7-9.事件から学ぶネカト対策:ウルフガング・ストレーベ(Wolfgang Stroebe)他、2012年

2017年8月8日改訂。

ワンポイント:ねつ造・改ざんは、するのが簡単で、発覚しないし、見返りが大きい。ネカト防止策を、特定の事件、例えばスターペル事件(オランダの著名心理学者の事件)を基に考えるのは片寄りすぎる。多くの事件から問題点を探ることが重要だ。40件のねつ造・改ざん事件を分析した結果、ネカト防止策として厳罰化もありだが、最重要は、ネカト発覚率を高める施策だ。それには、内部告発が最も有効だと認識すべきである。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.意図と論文概要
2.書誌情報と著者
3.論文内容
4.白楽の感想
5.関連情報
6.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【意図と論文概要】

★白楽の意図を最初に述べよう

多くの人が軽視しているが、研究ネカト対策では内部告発者(第一追及者)が最大級に重要である。米国の研究公正局がネカトを見つけることは100%ないし、大学や研究機関の調査委員会が見つけることも100%ない。研究公正局や調査委員会は、第一追及者からの通報を受け、調査するのである。

その第一追及者として、内部告発者は最も重要である。通報がなければ、ネカト行為は闇の中で、表に出ることはない。

ところが、日本社会は内部告発者(第一追及者)を尊重しない。尊重しないどころか、逆に、危害を加えている(コクハラ)。これでは社会はよくならない。

ウルフガング・ストレーベの論文は内部告発者(第一追及者)の重要性を指摘している、と白楽は想定して、論文を選んだ。

なお、白楽は、以前、この論文を引用した時、1部をつまみ食いした。読者が誤解するといけないので論文全体を示さなければ、と気になっていた。今回、ようやく論文全体を示すことができた。

★論文概要

最近のディーデリック・スターペル(Stapel, Diederik)のデータねつ造事件は、心理学者のコミュニティに打撃を与え、心理学者のイメージと自尊心を大きく傷つけた。それで、心理学者たちは、ネカトをどう防止できるかを真剣に議論し始めた。

しかし、スターペル事件は、多くのネカト事件の1つでしかない。1つの事件をもとに防止策を考える前に、他の多くの事件をよりよく知ることが有益だ。それで40件のネカト事件を調べた。

心理学は他分野よりネカトがしやすいとする意見があるが、生命科学よりネカトがしやすいという証拠はない。

査読や追試がネカトの検出に有効かという質問には、ほとんどのネカトは内部告発で発覚しているという事実で答えよう。

40件のネカト事件を分析した結果に基づいて、ネカトを減らす戦略を提案する。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

  • 第1著者:ウルフガング・ストレーベ(Wolfgang Stroebe)
    写真:Wolfgang Stroebe
    Wolfgang Stroebe – Wikipedia, the free encyclopedia
  • 国:オランダ
  • 学歴:
    1964年、ドイツのテュービンゲン大学(University of Tubingen)・修士号。専攻:心理学。
    1966年、ドイツのミュンスター大学(University of Munster)で研究博士号(PhD)取得。
    1968年、英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(London School of Economics)で別の研究博士号(PhD)取得。
  • 分野:社会心理学
  • 所属・地位:オランダ・ユトレヒト大学(Utrecht University)・教授、オランダ・フローニンゲン大学(University of Groningen)・教授。専門は社会心理学。

オランダ・ユトレヒト大学(Utrecht University)。写真出典

●3.【論文内容】

【1.序論】

この論文では、ディーデリック・スターペル(Stapel, Diederik)と他の悪名高いデータねつ造・改ざん事件を分析して、次の4つの質問に答えようと思う。

  1. ねつ造・改ざんはどれほどの頻度で起こっているのか?
  2. (社会)心理学は、他の分野よりもねつ造・改ざんがしやすいのか?
  3. 査読や追試がネカトの検出に有効なのか?
  4. 過去のねつ造・改ざん事件の教訓から、ネカトを減らすにはどのような戦略が有効か?

「科学は研究ネカトを自律的に修正できる」という話があるが、ねつ造・改ざん事件の発覚経緯の事実から、この話は神話でしかないことを証明しよう。

【2.悪質なねつ造・改ざん事件】

★「ねつ造・改ざん」の4つの副作用

  1. 第一、 【共著者の被害】。ネカトだと知らないで論文の共著者になった院生や同僚研究者のキャリアを損う。
  2. 第二、 【人間の健康被害】。臨床研究では、治療法の効力が間違って記載され、患者の健康が損なわれる。例えば、はしか、おたふくかぜ、風疹のワクチンが自閉症を引き起こすとしたウェークフィールドの1999年のネカト論文(Wakefield et al. (1999))は、予防接種をしない人を大きく増やし、大勢の子供を死に追いやった(Braunstein, 2012; Deere, 2012)。
    また、転移性乳ガンの治療では高用量化学療法+骨髄移植法が最も優れているとしたウェルナー・ベズウォーダ(Bezwoda, Seymour, & Dansey, 1995)のネカト論文は、数千人の乳ガン患者に高額な治療費を払わせ、身体を衰弱させ、しばしば死に追いやった(Maugh & Mestel, 2001)。
  3. 第三、 【科学の進歩遅延】。研究者は、論文を基礎に研究し、貴重な資源(時間だけでなく研究資金)を使うので、ネカト論文だとそれらが浪費になり科学の進歩を遅らせる。例えば、プラスチックで高性能トランジスタを作ったとする物理学者ヘンドリック・ショーンのネカト論文は、彼の発見を追試しようとした多くの研究者に無駄を強いた(Reich, 2009)。
  4. 第四、 【科学の信頼低下】。科学の「ねつ造・改ざん」ニュースがあれば、一般社会は科学を信頼しなくなる。

★スターペル事件

省略。

参照 → 社会心理学:ディーデリク・スターペル(Diederik Stapel) (オランダ)

★他の悪質なネカト事件:「ねつ造・改ざん」

スターペル事件のケースが社会心理学に特有な事件なのかどうか、また他の分野でどのようにネカト事件が起こっているのかを調べるために、他のネカト事件を探した。

探すのに使用した資料と手段は、ネカト事件に関する本(例:Broad&Wade、1982; Diekmann、2004; Goodstein、2010)、米国研究公正局(ORI)のケースサマリーと年次報告書、それにインターネット上の情報だった。

表1に「ねつ造・改ざん」事件のうち、不正がどのように疑われ発覚したかの情報が得られる事件をリストした。多くの場合、そのような情報は新聞記事になった事件である。あるいは、論文が撤回された(または撤回予定の)事件である。研究費申請書での「ねつ造・改ざん」事件は対象外である。
表1をクリックすると別窓に表が出る。それをもう一度クリックすると、表1は大きくなります。

結果として、1974年のサマリン事件から2012年の藤井善隆事件まで世界の主要な「ねつ造・改ざん」事件は、40件になり、それらを表1に示した。

分野で見ると、33件が生命科学(生物医学)、4件が心理学、2件が化学、1件が物理学である。他の分野では事件がない。生命科学が圧倒的に多く、83%を占めていた。生命科学が33件と多いのは研究者総数が多いためかもしれない。

★スターペル事件との類似点

多くの「ねつ造・改ざん」事件には、スターペル事件との類似点がいくつもある。
→ 社会心理学:ディーデリク・スターペル(Diederik Stapel)(オランダ)

  1. 第1点。スターペルは著名な研究者であるが、しばしば、同じように著名な研究者と共著で論文を発表した。このパターンは、多くの「ねつ造・改ざん」事件にみられた。
    著名な研究者自身がネカトをしたか、または、著名な研究者を共著者にした若い研究者がネカトをした。
  2. 第2点。スターペルは研究室内部の通報で発覚した。科学界の自律的な修正システムが働いてスターペルのネカトが発覚したのではない。

スターペルと同じように、研究キャリアの初期から「ねつ造・改ざん」をしていたのがハッキリしているケースもある。例えば、ダーシー、シェーン(この人だけ物理学)、スラツキースドベスペクターブレウニングである。

他の不正者は、ねつ造・改ざんの常習者ではないし、研究キャリアの後期にネカトを行なっていた。

研究キャリアの初期から「ねつ造・改ざん」をする研究者は、昇進が早く、若い時にスーパースターになっている。つまり、指導者・上司から優秀で才能のある研究者だと認められている。

ダーシーのボスのハーバード大学・ブラウンワルド教授(Braunwald)は、ダーシーがねつ造・改ざんを犯したことを知った後でも、ダーシーが優秀で、独創的な研究者だとみなしていた。

シェーンはノーベル賞候補者になるだろうと予測されていた。

これらのスーパースターのすべては異常なほど高い論文生産性を発揮していた(データ収集に時間がかからないので多作なのは当然)。そして、しばしば 「真実と思えないほど非常に良い(“to be too good to be true”)」データ(=出来過ぎたデータ)を発表した(ネカトなので当然)。そして、論文は大きな影響力を発揮した。

なお、記述上の誤りがとても少ないという共通点もあった。

例えば、シェーンのデータは非現実的なほどガウス曲線に近かった。データがあまりに綺麗すぎるので、鋭い研究者はシェーンがデータ改ざんした可能性を90パーセント以上と推定していた(ライヒ、2009)。そして、要求されても、「神童」はしばしば自分のデータを再現できなかった。

★どうして、ねつ造・改ざん?

ねつ造・改ざんしなくても素晴らしい研究キャリアを積めたと思えるのに、どうして、ネカト研究者はねつ造・改ざんをしたのだろうか?

この質問に対して、不思議なことに、ねつ造・改ざんした本人も含め、なかなか、本当の理由がわからない。

スターペルがその状況を一部語っているが、ネカト者が状況を語るのは珍しい。「社会心理学:ディーデリク・スターペル(Diederik Stapel)(オランダ)」から抜粋しよう。

最初は、論文の中のほんの少しのデータを見栄えよくしようとした、小さな改ざんから始まった。しかし、最後は、1つの論文のほぼ全部のデータをねつ造するまでに至った。まるで、麻薬におぼれるようにねつ造・改ざんの麻薬におぼれていった。研究ネカトの動機はいろいろあるとスターペルは認めているが、次のような心理状態だった。

「高評価の必要、野心、怠惰、ニヒリズム、権力への欲求、ステータスを失う心配、問題を解決したい欲望、一貫性、出版プレッシャー、傲慢、情緒的孤立、寂しさ、失望、ADD(注意力欠如障害)、解答中毒 」

ネカト者はおそらく、初めは、スターペルと同じようにデータを少し変更したことが発端になのだろう。

本来はデータから仮説が導き出されるのだが、実際は、独創的な仮説を支えるデータはしばしば不完全である。そして、論文をトップジャーナルで発表するには、仮説に完璧に合うデータしか許されないので、データを少し変える改ざんに手を染めてしまう。

良い研究をしたという評判を得て、非常に有望な研究者だと期待されると、今度は、研究者は、その後も同じレベル、あるいはさらに高いレベルの優れた論文を発表し続けなければならないと感じるし、そうしたいと本人が望む。

その状況下で、期待した研究データが出ない場合、データを少し変えることから始め、ついにはデータ収集を止めて、データを丸ごとねつ造してしまうようになる。

スターペル(Stapel 2011)は、「過去数年間、私は大きなプレッシャーを感じていました。私はプレッシャーに耐えられず、もっと良い評価を得ようと、数値をねつ造し、論文を出版したのです。私はたくさんのことを急に求め過ぎました」と述べている。

彼の説明は理屈にかなったように聞こえるが、本当のところは説明できていない。というのは、多くのトップ研究者は大きなプレッシャーを感じていても、ネカトに走らない。

さらに、スターペルは博士論文執筆で既にネカトをしていて、研究キャリアの初期からネカトに手を染めていた。

また、グッドシュタイン(Goodstein 2010)が指摘するように、ネカト者はしばしば自分が研究している研究テーマの解答を、研究する前から知っていると思うらしい。だから、解答を見つけるための研究遂行は面倒だし必要ないと思ってしまうということだ。

論文の第2著者のポストメス教授(prof. dr. T.T. (Tom) Postmes) https://www.youtube.com/watch?v=CC79nv6Tw_Q

【3.ねつ造・改ざん事件のいくつかの結論】

★ねつ造・改ざん行為の99%は事件にならない

研究ネカトが科学界でどれだけの頻度で起こっているのか、毎年、何件の事件が起こっているのか、正確なデータはない。

アンケートで推測したメタデータでは、回答者の約2%が「ねつ造・改ざん」をしたと認めている (Fanelli, 2009)。しかし、いろいろな理由でこの数値には信頼がおけない。

信頼できそうなギャラップ財団の調査 (Gallup Organization 2008)では、特定の大学の特定の学科あたり1人の研究者を選び、「過去3年間にネカト行為を見ましたか?」と質問している。この方法なら、同じ事件を重複してカウントする恐れはない。

その結果をまとめると、「毎年、研究者の1.5%がネカト行為を見た」という結果になった。

NIHから研究助成を受けている研究者を155,000人とすると、1.5%は2,335人である。ネカト行為の60%をねつ造・改ざん行為だとすると、毎年1,395件のねつ造・改ざん事件を米国・研究公正局は扱うことになる。

しかし、米国・研究公正局がクロと判定した事件数は毎年10数件である。米国・研究公正局がクロと判定している事件の約100倍の数のねつ造・改ざん行為が行われていることになる。

つまり、ねつ造・改ざん行為の99%は事件になっていない。100回のねつ造・改ざん行為のうち1回しか発覚しない。

★心理学に事件が多発しているのか?

省略

【4.科学は自律的にネカト行為を修正できるという神話】

★ネカト事件の国別分類

表1に示した40件のネカト事件の国別分類では、米国が26件と圧倒的に多く、65%を占めている。他は、3件がドイツ、2件が英国、オランダ、1件がノルウェー、韓国、南アフリカ、カナダ、中国、デンマーク、日本である。事件が少ない、あるいは起こっていない国は、起こっているけど発覚しないのか、起こっていないのか、不明である。

白楽の推定では、米国は研究ネカトの検出システムが優れていて、ネカトが発覚しやすく、かつ、ネカトを公表する文化風土がある。それで、件数が多いのだろう。他国、特に発展途上国は、実質上、米国よりはるかに多くのネカトがあると思われるが、①問題視されない、②闇で処理される、③発覚しても公表されないために、表面上少ないのだろう。

また、米国の事件というとき、事件を起こした研究者が青年期を過ごした国、研究のイロハを学んだ国は米国ではない人もいる。そういう分析も必要だろう。

★ネカト事件の発覚経緯

「科学は自律的にネカト行為を修正できる」と主張する研究者は多い。つまり、科学研究を進めるうちにねつ造・改ざん行為は自然と見つかる。それが「科学というもの」だという思想だ、と思う研究者がかなりいる。

40件のねつ造・改ざん事件の発覚経緯を、表1に示した。21件が内部告発、5件が監査、4件が外部告発、4件が追試不可、2件が現行犯、1件が査読、1件が編集委員、1件がジャーナリスト、1件が論文の読者だった。つまり、内部告発+外部告発が63%で3分の2を占めた。

つまり、事実として、科学研究を進めるうちにねつ造・改ざん行為が発覚したケースは8件で、20%しかない。

現在の研究スタイル・研究制度では研究者が仲間のねつ造・改ざん行為をチェックする機能はない。

ねつ造・改ざんが発覚すると、研究者としては致命傷なので、仲間の研究者のねつ造・改ざん行為を気軽に告発できない。十分な証拠を掴まないと告発できない。しかし、十分な証拠を掴むのはとても難しい。

つまり、事実として、現在の研究界に自浄・自律の機能はない。「科学は自律的にネカト行為を修正できる」と考えるのは神話である。

では、どうしたらよいのか?

現在の研究スタイル・研究制度を大きく変更するか、別途、研究ネカト行為に対処するための仕組みを新たに導入するかのどちらかであろう。残念ながら、そういう認識をしている研究者はごく少数しかいない。

★ネカト検出装置としての査読

省略

★ネカト検出装置としての追試・再現性

省略

★結論

省略

論文の最後著者のスピアーズ教授(prof. dr. R. (Russell) Spears) http://www.rug.nl/staff/r.spears/

【5.大学・研究機関のネカト防止対策】

ネカト行為を軽減する方策を議論する前に、過去数十年間、ネカト防止に以下のような多大な努力がされてきたことを記しておこう。

★大学はついこの間までネカトに無頓着だった

1970年代後半から1980年代初めにネカト大事件が発生するまで、ネカトは学術界と社会一般の関心を引いてこなかった(Gallup、2008)。

大学もネカト行為に無頓着だった。大学はネカトだと通報されても、行動を起こすのを非常に嫌った。

ピッツバーグ大学のスティーブン・ブレウニング(Stephen Breuning)のねつ造・改ざん事件がよい例である。
→ スティーブン・ブレウニング(Stephen Breuning)(米) | 研究倫理(ネカト)

イリノイ大学のロバート・スプレイグ・心理学・教授(Robert Sprague)が、ブレウニングがネカトをしているとピッツバーグ大学に手紙を書いたのに、ピッツバーグ大学は何も動かなかった。

スプレイグ教授はブレウニングがピッツバーグ大学・助教授に採用される前、3年以上一緒に研究していた。それで、ブレウニングが論文に記載した実験をブレウニングにはできないことを知っていた。

ピッツバーグ大学が何も動かないので、スプレイグ教授は今度は、ブレウニングに16万ドル(約1,600万円)の研究費を助成したNIH・国立精神健康研究所(National Institute of Mental Health)に、疑念を伝えた。

NIH・国立精神健康研究所(NIMH)は9か月間何もしなかったが、その後、ようやく調査を開始し、スプレイグ教授の書簡を受け取った3年半後の1987年、ブレウニングのネカトを発表した。

★研究ネカトに対処するための組織やシステム

1980年代中頃から、米国はドラマチックな変化をし始めた。

大学や連邦レベルで研究ネカトに対処するための組織やシステムを作り、対処方法が開発されていった。ほとんどの大学に、ネカト通報を受け付ける研究公正室が設置された。

ネカトの通報があると、被疑者の所属する大学・研究機関は調査委員会を設け、調査するようになった。この調査は研究公正局(ORI)によって監視され、レビューされるが、そのようなシステムが整ってきた。

私たちが知る限りでは、ヨーロッパのどの国も研究公正局(ORI)のような機関を設け・発展させることができなかった。ただ、対処組織に少し改善が見られた。

オランダでは、ほとんどの大学に研究公正委員会、または「信頼できる人(persons of trust)」が設置され、研究ネカトはそこに通報されるようになった。ティルブルグ大学では、この人が牧師だったため、通報するのは、気持ちの上でかなり敷居が高いという状況ではあった。

ドイツでは、研究ネカトの疑念を通報する相手は、DFG-ドイツ研究振興協会のオンブズマンというシステムになった。

オランダのスターペル事件の場合、主要な研究助成機関(NOW、人文・科学オランダ王立アカデミー)が関与しないアドホック委員会が調査した。しかし、内部告発はリスクが高いので、スターペルのネカトを告発した3人の博士院生は、名前が明らかにされないこと条件に協力したと聞いている。これは賢明である。

もう1つの発展は、1997年に発足した「出版規範委員会(COPE)」である。
→ 2‐3‐1.学術誌1:出版規範委員会「COPE」 | 研究倫理(ネカト)

省略

★研究ネカトをさらに減らすには?

上記した研究ネカトに対処するための組織やシステムは、ネカトが発覚してから、あるいは、少なくとも強く疑われてからしか、有効ではない。

しかし、スターペルが自己正当化の手紙で述べたように(Stapel 2011)、研究ネカトは簡単に実行できる。それに、発覚の可能性が低く、得られる報酬は大きい。それで罰がないなら(発覚率は1%)、多くの研究者はネカト行為に誘惑されてしまう。

逆に考えると、ネカト行為を減らすには、①ネカトで得られる報酬を減らし、②ネカトの罰を強化することだが、最も重要なのは、③発覚の可能性を高める、ことだ。この3つの戦略が有効だろう。

★①ネカトで得られる報酬を減らす

研究者はインパクト・ファクターの高い学術誌に論文を出版することで評価される。生産性の高い研究者は、簡単にテニュアを獲得するだけでなく、研究キャリアの初期・中期に学会から奨励賞を受賞する。

若いスーパースターに贈らるこれらの無形の報酬は、通常、所属する大学や研究機関が給与を引き上げてくれたり、より良い大学や研究機関からの招へいという有形の報酬をもたらす。

インパクト・ファクターの高い学術誌に論文を出版するには、斬新な仮説を立て、その仮説を支持する実証データが必要である。しかし、仮説を支持するだけでは不十分で、データは、仮説を「強力に」しかも「明白に」サポートしなければならない。ネカト研究者はここでデータねつ造・改ざんするわけである。

インパクト・ファクターが高い学術誌ほど論文撤回されている事実は、上記の点を考えれば、驚くことではない(Fang&Casadevall、2011)。

そして、残念だが、このシステムを改善する方法はない。

1つ目の理由は、このシステムがネカト者だけでなく、ネカトをしていない多くの有能な研究者に対して適正な評価システムだからである。

2つ目の理由は、このシステムは市場原理でできているからだ。多くの研究者はインパクト・ファクターの高い学術誌に論文を掲載したがるが、紙面は限られている。従って、学術誌側は原稿採択時に厳しく選択することになり、選択基準は論文の質に基づくことになる。この基準は、考えられる他のすべての基準よりも好ましい。

つまり、ネカトで得られる報酬を減らす、ことは難しい。

ただ、大学や研究機関は倫理観を高めることはできる。

院生のネカトを調査すると、社会道徳や規範意識の低い院生ほどネカト行為をしがちである。社会道徳や規範意識はネカトを予測できる有力な因子である(Crown&Spiller、1998; Whitley、1998)。

優れた倫理環境を維持できない企業は、一般的に、不正行為が発生しやすい(Kish-Gephart、Harrison、&Trevino、2010)。

この視点に立つと、大学や研究機関は現在実施している「研究善行行為」制度をより一層高める努力が望ましい。

★②ネカトの罰の強化

ネカト者への罰は国によって異なる。しかし、一般的に、ネカトが発覚した研究者は仕事を失い、研究界を追放される。その他、以下のような処分も科される。

ポ-ルマンブレウニング、ファン、ルーベンは刑務所刑を受けた。

スドべウェイクフィールドなどは、ある期間(スドべ)または永久に(ウェイクフィールド)医療免許が取り消された。スドべは、オスロ大学から博士号をはく奪された。

シェーンは、博士論文にはネカトがなかったもかかわらず、コンスタンツ大学から博士号がはく奪された。スターペルは、アムステルダム大学が博士号をはく奪の手続きを開始すると聞き、自ら博士号を放棄した。

一方、ヘルマンはすべての学位を保持できただけでなく、教授の称号を引き続き使用できた。そして、韓国のファンは、依然として研究を行ない、学術誌に論文を掲載している(http://en.wikipedia.org/wiki/Hwang_Woo-suk)。

スターペル事件の後、オランダでは他の詐欺と同様に、研究ネカトを犯罪にすることが検討された。

研究ネカトは、学術界や社会に大きな損害を与えるだけでなく(例、研究費、他人の就職・昇進、健康被害)、ネカト者は通常、不正な金銭的利益を得ている(例、就職、昇進、給与の増加)。これは、他の詐欺と何ら変わらない。さらに、刑務所刑が科される脅威は非常に強いネカト抑止要因になる。

しかし、問題は単純ではない。

1つは、研究界がネカトの証拠とした基準よりも、裁判所がネカトと裁定する基準は、しばしばかなり厳格である。例えば、DFG-ドイツ研究振興協会が、助成した数百万ドル(数億円)の研究助成金を返還して欲しいとヘルマンを裁判に訴えたが、DFG-ドイツ研究振興協会は敗訴した。
→ フリードヘルム・ヘルマン(Friedhelm Herrmann)、マリオン・ブラッハ(Marion Brach)(独) | 研究倫理(ネカト)

ヘルマンは同僚(実質は妻)のブラッハに責任を全部負わせた。ところが、ブラッハは米国に逃亡してしまい、裁判所に召喚できなかったので、ヘルマンの主張への反論ができなかったのである。

ドイツの裁判所で刑事告訴するには、研究助成金で詐欺的な研究を行なったこと、あるいは、助成金を不正に使用する意図があったことを証明しなければならない(Die Zeit、2005)。なお、米国では、政府の研究助成金申請書にデータねつ造・改ざんがあったと証明するだけで十分である。

ネカト厳罰化の盲点は、ネカト行為を犯した研究者を捕捉できた場合しか適用できないことである。

スターペルが自己を正当化する手紙で述べたように(Stapel 2011)、研究ネカトは簡単に実行でき、しかも、ネカト行為が発覚する確率は1%と少ない。

つまり、ネカトは発覚しない。発覚しないから、罰を受けることを考えないで、研究者はネカトをする。

ということで、厳罰化もそれなりの限界がある。

研究ネカトを減らす最も効果的な戦略は、発覚の可能性を高めることだ。

★③発覚の可能性を高める

過去のネカト事例を分析すると、他のどの方法よりも内部通報がネカト行為の検出の中心だと結論できる。

内部通報者は通常、ネカト行為者に最も近く、「決定的証拠(smoking gun)」を提供できる状況と専門知識を持っている。

他の検出法が強化されても、内部告発者がネカト行為の検出に最も効果的な手段である可能性の大きさは変わらない。

発覚率を高めるには、従って、内部通報を充実させることが重要だ。

発覚率を高める他の手段として以下の方法もある。

データをセットとして公開させるのも、ネカト発覚の可能性を高める。この方法は、ダーク・ シュメースター(Dirk Smeesters)やローレンス・サンナ(Lawrence Sanna)のネカト行為を特定するために、シモンソーン(Simonsohn 2012)が使用してきた。

・・・中略・・・

論文の追試ができないことでネカトを検出できた場合もある。

論文の追試ができない理由はネカトだけではないが、論文に再現性がなかったという結果は、公表されず、科学コミュニティに広く知られない。再現性がないことはネカト警告に役立つので、再現性実験の結果をアップロードできるウェブサイトは、ネカトの発覚を高めるのに役立つかもしれない(PsychFileDrawer.org、2012)。

省略

【6.結論】

省略

第1著者:ウルフガング・ストレーベ(Wolfgang Stroebe)

●4.【白楽の感想】

《1》関心・必見・必罰

ストレーベ論文は40件のネカト事件を分析し、ネカトを減らす方向を示した。

そして、「ネカト行為を減らすには、①ネカトで得られる報酬を減らし、②ネカトの罰を強化することだが、最も重要なのは、③発覚の可能性を高める」と結論した。

ウ~ン、白楽も「「関心」・「必見」・「必罰」がネカト防止策の3本柱」だと、ほぼ同じことを講演し執筆していた。
→ 『情報の科学と技術』66巻、 2016年3月号「研究倫理」特集号の「海外の新事例から学ぶ「ねつ造・改ざん・盗用」の動向と防止策」。
アクセスはココから→http://doi.org/10.18919/jkg.66.3_109

結局、ネカト事件を分析すれば、同じ結論になるということだ。しかし、日本の政府主導のネカト対策は、上記の②③を全く軽視している。

生命科学系の研究者も、依然として、研修が重要という的外れな提言をしている。例えば、日本医学会連合:研究不正防止へ、倫理習得​義務付け提言」とある。ナンてこった! マズイぞニッポン!

《2》7論文の量

ストレーベ論文は40件のネカト事件を分析し、1つの論文として出版した。

比べて悪いが、白楽は既に約300件のネカト事件を調べた。ストレーベ論文と同じように40件で1論文なら、7論文以上の量となる。

量的比較はあまり意味がないが、読者のみなさんには、白楽のブログの量がそのレベルにある、とご理解してくださいね。

ストレーベ論文に比べ、白楽のブログの質は、$B▽$=$&〇$M!とご理解、アレ、文字化けしてます?

なお、白楽は日本の研究倫理システムを大きく改善し、日本の研究環境を優れたものにしたいだけだ。主眼は日本人の役に立てばいいだけだから、日本語で書く。外国人の役に立ってもいいけど、英語論文や国際会議で外国人向けに発表する気はさほどない。

それに、学術的な職に就いていないので、研究費を獲得し、院生を育てる必要もない。英語の論文を出版する意味がほとんどない。

●5.【関連情報】

① 記事初版は2014年10月13日:1‐3‐3.「ねつ造・改ざん」事件の全体像とリスト | 研究倫理(ネカト)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●6.【コメント】

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