2016年11月29日掲載。
ワンポイント:【長文注意】。研究ネカトをする状況は飲酒運転とよく似ている。それなら、飲酒運転を減らすのと同じ工夫で研究ネカトを減らすことができるだろう。というわけで、「関心」「必見」「必厳罰」の3本柱をネカト対策の基本に設定した。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.研究ネカト飲酒運転説
3.必見
4.必厳罰
5.関心
6.学術誌「情報の科学と技術」の解説文
7.白楽の感想
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●1.【概略】
写真出典:飲酒運転で逮捕された!その後は?・・・解雇・退職が2割
研究者は研究ネカトをしてはいけないことを知ってる。悪いことだとも知っている。
では、どうしてするのか? トクだし、発覚しないと思うからするのだ。
同じような行為はないか?
飲酒運転だ。人々は、飲酒運転してはいけないことを知ってる。悪いことだとも知っている。でも、代車やタクシーはカネがかかる。飲んで運転しても、ちょっとぐらいの距離なら、いつもの道路なら、発覚しないと思う。
最初は軽い気持ちでする。何度もするうちにスキルも上達する。何度も成功すると、気持ちも大きくなる。だんだん大きなネカト、大きな飲酒運転をするようになる。
研究ネカトをする状況は飲酒運転とよく似ている。それなら、飲酒運転を減らすのと同じ工夫で研究ネカトを減らすことができるだろう。
それで、白楽は、「研究ネカト飲酒運転説」を提唱し、研究ネカトを減らすには、「関心」「必見」「必厳罰」が重要であることを伝えたい。日本はこの3点が驚くほど低い。
●2.【研究ネカト飲酒運転説】
以下のグラフで示すように、日本の交通事故件数は減少している。例えば、赤線の「死者数(24時間以内)」は平成6年(1994年)から顕著に減少している。「30日以内死者数」も顕著に減少している。
→ 平成26年中の交通事故死者数 :一般財団法人 全日本交通安全協会
交通事故件数の減少は、複合的な対策が効果を上げてきたためであるが、飲酒運転の取り締まり強化と厳罰化は大きく貢献した。以下に内閣府の指摘を引用する。
基本的には,道路交通環境の整備,交通安全思想の普及徹底,安全運転の確保,車両の安全性の確保,道路交通秩序の維持,救助・救急体制等の整備等,交通安全基本計画に基づく諸対策を総合的に推進してきたことによるが,定量的に示すことができる主な要因としては,<1>シートベルト着用者率の向上,<2>事故直前の車両速度の低下,<3>飲酒運転等悪質・危険性の高い事故の減少,<4>歩行者の法令遵守等が挙げられる。(下線白楽)(出典: 第1章 道路交通事故の動向 – 内閣府)
内閣府の指摘の3番目に「飲酒運転等悪質・危険性の高い事故の減少」が挙げられている。
2011年の現代ビジネス誌の記事は、交通事故死者数10年連続減少に、飲酒運転の取り締まりの強化と厳罰化が有効だったとしている。
「死亡事故者数減少の一因として考えられるのは飲酒による事故の減少」。
「飲酒取り締まりの強化とともに平成19年(2007年)9月の飲酒運転のさらなる厳罰化および、平成21年6月の悪質、危険運転者に対する行政処分の強化などにより18年以降は再び大幅に減少し続けており、10年前の4分の1だ」。
→ 交通事故死者数10年連続減少 なぜ減ったのか? | 現代ビジネス | 講談社(1/3)
以下のグラフは、2007年に飲酒運転の罰則を強化したことで、飲酒運転違反者(取り締まり件数)が大幅に減り、人身事故件数が大幅に減ったことを示している。
出典:神戸新聞NEXT|社会|飲酒運転で解雇・退職2割 企業など厳格対応 県警初調査
つまり、飲酒運転すると、必ず見つかる、つまり「必見」。そして、見つかれば、必ず厳罰を受ける、つまり「必厳罰」。この「必見」「必厳罰」を徹底することで「飲酒運転は損」「飲酒運転は割に合わない」状況が作られてきた。それで、飲酒運転は大きく減ってきた。
同じように、研究ネカトを減らすには、研究ネカトは必ず見つかる。そして、見つかれば、必ず厳罰を受けるシステム・状況を作る。つまり、「研究ネカトは損」「研究ネカトは割に合わない」状況を作る。そうすれば、研究ネカトは大きく減る。
なにせ、研究者は賢い人たちである。研究ネカト者は、悪知恵を働かせて「トクになる」からネカトをするのである。ソンとなれば、善知恵を働かせてネカトをしなくなるのは明白だ。
このように、「必見」「必厳罰」を徹底することで研究ネカトを大きく減らせる。
但し、現実には、それ以前の状況がある。つまり、研究ネカトへの無「関心」がまん延している。だから、日本の80万人の研究者の内、白楽の研究倫理ブログを読む人は百ウン十人しかいない。つまり、自分の命取りになる恐れのある研究ネカトなのに、研究者のほとんどは無「関心」である。
内閣府が「交通安全思想の普及徹底」が有効だと指摘しているが、白楽も意識・価値観が重要なことに同意する。
日本国民の隅々まで飲酒運転防止の「関心」を持たせているように、研究者に研究ネカトへの「関心」を持たせることが重要だ。研究者だけでなく、さらに、マスメディア、政府機関、社会一般が研究ネカトにそこそこの「関心」を持ち続けさせなければ、研究者の不正行為の「必見」は到底無理である。さらには、見つかってもネカトを大目に見ることになり、「必厳罰」も無理になる。
つまり、友人、研究室、同僚、大学・研究機関、学会、学術出版界、マスメディア、政府機関、社会一般に、研究ネカトへの「関心」を持たせること・持たせ続けることが基本であり、必須であり、ベースである。
「関心」がなければ、研究ネカト・システムの改善は望めない。識者の意見や国の対策も空を切る。ズルい研究ネカト者が後を絶たず、学術界・高等教育界は腐敗していく。腐った1つのリンゴが他のリンゴを腐らせ、腐敗・不正・闇・無駄の汚辱にまみれたままになる。少数の腐ったリンゴを見つけ(必見)、取り除く(必厳罰)ことが重要である。
というわけで、研究ネカト対策は、「研究ネカト飲酒運転説」に基づき次のように進める。
まず、諸悪の根源である無「関心」を払拭させる。研究ネカトにそこそこの「関心」を持ち続けさせることが第一である。その上で、「必見」「必厳罰」を加えた、3本柱を基本に据える。(1)「関心」:友人、研究室、同僚、大学・研究機関、学会、学術出版界、そして、マスメディア、政府機関、社会一般に研究ネカトに対するそこそこの「関心」を持たせ続け、研究者の不正行為を監視させる。研究ネカトはいけないと思わせ、監視、非難、糾弾、軽蔑させ続ける。
(2)「必見」:研究ネカトをすれば必ず見つける。
(3)「必厳罰」:研究ネカト者を必ず厳しく罰する。
この「関心」「必見」「必厳罰」の3本柱をネカト対策の基本に設定し、実行してほしい。
●3.【必見】
3本柱の2本目「必見」から入る。
神戸新聞NEXT|社会|飲酒運転で解雇・退職2割 企業など厳格対応 県警初調査
上記の図で、飲酒運転の理由の52%は「捕まらないと思った」からとある。調査人数が58人と少ないので、学術的正確さに欠けるが、飲酒運転した人のかなりの割合は「捕まらないと思った」からしたと見なしてよいだろう。
「捕まらない」つまり、「発覚しない」と思ったから、飲酒運転をしたのである。逆に言えば、「発覚する」と思えば52%の人はしなくなる。半減する。
研究ネカト者への同じような調査・分析はないが、白楽自身がたくさんの事件を調べた結果、研究ネカトも同じだと断定できる。つまり、研究ネカトをするのは、「トクだし」「発覚しない」「捕まらない」と思うからするのである。
「論文を出版しなければ」というプレッシャーが原因だとか、研究界が業績評価主義だからだ、との理由を挙げる人もいるが、そういうプレッシャーや評価は研究界では昔からあった。研究界以外のどの世界でもある。だから、それは対処すべき本当の原因ではなく、単なる言い訳である。
研究ネカトをする動機は、要するに、ズルしてでも、トクしようという行為である。研究ネカト論文で、博士号を取得し、研究職に採用され、他の研究者より早く昇進でき、研究費を多くもらう。カネと面子で、いい人生を送りたい。悪いとは知りつつ、ズルが勝つのである。「正直者がバカを見る」世界である。
ウルフガング・ストレーベ(Wolfgang Stroebe)らの「2012年のPerspectives on Psychological Science 7(6) 670–688」の論文によれば、米国では、毎年約1400件の「ねつ造・改ざん」行為が発生しているのに、米国・研究公正局が毎年クロと判定しているのは10数件で、1%でしかない。
つまり、米国では、研究ネカト行為が発覚するのは約1%(100人に1人)である。
別のデータでも試算しよう。
英国・エジンバラ大学のダニエル・ファネーリ(Daniele Fanelli、写真出典)は、2009年の論文で次のように報告している。
研究者の2%が「ねつ造」「改ざん」「盗用」などの「研究ネカト」をした。また、34%が「勘で測定点を省く」「研究費助成源の圧力に応じて研究デザイン、方法、結果を変える」などの「研究クログレイ」をした。
→ 「How Many Scientists Fabricate and Falsify Research? A Systematic Review and Meta-Analysis of Survey Data」、PLOS ONE、May 29, 2009、DOI: 10.1371/journal.pone.0005738 )
米国の生命科学者数を60万人とすると、2%の1万2千人が「研究ネカト」をしたことになる。生命科学者の研究年数を1年から40年として、真ん中の20年をとると、毎年換算では600人が「研究ネカト」をしたことになる。米国・研究公正局が毎年クロと判定しているのは毎年10数件である。となると、発覚率は1.7%である。ストレーベの約1%と合う。
日本では、米国に比べ、研究ネカトを見つけ公益通報するのは、もっとずっと低率だと思われる(データはない)。以下の点が、もっとずっと低率だと思う理由である。
日本では、研究者の間で、研究ネカトへの無「関心」がまん延している。ネカト・ハンターは少ない。公益通報者は保護されずに報復される。メディアは独自に取材し追及することをほとんどしない。日本版の「パブピア」も「撤回監視(Retraction Watch)」もない。国も社会も、研究ネカトを監視し、「許さないゾ」的な対応をしていない。
研究ネカト行為の日本の発覚率のデータはないが、米国の10分の1とすると、米国の発覚率が約1%だから、日本は、約0.1%(1,000人のネカト行為の内の1人)しか発覚しない。つまり、「必見」と書くのが恥ずかしいほど、「必見」は非常に貧弱である。実際は、「稀見(稀に見つかる)」である。
飲酒運転は減っています。しかし、繰り返し飲酒運転をし、非常に危険な運転を繰り返す人もいます。飲酒運転も、万引きなどもそうですが、一度実行して捕まらなければ、2度目を実行してしまいます。何度か実行するうちに、行動がエスカレートすることもあります。(飲酒運転の心理学:なぜ繰り返される、どう防止する(小樽ひき逃げ事件から)(碓井真史) – 個人 – Yahoo!ニュース)
「必見」しないと、研究ネカトも繰り返す。「撤回論文数」の世界ランキングの第1位、第7位、第11位は日本で研究している日本人である(「撤回論文数」ランキング)。3人とも生命科学分野の大学教授(または准教授)だった。第1位の藤井善隆(麻酔学者)は183論文も撤回している。
一方、国別の事件数では400件以上と断トツに多い米国の生命科学分野では、このランキングの第10位以内に誰もいない。
この意味は何なのか?
米国の生命科学分野では、研究ネカトの発見がとても優れていて、早めに発見する。ところが、日本は研究ネカトをなかなか発見できない、ということだ。
日本では、「撤回論文数」の世界ランキングの第1位の藤井善隆を悪い奴だと責める論調が多いが、問題はそこではない。1993年から2012年までの20年間も、藤井善隆のデータねつ造論文を見つけられなかった日本のネカト・対処システムに大きな問題がある。最初のデータねつ造論文を「必見」し「必厳罰」しておけば、藤井善隆のデータねつ造論文は1報で終わったハズだ。
どんな不正者でも、発覚し処分されれば、その後、研究ネカトを続けない(られない)。最初のデータねつ造・改ざん論文を見つけるのは難しいが、藤井善隆も不正の初期段階で見つけ、学術界から排除しておけば、183報もの論文をそもそも発表できなかったハズだ。
問題視し、糾弾すべきは、発見し処分できなかった日本の非「必見」・非「必厳罰」システムである。
日本のネカト対処システムに大きな原因があるから、「撤回論文数」の世界ランキングでは、第1位の藤井善隆だけでなく、第7位、第11位も日本人なのである。藤井善隆は淡々と自分なりのネカト論文を発表し続けてきただけである。
どうすべきかを、もう一度、繰り返して書いておく。
(2)「必見」:研究ネカトをすれば必ず見つける。
●4.【必厳罰】
3本柱の3本目「必厳罰」に移る。
研究ネカトは試験でのカンニング以上に悪いことだが、日本では、そういう認識がない。だから、研究ネカトをしても、処分が軽微で、場合によると処分されない。
カンニングはズルして試験に合格する行為である。実行者は見つからなければ、トクをする。競争試験だと、本来なら合格する人が不合格になるが、それ以外の直接的な害は大きくない。もちろん、社会システムを崩壊する、腐敗社会を助長するという害はある。
研究ネカトは、ズルして論文を発表し、職・地位・研究費・名声を得る行為で、実行者はトクをする。本来なら採用・昇進・採択・受賞する人が、されない害が出る。しかし、研究ネカトの場合は、それだけでは済まない。
データねつ造・改ざん論文に基づいて研究を行ない多額の研究費(1件で数億円など)を無駄にする。また、データねつ造・改ざん論文に基づいて医療を行ない、多数の人が健康被害(含・死亡)を受ける(① 80万人が死亡?:Medicine Or Mass Murder? Guideline Based on Discredited Research May Have Caused 800,000 Deaths In Europe Over The Last 5 Years ← ドン・ポルダーマンス(Don Poldermans)(オランダ) | 研究倫理(研究ネカト)。②1万人? アンドリュー・ウェイクフィールド (Andrew Wakefield) (英) | 研究倫理(研究ネカト))
正確なデータではないが、日本では、「ねつ造・改ざん・盗用」行為が発覚しても、まともに処分されるのは半数程度で、米国並みの厳罰は5分の1程度である。
米国では、ネカト者は研究界から排除されるのが基本である。生命科学分野で400人余りの研究ネカト者が米国でクロと判定されているが、研究界で生き残れたネカト者は、白楽が知る限り数人である。約24人という報告もあるが、それでも、とても少数だ。
→ 研究ネカト者が研究を続けた | 研究倫理(研究ネカト)
日本では、匿名で発表されたり、処分が停職や厳重注意など信じられないほど軽微で、ネカトをしても、研究界から排除されないことが多い。場合によると無処分である。学部長や学長に昇進したネカト者もいる。ネカト者と知ってか知らずか、ネカト者を教授・研究員に採用する大学・研究機関も珍しくない。
その甘い処分(または無処分)の理由の1つに、大学・研究機関が調査し、処分を決定するからだ。
自分の大学の教員や学生・院生が研究ネカトをしたかもしれない。それを外部から指摘された時、大学上層部はどう思うだろうか?
自分の大学の教員や院生をクロと判定すれば、大学の評判は落ち、国からの補助金(や研究費)が減額され、受験者は減る。優秀な教員をリクルートしにくくなる。いいことは1つもない。
だから、大学の調査委員会は、基本的に、なるべく「シロ」と結論する方向にセットされている。
日本では、研究公正局がないので、大学の調査委員会が最終判定組織になっていて、そこでいい加減な調査をしても、糾弾し処分できる上位組織はない。文部科学省は上位組織だが、文部科学省に調査機能はない。
大学の調査を、メディア(新聞、テレビ、ウェブなど)が批判する場合もあるが、日本のメディアは自力取材がおざなりで、追及する力は弱い。
そして、当然ながら、当該大学が設置した調査委員会は大学の不利になるような結論を出さない。
委員会と委員の本質は、政治的な利害集団である。各委員は、公正という仮面が剝がされない範囲で、自分の利益を高めようと考えながら判断する。
委員は自大学を不祥事に巻き込みたくない。協議・談合し、みんなで渡れば怖くない方式で、基本的には、シロと判定したい。シロとするには無理があるときだけ仕方なくクロとする。これは、仕組みとしてそうなっている。
もちろん、調査委員会の委員は真面目に判断している(と思う)。しかし、その委員を選ぶ人は大学上層部である。委員の日頃の言動から判断して、委員を選定するが、選定時点で、結論は、ほぼ見えている。基本的には御用委員会である。白楽のような、何を言うかわからない人(へそ曲がりで、権力やカネにすり寄れない)は委員に選ばれない。「非ネカト」:マテヤ・オレシ(Matej Orešič)(フィンランド) | 研究倫理(研究ネカト)
明白なのは、学長の研究ネカト事件だ。日本では、東北大学、琉球大学、岡山大学の学長が研究ネカトと糾弾されたが、誰一人、「厳罰」されていない。
本記事の3章で「必見」を説いた。現在、日本では、1,000人のネカト行為者の内の1人しか、発覚していないと推測した。しかし、その発覚率を100倍に上げても、「厳罰」に処されなければ、つまり、「発覚しても軽い処分」なら、研究ネカトは大きくは減らないだろう。
だから「必厳罰」が必須である。
どうすべきかを、もう一度、繰り返して書いておく。
(3)「必厳罰」:研究ネカト者を必ず厳しく罰する。せめて、米国並みの処分を科して欲しい。
●5.【関心】
3本柱の1本目「関心」に戻る。
2本目の「必見」、3本目の「必厳罰」と述べてきたが、実は、いくら、「必見」「必厳罰」の重要性を説いても、それに耳を傾ける人は少ない。つまり、研究者もメディアも、従って、国も社会一般も、研究ネカトにさほど「関心」がない。
「関心」がなければ、馬の耳に念仏である。
イヤイヤ、2014年の小保方晴子事件では研究者も社会一般もメディアも、大きな「関心」を持ったと反論する人が多いかもしれない。
白楽は、あれは「芸能ニュース」「アイドルのスキャンダル」としか映らなかった。研究ネカト問題へのまじめな取り組みとは思えなかった。研究者だけでなく、多くの一般国民が興奮し、激論し、お祭り騒ぎをし、おかげでメディアが儲かったイベントのように感じた。例えば、その事件の対処により、日本の研究ネカト問題が大きく前進または変革したのでしょうか? 大学に研究ネカト研究室が10研究室ほど新設されたのでしょうか?
当時、小保方晴子事件が日本の研究ネカト問題を捻じ曲げてしまうことを白楽は危惧していた。
同じように、日本の研究ネカト問題を世間が注目したのは、2000年の藤村新一事件である。
2000年11月5日、民間の考古学研究者である藤村新一の旧石器ねつ造事件が発覚した。メディアがこのねつ造事件を大々的に報じた。日本にとって残念だったことは、主流大学の学術的に著名な教授のねつ造事件ではなく、趣味で研究をしている民間人の事件だったことだ。このことで学術界が真剣に向き合うことが遅れた。(7‐1.韓国の研究倫理政策研究プロジェクトの質問に白楽が回答 | 研究倫理(研究ネカト))
米国と対比すると、日本の問題点が見えてくる。
米国で研究ネカト問題の契機になったのは、1980年初頭のスペクター事件(コーネル大学のノーベル賞クラスの研究室)、ダーシー事件(ハーバード大学のノーベル賞クラスの研究室)など、学術界の主流・中心地での不正行為である。
学術界の主流・中心地だから、米国は、研究者も国もまともに対応した。日本は、趣味で研究しているような藤村新一の事件だったり、若い可愛い女性の小保方晴子の事件だったり、学術界の傍流の不正行為に大騒ぎしている。
そして、学術界の主流・中心地の東京大学・医学部・教授のネカト疑惑(例えば、2016年9月の事例)を、多くの研究者も国も社会一般も大騒ぎしない。メディアは精力的に取材・分析・追及しない。
学術界の主流・中心地での不正行為こそ、国としてシッカリ対処しなければならないのに、学術界も国もしっかり取り組む姿勢がない。学術界の主流・中心地の研究ネカトを正面から受けとめ、システムを改革する意識・危機感・力強さがない、これが日本の現実なのである。
では、そもそも、どうすべきなのか?
無関心が諸悪の根源である。研究者にとって「研究倫理なんて、どうでもいい」のである。なるべく多くの研究成果を出し、論文発表し、なるべく多くの研究費を貰い、早く昇進し、なるべく多く受賞したい。大学院までの研究室で受けたスキル・価値観で研究をこなせば、何ら問題がない。研究倫理にかまっていられない。
だから、周囲で起こる「ねつ造・改ざん・盗用」は、目にすれば、注意するが、目を光らせることもないし、深くかかわることもしたくない。
しかし、研究ネカトは、学術システムの根幹にかかわる問題である。学術界が腰を据えて本気に改革しなければならない問題である。
学術界の主流・中心地の東京大学・医学部・教授のネカト疑惑が、調査委員会によって毎回のように「不正なし」と判定されてきた。
多くの研究者は、調査が、不透明で、スッキリしない、と感じているに違いない。納得できない、と感じ、日本の主流の学術界にますます不信感を募らせる。この状況を打破しなければ、日本の研究界は次のステップに進めない。
「正直者がバカをみる」システムでは研究界は崩壊する。いくら優れた研究成果を上げても、信頼されなければ、研究そのものの意味がない。
研究者に研究規範を守らせ、米国のようにネカト者を研究界から排除することが、健全な学術システムを維持するのに必要である。
そのために、研究ネカ問題に「関心」を持ち続けさせることが第一である。「関心」をもてば、「必見」「必厳罰」が重要であることはすぐに理解できる。
「関心」を持ち続けさせるために、研修会、パンフレット、シンポジウム、メディア記事などは、有効であろう。
さらには、大学の理工医系学部に、研究ネカト問題を社会発信する研究室を設置することも、人々に研究ネカトへの「関心」を高い位置で維持させるのに役立つだろう。
米国はここ30年、研究ネカトへの「関心」「必見」「必厳罰」の努力をし続けているが、それでも研究ネカトを根絶できない。「関心」「必見」「必厳罰」を一層強化しているが、日本では、「関心」「必見」「必厳罰」が重要だという思想すらない。
どうすべきかを、もう一度、繰り返して書いておく。
(1)「関心」:友人、研究室、同僚、大学・研究機関、学会、学術出版界、そして、マスメディア、政府機関、社会一般に研究ネカトに対するそこそこの「関心」を持たせ続け、研究者の不正行為を監視させる。研究ネカトはいけないと思わせ、監視、非難、糾弾、軽蔑させ続ける。
●6.【学術誌「情報の科学と技術」の解説文】
「研究ネカト飲酒運転説」は、学術誌「情報の科学と技術」の解説文・「海外の新事例から学ぶ「ねつ造・改ざん・盗用」の動向と防止策」 (2016年4月)の最後に少し書いた。本ブログの文章は、この解説文から一部自己盗用している。
この解説は全文無料閲覧できるので以下に貼り付けた(出版社の了解は得た)。
アクセスはココから→http://doi.org/10.18919/jkg.66.3_109
●7.【白楽の感想】
《1》対策がズレてる
日本では研究ネカト対策で一番多くされていることが「研修」である。「こういうことをしてはいけません」という注意である。自動車免許の更新での講習と同じである。
「教育」は高校生・大学生・大学院生には研究規範を習得させる意味で必修科目にすべきだと思われる。これは重要である。
ところが、自前の常勤教員で、高校生・大学生・大学院生に研究倫理を必修科目(授業・講義)にしている高校・大学はほとんどないと思われるし、大学院もほんの少ししかないと思われる。研究倫理の専門家は日本全体で数人なので、ナマで教育することはほぼ不可能である(飛躍的に増加させるべし)。大学院生へのインターネット教育で必修にしている。
2012年から2017年までの5年間、文部科学省は研究倫理のインターネット教育のために、「研究者育成の為の行動規範教育の標準化と教育システムの全国展開(CITI Japan プロジェクト)」を助成した。目的は、大学院生の研究倫理教育をシステムとして確立するためである。経費は数億円かかった(推定)。
しかし、日本の研究ネカト専門家を大幅に育成する動きはない。
一方、出来上がった研究者にする「研修」もされている。「研修」は、「関心」を維持する効果はあるが、研究ネカト防止効果は小さいと思う。
国は、「教育」や「研修」が好きである。
しかし、白楽は、もっと重要な施策は、「必見」「必厳罰」だと思う。
欧米で「必見」に大きく貢献しているのは、ネカト・ハンターや第一次追及者である。日本では、公益通報者が保護されずに報復される。メディアは独自に取材し追及することをほとんどしない。日本版の「パブピア」も「撤回監視(Retraction Watch)」もない。このあたりを改善すべきでしょう。
そして、ネカト者への処分の甘さが、ネカト行為を許容(助長?)している。大学・研究機関に調査・処分を任せないで、第三者機関を設け、「必厳罰」しなければ、研究ネカトは減らないでしょう。
大学・研究機関に調査・処分を任せるから、学長や有力教授の研究ネカトでは、「シロ」的な結論と甘い処分になる。