ジョン・ロング(John Long)(米)

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ワンポイント:名門病院の若手有望医学者の約36年前の研究ネカト事件

【概略】
John Long1ジョン・ロング(John Long、写真出典:1983年7月28日の「New Scientist」記事)は、米国・マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital)・準教授・医師で、専門はホジキン病(Hodgkin’s disease)の細胞培養だった。

1979年(36歳?)、同僚がロングのねつ造・改ざんを見つけた。

exterior_entrance_698x248マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital), Boston, MA、写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 研究博士号(PhD)取得:
  • 男女:男性
  • 生年月日:1943年頃。仮に、1943年1月1日生まれとする
  • 現在の年齢:81 (+1)歳
  • 分野:細胞培養
  • 最初の不正論文発表:1977年(34歳?)
  • 発覚年:1979年(36歳?)
  • 発覚時地位:マサチューセッツ総合病院・準教授
  • 発覚:同僚の内部公益通報
  • 調査:①マサチューセッツ総合病院・調査委員会
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:少なくとも2報。詳細不明
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 結末:辞職

【経歴と経過】
不明点多い。

  • 1943年頃:生まれる。仮に、1943年1月1日生まれとする
  • 1970年(27歳?):米国・ハーバード大学医学大学院を終了。医師免許取得
  • 1970年(27歳?):マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital)・研修医
  • 1979年(36歳?):マサチューセッツ総合病院・準教授
  • 1979年(36歳?):不正研究が発覚する
  • 1980年1月31日(37歳?):マサチューセッツ総合病院を辞職

【不正発覚の経緯と内容】

PZ_Photo_For_Globe_3801972年(29歳?)、ロングはマサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital)のポール・ザメクニック(Paul Zamecnik 、写真出典)研究室の研究員になる。なお、ザメクニックは1958年に転移RNA を発見した著名な教授である。

難波紘二 〔2001/03/26-15:23〕の「捏造問題論争の部屋 過去ログ」から引用する

ジョン・ロング事件(一九八〇年発覚):ハーバード大学医学部を卒業したロングは、一九七〇年からマサチューセッツ総合病院でレジデントを勤め、その間に有名な癌研究者の下で、「ホジキン病」という病気の患者から、これまでほとんど成功した学者がいない、この腫瘍細胞の培養株を樹立するという成果をあげた。

一九七四年から一年間、ワシントンの陸軍病理学研究所で兵役を勤めたのち、ハーバードに戻り、凍結保存してあった培養株を用いて、この病気に関する新しい発見をつぎつぎとおこなった。まもなく彼は助教授に昇進した。

発覚は、自分の休暇中にロングが行ったという実験に、不審を抱いた研究助手が、生データが載っている研究ノート(「ログブック」という)を調べたところ、捏造の証拠が見つかったことだった。調査委員会がつくられ、調べたところ、「人間の細胞」だとされていた培養株は、実際にはサルの細胞だった。ロングは故意にすり替えたのではなく、試験管がサルの細胞により汚染された結果だと主張した。(培養細胞では、他の細胞による汚染は、よく起こる現象である)しかしその他の点については、データの捏造を認めた。NIH(国立保健衛生研究所)はロングの研究に、八〇万ドル以上の研究費を支給しており、議会でも大きな問題となった。

この事件では、ハーバード大学医学部卒業というアメリカの超エリートが十年近く不正を行ってきていて、それがまったく周囲に感づかれなかった点が、社会に大きな衝撃を与え、「エリートに甘いエリートたち」という批判がおこった。また問題の細胞の染色体写真は、二つの超有名科学誌の表紙に使われており、動物細胞の専門家が見れば「人間の細胞でないことは、一目でわかる」はずだった、ということも指摘された。(難波紘二 〔2001/03/26-15:23〕の「捏造問題論争の部屋 過去ログ」)

【論文数と撤回論文】

2015年10月16日現在、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ジョン・ロング(John C. Long)の論文を「Long JC [Author]」で検索すると、1946~2015年の159論文がヒットした。当記事の「Long J」以外もいる。

所属機関を指定した「(Long JC [Author]) AND Massachusetts General Hospital[Affiliation]」で検索すると、ヒット論文数はゼロだった。

2015年10月16日現在、出版論文はヒットしない、撤回論文も不明である。

【事件の深堀】

★「自分が悪く、研究システムは良い」

ジョン・ロングは、米国・下院の調査監視小委員会で「自分が悪く、研究システムは良い」と、以下の発言している。

私の研究ネカトは、同僚が私の不誠実を追及したことで発覚した。研究結を批判的に検討しかつ誠実に研究するという科学者にとって必要な客観性という資質が、私には欠けていた。それが問題であって、研究システムに欠陥があったとは思えない。むしろ研究システムが正常に働いたので、私の研究ネカトが発覚した。

これは、つまり、研究ネカトしてしまった本人が、「自分は悪くない。研究システムが悪い」と言えば、反感を買い、反省が足りないとみなされる。だから、自分は研究ネカトしてしまったことを深く反省しています、ということをアピールするために発言した、ということでしょう。

しかし、そういう深読みをしない人もいて、単純に「研究システムが正常に働いた」と思う人もいる。そういう人は「研究者個人が悪く、研究システムは良い」としてしまう。コマッタもんだ。

★1人の人間の中に善悪気質が混在している

難波紘二 〔2001/03/26-15:23〕の「捏造問題論争の部屋 過去ログ」には、以下の記述もある。

事件後、ロングは研究者をやめ、中西部の町で病理開業医(米国では病理医が開業できる)になった。彼のその後を、私も注目していたが、数年前に、ある病理標本を誤診し、患者の追求をおそれ、「誤診」がなかったように見せかけるために、標本をすり替えたことが判明し、医師免許証を剥奪された。彼は最初、研究者資格を失い、ついで卒業後三十年近く経って、医師資格を失ったわけである。このことから見ると、「ハーバード卒のエリート」が不正を行ったのではなく、がハーバードの医学部に入れた、という点が問題になるだろうと思われる。

イヤイヤ、ハーバード大学に入学できることと「不正を行う性格」は無関係でしょう。どの大学も、大学入学時の選考で「不正を行う性格」があるかどうかを判定していないし、そもそも判定できない。知識の多少と善行悪行は、ほぼ、関係ない。

人間は善人と悪人の2者がいるのではなく、1人の人間の中に善悪気質が混在しているとみるべきです。状況に応じて、善もでれば悪もでるということです。また、同じ行為でも、状況や数が異なれば善にも悪にもなります。「一人を殺せば犯罪者だが、百万人を殺せば英雄だ」(チャールズ・チャップリン)。

そして、残念というか当然というか、むしろ、エリートは悪い方にも知識・スキルを賢く使える。それで、大悪はエリートが犯す。凡人には小悪しか犯せない。

【白楽の感想】

《1》古い事件

約36年前の研究ネカト事件のためだと思うが、情報が集めにくい。また、悪いことに、年数が経つにつれ、固定観念が出来上がってしまっている。少ない情報しか集められないが、その情報が似たり寄ったりで、白楽が、フレッシュな気持ちで無垢に事実と向き合いにくかった。

事件の背景や人間臭さが見えてこない。

【主要情報源】
① 書籍。アレクサンダー・コーン(酒井シズ、三浦雅弘訳):『科学の罠』、工作舎、1990年、 150~155ページ。
② 2001年4月26日の難波紘二の記事:「捏造問題論争の部屋 過去ログ
③ 1981年4月9日 – New Scientist – 68 ページ:New Scientist – Google ブックス
④ 1983年7月28日- New Scientist
⑤ 記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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