7-58 欧州の研究公正ガバナンス

2020年7月6日掲載 

白楽の意図:欧州分子生物学機構(EMBO)は、2019年1月23-25日の3日間、ワークショップ「研究公正のガバナンス:欧州での協調的アプローチの選択肢(Governance of research integrity: Options for a coordinated approach in Europe)」をドイツのハイデルベルクで開催し、欧州統一機関をネカト「調査」機関とするか、ネカト「監査」機関とするか、ネカト「助言」機関とするかを検討した。このワークショップをまとめたサンドラ・ベンディシオーリ(Sandra Bendiscioli)らの「2020年6月18日のEMBO報告書」を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

白楽注:本論文は学術論文ではなく報告書である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

2019年1月23-25日の3日間、ワークショップ「研究公正のガバナンス:欧州での協調的アプローチの選択肢(Governance of research integrity: Options for a coordinated approach in Europe)がドイツのハイデルベルクで開催された。ワークショップは、欧州分子生物学機構(EMBO:European Molecular Biology Organization)が主催した。この論文は、その報告書である。欧州がネカトと戦うには、現在より調整・統一された欧州統一機関の設立が望ましい。その欧州統一機関を、ネカト「調査」機関とするか、ネカト「監査」機関とするか、ネカト「助言」機関とするかを検討した報告書である。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

  • 論文名:Governance of research integrity: Options for a coordinated approach in Europe
    日本語訳:研究公正のガバナンス:欧州での協調的アプローチの選択肢
  • 著者:Sandra Bendiscioli、Michele S. Garfinkel
  • 掲載誌・巻・ページ: EMBO policy report 
  • 発行年月日:2020年6月18日
  • 引用方法:
  • DOI:
  • ウェブ:
  • PDF(51頁):https://www.embo.org/documents/science_policy/governance_of_ri.pdf

★著者

  • 第一著者:サンドラ・ベンディシオーリ(Sandra Bendiscioli)
  • 紹介:欧州分子生物学機構(EMBO)の科学政策の上級プログラム・オフィサー:Science policy
  • 写真:https://twitter.com/AidanBudd/status/1223228385687691264/photo/1
  • ORCID iD:
  • 履歴:Alessandra (Sandra) Bendiscioli | LinkedIn
  • 国:ドイツ
  • 生年月日:現在の年齢:52 歳?
  • 学歴:1996年にイタリアのパヴィア大学 (Università degli Studi di Pavia)で修士号(言語学)
  • 分野:科学政策
  • 論文出版時の所属・地位:欧州分子生物学機構(EMBO)の科学政策の上級プログラム・オフィサー(Senior Programme Officer)

欧州分子生物学機構(EMBO Heidelberg – The European Molecular Biology Organization laboratory building)。写真上の出典、下の出典

●3.【日本語の予備解説】

なし

●4.【論文内容】

本論文は学術論文ではなく、2019年1月23–25日の3日間、ドイツのハイデルベルクで開催されたワークショップ・「研究公正のガバナンス:欧州での協調的アプローチの選択肢(Governance of research integrity: Options for a coordinated approach in Europe)の51頁の報告書である。

本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

ーーー論文の本文は以下から開始。

●4.【論文内容】

この報告書は以下の7章で構成される。

第1章:序論(Introduction)
第2章:方法(Methodology)
第3章:既存のシステムの長所と短所(Advantages and disadvantages of existing systems)
第4章:国際機関:潜在的な長所と短所(An international body: Potential advantages and disadvantages)
第5章:特定のメカニズムを実装するためのオプション(Options for implementing specific mechanisms)
第6章:他のメカニズム:手順の調整(Other mechanisms: Coordination of procedures)
第7章:結論(Conclusions)

本記事では、第1章の前に記載された全体の「要約」を、つまみ食い、した。

《1》はじめに 

過去10年間、欧州では、ネカト行為への国内および国際レベルでの対処構築に取り組んできた。欧州の多くの国で、ガイドライン、骨組み、制度を確立してきた。研究公正の育成、促進、保護、そしてその違反に適切に対処する必要性を強く認識し、①~④の国際的な取り組みがされてきた。

①欧州研究公正局ネットワーク(European Network for Research Integrity Offices: ENRIO)の設立(2008年)、②出版規範委員会(Committee on Publication Ethics:COPE)、③研究公正に関するサイエンス欧州ワーキンググループ( Science Europe Working Group on Research Integrity )、④「研究公正に関する欧州行動規範(European Code of Conduct for Research Integrity)」(ALLEA、 2017年)。

これらの努力にもかかわらず、学術界の反応は依然として鈍い。ほとんどの大学・研究機関はネカト対処への準備が不十分で、ネカト事件に直面すると、混乱し、適切に対処できない。

研究善行(good research practice)とネカト対処に関する国のガイドラインがあっても、大学・研究機関はなかなかそれを導入しない。新しい制度を導入する際の管理上の負担、また、ネカト問題への過小評価、そして、大学・研究機関が自分たちの評判を損なうことへの恐れが原因である。さらに、「科学研究の自律性」という考えが根強くあり、科学研究上の問題は自律的に自己修正できると考えているからである(Alberts et al.、2015; Anderson、2018; Gunsalus、1997; Ioannidis、2012)。

これらが原因で、大学・研究機関のネカト調査は、その内容と客観性に一貫性がない。さらに悪いことには、ネカト疑惑が申し立てられても、大学・研究機関は調査しないこともある。そうなると、ネカト論文は撤回も訂正もされず、出版されたままである。

欧州各国が構築したネカト対処システムは多様過ぎて整合性に欠けている。その上、一部の国ではネカト対処システムがまだ確立されていない。このように、ネカト行為に対する対処がバラバラなため、国際共同研究でネカト行為が発覚した時、ネカト行為へどのように対処すべきか、大学・研究機関は混乱している。

個々の研究者、大学・研究機関、学術誌、研究助成機関、アカデミー、学協会、政府など、多くの利害関係者が研究環境の形成に役割を果たしている。その中にあって、大学・研究機関は、所属する教員・研究者が研究する場所であり、かつネカト行為が発生する場所でもある。大学・研究機関は、雇用主として、所属する教員・研究者の研究水準と倫理水準を高く維持・奨励する上で特に重要な役割を果たしている。

欧州分子生物学機構(EMBO)は、欧州の学術界がネカト問題に責任を持って対処するのを支援したい。そのために欧州の研究公正ガバナンスの分析を行ない、本報告書を出版した。

《2》欧州ネカト「調査」機関の長所と短所 

大学や研究機関、さらには研究助成機関や学術誌に代わって、ネカトを調査する欧州ネカト「調査」機関を設立する。調査結果に基づく法的処置や処分を決定する権限は、従来通り、研究者の雇用主である大学・研究機関にあり、欧州ネカト「調査」機関はそれら法的権限を持たない。欧州ネカト「調査」機関は、大学・研究機関から提供された資料とデータ(実験ノート、出版論文、画像など)を分析し、調査することに重点を置く。研究者の雇用主である大学・研究機関は、欧州ネカト「調査」機関の調査結果に基づいて違反の深刻度を判断し、どのような処分を科すかを決定する。

長所

  1. すべてのケースを同じ方法・基準で調査するため、国や大学・研究機関レベルで調査している現状と比較し、より高い均一性と一貫性を保証できる。
  2. 現在は国や大学・研究機関の非専門的な臨時委員会がネカト調査をしているが、ネカト事件処理の専門家が専門知識を開発しながら専門的に調査することができる。
  3. 国や大学・研究機関の利益から独立しているため、利益相反が減り、調査に客観性と中立性が確保できる。特に大学の末端組織である学科・研究科教授が主体の調査委員会がネカト調査をする場合、客観性と中立性が確保されにくく、公正な調査の重大な障害になっている。
  4. その独立性により、個人は報復を恐れることなくネカトの申し立てができる。
  5. このようなケースを調査するための組織や経験がない大学・研究機関、または利益相反のために客観的な調査が難しいと思われる大学・研究機関にとって、欧州ネカト「調査」機関は、特に有益である。
  6. 異なる国、大学・研究機関、分野の研究者が関与する共同研究が多くの分野で標準になっている。しかし、研究責任に関する正式な合意が共同研究者間でされていないことが多くネカト事件が発生すると対処が複雑になる。超国家間で機能する欧州ネカト「調査」機関なら、従来よりスムースにネカト調査ができる。
  7. 欧州ネカト「調査」機関は、解決事例や研究善行(best practices)事例の情報を収集・共有することで、関係者に重要なリソースを提供できる。

短所

  1. 大学・研究機関は、評判と支持を失うことを恐れて、所属研究者が犯したネカト行為を暴露することに消極的である。また、大学・研究機関は、自分たちの自治を失うことを恐れて所属研究者のネカト調査を外部機関である欧州ネカト「調査」機関に委任したくない。
  2. 外部機関は、当該国の規制により、データや資料へのアクセスが制限され、事実を分析できない場合がある。
  3. 国によっては、超国家機関の正当性を認めない場合がある。
  4. 国際的な調査機関である欧州ネカト「調査」機関を設立すると、一般的に、すべてを国際機関に委任することを好むようになる。その結果、各大学・研究機関は、ネカト対処への自前の規則策定に消極的になる。

《3》欧州ネカト「監査」機関の長所と短所  

欧州ネカト「監査」機関は自分ではネカト調査をせず、欧州の大学・研究機関が実施したネカト調査を監査し、適切な手順・基準に従っているかどうかを認定する。大学・研究機関は、自分の組織の信頼を回復または維持するために、欧州ネカト「監査」機関によるネカト調査結果の監査・認定を依頼する。また、研究助成機関(資金提供者)は、研究助成を受けた大学・研究機関に、欧州ネカト「監査」機関からネカト調査結果の正当性の認定を得るよう要求することができる。

長所

  1. 各大学・研究機関に対し、国際的に議論され合意された手順に従ってネカト調査を実施することが奨励される。このことで、ネカト調査の質が確保され、調査の一貫性が高められる。
  2. ネカト調査委員会や大学・研究機関からの独立性が高まることで、ネカト調査における利益相反のリスクを軽減できる。
  3. 異なる国、大学・研究機関、分野の調査を審査することで、さまざまなシステムと研究善行(best practices)事例に関する専門知識が構築できる。

短所

  1. 大学・研究機関のネカト調査が不十分であることが判明した場合でも、当該大学・研究機関に調査のやり直しを要求できない場合がある。
  2. 新しい調査が必要な場合、リソースをさらに消費する。また、調査の結論が遅れる。

《4》欧州ネカト「助言」機関の長所と短所 

ネカト調査はしないが、研究公正に関するすべての分野のすべての問題に関して、大学・研究機関の相談に応じる欧州ネカト「助言」機関を設立する。欧州ネカト「助言」機関は、既存の国や大学・研究機関のネカト調査委員会の代わりになるのではなく、それらを補完する役割を果たす。たとえば、研究公正を促進し、ネカト行為を防止し、ネカト申し立てに対応するための仕組みや方針について、大学・研究機関に助言する。また、ネカト調査委員会を支援するために国際的な専門家の名簿を作る。そして、さまざまな利害関係者間のコミュニケーションを促進する。

長所

  1. 欧州ネカト「助言」機関は欧州の各大学・研究機関に一貫した助言を与え、欧州のネカト調査の均質性と一貫性を育成できる。
  2. ネカト対処への一貫した助言はネカト行為の申し立ておよび調査の体制がまだ整っていない国や大学・研究機関にとっては特に有用である。
  3. 国や大学・研究機関にネカト調査委員会がない、または組織が貧弱で知識・経験が乏しい場合、それらをサポートし、追加のアドバイスを提供できる。
  4. 国と大学・研究機関の両者が協力する場合、欧州ネカト「助言」機関は両者の仲介者として客観的に機能し、調査を進めるすべての当事者を支援できる。
  5. 欧州ネカト「助言」機関は、国や大学・研究機関の調査委員会が専門知識と研究善行(best practices)事例を収集・共有するというセンター機能を発揮できる。
  6. 欧州ネカト「助言」機関は専任スタッフが常駐するので、大学・研究機関や個人のニーズに合わせた特別なアドバイスを提供できる。

短所

  1. 欧州ネカト「助言」機関は、無駄だと見なされる可能性がある。つまり、研究公正活動をしている既存の国内諮問機関や国際機関と競合すると見なされる可能性がある。

《5》結論 

欧州が研究公正違反と戦うには、現在より調整・統一されたネカト対処法を確立・実施する欧州統一機関の設立が望ましい。ネカト申し立ての調査、ガイドラインの作成、メンバーへのアドバイスなどを既に行なっている国際機関は、適切なリソースが確保されれば、現在の機能・権限を拡大し、欧州統一機関の特定のメカニズムの確立に寄与するだろう。

本報告書では、欧州分子生物学機構(EMBO)、欧州委員会(European Commission)、出版規範委員会(COPE)、欧州科学財団. European Science Foundation. ESF)の ESF – Science Connect などが設立した団体を例に分析をした。

欧州研究公正局ネットワーク(European Network for Research Integrity Offices: ENRIO)、サイエンス欧州(Science Europe)、全欧アカデミー連盟(All European Academies:ALLEA)など、研究公正に積極的な他の団体も、欧州統一機関の設立に役割を果たす可能性がある。欧州委員会(European Commission)など欧州の資金提供者は、財政的支援をするだろう。

ただし、割り当てられた役割によっては、国際レベルでの特定の機能を担うのを、大学・研究機関の自治権または国の主権を制限すると見なす可能性がある。欧州統一機関の設立は、慎重に進めるべきで、とりあえず、特定の研究分野に限定して出発するのが適切かもしれない。

●5.【関連情報】

省略

●6.【白楽の感想】

《1》欧州は順調 

欧州のネカト対策は、なんか、順調ですね。

日本は、すっかり、低調です。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条報は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★論文中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●8.【コメント】

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