2017年11月23日掲載。
ワンポイント:ウィタカーはアリゾナ大学(University of Arizona)の助教授(女性)だった。2015年、ヴィラノバ大学のパトリック・マーキー教授(Patrick Markey) とルール大学ボーフムのマルテ・エルソン(Malte Elson)に、 ウィタカーの「2012年のCommunication Research」論文にデータねつ造・改ざんがあると指摘された。指摘から2年後の2017年(35歳?)、論文が撤回された。その論文で博士号を取得していたので、2017年(35歳?)、オハイオ州立大学(Ohio State University)はウィタカーの博士号をはく奪した。さらに、それを受け、アリゾナ大学はウィタカーを助教授から講師に降格した。損害額の総額(推定)は9200万円。
【追記:2018年1月13日】「2017年ネカト世界ランキング」に記述した「「Scientist」誌の2017年の論文撤回上位10論文:2017年12月18日」の1つである。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
ジョディ・ウィタカー(Jodi L. Whitaker、写真出典)は、米国のアリゾナ大学(University of Arizona)・助教授で、医師ではない。専門はメディア学(心理学)だった。
2012年、オハイオ州立大学(Ohio State University)の院生として「2012年のCommunication Research」論文を出版し、この論文でオハイオ州立大学の研究博士号(PhD)を取得した。
2015年1月(33歳?)、ヴィラノバ大学(Villanova University)のパトリック・マーキー教授(Patrick Markey) とドイツのルール大学ボーフム (Ruhr University Bochum)のマルテ・エルソン(Malte Elson)は、 「2012年のCommunication Research」論文にデータ異常を見つけ、オハイオ州立大学に通報した。
2017年1月(35歳?)、ネカトが指摘されてから丸2年経過した後、「2012年のCommunication Research」論文はやっと撤回された。
2017年8月(35歳?)、その論文で博士号を取得していたので、論文撤回を受け、オハイオ州立大学(Ohio State University)はジョディ・ウィタカー(Jodi Whitaker)の博士号をはく奪した。2014年からアリゾナ大学(University of Arizona)の助教授だったが、それを受け、アリゾナ大学は助教授から講師に降格した。
オハイオ州立大学・心理学科(Department of Psychology, Ohio State University–Columbus)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 研究博士号(PhD)取得:オハイオ州立大学(Ohio State University)
- 男女:女性
- 生年月日:不明。仮に1982年1月1日とする。2006年に大学に入学しているが、2007 年2・3月号の「Am Psychol.」に第二著者で論文を発表している。研究は2006年にしているハズなので、この時、24歳とした。
- 現在の年齢:42 歳?
- 分野:メディア学(心理学)
- 最初の不正論文発表:2012年(30歳?)
- 発覚年:2015年(33歳?)
- 発覚時地位:アリゾナ大学・助教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は、ヴィラノバ大学(Villanova University)のパトリック・マーキー教授(Patrick Markey) とドイツのルール大学ボーフム (Ruhr University Bochum)のニコル・ルンメル教授(Nikol Rummel)のポスドクであるマルテ・エルソン(Malte Elson) で、データ異常をオハイオ州立大学に通報した
- ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②オハイオ州立大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:1報撤回
- 時期:研究キャリアの初期から
- 損害額:総額(推定)は9200万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円が4年間=8千万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。③院生の損害が1人1000万円だが、院生はいないので損害額はゼロ円。④外部研究費の額は不明で、額は②に含めた。⑤調査経費(大学と学術誌出版局)が5千万円。⑥裁判経費なし。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。1報撤回=200万円。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円
- 結末:博士号はく奪。助教授から講師へ降格
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1982年1月1日とする。2006年に大学に入学しているが、2007 年2・3月号の「Am Psychol.」に第二著者で論文を発表している。研究は2006年にしているハズなので、この時、24歳とした。
- 2006- 2009年(24-27歳?):テキサスA&M大学(Texas A&M University.)で学士号取得。心理学。指導者はダニエル・ジーブ(Daniel Zeve)
- 2009- 2013年(27-32歳?):ミシガン大学(University of Michigan.)で修士号取得。社会心理学。修士論文題名「Catharsis Beliefs and Motivation to Play Violent Video Games」。指導教授はブラッド・ブッシュマン教授(Brad J. Bushman)
- 2012年(30歳?):後で問題視される「2012年のCommunication Research」論文を発表した
- 2013- 2014年(31-32歳?):オハイオ州立大学(Ohio State University)で研究博士号(PhD)を取得した。博士論文題名「Attraction to Violent Video Games A Mood Management Perspective」 。指導教授はブラッド・ブッシュマン教授(Brad J. Bushman)
- 2014年(32歳?):アリゾナ大学(University of Arizona)・助教授
- 2015年1月(33歳?):「2012年のCommunication Research」論文のねつ造・改ざんが発覚
- 2017年1月(35歳?):「2012年のCommunication Research」論文が撤回された
- 2017年8月(35歳?):オハイオ州立大学(Ohio State University)は博士号をはく奪
- 2017年月(35歳?):アリゾナ大学は助教授から講師に降格した
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★2012年:論文出版
2009年(27歳?)、ジョディ・ウィタカー(Jodi Whitaker)は米国のミシガン大学(University of Michigan.)の大学院に入学した。指導教授はブラッド・ブッシュマン教授(Brad J. Bushman、写真出典)である。
ブッシュマン教授が2010年にオハイオ州立大学(Ohio State University)に移籍したのに伴い、ジョディ・ウィタカーも2013年にオハイオ州立大学の大学院に移籍した。
ブッシュマン教授は、オバマ大統領の銃暴力委員会(Obama’s committee on gun violence)の委員を務め、若者の暴力に関して米国議会で証言した著名教授だった。
2012年(30歳?)、ジョディ・ウィタカー(Jodi Whitaker)は指導教員のブラッド・ブッシュマン教授(Brad J. Bushman)と共著で「2012年のCommunication Research」論文を発表した。この論文でオハイオ州立大学の博士号を取得した。
- “Boom, Headshot!” Effect of Video Game Play and Controller Type on Firing Aim and Accuracy
Jodi L. Whitaker, Brad J. Bushman
Communication Research Volume: 41 issue: 7, page(s): 879-891
Article first published online: April 30, 2012;Issue published: October 1, 2014
https://doi.org/10.1177/0093650212446622
2012年(30歳?)時点では、ウィタカーの学籍はミシガン大学であるが、実質はオハイオ州立大学のブッシュマン教授の研究室で研究していたので、「2012年のCommunication Research」論文の所属はオハイオ州立大学になっている。
論文の結論を一言で言えば、ビデオゲームと暴力的なメディアは人間の攻撃性と暴力の増加につながるという内容だった。
★2015年1月:ネカトの指摘
2015年1月(33歳?)、ヴィラノバ大学(Villanova University)のパトリック・マーキー教授(Patrick Markey、左の写真出典) とドイツのルール大学ボーフム (Ruhr University Bochum)のニコル・ルンメル教授(Nikol Rummel)のポスドクであるマルテ・エルソン(Malte Elson、右の写真出典) は、ウィタカー論文の結果とは異なる結果を得ていたので、ウィタカー論文を追試しようとした。そして、データの異常に気が付き、オハイオ州立大学に連絡した。
実は、パトリック・マーキー教授は、「ビデオゲームがユーザーに影響するのは短時間で、その影響は続かない」と主張してきた人物で、学問上、ブッシュマン教授と対立してきた人である。
データ異常の指摘を受け、ブッシュマン教授は「論文撤回のプレッシャーをかけ、マーキー教授らがシステマティックに中傷してきた」反発した。
2015年2月22日(33歳?)、ブッシュマン教授は、オハイオ州立大学の研究法令遵守部長のジェニファー・ユステル(Jennifer Yucel) に不満の手紙を送っている。
マーキー教授が私の研究の信用を落とし、私の評判を台無しにし、私と私の元院生・ジョディ・ウィタカーの研究を追い越そうとしている。
「Communication Research」編集部は、論文の「訂正」版を出版しようと考えた。
ところが、オハイオ州立大学はネカト調査委員会を設置してしまった。
第一著者のジョディ・ウィタカー(Jodi L. Whitaker)はアリゾナ大学・助教授になっていて、オハイオ州立大学にいない。ブッシュマン教授は、生データをチェックしようとしたが、オハイオ州立大学・調査委員会が全部の生データを持って行ってしまい、アクセスできなかった。
それで、自力で研究成果そのものを再現しようとした。しかし、なかなかうまく再現できなかった。
2015年11月(33歳?)、ブッシュマン教授とオハイオ州立大学は「2012年のCommunication Research」論文の撤回または訂正を要請した。
それを受け、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(University of California, Santa Barbara)・教授で「Communication Research」編集長のジェニファー・ギブス(Jennifer Gibbs、写真出典)は、撤回監視に以下のように答えている。
この秋(2016年)、論文のデータに異常があるという詳細な報告を私は受けました。その報告では、データの異常部分を削除すると、論文の主要な結論が保持できなかったという分析が示されていました。 それで、共同編集者と私は現在、COPEガイドラインに厳密に準拠するにはどうすべきか検討中です。
2017年1月(35歳?)、そして、ネカトが指摘されてから丸2年経過したが、論文は撤回された。
★2017年:論文撤回後
2017年8月25日(35歳?)、ウィタカーは撤回論文の研究成果で博士号を取得していたので、オハイオ州立大学(Ohio State University)はジョディ・ウィタカー(Jodi Whitaker)の博士号をはく奪した。
→ 2017年8月25日の記事。4項目目:Ohio State Board of Trustees unanimously approve 2018 budget, new strategic vision | The Lantern
2017年?月(35歳?)、オハイオ州立大学がジョディ・ウィタカーの博士号をはく奪したとの知らせを受け、アリゾナ大学はジョディ・ウィタカーを助教授から講師に降格した。
ヴィラノバ大学(Villanova University)のパトリック・マーキー教授(Patrick Markey)は撤回監視に次のように答えている。
なお、ジョディ・ウィタカーが著者に入っていないブッシュマン教授の「2016年のGifted Child Quarterly」論文も2017年4月に撤回されている。
→ Retraction NoticeGifted Child Quarterly, 2017
調査と撤回のプロセスを通じて、私たちの目標は科学的記録を常に正しい記録に保つことです。しかし、そのことで仲間の科学者の研究キャリアが終わるかもしれないと聞いて、私たちは深く悲しんでいます。
問題となった「2012年のCommunication Research」論文には2人の著者がいました。男性の上級研究員はネカト者ではないとされ、女性の若手研究者がネカト者とされたことに疑問を感じます。
問題の論文のネカト調査中に、上級研究員のコンピュータに2つの異なるデータファイルがあり、両者の間で数値が変更されていることを私たちは見つけています。これらの変更は仮説を支持する方向に変更されていました。さらに、2つの異なるデータファイルのどちらが正しいのかを確かめるために著者たちに生データの提供を要求したのですが、著者たちは生データを提供してくれませんでした。
結局のところ、2つのファイルの間でどのような“エラー”が発生したのかを正確に知ることはできませんでした。しかし、我々は、プロジェクトに関与するすべての研究者は、そのプロジェクトの結果にも責任があると考えています。これは、上位の著者が若手研究者の指導者である場合、特に当てはまります。
調査の結果、間違った発見を記載した論文を撤回することになったのは喜ばしいことですが、研究チーム内の1人だけに責任を負わせたことに失望しました。研究チーム内の1人だけに責任を負わせてことで済ませず、関係者全員が、責任を負うべきです。
●6.【論文数と撤回論文】
2017年11月22日現在、パブメド(PubMed)で、ジョディ・ウィタカー(Jodi L. Whitaker)の論文を「Jodi L. Whitaker [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2007-2013年の7年間の3論文がヒットした。パブメドはウィタカーの分野であるメディア学(心理学)を全部カバーしていない。
2017年11月22日現在、パブメド上では、撤回論文はない。
なお、学術誌のサイトを閲覧すると、本記事で問題になった「2012年のCommunication Research」論文は、2017年1月に撤回されている。
→ http://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0093650212446622
また、ジョディ・ウィタカー(Jodi L. Whitaker)の2014年6月時点の履歴書に以下の出版論文リストがある。
●7.【白楽の感想】
《1》博士号はく奪、降格でも辞職しなかった
ジョディ・ウィタカー(Jodi Whitaker、写真出典)はオハイオ州立大学から博士号がはく奪され、アリゾナ大学では助教授から講師へと降格されたが、大学を辞職しなかった。
事件を最初に調べた時の感想は、アリゾナ大学はどうして解雇しなかったのか? 解雇されなかったとしても、ウィタカーは、自業自得である、辞職すべきだ、と思った。
しかし、事件を深読みすると、別の面が見えてくる。
公式見解ではブッシュマン教授はシロである。
しかし、行間を読んでいくと、ウィタカーの指導教授であるブッシュマン教授が問題らしいと推測できる。
理由の1つ目は、ジョディ・ウィタカーが著者に入っていないブッシュマン教授の「2016年のGifted Child Quarterly」論文が2017年4月に撤回されている。
→ Retraction NoticeGifted Child Quarterly, 2017
この論文のネカト者は誰なんだろうか? 本記事で解説したように「2012年のCommunication Research」論文も撤回されたが、共通の著者はブッシュマン教授しかいない。ということは、ブッシュマン教授がネカトに大きく関与しているのだろう(推定)。
理由の2つ目は、さらに、ブッシュマン教授のネカト疑惑を「撤回監視(Retraction Watch)」が報じていることだ。
→ 2017年11月20日のブラッド・ブッシュマン教授(Brad J. Bushman)に関する「撤回監視(Retraction Watch)」記事:After losing two video game-violence papers, co-author’s weapons paper is flagged – Retraction Watch at Retraction Watch
理由の3つ目は、ヴィラノバ大学(Villanova University)のパトリック・マーキー教授の撤回監視への答えである。なんか、ブッシュマン教授がネカト者だと暗に示している印象だ。
しかし、ブッシュマン教授は著名教授である。権力も強大に違いない。
それで、大学にウィタカーを強めに処分させ、ブッシュマン教授自身の地位・名誉を守ったに違いない。
アリゾナ大学のメディア学の教授陣は、これらの事情を承知していた。それで、公式にはウィタカーを助教授から講師へと降格して、処分の形をとったが、実際は、追い出すことはしないで、応援しているのではないだろうか? ウィタカーはそれで辞職しないで、アリゾナ大学で研究を続けることができている。
深読みしすぎ?
《2》学説とネカト攻撃
ジョディ・ウィタカー(Jodi Whitaker)の「2012年のCommunication Research」論文はデータねつ造・改ざんだろうが、告発者のパトリック・マーキー教授(Patrick Markey)と学説が対立していたと知ると、事態は単純ではない。
告発者のマーキー教授を今度は“悪い奴”だと考えよう。
マーキー教授は「ビデオゲームがユーザーに影響するのは短時間で、その影響は続かない」と主張してきた人物で、ジョディ・ウィタカーとブッシュマン教授の「ビデオゲームと暴力的なメディアは人間の攻撃性と暴力の増加につながる」という主張と真っ向から対立していた。
だから、マーキー教授はジョディ・ウィタカーとブッシュマン教授の論文の問題点を執拗にチエックしたのだ。そして、データの異常を見つけ、ネカトだと指摘した。
つまり、自分の学説と合わない論文のアラ探しをし、小さなことでも、ネカトだと攻撃した。
どんな相手からの指摘であろうとも、ネカトはネカトでそれ以上でも以下でもない。だから大学は調査せざるを得ない。そして、ネカトがあれば処分する。ネカトはしかし、学説の正当性とは無関係である。
だから、学説の正当性は研究成果で競うのが本来である。ネカトで相手を追い落とすのは、なんだかなあ、と感じる次第である。
なお、白楽は、ここでマーキー教授を仮に“悪い奴”としたケースでネカト事件の一面を論じただけで、本当に“悪い奴”だと思っているわけではない。例え話です。
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●8.【主要情報源】
① 2017年1月26日。イアン・ドハーティ(Ian Doherty)記者の「Lantern」記事:Ohio State researcher’s study retracted from journal | The Lantern、(保存版)
② 2016年12月9日以降のジョディ・ウィタカー(Jodi Whitaker)に関する「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for Jodi Whitaker – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2017年9月1日。コリーン・フラハティ(Colleen Flaherty)記者の「Inside Higher Ed」記事:Ohio State revokes Arizona professor’s Ph.D., questioning her findings on video games、(保存版)
④ 2017年8月24日のジェニファー・スモラ(Jennifer Smola)の「Columbus Dispatch」記事:After journal retracts study, Ohio State asks board to revoke author’s PhD、(保存版)
⑤ ウィキペディア英語版:Brad Bushman – Wikipedia
⑥ 2017年11月20日のブラッド・ブッシュマン教授(Brad J. Bushman)に関する「撤回監視(Retraction Watch)」記事:After losing two video game-violence papers, co-author’s weapons paper is flagged – Retraction Watch at Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント