7-149 学術誌・編集者は不正のグル

2024年6月10日掲載 【長文注意

白楽の意図:2021年頃から世界の学術不正は大きく変化している。論文工場(Paper mill)はデタラメ論文を多量に生産し、作った論文の著者枠を販売し、学術誌・編集者に賄賂を贈り、または、月収約100万円で研究者を学術誌・編集者に仕立て、デタラメ論文を学術誌に出版させている。学術誌は特集号1回で約2,500万円を儲けている。この悪徳論文工場のベールをはいだフレデリック・ジョエルヴィング(Frederik Joelving)の「2024年1月のScience」論文、そして、補助的にニック・ワイズ(Nick Wise)の「2024年1月のFor Better Science」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.ジョエルヴィングの「2024年1月のScience」論文
7.白楽の感想
9.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ論文なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

論文では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本論文に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本論文を引用するしかないですね。

●2.【ジョエルヴィングの「2024年1月のScience」論文】

★読んだ論文

★補助的に読んだ論文:【ワイズの「2024年1月のFor Better Science」論文】

  • 論文名:Welcome Agent Cooperate With Us
    日本語訳:私たちに協力する仲介者を歓迎
  • 著者:Nick Wise
  • 掲載誌・巻・ページ:For Better Science
  • 発行年月日:2024年1月31日
  • ウェブサイト:https://forbetterscience.com/2024/01/31/welcome-agent-cooperate-with-us/
  • 著者の紹介:ニック・ワイズ(Nick Wise)。既に記述しているので、省略

●【論文内容】

この白楽記事は、ジョエルヴィングの「2024年1月のScience」論文を主軸に、ワイズの「2024年1月のFor Better Science」論文の一部を織り交ぜながら記述した。

★憂慮すべき傾向

撤回監視(Retraction Watch)のデータベースによると、学術不正による論文撤回は、2020年までは主にねつ造、改ざん、盗用などの研究不正(ネカト)が理由だった。

しかし、2021年頃から論文工場(Paper mill)、不正編集者(Rouge editor、ルージュ編集者、悪徳編集者)、査読偽装(Peer-review manipulation)などの撤回理由が急増している(以下の図)。

なお、論文工場(Paper mill)は単に論文をたくさん作る不正な組織というだけでなく、作った論文(とその著者枠)を販売している個人または組織である。

そして、本記事でも明らかしているように、論文工場は学術誌・編集者に賄賂を贈り、自分たちが作った論文をその学術誌に出版させている。

また、学術誌・編集者になりたい研究者を採用し、学術誌・編集者に仕立てることもしている。ついでに書くと、査読者も募集している。査読に1回5ドル(約500円)のお金を払っている。といっても、実質的な査読を求めているのではなく、査読者として名前・所属の使用に1回5ドル(約500円)を払うということだ。

白楽記事では、論文工場(Paper mill)という名称を使うが、その実態は、デタラメ学術論文の執筆から出版までのすべてを、研究者から金をもらって行なう悪徳論文会社(含・個人)なのである。

★学術誌・編集者になりたい人をリクルート

2023年6月のある晩、英国のケンブリッジ大学(University of Cambridge)の流体力学者で、ネカトハンターのニコラス・ワイズ(Nicholas Wise、ニック・ワイズ、Nick Wise、写真出典)は、論文売買をしている怪しげな学術不正グループを調べていた。

すると、見たこともないFacebookの広告に出くわした。

論文工場の広告だが、従来とは異質の広告だった。

なお、論文工場は、毎年、何万、何十万ものデタラメ論文を作って、売っていると言われている。 → 2023年11月6日の「Nature」論文(閲覧有料):How big is science’s fake-paper problem?

その論文の多くは、ねつ造データが満載、あるいは、盗用などの低品質の不正論文である。

研究者はお金を払って著者枠を買い、自分の名前を著者欄に載せてもらう。そのビジネスで、論文工場はかなりの利益を上げている。

しかし、今回、ワイズが、見つけた広告は新しいものだった。

論文購入者や査読者をターゲットにした勧誘ではなく、中国のオリーブ・アカデミック社(Olive Academic、Olive Fruit Academic)のジャック・ベン(Jack Ben、写真出典)が、学術誌・編集者になりたい研究者を募集する広告だった。

なお、オリーブ・アカデミック社(Olive Academic)の中国語名は快刊-橄榄果学术である(2023年7月5日保存版。2024年4月29日現在、元サイトは閉鎖されている:抱歉,站点已暂停)。「橄榄果学术快刊」:https://space.bilibili.com/1380685184/、は閉鎖されていない。

ベンは学術誌・編集者になりたい研究者を、社交メディアでリクルートしていたのだ。

以下は募集の文面の略訳(出典:ワイズの「2024年1月のFor Better Science」論文)。

「2022年10月21日
SCI学術誌の客員編集者(ゲストエディター)2人募集しています。
1. 出版論文3報あり
2. 大学のメールアドレスを持ち
3. コンピュータ領域か数学の人
この条件に当てはまる希望者は、履歴書送ってください」

そして、学術誌・編集者には、ベンが投稿した論文原稿を出版する見返りに、多額の金を提供する、と宣伝していた。

ベンは20,000ドル(約200万円)の送金を示す具体的なスクリーンショットを示していた。以下の7,700ドル(約77万円)はその一部。出典: Jack ben Team

この社交メディアでのやり取りは、ぼかしがズサンだった。それで、ワイズは、論文のタイトルと受信者の名前を判読できた。

判読すると、すでに50人以上の研究者が学術誌・編集者に応募していた。

★学術誌を抱き込む論文工場

論文工場の業界に、毎年少なくとも数千万ドル(数十億円)が流れていると、慈善団体「UK Research Integrity Office」のマット・ホジキンソン(Matt Hodgkinson、写真出典)は推定している。

まともな出版社と優良学術誌は、論文工場の脅威を認識し、研究公正チームを強化し、時には数百本の論文を一度に撤回している。彼らは、デタラメ論文を検出するソフトの開発などの活動に資金を提供し支援している。 → 2023年5月9日論文:Fake scientific papers are alarmingly common | Science | AAAS

一方、論文工場は資金力があるので、学術誌・編集委員に賄賂を贈り、自分たちの仲間を編集委員に入れ、デタラメ原稿の出版を確実にする新しい戦術を始めたのだ。

「Science」誌と撤回監視(Retraction Watch)は、ワイズらの専門家と共同で行なった調査では、論文工場経由で採用された編集者が既に優良学術誌の編集者に紛れ込んでいて、なんと、約30人も特定できたのだ。

これら編集者の多くは、通常の学術誌とは別に編集される特集号の客員編集者(ゲストエディター)だった。なお、特集号は、悪用されやすいと以前から指摘されている。 → 2023年3月28日記事:Fast-growing open-access journals stripped of coveted impact factors | Science | AAAS

論文工場経由で採用された編集者には、客員編集者ではない通常の学術誌の編集者もいた。そして、特定できた約30人の編集者は氷山の一角に過ぎないと思われる。

ホジキンソンは、ある出版社が不正操作した300人の編集者を一度に解雇したことを思い出した。この300人の編集者は悪徳論文工場のお抱え編集者だった。

悪徳論文工場は大規模な詐欺集団で、組織犯罪だと、ホジキンソンは指摘している。

★ジャック・ベン(Jack Ben)に電話

本論文著者のフレデリック・ジョエルヴィング(Frederik Joelving、写真出典)はジャーナリストである。

ジョエルヴィングは中国のオリーブ・アカデミック社(Olive Academic、Olive Fruit Academic)のジャック・ベン(Jack Ben)に電話した。

電話で、自分はジャーナリストだと繰り返し言ったにもかかわらず、ベンは、学術誌・編集者に応募したい研究者からの電話だと思い込んでいるようだった。

そして、学術誌・編集者になりたい研究者を採用するのは、論文工場の通常の手順と見なしているように対応した。

ベンは「論文を出版したい顧客はたくさんいます。論文を学術誌に掲載するのを手伝ってくれるパートナーが必要なのです」と言った。

「1回目は、原稿を受理してくれた時に半額を払います。そして、論文がウェブサイトに掲載されたら、残りの額を払います」と説明し、キックバックの額は学術誌によって異なると付け加えた。

そして、何度か話しているうちの、相手が学術誌・編集者に応募したい研究者からの電話ではないことにベンは、ようやく、気が付いた。WhatsAppに切り替えると言い、電話を切った。

WhatsAppでは文章でやり取りをした。

しかし、電話での話と異なり、編集者にお金を払うことを否定し、彼の会社は論文原稿にアドバイスしているだけだとベンは主張した。

★マリク・アラザム編集者(Malik Alazzam)

オリーブ・アカデミック社とマリク・アラザム編集者(Malik Alazzam、写真出典)の関係も、ベンの説明とは異なっていた。

アラザム編集者は、自身をScopusとISIという信頼できるデータベースが扱う学術誌の編集者だとし、サウジアラビア、マレーシア、ヨルダンの元研究者兼助教授だとも記載していた。 →  Dr Malik Alazzam | LinkedIn

「Science」誌はアラザム編集者にインタビュー申し込んだが、拒否された。しかし、オリーブ・アカデミック社とアラザム編集者が関係していることは、ベンのFacebook投稿のスクリーンショットで明らかだ。[白楽注:論文にはそのスクリーンショットは示されていない。白楽は別途そのスクリーンショットを探したが見つからなかった]。

オリーブ・アカデミック社とアラザム編集者が関係している2論文のうちの1論文は以下の「2021年10月のJ Healthc Eng.」論文である。

著者5人は中国の海南医学院・第一附属医院(First Affiliated Hospital of Wannan Medical College)の研究者で、この論文は、2021年にヒンダウィ出版社(Hindawi)の学術誌・「Journal of Healthcare Engineering」の特別号に掲載された。その特別号はアラザムが編集したものだった。

論文が受理されてから3日後、スクリーンショットはオリーブ・アカデミック社がタムジード出版社(tamjeed publishing)に840ドル(約8万4千円)払ったことを示していた。[白楽注:論文にはそのスクリーンショットは示されていない。白楽は別途そのスクリーンショットを探したが見つからなかった]。

タムジード出版社は中東のヨルダンにある。

タムジード出版社のウェブサイトには、アラザムがチームの唯一のメンバーとして掲載されていて、アラザムのリンクトイン(LinkedIn)のプロフィールには、彼がタムジード出版社の編集者であると記載されている。

★オマール・シェイクロウホウ助教授(Omar Cheikhrouhou)

タムジード出版社は論文工場からの支払いを請け負うブローカーとして機能し、取引している相手はアラザム編集者にとどまらず、チュニジアのスファックス大学(University of Sfax)のオマール・シェイクロウホウ助教授(Omar Cheikhrouhou、写真出典)など、複数の編集者だと、ワイズは指摘した。

ベンのFacebook投稿を解読すると、シェイクロウホウ助教授は以下の「2021年10月のMobile Information Systems」論文の出版に関与していた。

Relationship between Business Administration Ability and Innovation Ability Formation of University Students Based on Data Mining and Empirical Research
Lilei Gao
Mobile Information Systems, 14 Oct 2021

著者は中国の臨沂市(リンイーし)にある “Kavidi” National University of the Philippines の研究者で、この論文は、2021年にヒンダウィ出版社(Hindawi)の学術誌・「Mobile Information Systems」の特別号に掲載された。

この特別号はシェイクロウホウ助教授が編集したものだった。

2021年9月15日に論文が受理され、その2日後、タムジード出版社は1,050ドル(約10万円)を受け取った。

2023年11月1日、上記の「2021年10月のMobile Information Systems」論文と前章の「2021年10月のJ Healthc Eng.」論文が撤回された。

この論文撤回は、ヒンダウィ出版社(Hindawi)とその親会社ワイリー社(Wiley)が、査読偽装で特集号の論文数千報を撤回した一部だった。 → 2023年12月12日記事:More than 10,000 research papers were retracted in 2023 — a new record

2023年12月、そして、ワイリー社(Wiley)は、ヒンダウィ出版社(Hindawi)の全部の学術誌を廃止すると発表した。 → 2023年12月6日記事:Wiley to stop using “Hindawi” name amid $18 million revenue decline – Retraction Watch

ワイリー社(Wiley)の広報担当者は、「過去1年間、私たちは何百人もの悪質な人物を特定しました。その中には客員編集者もいました。これらの人達を、私たちの組織から排除しました」と、「Science」誌に電子メールで答えた。

★リュドミラ・マシュターラー(Liudmyla Mashtaler)

オリーブ・アカデミック社とタムジード出版社だけが、不正編集者を雇っている会社ではない。

例えば、ウクライナの論文工場「Tanu.pro」は、まだ修士号を取得したばかりのリュドミラ・マシュターラー(Liudmyla Mashtaler、写真出典)を編集者に採用していた。 → アンナ・アバルキナ(Anna Abalkina)の2022年9月5日論文:PsyArXiv Preprints | Paper mills: a novel form of publishing malpractice affecting psychology

マシュターラーは編集者として、ワイリー社(Wiley)と英国教育研究協会(BERA)が共同で発行した学術誌・「Review of Education」の2022年特集号に、論文工場製の複数の論文を掲載した。 → Special Issue: Evidence on the development of education in ex-Soviet states: Review of Education

なお、2022年9月5日、アンナ・アバルキナ(Anna Abalkina)がマシュターラー・編集者の不正を指摘した。

論文は、アバルキナに不正だと指摘された後、2023年11月5日、撤回された。 → Retraction: Evidence on the development of education in ex‐Soviet states special issue retraction statement – 2023 – Review of Education – Wiley Online Library

マシュターラーはその後、学術誌・「Review of Education」の編集委員会のメンバーとなった。

マシュターラーは編集委員会のウェブサイトに「博士」とあるが、2020年のウクライナ政府の文書では、マシュターラーは修士1年生だった。

マシュターラーは博士号を取得していないとアバルキナが通報した。

アバルキナの通報と「Science」誌が本記事のために学術誌・「Review of Education」に連絡したためと思われるが、マシュターラーは編集委員から姿を消した。

しかし、オベク(Obek)という姓で特集号の編集を続けている。

「Science」誌は何度もマシュターラーにメールしたが返事を得られていない。

英国教育研究協会(BERA)は、「この経験を受けて、論文工場などの不正行為を特定することを強化する」と述べている。

★架空人物

別のケースもある。

オリーブ・アカデミック社が広告していたヒンダウィ社の学術誌「Scientific Programming」 の特集号の編集者たちは、実在していない架空の人物だった。

論文工場の運営者たちは、特集号の最初から最後まで運営しているので、架空の編集者でも論文を出版できる。

この戦術は中国の大学・医学部を卒業し、中国の論文工場を調べている匿名の科学者(報復を恐れて匿名を希望)も認めている。

彼の話だと、特集号のタイトルを企画・提案する最初の段階から、学術誌とのやり取りのすべて、論文掲載、特集号の発行まで、本物の研究者が偽の身元をかたって行なっている。つまり、特集号の最初から最後まで、論文工場が運営しているそうだ。

★オヴェイス・アベディニア(Oveis Abedinia)

問題は特集号にとどまらない。

中国のオリーブ・アカデミック社が関与した特集号の編集者約12人の大多数は、ワイリー社(Wiley)、エルゼビア社(Elsevier)などが発行する学術誌の通常号(特集号ではない)の編集者にもなっていた。

その中に、カザフスタンのナザルバエフ大学(Nazarbayev University)の研究者(電気工学)で、昨年までヒンダウィ社の学術誌「Complexity | Hindawi」の常連編集者だったオヴェイス・アベディニア(Oveis Abedinia、写真出典)もいる。

アベディニアは「Science」誌の電話や電子メールでの取材要請に応じなかった。

ヨルダンのタムジード出版社も学術誌「Complexity」をターゲットにしていた。

タムジード出版社のマリク・アラザム編集者(Malik Alazzam)は、社交メディアで、彼の会社が契約した学術誌の1つとして学術誌「Complexity」を掲げ、そこに論文出版を希望する研究者を勧誘していた。

★サラス・ランガナタン(Sarath Ranganathan)

米国のコロンビア大学の博士院生であるシッデシュ・ザディ(Siddhesh Zadey、写真出典)は、論文工場の営業を直接経験した。

2023年の夏、ザディは故郷であるインドの両親を訪ねた。

その時、インドの悪徳論文工場・アイトリロン(iTrilon)のサラス・ランガナタン(Sarath Ranganathan)が、WhatsAppで彼に「100%の出版保証」付きの論文著者にならないかと連絡してきた。

サラス・ランガナタン(Sarath Ranganathan)の写真出典

ザディは、インドを拠点とし、研究を通じて社会問題に取り組むシンクタンク・ASAR(Association for Socially Applicable Research )の共同設立者である。

ザディは、無知な医学生のふりをして、ランガナタンに「その論文はもう受理されたのですか?」と尋ねた。

ランガナタンは、「100%受理されています」と答えた。

「学術誌・編集者とのコネがあるのです。だから、私たちは論文受理を保証できます」と続けた。

ランガナタンがコネがあるとした学術誌の1つは、ワイリー社が発行する学術誌「Health Science Reports」だった。

その後、ワイリー社の広報担当は、学術誌「Health Science Reports」の論文に査読偽装が見つかったので論文を撤回した。そして、さらなる調査を進めていると述べた。

「Science」誌とのインタビューで、ランガナタンは論文を売ったことを認めたが、アイトリロン社(iTrilon)が学術誌「Health Science Reports」の編集者と共謀したことは否定した。

しかし、共謀は事実のようだ。

ランガナタンがザディに購入を勧誘した論文は、すでに受理された「オリジナル研究論文」で、5人の著者枠があると宣伝した。

宣伝が掲載の14日後、この論文は、学術誌「Life Neuroscience」に掲載された。

合計6人の著者がおり、そのうち2人は同誌の上級編集者だった。 → 2024年4月30日時点で論文はウェブサイトから削除されていた

学術誌「Life Neuroscience」・上級編集者の1人は、この論文の連絡著者・最後著者でジョージアの国際神経科学研究センター(ICNR:International Center for Neuroscience Research、写真出典)の所長であるナスロラ・モラディコール(Nasrollah Moradikor)だった。

この論文の他の共著者は、インド、韓国、スペインに在住の研究者だった。

なお、モラディコールは「Science」誌の取材要請に応じなかった。しかし、連絡著者なので、論文受理後にインド、韓国、スペインの研究者が共著者に追加されたことを知っていたハズだ。

もう一人の著者兼編集者で、韓国の東明大学(トンミョン大学、Tongmyong University)のコンピュータ学を専門とするインドラナート・チャタジー教授(Indranath Chatterjee、写真出典)は、アイトリロン社(iTrilon)がどのようなサービスを提供しているのかも、同社が彼の論文の著者枠を販売していたことも知らなかったと「Science」誌に語った。

しかし、チャタジー教授は「他の何人かの専門知識」が必要だったため、論文の共著者に変更があったことを認めた。

なお、モラディコールとチャタジー教授は他の学術誌の編集者も務めていた。

モラディコールはMDPI社、De Gruyter社、AIMS Press社などの出版社の客員編集者を務め、チャタジー教授は学術誌「Neuroscience Research Notes」のセクション編集長を務めていた。

★編集者に1論文30万円の賄賂

まともな出版社は、一緒に仕事をしている何万人もの編集者のほとんどは誠実なプロフェッショナルだと弁明する。

しかし、出版社は、また、悪徳論文工場に包囲されていることを認めている。

エルゼビア社(Elsevier)の広報担当者は、お金をあげるから論文原稿を受理して欲しいと、エルゼビア社の編集者に毎週のようにメールが来る、と述べていた。

テイラー・フランシス社(Taylor and Francis)の出版倫理・公正担当部長のサビーナ・アラム(Sabina Alam、写真右出典)は、同社の編集者にも贈収賄の勧誘があり、贈収賄が非常に現実的な懸念事項だと述べた。

2023年6月、ワイリー社(Wiley)が発行する学術誌「Chemistry–A European Journal」・編集委員会の共同編集長であるストラスブール大学(University of Strasbourg)のジャン=フランソワ・ニーレンガルテン教授(Jean-François Nierengarten、写真左出典)は、標的にされたことがあったと述べた。

彼は、中国で「若い学者」と一緒に研究しているという人物から、学術誌「Chemistry–A European Journal」に論文を掲載してくれれば、1本につき3,000ドル(約30万円)払うというメールを受け取った。

★出版社にも非

中国の論文工場を研究している米国のブラッドリー大学(Bradley University)のシャオティエン・チェン教授(Xiaotian Chen、写真出典)は、出版社にも非があると指摘した。

出版社は毎年数万回、特集号を発行している。

論文工場製の論文を掲載するのに特集号は都合がいい。

しかし、出版社は特集号の発行を削減しないと、チェン教授は指摘した。

出版社は特集号をたくさん発行することで、論文掲載料をたくさん得られ、多額の利益を生み出せる。

チェン教授は、「出版社は営利企業です。一部の出版社は悪徳論文工場と同じように金儲けに貪欲です。そして、彼らは生き残るために、論文の質が悪かろうが、論文工場製だろうが、論文出版大歓迎なのです」と述べた。

中国は偽造論文の主要市場で、批評家は、中国の論文工場を規制する措置はほとんど効果がないと述べている。

「2024年3月のResearch Square」論文によると、中国の研修医の半数以上が、論文購入やデータねつ造などの研究不正行為に関与したことがあると述べている。 → 2024年3月14日論文:Knowledge, attitudes and practices about research misconduct among medical residents in Southwest China: a cross-sectional study | Research Square

中国の情報筋によると、その理由の1つは、論文を出版することが、医師、看護師、職業訓練校・教師などのさまざまな専門職で、昇進の最も簡単な方法だという。

これらの人たちは、研究する訓練がされていないし、訓練されても研究する時間がない。それで、自分の名前が著者として印刷された論文に数百ドル(数万円)、あるいは数千ドル(数十万円)払うのは、価値ある投資だと思っている、とチェン教授は指摘した。

学術論文に対する需要の高まりは、中国に限ったことではない。

ロシアや旧ソ連邦諸国では、論文出版数を研究成果の指標にした政策が行なわれている。

その上、それらの国々では社会は腐敗していて、市場経済への移行と相まって、論文出版でも腐敗が蔓延している、とロシア出身のアバルキナは言う。

インドでは、大学がランキングを上げようとしているため、また、若手医師や科学者が国内外で高い地位を求めて競い合うため、研究成果の重要性が増している。

一部の大学では、学部生にカリキュラムの一環として論文発表を義務付けていて、論文出版への圧力は高まっている。

ザディは、「学生たちは、手段を選ばず、とにかく、研究論文を出版しようと必死です。誰もアウトカム(outcomes、結果)を気にしていません。アウトプット(outputs、生産高)がすべてです」と指摘した。

出版社は、情報共有のハブ(STM Integrity Hub – STM)を設立するなど、不正対策を強化しているが、批評家は、少なすぎ、遅すぎ、と批判している。

著名なネカトハンターのエリザベス・ビック(Elisabeth Bik)は、「まともな学術誌を運営しているまともな編集者たちはあまりにも世間知らずです」と述べた。

昨年、彼女が出席した学術誌・編集者の会議で学術不正の実態を解説したら、「まともな編集者たちは、『ああ、私たちはハンドルを握ったまま、眠っていたんですね』と言っていました」とビックは付け加えた。

★悪貨が良貨を駆逐

学術誌を守ろうとする編集者も、やる気を失ってしまうほど現状はひどくなっている。

2023年1月、ドイツのライプニッツ光技術研究所(Leibniz Institute of Photonic Technology)のジェア=シン・フアン教授(Jer-Shing Huang、台湾出身、写真出典)は、エルゼビア社の学術誌「Optik」の編集長に就任した。

フアン教授は、若手研究者、特にグローバルサウス在住の若手研究者を引き立てようと考えた。

2023年8月、しかし、学術誌「Optik」は、大規模な論文工場が発覚し、Web of Scienceの索引付けがなくなった。 → 2023年8月25日記事:(Update) List of Journals De-Listed from WoS in 2023 – Filmy Knowledge

その論文工場の1つは、中国のオリーブ・アカデミック社だった。

エルゼビア社の支援を受けて、フアン教授は、毎日、ひどい論文原稿を不採択にし、特集号のゲストエディターを監督するシステムも導入し、学術誌が成長する大きな力になった。

そして、すでに掲載された何百報もの疑わしい論文をくまなく調べ始めた。

2023年の夏、休暇に入る前に、フアン教授は、20報以上の論文を撤回した。しかし、それは過酷な作業で、チェックすべき論文があと何十報、何百報残っているのか見当がつかず、作業は死にほど過酷だった。

フアン教授は、消火活動に時間を費やし、科学をする時間が取れなくなった。悪徳論文工場たちからの報復攻撃も受けた。

そして、調べれば調べるほど、ひどくなっている現状を知り、フアン教授は、ついに、やる気を失った。

2023年の秋、フアン教授は、編集長を辞任するとエルゼビア社に伝えた。

現在、留任するようエルゼビア社に説得されているが、思案中とのことだ。 → 2024年6月9日時点のウェブサイトでは、編集長にフアン教授の名前があった:Editorial board – Optik | ScienceDirect.com by Elsevier

★編集者は月収100万円、学術誌は1日約1億5,000万円の収入

中国のオリーブ・アカデミック社(Olive Academic、Olive Fruit Academic)のジャック・ベン(Jack Ben)は研究者に学術誌・編集者にならないかと勧誘している、と書いた。

悪徳論文工場と契約した編集者になると、どれほどの収入が得られるか?

以下はワイズの「2024年1月のFor Better Science」論文と白楽の推察である。

振り込み書類から推察して、マリク・アラザム編集者(Malik Alazzam)を例に、学術誌・編集者は月収10,000ドル(約100万円)を簡単に稼げる、とワイズは推察している。

研究者が論文を買う値段は、1本、約1,000ドル(約10万円)である。

毎月4報のデタラメ論文を出版し、各論文に5人の著者枠を売れば4x5x1,000=20,000ドル(約200万円)の収入である。論文作成や出版社などに払う経費を半額の10,000ドル(約100万円)として差し引くと、残りは約10,000ドル(約100万円)になる、と白楽は推察した。

1,000ドル(約10万円)は、誰も読まない論文を出版するのには大金だが、修士号・博士号の取得、昇進、将来のキャリアが出版論文数に依存している場合、院生・医師・研究者が得られるものと比べれば、1,000ドル(約10万円)の投資は安いものである。

なお、ヨルダンのタムジード出版社(tamjeed publishing)のFacebook投稿によると、2つの学術誌・特集号に、合計500報以上の論文が掲載されていた。

ワイズが銀行振込書類を分析すると、この2つの特集号で、学術誌・編集者は約50万ドル(約5,000万円)のお金を手にしている。1人で特集号1つで約2,500万円だ。

7-135 超多量の論文出版で大儲けのMDPI社 | 白楽の研究者倫理」の記事で、「学術誌「IJERPH」は、近年、1日あたり、6冊の特別号を発行している」と書いた。

となると、学術誌「IJERPH」・編集者は、1日あたり、6x 約2,500万円=約1億5,000万円の収入である。笑いが止まりませんね。[学術誌「IJERPH」の1つの特集号で250報の論文掲載として]

★制御不能

以下はワイズの「2024年1月のFor Better Science」論文と白楽の推察である。

上記のように、論文工場(悪徳論文会社)が確立したデタラメ論文の国際販売システムに、巨額のお金が流れている。

しかし、論文工場と腐敗した学術誌・編集者のネットワークを止める有力な方法がない。

ネカトハンターやまっとうな出版社が、摘発・公表しブラックリストに載せているが、モグラたたきで、代わりが現れるだけである。

出版論文を買いたいという需要はなくならない。どころか、増えているのである。

●7.【白楽の感想】

《1》数千億円の無駄 

スイスの出版社MDPI社は、2021年に約331億円の収入を得ていた。→ 7-135 超多量の論文出版で大儲けのMDPI社 | 白楽の研究者倫理

本論文では、マット・ホジキンソン(Matt Hodgkinson)が毎年少なくとも数千万ドル(数十億円)が論文工場の業界に流れていると述べている。

悪徳論文工場は複数ある。総額の収入を、ザっと、500億円としよう。多分、その10倍以上あると思うが、仮の話なので、正確な総額は置いておく。

研究者は国から研究費をもらい、そのお金で論文工場製のデタラメ論文を買い(500億円)、デタラメ学術誌に論文を掲載してもらう(掲載経費は500億円に含まれる)。

研究者は発表した論文に対して、国(例:中国)から論文出版報奨金をもらう(買値の倍として1,000億円)。

つまり、国民は、研究者がデタラメ論文を買って出版するだけで、税金が1,500億円もむだになっている。

さらに、デタラメ論文を買った研究者の給料、育成費などを足すと、損害はもっと大きな額になる。

もちろん学術体系は混乱し、損傷する。その損害も大きい。

論文工場(Paper Mill)、つまり悪徳論文会社、を国際的に取り締まるべきである。

なお、日本人研究者がこの不正にどれだけ関与しているのか、誰も調査していない。

日本では論文出版報奨金を払う大学がどれだけあるのか、白楽は把握していないが、軽く検索すると以下がヒットした。

滋賀大学の場合、個人的な収入ではなく、研究費への上乗せなので、論文出版報奨金を目当てにデタラメ論文を購入し出版する人はいないだろう。

ただ、論文出版報奨金が目当てでなく、昇進、メンツ、博士号取得、研究費獲得のために論文を買う人がいても不思議ではない。

「10年後に論文数2倍」を謳って国際卓越研究大学になった東北大学は、10兆円規模の大学ファンドをもらうことになったが、論文購入して論文数を増やすことはしないでしょうね。 → 2023年9月1日の「 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」」記事:世界トップ目指す国際卓越研究大学、東北大が候補に 認定は条件付き

日本の学術界は悪徳論文会社にもっと関心をもったほうがイイと思うけど。

《2》繰り返す 

白楽記事では、論文工場(Paper mill)という名称を使っているが、その実態は、デタラメ学術論文の執筆から出版までのすべてを、研究者から金をもらって行なう悪徳論文企業である。

爆発的な勢いで学術論文体系を汚染している。

悪徳論文企業は発展途上国の研究者が組織的に行なっているケースが多く、顧客は中国人が多い。しかし、欧米の研究者も関与しているに違いない。

ネカトハンターが摘発し、学術誌が対応しているが、摘発と論文撤回作業が追い付いていない。

各国は犯罪とみなしていない。

《1》の感想を繰り返すが、早急に学術団体が国際的に取り締まらないと、世界の学術システムが滅茶苦茶になる、と白楽は危惧している。

このまま放置すると、10年後どうなるのだろう?

《3》論文の質 

今回の白楽記事はジョエルヴィングの「2024年1月のScience」論文を読み解いた。話題が多く、内容が豊富だが、論文の記述は少しズサンである。

書いてあることだけでは内容を把握できない部分があった。

それで、[白楽注:論文にはそのスクリーンショットは示されていない。白楽は別途そのスクリーンショットを探したが見つからなかった]と加えた。

また、ワイズの「2024年1月のFor Better Science」論文を補助的に加えた。

ただ、論文の質の高低がどうであれ、読んだ論文は白楽ブログの記事にする方針である。

読者自身が論文の質を判断すればいい。

《4》日本の学術誌、OK? 

話がズレるが、日本の学術誌は大丈夫なのか?

2023年3月、日本の学術誌「Journal Japanese Society of Computational Statistics (Univ Tsukuba)」が、Web of Scienceの索引付けがなくなった。 → Web of Science de-listed 82 journals (March 2023) | LinkedIn

理由を調べていないが、大丈夫なのだろうか?

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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