ランジート・チャンドラ (Ranjit Chandra)(カナダ)改訂

2018年6月3日掲載。

ワンポイント:インドで生れ育ち、カナダのニューファンドランド・メモリアル大学(Memorial University of Newfoundland)・教授に就任し、栄養免疫学で2回もノーベル賞候補になった世界的権威になった。1989年(51歳)、カナダで最高位の勲章であるカナダ勲章も受賞した。ところが、1989年(51歳)、チャンドラ研究室の主任助手マリリン・ハーヴェイ(Marylin Harvey)にデータねつ造だと告発された。この時、大学は事件をうやむやにしてくれた。2001年、1989年とは別の論文で、ペンシルバニア大学・心理学のソール・スターンバーグ(Saul Sternberg)教授とカリフォルニア大学・バークレー校のセス・ロバーツ(Seth Roberts)教授にデータねつ造だと告発された。チャンドラは危険を察し、ニューファンドランド・メモリアル大学を辞職し、インドに帰国した。損害額の総額(推定)は50億円(当てずっぽう)。

この事件は、白楽指定の重要ネカト事件である:カナダ最高の科学者がネカトで地に落ちた急展開がドラマティックである。一度大学がウヤムヤにした事件を掘り起こしたテレビ番組が優れている。メモリアル大学は最初の告発者のハーヴェイの行動に敬意を表して、「研究倫理の重要性を認識するためのマリリン・ハーヴェイ賞(Marilyn Harvey Award )」を創設した。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

141022 chandra_ranjit_file[1]ランジート・チャンドラ(Ranjit Kumar Chandra、写真出典(リンク切れ))は1938年2月2日にインドで生まれ、インドで医師免許取得後、英国に留学した。1974年(36歳)、カナダのニューファンドランド・メモリアル大学(Memorial University of Newfoundland)・教授に就任し、栄養免疫学で大活躍し、世界的権威になった。

2回もノーベル賞候補になり、200報以上の原著論文、22冊の著書、世界中から120以上の受賞をしえている。WHO、Health Canada、米国NIH、米国・科学アカデミー、インド医学研究カウンシルなどのコンサルタント、1997年モントリオールで開催の国際栄養学会の会長、など錚々たる研究業績・受賞歴・役職・肩書がある。

141022 intro1[1]1989年(51歳)、カナダで最高位の勲章であるカナダ勲章・「Officer of the Order of Canada」を受賞した(毎年最大64名受賞)。写真(出典)は、カナダ勲章の授与式でカナダ総督・レイ・ナティシン(Ramon John Hnatyshyn)(右)と握手するチャンドラ(左)。

その栄光のさなかの1989年(51歳)、屈辱的なことに、チャンドラ研究室の主任助手マリリン・ハーヴェイ(Marylin Harvey)にデータねつ造だと告発された。

ニューファンドランド・メモリアル大学の調査委員会はチャンドラに不正があるとしたが、チャンドラに大学の偏見を裁判に訴えると脅され、調査をうやむやにし、公表しなかった。この時、結局、チャンドラは処分されなかった。

12年後の2001年(62歳)、今度は、「Nutrition」誌に発表したばかりの「2001年のNutrition」論文がデータねつ造だと告発された。

翌2002年(63歳)、チャンドラは危険を察し、ニューファンドランド・メモリアル大学を辞職し、インドに帰国した。インドで、ビタミン会社・Javaanを経営し、裕福な生活を送っている(2003年 Javaan: Making quality nutritional products based on years of medical research in nutrition and immunology)。

2005年(66歳)、「2001年のNutrition」論文が撤回された。

2015年12月3日(77歳)、カナダ勲章は終了した(実質上、はく奪された)。Canada Gazette – GOVERNMENT HOUSE

2016年1月30日(77歳)、「1992年のLancet論文」が撤回された。(Retraction—Effect of vitamin and trace-element supplementation on immune responses and infection in elderly subjects – The Lancet

141022 IIC_MUN[1]写真:ニューファンドランド・メモリアル大学(Memorial University of Newfoundland)のBruneau Centre for Research and Innovation, 出典

  • 国:カナダ
  • 成長国:インド
  • 医師免許(MD)取得:英国、聖マリー病院医科大学
  • 研究博士号(PhD)取得:なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:1938年2月2日
  • 現在の年齢: 80歳
  • 分野:栄養免疫学
  • 最初の不正論文発表:1989年
  • 発覚年:1989年(51歳)
  • 発覚時地位:ニューファンドランド・メモリアル大学・教授
  • ステップ1(発覚):①1989年。第一次追及者はチャンドラ研究室の主任助手マリリン・ハーヴェイ(Marylin Harvey)がデータねつ造に気が付き大学に通報した。②2001年。1989年とは別の論文。ペンシルバニア大学・心理学のソール・スターンバーグ(Saul Sternberg)教授とカリフォルニア大学・バークレー校のセス・ロバーツ(Seth Roberts)教授がデータねつ造に気が付き大学に通報した
  • ステップ2(メディア):CBCテレビのドキュメンタりー、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ニューファンドランド・メモリアル大学・調査委員会。1回目。調査期間は1989年~1994年、5年間。②ニューファンドランド・メモリアル大学・調査委員会。2回目。調査期間は2001年~2002年
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:調査なし発表なし(✖)
  • 不正:データねつ造
  • 不正論文数:問題論文は10数報。撤回論文数は3報
  • 時期:キャリアの初期から(推定)
  • 損害額:総額(推定)は105億6400万円(当てずっぽう)。内訳 → カナダ最高の科学者がネカトで地に落ちた事件なので、損害を50億円とした(当てずっぽう)。
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を辞職(Ⅹ)。インドに帰国
  • 処分:①大学を辞職。②カナダ勲章のはく奪。
  • 日本人の弟子・友人:不明

141022 1写真、チャンドラ研究室で19~28年働いた部下たち。チャンドラ(左から2人目)。出典

●2.【経歴と経過】

ウェブサイト情報が多数削除された(主な出典:Dr. R.K. Chandra)。

  • 1938年2月2日:インドで生まれる
  • 19xx年(xx歳):インドのパンジャブ大学(Punjab University)を首席で卒業
  • 19xx年(xx歳):インドの最優秀大学の1つである全インド医科大学(All-India Institute of Medical Sciences)(ニューデリー)を卒業し、医師免許取得
  • 1968年(30歳):英国・ロンドンの小児健康研究所(Institute of Child health)のポスドク。英国・ロンドンのグレート・オーモンド・ストリート病院(Great Ormond Street Hospital)のジョン・スットヒル(John Soothill)研究室のポスドク
  • 1974年(36歳):カナダのニューファンドランド・メモリアル大学・教授
    141022 photo1[1]
    http://web.archive.org/web/20120313225717/http://www.drrkchandra.com:80/intro.html
  • 1980年代後半(50歳前後):栄養免疫学での世界的名声は確立していた。このころから不正研究を始める
  • 1989年(51歳):カナダ勲章・「Officer of the Order of Canada」を受賞
  • 1989年(51歳):不正が内部告発され、ニューファンドランド・メモリアル大学・調査委員会が調査を開始する
  • 1994年(56歳):ニューファンドランド・メモリアル大学の調査委員会はチャンドラに不正があるとしたが、それを公表しなかった。チャンドラは処分されなかった
  • 1997年(59歳):モントリオールで開催の国際栄養学会・会長
  • 2001年(63歳):データねつ造とされる論文を「Nutrition」誌に発表
  • 2002年夏(64歳):調査の切迫を感じ、ニューファンドランド・メモリアル大学・教授を辞職し、インドに帰る。以後、現在までインド在住
  • 2003年(65歳):インドのJavaan Corporationの経営者(2003年 Javaan: Making quality nutritional products based on years of medical research in nutrition and immunology.
  • 2005年(66歳):「2001年のNutrition」論文が撤回
  • 2015年12月3日(77歳):カナダ勲章が終了(実質上、はく奪)
  • 2016年1月30日(77歳):「1992年のLancet論文」が撤回

●3.【動画】

【動画】
CBC News: The Nationalが制作放映した動画:「チャンドラ博士の秘密の生活(The Secret Life of Dr. Chandra ) – YouTube」の3部作。
CBC News: The National が2011/01/05 に公開
第一部は(英語)25分49秒

第二部は(英語)19分52秒

第三部は(英語)13分25秒

●5.【不正発覚の経緯と内容】

ヘルケ・フェリー(Helke Ferrie、写真出典)の記事と「The National」記事によると、不正発覚の経緯は以下のようだ。
→ 2006年4月1日のヘルケ・フェリー(Helke Ferrie)記者の「Vitality」記事:Medical Research Fraud | Vitality Magazine | Toronto Canada alternative health, natural medicine and green living
→ 2006年1月30日の「The National」記事:The Secret Life of Ranjit Chandra

発覚した不正をまとめると3つになる。

  • ①アレルギーを低下させる粉ミルクの成分・製法が虚偽だった。その成分・製法で作った粉ミルクを赤ん坊に与えていた消費者を20年以上もだましていた。
  • ②架空データをねつ造し、いくつかの食品企業から巨額のお金を得、挙句は、データねつ造が発覚しそうになると、そのカネをもってスイスに逃亡した。
  • ③マルチ・ビタミン(総合ビタミン剤)を摂ると老人は痴呆にならないという虚偽の論文を「Nutrition」誌に発表した。

【粉ミルクのデータねつ造事件】

上記不正の①と②に該当する。
この節の人物写真の出典は断らないかぎり → ココ

141022 1305852300145[1]141022 isomil_2_400g[1]1980年代、世界の食品産業は北米の粉ミルク市場の獲得で熾烈な競争をしていた。欧州のネスレ社(Nestlé、スイスの世界最大の食品・飲料会社)が製品「グッド・スタート(Good Start)」(写真左)を作っていた。

141022 ROS57539_4[1]一方、米国のロス・ファーマシューティカルズ社(Ross Pharmaceuticals、現在は米国のアボット社)がアイソミル(Isomil)とシミラック(Similac)を作っていた(写真右)。

1980年代は、それらの商品が北米の粉ミルク市場を両企業が2分する争いを始めるところだった。

両企業とも、成分・製法が赤ん坊のアレルギーを引き起こさない(むしろ低下させる)ことを示す証拠が欲しかった。

141022 image002[1]1988年(50歳)、ロス・ファーマシューティカルズ社の臨床研究担当のマーク・メイサー(Mark Masor)がチャンドラに研究を依頼した。マーク・メイサーは、「幼児期の免疫発達に及ぼす食品の研究で、チャンドラは世界的な名声を得ていて、仕事も早い」と述べている。

141022 nl-harvey-marilyn-200602b[1]チャンドラ研究室の主任助手マリリン・ハーヴェイ(Marylin Harvey、看護師、写真出典)は、新生児の両親がアレルギー持ちで、ロス・ファーマシューティカルズ社の研究に協力しても良い新生児を288人見つけなければならなかった。

マリリン・ハーヴェイは、「セント・ジョン(人口69,661人)ほどの小さな街で、それはとても困難でした。週40時間働き、さらに平日の夜も休日も探しました。2年間は、まるで、週7日、1日24時間働いていた気がします」と述べている。

そうこうするうちに、ネスレ社は北米市場に粉ミルクの「グッド・スタート(Good Start)」を進出させようと画策していた。

ロス・ファーマシューティカルズ社は、米国・食品医薬品局(FDA)から早く結果を提出するようにとの圧力が日増しに強くなるのを感じていた。

1988年暮れ(50歳)、ネスレ社もチャンドラを雇い、北米での市場開拓を開始し始めた。

チャンドラは両方の企業からお金をもらっていたことになる。しかし、その時点で、チャンドラがロス・ファーマシューティカルズ社から請け負った研究はほとんど進んでいなかった。

翌・1989年の夏(51歳)、マリリン・ハーヴェイが臨床研究に必要な新生児の4分の1しか集められていなかった時点で、ナント、チャンドラはネスレ社向けの「1989年のBMJ」論文(あるいは「1989年のAnn Allergy」論文)を発表したのである。

マリリン・ハーヴェイは、ネスレ社向けの論文を知って、とても驚いた。というのは、論文に記載している数の新生児は集まっていなかったので、完全な架空データだからだ。「チャンドラは、データを集める前に、データを分析し発表していたのです」。

マーク・メイサー(Mark Masor)は、当然のことながらネスレ社向けのネスレ社向けの論文を詳細に読んだ。そして、ネスレ社がロス・ファーマシューティカルズ社の臨床研究結果と比較しているくだりに大きな疑問を抱いた。

ロス・ファーマシューティカルズ社の担当者である自分は、ネスレ社から臨床研究結果を教えてほしいと依頼されたことがなかった。ネスレ社がロス・ファーマシューティカルズ社の臨床研究の結果を知っているハズがない。何か異常なことが起こっていると感じた。

それだけではなかった。

驚いたことに、チャンドラは、第3の企業・ミード・ジョンソン社(Mead Johnson)の粉ミルク用の成分・製法の論文も発表した。

もっと赤ん坊が欲しい! http://www.cracked.com/article_16696_the-6-ballsiest-scientific-frauds-people-actually-fell-for.html

そこには、さらに200人以上の赤ん坊の臨床研究が必要だった。

3社の臨床研究を合わせると700人以上の赤ん坊である。そして、ミード・ジョンソン社用論文での赤ん坊はマリリン・ハーヴェイが集めたことになっていて、謝辞にマリリン・ハーヴェイの名前が載せてあった。

マリリン・ハーヴェイは、「自分は700人以上の赤ん坊を集めていない。研究室の他の人が集めたのだろうか? 謝辞にマリリン・ハーヴェイの名前があるし、それは、ない。あり得ない」と思った。

さらに、論文は、ネスレ社とミード・ジョンソン社の成分・製法は、赤ん坊のアレルギーを低下させるが、ロス・ファーマシューティカルズ社の成分・製法は、赤ん坊のアレルギー低下に何の影響もしないと報告していた。

ロス・ファーマシューティカルズ社のマーク・メイサーは、チャンドラに詰め寄った。

「チャンドラ博士、私たちはあなたと一緒に研究計画を立てました。あなたと一緒に計画したのだから、あなたは充分に研究できたハズです。どうしてわが社の粉ミルクは赤ん坊のアレルギーを低下させることができない成分・製法なのですか?」

チャンドラは、「さてと、実際には、あなたの会社から、充分な研究資金を、私はいただいておりませんでした。充分な研究を行なうには、もっとお金を払ってください」と、お金を要求してきたのだ。

また、さらに驚くことに、データをねつ造したのに、チャンドラは、5年の追跡調査の研究費をネスレに要求した。

それを知るにおよんで、チャンドラ研究室の主任助手マリリン・ハーヴェイは、大学にデータねつ造を通報しようかどうか苦悶した。

141022 image005[1]悩んだ末、彼女は、上司・チャンドラを大学に告発した。

メモリアル大学は調査委員会を設置し、3か月調査をした。調査は極秘で行なわれ、関係者にはかん口令が敷かれ、報告書は公表されなかった。

それから何年も経った。

2006年1月30日(67歳)、カナダのテレビ局CBCは「チャンドラ博士の秘密の生活(The Secret Life of Dr. Chandra )」を放映した。

番組作成の過程でなんとか入手したメモリアル大学調査委員会報告書は、1994年の作成と記されていた。

その1994年の報告書に、「調査委員会は、チャンドラ論文の共著者は、実際は、ほとんど何も研究していないか、全く何も研究していなかった事実を見つけました。つまり、研究を実施した人を見つけられませんでした」とあった。

研究実施者がいないということは、つまり、研究しないで論文を書いたデータねつ造だということだ。調査委員会は「チャンドラ博士は不正研究をした」と結論していた。

141022 image006[1]しかし、そのことをメモリアル大学副学長・ジャック・ストロウブリッジ(Jack Strawbridge)に質問すると、逡巡しながら答えてくれた。

「大学は事件を放棄しました。というのは、チャンドラが大学の偏見を裁判に訴えると大学を脅したからです。大きな裁判になれば、大学は、評判を落とし、財政的に苦しくなると予想しました」と答えている。

結局、大学はチャンドラの脅しに負けて、頭を砂に突っ込み、何も公表しなかったのである。

【マルチ・ビタミンのデータねつ造事件】

最初に述べた不正の③に該当する。
この節の人物写真の出典は断らないかぎり → ココ

2000年秋(62歳)、粉ミルクのデータねつ造事件とは別の事件が発生した。

チャンドラは、ニューファンドランドの96人の老人の記憶機能を研究し、マルチ・ビタミン(総合ビタミン剤、彼の製品)を毎日摂るだけで、96人の老人は、ひどい痴呆からに完全に正常な状態に1年以内で回復した、という論文原稿を作成した。

2000年10月(62歳)、チャンドラはその原稿を英国の医学雑誌(「British Medical Journal」)に投稿した。原稿を査読した2人の審査員は、データの異常さに疑念を抱き、ネカト研究に違いないと、編集長に伝えた。「British Medical Journal」誌は、チャンドラが審査員の疑念に答える生データを提出しない限り、論文を出版しないと伝えた。

「British Medical Journal」編集長はチャンドラのネカト行為を調査するようにメモリアル大学に正式に要求した。しかし、メモリアル大学はこの時も、何もしなかった。

2001年8月(63歳)、ところが、ナント、チャンドラは、「British Medical Journal」誌に出版するのをあきらめ、同じ内容の論文を「Nutrition」誌の9月号、17巻:709-712ページに出版した。「Nutrition」誌のアホな審査員は不正研究を見抜けず、2001年4月13日、掲載を認めてしまったのだ。

2001年8月21日(63歳)、チャンドラのマルチ・ビタミン(総合ビタミン剤)が、老人の記憶機能に劇的な改善をもたらしたという研究結果は、非常にセンセーショナルだったので、ニューヨーク・タイムス紙のジェーン・ブロディ記者(JANE E. BRODY)が新聞記事にした(PERSONAL HEALTH; Nutrition a Key to Better Health for Elderly – New York Times)。

同じように強い興味を持った人に、ペンシルバニア大学・心理学のソール・スターンバーグ(Saul Sternberg)教授とカリフォルニア大学・バークレー校のセス・ロバーツ(Seth Roberts)教授がいた。2人の教授は、データを解析し、論文は、ありえないほどデータがそろった研究結果だと判定した。141022 image008[1]

写真:セス・ロバーツ(Seth Roberts)教授(左)、ソール・スターンバーグ(Saul Sternberg)教授(右)

チャンドラの論文をさらに綿密に分析すると、老人の記憶障害が回復したとの結果だが、実は、老人は、研究の最初から完全に健康だったことがわかってきた。

2001~2年、メモリアル大学はチャンドラの研究に対する2回目ネカト調査を始めた。

2002年(64歳)、すると、チャンドラは、危険を察して、スイスへ急いで立ち去り、インドに行った。

2005年(67歳)、「2001年のNutrition」論文が撤回された。

2018年5月30日現在、チャンドラの1992年以降の全論文が疑惑の中にある。イヤ、もっと以前の論文も怪しいかもしれない。

【事件のその後】

★CBC制作のテレビ番組

「3.【動画】」に示したが、2006年1月30日(67歳)、カナダのテレビ局CBCは「チャンドラ博士の秘密の生活(The Secret Life of Dr. Chandra )」を放映した。

第一部を以下に再度貼り付けよう。

チャンドラは、このドキュメンタリー番組が事実と異なり、名誉棄損に当たるとして、CBC局を被告に裁判に)訴えた。

2015年7月31日(77歳)、オンタリオ州高等裁判所(Ontario Superior Court of Justice)はチャンドラの訴えを棄却した。
→ 2015年7月31日の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Nutrition researcher Chandra loses libel case against CBC – Retraction Watch at Retraction Watch)。
→ 2015年8月31日付け裁判記録:CanLII – 2015 ONSC 5303 (CanLII)

2015年11月(77歳)、裁判所は裁判費用として160万カナダドル(約1億6千円)をテレビ局CBCに支払うようチャンドラに命じた。

★マリリン・ハーヴェイ(Marylin Harvey)

141022 nl-harvey-marilyn-200602b[1]写真を再掲するが、チャンドラ研究室の主任助手で看護師のマリリン・ハーヴェイ(Marylin Harvey、写真出典)がチャンドラのデータねつ造に気が付き、1989年、大学に最初に通報した。

この時、メモリアル大学は調査をしたのだが、大学の偏見を裁判に訴えるとチャンドラに脅され、大学は事件をうやむやにした。このことは当時伏せられていた。

メモリアル大学は、公式には、ハーヴェイの主張に根拠がないと主張を退けた。

2007 年、ハーヴェイの主張に根拠がないと主張し、看護師としての評判を傷つけられたとして、ハーヴェイはメモリアル大学を裁判に訴えた。
→ 2007 年5月15日記事:Did nothing to harm Chandra researcher’s reputation: MUN – Nfld. & Labrador – CBC News

白楽は裁判の結果を把握していないが、以下の事実から、ハーヴェイが勝訴したのだと思う。

2014年(?)、メモリアル大学はハーヴェイの行動に敬意を表して、「研究倫理の重要性を認識するためのマリリン・ハーヴェイ賞(Marilyn Harvey Award )」を創設した。
→ Marilyn Harvey Award to Recognize the Importance of Research Ethics | Awards and Honours | Memorial University of Newfoundland

2014年、社会学者のラリー・フェルト(Larry Felt)が最初の受賞者になっている。
→ 2015年2月18日記事:Dr. Larry Felt named the recipient of the Marilyn Harvey Award to Recognize the Importance of Research Ethics | News | Research | Memorial University of Newfoundland

★オンタリオ州医師会とオンタリオ州健康保険局

以下は2017 年12月14日の記事による → Doc found guilty of ripping off $2M from OHIP | Toronto Sun

2017年2月(79歳)、カナダ・オンタリオ州はチャンドラの医師免許を保留扱いにした。

2017年12月(79歳)、オンタリオ州医師会・懲罰委員会(オンタリオ内科外科カレッジ医院、College of Physicians and Surgeons of Ontario)(「カレッジ」とあるが「大学」ではないらしい)は、チャンドラが違法行為をしたと結論づけた。
→ | 2017 – 12 – 20 Discipline Committee Decisions | 2017 | News Releases | What’s New | College of Physicians and Surgeons of Ontario

チャンドラ は、2012 - 2016年渡り、OHIP(Ontario Health Insurance Plan:オンタリオ州健康保険局)をダマし、200万カナダドル(約2億円)以上、治療していない患者の医療費を不当に得ていた。

チャンドラ は、インドに住んでいてカナダには住んでいない。不正を否定しているが20万カナダドル(約2千万円)を既に返納している。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

2018年5月30日現在、パブメドで、ランジート・チャンドラ(Ranjit Chandra)の論文を「Ranjit Chandra[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003年~2009年の7年間の10論文がヒットした。

「Chandra RK[Author] 」で検索すると、1962~2018年の57年間の469論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者の論文ではない論文が多いと思われる。

2018年5月30日現在、「Chandra RK[Author] AND Retracted」で検索すると、1989~2001年の3論文がヒットした。2番目の「1992年のLancet」論文は24年後の2016年に撤回、3番目の「1989年のBMJ」論文は26年後の2015年に撤回と、撤回がメチャクチャ遅い。

  1. Effect of vitamin and trace-element supplementation on cognitive function in elderly subjects.
    Chandra RK.
    Nutrition. 2001 Sep;17(9):709-12. Retraction in: Meguid MM. Nutrition. 2005 Feb;21(2):286.
    PMID:11527656
  2. Effect of vitamin and trace-element supplementation on immune responses and infection in elderly subjects.
    Chandra RK.
    Lancet. 1992 Nov 7;340(8828):1124-7. Retraction in: Lancet. 2016 Jan 30;387(10017):417.
    PMID:1359211
  3. Influence of maternal diet during lactation and use of formula feeds on development of atopic eczema in high risk infants.
    Chandra RK, Puri S, Hamed A.
    BMJ. 1989 Jul 22;299(6693):228-30. Erratum in: BMJ 1989 Oct 7;299(6704):896. Retraction in: BMJ. 2015;351:h5682.
    PMID:2504375

★パブピア(PubPeer)

2018年5月30日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ランジート・チャンドラ(Ranjit Chandra)の3論文にコメントしているPubPeer – Search publications and join the conversation.

●7.【白楽の感想】

《1》動機

141022 mehfil1989年にチャンドラ研究室の主任助手マリリン・ハーヴェイがチャンドラの不正行為を大学に告発する前に、チャンドラは、すでに著名な研究成果をあげ、その分野の世界的権威だった。不正の動機はなんだったのだろうか?

伝えられるところによれば、チャンドラの動機はカネだったと言われている。彼はもらえるカネは誰からでも喜んで受け取ったといわれている。つまり、欲望が嘘をもたらしたと(ヘルケ・フェリーの記事)。

そうだろうか?

50歳前後で、すでのその分野の世界的権威となり、数々の賞ももらった。そういう研究者が、研究費でも私的にでも、本当にカネを欲しがるだろうか? カネは使い切れないほど手にしていたに違いない。では、特定の研究課題に、自分の時間・エネルギー・能力を使った対価として何をしてほしいか?

地位・賞・名声も手に入れていた。一方、自分の時間・エネルギー・能力を使ったことで、企業は莫大なカネが手に入る。それなら、私もカネを要求しよう、というように、金銭欲というより、単なる成り行きで要求したのではないか。

また、臨床研究対象者が288人必要なところ、数十人しか集まらない時、その分野の世界的権威がカネを目的に、架空の人をでっちあげて論文を書くだろうか? それは「ない」だろう。

研究者が自分の研究能力の高い評判を維持したいために、自分の矜持のために、「できませんでした」と言えずに、研究人生の成り行きでデータねつ造をしたのだろう。

ただ、この時期、離婚している。離婚理由はわからないが、不倫関係があったのだろうか? 色恋沙汰で旧悪が露呈したのだろうか?

いずれにせよ、離婚訴訟で、チャンドラは世界中の120銀行口座に200万ドル(約2億円)の預金を持っていることが表面化したとある(The 6 Ballsiest Scientific Frauds (People Actually Fell For) | Cracked.com)。

その200万ドル(約2億円)のカネは、ねつ造論文で得たカネだと非難されている。しかし、名声と地位を考えれば、正当な収入で、その程度の資産を築いても不思議はない。それに、研究費を自分の個人的資産にまわして2億円も蓄財するのは、現実には困難だと思う。

《2》ネカトはいつから?

チャンドラの研究は、食品が小児の免疫発達に及ぼす影響の研究である。200人規模の臨床研究とはいえ、小児の健康は地域に依存するし、生活レベルの変化、社会変化、育てかたの変化など、時代とともにも変化する。結果の追試性を厳密に要求できない研究領域である。

また、データがイイカゲンでも、毒物が混入していなければ、患者が死ぬという分野ではない。ねつ造データでも、製品が造れないという分野でもない。粉ミルクの成分・製法の効能は、厳密性が問われない。

チャンドラは、1つの企業の臨床研究対象者が数十人しか集まらない時、架空の臨床研究対象者をでっちあげて論文を書いた。そして、他に2つの企業の研究計画も引き受けた。さらに、5年の追跡調査の研究費を要求する書類も書いた。チャンドラは、データねつ造に戸惑いがないように思われる。量的にみて、ねつ造はヤリスギだ。

2001年論文の不正の発覚は、データがきれいすぎるために、同じ分野の研究者が異常を感じている。つまり、質的にみても、ねつ造はヤリスギだったのだ。

撤回論文は1報だが、問題視されている論文は2桁の数ある。

チャンドラは、30歳の時、英国・ロンドンのグレート・オーモンド・ストリート病院(Great Ormond Street Hospital)のジョン・スットヒル教授(John Soothill)の研究室でポスドクをした。ジョン・スットヒル教授は小児免疫学という新しい領域の権威である。60歳で退職したが、弟子のうち30人以上が教授になっている。3人が大学学長まで出世した。

チャンドラの60歳の誕生日パーティで、ジョン・スットヒル教授は彼をとても優秀なポスドクだったと評している。こういう評価は社交辞令だから、あまりまともに受け取らない方が良いかもしれないが・・・、チャンドラは優秀だったのだろう。頭脳もさることながら、誕生日パーティに多数の著名人がお祝いにかけつけてくれるのだから、他人に好かれる社交性、好感度は抜群だったに違いない。

それで、白楽の推定である。

チャンドラは、研究キャリアの初期から「ねつ造・改ざん」をしていたに違いない。これで、論文の多作が理解できる。著名学者・ジョン・スットヒル教授の覚えめでたく、庇護の下にあり、社交性、好感度は抜群だった。これで、出世の早さも理解できる。また、50歳前後の世界的権威がためらいなく、データねつ造論文を発表したのは、彼が身につけた彼の研究スタイルだったと考えれば、それも理解できる。

《3》逆転ホームラン

メモリアル大学は自分たちを裁判で訴えたハーヴェイなのに、その行動に敬意を表して、「研究倫理の重要性を認識するためのマリリン・ハーヴェイ賞(Marilyn Harvey Award )」を創設した。

マリリン・ハーヴェイ賞の創設でメモリアル大学は研究公正に対してしっかりした大学だという評判になる。

メモリアル大学は自分たちの失敗を利用して、見事に好転させた。

日本もどうです。

信州大学に村中璃子賞を設けるとか。

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●8.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Ranjit Chandra – Wikipedia, the free encyclopedia
② ◎2006 年1月30日放映のカナダのテレビ「CBC News」:The Secret Life of Ranjit Chandra(保存版)
③ カリフォルニア大学・バークレー校のセス・ロバーツ(Seth Roberts)教授のランジート・チャンドラ (Ranjit Chandra)事件リスト:The Strange Case of Ranjit Chandra
④ ◎カナダ勲章・「Officer of the Order of Canada」の受賞人物サイトのランジート・チャンドラ (Ranjit Chandra):Dr. R.K. Chandra
⑤ 2006年1月30日の「The National」記事:The Secret Life of Ranjit Chandra (保存版)
⑥ 2016年1月29日以降のランジート・チャンドラ (Ranjit Chandra)に関する「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:Search Results for “Ranjit Chandra” – Retraction Watch
⑦ 旧版:2014年11月3日
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