2018年11月1日掲載
ワンポイント:サンチェスは、2018年6月1日、46歳でスペインの首相に就任した。その6年前の2012年に、カミーロ・ホセ・セラ大学(Universidad Camilo José Cela)で取得した博士号が、2018年9月10日、盗博と指摘された。また、2013年の著書『La nueva diplomacia económica española』(日本語:「新しいスペイン経済外交」)も盗用と指摘された。盗博を否定し、博士論文をウェブ上に公開した。著書の盗用は「不本意な間違い」だったことを認めた。首相を辞任していない。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
ペドロ・サンチェス(Pedro Sánchez、写真出典)は、大学教授から政治家に転身し、2018年6月1日、46歳でスペインの首相に就任した。その6年前の2012年(40歳)、カミーロ・ホセ・セラ大学(Universidad Camilo José Cela)・教授の時、同大学で経済学の研究博士号(PhD)を取得していた。
2018年9月10日(46歳)、オンライン新聞「エルディアリオ(El Diario)」が、サンチェス政権の閣僚の1人であるカルメン・モントン(Carmen Montón)大臣の修士論文の盗用を暴露した。2日後、モントンは盗用を否定しつつも、大臣を辞任した。
2018年9月12日(46歳)、モントン大臣の盗修騒動の渦中、サンチェス首相の盗博スキャンダルが暴露された。
2018年9月14日(46歳)、サンチェス首相は盗博を否定し、博士論文をウェブ上に公表した。
直後に博士論文は代筆だとも指摘された。サンチェス首相は否定した。
さらに、2013年のサンチェス首相の著書『La nueva diplomacia económica española』(日本語:「新しいスペイン経済外交」)に、盗用があると指摘された。政府は「不本意な間違い」で、著者が修正するだろうと述べ、サンチェス首相は改訂版で修正すると弁解した。
カミーロ・ホセ・セラ大学(Universidad Camilo José Cela)。写真By Emr2016 – Own work, CC BY-SA 4.0, Link
- 国:スペイン
- 成長国:スペイン
- 研究博士号(PhD)取得:カミーロ・ホセ・セラ大学
- 男女:男性
- 生年月日:1972年2月29日
- 現在の年齢:52歳
- 分野:経済学
- 最初の不正論文発表:2012年(40歳)
- 発覚年:2018年(46歳)
- 発覚時地位:スペインの首相
- ステップ1(発覚):シウダダノス(Ciudadanos)党のアルベール・リベラ党首が議会で質問した。リベラ党首に盗用を教えた第一次追及者の詳細は不明
- ステップ2(メディア):日刊紙「エル・パイス(El Pais)」、「AFP」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①スペイン政府。②カミーロ・ホセ・セラ大学は調査委員会を設置していない。
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:発表なし(✖)。
- 不正:盗博・盗用
- 不正論文数:博士論文1報と著書1冊
- 博士論文タイトル:INNOVACIONES DE LA DIPLOMACIA ECONÓMICA ESPAÑOLA: ANÁLISIS DEL SECTOR PÚBLICO (2000-2012)
(英語訳):Innovations in Spanish economic diplomacy: public sector analysis (2000-2012)
(日本語訳):スペインの経済外交における革新:公共部門の分析(2000〜2012年) - 博士論文ページ数:342頁
- 博士論文審査教授: ?
- 盗用ページ率: ?
- 盗用文字率:0.96%説と約21%説がある
- 研究博士号(PhD)はく奪状況:はく奪なし。
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)。
- 処分:なし
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。内訳 ↓
- ⑩損害額(大雑把)の場合:盗博をした政治家・学長は、その国と政界・大学の権威・公正・信頼を失墜させ、学術界を腐敗させた。普通の国の現職大統領・首相は1000億円、閣僚または学長は100億円、知事または議員は10億円(大雑把)。盗博は0.96%説と約21%説があり、盗用は軽微だが、無処分なので損害額は10億円(大雑把)
●2.【経歴と経過】
- 1972年2月29日:スペインで生まれる
- 1990‐1995年(18‐23歳):マドリード・コンプルテンセ大学(Universidad Complutense de Madrid, 略称はUCM)で学士号取得
- 1993年(21歳):スペイン社会労働党(社会党、PSOE、ペソエ)・入党
- xxxx年(xx歳):ベルギーのブリュッセル自由大学(Free University of Brussels)で修士号取得:経済政策
- 2004‐2005年(32‐33歳):イエセ・ビジネススクール(IESE Business School)で修士号取得:公共リーダーシップ
- 2004‐2009年(32‐37歳):マドリード市議会議員
- 2008年(36歳):カミーロ・ホセ・セラ大学(Universidad Camilo José Cela)・教授:経済学
- 2012年11月(40歳):カミーロ・ホセ・セラ大学(Universidad Camilo José Cela)で研究博士号(PhD)を取得:経済学
- 2013年1月(40歳):国会議員に選出
- 2018年6月1日(46歳):スペインの首相に就任
- 2018年9月12日(46歳):博士論文の盗用疑惑が新聞報道された
●3.【動画】
【動画1】
ニュース動画:「明日、サンチェスは彼の論文を発表する(Sánchez publicará su tesis mañana). – YouTube」(スペイン語)1分24秒。
EL PAISが2018/09/13 にアップロード
【動画2】
ニュース動画:「サンチェスの論文は合法です(El tribunal de la tesis de Pedro Sánchez es legal). – YouTube」(スペイン語)1分22秒。
EL PAISが2018/09/14 にアップロード
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★盗博疑惑
2018年9月10日、オンライン新聞「エルディアリオ(El Diario)」が、サンチェス政権の閣僚の1人であるカルメン・モントン(Carmen Montón)大臣の修士論文の盗用を暴露した。2日後、モントンは盗用を否定しつつも、大臣を辞任した。
2018年9月12日(46歳)、モントン大臣の盗修騒動の渦中、ペドロ・サンチェス首相(Pedro Sánchez)の盗博スキャンダルが暴露された。
2018年9月12日、議会の冒頭で、シウダダノス党(Ciudadanos)の38歳のアルベール・リベラ党首(Albert Rivera、写真)がサンチェス首相の博士論文に疑念があると発言したのだ。
★代筆疑惑
2018年9月13日(46歳)、盗博疑惑の翌日、スペインの日刊紙「ABC」は、サンチェスは他人が執筆した論文全体をコピーした。つまり、博士論文は代筆だったとの声明を発表した。
デジタル新聞「エルディアリオ(El Diario)」は、実際は、経済学者のカルロス・オカニャ(Carlos Ocaña)がサンチェスの博士論文全体を書いたと暴露した。
カルロス・オカニャ(Carlos Ocaña)。写真:De Ministerio de Economía y Hacienda de España – http://www.meh.es/es-ES/El%20Ministerio/organigrama/CVS/Paginas/Secretaria%20de%20Estado%20de%20Hacienda%20y%20Presupuestos.aspx, CC BY-SA 3.0, Enlace)
オカニャは最初、論文の代筆を否定した。
しかし、スペインのEFE通信によると、オカニャはその後、サンチェスの著書『La nueva diplomacia económica española』ではサンチェスに“協力”したと説明した。その著書は、首相の博士論文に基づいており、オカニャはいくつかの章の一部を書いたと述べている。
★反論
サンチェス首相は激怒し、博士論文の盗用も代筆も否定した。
「私は自分で博士論文を書いたのです。私は博士論文審査員会の試験にパスしました。博士論文を学術誌や一般書で発表しました。野党である国民党 (Popular Party :PP)やシウダダノス党(Ciudadanos)は堅実な政治プロジェクトを国民に示せないため、私の名前を傷つけるキャンペーンを展開しています。彼らがどれほど私を攻撃しても、私は自分が多大な努力をした博士論文を誇りに思います」と説明した。
2018年9月14日(46歳)、議会で盗博を指摘された2日後、サンチェス首相は博士論文をウェブ上に公開した。同時に、スペイン政府は、博士論文の文章を2つの盗用検出ソフト(TurnitinとPlagScan)で調べた結果、盗用はなかったとの声明を発表した。
盗用検出ソフトのことを具体的に書くと、スペインの情報会社・モンクロア社(Moncloa)が調べ、ターンイットイン(Turnitin)では博士論文の盗用率は0.9%だった。
→ DOCUMENTO | Consulta aquí la tesis íntegra de Pedro Sánchez
2018年9月18日(46歳)、ところが、ドイツのプラグスキャン社(PlagScan)はモンクロア社(Moncloa)がデータを操作したと非難した。サンチェス首相の博士論文の盗用率は0.96%ではなく、21%だと発表した。
→ 2018年9月18日記事:PlagScan acusa a Moncloa de manipular: Sánchez fusiló el 21% de su tesis y no el 0,9% que decían
★著書での盗用
博士論文ではなくサンチェスの2013年の著書『La nueva diplomacia económica española』(日本語:「新しいスペイン経済外交」)(表紙写真)に、引用符も引用文献の記載もせず、スペイン外交官の演説のページ全体を、元の文章の間違いを含んだまま、流用、つまり、盗用したと、スペインの日刊紙「エル・パイス(El Pais)」が指摘した。
なお、この2013年の著書は、サンチェスの2012年の博士論文の文章も流用している。
スペイン政府は新聞に、「不本意な間違い」で、著者・サンチェスが修正するだろうと述べた。
サンチェス首相は間違いを認めていて、改訂版で訂正すると述べている。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
省略。
●7.【白楽の感想】
《1》スペイン政治家の連続ネカト
2018年、スペインの政治家にネカト事件が多発している。
本記事はペドロ・サンチェス首相(Pedro Sánchez)の盗博・著書盗用スキャンダルを書いたが以下もある。
- マドリード州・知事のクリスティーナ・シフエンテス(Cristina Cifuentes)は、2018年2月に修士号取得が虚偽だったことが発覚し、2018年4月、53歳でマドリード州・知事を辞任した。
→ 法学:「経歴詐称」:クリスティーナ・シフエンテス(Cristina Cifuentes)(スペイン) | 研究倫理(ネカト) - カルメン・モントン(Carmen Montón)が修士号の不正取得で保健・消費・社会福祉大臣を辞任した。
→ 盗修:法学:カルメン・モントン(Carmen Montón)(スペイン) - 別の政治家の同じような不正疑惑が報道されている。
→ 法学:「修士号」:パブロ・カサード(Pablo Casado)(スペイン)
スペイン、大丈夫か?
《2》大学の腐敗
盗用研究者のジョナサン・ベイリー(Jonathan Bailey)がスペインの異常を指摘している。
盗用発覚の発端は、2016年のフアン・カルロス国王大学(Universidad Rey Juan Carlos, URJC)のフェルナンド・スアレズ学長(Fernando Suárez)の盗用事件である。
→ 歴史学:フェルナンド・スアレズ(Fernando Suárez)(スペイン)
その後、《1》に記載した「スペイン政治家の連続ネカト」事件が続いた。
そして、これらの事件では米国と比較して大きな特徴があると指摘している。
スペインでは、驚いたことに、大学が政治家のネカトに協力している。発覚しても博士号をはく奪しない。つまり、大学が腐敗側にいるのだ。
これに対し、米国では、大学は反腐敗側にいて、公正を保っている。例えば、米国・上院議員のジョン・ウォルシュ(John Walsh)の盗修が発覚した時、大学は、修士号をはく奪した。そして、ジョン・ウォルシュは次回の選挙で立候補できず、上院議員を失職した。
→ 盗修:政治学:ジョン・ウォルシュ(John Walsh)(米)
スペインは大学のネカト腐敗が高じて以下の事件も起こっている。
2018年9月21日、フアン・カルロス国王大学(Universidad Rey Juan Carlos, URJC)は約500人のイタリア人院生に能力がないのに法学修士号、つまり、“偽”法学修士号を授与した。スペインで法学修士号を取得するのはイタリアで取得するよりも大幅に安く、一度取得すれば、EU内のどこでも弁護士業を営めるのである。
→ 2018年9月21日記事:‘Politicians’ university’ in ‘fake’ master’s scam: Underqualified Italians registered to practise law
スペインの大学のネカト腐敗はひどい。その内、スペインの修士号・博士号は世界に通用しなくなる? そんなことはない?
大学が腐敗し、政治家も腐敗したら、誰がどのように、その国の研究公正を保てるのだろうか?
ただ、いつも思うが、日本も似たような状況があり、スペインを笑えない。
《3》スペイン政界は社交界?
ネカトとは関係ないのだが、以前、スペインの女性政治家はファッショナブルと書いた。以下は同じ文章の再掲載を含む。
マドリード州・知事のクリスティーナ・シフエンテス(Cristina Cifuentes)は、ファッショナブルだった。
→ 法学:「経歴詐称」:クリスティーナ・シフエンテス(Cristina Cifuentes)(スペイン) | 研究倫理(ネカト)
ペドロ・サンチェス首相の率いる閣僚に11人の女性がいるが、会議が終わって閣僚が登場すると、こちらも華やかである。
そして、スペインの男性政治家は若くイケメンである。
スペイン政界は社交界?
追及するシウダダノス(Ciudadanos)党・党首の38歳のアルベール・リベラ(Albert Rivera)。
アルベール・リベラ(Albert Rivera)。写真By Carlos Delgado – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① ウィキペディア日本語版には盗用について全く記載なし:ペドロ・サンチェス – Wikipedia
② 2018年9月12日。「EL PAÍS」記事:Academic scandal: Opposition calls into doubt doctoral thesis of Spanish prime minister | In English | EL PAÍS
③ 2018年9月13日。「EL PAÍS」記事:Academic scandal in Spain: Spanish PM threatens legal action over claims he plagiarized his doctoral thesis | In English | EL PAÍS、(保存版)
④ 2018年9月14日。サム・ジョーンズ(Sam Jones)記者の「Guardian」記事:Spain’s degree scandal shines light on its ‘titulitis’ epidemic | World news | The Guardian、(保存版)
⑤ 2018年9月20日。「AFP」記事:Accused of Plagiarism, Spain PM Recognizes ‘Error’ in Book
⑥ 2018年9月25日。ジョナサン・ベイリー(Jonathan Bailey)記者の「Plagiarism Today」記事:The Plagiarism Insanity in Spain – Plagiarism Today
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