アンドリュー・フリードマン(Andrew Friedman)(米)

2015年1月27日掲載、2023年12月20日更新

ワンポイント:1996年x月xx日(40歳)、研究公正局は、ハーバード大学・医科大学院(Harvard Medical School )・助教授、ブリガム女性病院(Brigham Women’s Hospital)の産婦人科医だったフリードマンが、1992 年から 1995 年にかけて、患者の医療記録をねつ造・改ざんしていたと発表した。1996年4月19日から3年間の締め出し処分を科した。撤回論文は2報。国民の損害額(推定)は3億円(大雑把)。

ーーーーーーー 目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

アンドリュー・フリードマン(アンドルー・フリードマン、Andrew Friedman、Andrew J. Friedman、写真出典、リンク切れ)は、ハーバード大学・医科大学院(Harvard Medical School )・助教授、ブリガム女性病院(Brigham Women’s Hospital)の産婦人科医である。

データ疑惑を最初に指摘した人を、白楽は特定できなかったが、1995年(39歳)、ハーバード大学・医科大学院の研究科長に追求され、フリードマンは、患者の医療記録をねつ造・改ざんしていたと白状した。

その年、フリードマンは、ハーバード大学・医科大学院(Harvard Medical School )・助教授、ブリガム女性病院(Brigham Women’s Hospital)の産婦人科医を辞職した。

1996年x月xx日(40歳)、研究公正局(ORIロゴ出典)はフリードマンが、1992 年から 1995 年にかけて、患者の医療記録をねつ造・改ざんしていたと発表した。

フリードマンに1996年4月19日から3年間の締め出し処分を科した。3年間の締め出し処分は普通の処分である。

撤回論文は2論文である。

事件後、フリードマンはニュージャージー州・タイタスビル(Titusville)で産婦人科医院を開業し、2023年12月19日(67歳)現在も医療を続けている。

150117 85ブリガム女性病院(Brigham Women’s Hospital)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:ヴァンダービルト大学
  • 研究博士号(PhD):なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:1956年生まれ。仮に1956年1月1日生まれとする
  • 現在の年齢:68(+1)歳
  • 分野:産婦人科学
  • 不正論文発表:1993 ~1995(37 ~39歳)
  • 不正論文発表時の地位:ハーバード大学・医科大学院・助教授
  • 発覚年:1995年(39歳)
  • 発覚時地位:ハーバード大学・医科大学院・助教授
  • ステップ1(発覚):①第一次追及者はハーバード大学・医科大学院の研究科長
  • ステップ2(メディア):ロサンゼルス・タイムズ紙、Wired News
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School )。②米国・研究公正局、調査期間:199x年x月~1996年x月 
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:撤回論文2報
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 結末:辞職
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】 国民の損害額:総額(推定)は3億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

経歴出典:不明

  • 生年月日:1956年生まれ。仮に1956年1月1日生まれとする。
  • 1980年(24歳):米国のヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)医学研究科を卒業、医師免許取得
  • 1980~1981年(24~25歳):イェール・ニューヘブン病院(Yale New Haven Hospital)で研修医(Internship)
  • 1981~1984年(25~28歳):同・研修医(Residency)
  • 1984~1986年(28~30歳):ブリガム女性病院(Brigham Women’s Hospital)で研修医(Fellowship)
  • 19xx年(xx歳):ハーバード大学・医科大学院(Harvard Medical School)・助教授、ブリガム女性病院の産婦人科医
  • 1992年~1995年(36~39歳):データねつ造・改ざんをしていた
  • 1995年(39歳):データねつ造・改ざんが発覚
  • 1995年(39歳):ハーバード大学・医科大学院・助教授、ブリガム女性病院を辞職
  • 1996年(40歳):研究公正局がネカトと発表
  • 2015年1月(59歳)当時:ニュージャージー州・タイタスビル(Titusville)で産婦人科医院を開業
  • 2023年12月19日(67歳)現在:同医院の職を継続:情報

●4.【日本語の解説】

★2005年7月19日。WIRED News(日本語訳:米井香織/高森郁哉):深刻化する、科学研究の捏造・改竄・盗用(上)

出典 → ココ、(保存版
原文:2005年7月10日: Wired News: Faked Research Results on Rise?

少し長いけど、わかりやすいので。

アンドルー・フリードマン博士は12回目の結婚記念日の夜、何かに脅えていた。

ブリガム女性病院とハーバード大学医学部で外科医としても研究者としても優秀だったフリードマン博士は、この経歴も家族も築き上げてきた生活もすべて失うのではないかと怖れていた。

上司が真実へと着実に近づいていたためだ。フリードマン博士は過去3年にわたり、ピアレビューを受けた論文を代表的な医学雑誌でいくつも発表し、高い評価を得ていたが、それらの一部はデータをでっち上げたものだった。

フリードマン博士はのちに、ハーバード大学の調査委員会に対し、「私が経験した恐怖の度合いやばかげた考えを説明するのは難しい」と述べている。

ちょうど結婚記念日だった1995年3月13日の夜、フリードマン博士は医学部長から疑わしいデータについて説明するよう書面で命じられていた。しかし、フリードマン博士は命令に従わなかった。

「私は自分にでき得る最悪のことをしてしまった」と、フリードマン博士は証言している。同博士は医療記録が保管されている部屋に行き、3?4時間かけて数人の患者の記録がとじられたファイルを抜き出した。そして、論文の内容を裏づけるのに必要な情報を書き込み、自分の嘘を隠した。「私はデータを作った。でっち上げたのだ。そのうえ、架空の患者も作り出した」と、フリードマン博士は証言している。

フリードマン博士はその夜、帰宅した際に玄関で妻と顔を合わせ、涙を抑え切れなかった。そして翌朝、かかりつけの精神科医に緊急の予約を入れた。

だが、フリードマン博士はこのとき精神科医に真実を打ち明けなかった。それから10日間にわたって嘘をつきつづけ、この間、1通の手紙と改竄したファイルを医学部長に提出した。

しかし結局は諦め、まずは妻と精神科医に、その後同僚と上司たちに自分のしていたことを打ち明けた。

フリードマン博士は正式に事実を認め、論文を撤回し、同僚に謝罪して処分を受けた。

その後、再出発を果たし、現在は米ジョンソン&ジョンソン社傘下の米オーソ・マクニール・ファーマシューティカル社(現・ヤンセン・ファーマ社:Janssen Pharmaceuticals, Inc.)で臨床研究の責任者として働いている。

フリードマン博士はAP通信の取材には応じなかった。しかし、マサチューセッツ州医療登録委員会に保管されている、積み上げると高さ2メートルを超える書類には、1人の男が、権力と嘘、学界からの押し潰されそうなプレッシャーと苦闘した経緯が記録されている。

続きは、原典をお読みください。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★獲得研究費

アンドリュー・フリードマン(Andrew Friedman、Andrew J. Friedman)は、NIHから1992年に4件、1993年に7件、1994年に2件の研究費を獲得していた。受領額は不明だが、3年間に13件の研究費獲得はかなり多い。 → RePORT  Andrew J. Friedman

以下に5件を示す(出典は上記)

★発覚

アンドリュー・フリードマン(Andrew Friedman)のデータ疑惑を最初に指摘した人を、白楽は特定できなかった。

データ疑惑は結局、ハーバード大学・医科大学院の研究科長に伝わった。

1995年x月xx日(39歳)、研究科長からデータ疑惑の説明を求められ、フリードマンは患者の医療記録をねつ造・改ざんしていたと白状した。

★研究公正局

1996年x月xx日(40歳)、研究公正局はフリードマンが、1992 年から 1995 年にかけて、患者の医療記録をねつ造・改ざんしていたと発表した。

NIHから研究助成された研究をまとめた「1993年8月のFertil Steril.」論文 、「1995年4月のObstet Gynecol.」論文、1本の未発表論文原稿、の中のデータの約80パーセントをねつ造・改ざんしていたと、フリードマンは認めた。

研究公正局は、フリードマンに1996年4月19日から3年間の締め出し処分を科した。3年間の締め出し処分は普通の処分である。

 ●【ねつ造・改ざんの具体例】

1996年x月xx日の研究公正局の発表では、ネカト論文は以下の2報と1本の未発表論文原稿だとある。

「1993年8月のFertil Steril.」論文 、「1995年4月のObstet Gynecol.」論文。未発表論文原稿のタイトル・著者は不明。

「1993年8月のFertil Steril.」論文の書誌情報を以下に示す。1995年11月1日に撤回された。

「1995年4月のObstet Gynecol.」論文の書誌情報を以下に示す。1996年1月1日に撤回された。

研究公正局の発表では、論文のネカト部分を以下のように概略だけ示し、具体的には指摘していない。[白楽注:現在はもっと具体的に指摘するが、当時はこの程度だった]

患者の医療記録の、日付の変更、テキストの変更・追加、実際には行なっていない臨床訪問、をねつ造・改ざんしていた。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

データベースに直接リンクしているので、記事を閲覧した時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えているかもしれません。

★パブメド(PubMed)

2023年12月19日現在、パブメド(PubMed)で、アンドリュー・フリードマン(Andrew Friedman、Andrew J. Friedman)の論文を「Andrew J. Friedman[Author]」で検索すると、2002年~2015年の14年間の9論文 論文がヒットした。

「Friedman AJ」 で検索すると、1949年~2023年の75年間の264論文 論文がヒットした。本記事のアンドリュー・フリードマンとは別人の論文が多数含まれていると思われる。

2023年12月19日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、「1993年8月のFertil Steril.」論文 と「1995年4月のObstet Gynecol.」論文の2論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2023年12月19日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでアンドリュー・フリードマン(Andrew Friedman、Andrew J. Friedman)を「Andrew J. Friedman」で検索すると、上記と同じ2論文が撤回されていた。

「1993年8月のFertil Steril.」論文は1995年11月1日に、「1995年4月のObstet Gynecol.」論文は1996年1月1日に撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2023年12月19日現在、「パブピア(PubPeer)」では、アンドリュー・フリードマン(Andrew Friedman、Andrew J. Friedman)の論文のコメントを「”Andrew J. Friedman”」で検索すると、0論文にコメントがあった。?

●7.【白楽の感想】

《1》追い詰められた 

アンドリュー・フリードマン(Andrew Friedman、Andrew J. Friedman)のねつ造・改ざん事件は平凡なネカト事件である。

追い詰められてネカトを告白する過程の「WIRED News(日本語訳:米井香織/高森郁哉)」記事が秀逸なので、その記事を長めに引用した。

ネカト者が「追い詰められる」状況は、現在も同じだと思う。

研究者が「WIRED News(日本語訳)」記事を読んで、研究ネカトしないことを再認識すると期待したい。

《2》不正の初期 

「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。

フリードマンの場合、ネカトをした研究環境がわからないので、適切な予防法を提示できないが、1人で孤立して研究していたのではなく、共同研究者も上司・同僚もいた。

その身近な研究者が、ネカト初期に、フリードマンのネカトの兆候・言動、あるいは軽微なネカトを見つけ、それなりの注意・警告・教育・処分をしておけば、改心して、以後、ネカトをしなかった公算が高い。根は真面目な人のように思えるからだ。

フリードマンの場合、1992年~1995年(36~39歳)の3~4年間もネカトをした後に発覚した。こうなると、大きな処分が科される。

以後、大学を辞め、研究者をを廃業した。医師として、医院を開業し生計を立てた。

「研究上の不正行為」は、知識・スキル・経験が積まれると、なかなか発覚しにくくなるし、健康被害者がたくさんでる、研究費のムダが多額になるなど、不正行為の悪影響が大きくなる。ネカト者の処分も強くなり、社会の損失も大きくなる。

ネカトの法則:「ネカトでは早期発見・厳罰処分が重要である」。

《3》不正を100%見つけ100 %厳罰を科する仕組みにする 

人間はどうして飲酒運転をするのか? 

警察官、裁判官、教師も飲酒運転をする。

犯罪だと知っているのに飲酒運転をする。

人生を破滅させるかもしれないと知っているのに飲酒運転をする。

「今まで、見つかっていないので、今度も見つからない」からするのである。

ネカトも同じである。悪いことと知っている、研究人生を破滅させるかもしれないと知っている。それなのにネカトをする。

だから、研究者に研究倫理の講習や研修を義務化しても、効果は薄い。なぜなら、「してはいけないこと」「悪いこと」を承知していて、するのだから、「してはいけないこと」「悪いこと」と教えても意味がない。

しかし、必ず見つけ、必ず厳罰を科せば、ネカト者は激減する。

だから、現在のネカト対処システムを変えて、「研究上の不正行為」を100%(約98%でも可)見つける仕組みにする。そして、100%(約98%でも可)厳罰を科す。

この認識をすれば、「研究上の不正行為」を見つけることの重要性がわかるはずだ。

「研究上の不正行為」を見つけるネカトハンターの育成と固定した組織を国が作るべきなのだ。

日本の現状は異常だと思うが、ネカトハンターは、現在、世界変動展望・著者の1人しかいない。それも無給のボランティアである。これでは、「日本は研究不正大国」の汚名を返上できない。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の協力もあり、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【主要情報源】

① ORI NEWSLETTER、Volume 4, No. 3, Office of Research Integrity, June 1996
② 1996年5月1日、米国連邦官報:Federal Register / Vol. 61, No. 85
③ 2005年7月10日、ロサンゼルス・タイムズ紙の記者・マーサ・メンドーザ(Martha Mendoza)の記事:Researchers Feeling Pressure to Fake Data – Los Angeles Times 
④ 2005年7月10日、著者不明の「Wired News」記事:Wired News: Faked Research Results on Rise?
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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