7-6.研究ネカト被告発者が後悔する8つの無知:カラン・シュタイン(Callan Stein)、2015年8月13日

【注意】:「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

【概要】
「誠実な間違い」は研究ネカトではないからと、誤記載・誤解釈を軽視しているアナタは危険です。勿論、アナタは研究ネカトをしていない・・・が、しかし、ある日突然、見ず知らずの匿名者がウェブでアナタの論文の誤記載・誤解釈をねつ造・改ざんだと指摘した。

あるいは、破門した出来の悪い元・院生が執拗に研究ネカトだとアナタを攻撃し始めた。外部から見ると、元・院生が、かつての指導教官を批難するのは、危険を冒してでも正しい告発をしている「正義」にみえる。

それで、アナタは「簡単」に被告発者になってしまった。下手すると、懲戒免職で研究人生を棒に振る。

ということがないように、研究ネカトで被告発者になった時どうすべきか、研究ネカトの法律実務の第一人者がポイントを解説している。学長・教授・研究員の必読論文です。

【書誌情報】
論文名:8 things you might not know about research misconduct proceedings (研究ネカト処理であなたが知らない8項目)
著者:Callan Stein
掲載誌・巻・ページ:Retraction Watch
発行年月日:2015年8月13日
ウェブ:http://retractionwatch.com/2015/08/13/guest-post-8-things-you-might-not-know-about-research-misconduct-proceedings/
保存用ウェブ:http://web.archive.org/web/20150910040208/http://retractionwatch.com/2015/08/13/guest-post-8-things-you-might-not-know-about-research-misconduct-proceedings/

★著者

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【1.序論】

ほとんどの研究者は、研究ネカトで告発されたら、非常に深刻な事態になることを知っている。大学・研究機関は、告発を受けると、長期間で多段階の調査を開始するが、その調査は米国の法律で義務付けられている。

保健福祉省(HHS)の1部局である研究公正局(ORI)は、大学・研究機関の調査を監査し、被告発者がクロなら研究キャリアを継続できない処分を下す。

一般に、研究者は、研究ネカト事件の処理プロセスの基本を理解している。しかし、多くの研究者は、微妙ではあるが調査結果に大きく影響するいくつかの差異点(ニュアンス)に気づいていない。本論文では、すべての研究者が気づくべき微妙な8つの差異点(ニュアンス)を簡単に説明しよう。

【2.「誠実な間違い」は研究ネカトではないが、「誠実な間違い」だと証明できない】

連邦規則の93.103条は、「誠実な間違い」は研究ネカトではないとしている。なぜなら、「誠実な間違い」は、故意または無謀な行為ではないからだ。そして、多くの研究者は、「誠実な間違い」だから、研究ネカトではないと判定されるに違いないと思い込んでいる。しかし、実際には、「誠実な間違い」の免責条項はめったに適用されない。なぜなら、「誠実な間違い」はほぼ証明できないからだ。

予備知識として、「誠実な間違い」の免責条項は肯定的防御なので、被告発者側がそれを証明しなければならないことはいいですね。研究公正局(ORI)の方は、「誠実な間違い」ではないと証明する必要はないのです。免責を要求する研究者が、「誠実な間違い」、つまり、間違いは故意ではなかったことを証明しなければならない。

しかし、以下のような状況でも証明できるだろうか?

実験ノートのデータを論文原稿に書き写す時に間違えた「誠実な間違い」であって、それは故意ではなかったと説明した。ある調査員は、納得できませんと主張した。どうすれば納得させられますか? 別の調査員は、論文出版時に、その間違いデータを、正しいデータだとあなたが思い込んでいたことを客観的に証明してくださいと、要求した。どうすれば証明できますか?

【3.研究ネカトの責任を認めると、研究公正局(ORI)の処罰は軽減するかもしれないが、法廷では痛手となる】

連邦規則の処罰は不正の深刻度に比例している。研究公正局(ORI)はその方針で研究ネカトを処罰している。なお、連邦規則の93.408条に「7つの軽減/悪化」措置があり、研究公正局(ORI)は、処罰するときに「7つの軽減/悪化」措置を使っている。軽減項目の1つに、研究者が「研究ネカトしたと認めた」という項目がある。つまり、「研究ネカトしたと認めた」ら、処罰が軽減される可能性がある。

連邦規則の93.408条があるので、告発された研究者は、早く「研究ネカトしたと認める」方が得だと信じてしまう。しかし、研究ネカトでは慎重に考えた方が良い。不正を認めても、せいぜい、誰が責任を取るのか不安に思う同僚が感謝する程度で、「研究ネカトしたと認める」のは両刃の剣である。

第一に、研究ネカトしたと認めても大学・研究機関は調査を打ち切らない。また、研究公正局(ORI)の関与が甘くなることはない。研究者が研究ネカトの全部を告白すれば、連邦規則は、大学・研究機関が調査を終了してもよいとしているが、終了する前に研究公正局(ORI)に通知しなければならない。

第二に、大学・研究機関の規則には、研究者が「研究ネカトしたと認め」一定の権利を放棄すると、調査の一部を省略することもを認めている。しかし、これは、2つの点で被告発者にかなりの損害をもたらす。

第1点は、この場合、定例手順外の調査になるので、研究者はその調査に対して自力で防衛(弁護・擁護)しなければならない。

第2点は、この場合、調査範囲が定義されないので、調査委員は、容易に調査対象を拡げ、被告発者の他の研究行為も調査し始める。従って、多くの場合、より深刻な不正が発見され、最終的により厳しい制裁が科されることとなる。

米国では、研究ネカトを刑事罰の対象とする傾向が最近の動向である。それで、「研究ネカトしたと認める」のは、法廷に持ち込まれたとき、とても危険である。例えば、ドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)はNIH研究費を得るためにデータのねつ造・改ざんをしたと認めたが、2015年7月、アイオワ州連邦判事は、刑期57か月(4年9か月)の判決を下した。(白楽の感想:この程度の研究ネカトで刑期57か月は異常なほど厳しいと白楽は感じる。)

これは極端なケースだが、研究者は、研究ネカトで告発された時の深刻さを軽く見てはいけない。大学・研究機関に研究ネカトをしたと認める時でさえ細心の注意を払うべきである。
Callan Stein

【4.NIH研究助成金での研究ネカトは研究公正局(ORI)が関与するたくさんの理由の1つに過ぎない】

省略

【5.学歴・資格(credentials)の偽造や誇張も研究ネカトである】

連邦政府の研究ネカトの定義は、研究費申請書に研究者の学歴・資格(credentials)の虚偽や誇張を含めるとは書いてないが、一定の状況下で、研究公正局(ORI)はこれを研究ネカトとしている。

論理的根拠として、研究費審査では、申請者が申請した研究を遂行できるかどうかは採否の重要な判断である。申請研究者の学歴・資格(credentials)は申請者が申請した研究を遂行できるかどうかの判断に、つまり、研究費の採否に影響する。採否に影響する部分に虚偽や誇張があれば、それは研究ネカトということになる。

研究公正局(ORI)のクロ判定例では、研究博士号(PhD)を持つ研究者が、実際は持っていない医師免許を持っていると研究費申請書に記載したケースがあった。また、実際は取得していないのに、マサチューセッツ工科大学で有機化学の修士号を取得したと書いたケースもあった。両者とも、研究データのねつ造・改ざんはなかったのだが、3年間の締め出し処分(debarment)となった。

【6.研究ネカトの対象は学術雑誌の論文だけではない】

研究ネカトはねつ造・改ざんデータを学術雑誌に掲載した時だけだと、研究者は思っているようだが、伝統的な出版は研究ネカトの必要条件ではない。

例えば、研究費申請書や研究中間報告書は学術雑誌に掲載されないが、それらの中に研究ネカトがあれば、研究公正局(ORI)は、連邦政府の定義の「研究結果の報告」ととらえて処罰する。実際、研究公正局(ORI)の事件報告書に、研究費申請書や研究中間報告書において研究ネカトが見つかったと記載された事件は多数ある。

さらに、次のことも研究ネカト対象の「研究結果の報告」である。(1)上司や指導教官に渡した論文原稿、(2)すでに承認された継続研究費の次年度計画書、(3) 学会発表の講演要旨、ポスター、口頭発表、予備的リポート、(4)集積的データベース(例:複数の病院の臨床試験)、(5)特許出願。

【7.連邦規則では研究ネカト議事記録は機密扱いだが、機密は一部だけだ】

省略

【8.健康福祉省が防衛する前でも、研究者は不服申立ての機会を待っていてはならない。実際は、不服申立ての機会は決して自動的に設けられない】

省略

【9.締め出し処分(debarment)はNIH研究費を申請できないよりはるかに多くの処分となる】

連邦規則の93.205条は、締め出し処分(debarment)を「連邦政府研究費の申請不可をはじめ、政府の広範囲な締め出し処分」と定義している。締め出し処分された個人は、非常に広く定義された連邦政府のすべての「経済活動(covered transaction)」に参加できない。

具体的には、連邦政府の研究費(grants)、協力的協定(cooperative agreements)、コントラクト、契約、奨学金、フェローシップ、貸付金など連邦政府がお金を出すすべての種類の調達に参加できないのである。

規則の文面をそのまま解釈すると、締め出し処分(debarment)を受けた人は、連邦政府から給料や金銭的補助を受け取れないのは明白である。

しかし、規則が広範に書かれているので、連邦政府は、金銭以外の補助も受け取れないと解釈している。つまり、連邦政府のお金を一部でも使った機器、研究スペース、研究人員、または他の資源を使うことができないという意味である。連邦政府の解釈によると、もしあなたが締め出し処分を受けたら、政府資金で購入した顕微鏡のある研究室で研究を実施することはできないのである。

【10.おわりに】

8項目を説明したが(白楽注:3つは省略)、これらの説明は個々のトピックを包括的に説明したものではない。研究ネカトと告発された研究者は、初期段階で弁護士に相談することを強く勧める。また、ここに述べたことや他の視点を加え、特別仕立ての防衛戦略を練ることも強く勧める。

★【動画】
「Attorney Spotlight: Callan Stein – YouTube」(英語)
2014/02/28 に公開

【白楽の感想】

《1》適切なアドバイス

研究公正局や大学・研究機関で活動し、全米の研究ネカトに関する法律を代表する弁護士が、研究ネカトで被告発者になった時の微妙な8つの「思い違い」を解説している。研究者にとって、実にありがたい内容だ。こういう情報はなかなか入手できない。

米国に留学する研究者、米国で研究している日系研究者は、本記事のポイントを肝に銘じておいた方がよい。

一方、日本では、研究者向けのこういうアドバイスは見当たらない。必要だと思うけど。

また、カラン・シュタインが述べていることは米国事情であって、日本でどの程度適用されるのか、知りたいところである。

とはいえ、そもそも、日本で研究ネカト担当の弁護士はいるのだろうか? 日本では研究ネカト訴訟が少なく、弁護士は研究ネカト訴訟だけでは食べていけないだろう。しかし、担当する弁護士はそれなりにいるはずだ。

小保方晴子の代理人を務めた三木秀夫・弁護士はどうだろう。事務所は幅広い案件を扱っているが、船場吉兆の食品偽装問題でも活躍した。ねつ造・改ざんの専門家と考えていいのかもしれない。

理研・改革委員だった竹岡八重子(光和総合法律事務所)・弁護士はどうだろう。プロフィールでは、取扱分野が、「知的財産権、企業法務、不動産法務」とある。著作リストを見ると、研究ネカトの専門家ではないようだが、理研は、そんな人を法律分野担当の改革委員に選出した。

【関連情報】
① 2014年8月26日の文部科学省ガイドラインに、日本で被告発者になった時、予備調査、本調査、措置、調査結果の通知及び報告、被告発者の保護と権利などの「公式」手順が記載されている。 → 「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」の決定について:文部科学省
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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