof AJ Melendez)。
無実なら自分で無実を証明しなさいと多くの人に言われるが、そのためには、シンガポール・ナショナル大学の研究室にある自分のデータにアクセスする必要があるが、アクセスは許可されていない。また、シンガポール・ナショナル大学の担当者と話し合いたいと申し入れているが、彼らは私の要求を一度も認めたことがなく、また、何も返事してこない。
シンガポール・ナショナル大学は、「私が有罪」という報告書を作成し、関係者は『報告書は完全である』と述べているが、秘密文書扱いという理由で、外部の人は報告書を見たことがない。私は、報告書を見せられた時、直ちにいくつかの間違いを発見し、訂正するように求めた。ただ、私は訴訟を起こすことも想定している。裁判で、いたずらに私が不利になったり権利を失うのを恐れて、シンガポール・ナショナル大学の許可なしにこの報告書を公表するつもりはない。
しかし、私は、私のキャリアを大きく損傷した調査に重大な失策があったと思う。それで、私は、問題とされた1つ1つの論文の状況を説明しようと考えた。私は、これが、私への疑念に対する質問への回答となると望んでいる。
という書き出しで、27論文をリストし、1つ1つの論文について、シンガポール・ナショナル大学の指摘に対し、メレンデスは、自分がシロだと主張している点を解説している。
27論文は多いので、最初の1論文だけ記述する。興味のある方は、原典をご覧ください。
- 論文:Peng ZF, Koh CH, Li QT, Manikandan J, Melendez AJ, Tang SY, Halliwell B, Cheung NS. Neuropharmacology 2007, 53, 687-98.
- シンガポール・ナショナル大学の指摘:図3Bのゲルの32kDaと17kDaのバンドの背景は、強度がはっきりと違い、形は直線的である。他のバンドをこの図に挿入したに違いない。さらに、図1BのDICグラフは後の論文(Nitric Oxide 2008)で再使用されている。
- メレンデスの説明:これは、シンガポール・ナショナル大学の調査がイイカゲンだということを示すものだ。この論文に対する私の関与は、マイクロアレイ実験についてアドバイスしただけである、私は実験計画を立てていないし、実行もしていない。論文の文章を執筆もしていない。この論文は別の研究室で作成されたもので、私は協力したけれども、マイクロアレイ実験についてアドバイスしただけである。他のどのようなデータの作成/分析もしていないし、執筆もしていない。
論文は8人共著で、メレンデスは第一著者でも最終著者でもない。5番目の著者である。となると、常識的には、実験の計画を立てていない、執筆していない、重要なデータの作成/分析はしていないだろう。内容や実態を知らないが、メレンデスの主張が正しい印象を受ける。
写真出典●【白楽の感想】
《1》 不明瞭
事件の全貌がつかみにくい。
シンガポール・ナショナル大学は調査報告書を公表しない。
英国・リバプール大学は事件にコメントしない。
メレンデスは病気で大学を休んでいたり、記者の質問に回答しない。
一方、メレンデスは自分はシロだとウェブで主張している。
《2》 指導教授の責任
彼の大学院時代の指導教授・ジャネット・アレン(Janet Allen)が英国政府の要職(英国政府の研究助成機関・Biotechnology and Biological Sciences Research Council の研究部長)から辞任した。アレンは、当時、英国・グラスゴー大学(University of Glasgow)・分子医学・教授だった。
辞任は、メレンデス事件と無関係と述べているが、関係しているに違いない。
一般的に、かつての弟子の研究規範違反は、大なり小なり、研究博士号指導教授に責任がある(白楽の考え。日欧米での公式な処理では責任を追及していない)。ただ、責任を取って特定の役職を辞任する例は極めて珍しい。
かりに、研究博士号指導教授に責任を取らせるとして、どの程度の責任を取らせるのか? 基準は必要だろう。
今のところ、グラスゴー大学・院生時代の論文に撤回論文はないし、アレンとの共著論文(全部で9報)に撤回論文はない。しかし、メレンデスが最初に発表した論文はグラスゴー大学・院生時代の1998年に出版している。その論文に続く8論文はアレンとの共著である。だから、メレンデスは、アレンの研究スタイルにほぼ100%染まっていると思える。
《3》 インターネット時代
「研究上の不正行為」のシロ・クロの判定は、劇場型というか、双方向型、フラット、裁判員裁判というか、研究者参加型の様相を呈している。
メレンデスは自分はシロだと主張している根拠をインターネットで2回、公表している。
一方、シンガポール・ナショナル大学は調査報告書を公表しない。英国・リバプール大学はコメントしない。となると、多くの人は、両機関の調査に不審を抱き、多分、ズサンだったり、調査事態に間違いや不正があるのだろうと感じる。そして、メレンデスを応援したくなる。
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- スティーヴン・イートン(Steven Eaton)(英) 2015年2月14日
《1》 刑務所で服役
「研究上の不正行為」で研究者が裁判の被告になり、研究者が刑務所で服役することはかつてはなかった。
2013年4月17日、裁判の結果、スティーヴン・イートン(Steven Eaton)に3か月の刑務所刑(懲役・禁錮)が科された。英国で最初の実刑例であり、歴史的な事件である。
それで、「研究上の不正行為」で世界的に実刑(懲役、禁錮、拘留)判決がでた研究者を調べてみた。
「研究上の不正行為」で世界で最初に投獄された研究者は、米国のエリック・ポールマン(Eric Poehlman)で、2006年6月28日、刑期は1年1日の実刑判決が下った。
2人目は、米国のスコット・ルーベン(Scott S. Reuben)で、2010年2月24日、医療詐欺のため刑期6か月の実刑判決が下った。
3人目になるところだったのが、米国のルク・ファン・パライス(Luk van Parijs)で、刑期6か月が求刑された。しかし、2011年6月13日、6か月の自宅謹慎、400時間のコミュニティサービス、61,117ドル(約611万円)の大学への支払いという温情の判決がなされた。
日本では、まだいない。
米英の傾向として、「研究上の不正行為」は実刑(懲役、禁錮、拘留)が科される方向にある。カネ・地位・健康被害・キャリア妨害など社会に損害を与え、他人の人生・健康に損害を与えるので、実刑は当然だろう。
日本も、「研究上の不正行為」を犯罪とみなすべきだ。刑法の対象にし、刑罰(懲役、禁錮、罰金、拘留、没収)を科すのが適当だと思う。法制度の改革を望む。
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- ルク・ファン・パライス(Luk van Parijs)(米) 2015年2月11日
●【事件の深堀】
★研究ネカトは伝染性?
ファン・パライスは、1998 – 2000年(28 – 30歳)、米国・カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)のデビッド・ボルティモア研究室でポスドクをしている。
デビッド・ボルティモア(ノーベル賞受賞者)は、1986年から1996年頃まで別のデータねつ造事件に巻き込まれている。最終的にはシロとなったが、途中、ボルティモア自身もクロとされていた。
ファン・パライスがボルティモア研究室で過ごしたときは、ボルティモアのデータねつ造事件は済んでいたが、ファン・パライスに不正行為が伝染したのだろうか? 偶然だろうか? 「研究上の不正行為」事件者の近くから、別の独立したクロ研究者が出現する頻度が高いように思える。
例えば、1974年にサマリンのねつ造を公益通報したジョン・ニネマン(John L. Ninnemann)は、20年後の1994年に不正研究(改ざん)で「クロ」となった。
★超優秀で人柄が良い研究者が不正事件を起こす
周囲の人は、ファン・パライス(写真出典)は優秀で人柄が良いと評価している(What ever happened to Luk Van Parijs? – Adventures in Ethics and Science)
カリフォルニア工科大学でファン・パライスと同じ研究室にいたXiao-Feng Qinは、現在、エム・ディー・アンダーソン・癌センター(MD Anderson Cancer Center)の助教授だが、ファン・パライスは優秀で出世も早く、ゴールデン・ボーイだったと評価している。
研究者が仲間の研究者を“優秀”と評価するとき、世間一般の優秀とは基準が異なる。世間一般では、博士号取得者は「とても優秀」である。その「とても優秀」な人たちの集団の中でなおかつ“優秀”というからには、本当に『超優秀』なのである。
大学院時代の指導者であるのアブル・アッバス教授(Abul K. Abbas)は、ファン・パライスの印象を次のように述べている。
「私の研究室にいた時、ファン・パライスがデータ改ざんしている片鱗は一片もありませんでした。だから、マサチューセッツ工科大学でねつ造・改ざんが発見されたと聞いた時、大変驚きました。私の研究室でファン・パライスが発表した論文も調査しなければならないとは、直ぐに思い至りませんでした。それでも念のためを考えて、研究所の上層部に、調査した方が良いのかどうか、相談したほどです」
ポスドク時代の指導者であるデビッド・ボルティモア教授(写真出典)は、次のように述べている。「ファン・パライスはとても魅力的な人間で、楽しく、思慮深く、科学の造詣も深い。彼の論文に疑念があると聞いたとき、私は心底、とても驚きました」
研究者の人柄は、世間の普通の人と同じである。研究者が仲間の研究者を“魅力的な人間で、楽しく、思慮深さ”と評価するとき、世間一般の「魅力的な人間で、楽しく、思慮深さ」と同等である。
また、研究者は不正に対する潔癖さでも、世間の普通の人と同じである。イヤ、研究者は、常識にチャレンジする傾向があるので、世間一般より、ルール破りの傾向が強い。つまり、世間一般より、不正(含・結果的に不正となる)をする傾向が強いと思われる。
研究者の場合、「優秀さ」x「人柄」x「不正」の組み合わせは以下の表になる。「優秀さ」は「超優秀」と「優秀」しか書いてないが、それ以外は、研究者になれない。「人柄」が悪い場合、ボスや同僚は、その人のデータを批判的にみる傾向が強いので、不正はすぐに検出される。「人柄」が良い場合に比べ不正事件に発展しない可能性がはるかに高い。
優秀さ 人柄 不正 事件に発展 超優秀 良い する ◎ しない 不正なし 悪い する すぐ検出 しない 不正なし 優秀 良い する 〇 しない 不正なし 悪い する すぐ検出 しない 不正なし 「超優秀」で「人柄が悪い」例に挙げて申し訳ないが、例えば、2014年にノーベル賞(物理学)を受賞した中村修二さんが該当する。中村修二さんは、「人柄が悪い」のではないが、あのような個性の強い言動なら、周囲の人は、データを批判的にみる。だから、不正をすれば、すぐに検出される。
一般的に、偉い研究者は、ファン・パライス(写真出典)のように「超優秀(または優秀)」で「人柄が良い」若い研究者にコロッとだまされる。だから、「超優秀で人柄が良い研究者が不正事件を起こす」ことになる。さらに、コマッタことに、「優秀さ」が不正の巧妙さにも発揮されてしまうのである。
●【防ぐ方法】
《1》 大学院・研究初期
大学院・研究初期で、研究のあり方を習得するときに、研究規範をしっかり習得させるべきだ。研究博士号(PhD)の指導教員が規範をしっかり躾けていれば、「研究上の不正行為」をしない研究人生を過ごす可能性は飛躍的に高まる。
《2》 不正の初期
「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。
2011年7月28日のユージニー・ライヒ(Eugenie Samuel Reich)の「ネイチャー」記事にも同様な記載がある(Fraud case we might have seen coming : Nature News)。
ファン・パライスの場合、公式には、34歳の2004年、米国・マサチューセッツ工科大学・準教授の時に発覚した。
しかし、その7年前の1997年(27歳)、ファン・パライスがハーバード大学・院生の時に発表した論文(Van Parijs, L. et al. J. Exp. Med. 186, 1119-1128 (1997) )に、英国・ロンドン大学(University of London)の神経免疫学者・デヴィット・ベーカー教授(David Baker、写真出典)が、既に疑念を呈していた。
ベーカーは、論文が掲載された「J. Exp. Med.」編集部に疑念の電子メールを送ったが、編集部はボンクラで対応しなかった。ベーカーに返事もしなかった。
当時、「J. Exp. Med.」編集部は専任の編集者がいなくて、2人の研究者がボランティアで編集作業を行なっていたと後で言い訳している。そして、2人の研究者は、ベーカーの電子メールが記憶にないそうだ。まったくボンクラである。それで、編集者でございと、ヨクも言えますね。
ベーカーが指摘したその時、編集者が対応し、ファン・パライスに注意と警告を与え、論文撤回するなど、不正の初期に見つけて処分しておけば、ファン・パライスは、①改心して、以後、不正をしない。②あるいは、研究者以外の道に進む。のどちらかになった公算が高い。
「研究上の不正行為」は、知識・スキル・経験が積まれると、なかなか発覚しにくくなるし、発覚しないと不正行為をズルズル続ける。
●【白楽の感想】
《1》 巻き添え
ファン・パライスの場合、マサチューセッツ工科大学のガスト副学長が公益通報に敏感に対応し、素早く対処したことは、管理者としてみごとである。
しかし、ファン・パライスの共著者、研究室のポスドク・院生・テクニシャンは自分の失策ではないにも関わらず、多大な被害をこうむり、何ら補償されていないという問題が指摘されている。
共著だった論文が撤回されれば、ポスドク・院生は、業績論文が減り、数年の努力が無駄になる。場合によると、一生、悪いうわさがついて回り、博士号が取れない、就職・転職・昇進できない、研究グラントが採択されない、など多大な不利益をこうむる。研究室での仲間関係も構築されない。これらの不利益に対し、大学は補償してくれない。裁判の判決でも、これらの人に対する補償は一切、考慮されていない(【主要情報源③】)。
もし、企業の1つの部署(職員が10人の課としよう)で、課長が飲酒運転事故を起こし逮捕され、解雇になったとしよう。課は消滅しないし、課員はクビにはならない。企業は、課員が不利にならないように、面倒見る。しかし、大学は、研究室員の面倒を見ることはない。
社員が10人の小企業としよう、社長が飲酒運転事故を起こし逮捕され、倒産した。小企業は、社員の面倒を見れない。大学の研究室員と同じである。
ということは、研究室は小企業で研究室主宰者は小企業の社長と理解すべきなのかもしれない。
ポスドク・院生・テクニシャンは、研究室とはそういうものだと理解しているだろうか? 名門・マサチューセッツ工科大学など世界のトップクラスのブランド大学は、世界的な大企業並みの管理・統治システムを持っていると勘違いしていないだろうか?
とにかく、名門大学であろうと無名大学であろうとすべての大学は、研究室主宰者が事件・事故・病気で突然研究室を閉鎖した場合、ポスドク・院生・テクニシャンの面倒をみるシステムが必要だ。
ーーーーーー
- マーク・シェパー(Mark A. Scheper)(米) 2015年2月8日
《1》 死亡者の扱い
研究公正局は、調査委員会を発足した後に、対象者のシェパーが死亡した(45歳)ので調査を中止した。研究ネカトした研究者が、調査途中や調査以前に死亡した場合、調査すべきかを考えてみる。
★調査対象は研究か研究者か?
リー・ルドルフ(Lee Rudolph)は、研究公正局は、「研究」の公正を調べる機関であって、「研究者」の公正を調べる機関ではない。死亡した研究者の「研究」(成果、論文)は調査すべきだと主張している。
発表された論文は誰もが読むことができる。著者の生死にかかわらず、データねつ造・改ざん論文を撤回させないと、いつまでも「正しい研究結果」と思われかねない。つまり、「研究」(成果、論文)の公正性が保てない。
そうかもしれないが、調査にはヒト・カネ・時間がかかる。不審な論文は膨大にある。費用対効果を考えれば、不審論文の公正性をどこまで調査すべきかは、単純に結論できない。
研究者の世界では、従来、研究者が追試し、訂正・賛否を表明してきた。しかし、データねつ造・改ざんの視点では検討していない。調査委員会がデータねつ造・改ざんの視点で調査すると、権限、方法、費用が大きく異なる。
白楽は、現時点ではどうすべきかという答え見出せない。ゴメン。
なお、一般的に、研究公正局と研究機関は、「研究上の不正行為」の疑惑が発生した時、「研究」(成果、論文)と「研究者」の両方を調査している。
★欧米でも「死者に鞭打たない」?
「死者に鞭打たない」(死屍(シシ)に鞭打たない)、つまり、死んだ人の言行を非難しないのは、東洋的風習である。昔(春秋時代・呉)の中国の「伍 子胥(ご ししょ)」という、政治家、軍人が残した言葉である。
この東洋的風習は、事件を大きくゆがめるので、白楽は、大嫌いである。
欧米でも「死者に鞭打たない」風習があるのだろうか?
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- ヴィジェイ・ソーマン(Vijay Soman)、フィリップ・フェリッグ(Philip Felig)(米) 2015年2月5日
●【事件の深堀】
★常習
日本学術会議会長・金澤一郎が2009年7月3日に講演で述べているように、ソーマン事件は論文盗用事件だと思われている面もある。
だから、論文盗用事件だけだと思っていた時、白楽は、どうしてこんな単純な盗用をしたのだろうと不思議に思った。
つまり、他の研究者の論文原稿を盗用したわけだが、原稿には著者がいる。査読段階で発覚したのはタマタマだが、出版されたら、糖尿病研究という狭い領域なので、元著者からクレームがつくのは明白だ。それなのにどうしてこんな盗用をしたのだろう?
冷静に考えれば身の破滅を招くのは必至だ。そう考えると、ソーマンは1980年の盗用が初めての不正ではないと推察できた。今までにも、他人の成果を自分のものにすることをしてきたに違いない。いろいろな不正を見つからないように工夫し、常習的に行なっていたに違いない、と感じた。
そして、事件をさらに調べていき、撤回論文が11報もある事実に直面し、ねつ造も発覚し、論文盗用が1件だけの事件ではないことがわかってきた。
1976年(32歳)でイェール大学の助教授になって、最初の盗用が発覚する1980年(36歳)までに20論文発表しているが、その内11論文が撤回されていた。最古の撤回論文は1977年に発表しているねつ造論文である。ちゃんと調べれば、もっと古い論文にも研究ネカトは見つかるに違いない。
最初から不正にまみれた研究人生を歩んできていたのだ。
●【防ぐ方法】
《1》 インド出身研究者に注意
人種差別的発言はしてはならないが、事実として、記載する。
インドで生まれ育って、大学院・研究初期で米国にきた研究者に「研究上の不正行為」者が多い。このキャリア・コースの研究者は要注意である。しかも、不正行為は堂々として、大胆である。
このキャリア・コースの研究者は米国人著名研究者に気に入られる要素が多いのだろう。多分、英語は流暢で、頭脳明晰、服装は整い、態度には礼節がある。米国人著名研究者はすっかり信用してしまう。
しかし、多くの「研究上の不正行為」者は、最初から、だます。
インドでは裕福な家庭に育っているのだろうが、インドの文化が、不正をしてでも成功することを優先しているように思える(白楽はインド文化を十分理解していないが・・・)。
《2》 不正の初期
「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。
ソーマンの場合、監査役のジェフリー・フライヤーが3時間監査しただけでデータねつ造が発覚している。上司のフェリッグ教授が、時々、ソーマンに診察記録、データシート、実験ノートをもってこさせ、データの整合性をソーマンと突き合わすべきだった。これは、1回に1~2時間かかるが、重要な作業だ。学会発表や論文原稿をまとめ始める前、あるいは、数か月に一度はすべきだろう。白楽は、研究室の学生・院生と最低でも毎週一度、一対一でデータ検討会を行なってきた。
そういうデータ検討会でデータと分析を確認していれば、研究ネカトを初期に発見できる。というか、そのような状況なら、部下は研究ネカトをしない・できない。
データ検討会をしないのはとても不思議である。
●【白楽の感想】
《1》 当時、白楽は近くにいた
1980年3月から2年間、白楽はベセスダのNIH・国立がん研究所のポスドクだった。同時期、東大・第三内科から糖尿病研究者の春日雅人(かすが まさと、現・国立国際医療研究センター総長)がジェシー・ロス(Jesse Roth)の研究室のポスドクだった。
インネンは知らないが、春日さんは、白楽がいたケン・ヤマダ研究室でインスリン受容体のウエスタンブロットの実験をしていた。素晴らしいスピードで習得していったが、当時、彼は基礎的実験法に疎く、白楽が手ほどきした覚えがある。白楽は春日さんとの共著論文もある。
しかし、春日さんの本来の所属研究室・ジェシー・ロス(Jesse Roth)研究室でこんな事件が起こっていたとは、いままで、全く知らなかった。当時、春日さんも何も言わなかった。なんとも不思議な縁である。
《2》 管理者の問題
今回の事件の流れでわかるように、若い女性ポスドクのロッドバードの糾弾に、上司のロス部長、相手のフェリッグ教授、バーリナー医学部長は、事実を究明し問題を解決することよりも、通報者を脅し、臭いものにフタをし、退職させることに汲々としている。つまり、事件を握りつぶそうとしている。
地位と権力を握る多くの人は同様の行為をする。
この志向が諸悪の根源である。このような人が地位と権力を握る人事制度が腐敗をもたらす。この人事文化もなんとか変えないとマズイ。
ロッドバードのような公益通報が陽の目を見る割合は、データを持っていないが、推察では、10件の内1件か100件の内1件ではないだろうか?
最大の阻害因子は、偉い人が事件を握りつぶす行為である。
《3》 マスメディアの問題
今回、1981年のニューヨーク・タイムズの記事(主要情報源①)を元に書いたが、単なる新聞記事なのに、事件の詳細が冷静で克明に記述されている。本人だけでなく、関係した教授・学科長・学部長にも取材して、事実を記載している。素晴らしい資料で、事件の問題点や再発を防ぐヒントもたくさんある。学術論文並みの重要さだ。
ひるがえって、日本では、マスメディアにこのような記述がほとんど見当たらない。今後も期待できない。マスメディアが書かないなら研究者が事件を分析してもいいのだが、研究規範の研究者はあまりいないから、学術論文としての事件分析はほとんどされない。日本には研究公正局がないから、詳細な調査もない。
これらを変えないとマズイ。
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- パウル・カンメラー(Paul Kammerer)(オーストリア) 2015年2月2日
●【事件の深堀】
★自殺の謎
①ねつ造発覚が原因説
②うつ病が原因説
③マーラーに失恋が原因(はどうでしょう?)
カンメラーは音楽にも関心があり、青年時代にウィーン音楽アカデミーでピアノを学んでいる。
そして、美貌で華麗な男性遍歴で知られる音楽家のアルマ・マーラー(Alma Mahler、写真出典 左、右)が、マーラーの夫の死後すぐの1911年と1912年、無給の実験助手としてカンメラーの実験室で働いている。マーラーは33‐34歳で、カンメラーは31‐32歳である
カンメラーは、マーラーに激しく恋をした。
カンメラーは、「もし結婚してくれないなら」、グスタフ・マーラー(マーラーの亡夫)の墓の前で、ボクは自殺すると脅している。
1926年の自殺は、マーラーへの失恋が原因とみる向きもある。そして、データねつ造した実験助手はマーラーというはストーリーだ。ただ、ねつ造の発覚と自殺は1926年で、マーラーが実験助手を辞めたのが1912年だから、14年も経っている。ねつ造と自殺はマーラーとは関係ないだろう。
マーラーとは別の女性・グレーテ・ヴィーゼンタールとの色恋沙汰が原因という説もある。
女性との関係のもつれなども取りざたされています。名家ヴィーゼンタール家の5人の姉妹たちとの、とっかえひっかえの恋愛が有名です。とりわけグレーテ・ヴィーゼンタールが新しい研究所を創設するためにカンメラーがモスクワに赴任する際、彼との同行を拒絶したことが最大の原因だったとの説も有力視されました。(出典:下田 親 「第93回 パウル・カンメラーの自殺」)
④政治抗争が原因(はありますかね?)
カンメラーはユダヤ人ハーフで、ウィーンにあるユダヤ系の実験生物学研究所の研究員だった。反ユダヤ運動による排斥を受けたという話もあるが、充分、調べていない。
カンメラーと同じ頃、ソビエト連邦ではイヴァン・ミチューリンによって獲得形質の遺伝が力説され、生物学界に一定の支持を得ていた。トロフィム・ルイセンコ(1898年9月29日 – 1976年11月20日)はミチューリン理論を支持し、「獲得形質が遺伝する」理論に基づき、ソビエト連邦の農業政策を大々的に変えていった。
ルイセンコは、ソビエト連邦の最高権力者・スターリンに支持されソビエト連邦の科学界でも強大な権力を握っていく。しかし、ミチューリン理論はソビエト連邦以外では支持されていない。この政策抗争でカンメラーは排斥を受けたという話もあるが、充分、調べていない。
⑤オーストリア山中でピストル自殺
「オーストリア山中でピストル自殺」と書いたが、そう伝えられているから単純に書いた。しかし、当時、オーストリアで、ピストルは入手可能だったのだろうか? 猟銃ならまだしも、なんかヘンな気がする。
★エピジェネティックの登場でカンメラーが再登場
生物学の基本原理の1つは、子が親に似る、つまり、遺伝である。遺伝は、親の生殖細胞の遺伝子DNAが子に伝わるからである。
個体発生では、両親のDNAを受け継いだ受精卵の細胞は分裂・増殖する過程で、DNA複製→mRNA転写→タンパク質翻訳される。合成されたタンパク質が各組織・器官の分化の実態を担っていく。かつて、この時、各細胞のDNAは全く変化しないと考えられてきた。
では、各組織・器官に特徴的なタンパク質の合成はどのように選択されるのか?
DNAのどの部分(つまり、どの遺伝子)をmRNAに転写するかで決まる。だから転写が重要である。
基本はそれでいいのだが、少し特殊なケースでは、各細胞のDNA「全く変化しない」のではなく、DNAに少し変化がある。その概念を、1942年、ウォディントン(C. H. Waddington)が造ったエピジェネティクス(英語: epigenetics)という用語で説明されている。
エピジェネティクスの現在の概念は、「DNAの変化は、DNA塩基配列の変化を伴わない後天的な遺伝子制御の変化」である。DNAの変化は、DNAメチル化やヒストン修飾などで引き起こされ、体細胞の細胞分化、がん化、遺伝子疾患の発生、脳機能、などにかかわっている。
もし、この変化が生殖細胞のDNAに及ぶなら、獲得形質が次世代に遺伝する可能性が起こり得る。この可能性について、現在、研究進行中である。例 ①研究内容|生殖細胞のエピゲノムダイナミクスとその制御
線虫では、獲得形質が次世代に遺伝しそうだとする2014年の論文もある(無料閲覧可)。
そして、エピジェネティク説の重要性が高まるにつて、カンメラーの実験を支持する論文や文章が、現代にも登場するのである。
2009年、チリ・サンチャゴのチリ大学・発生学者・アレキサンダー・ヴァーガス(Alexander O..Vargas)が、カンメラーを擁護する論文を発表した(以下が書誌情報)。
- Did Paul Kammerer discover epigenetic inheritance? A modern look at the controversial midwife toad experiments.
Vargas AO.
J Exp Zool B Mol Dev Evol. 2009 Nov 15;312(7):667-78. doi: 10.1002/jez.b.21319.
論文無料閲覧ココで可
ヴァーガスの論文は、カンメラーの実験はデータねつ造とされたが、エピジェネティクス的に再現可能だというのだ。つまり、実は、ねつ造ではないかもしれないと。再現実験ができなかったのは、充分に実験していないからだと。
ヴァーガスの論文に対して翌2010年、米国・インディアナ大学の科学哲学者・サンダー・グリボフ(Sander Gliboff)は否定的な論文を発表した。
「ヴァーガスは、カンメラーの論文を十分読んでいない。十分読まないで、カンメラーの実験内容と結果を誤解してモデルを構築した。だから、当然ながら、ヴァーガスのモデルでは、カンメラーの結果を説明できない」、と。
- Did Paul Kammerer discover epigenetic inheritance? No and why not.
Gliboff S.
J Exp Zool B Mol Dev Evol. 2010 Dec 15;314(8):616-24. doi: 10.1002/jez.b.21374.
●【白楽の感想】
《1》 大人気である。どうして?
パウル・カンメラー(Paul Kammerer)は、約90年前に死亡した研究者なのに、いまだに、大人気である。記事が多い。
本人がデータねつ造したのではないかもしれないが、データねつ造事件の責任者である。それだけで、研究者としては「否定」されるべき人物で、「忘れ去られる」べき人物だ。生物学的重要性はゼロに等しいと思える。
しかし、現在もウェブに名前を散見する。写真がかなりある。著書もある。そして、最近、エピジェネティクス関連の先駆的研究者と持ち上げられている。
とにかく、大人気である。どうしてなんだろう?
マスメディア受けがすこぶる良かったらしい。なるほど、有名な科学者は全部そうだ。アインシュタインもそうだし、某氏もそうだ。
白楽は、不器用だし、不都合な真実を指摘するし、へそ曲がりなので、マスメディアに受けるのはとてもムリだ。無名で良しとしよう。
論文をタイプするパウル・カンメラー(Paul Kammerer)写真出典ーーーーーー
- Did Paul Kammerer discover epigenetic inheritance? A modern look at the controversial midwife toad experiments.
- スコット・ブロディ(Scott Brodie)(米) 2015年1月30日
《1》 写真がない
ブロディの写真をウェブ上で探すのはとても困難だった。唯一見つけたのを最初にあげたが、2人の内どちらかを特定できない。
事件が決着つく前に西海岸のワシントン大学を辞職し、東海岸のニュージャージー州に移住したため、決着がついた時点では新聞記者が写真を撮れなかったのだろう。また、ブロディは、かなり積極的・強力にウェブ上の記録と写真を抹消したと思われる。
《2》 ペナルティは世界全体に
事件が決着つく前にワシントン大学を辞職したので、大学としては、ペナルティを課す方策がほとんどなかった。
実際にワシントン大学が課したペナルティは、「将来にわたって、ブロディとの雇用や委嘱契約を禁止する」 だけだ。
これはなんとかすべきだろう。所属機関が課せるペナルティには限界がある。通常、大学・研究機関は、所属者に給与、研究費、スペース、教育権(大学のみ)を与えているが、ペナルティは、これらをはく奪することが中心である。しかし、退職者は既にこれらを受けていない。この仕組みでは、退職者には、実質なペナルティ(ダメージとなる)を与えられない。
合衆国全体に及ぶペナルティが必要だ。そうでないから、ブロディは西海岸のワシントン大学を辞職し、東海岸のニュージャージー州に移住し、チャッカリ、有力な医薬品企業・シェリング・プラウ(Schering-Plough)社研究所の研究員に転職してしまった。場合によると、研究者は他国に移動することも充分にあり得る。世界全体の共通ペナルティも必要だろう。
米国で研究ネカトし、クロと判定されても、日本に帰国して、チャッカリ、大学教授に就いている日本人もいる。日本の所属大学は承知しているのだろうか? 事情はわからないが、今のところ公式な処分の発表はない。実質上何もペナルティがない(ように思える)。
《3》 かなり抵抗した
ブロディは自分は研究ネカトしていないと主張し、調査に協力しないばかりか、さまざまな抵抗をした。
冒頭部分に書いたが、ブロディの抵抗はすさまじかった。
①ワシントン大学の結論に異議を唱えた。
②さらに、研究公正局の結論にも異議を唱え、健康福祉省(HHS)の行政不服審査(Departmental Appeals Board)に持ち込んだ。
③そして、さらには、合衆国連邦地方裁判所(United States District Court)で2度も裁判をしている。
ここまで抵抗するのは、かなり珍しい。
●【防ぐ方法】
《1》 大学院・研究初期
大学院・研究初期で、研究のあり方を習得するときに、研究規範を習得させるべきだった。
ブロディの場合、研究博士号(PhD)を取得した米国・コロラド州立大学(Colorado State University)の指導教員が規範をしっかり躾けていれば、「研究上の不正行為」をしない研究人生を過ごしたかもしれない。
《2》 不正の初期
「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。
ブロディの場合、米国・ワシントン大学(University of Washington)のローレンス・コーリー教授(Lawrence Corey)が不正の初期で見つけ、それなりの処分をしておくべきだったろう。
「研究上の不正行為」は、知識・スキル・経験が積まれると、なかなか発覚しにくくなるし、不正行為の影響が大きくなる。
《3》 不正を100%見つける仕組みにする
人間はどうして飲酒運転をするか? 警察官、裁判官、教師も飲酒運転をする。
犯罪だと知っているのに飲酒運転をする。人生を破滅させるかもしれないと知っているのに飲酒運転をする。「今まで、見つかっていないので、今度も見つからない」からするのである。
「研究上の不正行為」も同じである。悪いこと、研究人生を破滅させるかもしれないと知っているのに不正をする。だから、研究者に研究倫理の講習や研修を義務化しても、効果は薄い。なぜなら、「してはいけないこと」「悪いこと」を承知していて、するのだから、「してはいけないこと」「悪いこと」と教えても意味がない。
すぐに必ず見つかれば、しない。だから、現在の研究制度を変えて、「研究上の不正行為」はすぐに100%(約98%でも可)見つかる仕組みにする。
ーーーーーー
- アンドルー・フリードマン(Andrew Friedman)(米) 2015年1月27日
《1》 追い詰められた状況
フリードマンのねつ造事件は平凡な事件だが、追い詰められて告白する過程の記事が秀逸なので、その点を強調して記載した。研究者が研究ネカトをしない警告になるかもしれない、と期待した。
●【防ぐ方法】
《1》 研究者には研究博士号(PhD)取得の義務化
大学院で、研究のあり方を習得するときに、研究規範を習得させる。
フリードマンの場合、研究博士号(PhD)を取得していないかもしれない。そうすると、研究の訓練は不十分である。医師免許(MD)を取得していても研究博士号(PhD)を取得していない者に研究をさせないのが1つの方法だろう。
《2》 不正の初期
「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。
フリードマンの場合、研究ネカトをした研究環境がわからないので、適切な予防法を提示できないが、1人孤立して研究したわけではないだろうから、上司・同僚がいるはずだ。そのような身近な研究者が、不正の初期で見つけ、それなりの処分をしておけば、①改心して、以後、不正をしない。②あるいは、研究者を止める。のどちらかになった公算が高い。
フリードマンの場合、不正発覚後、大学を辞めて、実際に、研究者を止めている。医師として、医院を開業した。
「研究上の不正行為」は、知識・スキル・経験が積まれると、なかなか発覚しにくくなるし、不正行為の影響が大きくなる。
《3》 不正を100%見つける仕組みにする
人間はどうして飲酒運転をするか? 警察官、裁判官、教師も飲酒運転をする。
犯罪だと知っているのに飲酒運転をする。人生を破滅させるかもしれないと知っているのに飲酒運転をする。「今まで、見つかっていないので、今度も見つからない」からするのである。
「研究上の不正行為」も同じである。悪いこと、研究人生を破滅させるかもしれないと知っているのに不正をする。だから、研究者に研究倫理の講習や研修を義務化しても、効果は薄い。なぜなら、「してはいけないこと」「悪いこと」を承知していて、するのだから、「してはいけないこと」「悪いこと」と教えても意味がない。
すぐに必ず見つかれば、しない。だから、現在の研究制度を変えて、「研究上の不正行為」はすぐに100%(約98%でも可)見つかる仕組みにする。
ーーーーーー
- マイケル・ブリッグス(Michael H. Briggs)(豪) 2015年1月24日
《1》外国の大事件
オーストラリアでウィリアム・マクブライドと並ぶ大事件だったそうだ。しかし、日本では全く知られていない。
いいんだろうか?
《2》調査記録が秀逸
主要情報源②に調査記録が整理されている。今まで調べた「研究上の不正行為」の中で、この記録の整理と保持はトップクラスである。
ただ、写真が少ししか見つからない。
《3》医薬品の事件
ヒトが医薬品を摂取する。助成金バイアスがかかり研究ネカトをした論文の医薬品は、必ず、ヒトの健康を損なう実害がある。健康被害の調査を十分にしないが、補償額が巨額になるからだろう。泣き寝入り被害者は、一般大衆である。
不正研究者にもっと強いペナルティを課さないと、ズル研究者が後を絶たない。「研究を損ねないでズル研究者をたたく」。なんとかしないと。
【防ぐ方法】
《1》大学院・研究初期
大学院・研究初期で、研究のあり方を習得するときに、研究規範を習得させるべきだった。
ブリッグスの場合、英国・リバプール大学(Liverpool University)か、研究博士号(PhD)を取得した米国・コーネル大学(Cornell University)の指導教員が規範をしっかり躾けていれば、「研究上の不正行為」をしない研究人生を過ごしたかもしれない。
《2》不正の初期
「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。
ブリッグスの場合、ディーキン大学で研究ネカトが発覚しているが、多分、それ以前から不正をしていたと思われる。その不正を初期段階で見つけて処分しておけば、①改心して、以後、不正をしない。②あるいは、不正者はあまり出世しないので不正行為の影響が少ない。のどちらかになった公算が高い。
「研究上の不正行為」は、知識・スキル・経験が積まれると、なかなか発覚しにくくなるし、不正行為の影響が大きくなる。
《3》不正を100%見つける仕組みにする
人間はどうして飲酒運転をするか? 警察官、裁判官、教師も飲酒運転をする。
犯罪だと知っているのに飲酒運転をする。人生を破滅させるかもしれないと知っているのに飲酒運転をする。「今まで、見つかっていないので、今度も見つからない」からするのである。
「研究上の不正行為」も同じである。悪いこと、研究人生を破滅させるかもしれないと知っているのに不正をする。だから、研究者に研究倫理の講習や研修を義務化しても、効果は薄い。なぜなら、「してはいけないこと」「悪いこと」を承知していて、するのだから、「してはいけないこと」「悪いこと」と教えても意味がない。
すぐに必ず見つかれば、しない。だから、現在の研究制度を変えて、「研究上の不正行為」はすぐ、100%(約98%でも可)見つかる仕組みにする。
ーーーーーー
- ジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste)(仏) 2015年1月21日
《1》錯誤
今回、錯誤を取り上げた。
「錯誤」は、広辞苑第六版によれば、以下の通りだ。
①あやまり。まちがい。「―を犯す」。
②事実と観念とが一致しないこと。現実に起こっている事柄と考えとが一致しないこと。「時代―」本人は真実と信じていたが研究界では誤りとされた学説を、白楽は「錯誤」と命名した。英語の「pathological science」のことで、これを「病的科学」と訳す日本語もあるが、誤解を与える悪訳である。
研究者にとって「錯誤」はつきものである。極端に言えば、新しい仮説はほぼ全部「錯誤」と同様なメカニズムで提唱される。
ただ、事実・理論に合わない、あるいは、再現実験ができないと、研究者は自分の新しい仮説を事実・理論に合うように、再現実験ができるように修正する。それをしないで元の仮説に固執すると、研究界で無視され、忘れ去られる。
超有名・カリスマ研究者が、事実・理論に合わない新しい仮説を修正しないで、主張し続けると、研究界はxx事件とし、仮説を排斥する。その仮説を「錯誤」とみなすのである。中級以下の研究者が同じことをしてもxx事件にはならない。単に無視されるだけである。
錯誤は、研究ネカトではない。本人は真実と信じるが、研究界では誤りとされる。つまり、公式には「間違い」である。だから、本来、仮説を展開した論文を撤回すべきである。錯誤を研究クログレイに分類する。
研究界が誤りとするので研究費などの支援は得られなくなるが、研究者当人へのペナルティはどうあるべきなのだろう? 研究ネカトと違い、本人に悪意はないと思われる。
「錯誤」は、新しい仮説の誕生に付き物である。
そして、科学上の事実は、多数決で決まらない。政治や宗教で決めることもできない。そういう例はたくさんある(例:ガリレオ・ガリレイ)。
イヤ、科学上の事実は、科学者の多数決で決めるべきなのだろうか? 実際、多数決で決まっていると理解すべきだろうか?
錯誤事件には、コマッタことに信奉者がそれなりにいる。例 ①水は情報を記憶する、②ホメオパシー出版スタッフブログ: ベンベニスト博士――タブーの実験をしたために転落した科学者、③2004年の「Inflammation Research 」論文: Histamine dilutions modulate basophil activation – Springer
《2》 共著者の責任
ベンヴィニストがどうして、こんな妄想を抱き、論文として発表したのか、動機がわからない。イヤ、動機は、世間が驚くような大発見をしたい気持ちだろう。動機はわかる。
しかし、「分子が実在しないときにも生物活性がある」わけがない。これは、理系の大学生以上なら充分理解している。化学・物理・生物学の基本中の基本だ。だから、仮説とする前に「そんな馬鹿な」アイデアを採用しないのが通常だ。科学的な冷静さを欠いている。
さらなる問題は、論文にはベンヴィニスト以外に12人の科学者が共著者になっている。12人の内、1人も異議を唱えなかったのだろうか?
1人も異議を唱えなかったのだろう。だから共著者に名前を連ねているのだ。ココも、常軌を逸している。ベンヴィニストがカリスマ研究者だとしても、理解できない。
12人の共著者が無罪放免だったかどうか良く知らないが、非難された記述がない。これも納得できない。
論文でメリットがある人は全員、不正論文でデメリットを課されるべきだ。そうじゃなければ、不公平だ。
ジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste) 写真出典
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- ウィリアム・サマリン(William Summerlin)(米) 2015年1月18日
《1》 悪いのは、弟子かボスか
マーク・スペクターにラッカー、シェーン(物理学)にバトログ、そして今回のサマリンにグッド、どれも後者は前者の上司(指導教員)であり、その分野のカリスマ研究者だ。ノーベル賞に手が届く人たちである。学術界の重鎮なので、周囲は異論をはさみにくい。
そういう環境で、ねつ造が起こる。日本の小保方晴子も同様だ。
この場合、悪いのは必ず弟子とされてきた。行政機関、研究機関の上層部、調査員はボス側人間である。ボスを守ろうとする。
ボスの方が処世術がうまい。
ボスは弟子の研究をコントロールできるが、弟子はボスをコントロールできない。
実行犯が弟子としても、上記のような状況・環境要因を勘案すれば、本当に処分されるべきなのはボスではないだろうか?
ーーーーーー
- マーク・スペクター(Mark Spector)(米) 2015年1月15日
《1》 不正病患者
研究不正の大事件のデータねつ造は24歳の時の行為だが、それ以前から不正をしているし、経歴詐称もしている。マーク・スペクターは、「悪いと知っていてする」故意犯である。
シンシナティ大学で不正研究をし、最初からコーネル大学のラッカー教授をだまし、最初から研究界を欺いてきたのである。もう、病気としか言いようがない。「不正病」患者である。不正のプロである。
人生を、こうようなやり方で生きていく思想・信条である。どうして、そういう生き方を選択したのだろうか?
こういう人を、どう矯正するか? 矯正はできない。研究界から、排除するしかない。ところが、研究界は、「不正病」患者を排除する意識・システムが弱い。
それにしても、人生いろいろである。人の思想・信条は人によって異なるし、それはそれで良い。では、研究人生の思想・信条はどのように構築されるのだろうか? 特に、研究界で違反となる思想・信条をどこでどのように取り入れてしまったのか? そのプロセスの解明は重要だろう。
《2》 白楽の人生(思想・信条)のキッカケ
1980年秋、米国細胞生物学会がシンシナティ市で開催された。私(白楽)も参加した。ワシントンDCから自分の車を運転し、妻と2人、途中モーテルに宿泊しながら、米国をはじめて長距離ドライブし、初めて米国の学会に参加した。
米国の学会は、学会員の研究発表だけでなく、地元民へのサービス・イベントがある。その1つに、地元の高校生に細胞生物学の魅力を熱く語る会があった。多数の高校生が先生に引率され、バスを連ねてやってきていた。
シンシナティ出身のマーク・スペクターは大会場を埋め尽くす約2,000人ほどの高校生相手に、細胞生物学の魅力を語った。白楽も、その会場で、講演を拝聴した。当時、天才の誉れ高いマーク・スペクターを目の当たりにしたのである。
1年も経たない翌1981年夏、マーク・スペクターは全米の生化学・細胞生物学・がん研究界の大事件になっていた。
マーク・スペクター事件を日本に最初に伝えたのは、当時、米国・NIH・国立がん研究所でがんの細胞生物学を研究していた私である。1981年夏、日本の細胞生物学者・石川春律先生(故人 記事1、記事2、写真出典)から、がんの細胞生物学に関するNIHでの研究を、雑誌「生体の科学」の記事にするよう依頼された。
「がんの細胞生物学に関するNIHでの研究」の代わりに、大スキャンダルとなっていたマーク・スペクター事件のことを書いて原稿を送った。当時、国際郵便だったので往復2週間はかかる。それで、事前に了承を得るより、原稿を送ってしまえとばかりに、原稿依頼を受けた日の週末に執筆し、妻に清書してもらい、説明の手紙をつけて、石川春律先生に送付した。
石川春律先生は以前から白楽に好意的だったが、真面目な先生である。がんの細胞生物学に関する記事ではなく、スキャンダル話だったので、苦笑しつつも(後日談)、原稿の過激な部分を削除し、すぐに掲載してくれた。
それが、「生体の科学」1981年10月号の「リン酸化カスケード仮説の真偽」(p463~466)である。(生体の科学 スペクター事件 32(5)、463-466)
後年、1995年にバイオ政治学を提唱した私は、この事件がキッカケで、研究者の事件(研究規範・倫理)の研究にも大きく関与するようになったのである。
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- テリー・エルトン(Terry Elton)(米) 2015年1月12日
《1》 甘すぎる処分の代表
エルトンは、年俸13万146ドル(約1,301万円)の教授だが、オハイオ州立大学の処分は、3年間、学部生・大学院生・ポスドク・テクニシャンの第一指導教員になれないというものだった。
リトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)のオランスキーは、「他の同程度の不正研究では、解雇されている。このレベルの不正研究で早期退職させないのは、普通ではありえない」と述べている。
オハイオ州立大学・研究担当副学長のキャロライン・ウィティケア(Caroline Whitacre)は、エルトンの処分は「厳しい」と述べ、不正研究の対処に無知なことを露呈している。
また、ウィティケアは、エルトン事件での大学の対応を次のように弁解した。
「不正研究のそれぞれはとても多様で、2つとして同じものはないし、少しも似ていない。私たちは、不正研究に対するチェック機能と均衡機能をもっています。米国・研究公正局から再調査を要請されたのは今回が始めてです」
オランスキーは次のように批判している。「自分たちが初めて見逃してしまった言い訳を探すより、不正研究に対してできる限り完全な仕事をすることが必要です。「不正研究でしょ」と米国・研究公正局にヒジでつつかれる必要があるような、そんな無責任な大学に、税金が使われるべきではないでしょう」、と。
《2》 故意犯
エルトンのねつ造・改ざんは、どう見ても、「悪いと充分知っている」ので、「見つからないよう工夫した不正研究」という故意犯である。
最初の撤回論文の発表が2004年(45歳)なので、キャリアの中盤から不正をしたと、一応、書いたが、こういう故意犯は、多分、キャリアの初期から不正をしている。見つからないよう工夫しているので、見つからないだけだろう。
オハイオ州立大学は、自分の大学に所属する以前の論文まで責任はないと考え、2003年以前(その頃から在籍と推定した)の論文は十分に調査していないようだ。
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《1》 快楽主義と戒律
人間は、
空腹を満たせば、食べるのを適当にやめる。
充分寝れば、寝るのを適当にやめる。
このように、本能や生理肉体が抑止する行為は、社会的・法的に抑止しなくても問題ない。
しかし、本能や生理肉体が抑止できない行為の中に集団的秩序が乱れる行為がある。それを、宗教では戒律で線引した。例えば、「仏教の五戒(ごかい)」がある。
- 殺すな。
- 盗むな。
- 淫らな事をするな。
- 嘘をつくな。
- 酒を飲むな。
現代では、5は完全に崩れたが、「酒を飲むな」ではなく、「麻薬をするな」なら、充分生きている。
とにかく、欲望のままに生きると集団的秩序が乱れる行為を戒律としたのだ。
集団的秩序が乱れる行為を、現代社会は法律で禁じ、法律になじまない部分をモラルで禁じている。それらは、特定の国・民族・地域の文化・習慣に立脚している。だから、南太平洋で小児性愛が許容されていても、米国で許容されていなければ、米国ではしてはいけない。
《2》 小児性愛
ガジュセックは、ペドフィリア、小児性愛(しょうにせいあい)という特殊な性欲の持ち主だった。つまり、成人の異性に性的関心はなく、子供に性欲を感じるのである。
個人の性的嗜好が特殊であっても、それ自体は犯罪ではない。それが大人に実行されても相手が合意の上なら問題ないが、合意であるかどうかを問わず、小児に実行すると、米国・日本では社会的・法的に許容されず、強制わいせつ罪や強姦罪などの犯罪となる。
小児性愛を特殊な性欲と書いたが、それは日本的な感覚・統計値であって、米国では、特殊ではない。米国成人男性の約25%は小児に対し性的魅力を感じている(1975年のキンゼイ報告、2002年のリチャード・グリーン)。日本は数%である。
なお、当時、ガジュセックが養子として連れてきたパプアニューギニアの部族では、大人の男性と子供の性的関係は性風俗・文化・習慣となっていて、社会に許容されていた。
ガジュセックは、社会的地位が高く欲望のままに生きる快楽主義的な性格の人だった。ノーベル賞受賞後は、供応を堪能し、贅沢な食事に明け暮れたとある。
それで、社会的に許容されない行為(児童性的虐待)を実行してしまったのだろう。
ただ、具体的にどのような児童性的虐待がなされたのか、情報をさぐっても、ハッキリしない。あからさまに書きにくい事だからか?
《3》 性的記述とクールー病
欧米の文化・価値観で考えていたら、クールー病の原因を突き止められなかっただろう。クールー病はフォア族で発症したが、近隣の部族では発症しない部族もあった。フォア族でも女性と子供に発症したが大人の男性に発症しなかった。従来の病原性バクテリアやウイルスによる感染では説明しにくい。なにか特殊な文化・習慣とカップルしているのだろう。
パプアニューギニアの部族の文化人類学的解析がなければ、クールー病の原因はつかめなかっただろう。
欧米の文化・習慣では考えられないが、フォア族の女性と子供は病気で死んだ親族の脳組織を食べる習慣があった。だから、「脳組織を食べる」行為が感染源、つまり「脳組織」に原因があると推定できた。わかってしまえば、そうかと納得するが、わかる前は、マサカと思う文化・習慣と関連していたのである。
ガジュセックの学術論文での性的な描写も、好意的に解釈すれば、パプアニューギニアの部族のそういう文化・習慣を理解する一環だったのではないだろうか。単純な性病も性的な文化・習慣に影響を受けるだろうが、エイズ・ウイルスのような同性愛がらみの疾患は文化・習慣に大きく関連する。クールー病は結局、性的な文化・習慣とは無縁だったが、可能性のある文化・習慣は、トコトン理解する方針でなければ、クールー病の原因はつかめなかっただろう。
《4》 研究者として偉大だったことは文句ない
事件で悪者にされたが、研究者として偉大だったことは否定できない。
彼の名言。(出典:3分で人生を変える言葉(科学者編) カールトン・ガジュセック)
- 緩衝液を準備したり、顕微鏡を覗いたり、卵にウィルスや細菌を接種したり、孵化前のヒヨコの肺を摘出したりといった、退屈なお決まりの手順のいったい、どこに、知的な努力という、やりがいのある仕事が見つかるというのか。
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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