ワンポイント:多数の受賞歴がある著名教授のほぼ全論文がねつ造・改ざんの大事件
●【概略】
ジェームス・ハントン(James H. Hunton、写真出典)は、米国・ベントリー大学(Bentley University)・会計学・教授で、専門は会計学(企業規範:corporate ethics)だった。多数の賞を受賞し、アメリカ会計学会(American Accounting Association)の編集委員や要職も務めた。
2012年(45歳?)、ハントンの論文を掲載した学術ジャーナルの編集部が疑念を抱き、ハントンにメールで問い合わせた。問い合わせへの回答がまともではないため、論文を1報、撤回した。それを契機に、ベントリー大学は調査を始めた。
2014年7月21日(47歳?)、ベントリー大学は、2論文が研究ネカト(ねつ造・改ざん)だったと判定した。
2015年6月25日(48歳?)、ベントリー大学の調査報告書を契機に調査を始めたアメリカ会計学会は、ハントンの25論文を研究ネカト(ねつ造・改ざん)という理由で撤回した。
実際の撤回論文数は32.5報におよび、ハントンのほぼ全論文がねつ造・改ざんだったということになる。32.5報は撤回論文数の世界ランキング第10位である(2015年10月13日現在:研究者の事件ランキング、The Retraction Watch Leaderboard – Retraction Watch at Retraction Watch)。
米国・ベントリー大学(Bentley University)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 研究博士号(PhD)取得:テキサス大学アーリントン校
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1967年1月1日とする
- 現在の年齢:57歳?
- 分野:会計学
- 最初の不正論文発表:1996年(29歳?)
- 発覚年:2012年(45歳?)
- 発覚時地位:ベントリー大学・教授
- 発覚:学術雑誌の編集部
- 調査:①ベントリー大学・調査委員会。2013年1月~2014年7月21日。
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:撤回論文32.5報
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:辞職
●【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1967年1月1日とする
- 19xx年(xx歳):米国のウエスト・テキサス州立大学(West Texas State University)を卒業。経営管理系, BBA (Bachelor of Business Administration)
- 19xx年(xx歳):米国・リヴァー大学(River College in Nashua, New Hampshire)で経営学修士(M.B.A)を取得した
- 1994年(27歳?):米国・テキサス大学アーリントン校(University of Texas at Arlington)で研究博士号(PhD)取得を取得した。経営学(主専攻は会計学と情報学)
- 2006年(39歳):ベントリー大学・教授
- 2012年(45歳?):不正研究が発覚する
- 2012年12月(45歳?):ベントリー大学を辞職。理由:家族と健康のため(“family and health reasons.”)
- 2014年7月21日(47歳?):ベントリー大学はハントンを研究ネカトと判定した調査報告書を発表した
★受賞
・Mee Family Award at Bentley for “a lifetime of scholarly work demonstrated by a distinguished faculty member.”
●【不正発覚の経緯と内容】
2012年5月(45歳?)、「Accounting Review」誌の編集部はハントンの「Accounting Review誌の2010年論文(85 (3): 911-935)」のデータに疑念を抱いた。データには150か所の米国の監査室と公認会計士事務所のデータが記述されていた。後で分かったが、「150か所の米国の監査室」は、米国だけでなく米国と米国外の両方が含まれていた。
この時点では、データの疑念を著者のハントンに問い合わせ、疑念を払拭するために、論文を支持するデータの送付をハントンに依頼したのだった。しかし、返ってきたハントンの返事は、「私は、論文の記述を間違えました(misstatement)。なお、編集部がご要望の論文を支持するデータを送れません」だった。
2012年11月20日(45歳?)、それで、編集部は、「Accounting Review誌の2010年論文」を撤回した。これがハントンの最初の論文撤回だった。
丁度その頃、匿名通報者が、ハントンの「Accounting Review誌の2010年論文」は研究ネカトだとベントリー大学に通報してきた。匿名通報者はハントンの他の10論文も研究ネカトだと指摘した。
2012年12月(45歳?)、このような事態に、ベントリー大学の研究倫理官のジュディス・マローン(Judith A. Malone)は、本調査が必要かどうか判断するために、予備調査が必要だと考えた。
まず最初に、ベントリー大学の情報センターにハントンの電子データのすべてを大学のサーバーに保存(バックアップ)することを指示した。その後、ハントンに面談した。
その面談で、マローン研究倫理官とは公益通報の内容を議論した。マローン研究倫理官はハントンに、本調査がされる場合の手順を説明し、関連するすべての電子的記録と紙記録を保存し提供してもらえるよう、協力を依頼した。マローン研究倫理官は、面談で話した内容、本調査の手順は、別途、メールでも送付した。
2012年12月26日(45歳?)、ところが、ハントンはその会合のすぐ後(1週間後?)、大学を辞職した。
ハントンが辞職した後に、ベントリー大学は、彼のオフィスの紙ファイルと電子ファイルが全部処分されていたことに気が付いた。ベントリー大学のサーバーに保存されていた電子メールを読み解くと、マローン研究倫理官が予備調査を始める前の2012年秋から電子記録を破壊し始めていたことがわかった。
2013年1月(46歳?)、ベントリー大学はマローン研究倫理官を委員長とする調査委員会を立ち上げた他の委員は次の3人だった。Dan Everett教授(Dean of Arts & Sciences)、Joe Newpol 教授((Chair of Senate) 、M. Lynne Markus教授 (John W. Poduska Senior Professor of Information and Process Management and Chair of the Bentley Research Council).。
2014年7月21日(47歳?)、ジュディス・マローン研究倫理官がまとめた調査報告書をベントリー大学は公表した(【主要情報源】②)。
その概要は以下のようだ。
「Accounting Review誌の2010年論文」「Contemporary Accounting Research誌の2011年論文(28 (4): 1190-1224)」の2論文を対象に、研究ネカトの調査が行われた。
2論文はハントンが第一著者で、他に数人の共著者がいた。報告書では、ねつ造・改ざんはすべてハントン1人の行為だと判定した。なお、ハントンは、生データを他の研究者と共有しないので他の研究者はどのようなねつ造・改ざんが行なわれたのか関知できなかった。また、研究記録がハントンに破壊されたので詳細は不明のようだが、その記録破壊行為もねつ造・改ざんの一部とみなされた・
2014年7月21日(47歳?)、調査報告書の報告日付と同じ日、ベントリー大学・学長のマイケル・ペイジ(Michael J. Page、写真出典)がハントンのデータ改ざんについて大学のウェブサイトで公式に説明した(Statement from Provost Michael J. Page | PreparedU View | Bentley University)。
2015年6月25日(48歳?)、アメリカ会計学会(American Accounting Association)は、ベントリー大学の調査報告書がねつ造・改ざんとした論文と同じパターンが見られる論文が自分の学会誌に25論文も掲載されているのを見つけ、それら25論文全部を撤回した。
最新は以下の論文である。
- Hunton, J. E., and Gold, A. (2013). Retraction: A Field Experiment Comparing the Outcomes of Three Fraud Brainstorming Procedures: Nominal Group, Round Robin, and Open Discussion.
The Accounting Review: January 2013, Vol. 88, No. 1, pp. 357-357.
最古は以下の論文である。1994年に米国・テキサス大学アーリントン校(University of Texas at Arlington)で研究博士号(PhD)取得を取得したその2年後である。
- Hunton, J. E., and Wier, B. C. (1996). “Performance of accountants in private industry: A survival analysis.”
Accounting Horizons: Vol.10, pp. 54-77.
なお、これらのどの記述がねつ造・改ざんなのかは、説明がなく、白楽にはよくわからない。
●【論文数と撤回論文】
2015年10月13日現在、グーグル・スカラー(http://scholar.google.co.jp/schhp?hl=ja)で、ジェームス・ハントン(James H. Hunton)の撤回論文を「(retraction OR retracted) author:” James H. Hunton”」で検索すると、70件がヒットした。
しかし、この方法では撤回論文の特定が面倒だ。
「論文撤回監視(Retraction Watch)」の集計を利用する。
撤回論文32.5報で撤回論文数の世界ランキング第10位である。内25論文は、2015年6月25日、アメリカ会計学会(American Accounting Association)が撤回した。
再掲になるが、最新は以下の論文である。
- Hunton, J. E., and Gold, A. (2013). Retraction: A Field Experiment Comparing the Outcomes of Three Fraud Brainstorming Procedures: Nominal Group, Round Robin, and Open Discussion.
The Accounting Review: January 2013, Vol. 88, No. 1, pp. 357-357.
最古は以下の論文である。1994年に米国・テキサス大学アーリントン校(University of Texas at Arlington)で研究博士号(PhD)取得を取得したその2年後である。
- Hunton, J. E., and Wier, B. C. (1996). “Performance of accountants in private industry: A survival analysis.”
Accounting Horizons: Vol.10, pp. 54-77.
●【白楽の感想】
《1》根っからの研究ネカト者
研究博士号(PhD)取得を取得した2年後の論文が改ざんで論文撤回された。「論文撤回監視(Retraction Watch)」では、撤回論文32.5報で撤回論文数の世界ランキング第10位である。つまり、研究キャリアのほぼ全期間、データをねつ造・改ざんしていたことになり、ハントンは、根っからの研究ネカト者である。
今までみてきたように、このような研究ネカト者は何人もいた(る)。大学・大学院で「研究とは何か?」や「論文の書き方」を習得するときに、研究ネカトするスタイルを身につけてしまったと思える。そして、その後の研究キャリアの過程で、このスタイルを修正する必要にせまられなかったのだろう。
この場合、大学院の指導教員にも責任があると思う。
最初の論文で発見し糾弾できていれば、その後の31.5報の撤回論文は発表されなかったハズだ。可能な限り、早期発見が必要である。そういう体制や文化が重要だろう。
●【主要情報源】
① 「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事群:You searched for James Hunton – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2014年7月21日のベントリー大学の調査報告書:https://www.bentley.edu/files/Hunton%20report%20July21.pdf
③ 2014年7月21日のベントリー大学・学長の説明:Statement from Provost Michael J. Page | PreparedU View | Bentley University
④ 2014年7月21日のベス・ヒーリー(Beth Healy)の「The Boston Globe」記事:Bentley Professor James Hunton’s ‘entire body of work’ called into question after investigation – The Boston Globe
⑤ 2015年6月30日、フレッド・バーバシュ(Fred Barbash)の「ワシントン・ポスト」記事:Citing ‘misconduct,’ accounting journal retracts 25 articles by once-renowned scholar – The Washington Post
★ 記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。