2017年8月13日掲載。
ワンポイント:残留農薬の測定をする分析会社が起こしたデータ改ざん事件で1990年に発覚した。このデータ改ざんで認可された農薬は少なくとも48種に及んだが、その農薬での死者や健康被害者は報告されていない。1996年、社長のドン・クレイヴン(57歳?)に5年の刑務所刑、クレイヴン分析社に1540万ドル(約15億4千万円)の罰金刑が科された。損害額の総額(推定)は546億5千万円。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.日本語の解説
3.事件の経過と内容
4.白楽の感想
5.主要情報源
6.コメント
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●1.【概略】
残留農薬の測定をする米国・テキサス州オースティンのクレイヴン分析社(Craven Laboratories)が起こしたデータ改ざん事件である。1990年に発覚した。
環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)から農薬使用の認可を得るため、農薬を製造販売する農薬会社は、野菜に残留した農薬量の測定を分析会社に依頼していた。残留農薬量を測らなければ、散布できる農薬量が決められない。
クレイヴン分析社は残留農薬量の測定を請け負っていたのだが、10年間も分析データを改ざんしていた。
このデータ改ざんで認可された農薬は少なくとも48種に及んだが、その農薬での死者や健康被害者は報告されていない。しかし、膨大な人数の健康に悪い影響を与えたことは確実である。
米国では、1976年に発覚した、食品の安全性試験のデータをねつ造・改ざん事件が有名である。バイオテスト工業試験会社が、ねつ造・改ざんしたデータを食品医薬品局(FDA)に提出していたのである。
→ 企業:バイオテスト工業試験会社(Industrial Bio-Test Laboratories Inc.)(米) | 研究倫理(ネカト)
バイオテスト工業試験会社の事件を受けて、米国では、安全性試験の実施基準を示した「グッド・ラボラトリー・プラクティス(GLP:優良試験所規範)」を1979年に制定した。
クレイヴン分析社は、「グッド・ラボラトリー・プラクティス(GLP:優良試験所規範)」制定後に起こった最初の規範違反事件である。
この事件の日本語解説は1つも見つからなかった。
作物に農薬を散布する。写真出典
- 国:米国
- 集団名:クレイヴン分析社
- 集団名(英語):Craven Laboratories Inc.
- 集団の概要:1975年、ドン・クレイヴン(Don Allen Craven、Donald Allen Craven、1939年生まれ?)がテキサス州オースチンに設立した会社。従業員約15人(?)。
- 事件の首謀者:ドン・クレイヴン(Don Allen Craven )社長と14人の従業員
- 分野:化学分析
- 不正開始年:1980年頃?
- 発覚年:1990年
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は農薬会社(モンサント社?)の研究者で、農薬会社の上司に報告した。その農薬会社が環境保護庁(EPA)に報告した
- ステップ2(メディア):
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ): ①環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)。②司法省・環境犯罪部。③オースチン検察局。④裁判所、
- 不正:改ざん
- 不正分析数:少なくとも48種の化学物質(農薬)の分析データ
- 被害(者):死者や健康被害者は報告されていないが、膨大な人数の国民の健康に悪い影響を与えたことは確実である
- 損害額:総額(推定)は546億5千万円。内訳 → ①モンサント社の再分析経費が約6億5千万円で風評被害を含め、被害額を10億円としよう。クレイヴン分析社は262社から分析を依頼されていた。モンサント社を大口取引先と仮定し、他社の被害額は平均で1社あたり2億円としよう。10億円(モンサント社)+2億円x261社=522億円。②米国の残留農薬試験体系の信用失墜と対策に10億円。③裁判経費を1億円。④調査経費(環境保護庁、司法省・環境犯罪部、オースチン検察局)が5千万円。⑤クレイヴン分析社の従業員の人生破滅代を1人1億円(当てづっぽう)。14人=14億円。
- 結末:社長のドン・クレイヴンに5年の刑務所刑、クレイヴン分析社に1540万ドル(約15億4千万円)の罰金刑
●2.【日本語の解説】
なし。
●3.【事件の経過と内容】
米国で農薬の製造販売の許可を得るには、環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)に農産物の残留農薬の測定値が基準以下であることを示す分析データの提出が必要である。
巨大な農薬会社であるモンサント社(Monsanto Company)は、当時、数百の製品の分析をモンサント社自身及び16の分析会社に依頼していた。クレイヴン分析社は16の分析会社の1つだった。
有名な除草剤・ラウンドアップもクレイヴン分析社に分析を依頼していた。
1990年8月、農薬会社(モンサント社?)の研究者がテキサス州オースチンにあるクレイヴン分析社(Craven Laboratories)を訪問した時、意図的なデータ改ざんを含む不適切な行為をしていることを知り、農薬会社の上司に報告した。
クレイヴン分析社は、農薬処理した果物、野菜、穀物などの食品に残留している農薬の分析をしていたが、そのデータ改ざんが発覚したのである。
環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)の農薬・有害物質部門の副部長だったリンダ・フィッシャー(Linda Fisher、写真出典)が、農薬会社から報告を受け、対応した。
フィッシャー副部長は、「われわれが知る限り、環境問題や健康問題はないと考えました。しかし、データ改ざんの報告は重大です。農薬の認可申請書にデータ改ざんがあるのは重大問題です」と述べている。
フィッシャー副部長は、調査員をクレイヴン分析社に派遣した。
調査員は、調査令状を持ち、会社のファイルを押収した。
この時、クレイヴン分析社の従業員は、都合の良い測定値が得られるようにクレイヴン社長が分析装置を加工したと調査員に告白した。
1991年3月1日、環境保護庁(EPA)は、クレイヴン分析社が「農薬の承認を得るために農薬の分析データを改ざんした」件を捜査していると公表した。捜査は、環境保護庁だけでなく司法省・環境犯罪部とオースチン検察局も加わっていた。
食品医薬品局(FDA)は、クレイヴン分析社は、全部で262社の安全性試験を実施し、少なくとも48種の化学物質(農薬)が不正な試験データに基づいて承認されていたと発表した。そのうち28種の化学物質(農薬)は1993年時点でニュージーランドの市場に出回っていた。
分析を依頼していたモンサント社は再度分析を行なうことになり、その経費だけで650万ドル(約6億5千万円)に及んだ。それだけでなく、モンサント社の評判は落ち、活動家がモンサント社の他の分析データも信用できないと主張したので、モンサント社の損害は莫大になった。
★裁判
1992年9月29日、裁判が行なわれ、事件の内容が公表された。
→ 1992年10月1日記事: Pesticide Testing: Texas Lab, President, Employees Indicted on Felony Counts – Google グループ
1994年2月25日、10年以上に渡り、農薬分析データを改ざんしていたことに対して、司法省は社長のドン・クレイヴン(Don Craven、Donald Allen Craven)以下14人の社員を有罪とした。
1996年2月25日、ドン・クレイヴン(57歳?)に5年の刑務所刑、クレイヴン分析会社に1540万ドル(約15億4千万円)の罰金刑を科した。
→ PRESIDENT OF ENVIRONMENTAL TESTING LABORATORY SENTENCED 、(保存版)
●4.【白楽の感想】
《1》ネカトした方が得
社長のドン・クレイヴン(Don Craven)は研究博士号所持者である。記載はないが、多分、化学分析の専門家なのだろう。
となれば、測定値の改ざんは、他の会社が同じ分析をすれば、おかしいとわかるのを承知していたハズだ。
1975年にクレイヴン分析社を設立し、最初からデータ改ざんしていたとは思えない。1990年に発覚するまでには15年間あるが、新聞記事では「10年間以上データ改ざんしていた」とある。しかし、実際は、いつからデータ改ざんしたのかは、改ざんした本人しか、イヤ、本人もわからないだろう。
どの時点からデータ改ざんが始まったかを問わず、分析を依頼した会社は、結局、すべての分析をやり直すことになる。
しかし、ドン・クレイヴンがどうしてデータ改ざんをしたのか、記事からはわからない。
白楽が推察するに、分析すべき仕事量が増えてきて測定が間に合わなくなり、測定が間に合わなった分だけ改ざんをした。これなら、マー、被害は重大ではないかもしれない。
しかし、そうではなく、測定は正確に行なわれていたが、依頼農薬会社が望む測定値ではなかったとしよう。つまり、残留農薬量が基準値を超えていた。その量では、環境保護庁(EPA)から農薬使用の認可が下りない。認可が下りない測定値を依頼主の農薬会社に報告したら、もう分析の依頼が無くなる。
それで、ほぼすべての検体の残留農薬量が基準値以下になるよう数値を改ざんしたのだろう。しかし、チョコチョコ改ざんするのは面倒である。それで、システマチックに残留農薬量が低く出るように測定装置を加工したのだろう。そうなると、人々が口にした果物、野菜には、実際は、基準値以上の農薬が残っていたことになる。
死者や健康被害者の報告はなくても、膨大な人数の健康に悪い影響を与えたことは確実である。
現状のシステムでは、発覚しなければ、データをねつ造・改ざんした方が得である。100%発覚するシステムにしないと、なくならないだろう。
《2》専門家の測定
クレイヴン事件は、昔、米国で起こったインチキ安全性試験の事件である。
日本がこの事件から学ぶことは少ない。と切り捨ててよいだろうか?
現在、日本のあちこちで、同類の測定が行われている。さらに広げれば、権威のある国立・公立試験所が様々な科学的数値を提供している。国民はそれらの数値や判断を疑うことなく信じてよいのだろうか?
例えば、東京都が移転を進めた豊洲市場だが、豊洲市場の安全性試験で、有害物質が検出されなかったり、検出されたりした。人々は測定結果を正しいと想定して議論する。
しかし、ネカト専門家である白楽は、科学技術者が測定するその測定法にバイアスや杜撰さがあるかもしれない。発表した測定値にねつ造・改ざんがあるかもしれない。と思ってしまう。
というのは、データの公正性が保証できるシステムになっていないからだ。測定した人が、数値を少し変えた時、それを100%見つけるシステムになっていない。イヤイヤ、1%(100回の内1回)さえ、見つけるシステムになっていない。
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●5.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Craven Laboratories – Wikipedia
② 1991年3月2日のキース・シュナイダー(Keith Schneider)の「NYTimes」記事:U.S. Seeks to Learn if Tests On Pesticides Were Falsified – NYTimes.com、(保存版)
③ 1991年3月1日の「Moscow-Pullman Daily News」記事: Texas firm probed for residue studies
④ 1992年9月30日の「Victoria Advocate」記事:Austin Lab, president indicted in federal pesticide testing case
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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