2019年10月27日掲載
ワンポイント:バトラーは米国海軍医学研究班(U.S. Naval Medical Research Unit)で細菌研究をした生物兵器の専門家で、テキサス工科大学(Texas Tech University)・教授になった。2003年1月(63歳)、研究室にあった30本のペスト菌のバイアル(小さな容器)が行方不明になったと、大学に報告した。大学の通報を受けたFBIはバイオテロの恐怖で過剰に反応し、逮捕、起訴した。詐欺・不適切配送の罪で有罪となり、2004年3月10日(64歳)、2年間の刑務所刑と約5万ドル(約500万円)の罰金が科された。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。捜査側が過剰に反応し、投獄したが、多くの科学者は批判した。今回の記事では無料アクセスできない資料を一部使用した。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.白楽の手紙
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
トーマス・バトラー(Thomas C. Butler、Thomas Campbell Butler 、ORCID iD:、写真出典)は、米国のテキサス工科大学(Texas Tech University)・教授・医師で、専門は細菌学(コレラや腺ペスト)だった。
2003年1月(63歳)、バトラーは研究室にあった30本のペストのバイアル(小さな容器)が行方不明になったと、所属していたテキサス工科大学の安全管理者に報告した。
大学の通報を受けたFBIはバイオテロの恐怖で過剰に反応し、逮捕、起訴した。
大勢の科学者がバトラーを擁護する声明を発表した。
2004年3月10日(64歳)、しかし、裁判所はバトラーに、2年間の刑務所刑と約5万ドル(約500万円)の罰金を科した。
この事件は、正式な罪状は詐欺・不適切配送だが、発端はバイオテロ疑惑だった。バイオテロに過剰に反応した事件なので、タイトルは「バイオテロ疑惑」とした。
テキサス工科大学(Texas Tech University)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:ヴァンダービルト大学
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1940年1月1日生まれとする。2010年9月3日の「New York Daily News」記事に70歳とあったので
- 現在の年齢:84 歳?
- 分野:細菌学
- 最初の問題行為:
- 問題行為:2003年1月(63歳)
- 発覚年:2003年1月(63歳)
- 発覚時地位:テキサス工科大学・教授
- ステップ1(発覚):本人が大学に報告
- ステップ2(メディア):「Science」、「Scientist」など多数
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①FBI。②裁判所
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:大学以外が詳細をウェブ公表(⦿)
- 不正:詐欺・不適切配送
- 不正論文数:論文の不正ではない
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)。
- 処分:逮捕。大学解雇。2年間の刑務所刑と約5万ドル(約500万円)の罰金
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1940年1月1日生まれとする。2010年9月3日の「New York Daily News」記事に70歳とあったので
- 1967年(27歳):ヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)で医師免許(MD)取得
- 1967年(27歳):米国海軍医学研究班(U.S. Naval Medical Research Unit)に勤務。後に少佐(Lieutenant commander)に昇進
- 19xx(xx歳):ケース・ウェスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)・準教授?
- 1987(47歳):テキサス工科大学(Texas Tech University)・教授
- 2003年1月(63歳):細菌のバイアルを紛失
- 2003年1月(63歳):逮捕
- 2003年12月(63歳):裁判で有罪
- 2004年3月10日(64歳):2年間の刑務所刑と約5万ドル(約500万円)の罰金
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★著名な細菌研究者
1969年(29歳)、トーマス・バトラー(Thomas C. Butler)は、米国海軍医学研究班(U.S. Naval Medical Research Unit)の研究者として、ベトナムに赴任した時、ペスト菌などの病原菌に興味を抱くようになった。
1970年代後半、バトラーがブラジルでペスト菌を最後に収集した頃から、米国での細菌の取り扱い規則が劇的に厳しくなった。英国の同僚はバトラーに、「英国では病原体を持ち込むと逮捕される可能性がある」と警告した。
米国内で危険な細菌を研究する研究者は少なく、バトラーの研究経験・収集細菌・研究成果に対する需要は高かった。米国・食品医薬品局(FDA)は70万ドル(約7,000万円)の研究助成金を用意し、バトラーに研究を依頼するほどだった。
テキサス工科大学のバトラーの研究室には、25年以上かけて世界中から集めた多数の細菌サンプルが保存されていた。
2000年(60歳)、バトラーは申請した臨床試験がテキサス工科大学の研究倫理審査委員会(Institutional Review Board (IRB))に却下され、その責任者である研究担当副学長のバーバラ・ペンス(Barbara Pence、写真出典)とギクシャクしていた。
2001年半ば(61歳)、バトラーはペンスに対する苦情を大学に申し立てた。大学は2人の委員を選任し問題を調査させた。
2002年2月(62歳)、調査委員は、ペンスとバトラーの両方を批判する報告書をまとめた。ペンスは調査結果のいくつかに同意しなかったが、バトラーとの和解声明に署名した。
しかし、2002年夏の終わりに配信された調査報告書は、バトラーに対して非常に批判的だった。
また、ミシガン州カラマズーにある製薬企業・ファーマシア・アプジョン社(Pharmacia-Upjohn、現・ファイザー社)とバトラーは金の問題でトラブルを抱えていた。ファーマシア・アプジョン社は、バトラーへの異常な支払いを大学に伝えていた。
★事件の経緯
2003年1月13日(63歳)、バトラーはテキサス工科大学の安全課の職員に構内で偶然出会った時、研究室にあった30本のペストのバイアル(小さな容器)が行方不明になったと、話した。この軽い話が、FBIの大掛かりな捜査を引き起こすとは、バトラーは、ツユにも思っていなかった。
しかし、この報告に、バイオテロ対応を気にしていた大学そして、FBIを過剰に刺激した。
2003年1月15日(63歳)、報告のわずか2日後、テキサス州及び連邦政府の60人の捜査員がテキサス工科大学を訪れ、バトラーを査問した後、バトラーを逮捕し、ラボック刑務所(Lubbock jail)に投獄した。
実際のところ、バトラーはペスト菌のバイアル(小さな容器)を廃棄処分していたのだが、「紛失した」と伝えたことが嘘発見器のテストに引っ掛かり、FBIに偽証したことで逮捕されたのだ。バトラーは、FBIを故意にだます意図はなかったと主張したが、時すでに遅しとなった。
逮捕に伴い、テキサス工科大学はバトラーを解雇し、彼の研究室の鍵を換え、バトラーをキャンパスから締出した。
2003年1月21日(63歳)、逮捕から6日後、連邦裁判所は10万ドル(約1,000万円)の保釈金でバトラーを釈放することを認めた。しかし、足首への監視GPSの装着を要求した。
トーマス・バトラー(Thomas Butler)夫妻。2003年1月21日(63歳)の保釈。写真(WATKINS/AP) 出典。
FBI捜査員に対する偽証罪で有罪なら、最高で5年間の禁固刑に直面する。バトラーの弁護士であるフロイド・ホルダーは、バトラーがいかなる罪にも問われないように弁護するつもりだった。
司法省は、バトラーをペスト菌の違法輸送、脱税、詐欺、横領などの罪でバトラーを告訴した。
バトラーの同僚、全米科学アカデミー、ノーベル賞受賞者、アメリカ科学者連盟(Federation of American Scientists)など、多くの科学者グループがバトラーを支援し、検察の行為を非難した。以下の手紙は2003年8月15日付けの全米科学アカデミー会長などの手紙である。
nas081503
アメリカ科学者連盟(Federation of American Scientists)はバトラー支援サイトを立ち上げた。このサイトは2019年10月23日現在もアップされている。
→ 2006年9月最終更新:In Support of Thomas C. Butler
分子生物学者(匿名)は、「政府は、軽犯罪にも関わらず馬鹿げた嘘を高度の犯罪にし、過剰反応している」と批判した。
批評家は、「検察の科学者への行き過ぎた行動は、今後、科学者が危険な疾患の研究を行なうことをためらわせるだろう」と批判した。
2003年9月(63歳)、バトラーは有罪と引き換えに6か月の刑に服す示談を示された。しかし、勝訴できると信じていたバトラーは示談を断り、無罪を主張した。
2003年12月1日(63歳)、しかし、裁判所は69件の罪状の内47件でバトラーを有罪とした。有罪判決のうち、44件はテキサス工科大学の研究の「シャドウコントラクト(shadow contracts)」と検察官が呼んだ行為で、臨床試験での支払いを大学の経理部を通さず、直接、バトラーの口座に振り込ませた行為だった。3件はタンザニアの研究協力者へペスト菌のサンプルを不適切に発送した行為だった。簡単に言うと、詐欺と不適切な配送の罪(fraud and improper shipping)だった。
47件の有罪で、バトラーは最大で240年の刑務所刑と数百万ドル(数億円)の罰金を科される可能性がでてきた。
2004年3月10日(64歳)、結局、量刑として、裁判所はバトラーに、2年間の刑務所刑と約5万ドル(約500万円)の罰金を科した。
→ Transcript of Sentencing Hearing in the Thomas Butler Case
★マイアミ空港閉鎖
後日談である。
2006年(66歳)、バトラーは刑期を終えている。
2010年(70歳)、バイオテロ疑惑・逮捕の7年後、マイアミ国際空港がバトラーの荷物の中に疑わしい金属製のキャニスター(小さな缶)を見つけた。空港職員がパイプ爆弾ではないかと恐れ、マイアミ国際空港の6つのターミナルのうち4つが木曜日の夜、一晩、閉鎖された。
7時間後の金曜日の朝、危険物ではないことが判明し、空港は再開された。
トーマス・バトラーがペスト菌の密輸罪で起訴された世界的な科学者という記録が、バイオテロ疑惑事件の7年後にも空港の記録にチャンと保存されているということだ。それを、空港職員がチャンと検出した。話がそれるけど、米国のセキューリティはかなりいいですね。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2019年10月23日現在、パブメド(PubMed)で、トーマス・バトラー(Thomas Butler)の論文を「Thomas C. Butler [Author] [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2012~2016年の5年間の9論文がヒットした。全部、本記事で問題にしている研究者以外の論文と思われる。
「Butler TC[Author]」で検索すると、1947~2016年の70年間の99論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多いと思われる。
所属をテキサス工科大学(Texas Tech University)に絞る「(Butler TC[Author]) AND Texas Tech University[Affiliation]」で検索すると、「1989年のAm J Nephrol.」論文1報だけがヒットした。
所属を米国海軍医学研究班(US Naval Medical Research Unit)に絞る「(Butler TC[Author]) AND US Naval Medical Research Unit[Affiliation] 」で検索すると、「2000年のClin Infect Dis.」論文1報だけがヒットした。この論文の米国海軍医学研究班の所在地はエジプトのカイロである。
バトラーは著名な細菌研究者と報道されているが、論文は2報と、とても少ない。バイオテロに利用される細菌研究は、論文を公表しないのだろうか?
●7.【白楽の感想】
《1》時代
細菌の容器が行方不明になったと報告した程度で、60人も捜査員が来て、教授を逮捕した。FBIは明らかに過剰反応し、異常な行動をとったと思う。
しかし、バトラーが逮捕された2003年1月は、同時多発テロ事件が起こった2001年9月11日の1年4か月後である。米国内でテロに対する警戒心が異常に高かったと思われる。
さらに、同時多発テロ事件の1週間後の2001年9月18日、さらに1か月後の10月9日、炭疽菌事件が実際に起こっていた。それで、全米でバイオテロに対して異常なほど敏感だったと思う。
だから、過剰も異常も許されるかというと、それはない。しかし、現実には、社会がその時代の異常性を受け入れてしまう。
現在の日本は、北朝鮮への嫌悪感、韓国への嫌悪感が強い。この異常性を日本社会が受け入れている。今後、さらに異常な事件が起こっても、日本社会は異常性を受け入れてしまうだろう。
今でも日本社会は他の幾つかの異常性を許容している。例えば、政治家が不正なお金を得ても、返金すれば帳消しにしている。この異常性を糾弾する人はほとんどいない。
不正金の100倍の財産没収などのペナルティを科さなければ、おかしいでしょう。不正が見つかったら、見つかっただけのお金を返して済むなら、多くの政治家は不正な金を貰うでしょう。
そして、研究者がネカト・性不正をしても日本での処分は軽い。新聞報道でもネカト者・性不正者が匿名のまま報道され、研究不正天国と言われながら政府は有効な対策を立てない。日本の社会・学術界はこの異常性を許容している。だからネカト・性不正をする研究者はあとを絶たない。「ヤリ得」だからだ。
曖昧な報道に終始すれば、事実が隠蔽され、闇が深まり、道義や正義は維持できずに廃れていく。その上、科学技術や教育を軽視し、スポーツや娯楽に浮かれ、海外からの観光客をあてにする。日本政府、国民、研究者はそれを許容・推進している。日本がギリシャ化し衰退していくのを傍観するしかないのだろうか?
《2》モノ言う研究者
バトラーの同僚、全米科学アカデミー、ノーベル賞受賞者、アメリカ科学者連盟など、多くの科学者グループがバトラーを支援した。
なんか、うらやましい。
政府に忖度せずに、社会正義の立場で自分の意見を言う日本の研究者はとても少ない。研究者が言っても、日本では、その発言が社会を動かすほどの力にならない。これは、メディアの問題でもある。研究者が社会を動かすシステムが日本では絶望的なほど弱い。誰か、なんとかして欲しい。
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●9.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Thomas C. Butler – Wikipedia
② 2003年10月17日の「CBS News」記事:The Case Against Dr. Butler – CBS News
③ 2019年1月12日の「cleveland.com」記事:Professor in 2003 plague scare sets off Miami airport shutdown with canister – cleveland.com
④ ◎2003年12月19日の「Science」記事(閲覧有料):The Trials of Thomas Butler | Science
⑤ 2003年12月11日の「Nature」記事:Plague trial verdict leaves biologists split on biodefence | Nature
⑥ 2003年12月2日のジョン・ダドリー・ミラー(John Dudley Miller)記者の「Scientist」記事: Thomas Butler convicted | The Scientist Magazine®
⑦ 2010年9月3日の「New York Daily News」記事:Thomas C. Butler, convicted disease doctor, center of Miami International Airport scare – New York Daily News
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