ヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)(インド)

2019年8月4日掲載

ワンポイント:シュクラは、17歳で大学を卒業し、24歳で研究博士号(PhD)を取得した天才で、ラクナウのインド毒性学研究所・副所長、教授(Scientist F)になった。2018年6月(54歳)、パブピア(Pubpeer)が論文のデータ異常を指摘したのを皮切りに、2004年から2018年(40-54歳)の15年間に出版した50論文にデータねつ造が指摘された。インド毒性学研究所は現在調査中である。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説

5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.白楽の手紙
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla、ORCID iD:、写真出典)は、17歳で大学を卒業し、24歳で研究博士号(PhD)を取得した天才である。その後、ラクナウ(Lucknow)のインド毒性学研究所(Indian Institute of Toxicology Research (IITR))・副所長、教授(Scientist F)になった。専門は毒性学である。

最初に断っておくが、このネカト事件は、インド毒性学研究所のネカト調査は終了していない。つまり、シュクラがネカト者と特定されたわけではない。それでも、状況証拠と研究チームの責任者がシュクラということから、本記事では、シュクラがネカト者という仮定で話を構築した。

2018年6月(54歳)、パブピア(Pubpeer)で、「ヴィティス・エックス(Vitis X)」がシュクラの「2011年のPLoS ONE」論文のデータ異常を指摘したのが、ネカト発覚の発端である。なお、この「2011年のPLoS ONE」論文は、紅茶のポリフェノールと赤ワインのレスベラトロール(resveratrol)がマウスの皮膚がんの予防に効果的だと報告している。赤ワインでも飲みながらブログを書こうかと白楽にも思わせる魅力的な論文である。

ところが、結局、ヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)が2004年から2018年の15年間に出版した50論文にデータねつ造が指摘された。

2019年8月3日(55歳)現在、既に3論文が撤回されているが、インド毒性学研究所は調査中で、調査報告書を発表していない。

インド毒性学研究所(Indian Institute of Toxicology Research (IITR), Lucknow)。写真出典

  • 国:インド
  • 成長国:インド
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:メーラト大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1963年12月1日
  • 現在の年齢:60 歳
  • 分野:毒性学
  • 最初の不正論文発表:2004年(40歳)
  • 不正論文発表:2004年から2018年の15年間(40-54歳)
  • 発覚年:2018年(54歳)
  • 発覚時地位:インド毒性学研究所・副所長・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は「ヴィティス・エックス(Vitis X)」(詳細不明)で、パブピア(Pubpeer)で指摘
  • ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②インド毒性学研究所・調査委員会。
  • 研究所・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査中
  • 研究所の透明性:調査中(ー)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:50論文が疑念、3報が撤回
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:調査中だから、なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 1963年12月1日:インドで生まれる
  • 1981年(17歳):インドのラクナウ大学(Lucknow University)で学士号取得:動物学
  • 1983年(19歳):同・修士号取得:動物学
  • 1988年(24歳):インドのメーラト大学(Meerut University)で研究博士号(PhD)を取得
  • 1988年(24歳):ラクナウのインド毒性学研究所(Indian Institute of Toxicology Research (IITR), Lucknow)・ポスドク
  • 1991年(27歳):同・助教授(実際はScientist C)
  • 1996年(32歳):同・準教授(実際はScientist EI)
  • 2001年(37歳):同・準教授(実際はScientist EII)
  • 2006年(42歳):同・教授(実際はScientist F)、副所長
  • 2018年6月(54歳):論文のネカトが指摘された

なお、インドの国立研究所の研究員は給与表の等級でランクが決まっている。ランクの等級はわかりにくいので、以下のように白楽が大学教員の格に対応させた。
参考:①Pay Scale for Scientists in Government jobs、②Academic ranks in India – Wikipedia

• Scientist B grade: Rs. 15600-39100 plus grade pay of Rs. 5400・・・助教授
• Scientist C grade: Rs. 15600-39100 plus grade pay of Rs. 6600・・・助教授
• Scientist D grade: Rs. 15600-39100 plus grade pay of Rs. 7600・・・講師
• Scientist E grade: Rs. 37400-67000 plus grade pay of Rs. 8700・・・準教授
• Scientist F grade: Rs. 37400-67000 plus grade pay of Rs. 8900・・・教授
• Scientist G grade: Rs. 37400-67000 plus grade pay of Rs. 10000・・・教授
• Professor (HAG) Rs 67000-79000・・・殊勲教授

●5.【不正発覚の経緯と内容】

このネカト事件は、ヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)が所属するインド毒性学研究所(写真はロゴ)がネカト調査を終了していない。それで、シュクラがネカト者と特定されたわけではない。状況証拠と研究チームの責任者がシュクラということから、本記事では、シュクラがネカト者という仮定で話を構築した。

シュクラは17歳で大学卒業、24歳で研究博士号(PhD)を取得した天才である。インド政府の科学工業研究委員会(Council of Scientific and Industrial Research)傘下の有力研究所であるインド毒性学研究所・教授・副所長で、インド環境変異原学会(Environmental Mutagen Society of India)・幹事長やインド毒性学会(Indian Society of Toxicology)・幹事長も務めた実力者である。

シュクラは、アーユルヴェーダ(インド大陸の伝統的医学)関連の植物であるニンニク、ザクロ、マンゴー、パイナップルなどから作成したナノカプセルでマウスの癌を治癒させることができたと主張している。これらの論文の画像がデータねつ造ではないかと疑問視されている。

★発覚の経緯

2018年6月21日(54歳)、パブピア(Pubpeer)で「ヴィティス・エックス(Vitis X)」がシュクラの「2011年のPLoS ONE」論文のデータ異常を指摘したのが、ネカト発覚の切っ掛けである。

なお、この「2011年のPLoS ONE」論文は、紅茶のポリフェノールと赤ワインのレスベラトロール(resveratrol)がマウスの皮膚がんの予防に効果的だと報告しているのだから、本当なら、なかなか魅力的な論文である。白楽は、紅茶好きだし、ワインも好きだ。

「2011年のPLoS ONE」論文の図3のあちこちに重複があった。つまりデータねつ造である。以下の図の出典:https://pubpeer.com/publications/916B9A4E38D79FAF24E97FFB891AC8#2

「2011年のPLoS ONE」論文のデータ異常は図3に限らず、図2、図5、図6でも重複使用があると指摘された。

「PLoS ONE」編集部がヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)に指摘点を問い合わせると、元データがないと返事してきた。それで、「PLoS ONE」編集部の判断で2019年4月に「2011年のPLoS ONE」論文を撤回した。

結局、2004年から2018年の15年間にヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)チームが出版した50論文にデータねつ造の疑惑が指摘された。
→ PubPeer – Search publications and join the conversation.

2019年6月3日、インド毒性学研究所はシュクラ・チームのネカト疑惑を調査しているとツイートした。

インド政府の科学工業研究委員会(Council of Scientific and Industrial)がインド毒性学研究所の調査を命じたのだ。

「ヒンズー」新聞・記者がシュクラに問い合わせると、シュクラは次のように答えた。

意図しない間違いがあったかもしれないことは私も認めます。他の論文で画像がすでに使われているかどうかを確認する方法がありませんでした。 非難は、アーユルヴェーダについて疑念を抱かせる目的で私達の研究を攻撃するために行なわれています。 調査委員会が調査しており、私たちは委員会のすべての質問に明確に答えるでしょう。

Yogeshwer Shukla. Credit: IITR

ネカト調査中ではあるが、2004年から2017年の14年間にインド毒性学研究所から出版された少なくとも73論文にネカトが見つかっている。その内の40報がヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)の論文である。
→ 2019年5月31日のプラサド・ラヴィンドラナート(Prasad Ravindranath)記者の「Science Chronicle」記事:With 73 problematic papers listed on Pubpeer, Indian Institute of Toxicology Research has a serious problem – The Hindu

インド毒性学研究所からのネカト論文数は73論文ではなく、130論文だとも報告されている。
→ 2019年6月18日のファティマ・クレシ(Fatima Qureshi)記者の「Editage」記事:130 Papers by Indian research institute under scanner for image manipulation

なお、腐敗した組織ではよくあることだが、インド毒性学研究所はトップがネカトまみれである。前所長のカイラッシュ・グプタ(Kailash Gupta)、さらに現・所長のアロック・ダワン(Alok Dhawan)もネカト疑惑で調査されている。
→ 2019年6月4日のR・プラサド(R Prasad)記者の「Hindu」記事:CSIR orders probe into journals – The Hindu

【ねつ造・改ざんの具体例】

2019年8月3日現在、インド毒性学研究所はシュクラ・チームのネカトを調査中である。つまり、どの論文の何がどのようにねつ造・改ざんされたのか、公式発表がない。

仕方がないので、パブピアで探った。しかし、データねつ造は50論文で指摘されている。本記事で全部をリストすると、読むあなたも、そして書く白楽もうんざりする。赤ワインじゃ足りなくて、ウイスキーをストレートで、ということになりかねない。

既に「2011年のPLoS ONE」論文での指摘を示したので、他の1論文だけ以下で見ていこう。

なお、全貌をご希望の特殊な読者はレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログやパブピアをお読み下さい。

★「2007年のLife Sci.」論文

「2007年のLife Sci.」論文の書誌情報を以下に示す。2019年2月に撤回された。

どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。

2018年7月27日に、Mactra Quadrangularisが図2Aの画像が重複使用されていると指摘した「#1 Mactra Quadrangularis: (July 27th, 2018 10:47 PM and accepted July 28th, 2018 6:21 AM)」。以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/916B9A4E38D79FAF24E97FFB891AC8#1

2018年7月27日に、Orophea Enterocarpaが、同じ論文の図3Aのβ-actin のウェスターン・ブロット画像が重複使用されている。それもあちこちの論文で重複使用されていると指摘した「#2 Orophea Enterocarpa: (July 27th, 2018 10:51 PM and accepted July 28th, 2018 6:21 AM)」。以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/916B9A4E38D79FAF24E97FFB891AC8#2

 

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2019年8月3日現在、パブメド(PubMed)で、ヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)の論文を「Yogeshwer Shukla [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2019年の18年間の116論文がヒットした。

「Shukla Y[Author]」で検索すると、1969~2019年の51年間の208論文がヒットした。

2019年8月3日現在、「Shukla Y[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、3論文が撤回されていた。「2011年のPLoS ONE」論文が2019年4月に、「2010年のCell Div」論文が2012年7月に、「2007年のLife Sci.」論文が2019年2月に撤回された。

  1. Resveratrol and black tea polyphenol combination synergistically suppress mouse skin tumors growth by inhibition of activated MAPKs and p53.
    George J, Singh M, Srivastava AK, Bhui K, Roy P, Chaturvedi PK, Shukla Y.
    PLoS One. 2011;6(8):e23395. doi: 10.1371/journal.pone.0023395. Epub 2011 Aug 26. Retraction in: PLoS One. 2019 Apr 19;14(4):e0215980.
  2. Role of senescence and mitotic catastrophe in cancer therapy.
    Singh R, George J, Shukla Y.
    Cell Div. 2010 Jan 21;5:4. doi: 10.1186/1747-1028-5-4. Retraction in: Cell Div. 2012;7:15.
  3. Theaflavins induced apoptosis of LNCaP cells is mediated through induction of p53, down-regulation of NF-kappa B and mitogen-activated protein kinases pathways.
    Kalra N, Seth K, Prasad S, Singh M, Pant AB, Shukla Y.
    Life Sci. 2007 May 16;80(23):2137-2146. doi: 10.1016/j.lfs.2007.04.009. Epub 2007 Apr 21. Retraction in: Life Sci. 2019 Feb 15;219:364.

★撤回論文データベース

2019年8月3日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)を検索すると、3論文がヒットし、3論文が撤回されていた。Retraction Watch Databaseの上右「Nature of Notice」の右にチェックを入れ、「Retraction」にすると、撤回論文(数)が表示される。

★パブピア(PubPeer)

2019年8月3日現在、「パブピア(PubPeer)」はヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)の43論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.

また、「(Yogeshwer Shukla) OR (Y Shukla)」で検索すると、コメントは50論文になった:PubPeer – Search publications and join the conversation.

●7.【白楽の感想】

《1》防ぐ方法

ヨゲシュヴェル・シュクラ(Yogeshwer Shukla)は、17歳で大学を卒業し、24歳で研究博士号(PhD)を取得した天才である。35年間の研究人生のすべてをインド毒性学研究所で過ごしている。外国にポスドクに行ったわけではないし、外国での研究発表も少ししかしていない。つまり、インドで純粋培養された研究者である。

パブピアは、2004年から2018年(40-54歳)の15年間に出版した50論文にデータねつ造を指摘した。推定だが、20歳代の研究キャリアの初期からネカトをしていたと思われる。インド毒性学研究所の前所長・現所長もネカト調査されていることから、研究公正の倫理観は薄く、ネカトをして研究者として昇進することがこのインド毒性学研究所の研究風土なのだろう。

そういう状況で、どうするとネカトを防げるか?

インド毒性学研究所の内部からはとても無理だろう。

マスメディアが批判し、それを受けた国民と政府が改革に立ち上がるしか道はないように思えた。

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https://journosdiary.com/2019/05/31/73-papers-pubpeer-indian-institute-of-toxicology-research/
https://www.facebook.com/csiriitr/photos/pcb.1745529508833552/1745527318833771/?type=3&theater

●9.【主要情報源】

① 2019年6月3日のアムリットB.L.S(Amrit B.L.S.)記者の「Wire」記事:CSIR Institute Under Scanner for Publishing Papers With Duplicate Images
② 2019年4月22日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Maybe combining red wine and tea doesn’t kill tumors after all – Retraction Watch
③ 2019年5月29日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログYogeshwer Shukla’s toxic career of Ayurvedic infusions – For Better Science、(保存版)
④ 2019年5月31日のプラサド・ラヴィンドラナート(Prasad Ravindranath)記者の「Science Chronicle」記事:With 73 problematic papers listed on Pubpeer, Indian Institute of Toxicology Research has a serious problem – Science Chronicle、(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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