経済学:アルマス・ヘシュマティ(Almas Heshmati)(スウェーデン)

2025年7月15日掲載 

ワンポイント:イラン出身で、スウェーデンのヨンショーピング大学・教授のヘシュマティは、著名な経済学者になった。ただ、2023年9月に出版した論文で、欠落していた約2,000件(全体の13%)の観測データをねつ造していた。同じ分野の院生がねつ造データに気が付き、撤回監視の記者に相談したことで、撤回監視は記事として公表した。ヘシュマティの論文は撤回された。しかし、ヘシュマティは研究不正を犯したという意識がない。ヨンショーピング大学はネカト調査をしていないので、無処分。撤回論文数は2報。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。この事件は、2024年ネカト世界ランキングの「撤回監視」の「大きなインパクトを与えた記事」に選ばれた。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
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●1.【概略】

アルマス・ヘシュマティ(Almas Heshmati、ORCID iD:?、写真出典)は、イラン出身で、スウェーデンのヨンショーピング大学(Jönköping University)・ヨンショーピング国際ビジネススクール(Jönköping International Business School)・教授になった。一時期、韓国の西江大学(ソガンだいがく、Sogang University)・教授にもなった。著名な研究者で、専門は経済学である。

2023年9月(61歳?)に出版した論文で、ヘシュマティは、欠落していた約2,000件(全体の13%)の観測値をねつ造していた。

同じ分野の院生がねつ造データに気が付き、「撤回監視」のフレデリック・ジョエルヴィング記者(Frederik Joelving)に相談した。

2024年2月5日(62歳?)、ジョエルヴィング記者はデータねつ造の話を「撤回監視(Retraction Watch)」記事にした。

ジョエルヴィング記者の報道で、この論文は2024年2月21日に撤回が決まり、同年5月に撤回された。

しかし、ジョエルヴィング記者とのやり取りの中で、驚いたことに、ヘシュマティは研究不正を犯したと思っていないかったし、指摘されても、依然として、妥当な分析方法だと主張した。

ヨンショーピング大学はネカト調査をしていないので、ヘシュマティは無処分である。

撤回論文数は2報。

この事件は、2024年ネカト世界ランキングの「撤回監視」の「大きなインパクトを与えた記事」である。

ヨンショーピング大学(Jönköping University)・ヨンショーピング国際ビジネススクール(Jönköping International Business School)。写真出典

  • 国:スウェーデン
  • 成長国:イラン(?)、スウェーデン
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:ヨーテボリ大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1962年1月1日生まれとする。1984年に学士号を取得した時を22歳とした。イランで生まれる
  • 現在の年齢:63歳?
  • 分野:経済学
  • 不正論文発表:2020~2023年(58~61歳?)の3年間
  • ネカト行為時の地位:ヨンショーピング大学・教授
  • 発覚年2024年(62歳?)
  • 発覚時地位:ヨンショーピング大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ分野の院生(詳細不明)と「撤回監視(Retraction Watch)」のフレデリック・ジョエルヴィング(Frederik Joelving)記者
  • ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「Mind Matters」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①なし
  • 大学の透明性:調査していない、発表なし・隠蔽(✖)
  • 不正:ねつ造
  • 不正論文数:2報撤回
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 対処問題:大学怠慢
  • 特徴:データねつ造なのに大学は調査しない・無処分
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:①:Almas Heshmati – Economic Research Forum (ERF)、②:Last update: December 19, 2000

  • 生年月日:不明。仮に1962年1月1日生まれとする。1984年に学士号を取得した時を22歳とした。イランで生まれる
  • 1984年(22歳?):スウェーデンのウプサラ大学で(Uppsala University)で学士号取得:経営学と経済学
  • 1994年(32歳?):スウェーデンのヨーテボリ大学(University of Gothenburg)で研究博士号(PhD)を取得
  • 1994~1998年(32~36歳?):ヨーテボリ大学・上級研究員
  • 1998~2001年(36~39歳?):スウェーデンのストックホルム経済大学・準教授
  • 2001~2004年(39~42歳?):国連大学世界開発経済研究所(WIDER)・研究員
  • 2013~2019年(51~57歳?):韓国の西江大学(ソガンだいがく、Sogang University)・教授
  • 2014年(52歳?)~現:スウェーデンのヨンショーピング国際ビジネススクール(Jönköping International Business School)・教授
  • 2020~2023年(58~61歳?):研究不正論文を発表
  • 2024年(62歳?):研究不正が発覚
  • 2025年7月14日(63歳?)現在:従来の職に就いている

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
「アルマス・ヘシュマティ」と紹介。
講演動画:「Day 3, session 7, 11 Almas Heshmati – YouTube」(英語)2分15秒。
11.th World Congress on Design and Health, Hong Kong(チャンネル登録者数 25人) が2015/09/03 に公開

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★研究人生

アルマス・ヘシュマティ(Almas Heshmati、写真出典)はイランで生まれた。育った国は不明。スウェーデンのウプサラ大学で(Uppsala University)で学士号を取得した。

その後、スウェーデンで研究者のキャリアを積み、スウェーデンのヨンショーピング大学(Jönköping University)・ヨンショーピング国際ビジネススクール(Jönköping International Business School)・教授になった。一時期、韓国の西江大学(ソガンだいがく、Sogang University)・教授にもなっていた。

たくさんの論文を発表し、経済学では著名な研究者である。

2010年10月、ヘシュマティ教授は韓国の経済学者ランキングで、3位にランクされた。 → Within Country and State Rankings at IDEAS: South Korea

★発覚の経緯

2023年9月xx日(49歳?)、アルマス・ヘシュマティ(Almas Heshmati、写真左出典)は、「2023年9月のJournal of Cleaner Production」論文を発表した。

なお、共著者である英国のランカスター大学のマイク・ツィオナス経済学教授(Mike Tsionas、写真右出典)は、論文出版5か月後の2024年1月に亡くなった。 → 2024年1月11日記事:News Item – mike tsionas | Staff Intranet

論文の日本語タイトルは「OECD諸国におけるグリーンイノベーションと特許」である。

1990年から2018年までの27か国、19の変数、合計14,877の観測値データを用いた分析である。

そのデータは「バランスの取れたパネル(balanced panel)」とあるが、これは、観測値がない欠落したデータを指すこの分野の専門用語である。

つまり、この論文には観測データが欠落していた。

そして、データ処理の方法を論文に記載していなかった。

しかし、普通に読めば、論文は完全なデータセットを基に解釈を加えた論文だという印象を与えるように執筆されていた。

偶然にも多くの同じデータを扱っていた博士院生がいた。

この博士院生の国・所属・姓名の記載はないので、ここでは院生Aと呼ぶ。

院生Aは論文のデータの出し方に興味を持ち、ヘシュマティ教授にメールでデータの出し方を質問した。

数度のメールのやり取りの後、最終的にはヘシュマティ教授から論文で使用したデータセットをもらった。ただし、院生はスプレッドシートを誰にも見せないと約束した。

ヘシュマティ教授とのメールのやり取りとデータセットの分析から、しかし、院生Aは、ヘシュマティ教授がデータ内の多数の欠落した観測値をねつ造したのではないかと疑いはじめた。

院生Aは、思案した後、「撤回監視」のフレデリック・ジョエルヴィング記者(Frederik Joelving)に相談した。

論文には多数の国のデータがあるが、いくつかの国のデータはなかった。それで、ヘシュマティ教授は、エクセルのオートフィル機能を使って他国のデータをコピーし、データが存在しない国の観測値として、データセットに埋め込んでいた。

院生Aは、ヘシュマティ論文の観測値を埋め合わせるこの方法(補完法)をおかしいと思ったのだ。

院生から相談を受けたジョエルヴィング記者は、ヘシュマティ教授に連絡を取った。

データセットには約2,000件(全体の13%)の観測値が元々なかったのに、ヘシュマティ教授はエクセルのオートフィル機能を使ってこれらの欠落データのほとんどを埋めていた。

2024年2月21日、結局、エルゼビア社の広報担当者はジョエルヴィングに、「論文を調査した結果、撤回することを決定した」と伝えた。 → 2024年5月8日:撤回公告

論文撤回に直面して、ヘシュマティ教授は「補完法を用いなければ、そのようなデータはほとんど役に立たない。もしもう一度やり直さなければならないなら、同じ方法でデータを処理する。そうでなければ、複数の国と年を除外することになるからだ」と述べた。

ヘシュマティ教授はデータねつ造という研究不正を犯したという意識も、悪びれた様子もない。それで、自分の研究手法を堅持すると主張したのだ。

しかし、どう考えても、データが欠落している時の解決策として、補完法でデータをねつ造するのはおかしい。

★別の論文でも

上記の問題が明確になってから、ヘシュマティ教授の論文を精査した。

すると、「2023年9月のJournal of Cleaner Production」論文と酷似している「2020年11月のEmpirical Economics」論文にも、同じようなデータ処理が見つかった。

この「2020年11月のEmpirical Economics」論文も、データの欠落やエクセル操作でデータを補完したことについては何も記述していなかった。

2024年12月28日、この論文は撤回された。 → 撤回公告

★大学の調査

ヘシュマティ教授の所属するスウェーデンのヨンショーピング大学(Jönköping University)はこの件のネカト調査をしていない。従って、ヘシュマティ教授がネカト者と認定されていない。

【ねつ造・改ざんの具体例】

★「2023年9月のJournal of Cleaner Production」論文

「2023年9月のJournal of Cleaner Production」論文の書誌情報を以下に示す。2024年5月8日、撤回された。 → 撤回公告

論文の日本語タイトルは「OECD諸国におけるグリーンイノベーションと特許」である。

1990年から2018年までの27か国、19の変数、合計14,877の観測値データを用いていた。

データセットには約2,000件(全体の13%)の観測値が欠落していた。

それを、エクセルのオートフィル機能を使って、この欠落のほとんどを補填していた。

――具体例その1――

変数の一つである「MKTcap(market cap [capitalization])」は、ある国の企業の時価総額をその国のGDPに占める割合である。

フィンランド、デンマーク、スウェーデンは、それぞれ過去13年、14年、15年の3年連続でデータが欠落していた。この欠落数値を外挿によって補填していた。

ギリシャはMKTcapの最初の11年間のデータが欠落していた。

イタリアは最初の9年間と最後の10年間のデータが欠落していた。それを、外挿してデータを埋めていた。

株価のように変動の激しいものを、これほど長い年月を予測できない。外挿して観測値とするのは明らかに不適切で、データねつ造である。

――具体例その2――

ある国では観測データが全くないというケースが5件もあった。

それを他国のデータをコピー&ペーストしていた。

例えばアイスランドのMKTcapデータがなかったので、日本の29年間のデータすべてをアイスランドのセルに貼り付けた。

イスランドと日本に経済学上、どういう共通点があるのか?

両国は火山活動によって形成された島という以外に共通点はほとんどない、と米国のポモナ大学(Pomona College)のゲイリー・スミス教授(Gary Smith)は皮肉っている。

この論文ではこの手のコピペを5回も繰り返していた。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

データベースに直接リンクしているので、記事閲覧時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。

★スコーパス(Scopus)

2025年7月14日現在、スコーパス(Scopus)で、アルマス・ヘシュマティ(Almas Heshmati)の論文を「Almas Heshmati」で検索した。206論文がヒットした。

★撤回監視データベース

2025年7月14日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでアルマス・ヘシュマティ(Almas Heshmati)を「Heshmati, Almasで検索すると、本記事で問題にした「2023年9月のJournal of Cleaner Production」論文・1論文が2024年5月8日に撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2025年7月14日現在、「パブピア(PubPeer)」では、アルマス・ヘシュマティ(Almas Heshmati)の論文のコメントを「Almas Heshmati」で検索すると、本記事で問題にした2論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》他論文でもネカトしている 

アルマス・ヘシュマティ(Almas Heshmati)のデータねつ造をヨンショーピング大学(Jönköping University)がなぜネカト調査しないのか、白楽は、不思議に思う。

データねつ造と指摘されても、ヘシュマティ教授はデータねつ造という研究不正を犯したという意識も、悪びれた様子もない。それで、自分の研究手法を堅持すると主張している。

同じようなデータねつ造は2論文で見つかっていて、2論文が撤回されている。

スコーパス(Scopus)ではヘシュマティの206論文がヒットしたが、白楽が思うに、この206報の大半は同様なデータねつ造をしているのではないかと思う。

ネカトの法則:「ネカトはその人の研究スタイルなので、他論文でもネカトしている」。

ヘシュマティはたくさんの論文を発表し、経済学では著名な研究者になったが、白楽が推察するに、ねつ造データで論文を多作し、それで出世してきた人物ではないだろうか?

経済学の論文では元となるデータセットと照らし合わせないと、データがねつ造かどうか判定できないので、いままで、研究不正が発覚しなかったのだろう。

ネカトは生命科学系の論文に多いという人がいるが、白楽はそう思っていない。ネカトを検証できない・しにくい研究分野では、生命科学系よりもっと多くの研究不正が行なわれていると思う。

アルマス・ヘシュマティ(Almas Heshmati)。https://www.ueh.edu.vn/en/news/ueh-college-of-economics-law-and-government-member-of-a-multidisciplinary-and-sustainable-university-71415
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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●9.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Almas Heshmati – Wikipedia
② 2024年2月5日のフレデリック・ジョエルヴィング(Frederik Joelving)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:No data? No problem! Undisclosed tinkering in Excel behind economics paper – Retraction Watch
③ 2024年2月21日のゲイリー・スミス教授(Gary Smith)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事: How (not) to deal with missing data: An economist’s take on a controversial study – Retraction Watch
④ 2024年2月22日のフレデリック・ジョエルヴィング(Frederik Joelving)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Exclusive: Elsevier to retract paper by economist who failed to disclose data tinkering – Retraction Watch
⑤ 2024年2月23日のゲイリー・スミス教授(Gary Smith)の「Mind Matters」記事: Retracted Paper Is a Compelling Case for Reform | Mind Matters
⑥ 2024年5月10日のフレデリック・ジョエルヴィング(Frederik Joelving)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Journal pulls paper by economist who failed to disclose data tinkering – Retraction Watch