7-35.プランSの攻防

2019年4月9日掲載

白楽の意図:2018年9月に欧州科学委員会(Science Europe)が発表した学術論文の革命「プランS」はどうなるのだろう? 2020年1月に開始する学術論文の世界革命は成功するのか? そして、副作用として、「プランS」は捕食論文を排除できるのか? ネカト防止に効果があるのか? 学術論文のオープンアクセス出版(Open access publishing)と「プランS」の問題点を適切に指摘した2019年3月のシャーロット・ハウグ(Charlotte J. Haug)の「N Engl J Med」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
7.コメント

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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

論文に概要がないので、省略。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

  • 第1著者:シャーロット・ハウグ(Charlotte J. Haug)
  • 写真: https://healthpolicy.fsi.stanford.edu/people/charlotte_j_haug
  • 履歴:https://fsi-live.s3.us-west-1.amazonaws.com/s3fs-public/cv-c-j-haug-2017.pdf
  • 国:ノルウェー
  • 生年月日:ノルウェー。1959年5月21日。現在の年齢:64 歳
  • 学歴:ノルウェーのオスロ大学(University of Oslo)で、1985年に医師免許取得、1999年に研究博士号(PhD)取得(感染症・免疫学)、2000年に米国のスタンフォード大学(Stanford University)で修士号取得(健康サービス研究)
  • 分野:科学政策
  • 論文出版時の地位・所属:①ノルウェー産業科学技術研究所(SINTEF:Stiftelsen for industriell og teknisk forskning)・上級研究員:Senior Researcher SINTEF, Technology and Society – Department of Health 、②NEJM誌の国際特派員:International Correspondent 、New England Journal of Medicine.

ノルウェー産業科学技術研究所(SINTEF)。住所「SINTEF Byggforsk, Pb 124 Blindern, 0314 Oslo」のグーグル写真

●3.【日本語の予備解説】

【プランSとは?】

プランSはベルギーのブリュッセルに本部がある欧州科学委員会(Science Europe)が 2018年9月4日に発表した学術論文に関する行動計画である。
→ Plan S:Accelerating the transition to full and immediate Open Access to scientific publications
https://www.scienceeurope.org/wp-content/uploads/2018/09/Plan_S.pdf

プランSの「S」は「shock」の「S」で、学術出版界に“ショック”を与えることを意図している。

欧州科学委員会(Science Europe)の委員長がマーク・シルツ(Marc Schiltz)なので、白楽は、プランSの「S」は「Schiltz」の「S」ではないかと勘繰っている。それとも立案した中心人物であるロバート=ジャン・スミッツ(Robert-Jan Smits)の「S」なんでしょうか。マー、本質ではありませんが。

国立情報学研究所の船守美穂がプランSの内容と現状を分かりやすく解説しているので、以下に引用した。その後、他の人の文章も引用した。

★2018年9月6日:船守美穂(国立情報学研究所):欧州11の研究助成機関、2020年以降の即座OA義務化を宣言―権威ある学術雑誌の終焉となるか?

出典 → ココ、(保存版

英、仏、オランダを含む11の欧州の研究助成機関は2018年9月4日、研究助成をした研究成果について、論文発表直後からのオープンアクセス(OA)を実現する、イニシアティブ「cOAlition S」を宣言しました。

cOAlition Sは、以下に示す「プランSの10原則」を推進することを通じて、「2020年1月以降、研究助成を得た研究成果論文は全て、OA雑誌または、基準に適合したOAプラットフォームにて、発表されなければいけない」という目標を推進します。

【プランSの10原則】(簡訳)

・ 論文著者は、無制限の著作権を留保する。全ての出版物はcc-byなどのオープンライセンスで出版されなければならない。
・ 助成機関は、OA雑誌およびOAプラットフォームの満たすべき条件を確立する。
・ 適切なOA雑誌やプラットフォームが存在しない場合、助成機関はその構築に向けて支援をする。
・ 論文のOA出版のための費用は、研究者個人ではなく、助成機関もしくは学術機関が負担する。
・ OA出版費用に関する助成額は標準化され、上限が設けられる。
・ 透明性を確保するため、助成機関は大学、研究機関、図書館に対して、そのポリシーと戦略をこの原則に合わせることを要求する。
・ この原則は、全ての学術出版に適用されるが、モノグラフや著書については、履行開始が2020年1月1日に間に合わない可能性があることは理解されている。
・ 長期保存およびエディトリアルの革新可能性から、オープンアーカイブやリポジトリにおける研究成果の登録は認められる。
・ ハイブリッドモデルの学術雑誌は、本原則に適合しない。
・ 研究助成機関はこの原則の履行状況をモニターし、違反していた場合は、制裁措置を取る。

なかなか強行ですね。Science誌は「欧州の研究助成機関、購読料を必要とする雑誌への論文出版を禁じる」、Nature誌は「過激なOA計画により、学術雑誌の購読料消滅する可能性」などという見出しで、このニュースを報じています。

学術雑誌には、①購読料を支払わないとアクセスを得られない、従来からある、「購読誌(subscription journal)」、②論文が採択となり出版された直後から、オンラインでオープンにアクセス可能となる「OA雑誌」、そしてその中間に、③購読誌ではあるが、著者がOA掲載料を支払うとOAとしてくれる「ハイブリッド雑誌」、それから④購読誌ではあるが、一定のエンバーゴ期間(6~12ヶ月)を経てOAとしてくれる、「遅延型OA雑誌(delayed journal)」があります。

この計画は、論文発表直後からのOAを要求、かつ、ハイブリッド雑誌への論文掲載は認めないと明記しているので、上記カテゴリーの②における出版しか認めないということになります(その他機関リポジトリ等のOAプラットホームへの掲載は認めています)。

★2018年12月:船守美穂(国立情報学研究所):学術誌をアカデミアの手に取り戻す

出典 → ココ、(保存版

学術誌は過去数十年間値上がりし続け、30年前に比べると6倍以上となっています。その価格上昇率は年7~8%です

2020年までに主要な学術誌をOAに転換するという目標をマックスプランク研究所が呼びかけ(OA2020)、世界の100以上の機関が関心を表明しています。ドイツやスウェーデンはエルゼビア社にPAR契約を求め、交渉決裂し、現在多くの機関が同社の雑誌へのアクセスを閉ざしています。英仏を含む欧州11の研究助成機関は2018年9月、自身が助成した研究プロジェクトにより生み出された学術論文について2020年以降、完全にOAであることを要求する「プランS」を発表しました。

このプランには、ハイブリッド雑誌によるOA出版は認めないと明記されています。このように、商業出版社との対決姿勢が世界的に強まっているのです。

★2018年11月15日:粥川準二(かゆかわじゅんじ):欧州機関オープンアクセス義務化へ「プランS」発表

出典 → ココ、(保存版

今年(2018年)9月4日、ヨーロッパで研究費を助成している11の機関は共同で、2020年以降、自分たちが予算を提供している科学者たちには、論文を即座に無料で公表することを義務づけるという構想「 プランS (Plan S)」を発表したのです。そうした1つの目標と、「著者はその出版物の著作権を無制限に所有する」など10の原則がウェブサイトなどに示されています。

この計画は、欧州委員会でオープンアクセスを推進しているロバート・ジャン・スミッツがリーダーシップをとって進めています。現在、オーストラリアやフランス、アイルランド、ルクセンブルクなどの国立の研究費助成機関13組織が署名しています。スミッツは今後、米国のホワイトハウス、科学アカデミーなどとも協議する、と述べています。

しかし現在のところ、ドイツやスイス、スウェーデンなどの研究費助成機関が署名していないことを、『ネイチャー・ニュース』は指摘します。たとえばドイツの国家研究評議会(DFG)は、自分たちはDFGの予算で行われた研究の結果をオープンアクセスで論文発表することを求めてはいるが、義務化はしない方針のようです。また、論文発表に必要なコストが上がることを懸念しているとも言っています。

当然ながら学術出版社は反発しています。例えば、国際科学技術出版協会(STM)は145社を代表して、論文へのアクセスを広げる努力は歓迎するが、これまでオープンアクセスを成長させてきたハイブリッド・モデルのジャーナルでの論文発表をも禁止することは、むしろ「移行」を遅らせるだろう、と述べています。エルゼビア社もこれに同意しているようです。『ネイチャー』を発行するシュプリンガー・ネイチャー社は、研究者から選択肢を奪うことは研究発表システム全体を損なう可能性がある、と指摘します。『サイエンス』を発行する米国科学振興協会(AAAS)にいたっては、プランSのモデルは「高いクオリティの査読、論文発表、その普及をサポートすることにはならないだろう」と厳しく批判しています。

★2019年2月27日:くらのすけ:すべての科学論文を完全オープンアクセスで公開する計画「プランS」が2020年からヨーロッパで開始

出典 → ココ、(保存版

Point
■欧州委員会が、科学論文を発表後すぐに無料で公開する「プランS」を、2020年から欧州の一部で開始する
■「プランS」のオープンアクセスは、計画に賛同した出資者が出版社に掲載料を事前に支払って、OAを永久に保証するもの
■科学雑誌の大半は、中国やアメリカ、インドにあり、計画の促進にはヨーロッパ以外の協力が必須となる

「プランS」におけるオープンアクセス(OA)の仕組みは、計画に賛同した助成機関が、出版社に対して事前に「論文掲載料」を支払っておくことで、論文を永久的な無料公開を保証するというものです。

またOAの掲載費用は、欧州内で標準化されて上限が設定され、著作権は著者に属します。それから、「プランS」は「完全なOA方式」を目指しており、現在の出版界のおよそ半分を占めている「ハイブリッド型OA」も全面禁止とする予定です。

もし「プランS」がこのまま開始されれば、研究者はおよそ80%以上の雑誌に論文発表をすることができなくなるのです。

完全にOA型を採っている雑誌は、わずかに15%しかなく、これは「プランS」の大きな問題点として懸念されています。

●4.【論文内容】

《1》オープンアクセス運動

科学と社会の発展にとって邪魔なビジネスモデルがあり、より安価でより有益な代替ビジネスモデルをあなたが考案した場合、あなたはどうしますか?

それがうまくいくかどうか確かめるために、あなたは新しいビジネスモデルをテストするでしょう。

2001年のオープンアクセス出版(Open access publishing)はそのような新しい、憧れのビジネスモデルだった。

古い伝統と新しい技術が統合し、これまでにない公共の利益が得られそうだった。古い伝統とは、探究と知識蓄積のために研究者が研究成果を学術誌に無償で発表する伝統で、新しい技術はインターネットである。

このようにして、2001年12月、ジョージ・ソロス(George Soros)の故郷であるハンガリーのブタペストに献身的な人々が集まり、彼の慈善団体であるオープン・ソサエティ財団(Open Society Foundations)の資金提供でブダペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI:Budapest Open Access Initiative)を発表し、活動を開始した。

ブダペスト会議参加者。By LesliekwchanOwn work, CC BY-SA 4.0, Link

このブタペスト会議がその後のオープンアクセス運動の主要な基礎を築いた。ブダペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI)に続いて、2003年、ベセスダ声明(Bethesda Statement)とベルリン宣言(Berlin Declaration)が続いた。

インターネットが科学にもたらす利点を受け入れるのは、原則としては簡単である。

ブダペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI)は、基本的な考えを次のように説明している。

「すべての研究者、学者、教師、学生、その他の人々が、完全無料で無制限に、査読付きの学術論文にアクセスできるよう、学術論文を世界的に電子配布する。 学術論文にアクセスする際の障壁を取り除くことで、研究を加速し、教育を豊かにし、経済力と無関係に、人々に学びを共有できるようにする。学術論文をできる限り有用にすることで、共通の知的会話と知識探求に人類をまとめる基礎を築くことができる」。

欠陥のある研究結果を棄却し、新たな発見ができるように、学術論文を読み、研究結果を議論し、理論とデータを検証できるようにすべきだという考えに対して、まず誰も反対しない。

インターネットが情報を広め議論する方法を根本から恒久的に変え、学術出版を大きく変えたという事実について、研究界も国民も意見の相違はない。 出版物のすべては、20年前に比べ現在の方が、ずっとアクセスしやすくなった。

オープンアクセス運動は、インターネットがもたらした情報伝達の新しい可能性だけでなく、伝統的な学術誌の購読料が高騰していることや学術出版社の利益率が高いことに対する研究者・図書館員のフラストレーションのためによっても発展してきた。

研究者は学術誌に論文を掲載する一方、査読者にもなり、さらには編集委員会の委員にもなる。その研究者は、当然ながら大学・研究機関・図書館が購入する多量の学術誌にアクセスできることを望んでいる。それで、図書館員は板挟みとなり「籠の鳥」のような拘束感があった。

学術誌の購読費が高くなりすぎたのは、学術出版の伝統的なビジネスモデルに責任があり、そのために学術論文へのアクセスが制限されていると研究者は思うようになった。

それで、論文出版の経費を購読料として払っていた研究者や大学・研究機関の代わりに、論文著者や研究助成機関が経費を払い、論文の閲覧と無制限の再利用の両方を無料にする新しいビジネスモデルが研究の進歩に必要だった。現在「ゴールドオープンアクセス(Gold Open Access)」と呼ばれているこのビジネスモデルは、全体的に見れば、出版コストは安くなると想定された。

ただ、「ゴールドオープンアクセス」普及による学術論文の全体的な出版コストの大幅な低下は、目標が達成可能でかつ好ましいからとか、理想的だから、という理由だけで推進されているわけではない。

《2》仮説の検証

ブダペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI)から17年経った現在、私たちはどんな状況にあるのか?

オープンアクセス出版モデルは「前例のない公共財」を生み出したのか?

ピーター・スーバー(Peter Suber)By Lilian Thorpe – http://www.earlham.edu/~peters/ps-photo-lilian.htm, CC BY-SA 3.0, Link

ハーバード・オープンアクセス・プロジェクト(Harvard Open Access Project)の中心人物であるピーター・スーバー(Peter Suber)は、ブダペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI)の10周年記念で、「バリアフリーアクセスは、読者が必要な研究論文を検索し見つけるのに役立ち、研究を促進し発展させる」と主張した。

さて、スーバーが主張したように、研究を促進し発展できてきたのでしょうか?

そしてコストは下がってきたでしょうか?

最後の質問に最初に答えよう。

答えは、論文出版の総コストは増加している。下がっていない。

世界の5大出版社(SAGE、Elsevier、Springer Nature、Wiley-Blackwell、Taylor&Francis)は、高い利益率で成長を続けている。

オープンアクセス出版も増加している。

オンラインでの論文配布は紙媒体への印刷と郵送の経費よりも安価だが、インターネットは掲載論文に対して読者と対話するという新しい付加価値を与える道を切り開いた。

冷静に考えれば、新しいビジネスモデルが新しい付加価値を与えれば、出版全体のコストが増加することは予測可能だったはずだ。

最も重要なのは、高品質のコンテンツを制作するためのコストは、配布媒体と配布手段とは無関係だということだ。

高品質コンテンツの電子的な制作および保守は、印刷物の制作および保守と同じくらい高価である。

たとえば、電子出版では、クリック1つで参考文献や関連記事を読むことができるアクティブ・リンクがあり、また、補足情報が添付されている。つまり、より動的な論文が求められている。これらをすべて学術誌のウェブサイトおよびサーバーで維持し、かつ最新の状態に保つ必要がある。

論文の電子編集システムには多くの利点があるが、投稿論文の内容の独創性と妥当性をチェックする作業は増えた。論文中の画像データのねつ造・改ざんが容易になった。インターネットで盗用も容易になった。それらのチェックも必要である。著者や査読者のアイデンティティさえも、二重チェックが必要になってきた。

以上、論文出版の総コストが実際に増加していて、その理由を述べた。

オープンアクセス出版モデルの次の利点、つまり、オープンアクセス出版モデルが研究を加速し科学を進歩させてきた、に移ろう。

実は、オープンアクセス出版モデルが研究を加速し科学を進歩させているかどうかを判定するのは、コストの判定よりずっと難しい。

研究者も一般市民も、オープンで無料アクセス可能な情報を好む。だから、オープンアクセス論文は多くの研究者に読まれるという「被引用上の利点」があると期待された。

この期待が実際に当たっているかどうか、つまり、論文は購読学術誌よりもオープンアクセス学術誌に出版した方がもっと多く被引用されているかどうかが調べられた。学術出版学術資源連合(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition、SPARC)は、2001年から2015年の間に調査した70報の研究論文リストをまとめ、大多数の研究では、オープンアクセス論文の方が被引用数が多かったことを見出した。2016年のTennantらの論文も、非常に変化しやすいが、いくつかの分野ではオープンアクセス論文の方に被引用の優位性があった。

「被引用の優位性」があったとはいえ、しかし、論文が最も多く被引用されている学術誌は、オープンアクセス学術誌ではなく圧倒的に購読学術誌というのが現状だ。

研究者は自分たちの研究結果をできるだけ多くの研究者に伝えたいと考えている。一方、他人の論文をできるだけ賢く読んで自分の時間を有効に使いたいという理由で、論文の被引用数は有益な情報である。

また、論文の認知度・可読性はアクセスの無料・有料だけが重要というわけではない。論文内容が、興味深く、関連性があり、信頼できる学術誌やプラットフォームに掲載されることが重要である。

ほとんどの研究者は、彼らの分野で最も評判が良く、最高ランクの学術誌に論文を掲載しようと試みるし、そしてその同じ学術誌を読む。 そのような学術誌はしばしば専門学会が出版し、一般的には購読学術誌である。

オープンアクセス出版は確かに成長している。2016年には、全論文の19%近くが出版時にすぐに利用可能になった。内訳は、オープンアクセス学術誌が15%で、定期購読学術誌のハイブリッド学術誌が4%だった。しかし、これらのパーセンテージは、全論文の 81%はオープンアクセス出版ではない、つまり、ブダペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI)から17年も経過したのに、研究者の大多数は依然として彼らの研究成果を購読学術誌に投稿することを好んでいることも示している。

《3》思いがけない障害

さて、もう1つの仮説の検証を、さらに進めていこう。

オープンアクセス出版モデルは「前例のない公共財」を生み出したのか? つまり、ゴールドオープンアクセス出版モデルは研究を促進し発展させてきたのか?

今日までのデータは、ゴールドオープンアクセス出版モデルは「前例のない公共財」を生み出したことを示せていない。

何故か?

第一に、ゴールドオープンアクセス出版モデルは、著者または研究助成機関がコストを負担するビジネスモデルを採用し、公開された論文を無制限に再利用できると主張した。この主張は、より大きな目標である「研究を促進し発展させる」を達成するための最善の戦略ではなかったということだ。

購読料が高いという問題は何十年にもわたる真の問題だが、コストは学術界の研究情報交換のあり方に深く関連している。

ほとんどの学会は、多くの編集作業を含め、出版社に学術誌制作の責任を負わせている。一方、論文執筆および査読のプロセスはほとんど変更されず、通常は無料で行なわれる。購読料が高くなりすぎて、彼らが制作を手助けした学術誌を「買い戻す」ことができなくなったとき、大学・研究機関に不満がたまったのは当然である。 しかし、その問題は価格設定の問題であって、購読モデル自体の問題ではない。

また、オープンアクセス運動は、新しい別のビジネスモデルで従来の購読学術誌と同じ多様性と同じ質の学術誌を出版する業界を再現する運動だが、その困難さとコストを過小評価している。

著者や研究助成機関が論文出版の代金を払い、単にリポジトリに論文を保管するモデルは、ある程度、役に立ってきた。 最も良い例は、高エネルギー物理学に焦点を絞って1991年に設立したarXiv.orgである。今では数学、物理学、コンピューター科学などの多くの分野を網羅し、150万報の論文へのオープンアクセスを提供している。

他の学問分野、たとえば医学の学術誌では、著者や研究助成機関が論文出版のコストを負担するのに依存できない理由がいくつかある。医学研究者は特定の研究結果の発表に強い利害関係(経済的または知的)が発生し、研究結果は人々の健康や健康管理に大きな影響を与える。この場合、論文編集プロセスと論文採否の決定は、著者や出資者の利益から完全に独立していること、そしてそのように認識されていることが重要である。

購読学術誌モデルは、包括的な編集プロセスと品質管理を備えた学術誌に資金を提供できる唯一のモデルである。しかし、そのような学術誌は、学問的重要性を客観的に評価し、研究者の主張に正確に対応し、編集者および統計学者に経費を払い、さらに、論文情報の正確性、明確性、およびアクセス可能性を保証する制作スタッフを雇うことを考慮すると、ほとんどの研究者にとって払えないほど高額な論文掲載料になる。経済システムはもちろん時代とともに変化するが、現在は、これが現実だ。

第二に、ブダペスト・オープンアクセス・イニシアチブ(BOAI)が発表されたのは2001年だが、その2001年に、インターネットのその後の発展を予想した人がどれほどいたであろうか? ほぼ誰も予想しなかった発展をインターネットは遂げてきた。

ティム・バーナーズ=リー(Tim Berners-Lee):By cellanr – https://www.flickr.com/photos/rorycellan/8314288381/, CC 表示-継承 2.0, Link

その2001年は、欧州原子核研究機構(CERN)の計算機科学者・ティム・バーナーズ=リー(Tim Berners-Lee)とロバート・カイリュー(Roger Cailliau)が、1990年にWorld Wide Web(WWW)を考案し、ハイパーテキストシステムを開発してからわずか10年しか経っていなかった。

2001年以降、インターネットは私たちの生活や科学に影響する多くの変革をしてきた。 しかも、それは私たちが想像もしなかった方法で変革してきた。後にソーシャルメディア(social media)やスマートフォン(smartphones)と呼ばれる実験は2001年に始まった。Facebookは2004年に、YouTubeは2005年に、Twitterは2006年に、そしてiPhoneは2007年に導入された。

2001年、私たちはインターネットとそのパワーに楽観的で熱心だった。情報とコミュニケーションは無料で、権力は分権化される。米国の電子フロンティア財団共同設立者のジョン・ペリー・バーロウ(John Perry Barlow)は、1996年のスイス・ダボスでの世界経済フォーラムで、ある夜、「サイバースペース独立宣言(A Declaration of the Independence of Cyberspace)」を書いた。

2001年当時、インターネットの荒らし(トロール、trolls)、フェイクニュース、フェイクサイエンス(fake science)、捕食学術誌、査読偽装などの言葉(と行為)は、まだ登場していなかった。また、インターネットで児童ポルノが匿名で配布され、イスラーム過激派組織・アイシス(ISIS)などのテロ組織がインターネットで新会員を勧誘し、インターネットで電子的にID(身元)や財産が隠され盗まれ、インターネットが選挙に影響を及ぼし民主主義の概念を脅かす、これらのことは夢想だにできなかった。2001年当時、このような「暗黒ウェブ(ダークウェブ、dark web)」は想像できなかった。

私たちのほとんどは、インターネットによって提供される開放性とコミュニケーションのしやすさを今でも認識しているが、自由と開放性は決して品質や真実性を保証するものではない。

科学的な「情報」を含む、膨大な量の無料コンテンツがオンライン上にあることを私たちは認識している。 その多くは不正確または誤解を招くものであり、私たちは自己修正的であることを望んでいるけれど、今までの歴史が示す現実は、自己修正的ではなかった。

誰もがインターネットに何らかの統治構造が必要だと認識しているが、欧州、中国、米国の専門家たちは、良い統治がどのようなものかについてはまったく異なる考え方をしている。

人々はYouTube、Facebook、ブログで無料のコンテンツを入手できるのを好むが、Netflix、TVネットワーク、新聞をインターネットで有料購読できることにも喜んでいる。私たちのほとんどは、キュレーション(整理)され強化されたコンテンツに対して喜んでお金を払う。そして、新しい形式の情報やコミュニケーションを試すことも評価している。

そして、インターネット上に、「タダめし(無料のランチ)」がないことを知っている。 「無料で読める」場合、誰かがどこかにお金を払っていることは自明である。お金を払うのは、通常、コンテンツとそのプレゼンテーションに影響を与えるためだ。

《4》プランS

情報を広める1つの方法が他の方法より優れていると考え、研究成果をオンラインで「無料」にすべきだと主張することは、現在の学術界と学術出版ビジネスの状況を理解すれば、とても驚く暴挙である。ところが、欧州科学委員会(Science Europe)の「プランS」はそれを目指している(囲み記事)。

――――囲み記事あり:白楽が省略した。
欧州科学委員会(Science Europe)のプランSの説明が記載されている
――――囲み記事

プランSは、欧州科学委員会(Science Europe、欧州の研究機関と資金提供団体の協会)が2018年9月に発表し、いくつかの国内および欧州の研究評議会および研究助成機関がその行動を支持している。

プランSの主な目的は、オープンアクセス出版モデルへの即時移行を強要することである。「2020年1月1日以降、国内および欧州の研究評議会からの公的助成による研究成果はすべてオープンアクセス学術誌に出版することを義務づける」。

オープンアクセス運動の創設者の一人でカリフォルニア大学バークレー校のマイケル・エイセン教授(Michael Eisen、コンピュータ―生物学者、写真出典)は、「科学文献へのオープンアクセスを世界的に達成する唯一の方法は、研究助成機関が研究費受給者にそれを要求することだ」と主張している。

言い換えれば、研究者は自発的にはオープンアクセス学術誌へ移行しなかったし、市場原理に任せていてはオープンアクセス学術誌が購読学術誌を打ち負かすという状況にならなかった。それで、「プランS」で、欧州の国々はオープンアクセス学術誌が最良の出版モデルだと認めない研究者へ公的資金を助成しないことにした。

研究助成機関は公的であれ私的であれ、自分たちが資金提供して得られた研究成果は研究界および一般大衆になるべく多くアクセスしてもらえることを望んでいる。その方法として、「プランS」は、オープンアクセス学術誌に研究成果を発表することを強制した。

しかし、研究成果は研究界および一般大衆になるべく多くアクセスしてもうことを可能にする多くの方法がある。オープンアクセス学術誌への論文掲載はその1つだ。 2つ目は、ハイブリッド学術誌(オープンアクセスライセンスの下で著者が個々の論文を公開することを許可する購読学術誌)で公開することだ。3つ目の選択肢は、購読学術誌を残し、学術誌側が研究論文への無料アクセスを提供する方法だ。

2000年以降に学術誌に掲載された論文の約98%は無料で一般に公開されている。人間の健康にとって全世界で差し迫った重要性がある研究論文は掲載と同時に自由にアクセス可能になっている。 他の研究論文でも6か月後には自由にアクセスできる(「遅延型オープンアクセス学術誌(delayed journal)」)。

しかし、「プランS」は2つ目と3つ目の選択肢を認めていない。「オープンアクセスの普及が研究プロセス全体のインパクト、可視性、および効率性を最大化しているデジタル世界で、購読学術誌ビジネスモデルを維持する正当な理由がない」と決めつけている。

しかし、この決めつけを裏付ける証拠は何もないのである。むしろ、事実ではないと思われる理由、上で述べたように、実際には2つの非常に正当な理由がある。

多くの科学者は、研究成果が他の研究者よって吟味され、高い評価を得られることを望んでいる。

研究論文へのオープンアクセスは、科学者と一般市民の両方が支持する目標である。しかし、独自に吟味され慎重に提示された高品質のコンテンツを確実に作成することができる代替手段を用意せずに購読ベースの出版モデルを排除することは、科学論文の公正に重大な意図しない結果をもたらす可能性がある。

●5.【関連情報】

① 2019年3月xx日のリチャード・スミス(Richard Smith)のブログ記事:The New England Journal of Medicine, open access, Plan S, and undeclared conflicts of interest | Richard Smith’s non-medical blogs

richard_smith_2014-150x1501991-2004年の13年間、学術誌「British Medical Journal」の編集長だったリチャード・スミス(Richard Smith、写真出典)が、今回読んだシャーロット・ハウグ(Charlotte J. Haug)の「2019年のN Engl J Med」論文に対する批判記事を書いている。以下に示す。
ーーーーーー

ハウグはNEJM誌の国際特派員だから、当然、プランSに批判的である。そのことに驚くべきことは何もない。

驚くべきことは、NEJM誌は医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors)が30年間、利益相反を宣言しているのに、そして、NEJM誌はその国際委員会の設立誌の1つでかつ有力な会員であるもかかわらず、利益相反を宣言していないことだ。

NEJM誌は非常に収益が多い(正確な数値は不明だが)。私の推測では、NEJM誌は約1億ドル(約100億円)の収入があり、利益率は約30%である。

私は、BMJ Publishing Groupの元最高経営責任者(CEO)として、すべての学術誌の年次報告を見てきた。その知識を基にある程度自信を持って推測した数値である。

収入額については、利益率よりも確信が持てないが、最低でも5000万ドル(約50億円)、最高では1億5000万ドル(約150億円)になると思う。利益率は、定評のある学術誌にとってはかなり標準的なので、どの学術誌にも当てはまると思われる。

私はNEJM誌の利益を推測しなければならなかったが、彼らは会計を公表していない。

収益から知ることができるのは、上級編集者の報酬である。編集長のJeff Drazenの年俸は703,324 ドル(約7千万円)だった。エグゼクティブ編集員のTed Campionは393,059ドル(約4千万円)、Mary Hamel(エグゼクティブ副編集員)は、328,462ドル(約3千万円)、Julie Ingelfingerは$ 321,468(約3千万円)。

上級編集者のこれらの多額の報酬と生計は、オープンアクセス、特に拡大する欧州のプランSに脅かされる。

オープンアクセスとプランSに疑問を呈する記事を発表する時、彼らは、自分たちの収入を明示しない。確かに、「2019年のN Engl J Med」論文の著者であるシャーロット・ハウグ(Charlotte J. Haug)は、彼女が利益相反がないことと、国際特派員としてNEJM誌に雇用されていることの両方を宣言している。

しかし、これらは私には相容れない宣言だ。学術出版社の従業員が学術出版について書いた文章は、私には利益相反があると思える。

●6.【白楽の感想】

《1》プランS

2020年1月1日というから、もう9か月後に迫った「プランS」だが、学術論文の覇権とカネとメンツの戦いは予断を許さない。

1兆円ビジネスの学術論文を牛耳ってきた5大出版社(SAGE、Elsevier、Springer Nature、Wiley-Blackwell、Taylor&Francis)が、土壇場でうっちゃるのか、理想論を掲げ研究助成機関と大学図書館を味方につけた欧州科学委員会(Science Europe)が押し出しで勝利するのか?

今回読んだシャーロット・ハウグ(Charlotte J. Haug)の「2019年のN Engl J Med」論文は説得力がある。文章もうまい。ハウグはNEJM誌の国際特派員だから、当然、プランSに批判的である。

白楽はハウグの指摘がかなり的を射ている印象がある。ただ、研究情報交換の手段は何が適切か? その費用は誰がいくら払うのか? 白楽は自分の意見を持つほど、事態を十分に把握できていない。ただ、動向にはとても興味がある。

シャーロット・ハウグ(Charlotte J. Haug)https://www.etikkom.no/Aktuelt/Fagbladet-Forskningsetikk/arkiv/2015/2015-2/flere-falske-fagfeller/

一方、日本の学術界・大学・研究者はこのプランSの議論に無関心と思えるほど無風状態である。単に無知なのか、理解できないのか、ルール作りは欧米に任せて日本は従うだけと考えているのか? 無風でなく、風があるとしても、馬の耳に東の風のようだ。

《2》ネカト防止

オープンアクセス出版(Open access publishing)の発達に伴い、悪貨である捕食論文がベッタリと張り付いて栄えてきた。「プランS」は捕食論文の排除を目的としてはいないが、排除の方向なのだろうか?

イエイエ、印象としては、捕食論文は益々増える方向に思える。そして、「プランS」はネカト防止には何の効果もない。

「プランS」移行後も、捕食論文抑制とネカト防止に関して、別途、一層の方策を練る必要があるだろう。

《3》日本版プランS

日本も日本版プランSを実施したらどうだろう。

「日本ファースト」「Make Nippon Great Again」

日本の国立大学の研究者が得た研究成果、および、日本政府の研究助成機関から研究助成された研究成果は、全て、閲覧無料のオープンアクセス方式で日本語で出版されなければならない。勿論、外国語でも出版してよい。

理由は、これらの研究成果は日本国民の税金で得られた研究成果である。その研究成果は日本国民に還元すべきだ。研究成果を外国語でしか発表しないのは出資者を裏切る行為である。守れない研究者には研究費の返還を要求し、次回以降は研究助成を行なわない。

日本の研究の発展にプラス、マイナス?

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●7.【コメント】

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