7-71 ネカトハンター・ビックを脅迫

2021年5月31日掲載 

白楽の意図:2020年3月、ネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)が、フランスのディディエ・ラウル(Didier Raoult)(68歳)の「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文の問題点を指摘した。ラウルは怒ってフランスの全国版テレビでビックを侮蔑し、彼の仲間のエリック・シャブリエール教授(Eric Chabriere)はビックの個人情報をウェイブ上にさらし、フランス検察に訴えると脅した。一方、フランスの研究者たちはビックを守る運動を展開し、世界の研究者たちが加勢し始めている。この顛末を解説したメリッサ・デイビー(Melissa Davey)の「2021年5月22日のGuardian」記事を読んだので、紹介しよう。3日前に出版されたキャスリーン・オグレディ(Cathleen O’Grady)記者の「2021年5月28日のScience」記事も少し加えた。

【追記】
・2021年6月19日記事:ラウルはビックをセクハラと訴えた:Elizabeth Beck, the famous microbiologist accused of sexual harassment by Didier Raoult

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

白楽注:本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

論文に概要がないので、省略。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

  • 第1著者:メリッサ・デイビー(Melissa Davey)
  • 紹介:Melissa Davey Journalist
  • 写真: https://www.theguardian.com/media/2019/jun/27/guardian-australias-melissa-davey-wins-walkley-award-for-emil-gayed-investigation
  • ORCID iD:
  • 履歴
  • 国:オーストラリア
  • 生年月日:仮に1985年1月1日とすると、39 歳?
  • 学歴:2007年にオーストラリアの カーティン大学(Curtin University)を卒業(学士号)(2019年記事)。
  • 分野:医療ジャーナリズム
  • 論文出版時の所属・地位:ガーディアンのメルボルン支局長(Melbourne bureau chief for the Guardian)

●3.【日本語の予備解説】

今回の記事は、白楽の以下の記事と重なるところが多くあり、文章を流用している。

●4.【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

ーーー論文の本文は以下から開始

★発端

以下はココから流用している → 「ズサン」:ディディエ・ラウル(Didier Raoult)(フランス) | 白楽の研究者倫理

ディディエ・ラウル(ディディエ・ラウール、Didier Raoult、写真出典)は、フランスのマルセイユ大学・地中海疾病研究センター(l’Institut hospitalo-universitaire Méditerranée Infection à Marseille)・所長・教授・医師で、専門は感染症学である。

2020年3月16日、ラウル(68歳)は、コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の治療に薬物ヒドロキシクロロキンが有効だという「2020年3月のInt J Antimicrob Agents」論文を出版した。

2020年3月24日、ネカトの検出と指摘で世界的に有名なオランダのエリザベス・ビック博士(Dr Elisabeth Bik、写真出典)は、ラウルの論文掲載の4日後、論文の問題点を複数指摘した。 → 2020年3月24日のエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)の「Science Integrity Digest」記事:Thoughts on the Gautret et al. paper about Hydroxychloroquine and Azithromycin treatment of COVID-19 infections – Science Integrity Digest

以下は、ビックが指摘した問題点の内の3点を示す。

第1点。
論文では、マラリア治療薬のヒドロキシクロロキンをコロナウイルス感染患者に投与していた。別の病気を治療するための薬で患者を治療する臨床研究は、臨床試験を実施する前に倫理委員会と薬物安全委員会の承認が必要である。しかし、論文では、その承認を得ていない。

第2点。
対照グループと処置グループは患者の年齢・性別・病気の程度などを同じにし、違うのは投与する薬がプラセボ(偽薬)か本物かの違いだけである。投薬以外の違いのことを専門用語で交絡因子(こうらくいんしconfounding factor)と呼ぶ。ラウルの臨床試験では、この交絡因子が多く、論文の結論を支持できない。

第3点。
論文中の画像のねつ造・改ざん疑惑。2021年5月30日時点で、ラウルの177論文にパブピア(PubPeer )のコメントがある。

★ラウルと仲間からの反撃

ラウルと彼の支持者たちは、問題点を指摘したビックに感謝するどころか、猛反発したのである。

パブピア(PubPeer )で論文がコメントされると、コメントが自動的に著者に通知される。ラウルは、パブピア(PubPeer )や出版社からの 通知や質問に対応するのに、非常に多くの時間が費やされ、受け取った大量の通知は、大量の「嫌がらせ」だと受け取った。

それで、フランスの全国テレビでのインタビューでビックを「頭のおかしい人(nutcase)」とか「失敗した研究者」と侮蔑的に呼び、ツイッターで攻撃を煽るかのようにビックの連絡先をインターネット上にさらし、執拗にビックを攻撃した。

ラウルがビックを侮辱していた例を以下に示す。2020年10月7日、Tipunchがツイッターにアップした全国テレビでのインタビュー動画である。

2021年4月xx日、ラウルのブライス・グラッツィーニ弁護士(Brice Grazzini、写真出典)は、ラウルの依頼を受けて、フランス検察にビックを告発した。

また、ビックを攻撃したのはラウル自身だけではない。ラウルの支持者もビックを攻撃した。

2021年4月30日、ラウル論文の共著者でマルセイユ大学のエリック・シャブリエール教授(Eric Chabriere、写真出典)は、ビックとパブピア運営者のボリス・バーバー(Boris Barbour)を法的に訴えると、脅迫した。

2021年5月1日、ビックは、シャブリエール教授に自宅住所や経済的な個人情報をインターネット上にさらされ、法的に訴えると脅迫されているとツイートした(以下)(この時、ビックはフランス検察に告発されたことを、まだ知らない)。

そして、2021年5月2日、ビックは、「フランスの弁護士に相談したところ、シャブリエール教授の文書は単なる脅迫で、恐れることは何もないと説明してくれた」と、ツイートした。

オーストラリアのモナッシュ大学(Monash University)・ポスドクでフランス人のロニー・ベサンソン(Lonni Besançon、写真出典)は、ラウルの論文について批判したら、ラウル崇拝者から「殺すぞ!」と何度も脅迫された。

ラウル崇拝者は他の研究者も脅迫しているようだ。

なお、書かなくてもわかっていると思うが、白楽は本件では「殺すぞ!」と脅迫されていない。白楽はオヨビデナイ? スツレイスマスタ。

★ビックの支援活動

ラウルとラウル崇拝者たちの脅迫が余りにも常軌を逸していた(いる)こともあり、1部の研究者がビックの支援活動を始めた。

2021年5月19日、本記事の12日前、上記のロニー・ベサンソン(Lonni Besançon)たち11人は「科学者よ立ち上がれ! ネカトハンターと出版後査読を守れ!」という公開書簡を発表した。

以下は公開書簡の冒頭部分(出典:同)。全文(2ページ)は → OSF Preprints | Open Letter: Scientists stand up to protect academic whistleblowers and post-publication peer review.

公開書簡の一部(最後の方)をズボラ訳すると以下のようだ。

この公開書簡の著者11人と共同署名者(500人以上)は、透明性と研究公正を非常に重要視する科学者です。

私たちは、研究上の 間違いや不正行為の可能性を調査するネカト告発行為を支持します。

学術界は嫌がらせや脅迫からネカト告発者を守るために多くのことができます。 個々の研究者は声を上げてネカト告発者を支援してください。

学術誌、資金提供者、政策立案者、大学は、ネカト告発者を保護する明確な規則を制定してください。そして、潜在的なネカト行為に対処するために公正で賢明で透明なプロセスを確立してください。

この公開書簡は、出版後査読への支持を表明し、エリザベス・ビックと彼女の活動、そして研究の質、誠実、公正、科学の進歩を維持するすべてのネカト告発者を支持することを表明する。

また、「Citizen4Science」は「Change.org」で2020年9月から「研究広報者と研究公正擁護者への嫌がらせをやめるよう、呼びかける(Call to stop the harassment of scientific spokespersons & defenders of science integrity)」運動を始めていた。その運動に、ビックの件を加えた。

★ビックの困難

ビックはネカトハンターとしてとても優秀である。

メールでの対応も誠実で、しかも冷静である。

しかし、大学教授ではないし、企業研究員でもない。独立した個人がボランティアでネカトハンティング活動をしているのだ。

生活はどうなっているんだろう? 
どこから収入を得ているんだろう?

ビックは、製薬企業からお金をもらっていないが、 大学や出版社から疑わしい画像の調査分析で金を受け取っている。これはまともな対価である。

そして、本当かどうか知らないが、ラウルの弁護士であるグラッツィーニ弁護士は、「もし、金をくれるなら、マルセイユ大学・地中海疾病研究センターへの批判は止める」とビックが提案したと述べている。白楽は信じられない、というか、信じない。

また、ビックは支援者(PATRONS)から寄付を得ている。2021年5月31日現在、支援者は世界中に334人いて、 その 月額寄付額は$4,868(約48万円)である。皆さんもどうぞ支援してください。 → Elisabeth Bik (Harbers-Bik LLC), | Patreon2021年5月31日保存版

今回の騒動で、ビックは自分の収入をさらに透明化した。「About – Science Integrity Digest」の「Disclosures and conflicts of interest (2021)」という項目で、金銭的関係を公表している。

★これから、どうなる

以下の出典はココ → 2021年5月28日のキャスリーン・オグレディ(Cathleen O’Grady)記者の「Science」記事:Scientists rally around misconduct consultant facing legal threat after challenging COVID-19 drug researcher | Science | AAAS

ノースカロライナ大学シャーロット校(University of North Carolina, Charlotte)の研究倫理学者であるリサ・ラスムッセン(Lisa M. Rasmussen、写真出典)は、次のように述べている。

他の多くの分野ではすでに、インターネット上に個人情報をさらす行為(doxxing)、脅迫(threats)、イジメ(intimidation)が頻繁に起こっている。科学界は今までのところこのような問題はなく、より良い方向に進んでいたが、科学界も今回、この事態に直面しました。

フランス検察がビックを起訴するかどうかは不明である。

リサ・ラスムッセンは、ビックは違法行為をしていないと判断している。

ラウルの多数の論文に問題点を指摘したビックの行為は「嫌がらせ」の証拠にはなりません。

もし、ビックが車でラウルの家の周りを回るとかのストーカー行為や、個人的なメールで脅迫すれば、「嫌がらせ」の証拠になるかもしれませんが、そんなことはしていません。

ビックが適切なチャネルを使って論文への懸念を指摘したことでラウル論文の不正行為の調査が始まりました。この指摘が切っ掛けで、その研究者の全論文を調査されることは学術界のネカト調査では通常の行為です。なんら、「嫌がらせ」の証拠にはなりません。

リサ・ラスムッセンは、ネカトハンティングを民間のボランティアに依存している現在の研究公正システムも批判している。

公開書簡の中で、大学や資金提供者などに内部告発者を保護するよう呼びかけています。 しかし、ビック のような独立したフリーランスを保護する機関はありません。

そもそも、さまざまなコンサルティングで生計を立てている人に、研究公正システムの重要な部分を依存すべきではありません。

ビックは、次のように述べている。

ラウルから脅迫された(されている)今回のケースは、私にとって最初の大きな法的脅威でした。最初はとても孤独に感じましたが、他の科学者からの支援を受け、今は、孤独ではなくなりました。

私は、「間違い」・「ネカト」行為の調査を止めるつもりはありません。 論文が出版された後でも、論文を批評することは非常に重要だと感じています。 私は出版された論文を石に刻まれた真実だとは考えていません。

公開書簡でビック への広範な支持を表明しているが、関係者の1人は、次のように述べた。

ビックのネカト指摘行為は真面目で誠実です。 多くの人は彼女を信頼できると考えています 。ただし、だからといって、彼女の活動に間違いがないというわけではありません。

しかし、通常の学術的議論を超える嫌がらせや中傷を受けることなく、彼女は研究ネカトを指摘できるべきです。

 

●5.【関連情報】

① 2021年1月10日記事:「ズサン」:ディディエ・ラウル(Didier Raoult)(フランス) | 白楽の研究者倫理
② 2021年4月27日の「Times Higher Education」記事:French professor free to harass hydroxychloroquine critics online | Times Higher Education (THE)
③  2021年5月18日のルモンド記事:Didier Raoult entame un bras de fer judiciaire contre une spécialiste de l’intégrité scientifique
④ 2021年5月24日の「Genomeweb」記事:Raising Concerns, Accused of Harassment | Genomeweb
⑤  2021年5月25日の「Medium」記事: Dr. Elisabeth Bik Sued for Revealing Misconduct in a Hydroxychloroquine Study | by Simon Spichak | BeingWell | May, 2021 | Medium
⑥  2021年5月28日のキャスリーン・オグレディ(Cathleen O’Grady)記者の「Science」記事:Scientists rally around misconduct consultant facing legal threat after challenging COVID-19 drug researcher | Science | AAAS

他にもまだ記事があると思うが、白楽は追いかけていない。

●6.【白楽の感想】

《1》報道の姿勢 

事件は主にフランスで起こっているネカトハンターへの脅迫事件を、英国の一般新聞が取り上げて記事にした(記者はオーストラリア在住)。英国のセンスは、素晴らしい。感動した。

ここ1か月余りで、英国の「Times Higher Education」、フランスの「ルモンド」、そして、本記事で紹介した英国の「ガーディアン」、本記事をほぼ書き終わるころ出版された米国の「Science」など、多くのメディアが記事を発表している。世界のセンスも、素晴らしい。

翻って、日本の新聞は、こういう記事を全く報道しない。日本のセンスは、・・・。

日本の新聞は、日本のネカト事件を報道する場合でも、大学の発表を要約した大本営発表記事ばかりである。

以下のケースも白楽ブログに公開する前、新聞社・テレビ局にリリースしたけど、どのメディアも記事にはしなかった。

関係する人は多く、学術のあり方、大学のあり方を問う重要なテーマで社会に伝える価値は大きいと思うが、日本の主要メディアは報道しない・できない。

名古屋大学・博士論文の盗用疑惑事件シリーズ
 ① 驚愕の判定(2020年8月17日掲載、2021年5月3日改訂)
 ② 隠蔽工作?(2021年3月12日掲載)
 ③ 疑惑の証明(2021年3月26日掲載) 

日本の新聞社・テレビ局にジャーナリストはいないのかな、と思ってしまう。

《2》鉄の組織 

ノースカロライナ大学シャーロット校のリサ・ラスムッセン(Lisa M. Rasmussen)の指摘が適切である。

そもそも、さまざまなコンサルティングで生計を立てている人に、研究公正システムの重要な部分を依存すべきではありません。

日本では、告発者を保護するどころか、逆に、コクハラをするもんだから、結局、ネカトハンターがいなくなってしまった。

ネカトハンターがいないので、「猫がいないけりゃネズミは跋扈」。

数日前から大騒動の昭和大学麻酔科ネカト事件と似たような大量ネカト事件は、現在、別の大学で、ひっそりと進行中に違いない。

政府が支援した確実な組織でネカトハンティングをすべきだと、白楽は思う。

本当は、警察が担当すべきだと以前から提案しているが、誰もその方向に動こうとしない。ネカト調査でのポイントは、カネ・ヒト・能力だけでなく、強制捜査権が必要なんです。

《3》排除 

ラウルとラウル崇拝者たちの異常な言動にとてもオドロイタ。

論文の不適切な点を指摘したビックを脅迫するとはネカト以前の悪質度である。

当局(マルセイユ大学)はラウルとシャブリエール教授を解雇し、学術界から排除しないのだろうか?

ディディエ・ラウル(Didier Raoult)。 Photograph: Daniel Cole/AP。出典:元論文:https://www.theguardian.com/science/2021/may/22/world-expert-in-scientific-misconduct-faces-legal-action-for-challenging-integrity-of-hydroxychloroquine-study

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●8.【コメント】

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