7-82 研究不正行為の合意なき定義

2021年10月26日掲載 

白楽の意図:「ねつ造、改ざん、盗用」は研究不正行為である。では、金銭的な利益相反、著者在順、自己盗用、性不正は研究不正行為なのか? 「2017年欧州研究公正規則」を決めたが欧州32か国はなかなか研究不正行為の定義を統一できない。その問題を紹介したキャスリーン・オグレイディ(Cathleen O’Grady)の「2021年3月のScience」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書誌情報と著者
2.日本語の予備解説
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。

研究者レベルの人で、元論文を引用するなら、自分で原著論文を読むべし。

●1.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

  • 単著者:キャスリーン・オグレイディ(Cathleen O’Grady)
  • 紹介:Cathleen O’Grady – Freelance science journalist
  • 写真:https://redef.com/author/55ae57cf227584fd148262e8
  • ORCID iD:
  • 履歴:
  • 国:英国
  • 生年月日:南アフリカ。現在の年齢:34 歳?
  • 学歴:英国のエディンバラ大学(University of Edinburgh)で2017年(?)、認知科学の研究博士号(PhD)取得
  • 分野:進化言語学(evolutionary linguistics)
  • 論文出版時の所属・地位:フリーランスの記者(Freelance science journalist)

●2.【日本語の予備解説】

省略

●3.【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。

ーーー論文の本文は以下から開始

スウェーデン政府の研究不正規則は、研究不正の定義と科学の価値について44,000語で記述している。一方、隣のノルウェーではわずか900語である。本論文の字数より少し多い程度である。

欧州の32か国で異なるのは文字数の多少だけではない。2017年の欧州全体の「2017年欧州研究公正規則(2017 European Code of Conduct for Research Integrity)」は欧州各国の調整を目的としていたにもかかわらず、いまだに、研究の不正行為の基準と定義が欧州各国で大きく異なっている。 

以下は「2017年欧州研究公正規則(2017 European Code of Conduct for Research Integrity)」の冒頭部分(出典:同)。全文(20ページ)は → 2017 European Code of Conduct for Research Integrity

研究倫理学者は、その違いが国際共同研究を行なう際、混乱と論争を引き起こすと指摘する。

国際共同研究の研究チームには、さまざまな国の研究者がいる。だから国際共同研究なのだが、チームメンバーが研究不正行為で告発された場合、どの国の規則を適用するのか? 

各国の規則が異なるので、誰が責任を問われるのか混乱する。どの行為が不正と認定されるのかも混乱する。

「これは本当に難しい問題です」とオーストリア研究公正庁(OeAWI:Austrian Agency for Research Integrity)のニコール・フォーガー長官(Nicole Föger、写真出典)は指摘する。

バラバラな研究不正規則はすでに実際的な問題を引き起こしている。

フォーガー長官は、欧州の別の国の大学で働いているオーストリアのポスドクを例に挙げた。

オーストリアのポスドクなので、オーストリアの研究助成契約が義務付けているオーストリアの倫理規則を適用することになる。

オーストリアの規則は、論文に実質的に貢献しなかった研究者が「名誉著者」になるのを禁じている。それで、ポスドクは主任研究者を共著者から除いた。ところが、その国の大学はネカト調査に入り、共著者から除いたのは規則違反だと結論した。

欧州科学人文科学アカデミー連合(European Federation of Academies of Sciences and Humanities)がまとめた上記の「2017年欧州研究公正規則」は、欧州諸国が容易に採用できるように設計されており、状況に合わせて必要に応じて項目を追加できる拘束力のないフレームワークを提供している。

2011年版の研究公正規則は扱いにくいとの評判だったので、2017版はその点を改良し、より簡潔にした。

そして、2017年版では、誠実さ、敬意、説明責任などの研究公正の基本原則を奨励し、優れた善行について説明し、不正行為の具体例を示した。

しかし、アントワープ大学の科学哲学者・ヒュー・デスモンド(Hugh Desmond、写真出典)とルーヴェン・カトリック大学(Katholieke Universiteit Leuven)の生命倫理学者・クリス・ディーリックス(Kris Dierickx)は、「2017年欧州研究公正規則」はザツだったと、以下の「2021年2月のBioethics」論文で批判した。

欧州32か国のうち、ブルガリアとルクセンブルグの2か国しか、「2017年欧州研究公正規則」を採用していない。

32か国すべての国が合意した規則は1つだけで、それは、「ねつ造、改ざん、盗用は研究不正行為である」だけだ。

現在、欧州各国の研究公正規則の実際は「2017年欧州研究公正規則」から大きく外れている。

デズモンドは次のように指摘した。

「欧州各国の担当者が規則の文言を言い換えていますが、それ自体、すでに重要なことです。言い換えていることの意味は、欧州全体の研究公正規則とは異なる何かを意図している、というサインです。

「2017年欧州研究公正規則」は、ねつ造、改ざん、盗用以外に、金銭的な利益相反、著者在順、自己盗用などを不正行為として定義していますが、多くの人は、これらを不正行為だと認めていません。

また、一部の国は、違法行為には「欺く意図」が必要だと述べています。

別の人たちは、逆に、「欺く意図」がなく、単なる怠慢な結果であっても、規則違反である定義しています。

さらに、一部の国では、すべての共著者が共同で不正行為の責任を負いますが、他の国では全く別で、誰が責任を負うかを特定しません」

Fanelli3_cut_small英国の研究倫理学者・ダニエル・ファネーリ(Daniele Fanelli、写真出典)は、デスモンドらの「2021年2月のBioethics」論文の問題点を次のように指摘した。

「この論文は各国間の違いを過大評価している。言葉遣いが「2017年欧州研究公正規則」とわずかに異なるからといっても、その違いは「2017年欧州研究公正規則」を支持していないという意味ではありません」。

また、この論文はもう1つの限界がある。というのは、オーストリアを含む多くの国は、「2017年欧州研究公正規則」にまだ対応していない。

米国のノースカロライナ大学シャーロット校(University of North Carolina, Charlotte)の研究倫理学者であるリサ・ラスムッセン(Lisa M. Rasmussen、写真出典)は、次のように述べている。

「研究不正行為をどう定義すべきかは米国でも議論が進行中で、デスモンドらの「2021年2月のBioethics」論文は、米国の状況を反映しています。2000年、米国政府は不正行為をねつ造、改ざん、盗用と定義しましたが、現在、性不正行為なども含めるべきだと主張する研究者もいます」

米国の研究倫理学者のデイビッド・レスニック(David Resnik)は「コンセンサスの欠如によって引き起こされる問題は欧州に限定されません。国際共同研究で深刻な問題が生じる可能性があるのに、人々がそれを無視している状況に憂慮している」と指摘した。

論文著者のヒュー・デスモンド(Hugh Desmond)は、「研究公正規則は欧州だけでも統一標準化するのが難しいと証明された。しかし、現在、国際共同研究は増加している。世界で統一的に運用する研究公正規則の制定は、かなり難しいでしょう。既に、より厳しい罰則を科す、あるいは、研究不正を犯罪化するという動きもあります。とはいえ、各国のバラバラな公正規則が引き起こすことで生じる複雑化のために、大きな問題が直ぐにでも起こるのではないか」、と心配していると述べた。 → 2018年8月28日の「研究不正を犯罪化する」論文:Criminalization of scientific misconduct  → 7-69 ネカトを犯罪とします? | 白楽の研究者倫理

●4.【関連情報】

省略

●5.【白楽の感想】

《1》個と集団 

どんな行為が研究不正なのか、欧州各国でバラバラ、というと言い過ぎだけど、統一できていない。

なんか、なさけないですね。

話し合って合意できないのだろうか?

「シロかクロか」「0か100か」でなくて、荷重をかけ、ポイント制にするのはどうだろう? 著者のキャスリーン・オグレイディ(Cathleen O’Grady)自身は、統一するための方策については何も触れていない。

なお、2021年、黒木登志夫は以下の提案をしている。

私は,研究不正の事例を分析する中で,従来の研究不正分類――①ねつ造,改ざん,盗用,②疑問のある研究行為,に代わって次の三つを提案した。

 1. 真実への背信行為:ねつ造,改ざん
 2. 信頼への背信行為:盗用,非再現性,セクハラ,パワハラなど
 3.生活のリスク:製品不正,薬剤の副作用隠蔽など(出典:巻頭エッセイ(『科学』2021年10月号)

黒木登志夫の提案もよい。

ただ、どのような提案でも良いが、どのようにすれば世界統一基準を作れるのだろうか?

もちろん、不正行為の内容を詳細に詰めなければ決められない。さらに、誰が何処で、研究不正をどう把握・調査し、どう処分するか、その法的根拠をどうするか、というレベルの詰めは必要だ。

例えば、非再現性は問題だと思うけど、把握・調査するのは、とても大変、というか、現実的には、ほぼ把握・調査できない。このような、実行可能性を考えないと、不正と決めても、取り締まれない。

それにしても、日本での議論は、ほぼない状態ですね。

著者のキャスリーン・オグレイディ(Cathleen O’Grady)。出典:https://cathleenogrady.com/

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●6.【コメント】

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