2019年9月6日掲載
ワンポイント:2017年-2018年(51-52歳)、ポートランド州立大学(Portland State University)・助教授のボゴージアンは、雑誌アレオ(Areo Magazine)の編集長であるヘレン・プラークローズ(Helen Pluckrose)と数学者のジェームズ・リンゼイ(James Lindsay)とともに、デタラメ論文の原稿を20編投稿し、デタラメ論文が出版されることで学術界のイイカゲンさを実証する批判活動(「いちゃもん研究(grievance studies)」)を行なった。ソーカル事件の1種である。2019年7月17日(53歳)、ところが、ポートランド州立大学はボゴージアンを処罰した。トータル3論文が撤回。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。ボゴージアン事件は、「2018年ネカト世界ランキング」の「4」の第7位の事件である。
【追記】
・2012年9月8日記事:辞職した:Portland State professor resigns, says university became ‘Social Justice factory’ | Fox News
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
ピーター・ボゴージアン(Peter Boghossian、ORCID iD:、写真出典)は、米国のポートランド州立大学(Portland State University)・助教授で、専門は哲学である。
ボゴージアンは、雑誌アレオ(Areo Magazine)の編集長であるヘレン・プラークローズ(Helen Pluckrose)と数学者のジェームズ・リンゼイ(James Lindsay)とともに、デタラメ論文が出版されることで学術界のイイカゲンさを実証する批判活動(「いちゃもん研究(grievance studies)」)を行なった。ソーカル事件の1種である。
実際は、2017年-2018年(51-52歳)にデタラメ論文(ひっかけ論文、「いちゃもん研究(grievance studies)」論文、白楽はこれを「ねつ造」論文とみなした)を20論文作成し、いろいろな学術誌に投稿した。7論文が受理され、4報が出版された。デタラメな論文が出版されるということは、科学界に知的厳密性および科学的厳密性が欠如している証拠だと主張した。
2019年7月17日(53歳)、ポートランド州立大学はボゴージアンには研究公正の概念が欠如しているとし、ボゴージアンに、人間を対象とした研究と「いちゃもん研究(grievance studies)」を禁止する処罰を科した。違反すると解雇される可能性がある。
ボゴージアン事件は、「2018年ネカト世界ランキング」の「4」の第7位の事件である。
ポートランド州立大学(Portland State University)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 研究博士号(PhD)取得:ポートランド州立大学
- 男女:男性
- 生年月日:1966年7月25日
- 現在の年齢:58歳
- 分野:哲学
- 不正論文発表:2017-2018年(51-52歳)
- 発覚年:2017年(51歳)
- 発覚時地位:ポートランド州立大学・助教授
- ステップ1(発覚):自分で学術誌・編集部にデタラメ論文と通報
- ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」、多数
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②ポートランド州立大学・上層部。
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:機関以外が詳細をウェブ公表(⦿)
- 不正:ねつ造
- 不正論文数:20報。7論文が受理され、4報が出版された。3報が撤回
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:人間を対象とした研究と「いちゃもん研究(grievance studies)」を禁止
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 1966年7月25日:米国で生まれる
- 19xx年(xx歳):xx大学で学士号取得
- 2004年(38歳):米国のポートランド州立大学(Portland State University)で研究博士号(PhD)を取得。博士論文タイトル「Socratic pedagogy, critical thinking, moral reasoning and inmate education : an exploratory study」
- 20xx年(xx歳):ポートランド州立大学(Portland State University)・助教授
- 2017-2018年(51-52歳):デタラメ論文を20論文投稿した
- 2019年7月17日(53歳):ポートランド州立大学から人間を対象とした研究と他の2人の学者との「いちゃもん研究(grievance studies)」を禁止する処罰が科された
●3.【動画】
【動画1】
デタラメ論文が採択された時のチームの喜び:「学問はいちゃもん研究で腐敗を露呈する(Academics expose corruption in Grievance Studies) – YouTube」(英語)6分34秒。
Mike Naynaが2018/10/02 に公開
【動画2】
ニュース動画:「ポートランド州立大学がピーター・ボゴージアンを攻撃する手紙を学生にリリース(PSU collective releases letter to students attacking Peter Boghossian) – YouTube」(英語)11分13秒。
Mike Naynaが2018/11/11 に公開
●4.【日本語の解説】
★2017年07月18日:粥川準二(県立広島大学准教授(社会学))「ジェンダー研究にしかけられたイタズラ論文」
出典 → ココ
今年5月19日、『説得的社会科学』というオープンアクセス・ジャーナル(インターネットで無料公開されている学術雑誌)に「社会的構築物としての概念的なペニス」という論文が掲載された。著者は「南東部独立社会研究グループ」のジェイミー・リンジーとピーター・ボイル。
・・・中略・・・
しかしこの論文は、哲学者のピーター・ボゴジェンと数学者のジェームズ・リンジーが偽名で行った「ジェンダー研究に対するいたずら」であった。彼らは『説得的社会科学』に、ジェンダー研究っぽい言葉で埋めた、でたらめな文章を並べたものを論文原稿として意図的に投稿した、とウェブメディア『スケプティック』で暴露したのだ。同誌の編集長は、記事の序文で「(ジェンダー研究における)極端なイデオロギーを暴露することは必要であり、望ましいことだ」と書き、彼らを称賛している。
★2017(?)年x月x日:知的ルルツ「アカデミックな偽装と認識論的なトローリング」
部分選択引用。
5月19日、ジェイミー・リンゼイ(実際にはジェームス・リンゼイ)と「ピーター・ボイル」(実際にはピーター・ボゴシアン)が、最新の学術的な欺瞞の論文の最新版を発表しました。 この論文は「社会構築物としての概念的な陰茎」と呼ばれ、ポストモダニストのジェンダー研究のパロディーであることを意図しています。
この論文は、最初に1つのジャーナルで拒否され、その後、公表雑誌に掲載されましたが、それでも学術的正当性が主張されています。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★ソーカル事件
ボゴージアン事件はソーカル事件の1種である。まずソーカル事件をウィキペディアから選択引用しよう。
1994年、ニューヨーク大学・物理学教授だったアラン・ソーカル(Alan Sokal)は、同じくニューヨーク大学教員のアンドリュー・ロスが編集長をつとめていた学術誌『ソーシャル・テキスト』に、論文を投稿した。
実際は意図的にでたらめを並べただけの無内容な疑似論文であった。この論文に使われていた数学・物理学用語は、専門家でなくとも自然科学の高等教育を受けた者ならいいかげんであることがすぐに見抜けるお粗末なもので、また放射性物質のラドンと数学者のヨハン・ラドン (Johann Radon) を混用するなど、少し調べると嘘であることがすぐ分かるフィクションで構成されていた。
ソーカルの投稿の意図は、この疑似論文がポストモダン派の研究者によってでたらめであることを見抜かれるかどうかを試すことにあった。しかし論文は1995年に受理され、1996年5月発行の『ソーシャル・テキスト』にそのまま掲載されてしまった。
掲載からまもなく、ソーカルは別の雑誌においてこの論文がまったく無内容な疑似論文であることを暴露し、大きなセンセーションを巻き起こした。
また近年では、そもそもソーカルが行った疑似論文発表は本人が言うような「いたずら」「ささやかな実験」といった軽いものではなく、研究者間の信義を裏切るきわめて悪質な行為で、現在ならば間違いなく重大な論文不正として学界追放の対象になるとも指摘されている。(出典:ソーカル事件 – Wikipedia)
★ねつ造論文出版
2017年5月19日、ジェイミー・リンゼイ(Jamie Lindsay、実際にはジェームス・リンゼイ)とピーター・ボイル(Peter Boyle、実際にはピーター・ボゴージアン)は、共著で以下の「2017年5月のCogent Social Sciences」論文を発表した。
- The conceptual penis as a social construct
Jamie Lindsay & Peter Boyle
Cogent Social Sciences
Published: 19 May 2017 https://doi.org/10.1080/23311886.2017.1330439
https://www.cogentoa.com/article/10.1080/23311886.2017.1330439
論文表題を日本語に訳すと「社会的構成概念としてのペニスの概念」である。何の意味だか、白楽にはわかりません。
以下は論文の1頁目の上部。クリックすると論文PDFが開く。
出版後すぐに、ボゴージアンは、論文はいたずらで、このようなデタラメな論文が出版されるということは、一部の社会科学、特にジェンダー研究は知的厳密性および科学的厳密性が欠如していることを実証したものだと主張した。
しかし、他の研究者は、この論文出版が本当にボゴージアンの主張するようなことを実証しているのかどうか疑問に思っている。
論文を出版したテイラー・アンド・フランシス社(Taylor & Francis)の準編集長・エマ・グリーンワード(Emma Greenword、写真出典)は次のように述べた。
著者の意図はジェンダー研究の分野に疑問を投げかけることであったと理解しました。それが私たちの学術誌の1つに掲載されたという事実は残念であり、徹底的な調査を行なうように指示しました。
グリーンウッド準編集長によると、「2017年5月のCogent Social Sciences」論文は、テイラー・アンド・フランシス社の別の学術誌が一度掲載を拒否していた。テイラー・アンド・フランシス社では、掲載を拒否する時、他の学術誌を紹介するビジネスモデルが設計されている。それで、ボゴージアンの不採択原稿を、社内の電子システムが「不注意に」他の学術誌を紹介してしまった。
今回の事件を受けて、「そのような状況が再び起こる」可能性を最小限に抑える措置を講じた、とグリーンウッド準編集長は述べている。
「不注意に」だろうがなんだろうが、紹介された他の学術誌、つまり「Cogent Social Sciences」は論文原稿を受け取った。そして、「Cogent Social Sciences」の上級編集者は、2人の研究者に査読を依頼した。査読者の1人は原稿の修正なしの採択を承認し、もう1人はわずかな修正を加えた。ただ、2人の査読者は原稿内容に研究上の関心はあったが、専門知識は十分ではなかった。事件が発覚後、査読者の選任は不適切だったと言われている。
ボゴージアンは「この論文は決して出版されるべきではなかった」と述べている。
なお、この学術誌「Cogent Social Sciences」の論文掲載料は1,350ドル(約13万5千円)だった。論文出版前に、理由は不明だが、この半分未満、つまり625ドル(約6万2500円)を支払うようボゴージアンは求められた。ただ、掲載後すぐにデタラメ論文と伝え、撤回したので、学術誌は実際にお金を要求できなかった。
ボゴージアンはソーシャルメディア上で、一銭も払っていないと述べている。
★処罰
ボゴージアン(写真右)は、雑誌アレオ(Areo Magazine)の編集長であるヘレン・プラークローズ(Helen Pluckrose、写真中央)と数学者のジェームズ・リンゼイ(James Lindsay、写真左)とともに、上記の批判活動を行なった。
出典:Areo Magazine。https://www.motherjones.com/kevin-drum/2018/10/cultural-studies-is-the-target-of-another-hoax-and-this-one-stings/
上記では1論文の経緯を書いたが、実際は、2017年-2018年にデタラメ論文(ひっかけ論文、「いちゃもん研究(grievance studies)」論文)を20論文投稿し、7論文が受理され、4報が出版された。
ボゴージアンのいちゃもん研究論文に対しては、研究者の間で賛否両論である。
→ 賛:進化生物学者のリチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)、ハーバード大学・心理学教授のスティーブン・ピンカー(Steven Pinker)など
→ 否:Anonymous professors attack colleague behind ‘grievance studies’ hoax as threat to university | The College Fix
2019年7月17日(53歳)、ポートランド州立大学はボゴージアンは研究公正の概念が欠如している。今回の行為で違反が明確になったので、人間を対象とした研究と他の2人の学者との「いちゃもん研究(grievance studies)」を禁止するという処罰を科した。違反すると解雇される可能性がある(以下出典:https://twitter.com/peterboghossian/status/1153676804302860291)。
Attached is the outcome of Portland State University’s disciplinary investigation into my Grievance Studies probe. (1) pic.twitter.com/pS5BJnWCZr
— Peter Boghossian (@peterboghossian) 2019年7月23日
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★リサーチゲート(Research Gate)
2019年9月5日現在、リサーチゲート(Research Gate)で、ピーター・ボゴージアン(Peter Boghossian)の論文を検索すると、5論文がヒットした:Peter Boghossian’s research works | Portland State University, OR (PSU) and other places。
★パブメド
2019年9月5日現在、パブメドで、ピーター・ボゴージアン(Peter Boghossian)の論文を「Peter Boghossian [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、0論文がヒットした。生命科学のデータベースで哲学の論文を検索したのだから、ヒットが0論文でも不思議はない。
★撤回論文データベース
2019年9月5日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでピーター・ボゴージアン(Peter Boghossian)を検索すると、2018年6月と9月に出版した2論文がヒットし、2論文が2018年12月撤回されていた。Retraction Watch Databaseの上右「Nature of Notice」の右にチェックを入れ、「Retraction」にすると、撤回論文(数)が表示される。
上記の2撤回論文に本記事で問題にした論文は含まれていない。それで、「Boyle, Peter」で検索すると、本記事で問題にした1論文がヒットし、1論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2019年9月5日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ピーター・ボゴージアン(Peter Boghossian)の論文のコメントはない: PubPeer – Search publications and join the conversation.
「”Peter Boyle”」で検索すると、1論文にコメントがあった:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》間違った方法
白楽は、ボゴージアンのデタラメ論文に否定的である。論文内容は、明らかに「ねつ造」である。
それで、白楽はねつ造論文とみなした。
ポートランド州立大学が処罰を科したのは正解である。ただ、処罰が軽すぎる。
ジェンダー研究を批判するなら、査読者や学術誌をバカにし嘲笑するような手法ではなく、人に敬意を払った方法で批判すべきだと思う。このような方法で批判したところで、ジェンダー研究そのものは改善されないだろう。
一方、意図していないようだが、テイラー・アンド・フランシス社(Taylor & Francis)のシステムは少し改善されるだろう。
ジェンダー研究以外の分野でも、デタラメ論文は査読を通過し出版される。それは珍しいことではないし。現在の出版システムなら、仕方ない面がある。
【動画1】では、現在の出版システムを嘲笑して、痛快がっているが、それを視聴した白楽は、彼らこそ反省すべきじゃないかと、感じた。
白楽は、そもそも、出版された論文の内容を100%信じて読んでいない。正しい論文もあれば、間違い論文も、デタラメ論文もある、と思いながら読んでいる。だから、少数のデタラメ論文が出版されることを取り上げて、学術界の危機だとか、知的厳密性や科学的厳密性が欠如していると、騒ぐほどのことはない。
そもそも、「いちゃもん研究(grievance studies)」は冗談レベルの事だととらえている。
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:(1):Peter Boghossian – Wikipedia、(2):Grievance Studies affair – Wikipedia
② 2017年5月24日のエミリー・ウィリンガム(Emily Willingham)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Publisher blames bad choice of reviewer for publication of hoax paper on penis as “social construct” – Retraction Watch、(保存版)
③ 2017年6月2日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Publisher retracts “conceptual penis” hoax article – Retraction Watch、(保存版)
④ 2017年5月22日のフィル・トーレス(Phil Torres)記者の「Salon」記事:Why the “Conceptual Penis” hoax was a bust: It only reveals the lack of skepticism among skeptics | Salon.com
⑤ 2019年8月1日の「Medium」記事:IDW Thinker Peter Boghossian Faces Misconduct Investigation Over Grievance Studies Hoax、(保存版)
⑥ 2019年6月21日のグレース・ゴットシュリング(Grace Gottschling)記者の「Campus Reform」記事:EXCLUSIVE: PSU poised to punish prof who proved point with hoax ‘dog rape’ article, despite receiving global praise for prof
⑦ 2018年10月2日、当事者3人が書いた「Areo」記事:Academic Grievance Studies and the Corruption of Scholarship – Areo
⑧ 2019年8月30日のピーター・ウッド(Peter Wood )記者とデビッド・ランドール(David Randall)記者の「Federalist」記事: Portland State U Punishes Professor For Proving Gender Studies Is A Joke
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●9.【コメント】
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