2015年4月23日掲載、2025年3月25日更新
ワンポイント:カルガリー大学・準教授だったトスは、2012年暮れ(42歳)、ネカトが指摘された。カルガリー大学は調査の結果、201x年、調査報告書を非公開のまま、クロと発表した。ただ、ネカト実行者は2人の若いテクニシャンでトス本人ではないようだ。2014年3月(44歳)、トスはカルガリー大学・準教授を辞職し、5か月後、バーナビー病院(Burnaby Hospital)の神経科医になり、2025年現在も在職している。9報の論文撤回。国民の損害額(推定)は2億3千万円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
コーリー・トス(Cory Toth、Cory C. Toth、写真
出典、リンク切れ)は、カナダのカルガリー大学(University of Calgary)・準教授・神経科医師で、カルガリー慢性疼痛センタークリニック(Calgary Chronic Pain Centre Clinic)の研究部長だった。専門は神経科学である。
2012年暮れ(42歳)、学術誌・編集者が、トスの投稿論文にデータねつ造・改ざんを見つけ、カルガリー大学に通報した。
カルガリー大学は調査委員会(第一次)を設け、調査を始めた。
調査の結果、投稿論文にネカトがみつかり、投稿を撤回させた。既に発表した論文の1つにも研究ネカトが見つかった。
その後、さらに、上記以外の論文にもネカトが指摘され、カルガリー大学は第二次調査委員会を設置した。
結局、201x年、カルガリー大学は調査報告書を非公開のまま、トスのクロを発表した。ただ、ネカト実行者は2人の若いテクニシャンでトス本人ではないようだ。
2014年3月(44歳)、トスはカルガリー大学・準教授を辞職し、5か月後、バーナビー病院(Burnaby Hospital)の神経科医になり、2025年現在も在職している。
2人の若いテクニシャンは無処分である。
9報の論文が撤回された。
カルガリー大学医科大学院(University of Calgary Medical School)。写真出典
- 国:カナダ
- 成長国:カナダ
- 医師免許(MD)取得:サスカチュワン大学
- 研究博士号(PhD)取得: なし
- 男女:男性
- 生年月日:1970年x月x日。仮に、1970年1月1日生まれとする
- 現在の年齢:55 歳
- 分野:神経科学
- ネカト論文発表:2008~2013年(38~43歳)の6年間
- ネカト行為時の地位:カルガリー大学・準教授
- 発覚年:2012年(42歳)
- 発覚時地位:カルガリー大学・準教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は学術誌・編集者でカルガリー大学に通報
- ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」、「National Post」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①カルガリー大学・調査委員会(第一次)。2012年暮れ~2013年×月。②カルガリー大学・調査委員会(第二次)。2013年5月~2014年3月。期間:11か月
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:大学は調査したが、ウェブ公表なし・隠蔽(✖)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:9報の論文撤回
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に辞職(Ⅹ)
- 処分:実質上は解雇
- 特徴:①ネカト実行者は当人ではなく2人の若いテクニシャンと思われる。②大学が第一次、第二次とネカト調査委員会を2回も設立した
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は計3億円(大雑把)。カナダ政府からの2億3千万円の研究費+給料+育成費+調査費などで。
●2.【経歴と経過】
主な出典:burnaby-neurology | Cory Toth
- 1970年x月x日:カナダのサスカチュワン州(Saskatchewan)で生まれる。仮に、1970年1月1日生まれとする
- 19xx年(xx歳):サスカチュワン大学(University of Saskatchewan)の物理学・数学の学士号を取得
- 19xx年(xx歳):サスカチュワン大学(University of Saskatchewan)・医科大学院で医師免許取得。その後、研修医
- 2002年(32歳):カルガリー大学(University of Calgary)・神経筋研究室のポスドク。脳波技師資格(EEG)取得。
- 2005年(35歳):カルガリー大学(University of Calgary)・助教授、その後、準教授。筋電図描画法資格(EMG)取得
- 2008~2013年(38~43歳):この6年間の9論文が2013~2014年に撤回された
- 2012年(42歳):不正研究が発覚する。カルガリー大学が調査開始
- 201x年(xx歳):カルガリー大学はクロと認定
- 2013~2014年(43~44歳):9論文が撤回
- 2014年3月(44歳):カルガリー大学(University of Calgary)・準教授を辞職
- 2014年8月(44歳):ブリティッシュコロンビアのバーナビー病院(Burnaby Hospital)の神経科医
- 2025年3月24日(55歳)現在:上記職を維持 → Cory Toth | burnaby-neurology
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
★動画「Investigation finds University of Calgary researchers manipulated data」、(英語)1分49秒。Globalnews が動画で事件を報道(2014年9月9日)。以下のリンクをクリックし、動画画面をクリックすると宣伝ビデオ後に開始する。 → リンク切れ
Investigation finds University of Calgary researchers manipulated data | Globalnews.ca
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2012年暮れ(42歳)、学術誌・編集者が、コーリー・トス(Cory Toth、写真出典、リンク切れ)が投稿した論文原稿にネカトの疑念があるとカルガリー大学に通報した。これを受け、カルガリー大学は調査委員会(第一次)を発足した。
調査の結果、投稿論文に研究ネカトがみつかり、投稿を撤回させた。さらに、既に発表した論文の1つにも研究ネカトが見つかった。
★「2013年のDiabetes.」論文
最初の撤回論文は、2012年にオンラインで公表された以下の「2013年のDiabetes.」論文だ。2014年4月12日に撤回された。 → 撤回公告
- Blockade of receptor for advanced glycation end products in a model of type 1 diabetic leukoencephalopathy.
Diabetes. 19 November 2012 [Epub ahead of print]
N Rincon, K Xu, J Li, JA Martinez, GS Singh, D Han, P Lalli, A Ayer, K Tse, L Rong, AM Schmidt, and CC Toth
Diabetes. 2013 Jan; 62(1): 309.
Published online 2012 Dec 13. doi: 10.2337/db12-0317
論文の図4に不正があったというのだが、図4(以下)をじっくり見ても、白楽は、どの部分が不正なのかわからない。そもそも、図4はA~Kまでの11個の図を集合した大きな図である。
図4のどの部分が不正なのかという撤回監視(Retraction Watch)の質問に、トスは、以下のルクソール・ファースト青像(図4Bの右列)だと答えている。
図4Bの右列は、ラット脳の切片をミエリンを青色に染めるルクソール・ファースト青(Luxol Fast Blue)で染色した組織化学像である。使用した図は別の研究で得た像で、本研究で得たものではないと、トスが説明した。
この「別の研究で得た像」をどこの論文に発表したのか・していないのか、記載がない。もし、発表していなければ、第三者がこの不正を見つけるのはとても難しい。学術誌・編集者はよく見つけました。
★「2012年のMol Pain」論文
別のデータ不正を具体的にみてみよう。
論文は以下の「2012年のMol Pain」論文だ。
- Comparison of central versus peripheral delivery of pregabalin in neuropathic pain states.
Martinez JA, Kasamatsu M, Rosales-Hernandez A, Hanson LR, Frey WH, Toth CC.
Mol Pain. 2012 Jan 11;8:3. doi: 10.1186/1744-8069-8-3.
Retraction in: Mol Pain. 2014;10:20.
図4A と図5が不正だとあるが、図4Aは省略して、図5(以下)を見てみよう。
コチラも、図5のどの部分が不正なのか、図を見てもわからない。多分、ウェスタンブロット像の図5Aのバンドだと推定するが、白楽はわからない。
不正を見抜く人は、なかなかの技量です。
★トスの弁明と調査委員会(第二次)
いずれにせよ、トスは、自分が直接、データねつ造・改ざんをしたのではなく、2人の若いテクニシャンがねつ造・改ざんデータを持ってきた。自分は、それを不正だと見抜けなかっただけだと主張した。
しかし、ネカト論文は2つだけではなかった。カルガリー大学外の研究者が詳細に分析し、他の論文にも研究ネカトがあるとカルガリー大学に指摘した。
それで、2013年5月(43歳)、カルガリー大学は再び調査委員会(第二次)を設立した。
2014年3月(44歳)、カルガリー大学は調査を終え、報告書を公表した。「トスは、彼のラボから出るデータを適切に監督していなかった」。「結果として、トスに研究公正違反があった」と結論した。
カルガリー大学・調査委員会は、トスの研究公正違反を以下の4点としている。
- トスは、2人の若いテクニシャンの監督が不十分だった。
- トスは、2人の若いテクニシャンが問題だとの信号を発せられていたのに、対処しなかった。
- トスは、得られたデータを適切に記録するようテクニシャンに指導できていなかった。
- トスは、改ざんされた図を含む論文原稿を学術誌に投稿した。
これらはトスの研究公正違反である。トスは、自分の非を認め、論文撤回を認めた。また、過去の図を加工して再発表(self-plagiarism)(基本的には、盗用に該当)したことも認めた。
2人の若いテクニシャンが、トスの関知しない間にデータを操作して彼に提出したとのトスの主張を、委員会は確認できなかった。
しかし、テクニシャンがねつ造・改ざんしたかどうかにかかわらず、研究室の研究結果を適正に監督・管理できなかったのは、研究室主宰者であるトスに責任がある、とした。
トス(写真出典)は、研究ネカトが自分の下で起こったことを謝罪し、後悔し、恥ずかしく思うと述べている。
さらに、トスは、今後、科学界で論文を出版しないとも、述べた。[白楽注:その後も論文を出版した]
トスは、カナダ政府から、9年間に230万カナダ・ドル(約2億3千万円)の研究費助成を受けていた。
データねつ造・改ざんで、結局、9報の論文を撤回した。
★その後の人生
カルガリー大学を辞職したあと、トスは大きな病院(バーナビー病院)の神経科医として勤務している。
2025年3月24日(55歳)現在も上記職を維持している。 → Cory Toth | burnaby-neurology
患者(左)を診断するトス(右)、写真出典、リンク切れ。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
上記したので省略。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2025年3月24日現在、パブメド(PubMed)で、コーリー・トス(Cory Toth、Cory C. Toth)の論文を「Cory Toth[Author] NOT Toth CA[Author」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2018年の17年間の86論文がヒットした。
2025年3月24日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、2008~2012年の6論文が撤回されていた。
最新(2012年)の論文。
- Comparison of central versus peripheral delivery of pregabalin in neuropathic pain states.
Martinez JA, Kasamatsu M, Rosales-Hernandez A, Hanson LR, Frey WH, Toth CC.
Mol Pain. 2012 Jan 11;8:3. doi: 10.1186/1744-8069-8-3. Retraction in: Mol Pain. 2014;10:20.
最古(2008年)の論文。
- Receptor for advanced glycation end products (RAGEs) and experimental diabetic neuropathy.
Toth C, Rong LL, Yang C, Martinez J, Song F, Ramji N, Brussee V, Liu W, Durand J, Nguyen MD, Schmidt AM, Zochodne DW.
Diabetes. 2008 Apr;57(4):1002-17. Epub 2007 Nov 26. Retraction in: Diabetes. 2014 May;63(5):1817.
なお、次項で示す撤回監視データベースでは、撤回論文数は9報である。
★撤回監視データベース
2025年3月24日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでコーリー・トス(Cory Toth、Cory C. Toth)を「Toth, Cory C」で検索すると、2008~2013年に出版された9論文が、2013~2014年に撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2025年3月24日現在、「パブピア(PubPeer)」では、コーリー・トス(Cory Toth、Cory C. Toth)の論文のコメントを「”Cory Toth”」で検索すると、1論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》40代の準教授
コーリー・トス(Cory Toth、Cory C. Toth)は35歳でカルガリー大学の助教授になり、すぐに準教授になった。38歳で最初のねつ造・改ざん論文を発表した。研究室を主宰し、安定した職を得て2~3年経ち、研究室も落ち着いてきた頃で、将来が夢と希望に満ち溢れ、研究人生が充実していた時期と思われる。
その状況で、研究者はデータねつ造・改ざんをするだろうか?
トスが述べているように、2人の若いテクニシャンが提出したデタラメなデータを精査しないで論文に使用した可能性が高い。
と言っても、もちろん、データを精査するのはボスの責任である。院生・ポスドクに比べ、若いテクニシャンは特に研究倫理教育が十分にされていない。雇用して1~2年の若いテクニシャンが出したデータを精査しなかったのは研究室主宰者の落ち度である。他人のせいにするという弁解は認められない。
また、精査すれば、データの不正を見つけられるという保証はない。研究室主宰者の苦しいところである。
コーリー・トス(Cory Toth、Cory C. Toth)(左)、出典不明、ゴメン
《2》カナダの調査・分析
カナダには米国・研究公正局のような機関がない。そのことに起因しているのだろうが、研究ネカトの調査・分析が甘く、処分も甘い。
調査・分析が甘いと再発防止策が的確に策定できない。処分が甘いと再発する。
トスが述べている2人の若いテクニシャンは誰なのか? その調査をちゃんとしたのか? 記録を読む限りはっきりしない。
トス個人の責任とは別に、院生・ポスドクに比べ、テクニシャンの研究倫理意識が低いままのカナダ(及び世界)の研究体制や教育体制にも問題があると感じる。
それらを大きく改善するにはどうしたらよいかを、トス事件から学ぶという姿勢が、カナダには余り感じられない。
コーリー・トス(Cory Toth、Cory C. Toth)(左)、出典不明、ゴメン
《3》後しまつ
トスはカルガリー大学を辞職したあと、大きな病院(バーナビー病院)の神経科医として勤務している。それはそれで結構だが、「今後、科学界で論文を出版しない」と述べたのに、2014年、2015年、2,017年、2018年、に研究論文を発表している。この点、どうなんでしょう?
マー、実害はないのだから許容していい気もするけど、約束したことは守って欲しい気もする。
また、一般的にほとんど指摘・記述されないことだが、カルガルー大学でトスの研究室に在籍していた院生・ポスドクは、その後、どうなったのだろう?
2人の若いテクニシャンがネカト実行者なら、院生・ポスドクは大きな被害者である。どのような手当てや措置がされたのか、事件に関する記事には記載されていない。
この点、いつも不満である。どのような措置が取られたのかの記載がないと、どのような措置が望ましいのかの検討はできない。
コーリー・トス(Cory Toth、Cory C. Toth)(中央)、出典不明、ゴメン
コーリー・トス(Cory Toth、Cory C. Toth)。写真出典
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【主要情報源】
① 2013年1月7日以降のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の複数記事:cory toth Archives – Retraction Watch at Retraction Watch
② ◎2014年9月8日のマーガレット・マンロ(Margaret Munro)の「National Post」記事: Prolific University of Calgary doctor resigned after research team caught ‘manipulating’ and faking data | National Post
③ 2014年9月4日のマーガレット・マンロ(Margaret Munro)の「Margaret Munro」記事: Academic Misconduct – Margaret Munro
④ 2017年12月6日のペイジ・パーソンズ(Paige Parsons)の「Edmonton Journal」記事:ネカト事件の影響で起こった別件: Former U of C researcher attempts to collect pay for expert report | Edmonton Journal
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。